夢を見る、非常に悲しい夢だった。
本人の願望を映すというけれど、きっとあれは海の悪魔が見せているんじゃないかと、時折、柄にもなく詩人のように考える。
カルディアの回顧録・6
「まだ起きていたの?」
声をかけてきたニコ屋は俺の前に腰を下ろすと、二つあったマグカップの片方を俺に置いた。悪いなと声をかけると、いいのよと静かに微笑み返してくれる。
深夜のコーヒーなんて、うちの船じゃ自分で淹れない限りは飲めるものじゃない。下手に医療の知識を入れただけに、俺の健康管理にうるさい船員たちによって、こっそり部屋にコーヒー豆を持ちこんで一人で淹れるしか、好きな時に飲む方法がないのだ。
ありがたく一口、ゆっくりと飲むと良い香りとコクが広がっていく。ああいい豆を使っているな、どんなブレンドだろうと考える。
「美味いな」
「サンジが淹れてくれたコーヒーよ」
絶品だから、私も気に入ってるのと笑う考古学者に、そうかと素っ気なく返す。
目の前に広げた海図や、様々な地図、情報のメモ書きにさっと視線を走らせたニコ屋は、勉強熱心な人ねと一言こぼした。
「うちの船長さんとは、全く真逆の性格のあなたが、同盟だなんて信じられないわ」
「まあ流れとして、そうなったと思ってる。あんた達はなんだかんだ言って、少数先鋭の部隊だからな。おかげでシーザーの捕獲にも成功したし、ドフラミンゴとの交渉もうまくいきそうだ」
「でも、なにが起こるかわからないから。あなたはこうして、必死に綿密な計算を続けているのね」
でも少しは気を休めないと、島に着くまでに精神的に潰れてしまうわよと、ニコ屋は笑いかけてきた。
「そうだな、だがまあ少しでもシミレーションを重ねることで、予測不能の事態にも対処できるようにしたい」
「最初からわかっていれば、予測不能とは言わないんじゃないかしら?」
結局は、出たところ勝負になってしまうものよ。こういう大きな冒険を前にはね、と楽しそうに話す女を前に、この船の人間というのはどうしてこうもトラブルに対して寛容なのかと呆れてしまった。
特に、自分と似ているのではないかと密かに考えていた学者が、こんなことを言ってしまうものなのだから、わからない。
「ねえよかったら、休憩がてら昔話に付き合ってくれないかしら?」
「著名な考古学者様、直々に歴史の講義をしてくれるとは嬉しいな」
「あら、期待を裏切って悪いけれど、歴史の話じゃないわ」
私の昔話よと彼女は言った。それに眉をひそめると、コーヒーを一口飲んで、私がこの美味しいコーヒーが飲めるようになるまだ五年以上も前の話よと、言った。
「わたしは、バロックワークスという組織に所属していたの。その顔を見る限り、ご存知のようね?」
同意を求めてくる相手に、勿論だと返す。
「当時の王下七武海サー・クロコダイルに関しては、かなり話題になったからな。それで、そこでどうした?」
「私がそこでエージェントをしていたんだけど、ある島に作戦を失敗した無能なおバカさん達の始末を言いつけられて、出向いたことがあるの」
わたしが来ることを予見していたのか、海軍に先に連絡がいっていてね、海楼石の防具を前に、私は怪我をしてしまったのよ。
「捕まってしまうと私も問題がある身だから、なんとか逃げ延びたんだけれど、逃げる時に怪我を負ってしまって。そこを偶然というか、狙ったかのように助けてくれた人がいるのよ」
そこで一区切りつけて、相手は無言の俺をちらりと見やると続きを話す。
「彼は言ったわ、海軍から逃げてるんだろう?それ相応の代償を払ってくれれば、俺の診療所でかくまってやってもいい、って」
その時にどうするか考える暇はなかったから、それは本心なのか確かめたわ。そしたら、彼は自分もみつかると困る身なんだって言って、捕まるならそれでいいと言って立ち去りかけた。それを引き止めて、助けてほしいと言うと彼は連れていた仲間に私を運ぶように言ったわ。
