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太陽のユートピア・後編

 ナックルジムに挑戦して先にクリアしたのはオレだった、負けて戻って来たネズは開口一番におれの試合どうでしたとたずねてきた。
「そうだな、総力戦ってかんじだったな」
 レベルや技というよりも試合の構成なんじゃないかと言えば、やはりそこですかと肩を落として返す。自分でもなんとなく後一歩足りないとは思ってたものの、外部からの意見はためになりますと、早々にホテルへ戻ると戦略を練り直しはじめた。
 遅くまで起きているのでお茶を差し入れに持って行ったら、ありがとうございますと化粧を落として、少し疲れた顔をした相手に返された。
「あんまり無理しちゃダメだぜ」
「わかってます、いつまでもしてたらおまえも寝れませんしね」
「別に夜更かしくらい平気だ」
 そういう意味じゃないと言えば、さっきからおまえのカバンから着信音がしてますよと指摘された。慌てて取り出してみればソニアからだ。
「ダンデくん、今どこにいるの?」
「今はナックルシティにいるぜ」
 バッチは集め終わったから、あとはシュートシティに旅立つだけだと言ったら、そっかと溜息混じりにつぶやく。
「わたし、全然間に合わないかも」
「最後まで諦めちゃダメだぜ、ワンパチたちのためにも」
「わかってる、わかってるけど……どうしてもダメなんだもん!」
 これ以上はどうにもできない、もう降参しちゃうほうが早い、どうせわたしはダンデくんやルリナたちのようなトレーナーには向いてなかったんだ、そう涙混じりに叫ぶソニアになんて声をかけたらいいかわからない。
「ダンデかわってください」
「えっ」
 誰か一緒なのとビックリしている相手に、ネズと一緒なんだと返すと、なんでネズくんが一緒なのと苛立った声で返される。
「ネズも今、ナックルシティでジムに挑戦してたから」
 そうと言う相手の声が聞こえた後に、耳元から電話が消えた。思ってたよりネズは力があったらしく、もしもしと電話先で泣いているソニアに声をかけていた。
「叫ばないでくださいノイジーです。ええ、きみがおれの声なんて聞きたくないのは知ったうえでしてますよ」
 おれ耳がいいのできみの泣き言全部聞こえてたんですよ、いいから黙って聞いてくださいと返しているネズが、なだめるようにソニアへ声をかけていく。
「わかってますよ、悔しいんでしょう。きみだけじゃないんですよ、負けているのは」
 おれだって今日負けました、明日勝てるかもわかりません。立ち止まりたいならそうしたらいいんです、それを誰も責めませんよきっと、おれは他人ですからきみの身の回りの人がどう言うかなんて知りません、でも今のきみを責め立ててるのは自分自身です、違いますか?
 そこまでしてようやく相手が落ち着いたらしくて、ネズも大きく息を吐いた。
「無心でただ一直線に前へ走り続けられる人っているんですよ、きみもなんとなくわかってるでしょう、ダンデはそういうタイプなんだって。だから今、声を聞く相手にはふさわしくないんです。相手は進み続けるので、もっと取り残された気分になる」
 そういう気分のときは歌でも聞いて落ち着いたらいいんです、送りますよ沈んだ気分に合うとっておきのナンバーを。
「ネズが歌ったらいいんじゃないか?」
「はあ?あっ、すみませんダンデがトンデモねえことを言ったもので」
「なんで、ネズの歌は元気出るだろ?」
 聴く相手を選びます、彼女の心に響くかはわかりませんよといやそうに口にするけど、そこまで言うなら聞いてみたいと電話越しの声が小さく聞こえてきた。
「わかりました、ちょっと待っててください」
 なにするんだと思ったら、通話をスピーカーに変えて机に置くと、手持ちのストリンダーを呼び出して伴奏お願いできますかと声をかける。リズムを取るネズに合わせて低音の弦が鳴る音が響く。
 歌い出したネズの声は静かで重い、けど聴き始めた相手が息を飲む音が聞こえてその反応に満足したのか続けて歌い続ける。バラード調で静かな入りから徐々に激しさを増してロック調に変わっていく、初めて聞いた曲だったけど自然と入ってくるのはすごいな。
「ありがとう……ネズくん、歌上手ね」
「音楽の町出身なので。どうです、多少の慰めにはなりましたか?」
 うん大丈夫だと思うと返してくれたソニアの声は、いつものとおり軽やかだった。泣きやんでくれてよかったと思った反面、ネズがいなかったらどうにもできなかったかもしれないと相手に感謝する。
「本当にありがとう。ごめんね、さっきひどいこと言って」
「気にしてませんよ」
 遅くにごめん、二人ともおやすみなさいと言うとソニアからの通話が終わった。ごめんな邪魔しちゃってと言うと、別におまえが謝ることでもないでしょう、こちらも気晴らしになりましたしとストリンダーを撫でながら返される。
「負けたあとはナーバスになるんで、彼女の最低な気分に寄り添えたんでしょう」
 何度も同じ相手に負けていると、ダメな奴なんだっていやになったりします、どうにでもなれって投げ出したい気分のときに、流れてくる曲を選びました。
「そうか、あの曲って誰の?」
「おれのオリジナルですよ」
 今しれっとすごいことを聞いた気がするけど、ネズはまだ未完成なので色々とアラがあったかもしれませんねと、そばにあったメモになにか書きとめていく。
「未完成の歌なのか?」
 完璧に聞こえたのにと言えば、それならおれも満足ですと答えながらもメモを取る手は止まっていない、お茶のおかわりいるか聞いてみたら水を取ってくださいと言われた。ボトルごと渡すと、ありがとうございますと一口飲んで譜面になってたメモを仕上げてしまう。
