「逃げられるわけないっていうか、それ以前に逃がさねえよ」
俺とアイツの一か月戦争 戦争介入
『今週の休み、どっか行こうぜ』
軽い気持ちでメールを送って来た相手に、午後から部活だから無理だと告げると、『じゃあ泊りに行く』とか更に上の要求を突き付けてきやがった。
「馬鹿じゃねえの?」
違った、コイツはアホだ。アホの青峰だ。迷惑だ来るなと返信すると、お前に拒否権はないと勝手に予定を決められた。一か月間の俺の予定は相手の手の中にあるのは分かっているものの、それでもなんとか抗おうとしてみる。
『だって折角の休みで、一緒に過ごそうと思ってたのに部活ってなんだよ。でも、サボったりしないだろお前。だから、昼はいいから夜は一緒に過ごせ』
メールでやりあっても埒が明かないと、昼休みに電話をかけると、交渉以前にもう決定事項として扱われる俺の予定。
「いい加減にしろよお前、んな頻繁に会いに来るな」
『行くに決まってるだろ。一か月しかないんだぜ、お前との時間は。何もしないまま終わってたまるかよ。だから、今週は俺泊まりに行くから、そのつもりで飯用意しとけよ』
「勝手に決めるな、それと命令するな」
駄目だ、結局は話し合ったって解決するわけがないんだ。もうすっかり諦めて通話を終了すると、深い溜息を吐く。
「青峰君が泊まりに来るんですか?」
相変わらず気配を消して現れた黒子、いつから居たなんて聞いても仕方ないだろう。アイツが泊まりに来る事を知ってるのなら、ほとんど最初から電話を聞いていたに違いない。盗み聞きは止めろといつも通り言い返し、黒子の反論を聞いていると、ふとある案が思い浮かんだ。
「お前も来るか?」
そうだ、アイツと居ると調子が狂うけど、黒子を挟んだらまだマシかもしれない。何せ、かつてはパートナーを組んでいた仲だ、きっと俺よりはアイツの扱いが上手いに違いない。
「いいんですか?お邪魔しても」
「別にいいぜ、一人暮らしだから家族の邪魔にはならないし」
「いや、そういう意味じゃないんですが。まあいいです、君が構わないならお邪魔します」
そういう意味とは何だろうか?でも、すぐに行くと答えた相手に安心し、どうせなら映画鑑賞会でも開くかと提案してみた。
これで、少しは土曜の予定も気が楽になった。
「……何で黒子も居るんだよ?」
「僕も火神君の家に泊まります」
そういう事だと付け加えると、青峰は「マジかよ、気は確かか?」と顔を歪め叫んだ。
「んだよ、黒子が一緒だと問題なのか?」
「問題だろうが!折角のお泊りデートを台無しにしすんな!」
「お泊りデートとか気持ち悪いこと言うな。俺はバスケ友達……と呼んでやらないこともないアホと、ソイツの昔の仲間で俺のチームメイトを家に呼んだだけだ」
お前と違って健全な高校生なんだ、俺は。
「それで、俺の未来の奥さんな」
「ありえねえ」
てか、黒子を前にそういう事を平気で言うな。かつての相棒が頭ぶつけてゲイになったと思われたって、お前自身は平気かもしれない。しかし俺まで変な目で見られるのはごめんだ。
「大丈夫ですよ青峰君、火神君。僕はいざという時には空気読みます、っていうか空気になります」
「なら空気読んで誘い断れよ」
通常通りの無表情と感情の無い声で、どう受け止めれば良いか分からない事をさらりと宣言する黒子と、その言葉にツッコミを入れる青峰。俺としては、ストッパーで呼んだからそっちの意味で機能して欲しいんだが……。
とりあえず、夕飯の食材を買いにスーパーに寄る。食べたい物があれば言えと聞いて、なんだかんだと言ってくる青峰の案を却下し、黒子が食べたいと言ったクリームシチューで夕飯は決定した。
「スープなら、食べやすいですから」
「ああ、お前はもうちょっと食べた方が良い気はするけどな」
意見を通す変わりに、その分しっかり食べろ……と思ったのだが、青峰は機嫌が悪そうにこちらを睨みつける。止めろよ、側を通ったおばちゃんがギョッとしてたぞ。
部活帰りで荷物の多い俺達に変わり、荷物は青峰が持ってくれた。それに対して礼を言うと、もっと何かあるだろとそっぽを向く。やっぱり、機嫌悪いな。
一晩中こんなだと鬱陶しいな、どうにかならないものか……。
「早くメシ」
「そう言うなら手伝え」
前にも行った会話、どうせやってはくれないんだろうなと思っていたら、後ろから軽く背中を叩かれた。振り返ると黒子が「良いですか?」と声をかけてきた。
「青峰君が機嫌悪いと、色々と面倒なので。君の力で直してもらいたいんです」