「自分で歩くって言ったんだけどね、怪我人は大人しく医者の言うことを聞けの一点張りで、聞き入れてくれなかったわ」
そう言って、彼女は面白いお医者さんでしょうと笑った。
「その人の名前はドクター・カルディア、私も聞いて知っていたけれど、流れの闇医者だったの」
「あなたが、ドクター・カルディア?」
不思議そうにたずねる女に、そうだとはっきり返すと。相手は、私も悪運が強いものねと、呆れたように笑った。
怪我の処置を終えて、麻酔が切れた後だった。かけられていた海楼石の手錠から、相手が能力者であることはわかった。うちに鍵外しが得意だった、盗賊下がりを乗せていたのは正解だったなあと一人、心の中で思っていた。俺自身はどうしても、あの錠には触ることができないので、こういう時に別の手練れがいるのは便利だ。
「あの、ドクター……ちょっと」
ひょっと顔を見せたシャチになんだと問いかけると、少しでいいんでと手招きされる。
「どうした?これから治療費についての交渉をしようって時に」
「いや、それが大問題ですよドクター!あの助けた患者、ニコ・ロビンですって!」
ほらと差し出されたのは、少し古い手配書だった。少女の顔写真に、見合わない桁の賞金が書かれている。
「海軍の軍艦六艘を、たった八歳で沈めたとんでもない賞金首ですよ!どうするんですか、そんな人助けて」
「どうするんですかって、最初にみつけたのはお前だろうが」
女の人が追われてる、ドクター助けてやってくださいよ!と飛びこんできたくせに、ここに来て相手にビビっているらしい。
「そりゃそうですけど、そんな突然のことだし、怪我してるみたいだし、助けなきゃって思ったんですけど」
「だから助けたんだ、これから治療代について交渉してくる。海軍に突き出すなんて考えるな、俺たちだってそんな所に踏みこめる人間じゃねえだろうが……」
「いや、もしもなにか後ろ暗い仕事の途中で、俺たち口封じとかされたらどうするんですか!」
「その時はその時だろうが」
そう言いながら、俺はため息をついた。こいつが言ったことは、たぶん、相手に筒抜けだということがわかったからだ。
「とにかく、お前は戻ってろ」
「しかしドクター」
「いいから戻れ!」
返事は、と少し怒気を含んだ声で言うとうっと声を詰まらせて、アイアイ・ドクターと返して心配そうに振り返りながらも去っていった。
大きめのため息を吐いて、俺は処置室へ戻った。
「私のこと、バレてしまったみたいね?」
ニコ・ロビンが感情を読ませないよう、微笑んで伝える。
「さあなんのことだか」
誤魔化してみるも、既に相手にはバレている。シャチに動揺が悟られないように気をはっていたものの、彼女の能力なんだろう、壁に耳が生えていたのをこっそりと確認している。
「ドクター・カルディア。私はバロックワークスという賞金稼ぎ会社のエージェントを務めているんだけれど、特定のエージェントにのみ伝えられている情報があるの」
なんだそれは、と無言で見つめると彼女は微笑んである人物を探して欲しいという依頼よと言う。
「依頼主はジョーカーという、こっちの世界では有名な後ろ暗いお仕事をされてる人。その人が、二十歳の医者の少年を探してるという話なの。その少年の名前は、トラファルガー・ロー」
その人物の特徴、あなたにそっくりな気がするわと独り言のように呟く女に、思わず冷や汗が垂れる。
「ジョーカーはその少年を、一億ベリーで引き取ると言ってきてるの。ウチにとっては確かに大きなお仕事なんだけれど、賞金首でなければ目撃証言があるわけでもないし、足取りも掴めない。だから、もしなにかあれば見つけてこいとだけ言われているんだけど」
顔色がよろしくないようよドクターという声に、俺は深いため息を吐く。
「先に言っておこう、俺はあんたを政府に突き出すつもりはない。賞金はまあ、確かに目が眩んでもいい額だが、その危険を犯してまで俺は出したくない尻尾を掴まれるわけにいかない」
