太陽のユートピア・前編
初めてネズを見たとき、とても綺麗な人だと思った。
色が白い、というよりも血の気を感じないほどに白く、日がさせば溶けてしまいそうだった。手持ちに居たジグザグマと同じように白と黒の混じった髪型に、黒いライダースジャケットとスキニーパンツ、シルバーのチョーカーや銀のヒールに合わせて、薄っすらと目や唇に化粧をしていた。
とても大人びた綺麗な人、なにもかも世界が輝いて見えたチャレンジャー時代でも、忘れられないくらい強く記憶に刻まれたそれがネズ。
ジムチャレンジに挑戦して間もないころ、ワイルドエリアで技の練習をしていたところ日暮れ近くになって、そろそろどこかにキャンプを張ったほうがいいかと考えている最中、天候が急に変わった。
「うわっ!まずい」
雨、しかも豪雨だった。いつもは頼もしいヒトカゲも打ちつける雨の強さに慌てて尻尾を庇っていた。そんな彼を抱きあげてどこか雨除けになりそうな場所を探す。
なんとかたどり着いた洞窟でカバンの中からタオルを探していたところ、あのと声をかけられた。
「キャンプしようと火を起こしてたので、よかったら乾かします?」
「いいのか?ありがとう」
暗がりに目が慣れてなかったものの、おれより少し背が低いから同じくらいの年頃なんだということはわかった。悪い奴だったらどうするんだと、今なら思うところだけど、馬鹿正直にも親切を受け取ってしまった。
洞窟の奥へと進む背中を追っていたものの、途中の分かれ道で目の前にありながら別の方へ行こうとしたおれの手を取ると、案内しててなんで見失うんですと呆れた声で返される。
「悪い悪い、おれってなんかすぐに迷子になってしまうんだ!」
「それ自慢気に言うことじゃないのでは?」
仕方ないと手を繋いでそのまま歩いていく。入り口から随分と離れた奥まった広場に、ようやく火が焚かれていた。火の輝きを見て、ヒトカゲが嬉しそうな声をあげたので下ろしてくれと意思表示をしてくる。
「ほらこっちにおいで、ここならよく火に当たれます」
ぎゃうと嬉しそうな声をかけて、濡れた体を乾かしているヒトカゲとここまで案内してくれた相手の顔をようやく確認する。
「どうしたんですぼうっと立って、こっち来て服乾かしたほうがいいですよ」
そのままずぶ濡れたと風邪ひきますよと指摘されて、お邪魔しますと少し緊張しつつ火の元に腰を下ろしてようやくカバンからタオルを取り出す。
「手持ちのポケモンと、天候の相性を考えて行動するのも大切ですよ」
「わかってるんだけどなあ、どうしても夢中になってしまって」
「おまえの身勝手に振り回されるポケモンの気持ちになってみなさい、トレーナーがしっかりしないと傷つくのはポケモンたちです」
痛いところを突かれて、返す言葉もない。だがそんなオレに変わってヒトカゲが相手に突撃する、慌ててやめるように言ってなんとか引き剥がして謝ると、別にいいですよと相手は苦笑いして返す。
「それだけヒトカゲからの信頼されてるんです、しっかり応えてやらないと」
「そうだな、今日はごめんなヒトカゲ」
ターフジムの挑戦に向けてしっかり鍛えないとと意気込んでたのに、それが裏目に出たなあと頭を撫でてやる。体が随分と乾いて元気になってきたらしく、大丈夫だと聞き分けてくれたので膝の上からおろしてやる。
「ジムチャレンジャーですか?」
「ああ、もしかしてきみも?」
「そうです、今年が初めてなんですけど」
「オレもなんだ!」
ダンデっていうんだと思い出したように名乗ると、火に照らされた相手はネズですと落ち着いた声で返される。
「ネズ、か」
何度か口に出して名前を復唱していると、なんですかといぶかしむように見返す。
「いや次に会ったときに、呼び間違えないようにと思って」
「なんですかそれ」
おかしそうに笑う、その顔が少し幼く見えて可愛い。
今日はもうここで夜を明かそうということで、夕飯の準備を始めた相手に加わったものの、手際よく準備を進めていくので簡単な下ごしらえとか、皿の準備程度しかやることはなく、結局ほとんどご馳走してもらう形になってしまった。
「ネズはすごいな」
「そうでもないですよ。妹がいて、よく面倒を見ていたので、慣れてるだけで」
「オレには弟がいるんだ!」
チャンピオンになるって約束をして旅立って来たから、ジムチャレンジをクリアしてチャンピオン挑戦まで強くなるんだと言うと、そうですかと微笑みながら聞いてくれる。
「兄貴ってのは、大変ですね」
「でもかっこいい姿を見せたいだろ?」
「その気持ちはわかりますよ」
そんな会話をして、冷えるからと身を寄せ合うようにして寝ることになったものの、隣で眠る相手を見つめるだけで全然睡魔が来ない。
はっきり言うと緊張していた、こんな綺麗な子を前にしたことがなかったから、どう接したらいいのかわからなくて。心臓が口から飛び出しそうなくらいに跳ねあがっていた。
「どうしたんです?」
「あ、いや……起きてたのか?」
「あまりにも視線を感じるので、眠れません?」