そんなこと言われても、アイツがどうすれば喜ぶかなんて知らないと言うと、「簡単なことです」と黒子は答えた。
「出来たぞ!皿取りに来い」
呼んで来たのは黒子だけだった、少し小さめの皿によそったシチューを渡し、俺は自分の分と何もしなかったアホの分の皿を持って、テーブルに向かう。
「ほらよ、お前のために愛情入れてやったぞ」
「はあ?お前、何言って」
置かれた皿を見て、青峰は固まった。俺だってこんなの出すのは恥ずかしいが仕方ない。
大きめに切られたシチューの野菜、その中で一番目につく人参の赤、それが全部ハート型になっている。しかも、それは青峰の皿だけだ、俺や黒子は普通に乱切りにした。
「青峰君はあの通り、ちょっと子供っぽい人です。実は、彼の舌もそういうところがあって。人参が嫌いなんですよ」
機嫌悪いのはそのせいだと黒子は言った。確かにシチューだと人参の味はかなりダイレクトに伝わるけど、そんな下らない理由でへそ曲げてたのか、アイツは。
理由の馬鹿らしさに、呆れを超えて微笑ましく思えた。そこで黒子が俺に差し出したのはハートのクッキー型。
「これで青峰君の人参を切り取って入れて下さい。多分、それで機嫌は直ります」
そんな事で本当に大丈夫なのか、疑ってみなかったわけではない。しかし、ものは試しだと言われた通りにしてみた。あれだ、緑間の言う「人事を尽くして天命を待つ」だ。
「火神、お前」
「しっかり食えよ、人参」
そう言うと、青峰はいつもの不敵な笑みを浮かべ、勿論だと言い放つ。
その体から発せられていたどす黒いオーラみたいなものが、スっと引いた。本当に機嫌が直るとは。恐るべし黒子の洞察力。
「良かったですね青峰君、火神君からの愛情たっぷりで」
「おう、サービスいいじゃん」
さては惚れた?と意味の分からないことをほざく口に、ロールパンを突っ込んで黙らせる。涙目になりながらも口に入れた分は呑み込み、「可愛くねえの」と至極当たり前のことを言う。
それぞれが味の感想を述べる中、平気で人参を口に運ぶ青峰を見て、不思議に思ったので聞いてみた。
「お前、人参嫌いなんじゃねえの?」
「あっ?別に好きじゃねえけど、嫌いってほどじゃないし。食べられないわけじゃないけど」
何で?と尋ねる青峰だが、そう問いたいのは俺の方だ。どういうことだ黒子、お前の言ってた情報と違うんだけど。そう思って青峰の隣に座る相手を見ると、悪びれも無く「すみません」と謝ってきた。
「人参が嫌いだったの青峰君じゃなかったです」
いや、本人から今そう聞いたよ。っていうか、まさかとは思うけどワザとか、ワザとなのか?
そう尋ねてみたところで、黒子は「さあ?」と首を傾げるだけだ。コイツ、何気に俺のこと騙したのか、それって相棒にしていいことだっけ?
こっ恥ずかしいことをしたと、俺の顔は赤くなっているんだろう。目の前に座る男は、こちらを見て嬉しそうに笑う。
「火神の、美味いな」
言葉自体は褒めているのだろうが、その声がやけに嫌な色気を帯びて聞こえて、怒りに任せて二個目のロールパンをさきほどより強くその口へ押し込んだ。
そして、当初の予定通り借りてきたDVD鑑賞会をして。その日は無事、終了のハズだった。
「火神、一緒に風呂入ろうぜ」
映画を見終わった後、黒子に先に風呂を勧め二人だけ残ったリビングで、青峰は突然そう言い出した。勿論、即刻断る。身長190代の男が二人、同じ風呂に入るとか考えただけで寒気がする。
「いいじゃねえか、っていうか俺の誘いは断るなって約束だろうが」
ソファに座る俺の膝の上に相手の手がそっと乗せられる、優しいからこそ危険を感じて、すぐにそこから追い出せば。少し怒ったのか、今度は腰に手を回された。
「約束だよな、火神?」
「分かってるよ、でも無理なもんは無理だって」
男同士だしいいだろう、なんて言われたら確かにそうなんだが。その男が自分のことを狙っているのならば話は別だ。自分の身は自分で守る、それは基本だろ。
「俺は、お前と二人っきりの時間が欲しいんだよ」
肩にもたれかかってきた相手の熱に、ビックリして心臓が跳ねた。
「それで?」
動揺を声に乗せないように気をつけて、できるだけ簡潔に一言だけ聞く。
「黒子呼んだ罰だ、これくらい我儘聞け」
罰ってなんだよ?それに、お前が我儘なのは元からだろうが。呆れてしまう俺の腰に回された手は、剥がされないように強い力で体を引き寄せる。
「お前、妬いてんの?」
ようやく合点がいって相手にそう尋ねると、青峰は顔をしかめて「悪いか?」と言った。
「だって相手、黒子だぞ?」