お互いにお互いのことを探らない、それで許してくれないか?とたずねると、彼女から発せられていた殺気が引いていった。
「後ろ暗い人間は苦労するわね」
「本当にな……ああ、そういえばまだあんたの名前を聞いてなかったな」
「私はミス・オールサンデーと呼ばれてるわ」
「オールサンデー……じゃあ、日曜屋。今回の治療費について、どうするか相談したいんだが」
今回のことを黙っていてくれるなら、チャラにしてやると言うと、それじゃああなたが困るでしょうと言った。
「私のことを黙って見過ごしてくれることと、あなたを見過ごすことは対等な交渉だと思うわ。だとすると怪我の治療費と、危険を承知で匿ってくれてる宿代が必要ね?」
そう言うと、彼女は自分のコートに入れていた手配書を俺の前に差し出した。
「今回、私は彼らを始末するように言いつけられたエージェントが仕事に失敗したから、その始末に訪れてるの。エージェントの始末代と、この賞金首を狩る代金であなたへの支払いをしようかと思うんだけど」
合計金額の四割を支払うで、どうかしら?と持ちかける相手に、三割でいいと返す。
「怪我自体はそんなに重症じゃない、医者としては一週間は静養に務めてもらいたいがそれだけだ。あとは自由に動けるだろう」
この町で動くのに人手がいるなら言ってくれと返すと、彼女は大丈夫よと笑った。
「そのかわり、私のボスに今回の事について連絡をしないといけないから、電伝虫を貸してくれると助かるわ」
「ああ任せろ」
すぐに持って来させようと言うと、女は笑いかけて、もしよかったらと更に続けた。
「静養中に暇になりそうだから、なにか本があれば貸してくださると助かるんだけど」
「本が好きなのか?」
「一応、考古学者でもあるのよ」
「そうか……俺の書庫でいいなら案内してやるよ」
俺の好みだから、医学書が主になっているがそれでもいいならなと言うと、なんでもいいわと彼女は笑いかけた。
少しは歴史書も入っていたような気がするが、学者であればきっと読んだことがあるんじゃないかと思ってしまった。まあ、なんでもいいと本人も言っているしいいだろう。
「立派なものね」
俺の船に設けてある書庫に連れてくると、日曜屋はそう言った。
「知識がなければ生きていけない人間の香りがするわ」
「まあ、確かに本は好きだな。あまりにも部屋に閉じこもりすぎて、船員からは外で運動しろと口うるさく言われる」
そう冗談めかして言ってやると、彼女は笑ってこの本を借りてもいいかしらと手を伸ばした。
「この航海に関する書物、もう絶版になってるの。これも少し借りていいかしら?」
「それは預かりものなんだ、傷さえつけなければ見てくれていい」
貴重な書物は大事に扱うわよと笑いかけて、興味のある本をどんどん取り出していく。
そんなに知識や書物が好きで、学者の資格も持っているのであれば、どうして全うな学会で研究を続けないのだろうか。そんな疑問が湧いたものの、突っこんではいけない過去を彼女も背負っているということなんだろう。
「私はね、母親が考古学者だったの。私を置いて、歴史の調査に出てしまって。一目なんとか会ってみたくて、必死で考古学を勉強したの」
ドクターはどうして、医者になったの?と本のタイトルを見ながら言う彼女に、俺はしばらく黙りこんで、父親が医者だったんだと返した。
「町で一番の医者だった、だけど、戦争で死んだ」
「そう、お互いに死んだ親と同じ職業をしているのね」
興味深いわと彼女が呟くので、お互いの詮索はしない約束だろうと釘を刺す。
「そうね、でも考古学者としてあなたの持っている歴史に興味はあるわ」
どこまで俺の情報を掴まれているのかわからないものの、そう言う限りはおそらく、興味がある内容について考えついた。
本棚から一冊のファイルを抜き取って、渡してやる。番号だけが記されたそれを不思議そうに見つめる相手に、滅ぼされた町の記録だと返す。