外うるさいですもんね、というネズの言葉通り外の豪雨に風が加わりひどい嵐になっているようだった。洞窟の中でも風の音が響いてくるくらいだ、外はもっと荒れているんだろう。
「なんなら子守唄でも歌ってやりましょうか?」
「え、そんな赤ちゃんじゃないんだぞ」
「まあそうですけど、朝まで見つめられるのも落ち着かないんで」
そっと頭を撫でながら歌い出したのは、ガラルに伝わる子守唄だった、もっと幼いころなら母さんの口からなんども聞いていた歌はずなのに、ネズの口から歌われるだけでなぜか美しく穏やかな気持ちになれる。そばで横になっていたヒトカゲたちからも安らかな寝息が聞こえ始めて、少しずつオレも眠さが優ってきた。もう少しだけ歌うネズを見ていたいのに、そんな願いも叶わず気がつけばすっかりと寝入ってしまって朝を迎えた。
オレが目覚めたころにはネズはすっかり身支度を済ませていて、簡単でも朝食まで用意してくれた。ここまでしてもらって悪いと言っても、自分が呼んだようなものですしと譲らなかった。
「なにかあったら、そのときは助けてくれるんでしょう?」
「ああ、もちろん約束だ!」
この子を守ってやりたい、家族や幼馴染やよく知った仲間たちではなく、親切にしてくれたとはいえ今後のライバル相手に抱いた。
「ダンデくん、そっち今来た道だよ!」
「そうか、悪いな!」
ソニアが居てくれると街の中で迷わなくて済むから、すごく心強い。先にエンジンシティにやって来ていた相手に、案内してあげるかわりにブティックにつき合ってほしいと言われて、そんなことでいいのならと案内がてらつき合っていた。
「あれ」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとソニア待っててくれ」
ちょっとダンデくんと叫ぶソニアを置いて、向かいにあるレコードショップの前に居た相手に声をかける。
「ネズ!ネズだよな?」
「おまえ、ダンデですね」
久しぶりですね、ここまでは勝ち上がりましたかと別に驚くでもなく返されて、もちろんだぞと返す。
「ここのジムにはもう?」
「これから挑戦するんだ、ネズは?」
「さっきクリアしたところです」
先に進む前に、少し寄り道をしようと思ってと言う。技レコードの他にも音楽レコードも置いてある店先だった、珍しいものがないかと思っていう相手に音楽好きなのかとたずねる。
「ええ、いつかは自分のライブを開きたいなって」
「そうなのか!歌、上手かったもんな」
「おれの子守唄を聞いたのは、妹以外にはおまえくらいなもんですよ」
普段は違うのかと聞けば、見た目の通りロックを目指してるのでと返される。
「もうダンデくん、勝手に置き去りにして行かないで……その人は?」
「ああ、ワイルドエリアで助けてくれたネズだ」
ソニアを紹介したら、はじめましてと頭を下げた直後に、女の子を一人で置き去りにするのはよくないですと厳しい声が飛んできた。
「そうだよ!それにダンデくん、すぐ迷子になるし」
「悪い悪い、でも向かいの店だし、それなら迷ったりしないって」
「そう言って、この間も飛び出して行って、そのまんま夕方まで居なくなっちゃったじゃない!」
「……そこまでですか」
ちゃんと紐で繋いで置いたほうがいいんじゃないですかと、酷いことを言うネズに、そんなことしたって無理だもんとソニアは更に酷い言葉で返す。
「まあ、お守りがいるのは安心しました、おまえちょっと危なっかしいので」
「そうか?」
自分ではしっかりしてきたつもりなんだけど。
「それじゃあ、邪魔しちゃ悪いですし、用も済んだのでおれはこれで」
「ああ、また会おうな!」
「勝ち進んでいけば会えるでしょう、では二人とも、また」
軽く礼をして立ち去って行った相手を見送り、ふっと息を吐く。
陽の下で見てもやっぱり綺麗だな、すごく大人びていて落ち着いているし。やっぱり今まで会った人とは違うなって思って。
「ねえダンデくん、ねえってば!」
「えっ?ああ、悪いどうした?」
むっとした顔でオレを見つめるソニアが、あの子なにと聞いてくる。さっき紹介した通り、ワイルドエリアの豪雨のときに親切にしてもらった、それだけだと。
「ふーん、親切にねえ」
本当にそれだけと聞いてくるのでそれだけだぞと返すと、ふーんとまだなにか疑うような声をあげると、ほらブティックつき合ってよと引きずって連れて行かれる。
ネズが立ち去った先をまだ視線で追ってしまっている、もちろんこれからも勝ち上がればいいだけの話なんだけど、すぐにでも追いつきたい背中だ。バトルがしたいというよりは、会って話をしたい、一緒に食事を共にしたあのときのように。
ブティックの中で買い物を始めたソニアを眺めている間も考えていると、リザードがなにかを手に近づいてきた。
「これは、ネックレス?」
三角形の中にスパイクジムのマークが描かれている、よく見るとチェーンの端が切れてしまっているので、誰かの落し物なのかもしれない。どこかに届けたほうがいいんだろうか、そう思った直後慌てた様子でネズが向かいの店先に戻って来た。なにかを探しているような手つきなので、もしかしてと思って店を出てそっと近く。
