「俺達、絶対に上手くいくぜ」

俺とアイツの一か月戦争 一日目

月曜日の慌ただしく気ダルイ空気の中で、自分がやけに苛立っているのを感じていた。
昨日のアイツの言葉が、頭から離れてくれない。
「一か月以内に、お前を堕とす」
バスケの勝利宣言の後に下された、宣戦布告。やれるもんならやってみろ、と思わず言い返してしまい。そのまま流されるように始まった、俺とアイツの一か月の長い勝負。

俺を惚れさせればアイツの勝ち、惚れなければ俺の勝ち。

こんな目に見えた勝負もないだろう。
男が男に惚れるなんていうのは、まあ有り得ないことではない。アメリカなじゃ普通にあったから、しばらくはビックリしたこともあるが、その内に嫌悪感なんて消えた。
とはいえ、自分のことになるとまた別だ。
俺自身は一般的な感覚で生きてる方だと思う。異性の方が好きだと思うし、同性にときめいたことなんてない。そりゃ、バスケが強い奴が居れば楽しくもなるし、向き合った時に感じる高揚感は恋愛のそれと似てるかもしれないけれど、それが別物だってことくらいは分かってる。
青峰と対峙した時のそれは、恋愛とは全く違う。そう思う。
アイツはそれを勘違いしてるんじゃないか、なんて考えてみて、馬鹿なことだと思った。
そんなことも分からないくらい、馬鹿ではないだろう。強い奴と向き合った時の高揚感ならともかく、認めるしかないとはいえ、俺の方がまだアイツよりまだ実力は下だろう。
惚れたというのなら、本当にそうなのかもしれない。
こんなことばかり考え、授業にも集中できずに居ると。ポケットに入れていた携帯電話が振動し始めた、こっそりと机の下で名前を確認すれば、表示されていたのは嬉しくないことに、考えていた相手からだった。
『今日の放課後、昨日の公園で待っている』
用件だけで、こちらの都合を考えるような内容は一切無い。それは当たり前で、今の俺の時間はアイツのものなのだ。どうやって答えようかと思ったものの、正直に放課後に行くから五時半くらいでも良いかと尋ねる。それで良いという了承のメールは、五分もしない内に届いた。

「どうしたんですか、火神君。今日はやけにイライラしてます」
「別に、何もねえよ」
「そうですか、でもイライラしてます」
本を手にしているものの、黒子の視線は真っ直ぐ俺に向いている。無表情で追及してくる彼の目は、こういう時どうも居心地が悪い。
「青峰ってさ、どんな奴だった?」
「どんなって、青峰君は青峰君です」
全く話しにならない、確かにその通りではあるんだけど。その青峰という存在が、どういうものなのか具体的な言葉が欲しい。効かされても全部は分からないかもしれないけど、今のほとんど何も知らないでいるよりかはマシだろう。
「彼がどうかしたんですか?」
「いや、昨日会ったんだけどさ。なんつーか、アイツってずっとあんな俺様な奴なのか?」
「俺様というか、自信家ではあると思いますよ」
確かに大した自信だよ、自分が男堕とせると思ってんだから。
その時、またポケットの中で振動音がして携帯電話を取り出すと。三度目のアイツからのメールが来ていた。今度は何だと思って開けてみると、たった一行だけ『一人で来いよ、絶対に』と書かれていた。
「青峰君からですか?」
「ちょっ、お前人のメール見るなよ」
「着信した時の名前が一瞬見えただけですよ、でも随分と仲良くなったんですね」
仲良くなったというか、仮の恋人?状態だ、とは流石に言わない。
「火神君と青峰君、似てますから」
「はあ?」
誰と誰が似てるって?それは、バスケスタイルのことだよな、そうだろ?そうだって言ってくれ黒子。
「僕と青峰君はバスケ以外の相性は悪いですけど、火神君の場合はバスケ以外の相性が良さそうです」
「んなわけあるか」
むしろ相性最悪だぞ。顔合わせたって喧嘩腰に近い形でしか話ができない、十中八九アイツの態度の問題だけど。
「でも、会いに行くんでしょ?」

「ちゃんと会いに来てんじゃねえか」
何だかんだ言って俺のこと好きだろ?と言って、青峰は自信たっぷりに笑った。正直なところ、こういう反応をされるのではないか、と思ってはいたが。本人を前にして思った、やっぱり言わなければ良かったと。

昨日俺が一勝した分、約束通りにコイツにマジバを奢ってもらい。席に着いて食べている間に、今日はどうしていたんだと執拗に聞いてくるものだから、昼間の黒子との会話を聞かせてやった。
いつもは黒子が前でシェイクを飲んでいるのだが、今日はガングロの不良がコーラを飲んでいる。調子が違って気まずいと思うのは、きっと見ている風景が違うせいだ。
「でも、テツの言うとおりだと思うぜ、俺達は似てるし、相性も良い。だって同じタイプの人間だからな」
「それ逆に相性悪いだろ」
同じものは反発する、凸凹が一緒だから補い合えないんだ。磁石は同じ極を向けると見えない力が働いてくっつかない、それと一緒だ。
こんなんじゃ、手すら繋げやしないぞ。
「そうでもないだろ。同じってことは、俺達が合わさるとこのまま倍の力が出せるってことじゃね?」
そう言うと、青峰は鞄からウォークマンを取り出した。しばらく操作して、俺の方へイヤホンを片側だけ渡して来た。右耳につけると自分はその反対側を耳につけて、再生を始めた。
耳元から流れてくるのはロックチューン、渡米していた時期が微妙なので最近の邦楽などは詳しく知らないけれど、このバンドは偶然にも知っていた。そう言うと、青峰は「そうか」とそれほど興味なさそうに答える。
流れている男の低い声といい具合に騒ぎ立てるギターの高音。コイツ、こんな歌聴くんだな。てっきりアイドルの意味分んねえ歌ばっか聴いてんのかと思ってた。

「良いだろ、俺達のことみたいで」
「どこが?」
別に俺達、繋がってないだろと言うと。繋がってるだろ、と片耳から延びるコードを指で弄る。そこじゃねえよ。
「火神はどんな歌聴いてんの?」
「音楽とかあんまり詳しくねえよ」
「昨日、聴いてただろ」
ロードワーク中のプレイヤーのことを言ってるらしい。説明するのも面倒だから、制服のポケットから愛用のプレイヤーを取り出して、アイツと同じように片耳だけイヤホンを渡す。
適当に普段聴いている曲を選んで再生ボタンを押すと、しばらくして青峰は顔をしかめた。
「洋楽とか分んねえ、聞いたことはあるけど」
当たり前だ、知らなかったらむしろお前の常識を疑うぞ。世界クラスの大物バンドの曲を聴いて、分らないで済ませられるコイツも凄いな。そう思ってると、怒るなよとヘラヘラしながら言う。
駄目だ、やっぱコイツとは絶対にそりが合わねえ。

苛立ちを腹に収めつつ、本当にコイツと一か月間付き合えるんだろうかと疑う。
そうは言っても、俺達の勝負は始まったばっかりでまだ先は長い。
俺の方が絶対に勝つけどな!

あとがき
なんというか、青峰の横暴具合に振り回される火神を見てると、ニヨッてします。
火神はワンコっぽいですけど、青峰の方が我儘で、しょうがないから世話焼いたりして付き合ってるせいで、火神が保護者っぽく見えるようなそんな二人が好きです。
2012年7月6日 pixivより再掲
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