「もしかしてだけどソニアとは、あまり仲よくないのか?」
「おれは別になんとも思ってないですし、彼女だって心からきらいなわけじゃないでしょう。今ダンデのそばにいるのが自分じゃない、それが気に入らないじゃないかと」
 ワンパチに噛みつかれた程度です、大した傷ではありませんと言う相手は、本当に年が近いんだろうか疑ってしまう。ずっと大人な気がするんだけど、そんなふうに思わないでくださいと眉をさげた苦笑いを向ける。
「大人になろうって必死なだけです、全然ダメですよ」
 そうなのかと聞けば、そうじゃなかったら今日で勝ってましたと言う。
「負けた一番の理由はね、おれが焦ったからです」
 ダブルバトルの仕組みに対してチームをまとめないといけないのに、攻勢が強くて焦って、それで最初に立てた作戦に合わない指令を出してしまった。みんなびっくりしたと思いますそれで本当にいいのかって、でもこんなおれのこと信じてくれてますから。逆らったりしない、信じてくれてるのに勝ちに導けなかった。
 すみませんと謝るネズに、気にするなと言うようにストリンダーが抱きつく。次は勝利のハグしましょうねと頭を撫でてやっていると、こいつ甘えたで可愛いでしょうとつぶやく。
「おれの弱さで、彼らを負けにしたくないです」
「ならきっと勝てるぜ」
 だってネズたちは最高のチームだと返すと、ありがとうございますと緩く笑い返してくれた。心からの言葉だったし嘘はない、それに満足してくれたのかおれたちもそろそろ寝ましょうかと声をかけられた。
「ネズ、子守唄お願いしたいんだけど」
「残念ですが、アンコールしないって決めてますんで」
 おやすみなさいという声と共に、すぐ明かりが消えた。

 

 翌日ナックルジムに挑んだネズは、遅くまで立てた戦略のとおりにチームを導き勝利した。チャレンジを終えていったん休むか聞いたけど、時間も惜しいのですぐ行きましょうと言う。
「なんだか、走り出したい気分なんで」
「わかったダッシュで行くか」
 おまえが暴走したら問題なのでクールに落ち着いて行きましょう、まずはと引きずられて来たのはブティックだった。道中の雪道は流石に辛いので、防寒着とトレッキング用の靴を揃えると言う、流石のネズも今回は諦めますよとヒールのないブーツを選んでいた。
「雪が降っていると、音が吸収されて非常に静かになるそうです」
 おれにとっては静かでいいですけど、そうなるとおまえが迷子になったときに気づかないでしょうねと言われる。
「ネズからはぐれないようにするから」
「それで迷子にならなかったこと、ありますか?」
「ないな!」
 胸を張って言うことじゃないでしょうと指摘されるので、確かになと頷くと、いっそ二人合わせて命綱でもつけておきましょうかと冗談めかして言う。
「遭難しても大丈夫だな」
「流石にこんな所でおまえと氷漬けは勘弁、とはいえ白さですからおれも心許ないですよ、あとね寒いのが苦手なんです」
 体温が極度に低いもので、できるだけ離れないようにお願いしますと手を差し出される。
「繋いでていいのか?」
「そうしてくれると助かります」
 分厚い手袋に包まれているから体温なんて届かないと思うけど、それでも繋いだ手は不思議と温かく感じた。手を繋いでいるのと、強く風が吹きつけてきて歩くスピードが遅くなるから、二人分の距離が近いからかもしれない。
「本当に静かだな」
 雪を踏む二人分の足音の他に、時折吹く風の音と草むらを歩くポケモンの足音がたまに響く、それ以外なにもないみたいだ。
「楽しんでやがりますね」
「ああ、ネズはちょっと疲れてる?」
 どうしてと聞かれて朝からジムバトルだったし、それに顔色があまりよくないように映った。雪道で足が取られるから、普段よりずっと一歩が重くてオレも疲れる。どこかで休憩しようかと話したところで、ちょうどよく開けた場所に出たからテントを張って火を起こすと、体の表面からじわじわと温まってくる。
「ジンジャーは平気ですか?」
 大丈夫だけどと返せば、体が温まるからってわけてもらったものの、辛味が強くて飲めないままだったジンジャーティーがあるんですけど、試してみますかと聞かれる。
「そんなに辛いのか?」
「ええ。でも砂糖とハチミツがあるんで、ちょっとは飲みやすくできるかもしれません」
 ためしてみますと聞かれて、寒いし温まるならいいかもなと返す。お茶を入れるのを手伝っていると、ネズが小さく歌っているのに気づいたけど、指摘しないままマグカップを二人分用意して、湯が沸くのを待つとしばらくしてメモに書きとめ始める。
「新しい曲なんですけど、どう思います?」
「いい歌だと思うぜ、アップテンポのロックでかっこいいな」
 気分のいいときに聴きたい歌だと思った、ジムチャレンジに勝った余韻もあってまだハイの状態を引きずってるのかもしれない。
「確かに、今はまだハイの気分です」
 紐の切れた風船みたいに飛んでいけそうなので、しっかり繋いでてくださいよと熱いマグカップを差し出してくる、受け取った中身を一口飲むと吐き出しそうになるくらい辛い、だから言ったじゃないですかと笑いながらハチミツの瓶を渡されたので、たっぷり中に垂らして入れ、早く溶けるようにスプーンでかき混ぜる。
「でもこれ、確かに体はあったかくなるな」
 ハチミツを入れて恐る恐る口につけると、少し辛味が抑えられて飲みやすくなってきた、それに腹の奥から体の端まで温まってくる。
 ゆっくりと口に運ぶネズに、早くしないと冷めるんじゃないかと指摘したら、猫舌なんで早く飲めないんですと舌を突き出して返す。
「まあ冷めるのも早いんで、すぐに飲めるかと」
「ゆっくりでいいぞ」