「ああおまえですか」
声をかける前に顔をあげて姿を確認する、足音だけでわかったのかと聞けば耳がいいのでと言う。
「それよりなんです、お守りの子を振り切って来たんです?」
「いや、実はこれ拾ったんだけど、もしかしてと思って」
正確にはリザードが拾った物なんだけど、それでもあっと声をあげてオレの手からネックレスを取り、安心したように息をつく。
「ありがとうございます、探してたんです」
「やっぱりネズのだったのか、大事な物なのか?」
ええまあ、憧れの人から貰ったものですと少し照れたようにつぶやく。
「ネズの憧れの人って、どんな人なんだ?」
「このピックをくれた人、スパイクタウンのミュージシャンですよ」
ギターボーカルとして有名で、熱いステージを演じる人なんだと話す。さっきレコードを見てたのも、もしかしたら昔の曲が出回ってないかと思ってのことだという。この間から比べるとなんだかとても楽しそうでもう少し聞きたかったけれど、勝手に盛りあがってすみませんと少し恥ずかしそうにつぶやき、ありがとうございましたと再び礼を言うと、ところでと言う。
「さっきの子、ソニアでしたっけ。すごい顔でこっち睨みつけてますけど」
「え、本当か?」
向かいの店のガラス張りのショーウィンドウに張りつくようにして、オレたちを睨みつけているソニアがいる。
「勝手に飛び出して来たんでしょう、そういうとこですよ、無鉄砲すぎて問題になるの」
「そうか、でもそれがよく働くときもあるんだぜ?」
そうですかと言うと、とりあえずあの子に返しますよとブティックまでまた引きずられる。
「すみません、おれのせいで心配かけました」
「別にいいです」
どう見ても別にいいって顔してないけど、断りなく出て行ったのはやっぱりまずかったのか。
「探し物を届けてくれたので、あんまり彼のこと責めないでください」
「そうですか」
「はい、それでは今度こそ失礼します」
またどこかでと言って足取り軽く出て行くネズを見送るかたわら、ソニアの顔は変わらない。
「ダンデくんって、もしかして意外とギャル系とか好き?」
「ギャル……なにが?」
「気づいてないんなら、知らなーい」
最終関門である、ナックルシティのジム戦に挑む準備はできた。とはいえ、力試しをしたいと思っていた矢先に、ワイルドエリアでも目立つ白と黒の頭をみつけた。
「ネズ!ネズだな!」
「そんなに叫ばなくても聞こえてます」
なんですかとたずねてくるけれど、トレーナー同士が会ったならやることは一つだろう。
「またですかおまえ」
「だってネズ強いだろ!ここまでも何度も戦ってるけど、今はどうなのかな?って」
「そうですか、まあいいですよ。ナックルジム前に肩慣らしです」
いくぞとモンスターボールを構えてバトルが始まる。ここまでの戦績でネズがあくタイプを主体にした、こだわりのトレーナーなのは知っている、統一しているパーティーは相手に戦略を読み取られやすい、でも油断したら一瞬の隙を突いてひっくり返してくるのがネズだ。
相手の策略に引っかからないよう神経を尖らせてのバトルになる。勢いだけで勝たせてはくれない、難しい相手だけど、それが楽しくて仕方ない。
なにより、普段は猫背のネズはバトルにナルト顔が変わる。
「そこで終わりか!決めるぜ、ズルズキン!」
ぶちかませと叫ぶネズもとても楽しそうだ、あまりにも楽しそうで止めたくない。目の前から受け止めるのはいい、楽しい。もっと大きな場所で、広い場所で、全力で戦ってみたい。もっともっと、強く激しくぶつかり合ったらどんな顔してくれるんだろう。
「はあ、またおまえの勝ちですか」
「ありがとう!いい勝負だったぜ」
これなら最後のジム戦も安心して挑めそうだと言うと、おれはもう少し戦略を詰めたいですねとつぶやく。
「そうか、でもまずはポケモンセンターに行こうぜ!もうすぐ日暮れになるし」
ナックルシティも近いし、キャンプをするよりも街で休んだほうがいいんじゃないかと提案すると、おまえもそうやって考えられるようになりましたかとつぶやく。
「案内してやりますから、はぐれないように」
たぶんついて来なさいと言おうとしたんだと思う、それより先に伸びてきた手に引っ張られる。なんだと思うより先に引っ張られるように近くの岩場に潜りこむ。
「ネズ、どうした?」
「静かに」
気づかれますよと指摘されて、なににとたずねるより先にのしのしと大きな足が目の前を通りすぎる。相手をするのは難しいかもしれないと感じるキテルグマ、それが一匹どころか群体で通っていく。よくわかったなと視線を向ければ、不安そうに視線をさまよわせている。仲間を回復させる暇もなかったから、今頼りにできる相手がいない、体の前で硬く握りしめている手にオレのを重ねる。
大丈夫だ、一緒についてるから。そんな気持ちが通じたのかパッとネズの目が開かれて、しばらくしてゆっくりと長い息を吐く。