「なりゆきで手に入れた物で、三十年以上は前の記録なんだが、俺の手で少しわかったことも追加している」
中身を少し確認して、はっとしたように俺を見ると、嬉しそうに微笑み返した。
「ありがとう、興味深い文献だわ」
ゆっくり読ませていただくわね、と嬉しそうに言う相手が、そうそうと思い出したように俺に耳打ちする。
「あなたは私を信用してくれているけれど、あなたの部下は、私をまだ警戒しているのね」
それに顔をしかめて、ドアの方をスキャンしてうかがえば、そっとこちらをうかがうシャチと、耳を寄せるペンギンの姿が見えた。
呆れたようにため息を吐くと、いいことよと彼女は笑って言った。
「心配される人がいるということは、きっと、いいことよ」
それじゃあ、私は借りてる部屋に戻るから。
それだけ言うと、出て行こうとする相手が突然にドアを開けたので、部屋に倒れこんできたシャチに、慌てたように逃げようとしたペンギンに声を荒げて、その場にとどまるように言う。
「悪いな日曜屋、気分を害したようで」
「いいえ。素晴らしい蔵書を貸していただけて、私はとても気分がいいわ」
彼等をあまり怒ってあげないでねドクターと、釘を刺して彼女はヒールを響かせて歩いて行った。
「だって心配じゃないですか!」
「相手は七千万ベリーの賞金首、しかも後ろ暗い組織に所属しています。ドクターの身になにがあった場合、すぐに対処できるようにと思いまして」
廊下に正座させて弁明を聞けば、すぐに二人からそんな声が返ってきた。
「日曜屋とはしっかり契約を交わしている。二人とも相手には手を出さないし、詮索もしないとな」
だから下手に刺激された方が俺の身が危ないと言うと、二人とも言葉を一瞬詰まらせるものの、しかしと返そうとしたところで通りかかった別の船員がニヤリと笑って違うんですよドクターと言った。
「そいつ等は、ドクターがあの美人と仲良くしてるのが気に入らないんですよ」
「はあ?」
ニヤニヤと笑う相手に、俺は首を傾げる。
「賞金首だろうがなんだろうが、ものすごい美人なのは間違いないっすからねえ」
俺たちの中にはナースなんていないからなあと、鼻歌まじりに買い出し行って来ますねと行って出て行った。
それを見送ってから、はっきりと慌てているのが顔に出ているシャチと、ポーカーフェイスを決めこんでいるペンギンに向き直る。
「どういうことだ、お前たち」
「いや……ニコ・ロビンとドクターが一緒にいることについて、嫉妬してるのはこいつだけです」
俺は違いますと言う相手に、ずるいぞペンギンとシャチは憤慨する。
「書庫に二人で入っていくの見たって言ったら、それはよくないって、真っ先に飛んで行ったのお前だろ!」
「俺は純粋にドクターを心配してだ」
「俺だってそうだし!」
「はあ……もういいお前たち、その気持ちはありがたいが、あの女は大丈夫だ」
なんの根拠があってと詰め寄る二人に、俺はため息をついて、勘だと返す。
「えっ?」
「あいつは、俺と似ている。自分の身が危なくなる真似はしない、それに、この書庫での知識に対する好奇心に満ちた目を見る限り、特別俺たちに危害を与える気は更々ないだろう」
そういう演技の可能性は、と言うペンギンにそれはないと返す。
「そこまでする必要がないだろう。口封じをするなら、存在がバレた時点でしている」
今そうされると、俺もあいつも困る立場なんだよと二人に言い聞かせて、そんなに心配なら見張ればいいと返した。
「日曜屋には監視だと言ってな、あの女は気にしないと思うぞ」
これで二人っきりは回避できるだろう?と言うと、顔を合わせてどうすると無言で相談する。
「まあ、そもそも七千万の賞金首にお前たちで太刀打ちできるのか、はなはだ疑問だけどな」
そこを突かれて、更に項垂れる二人に、回診に行くから準備しろと喝を入れた。
「すっかりよくなったわ」
傷の治りが早くて助かった、と言う相手にそれはなによりだと返す。
「傷痕も残らずにしっかり縫合してくれるなんて、いい腕ね」