 ハチミツと砂糖を入れてもまだ辛味が強いから、一気に口に入れたら辛さで噴き出しそうになる。雪で遊んでる互いのポケモンたちを眺めながらゆっくり中身を飲み進めていると、鼻歌混じりにネズはリズムを取っている、静かに耳を傾けているとそんなに真剣に聞かれても困りますとこちらを見てつぶやいた。
「ごめん、あんまり話したい気分じゃないのかと」
 一緒に歩いてみてわかったけどネズはあんまりお喋りが好きじゃない、どちらかというと静かなほうがいいという。そもそも独り言すら筒抜けだから聞き取られないのは心の声だけになる、エスパータイプじゃなくてよかったと思ったくらいだ。
「テレパシー能力とかね、おれも持ってなくてよかったと思います」
 おまえが感じ取ってくれれば充分ですからねえと、自分のカラマネロを撫でてやっている、なんでも聞こえるわけじゃないのは少しだけ救いだと。
「邪魔しちゃ悪いと思ったんだ、頑張って歌を作ってるのに」
「いや作ってるってわけじゃないんです、退屈なとき、心が寂しいとき、反対に嬉しいときや楽しいとき、浮かんでくるメロディがあるんです」
 流れるままに口ずさみそれがよければ続けてみる、ダメかと思った歌も時間を置いて考え直すといい曲になりそうなときがあるから、浮かぶままに口ずさんでしまう、それでと続けかけてやめてしまう、どうしたと聞くと余計なことまで話しすぎましたと恥ずかしそうに口を閉じる。
「プロでもないのに、なに言ってるんだって急にいやになりました」
「自分で曲を作れるなんてすごいと思うぞ」
 ですから作ってるんじゃないんですと直されるけど、オレからすればそこに違いはない。だからやっぱりすごいことだと思うと正直に伝えると大きく溜息を吐く、ネズの口から白く大きなもやが出る。
「おまえといると調子が狂います」
「そうなのか?」
 いつでも余裕そうに見えるけど、そんなことありませんよとすぐ返される。
 調子が狂わされて音を取り損ねてしまう、自分が邪道でひねくれたロックなら、おまえは王道で愛されるポピュラー音楽だと。
「ポップスきらいなのか?」
「いえきらいではないですが、好みではないです、甘ったるいので」
 お菓子の感想みたいだけどオレにはその甘さがどういったものなのかちょっとわからない。
「たとえるなら、モモンの実をはちみつに漬けて、アメ細工でコーティングしたかんじです」
「そんなに?」
「ダメとは言いませんけど、あんまり聞き続けたいものではないです」
 長く聞いているとどんどん心が壊されていくようで、そんなヒビの入った器を満たすような歌を好んでしまうのだと。
 そこまで口にしてはたと動きを止めると、また言いすぎましたと溜息を吐く。
「あんまり年の近い子供がそばにいなかったので、つい口を滑らしてしまって」
「気を遣わないでいいんなら、オレは嬉しいけど」
「どこまで気を緩めていいのか、はかりかねるんです」
 頼ってくれていいんだぜと言えば、なんでも背負いこむもんじゃないですよと背をたたかれた、痛いなあと文句をつけた相手はおかしそうに笑っていたので、なにか変なこと言ったかと聞けば、いえおまえのそういう飾らないところ好ましいですよと上機嫌に返すと、マグカップの中身を飲み干してしまう。底に残っていたお茶の辛味が一気にきたのか、むせるので水を渡せばすみませんと口をゆすぐようにゆっくり飲み干した。
「ほら、大人とは言い難いでしょう?」
 冗談めかして言う彼に、うなずいていいのかわからなかった。

 雪山でテントでは心許なかったので、今日は登山用の山小屋にお邪魔して一夜を明かそうと話して、看板の示していた通りの場所になんとかして辿り着いた。山道が険しいのか寒さが厳しいからなのか、辿り着いたころにはネズはすっかりヘトヘトになっていた。
「こんな時期にお客さまなんて珍しいねえ」
「すみません、突然お邪魔しまして」
「二人でシュートシティへ行く途中なんだ、これからリーグ挑戦するんだぜ!」
 出迎えてくれた主人に話したらとても喜んでくれ、すぐに部屋を用意するよと奥さんに声をかける。主人と奥さんから猛烈な歓迎を受けて、夕飯をいただいてからようやく二人で部屋に引きあげると、ようやく静かになったと息を吐く。
「ごめん、そんなにうるさかったか?」
「いえ、ダンデではなく……お世話になっているのに失礼ですけど、ノイジーな人たちだったので」
 そうだっけと首をかしげてみるけど、確かにお客もいなくて暇だからというのもあったのか、こちらが困るくらい世話を焼こうとしてくれたから、ありがたい反面ちょっと申しわけないと感じたくらいだ、この耳がいい相手にとっては耳障りだったのかもしれない。
「明日にはシュートシティですね」
「そうだな」
 おれのせいで遅くなってしまいましたと言うネズに、一人だったら雪山で永久に迷子だったろうしむしろ早いくらいだと返せば、だから胸張って言うことじゃねえんですよと溜息混じりにつぶやく。
「出場の登録が終わったら、ちょっと街を見たいですね」
「いいな!」
 遊園地とかあるんだろと言えば、遊ぶならまた今度にしましょう流石に足が限界ですよと返されるので、一緒に行ってくれるのかと驚いて聞き返せば、あっと声をあげて止まる。
「ネズも遊園地とか行きたい、って思うんだな」
「そりゃあ、シュートシティ自体が初めて行きますし」
「おれもなんだ」
 楽しみだよなと言えば、子供っぽいってバカにしないんですねと肩をすくめてみせるので、言い出したのはオレなのにと聞き返すとそうなんですけどと続きに迷っているようだったが、やめますとつぶやいた。
「いつにします」
「なにが?」
 遊園地行きたいんでしょうと聞き返され、ならリーグ戦が終わったら行こうぜ、そしたらゆっくり回れるだろと言うといいですねと返される。早速チケット情報を見ていると、画面を覗きこんだネズから、おまえトーナメント最後まで勝つ気でいるんですねと呆れが混じった声がした。