ただの通り道だっただけらしく、すぐに小さくなっていった群れの影まで見えなくなってから、抜け出そうとしたところ隣に居た相手が膝をつく、怪我したのかと慌てて聞けば、そういうわけじゃねえんですがと言葉を濁す。
「気に入ってたんですけどねえ、これ」
根元から折れてしまったヒールを脱いでみて、困ったと溜息を吐く。着替えなどの荷物は置いてきてしまったから、街までどうにかしないといけないと。
「ならオレの使うか?一個予備があるんだ」
悪いですよと言うネズに、別にチャレンジ用のユニフォームで支給されたシューズだし、遠慮せず使ってくれと渡す。
ヒールを脱いでスポーツシューズに履き替えたネズは、普段よりも視線が低くなって更に小柄に見えた、すらっとしてるからもっと高いのかと思ってたんだけど。なんですと嫌そうな目で見返してくるので、慌てて足のサイズは大丈夫そうか聞いてみる。
「いやちょっと大きいですね、歩けないことはないでしょうけど、走ったら脱げてしまいそうで」
早いとこナックルシティへ入って、新しい靴に履き替えないとダメだろう。ならこけたりしないように、手は繋いだままでいいかと聞く。
「そうですね、これを返すころにいなくなってるなんてことになったら、みつけるほうが大変なので」
「大丈夫だ!もし迷ってもリザードンが案内してくれるからな!」
「おまえもつくづく、大変なトレーナーについてしまいましたね」
気にしないと言うように荒い息を吐くリザードンに、頼もしい限りですと苦笑いしてネズはつぶやいた。
壊れてしまったヒールは修理に出すと言うネズは、代理の靴をブティックで選んでいる。ソニアが選ぶのとは違う、革素材だったりキラキラした飾りがついていたり、なんだか派手に感じるんだけど、ネズの白い足に合わせると不思議と馴染んで見える。
「ヒールって疲れないのか?」
「根性とやせ我慢なくして、見栄えは整わないんで。それに、好きな格好をしてみたかったんです」
自分が好きだって思うもの、綺麗だと思うもの、カッコいいと思うもの、とにかくいいと思ったもの、そういうの全部まとめて着飾って、そしたら少しは強くなれる気がするのだと。
「まあ強がりですよ、なにもかも」
こっちにしますと黒い革のヒールを手に立ちあがると、代金を払ってタグを切ってもらい早速履き替えて出てきた。元と同じ背丈に戻ったネズは、やっぱりこっちのほうが落ち着くとつぶやく。
「随分遅くなっちまいましたね、あんまり子供だけでうろついてたら怒られそうです」
「そうだな、晩御飯まだだけど」
「もうホテルに入ったほうが楽でしょ、なんか頼めばいいわけですし」
選手のために用意されているホテルで一緒に泊まられますかと聞かれた、別の部屋のほうがいいって言われるかと思ったけど、意外にもネズは一緒でもいいですかとたずねてきた。
「オレはいいけど、ネズは嫌じゃないのか?」
「たまには話し相手がいるのもいいかと」
それじゃあと一緒にあがって部屋に入ると、荷物をほどき始める。ポケモンセンターで元気になったネズの仲間たちは、たまに互いにじゃれつきながらも邪魔にならないように大人しくしている。喧嘩はよしなさいよとなだめるまでもない、本気じゃないのはわかってるんだろう、仕方ない奴等ですねえと笑う。
そんな様子をのぞき見てるからつい手が止まる、リザードンが見かねて小突いてくるから、早くしないとなと片づけを進めていると、お茶入れますけどいりますか?と聞かれた。
「もう終わったのか?」
「まあ、そんないっぱい荷物ないんで」
キャンプのときもそうだったけど、手際よくなんでもできてしまう。おまえのトレーナーすごいなと隣に来ていたタチフサグマに言うと、褒めるんら直接お願いしますよと呆れたように返される。
「ネズって耳いいんだな」
「そうですね、人よりもかなりいいですよ」
外見てごらんなさい、アオガラスが三羽そこの木に止まってますと言われて窓からのぞきこんでみると、確かにそうだったけど、ホテルの前庭までかなり遠くて、あそこからの鳴き声が聞こえるのかとビックリして聞いてみる。
「ええ、二羽で喧嘩してやがります、もう一羽がそれを止めてますね……ああ、どっちか怒って飛んでったでしょ」
「すごい!当たりだぞ」
荒い羽ばたきで飛び去るアオガラスを見送って、さっきも足音が聞こえてたのかとワイルドエリアのときも聞けば、そうですよとなんでもないように返される。
「ついでに言えば、おまえと初めて会ったときもそうです。入り口の方から人の足音が聞こえたので、音の高さから子供だろうと思って見に行ったんです」
危害を加えられるような相手じゃないなら、酷い雨だったし助けたほうがいいかと思ったんだと。
「すごいな!じゃあネズの前だと、内緒話も意味ないのか」
「そうですね、全部聞こえてると思いますよ」
「いいな、なんでも聞こえるって」
「そうでもないです、むしろ悪いですよ」
急に顔がくもったので、どうしたと聞けばなんでもないですと目を逸らして言う。なにか隠してるんだろうことはわかった、なんだかそれが気に入らなくて食い下がろうとしたところで、オレの耳にもしっかりと届くくらい大きな腹の鳴る音がした。