これからも主治医でいてほしいわ、と言う相手にそれはお断りだと返す。ボスからもお願いされているんだけどと言われて、更にお断りだと返す。
「そう、じゃあ残念だけど。約束通り、あなたに代金を支払うわ」
三日ほど待っていただけるかしら?と言う日曜屋に、それで足りるのかと聞き返せば、情報は新しいものをいただいているわ。三日あれば片づくと思うと言う。
「まだここに居るかしら?」
「ああ、この島での診察はまだ続ける予定だ」
「わかったわ、港の方でエージェントが船を用意してくれてるそうだから、ちょっと行ってくるわ」
これ預かっていてもらえるかしらと、彼女は一本の万年筆を差し出した。年季が入っているものらしく、かなり傷や古びていることがわかる。大事に使われた痕跡から、これがなにかしら彼女にとってのかけがえのない代物なんだろうことはわかった。
「必ず戻るわ」
「わかった、待とう」
そう言って出て行った相手を見送り、下手に残されていた本を片づけようと持ち上げれば、一枚の紙が落ちてきた。栞だったのかと慌てたが、その紙には本を貸してくれた礼と、フレバンスについて知りうる限りの追記を記していたと書かれていた。
慌てて古いファイルをめくれば、用紙にして五枚程度のレポートが増えていた。戦争が終わった後の故郷についてと、その戦争におけるフレバンスの生存者はいないという政府の公式発表があったことが書かれていた。
俺の胸の中でじくじくと、心臓が痛み出す。ああまただ、この穴の中へ山と積まれた死体が姿を表す。
並んで埋められた彼らに立てかけた十字架が、じわりと突き刺さって血を流しているような気がして、能力を使って自ら心臓を取り出して確認した。
それは今日も、何事もなく平然と動き続けている。熱く、掌で包み込めるほどの大きさで、握り締めれば簡単に死んでしまえる。そんな小さくて重いものだった。
三日後、約束通り日曜屋は俺の船に戻ってきた。
「これが、あなたへの治療費よ」
これで足りるかしら?とたずねる相手に向けて、俺は睨み返す。
「最初に掲示した額よりも、少々多いように思うんだが?」
「ああ、仕事の途中に別の賞金首と出会ってね。ついでに倒したから、その賞金を追加してあげたの」
チップよ受け取っておいてちょうだい、と言う相手にこんなものは受け取れないと返す。
「じゃあ、私に珍しい蔵書を見せてくれたお礼よ。素晴らしい知識は、お金で買えるものじゃないんだけど。それくらいの、お礼はついてもいいでしょう?」
そう言う相手が引く気がないのに気づいて、仕方ないからもらっておくと言うと、彼女はありがとうと笑って言った。
「それじゃあ、私はこれで失礼させていただくわ、ドクター」
お世話になったわねと微笑む相手に、なんてことはない当たり前のことをしたまでだと返せば、彼女はそっと俺に近づいて、するりと俺の頬を手で添えると顔を近づけ、チュッと小さなリップ音を立てて、吸いついた。
「はっ?」
なにをすると言う俺の声は、シャチの絶叫でかき消された。
「ちょっとドクター!なに羨ましい!」
うるせえと一括して、なんのつもりだ日曜屋と叫ぶと彼女はなにやら悪巧みが成功した子供のように、愉快そうな顔で俺を見て、だってと呟いた。
「あなたの、慌てる顔を見てみたかったのよドクター」
思ったよりも可愛い顔ができるのねと非常に楽しそうに言う相手は、また会える 日があれば楽しみだわと言い残して。ヒールの音を響かせながら俺の船から降りていった。
「また会えるとは思わなかったわ」
五年以上前だけど、あなた変わってないわねと彼女は言う。
「過去のことには、お互い探りを入れない契約だっただろ?」
「それは、ミス・オールサンデーとドクター・カルディアが交わした契約ね」
ニコ・ロビンとトラファルガー・ローで名乗れるようになった今、持ち出していいものかしら?と返された。