「そりゃあチャンピオンになるために来たんだからな!」
「なら、行くときはとっておきにお洒落してくださいよ。チャンピオンになれば、ガラル中に顔が知られちまってます」
「ネズみたいに、服とか詳しくないんだけど」
「ならおれが上から下までコーディネートしてやります。バッチリ決めてやるんで、デートのエスコートは任せますよ」
「えっ、デート!」
 してやったりといった悪い笑顔に思わずたじろぐものの、できないんですか?と聞かれて、オレがエスコートしたらまた迷子になるけどいいのかと震える声で返すと、雪山で迷子に比べればはるかにマシですよと言う。
「なんか夢みたいだな」
「まだ着いてもないのに、そんなこと言うもんじゃないですよ」
「いいじゃないか、そうだネズはどこに行ってみたいんだ?」
 そうですねとしばらく考えて、まあブティックには行く予定でしたけど、それ以外ならスタジアムは見てみたいですよと答えられる。
「試合で行くぞ」
「そうなんですけど、あそこはライブでも使われる場所なんです」
 貸し出されることは稀なんですけど、大型のイベントなら許可が出るんですよ。音響がしっかりしてて、小さな音も低音もよく通ると聞きました。
「夏にはロックフェスが、年末にはカウントダウンライブがあるんです。スパイクタウンの人たちも演奏で出演してたりしてて、おれも手伝いでいいから連れて行ってほしいって言ってるんですけど、いつも入場に制限があるからって行けなくて」
 だからといってチケットは高いし、カウントダウンイベントは子供だけでは入れない。憧れはあるけど、遠くて簡単に行ける場所じゃない。バトルそのものも楽しみですけど、どんなふうに音が響くのかは実際に立ったほうがよくわかるので、スタジアムに立つだけでも楽しみだと。
「バトルの最中はいつもいいメロディが流れてくるんです、特にいいバトルをしてるときには最高のナンバーが」
 無名のシンガーが立つような舞台じゃない、おれなんかが立つには大きすぎるステージです。
「つぎはぎで未完成ですけど、アップテンポのいい曲が一つあります」
 あそこに立つと完成できる気がするんですと少し興奮気味に語るネズに、同じときにスタジアムにいるから、ネズのバトルとライブを楽しめるなと言うと、楽しみですかと聞かれる。
「そりゃ楽しみだぜ」
「なら、おれの十番目くらいのファンのために頑張りますよ」
 一番じゃないのかとたずねると、一番は妹ですよ譲りません、その次はおれのタチフサグマをはじめとしたチームメンバーが占めてます、おまえは大分と後ですよと笑う。
「でもスパイクタウンを出て、初めてできたファンではあります」
 だから大事にしますよ、ファンサービスは大事ですし。
「勝ったらストリンダーと一緒にハグするぜ」
「それは結構です」
 ネズと一緒にいるのは楽しかった、いつまでも旅していたいと思うくらいに。

 リーグの対戦表を見たときに、足元が抜けそうになった。
「順調にいけばおまえが二回戦の相手ですか」
 今年のリーグは強豪揃いですから仕方ないですねと言うネズに、どうしたらいいと聞けばそんなの知りませんよと呆れたように返される。
「元よりおれとはライバルでしょう。リーグまで進んだ以上、どこかで当たるのはわかってたはずです」
 アドバイスなら彼女に求めたらどうですと言われて、スタジアムの入り口にソニアが来ていたのに気づいた。どうやってと聞けば、おばあちゃんとタクシーで来たのと言う。
「ダンデくんもネズくんも、おめでとう」
「ありがとうございます。こいつはちょっと緊張してるみたいなんで、トーナメントが始まるまでに励ましてやってください」
 おれは一人で考えますのでと立ち去るネズに、待ってと声をかけると振り返っておまえは特等席ですねとだけ言い残して行ってしまった。
「あの子は、とても強いんですね」
 そばにいたら両方に悪い影響が出ると思って、一人で行ってしまったんでしょうとマグノリア博士は言う。
「だけどオレはネズとは」
 戦いたくないとは言えなかった。
 バトルは好きだし、ネズと戦うのはとても楽しい。相手が強いほどなぜか楽しいと思ってしまう、ソニアは強い相手を前にすると絶望するって言ってたけど、なんでかそういう相手ほど心が躍る、こんな機会はもう二度とないかもしれない。
 なにせダイマックスが使えるスタジアムだ、最高の舞台でバトルしたい。ネズはダイマックスがきらいだから、よほどのことがないと同じような場所で戦ってはくれないだろうって。
「ここまで来たらチャンピオンになって、一緒に帰ろう」
 ホップも家で待ってるよと言われて思い出す、ここに来ると決意した最初の約束と彼とを比べて、諦める理由になるわけがない、それにネズは手を抜かれるのがきらいだ、バトルフィールドに立つんなら本気で戦うことを望んでいるはずだとは思う。
「ネズのバトルはよく知ってるけど、それは相手も同じだ」
 むしろ対戦相手の研究ならネズのほうがもっとしてあると思う、こっちも戦略を練りたいけど、もう一回戦まで時間がない。
「でもきっと、ダンデくんのほうが強いよ」
「なんでそう思うんだ?」
「それはわたしが、そう信じてるから」
 根拠がない自信は危険だとネズは言ってた、理由がないから攻められると崩れていってしまう、それはたぶんお互いに同じ。
 手にしていたボールが揺れて、外に出たいと主張しているのでリザードンを出してやると、真剣な目でオレを見つめてくる。やる気に満ちあふれているいつもの姿に、少し安心した。
「どうやって勝つか考えるより、ダンデくんはどんなバトルにしたいかが大事だと思う」