「……リザードン」
なんでこんなタイミングでと思ったけど、苦笑いしつつもとりあえず、夕飯頼みましょうかと声をかけて、内線電話を取ると人数分の夕飯を頼んでいく。
「ダンデはどうするんです?」
メニュー見ます?と渡してくれたので、さっと目を通して適当に入ったものを注文を終えてしまうと、ネズは入れたお茶を飲んでて、なんだかさっきのことを掘り返すのが悪い気がしてきた。
「そういえば、エンジンシティで一緒だった子はどうしたんです?」
「ソニアか?あいつは今、アラベスクタウンにいるぞ」
途中までは順調だったけど、ラテラルジム辺りから苦しくなってきて、足止めされてしまったまんまだと聞いてる。リーグ戦が始まるまでに絶対追いつくから!とは言ってたけど。
「よく一人で迷いませんでしたね」
「キルクスタウンまでは、キバナって奴が一緒だったんだ」
「ああ、あいつですか。ドラゴンタイプじゃ、メロンさん相手にかなり手こずってるんじゃないんですか?」
「ポプラさんも大変だったみたいだけどな、でも今日もうスパイクタウンに着いて、明日にはジムチャレンジだって」
「そうですか」
スパイクタウンまでも、道が面倒でしょうと聞かれた。確かに川を渡ってて何度も同じ場所に戻ったりしたけど、まあ途中でルリナに会って、案内してもらったからなんとかなった。
「みずタイプ使いのトレーナーでしたね、知り合いでしたか」
「ソニアの友達なんだ、それにジムチャレンジしてると色んなとこで顔合わせることも多いし、強い相手って覚えてたりするだろ?」
「確かに、キバナもルリナも強いですね」
リーグ戦において当たる可能性は大いにある、でもネズだってその一人だろう。
「チャレンジャーから、チャンピオンリーグに出場できるのは一人だけ、ネズも目指してるんだろ?」
もちろんチャンピオンを目指していると返ってくると思ってた、だけどフォークを手にしたままネズは動かない。どうしたとたずねると、正直に言うとおれはチャンピオンになれると思ってませんという。
「なんでだよ!」
あんなにバトルに強くて、いつだって全力で、努力もしてる。それに今まさに挑戦してる最中なのに、チャンピオンになれるわけがないなんて。
「それがいいことだと、思えないからです」
「でも妹のために頑張ってるんだよな?」
「もちろん、彼女を守れるならそれが一番、だけど。おれ本当はシンガーになりたくて」
「前に歌ってくれたもんな、すっごい上手かった」
「子守唄ですけどね」
本当はロックシンガーになりたいんですと言いながら、首からさげていたペンダントを取り出す。前に落としているのをみつけた、憧れの人から貰った大事な物だって。バトル以外で熱をこめてあんなに夢中で話をするネズは初めて見たから、ビックリした。
「ハロンタウンから来たって言ってましたよね」
「ああ、そうだけど?」
なにか関係あるかと聞くと、ペンダントをいじりながら、もしもハロンタウンにスタジアムができたら嬉しいですか、と質問してくる。
チャレンジャーとして旅立つとき、幼い弟を連れてスタジアムまでは行けないし、仕事もあるから家から離れられない。でもチャンピオンリーグまで出場できればガラル全土に中継される、それなら画面の向こうからでも応援することはできる。とにかく行けるところまで行って来いって、送り出してもらった。
でもハロンタウンにスタジアムができたなら、弟を連れて試合を見に来てくれるかもしれない。なにより、オレにとってはホームスタジアムになれるかもしれない場所だ、できたら嬉しいと思う。
「じゃあ、そのかわりに今のハロンタウンを出て違う場所に引っ越ししろ、って言われたら。どうします?」
「えっ、今の町から?」
そうですと言うネズの声は下を向いたまま、指先に乗せたピックをいじっている。
「町を出るのは嫌だな、それは、違う町だ」
「そうですよね。おれも、そう思います」
でも故郷ではそうすべきだって人たちがいる、そうしたほうがきっとよくなると。
もちろん反対する人たちだっている、どちらが正しいのかはわからない。このまま町から人が減っていってもいいのか、働く場所もなく、観光客もほとんど来ない、かといって復興のための資源もない。
今の町のリーダーは絶対にイエスとは言わない、頑なに拒んでいる。この町はここにあるからこそだって、だったら新しいリーダーを立てるのはどうだろうというのが、一部の大人が立てた計画だった。
「おれの憧れを人を差し置いて、新しいリーダーを願う人たちがいる。自分たちに都合のいいリーダーに、トップになってもらおうって」
「まさか、それでネズをジムチャレンジに推薦したのか?」
違いますよと返される、むしろ推薦状をくれたのは反対派の代表だと。なら考えすぎなんじゃないかと聞けば、直接的に言われなかっただけですという。
「でも聞こえてしまって」
耳がいいのはあまりよくないって言ったでしょう、こういう話が全部聞こえてしまうんですよと。なんとか笑おうとするけど、その顔は今にも泣き出しそうに見える。