どうだろうなと少し冷めたコーヒーを飲むと、彼女はふと息を吐いて、ハートの海賊団と呟いた。
「あなたらしい名前をつけたものね」
「俺らしい?」
「カルディア。フレバンスの古語で『心臓』という意味だったわね」
思わぬところを突かれて、気づいていたのかと返す。
「私は、歴史を紐解くのが仕事だから」
滅びた街のことも、あれから興味が湧いて少し調べたのよと言った。
「残っている文献は少なかったけれど、異国語について書かれた文書が残っていた。島固有の言葉を持つ国が存在しているというのはあったけれど、あなたの故郷もそうなのね」
そして知ったの、カルディアの意味を。
「あなたにとって、心臓がどれだけ大事なものなのか、それを考えてみたわ」
わからなかったけれど、大事なものなんでしょうと問いかける相手に、表情を引き結んで答える。
「命の恩人が、ハートを名乗っていたからな」
その人と、俺の過ごした故郷を背負うために使った名前だった。
「その人を、あなたは背負って生きてきた、ということね」
「この十三年、そのつもりだった」
なら、変な夢を見たりしないかしらと彼女はたずねた。
バイバイと手を振る恩人の影を思い出しながらも、なんだと返す。
「私が母と出会えたのは、たった一度きりなの」
「そうなのか?」
「オハラの学者は、世界政府の禁忌に触れる研究をしていた。そのせいで、私が生まれてすぐに旅立った母とは会えないままだった。幼い頃に口にした悪魔の実せいで、村の子共とは仲良くなれなくて、私は母の学者仲間や一人だけできた友達だけが、心の支えだった」
それを全て失って、もう死んでもいいと思った私の夢に彼らが出てくるの。
「母が抱きしめながら、私に行きなさいってずっと囁いてくれる」
だから死にたくても、どんなに死にたくても生きて来たのと彼女は言った。
「悪魔の実を食べた人に聞いてみたことがあるの、そういう夢を見る人がたまにいるみたいで」
特に、なにかを強く背負っている人は見るようねと続ける相手に、科学的に証明できるものじゃないなと俺は返す。
「夢は本人の記憶の整理のために見るものだと言われている、全てが解明されたわけじゃないが、それでも同じ夢を見えるのは過去のトラウマや、心理的な傷が原因だとも言われている」
あんたや、俺にはそれがあるなと返す。
「ということは、あなたも見るのね?」
「恩人が、別れを告げながら手を振る夢だ」
悲しい夢ねと返す相手に、そうだろうと返す。
どうせなら彼女が見る夢のように、笑って抱きしめてくれればいいのに。どうして、どうして俺に別れを告げるのか、その理由を問いかけてもきっと返してはくれないんだろう。
「おかげで、俺は眠るのがあまり好きじゃない」
「そう。夜更かしの相手なら、付き合うわよ」
チェスでもしてみる?誰も相手してくれないのよと言いながら準備してくれるので、俺もそうなんだと返して広げられた盤上に駒を並べた。
ようやくローが使っている偽名について書ける日が来ました!
「カルディア」はギリシャ語で「心臓」という意味です。
ローの出身地のフレバンスがおそらく、ギリシャのミコノス島がモデルではないか?と想像したため、ギリシャ語にしました。
「コラソン」がスペイン語で「心臓・ハート」の意味だったので、他の言語でいいのないかと思ったら、まさかのギリシャでベストアンサーが出るとは思ってもみなかった次第です。
「カルディア」ってなんかパッと見た時の響きがカッコイイ……とかいう理由で採用したのもあります。
正直、ギリシャ語習ってるわけじゃなく、翻訳サイトでめちゃくちゃ調べた結果です。
なので正確な発音がどんなものなのかわからないので、ちょっと違ってもそっとしておいてくださると嬉しいです。
さて、あと二回で終了の予定ですが次回は麦わら一味からサンジが出演の予定です。
といっても、彼がメインの話ではなく昔話に付き合っていただこうかな?と思っています。
2015年2月22日 pixivより再掲