 わたしじゃ勝てる方法なんて考えられないから、こんなことしか言えないけどと言うソニアだけど、それで充分だった。
「ありがとうソニア」
 ユニフォームに着替えてくると言うと、更衣室はこっちだよと引っ張って連れて行かれる。最後までごめんなと笑うと、ダンデくんすぐ迷子になるもんと頬を膨らませて言う。
「入場のときまで迷子にならないでよ」
「大丈夫だ」
 本当かなと疑いの目を向ける彼女に、着替えたらスタッフさんが案内してくれるし大丈夫だぜと笑顔で返すと、いつものダンデくんに戻ったと安心したように声をかけられた。
「ダンデくんもリザードンたちも、頑張ってね」

 シュートスタジアムのは他のどの会場よりも満員だった、昨晩ネズが言ってたけど音がよく響くらしい。確かに観客の声援でグラグラと地面が揺れているように感じる、それくらいの人が集まっているということなんだろう、選手紹介のアナウンスと共に寄ってくるカメラを見て、忘れちゃいけないけど全国放送だったことを思い出す。ホップは家で応援してくれてるんだろう、かっこ悪い姿はやっぱり見せたくない。
 一回戦は危なげなく勝ち抜くことに成功した、やったと出迎えてくれたのはソニアだけ。選手同士はライバルだから、声をかけるのは避けている。
 戻って確認したら、ネズやキバナも同じように二回戦に駒を進めている。誰が勝っても不思議じゃないトーナメントで、順当に進んでいた。次も頑張ってと送り出してくれるソニアの声援に、ああと一言だけ返してスタッフに案内され入場口へ向かう。
 入場してきたネズはいつもの服装ではなく、同じユニフォーム姿だった。ただ違うのは足元で、ナックルシティに入る前に折ってしまったヒールを履いている、修理に出すって言ってたけど、ここまで届けてもらったんだな。
「迷いはないみたいですね」
「ああ、チャンピオンになるって約束して来たからな!」
 だから相手が誰でも絶対に勝つと言えば、いい目してやがりますねえと笑う相手もノッてきたんだろう、いつもどこか影になってる瞳が、バトルステージに立った瞬間から少しずつ輝き出している。
 ネズの先頭はいつもどおりズルズキンだと思っていたけれど、最初から裏切られて出てきたのはカラマネロだった。ふいを突かれてしまったのはそうだけど、こんなことで突破されたりはしない、まだ挽回は可能だと言い聞かせて目の前のバトルに集中する。
 最初に仲間が倒されてしまって、出だしから不利になったのはオレだけどカラマネロだって限界だ、次が繋がれば大丈夫だとボールを選び投げる。
 力押しだけであくタイプは攻略できない、長引くほどに不利になっていく。けど速攻で勝負を決めさせてくれるわけがない、ネズのバトルは楽しい。振り返ってみればこんなに楽しいこともない、目の前で起きていることに夢中になっている。
 ネズが負けるところは見たくないと思う、けど彼とのバトルは楽しい。心臓から送られて
くる血は一緒に飲んだジンジャーティーのように熱い、けど吐き出したりはしない。内側からじっと燃やされて、今すぐ走り出したい気持ちを抑えている。
 対してネズはハイな気分になってると思うのに、いつも以上に冷静に見えた。バトルも後半になってネズが有利に進んでいるから、落ち着いて進めたいのか。 
 深く息を吐き出して立ちたいと行ってたスタジアムを見回し、いいなあと一言つぶやく。とっておきのナンバーがかかればもっといい気分になれるのに、そう思いますよねとフィールドにいるストリンダーに声をかけると、技ではなくパフォーマンスとしてで低いベース音がスタジアムに響く。
「それがおまえのお気に入り?」
 いいよなあ、おれも気に入ってるんだとネズも足でリズムを取っている。彼の場合は走り出したいんじゃない。ねえダンデ、おまえもそう思いますよねとオレに視線を戻して返す。
「おまえが特等席だぜ!」
 歓声を吹き飛ばすような声だった。
 細身の体のどこにそんな力があるのかわからない、ただ歌声でストリンダーが調子をあげているのがわかる、そうだよな手持ちのメンバーはみんなネズのファンなんだから。きっと聴いてみたかったんだ、本気の歌声を。
 確かにここが特等席だな、一番目の前で正面から歌を浴びることができる。しかもとっておきだっていう曲は、オレが好きだって言った一番新しい歌。
「やっぱりネズはすごいな!」
 心拍数があがった気がする、どちらかと言えばピンチなのに変わりはないのに、目の前のバトルが楽しい。名残惜しいけど、一歩ずつでも決着は向かってる。お互いに最後の一匹までもつれこんだバトル、リザードンのボールを手にオレにできるとっておきを見せるしかないなと相棒に託す。
 キョダイマックスリザードンの前にしても動じない、それどころか目の前にいる歌うネズの姿は大きく映る、負けないっていう自信なのかもしれない、そんな相手を求めてる。
 キョダイゴクエンの炎を受けて燃えあがるフィールド、熱風が走り抜けていくのは心地いいけど、腕で風圧を受けて目を細めながらも真っ直ぐこちらを睨みつけてくる。
 ダイマックスのターンを使い切っても、タチフサグマはまだフィールドに立っていた。それでも限界が近いのは見えている、勝利を確信すると同時に終わりが来るのが惜しかった。
「てめえの勝ちですよ、ダンデ」
 満足そうに笑ってたネズが手を差し出してくる、勝負が終わったんだから握手をするのがマナーだわかってる、軽く手を握り返すとそれじゃあと先にフィールドを去って行く。
 勝てたことも、バトルの内容もとてもよかったからすごく気分がよくて、なにより彼に魅了されたまんま胸がいっぱいで言葉が出てこなかった。
 一言だけでも声をかけるため急いで走り出す。