「でも町から出るのは嫌なんだろう?だったらネズも嫌だって言えば」
「ジムチャレンジである程度の成績を出したなら、レコード契約をしてもいいと言われました」
おれの歌なんて聞いたこともないだろう人たちから、その用意はできているって。
「そんなことされなくたって、実力で立ってやる!バトルでも、音楽でも!そんな荒ぶった気持ちのまんま飛び出す前に、推薦状と一緒にこれを貰ったんです」
他人に敷かれたレールはごめんだっていうんならそれでもいい、どこへ行くのも自由だ、だけど気負いすぎたら足元をすくわれる。これはあくタイプの常套手段だ、挑発と一緒なんだって。
「熱があるのはいいことだ、だけど決めつけて見るのはよくない、それは目をくもらせることだから。外の世界を一度見て回って、それから答えを出したらいい。おれが見て感じたこと、それが本当の答えだって。そう言って見送ってくれました」
「じゃあネズの故郷って」
「想像ついたと思いますが、スパイクタウンです」
少し寂しい町だったでしょうと言うけど、オレの故郷に比べればずっと都会だと思う。でも空はないと首を振る。
「空はないかわりに、人がいた、仕事があった、新しい町を作ろうって。おれが小さいころは賑やかで、もっと輝いて見えた」
いつからあんな風になってしまったのか、気がつけばどんどん暗く、静かな町になって。
「旅をしてみて、わかりました。他の町には鉄道があって、人がたくさん行き来してる。ジムは新しいスタジアムになっていってて、町も新しいものになってる。伝統を受け継ぐ場所には、広い畑や山や森や海に囲まれていて……そのどれも、スパイクタウンにはないんだって」
新しい町を作ろうって大人の意見もわかった気がします、だけど気に入らない。
自分を体よく利用しようとした大人たちのやりかたが、あまりにも気に食わない。これへあくタイプではない、ただの卑怯者の手だ。
シンガーという夢の前に吊るされたそのエサが、喉から手が出るほどに欲しいのはそう。でも毒が入ってると知ってて食らいつくわけにも。
「だから少し迷ってるんです、本当にこの先へ行ってしまっていいのか。おれの選択で、大事な人たちを傷つけるんじゃないかって」
こんな悩みなんて捨てて、憧れだけで進めるならよかったのに。ぐらぐら揺れるネズの青い瞳を追いかけて、視線を合わせると、行ったほうがいいと思うぞと言う。
「でも」
「このまま途中で、止まったまんまでいいのか?嫌なんだろ?だってスパイクタウンで止まらなかったじゃないか、勝って進んできた。諦めたくないんだろ?それにまだネズはガラルを全部見てないぞ」
オレたちはまだ、シュートシティへ行ってない。一番見なければいけない中心部を見てないじゃないか、ここで足踏みしてても帰れない。
「ネズのしたいこと、好きなこと、こうだったらいいと思うこと、全部叶えたらいいんだ。どれかのために、なにかを諦めるなんてことしなくていい」
服も靴もアクセサリーも化粧も、好きなことをしたらいい。思う本当にやりたいことを選べばいい、そう送り出されたんだから。
「そんな馬鹿正直に欲張って、どれも叶わないかもしれないのに」
「でも欲張らないとなにも叶わないぞ、いいのか?」
なんと言い返そうかしばらく考えてたみたいだけど、オレの目を見つめ返して、それは絶対に嫌ですとはっきりした口調で言う。
「悔しいですが、ここまで来て諦めるのは嫌です。でも、大人に都合よく使われるのも嫌ですよ」
「それなら、はっきり言ってやろうぜ」
それこそ町を飛び出そうとしたときと同じくらい、勢いよく言い切ってしまえばいい、最後にネズが出した答えを。
「全国放送で叫んでやればいいんだ!」
「それは……できたら、気持ちいいでしょうね」
シュートスタジアムの大きな舞台で叫んで、それで変えられるものでもないでしょうけどとネズは言う。でもあんな満員の観客を前に、歌ったら気分がいいだろうと。
「歌いたいのか?」
「おれの声だけで響くのか、わかったものじゃないですけど」
でも叫ぶよりもダイレクトに伝えられる、そんな気はする。
「そのときは、聴いてくれますか?おれの歌」
「もちろん、楽しみにしてるぞ!」
きっとすごくいいステージになる、だってネズが綺麗だからな。
「あの、正面切って言われると恥ずかしいんで、やめてください」
「なんでだ?ネズは美人だろ、初めて会ったときから思ってたんだ、すごく綺麗だなって」
照れてるらしく赤くなってやめてくださいと小声で返してくるけど、あまりそんな顔を見たことがなくて、反応が面白くて、やっぱりネズは美人だなあと改めて口に出す。
「美人って、おれ男ですから!」
「オレが知ってる中では一番綺麗だぜ!男も女も関係なくな!」
「そういうことをさらっと言うな!」
聞いてるこっちが恥ずかしい、自分のことだから二倍恥ずかしい、さっさと食べちゃいましょう、もうすっかり冷えてやがりますと半分くらい残ってた夕飯を急いで口へ入れる。