「馬鹿、俺がどれくらいテツを警戒してると思ってんだよ。お前と同じ学校で、同じクラスで、部活じゃ相棒で。ずっと長い時間お前と一緒じゃねえか。ようやくお前を独り占めできると思ってたのに」
何で連れてくるんだよ、と後半は独り言に近い小さな声で言う。すり寄ってくるその頭を、しょうがないなあという気持ちで撫でてやると、しばらくして「だから」と小さな声が聞こえた。
「お前の裸体拝ませろ」
「断る」
「いいじゃんか減るもんじゃねえだろ」
「いいや減るな、俺の精神的な安定が減る!」
少しドキドキしていた自分が馬鹿らしくなって、立ち上がって相手を引っぺがすと。座ったままこちらを見る、責めるような視線が下から突き刺さった。そんな目しても無駄だ、というかこの雰囲気の中でよくこんな最低なことが言えるもんだな。もうちょっと気をきかせた言葉を使え、そうしたら……。
いや待て、そうしたらどうする気なんだよ?一緒に風呂入ってもいいって考えたのか。ありえないだろ絶対に、マジで何考えてんだよ気持ち悪い。
この馬鹿は本当に調子を崩してきやがる、全部コイツのせいだ、コイツのせいで俺の頭まで馬鹿が移ってきたんだ。
「なあ火神、風呂」
「いい加減にしろ、この馬鹿」
聞き分けのない子供のように拗ねる青峰の頭を乱雑に撫で、短い前髪をかき分けてそこにちゅっと音を立てて唇で触れてやれば、呆気に取られたようなアホ面で俺を見返す青峰。いい顔じゃねえか、満足して口角を上げる。
「どうだ?大人の青峰君は、聞き分けがいいから人の嫌がることはしないよな?」
ポカンと口を開けるその顔が、少し赤く染まっている。なんだよ、これくらいでそんな反応してるようじゃ、一緒に風呂なんて入ったらコイツ倒れるんじゃね?
前回の意趣返しができたと喜ぶ俺の視線が、ソファに座るこのアホから離れて部屋に移った時。
リビングの入り口でこちらをただじっと見つめるクラスメイトと、ばっちり目が合った。
「…………黒子?」
「僕のことは気にしないで下さい、今は空気なんで」
そういうことは、せめてミスディレクションで姿消してから言ってくれ、頼むから!っていうか、どこから見てたんだお前は、出たんなら何か一言くらい声かけろよ。
「なんだか良い雰囲気だったので。お邪魔したみたいですみません」
「そうだぞテツ、お前のお陰で折角の火神のデレがパーになったじゃねえか」
デレってなんだよ、俺はお前に対して今は嫌悪しか抱いてねえよ。
「やっぱり仲、良いですよね」
いや、良くはないと言い返そうとしたら、黒子は青峰に近付き「でもね」と静かに言う。
「無理強いは許しませんよ、青峰君」
あくまで健全なお付き合いを推奨しますと肩に手を置いてそう言う黒子に、青峰は引きつった顔になる。凄いな黒子、やっぱりお前が居てくれて良かった。
結局、風呂は黒子の力で却下されたものの、寝具の関係で雑魚寝することになった時に誰がどこで寝るかで揉めた、揉めたというか、一人だけ駄々をこねた。
「火神ぃ、添い寝しろ」
「何でいちいちお前は命令形なんだよ」
何が悲しくて、男と添い寝しなけりゃダメなんだよ。つーかいい加減諦めろ。
平行線を辿る言い争いを見かねた黒子の「ジャンケンで決めたらどうですか?」という提案に乗った結果、完敗した俺は青峰に抱えられて寝るはめになった。
っていうか、さっき健全なおつきあいとか言ってた割に、添い寝はいいのか?
「変なことしたら、即刻その首をへし折るからな」
「しねえよ別に!」
ああ、もうウザい。自分と同じ体格の男にくっ付かれているだけでもウザい。それが一晩って、拷問か!
青峰の隣で寝る黒子は、こちらの動きなんて全く無視してくれている。
俺がアイツくらいだったなら、もう少し抱き心地も良いんだろうけどな。なんて思って、薄ら寒くなった。っていうか何で俺?
そうだ、何で俺なんだよ。
アホ面を晒して寝ている相手に、そんな疑問を投げるのは完全に諦めた。どうせ聞いたって、わけ分かんねえこと言って誤魔化されるだけだろうし。まず、この状態で聞けるわけがない。
ああ、意味も分からないのにものを考えてるせいで、妙に目が冴えている。
これじゃあ、今日はあまり眠れそうにない。
萌え滾った気持ちに任せて一気に小説を書き溜めたおかげで、作品のストックができたので。
しばらくはそれをアップすることによって、新しい小説を書かなくても書いた気分になってしまおう、という魂胆だったんですが。気が付いたらこれが最後のストックです。
2012年7月16日 pixivより再掲