 おめでとうと言ってくれる人にお礼も満足に言えないまま、次のバトルへ向けて準備を進めていく人の合間をすり抜けて、立ち去ろうとする彼の背中を追う。選手控え室に真っ直ぐ向かわないのはより静かな場所、人がいない場所がどこかを探しているからだろう。
 負けたら最後、次がないのがトーナメント戦だ。それはわかってる、負けた後に顔を見せるなと言われたら、それもそのとおりなんだけど。
「ネズ!待ってくれ」
 ようやく追いついた彼に声をかけると、なんですかと小さな声で返される。
 迷惑なのはわかってるけど、でもやっぱり言わないと。
「ネズきみが好きだ!最高のバトルだった、それに最高のライブだったぜ!本当にすごい、大好きだ!」
 止まってはくれたけど、顔は合わせてくれない。追いついて顔を見れば、色が白いネズの顔が真っ赤に染まっている。
「おまえ、ねえ……そんなこと言うために、追いかけて来たんですか?」
 だって大事なことだろうと返せば、おまえは本当に計算できない野郎ですと小さく息を吐いて目元を擦る。
「負けた奴の、情けない顔でも見に来たのかって……茶化してやろうかと、思ったんですけど、なんか気が抜けました」
 ため息を一つ吐いてから、おまえがいいんなら少しだけつき合ってくださいと言われ、そばにあった休憩用のベンチに二人で座る。タオルならあるけどいるかと聞いたら、自分のがあるので大丈夫ですと言い、マフラータオルを頭からかけて大きく吸った息を吐く。
 もう片方の対戦は見なくていいんですかと弱々しい声でたずねられる。
「誰と当たっても、あとは全力で向かっていくだけだしな。ネズはいいのか?」
「バトルの内容は、聞こえてきますし。それに、気を抜くと人前に出れない顔になりそうで」
 まだリーグは続いていくんですね、もちろん誰かが負けるから続いていくそれはわかってる、クールダウンを続けてるネズはうなだれたまんま、また溜息を吐く。
「勝てる自信は、なかったんですけど、いざ負けると悔しいもんですね」
「でも、ギリギリだっただろ」
 どっちが勝ってもおかしくなかった、そんな攻防戦だったと思うんだけど、そんな強敵ではないですよおれはとまた謙遜の言葉が出てきた。
「ネズはもっと自信持ったほうがいいぜ、すごいトレーナーなんだから」
「そうですか」
 本当だぜと言えば、おまえが嘘をつかないのはよく知ってますよと呆れた声でつぶやき、また小さな溜息を吐いて頭を抱える。
「あー、やりきった……やりきったけんど、どげん顔して帰ればよかと!」
 ネズが聞いたことない言葉で叫んだと思ったら、すぐに小刻みに震えてるのに気づいた、背中を撫でおろすと下手くそと震える低い声で返された。
「ごめん痛かったか?」
「こんな機会なんて、滅多にねえんだから、抱き締めるくらい、しろって言ってんだよ!」
 それとも惨めな野郎を慰めるのは勘弁ですかと言う相手に、そんなわけないだろと両腕を広げて優しく抱き締めると、最初からしやがれってんですと大人しく中に収まってくれる。
 前にネズから抱きつかれたことはあるけど、改めてこんな細身の体のどこにあんな声と力が詰まってるんだろうと不思議に思う。両肩にのしかかっている町の事情を考えると、今にも倒れてたっておかしくない。
「ゆっくり休んだほうがいいぜ」
「おまえこそ、このままだと、たぶん次キバナと当たりますよ」
「そうなのか?」
 実況も合わせて聞こえてきます、かなり優勢で押してる、あいつならきっとそのままパワーで押し切って勝ちあがるでしょう。おれにばっかり構ってないでリザードンたちのことも考えてやりなさい、と少し落ち着いたらしいネズに言われる。
「ソニアがおまえのこと探してると思いますよ、控室まで案内します」
「大丈夫だ、ちゃんと帰れる」
「そう言って、戻れたためしがないでしょう。選手控室は同じなんですから、行きましょう」
 ほらと手を差し出して繋ぐと、広い廊下を歩き出す。スタジアムの案内標識をたまに見ながら、思ったより早足で進んで最短の道筋で控室まで戻って来た。
 ユニフォームを脱いで着替えを済ませると、まとめていた荷物を手に忘れ物がないか最終確認をして立ちあがる、まだ震えているように見えたけど支えは不要だと断られた。
「決勝戦は、おれも客席から見てますので、おまえが勝つように応援してますよ」
「ありがとうネズ」
「それと」
 控室に居たのは二人だけだったからそんなことをしたんだろう、近づいてきた相手にどうしたと聞いたら、直後に額へ柔らかい感触があった。
「未来のチャンピオンには不要かもしれませんが、勝利のおまじないです」
 ぼっと火がついたように顔が熱くなる、声にならないまま相手を見つめると、してやったりと悪い顔で笑った。
「せいぜい頑張りやがれ」

 シュートシティは明るいからあまり星が目立たない、それでも月はまん丸に輝いて見える。その夜も明るい月が出ていて、大騒ぎしているパーティー会場でいつもどおりオレは迷子になった。
 なんでだろうな、気がつくと会場の外に迷い出てしまっていて、道を聞けるスタッフも警備員もいないような場所に迷い出ていた。
「あーすまん、迷った!」
 どうやって帰ろうかと相棒に視線を向ければ、大きなあくびを一つしてその場にどっかり座りこんでしまった、よく考えたらここまで連戦だったし、みんな疲れてるよなと声をかける。
「インタビューとかスポンサー契約とかいろんな話が一度にきて、なんだかオレも疲れたよ」
 ついさっきまで居た場所と比べると、ここは故郷を思い出すくらい静まりかえっていて、ふらふらしていた心が地上に戻ってきたような気がした。少しだけ散歩して帰ろうかとリザードンに声をかけると、いいなと答えてくれるようにご機嫌な声で小さく鳴いた。