どこか変な場所に入ったのか、むせる相手に水を手渡せば一口飲んで落ち着いてからすみませんとバツが悪そうにつぶやく。
「可愛くないとはよく言われますが、あまり、容姿で褒められることがないもので」
「意外だな、そんなに気を配ってるのに」
「可愛くないなりの誤魔化しですよ、おまえらの思うイイ子ちゃんなんてごめんだっていう嫌味でもありますけど」
そりゃネズはあくタイプだもんなと返すと、そういう意味じゃねえですよと溜息混じりに返される。
「まあでも、綺麗だと思ってもらえるのは、ちょっと嬉しかったです」
こうして飾りたてることそのものを馬鹿にする奴も少なくないので、とまた顔をくもらせる彼の爪先まで綺麗に整えられた手を取る。
「見かけじゃなくて、ネズが元から綺麗なんだぜ」
「いや、すっぴん見たらわかりますけど、かなり血色悪いですよ。ゴーストと間違えられるレベルです」
「そいつの目が悪かったんだな」
白くて透けそうな肌は自分と正反対で、でも確かに熱を持って温かい。血の通った優しい温度は焼けるというよりも、静かな光に似ている。
そうだ、ソニアの持ってた絵本に出てきた月の女神さまに似ている、綺麗だけど強くてキリッとした顔で獲物を射殺す、弓を持った女神さまだ。
そんな高貴なもんじゃないですよと手を外すと、真っ直ぐに向き合ってたオレから顔を背けて、残っていたパスタをフォークで巻いていく。
「おれが月なら、おまえは太陽でしょうね」
なんでも正直に照らし出す、真っ直ぐな輝き。熱く、誰もに恵みをもたらしてくれる、そんな奴だと。
「えっと、褒められてるのか?」
「聞いてどうするんですか。まあ、暑苦しいって意味も含めてですけど」
でもおまえのことは嫌いじゃないですよ、見たことないくらい馬鹿正直で、少し羨ましいと思う。
褒められてるのかどうかわからなくて首を傾げると、あんまり太陽を迷子にさせてても問題でしょうし、シュートシティまで一緒に行きましょうかと提案された。
「本当か!」
「数日中にキバナが追いつきそうなので、その前に決着つけてやりましょう」
あいつは苦手です、あんまりにもノイジーですんでと言うと、食べ終わった皿を片づけていく。まだもたついてるオレを置いて、先にシャワー浴びてきますと奥に引っこんでしまった。
まだ残ったまんまの夕食をあらかた片づけてしまったら、リザードンの尻尾を撫でる、消えない炎を見ていると心が落ち着くんだ。温かくて頼りになる明かり、こんなふうに誰かを照らせるんなら、確かにオレは太陽かもしれないけど、でもそんな光とは程遠い。
「なにしてんです?」
「明日の作戦を考えてた」
「おまえなら大丈夫でしょう」
そう言うと、シャワーを浴びて着替えたネズが向かいのベッドに腰かける。考えなきゃいけないのはおれのほうですよと、タチフサグマを呼び今のおれたちにできることをしないといけませんねとつぶやく。
化粧を落として、普段よりもラフな格好になったネズを見あげてピタリと動きが止まる。
見慣れた顔のはずだった、今までになんども顔を合わせている。一緒にキャンプをしたことだってある、だけど今までのどの日とも違う。
水浴びを見られた女神は、男がそれを喋れなくなるように別の生き物に変えてしまった。そう書かれてた絵本を思い出して、はたと自分もそうなってしまうんじゃないかと思う。
「おまえもシャワー浴びてきたらどうです、明日も早いでしょう」
声をかけられるけど、意味が理解できないまま彼を見ていると、どうしましたと聞き返される。
「えっと、なんだって?」
「休むならシャワー浴びてからにしなさいって、今日のワイルドエリアは砂嵐もあって汚れてるでしょ」
「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」
着替えを手にその場から立つとシャワールームに引っこんで、熱いシャワーを浴びる。体の汚れを取るためというより、心に生まれたモヤを払うためにただひたすらに水を流し続けている。
さっきのはなんだったんだろう、自分ではゴーストのようなと言ってたけど、そんなものじゃない。絶対に違う。びっくりして跳ねあがったまんま治らない鼓動をなんとかしようとするけれど、さっき見たものを忘れられそうにない。
なんて言うんだっけ、ああいうの、色っぽい?いや綺麗だとは思ってたけど、それ以上になにか、心臓を鷲掴みにされたみたいな衝撃が。
「なに考えてるんだ、相手はネズだぜ?」
だけど、息を飲むほど綺麗だったのは本当だ。手を伸ばして抱き締めてみたかった、もっと近くで触れてみたいと思ったけど、同時になんだか無闇に近づいてはいけないような、とにかく奇妙なかんじではある。もう一度向き合って平気か、わからない。
心臓の辺りを押さえて何度も呼吸を落ち着かせて、ようやくあがると部屋ではネズがリザードンたちと遊んでくれていた。
「遅かったですね」
「ああうん、思ったより砂埃でやられてて」
「そうですか、というか髪ちゃんと乾かしなさいよ」
ちゃんと拭いたぞと言ったら、タオルドライだけでいいわけねえでしょうと苛立った口調で返され手招きされる。
ここに座りなさいと椅子を指し、後ろに立ってドライヤーで髪を乾かしてくれる。髪の間を滑る指先すらも、意識が集中して心臓が跳ねる。気にしないようにと心がけるほど、ネズの指が触れる場所がくすぐったくて、知らない人の前に引き出されたメッソンのようにガチガチに固まっている、泣き出してないだけましだろう。
暖かい風から冷風に切り替えて、乾ききった髪を撫でていく。おまえ手入れしてない割にあんまり痛んでないですね、と話してくる相手になんて返せばいいかわからない。
「終わりました、これくらいはちゃんとしなさい」
「ああ、ありがとう……ネズ慣れてるんだな」
ドライヤーを片づけて再びベッドに座る相手へ、人にって難しくないか?と聞けば、ジグザグマを風呂に入れた後は必ずしてましたからねと言う。でもポケモンと人間じゃ違うだろと聞けば、彼等は嫌がって暴れますからねとつぶやく。
「おれに関しては、妹の髪を乾かしてあげてたので、慣れてるといえばそうです」
「そっか、ホップにはしたことないな」
自分が無頓着だから人になんてできない気がして、おまえはやめといた方がいいでしょうねとズバリと言う。
向き合って話ができてることに安心した、胸の内で軽く心臓が跳ねてるのはそうだけど、さっきよりはまだ。
「この部屋、寒いか?」
さっきは羽織ってなかったカーディガンを身につけた相手に聞けば、別にそこまでじゃないですけどねと返す。
「どうにも、おまえには刺激が強かったようなので」
「へ、え……いや、あの!」
「おれ相手だと都合が悪いでしょう」
意地悪く笑うネズに、そういう意味じゃないってというか、あれも聞こえてたのかと後悔する。ついさっき耳がいいと本人から聞いたはずなのに、すっかり忘れてた。
「別にいいんですよ、女の子に間違えられるのも昔からです。男らしくないなって自覚もありますし」
「そんなことはないぜ!」
そうですか?とたずねるネズがそっと身を乗り出してきた、触れてみたいと思ってた体を寄せられてひっと情けなくも喉が鳴る。
「そんな遠慮しなくていいんですよ、綺麗だなんて言ってくれる物好き、おまえくらいですし」
ほらどうですとこっちのベッドに移って来たネズに、こういうのよくないと思うぞと小さく震える声で返す。
「悪いことですか?」
「いいか悪いかはともかく、それは、こういうの、よくはないと思うぜ」
「どっちですか、それ」
苦笑いする顔が近い、息もかかるようなくらい近くまで寄られて、ジリジリと後退する手に手を重ねられて、軽く乗りあげてくる相手にどう声をかけるべきか、考えても言葉が出てこない。澄んだ空みたいな瞳に不安げに揺れる自分の顔が映ってるのが見えたとき、ふっと息をこぼしてネズが笑った。
「わかりやすくうろたえてんじゃねえですよ。心配しなくても、なにもしませんって」
おかしそうに笑って体の上から退いていくネズの手を、とっさに掴む。
「なんです?」
「あ、いや……」
ちょっとだけ残念だと思った、緊張して真っ白だったからちゃんと見れていなかったから。
悪いと思ったのは、ネズが嫌がることをしたくなかったからだ。この綺麗な子に嫌われるのはダメだ、そんなことが起きたらきっと、とても悲しい。でも彼が近くにいることを嫌だと思わないのなら、もっと近くに居たいとは思う。からかって遊んでいるだけならそう言ってくれたら離すけど。
「おまえ、結構あざといですね」
「そんなことないぞ?」
「無意識でやってんなら余計悪いです」
じゃあダメかと手を離せば、なんでダメだと思うんですと引き寄せてベッドん沈みこむ。
「おいネズ!」
「いいじゃないですか、おれのそばに居たいんでしょ」
今日はもう寝ましょうよと抱き締められた状態で言うので、まあいいけどとつぶやくと、ベッドサイドにあった明かりに手を伸ばして消してしまう。オレはもっとネズを見たかったんだけど、暗闇に慣れたら見えますよと取り合ってくれない。
「黙りなさい、ノイジーです」
「そんなこと言われても、落ち着かないぜ」
ただでさえおまえの心音で一曲書けそうなくらいウルサイんです、口は閉じてくださいと言う。まだ眠くないぞとつぶやけば、また子守唄でも歌ってやりますよと抱き締めてくる相手は言う。
歌い出したネズの声は前に聞いたよりも耳に近くて、直接頭を揺さぶられるような感じがして、眠るどころか目が冴えてきて相手の姿がよく確認できるようになってきた。
背中を優しく叩いてくれる、本当に幼い兄弟にでもしてくれるようだけど。ぎゅっと抱き締め返す相手の細い体から響く心臓の音も、やけに早く感じられる。
「なあネズ」
「なんですか」
「一緒にリーグ行こうな」
「ええ、登れる先までは」
子供時代のネズさんには、無限の夢が詰まっていると思っています。
トレーナーズ第二弾のため久方ぶりに都会まで外出しましたが、いつ行っても楽しいですねポケセン。
Tシャツは無事ネズさんを引き当てたので、気分としては大優勝です。
2020年9月26日 pixivより再掲