 歩道沿いに歩いていくと遠くで川の流れる音が聞こえてきた、都会は落ち着かないと思ってたけど、夜になると少しだけ静かになる場所もあるんだな、夜に一人で歩くなんてことあまりしてこなかったから、悪いことをしてる気分になる。思ってしたわけじゃないけど、会場から抜け出して来てるから、本当に悪いことをしてるんだけど。
 リザードンが立ち止まって首を横に向けている、どうしたと聞けば首を下げて背中に乗れと指差してくる。疲れてないのかと聞けば、早くしろと急かしてくるのでわかったよと後ろに乗って、どこへ連れてってくれるんだとたずねる。
 飛びあがったリザードンは連戦の疲れを感じさせないように飛ぶ、時間にして五分もなかったと思う、姿をみつけてあっと声をあげたのはきっとオレも相手も同じだろう。
「ダンデおまえ、なにしてんですか!」
「会場を歩いてたら迷った、ここどこだ?」
 なんでこんなときまで迷子を発揮しやがるんですかと叫ぶ相手のそばにリザードンが降り立ち、いや本当に困ってるんだと返す。
「その割に嬉しそうですね」
 取材続きで疲れてしまって、リザードンも疲れてるみたいだし気分転換に散歩してたんだと言えば、そういうことですかと肩を落として、なら隣においでと手招きされる。
「パーティー会場からはそれなりに離れてますから、しばらく居てもみつかりませんよ」
 少しだけ悪い子になりやがったようですねと笑うネズに、そうかもしれないなと隣に腰をおろして、空を見あげる。
「月の女神さまは狩猟を司るものなんです、狙った獲物を射止めるなら、祈りを捧げるといいかもしれませんが、まさか本当に射止めるとは思いませんでしたよ」
 気分はどうです新チャンピオンと聞かれて、まだ実感はないなあと返すと、最初はそんなもんかもしれないですねと軽く返された。
「ネズはなんでここに?」
「レコード契約の説明を聞いて、その帰りです」
 前にそんな話があるとは聞いてたけど、その手には乗りたくないって拒否してたんじゃないのか、まさか押し切れなかったのかと思ったら違いますよと否定の言葉をかけられる。
「おまえとの対戦で、未完成のまま曲を披露したでしょう、全国放送でいろんな人に聞かれてました」
 ガラルのほぼ全員が見守る中でのゲリラ・ライブです、終わって会場の外へ出たらスマホに大量の着信が入ってました。
「スパイクタウンの人たちからが大半でしたが、彼らのツテで繋いでもらった音楽系の事務所の人たちからも連絡が入ってまして」
 全員に会うのは難しい、けどその中で信頼できる人が誰なのかを見極める必要がある。
「おれの力で得たチャンスですから、フルに活かしてやろうかと」
「すごいな、オレはスポンサーの話を聞いてもまったくわからないぜ」
 今後とても大事なものなんですから、よく考えたほうがいいですよと言うネズにそうだなと返す。どうにかなるようになるだろう、大抵のことはよく進むようにできている、そう考えないと前になんて行けない。
「おまえのような奴がガラルのトップに立つのは、いいことでしょう」
 この島には色んな困難が乗っている、さっきまで晴れていたのに急に雨が降り出して嵐に巻きこまれる、気まぐれなワイルドエリアの天気みたいに。でもその先におまえのような温かい太陽がいるんなら、まあ捨てたもんじゃない。
「それ褒めてるのか?」
「最大級の賛辞です、受け取りやがれ」
 そうかありがとうなと返せば、まあこれから忙しくなるのはおれもキバナたちもそうですよと言う。キバナはナックルジムからジムトレーナーとして勧誘があった、すぐにジムリーダーになっておまえからチャンピオンの座を奪い取るって電話してきたから知ってる。ルリナも故郷のバウタウンでジムトレーナーに迎えられるらしい、同時にモデル事務所からの勧誘も来ているって、立ち姿に華がありますし前からスカウトされてたようですよと教えてくれた。
「ネズはこのまま歌手になるのか?」
「いえ、おれはスパイクタウンのジムリーダーになります」
 今回の大会成績を踏まえ実力は申し分ないと証明されたので、前任のリーダーからの指名でそのまま就任が決まる予定です。
「じゃあ今年のジムチャレンジからは、ネズがジムリーダーで戦うのか?」
「ええ、歌でも歌いながら、挑戦者を待ちますよ」
 リーダーになればスパイクジムでライブを開いていいと言われたので、おれの力で町を盛りあげながら、少しでも未来に繋げていこうかと。
「移転計画はもちろんノーです、故郷を捨てたらやっぱりそれは別の町なので、大人相手ですがこれからも容赦なくかましてやろうかと」
「ネズはこれからも、スパイクタウンを背負っていくんだな」
 大変だろと言えば、おまえに比べれば大したことないですと指摘される。
「おまえの両肩にはもうガラルが乗ってんです、しゃんと立てチャンピオン」
「そうだな」
 まだその呼び名もこそばゆい、けど人前では胸を張っていなさい、そういうチャンピオンとしての振る舞いを心がけたほうがいいです。見栄えってのは大事ですから、まあまずは形からでも、そのへんはマスタードさんに話を聞いておいたほうがいいかもしれません。
「おれとデートには行けそうですか?」
「絶対に行く!」
 いやおまえが行きたいと思っても、予定が合うかわからないでしょお互いに、と指摘されてそうだなと声が落ちる。
「落ち着いてからで構いませんよ、別におれはいつでもいいので」
 なかったことにはしないんだなと言えば、約束くらいは守りますよと言って足をぐっと伸ばす。
 しばらく黙りこんで月を見てたネズが、あのと控えめに声をかけてくる。
「おまえのことなので、意味が違ったら、それまででいいんですけど」
 おれのことが好きだって言ったのは、本気で捉えていいんですか?
 質問の意味を理解しようとして、まず言った当時のことを思い出す。試合が終わって、興奮が冷めないまま走りだして、追いついた相手に叫んだ言葉、そのときのネズの真っ赤に染まった顔。
「あっ、ああ……えっと、それは」
「ファンとして、または友達として好きだって意味なら別にそれで結構です。でも、それ以上ですよね?」
「ダメか?」
 勢いのまま感情をぶつけてしまった、それはとても反省している、でも嘘は言っていない。ネズのことは大好きだ、この旅を通して手に入れた大きなとても大事な宝物の一つ。
 でもその想いはオレだけで成り立たない、ネズがいやだって言うんなら、心の内に大切に仕舞っておいたほうがいい。
「おれもダンデのこと、好きですよ」
 流されてるような気はしますが、嘘でもお世辞でももなく、純粋にただ自分のことを好きでいてくれる相手が、まさか家族以外に存在するなんて思ってなくて、嬉しくて。
「本当に?」
「流石に、ここで嘘を言うほど無粋じゃないです」
 その言葉に思わず胸が熱くなったけれど、だけどおれたちにはそれぞれ背負うものがありますよねと、急に大人びた真面目な顔をされる。
「一個人として以前に、おまえはガラルの王者として、おれにはスパイクタウンのリーダーとしての責任がある。そして、おまえは目の前の一つのことしか進むことができない。おれは、故郷と妹を守り抜くだけできっと精一杯です」
 ガラルの新しい太陽を、陽の差さない町のリーダーが独り占めするわけにもいかない。それに傾いた町を立て直すためにも、おれの身をくれてやるわけにはいかない。
「好きなのに、ダメなのか?」
「ダメです、おまえバトル以外は器用じゃないんで、二つのことに手を出せばどこかで足をすくわれます、そんな姿は見たくねえんで」
 もっと器用に生きれるようになるまでは、ダメです。それか全ての責任をまっとうすることができるまでは。
 そんな先の話をされても困る、だって今こうしてネズと向き合って話しているだけでも、好きだって気持ちがとめどなく湧きあがってくるんだ、どこまでも深くて遠くてそれに熱い感情が止まらない。
 どうしたらいいと聞いたら、そもそも男同士ですし恋愛なんて不毛なものでしかないでしょう、気の迷いってこともあるかもしれませんしと冷たい。
「おまえは真っ直ぐチャンピオンとして進んでいって、このままガラルの太陽でいてください」
 ネズは笑った。見つめる青い目の中に柔らかい光を見た直後、頬に細い指がかかったと思ったら唇が重なる。また先に仕掛けられてしまった、リーグの控室のは不意打ちだったし、今も。相手があくタイプだってこと忘れたわけじゃないけど、二度も同じ手にはまってしまってそれが少し悔しかったから、力強く相手を抱き締めてやっぱり離したくないなとつぶやく。
「これ以上はダメですよ」
 おまえが役目を終えるころ、まだおれのことが好きだって言うなら、そのときは考えてやるんで今は聞きわけてくださいと、オレの背を叩いて離すように主張する。
「だからって、来年キバナに王座を取られたら引っ叩きますよ」
「厳しいなあ」
 それくらいの試練を課してもいいでしょう。
「そろそろ戻らないと、会場が大騒ぎしてるんじゃないですか?」
 案内してやりますんで行きましょうと、立ちあがって服の裾を払う。ボサッとしてねえで行きますよと急かされるので、仕方ないけど行かなくちゃ。
 リザードンに頼んで飛んで帰るのもいいけど、これ以上は疲れさせちゃ悪いですし、おまえ一人にしたらどんな危険があるのか周りに知らせるいい機会です、散歩しながら帰ればいいんです。
「ネズのジム、たまに行ってもいいか?」 「タクシーからおりて、自力で来れるならいいですよ」
「スパイクジムまで結構長いぜ」
「メインストリートを真っ直ぐ歩くだけで到着するのに、迷う理由がわかんねえって言ってんです」
 スパイクジムまでは入って真っ直ぐだったんだな、ぐるっと一周してようやくたどり着いたから、複雑な町だと思ってたんだけど。確かに道を一本外れると小劇場にパブが並ぶストリートが、別の道に入れば居住区が隣接していて、住んでる人しかわからない場所も多い。けど重要な拠点はメインストリートに集中してるんですから、そこから外れなければ問題ないんです。
 町で迷子になったチャンピオンを迎えに行くのはいやですよ、と言われて頑張って辿り着くから大丈夫だと返す、信じてもらえてるかはわからない。
「チャンピオン就任のお祝いなにかあげないと、ですね」
「おめでとうって言ってくれただけで充分だぜ」
 そういうわけにもいかないでしょう、とはいえファッションには無頓着で、関係者ばっかりの大型パーティーでさえ抜け出せるチャンピオンに、なにを贈ればいいものか。
「帽子は好きだぜ」
「いつも被ってますね。おれの趣味ではないので自信はありませんが、似合いそうな物を探します」
「ありがとう」
 パーティー会場まで戻ってきた、街で一番目立つ建物なんですよと教えてくれたけど、どこを振り返ってみても高いビルが多くてどこが一番かはわからない。
 慌てたスタッフが駆けつけてきているのを横目に、ネズはまた今度と手を振って帰って行った。

あとがき
ダンネズは、子供時代の初恋が似合いそうだなと思ったんです。
なんやかんやあって、大人になってから正式につき合いそうな二人だよなあと。
大人編は、また書きたいですね。
2021年7月7日 pixivより再掲
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