「お前のこと、絶対に手に入れてやるぞ」
俺とアイツの一か月戦争 不意打ち
この三日間で青峰について気づいたこと。
俺様で自己中、とにかく横暴、態度が一々デカイ、命令口調、ありえないくらい自信家。
最初から持っていた印象が、更に度を越して悪くなった。
どういうことなんだよコイツ、一緒に過ごして改善されるどころかどんどん悪いところに目がいくぞ。
「火神は自主連しないのか?」
部活終了後、ロッカールームへ向かう途中に声をかけられた。振り返ると、日向先輩が意外そうにこちらを見ている。
「ああ、ちょっと約束があるんで」
青峰とストバスしに行く、と言っても良いものなのか。別に、悪いことをしに行くわけじゃないんだから、正直に話しても良いんだろうけれど。なんとなくアイツとの約束上、言い出し難い。
一か月限定の恋人(?)に会いに行きます、とは言えないよな。
「青峰君と約束してるんですよね」
「うわっ、黒子どこから……って、何で知ってるんだよ!」
いつも通り気配を消して現れた黒子は、隠そうとしていた俺の約束を勝手にバラす。本当に何で知ってたんだ。
「桃井さんが教えてくれました。自主連の相手してくれてありがとう、とのことです」
まあ、部活は相変わらずサボってるみたいですが、と何となく予想していた事実を聞いて、アイツらしいなあ、とか思ってしまう。
「桐皇の青峰とそんなに仲良いのか?やっぱ、類は友を呼ぶってやつだな」
「ルイ?」
「似た者同士は仲良くなる、って意味ですよ」
「いや、全然似てねえだろ!……です」
クソ、敬語っていちいち面倒なんだよ。同期と先輩とが居る場所で、どっち基準で喋ればいいか分かんねえ。
「ていうか、俺と青峰は似てないし仲良くもないし」
どれだけ事実を話したところで、バスケするのなら仲は良いんだろうとか、色々と勘繰られる。面倒だな、本当に。
そうこうしてる内に、時計を確認すると予定していた時間よりも十分ほど遅れている。ヤバいな、アイツって待たせると機嫌が悪くなんだよな。
じゃあそういうことでお先に、と体育館を抜け出して更衣室へ向かった。
「遅いじゃんよバカガミ、すっぽかされたかと思った」
「部活だったんだよアホ峰、サボりのお前と違って俺は真面目に練習出てるんだ」
大体、遅いと言っても約束に十分遅れたくらいだし、連絡だってしたはずだ。試合にすら平気で遅刻するお前に言われる筋合いはない。
「あそこで練習してるより、俺とバスケしてる方がずっと実力になるぞ」
「そういう問題じゃないんだよ」
それじゃあ始めようかとボールを投げる青峰、しっかりとパスを受けとめてジャージを脱ぐとコートに向かう。
始めるかと言ったところで、大学生くらいの男達がぞろぞろとコートに現れた、俺達を見て面倒だといった顔をした。
「んだよ、デケェけど高校生か?」
「悪いけど代わってもらえる?大人の相手はできないだろ」
それを聞いて、青峰の額に青筋が立ったのが分った。そういえば、沸点が低くてキレ易いのもコイツの特徴だった。
「なあ火神、俺ちょっとアイツ等叩きのめしたいわ、手貸せ」
「いいけど、二人で大丈夫か?」
「俺一人でも十分だけどよ、せめて二人はいないとあのオニィさん達が後でショック受けるだろ」
俺って優しいなんて言うけれども、実際の表情はかなり凶悪なものだ。いざとなれば、俺が止めるしかないだろうな。
「オニィさん達、そこまで言うならちょっと相手しろよ」
「全然骨のねえ奴等」
十五分間に三桁分近くは二人で得点を決めた、遊びがてらバスケをしていたような奴等なんだろう。そんな奴等、どうせ相手にならないのなんて分かってるんだから、放っておけばいいのに。
「自分が本気なもん、ふざけてるのはムカつくだろ」
「それ、お前が言えるのかよ」
「俺はいつだって本気だっての、ただ周囲が俺の本気に追いつけねえだけだ」
「お前のその性格、どうにかした方がいいぞ」
折角、コイツの為を思って言ってやっているものの、当の本人はどこ吹く風だ。でもまあ、言いたいことはよく分かる。遊びでやってる奴に馬鹿にされるのは、最高に嫌な気分なのも分かる。
「火神と折角バスケできると思ってたのに、あんな下手クソが邪魔する方が悪いんだ」
そう言ってくれるのはありがたいし、俺だって同じような気持ちだけどさ。面倒な相手だったらどうするんだよ本当に。しばらく、あのコートは使用しない方がいいかもな、なんて考えていると青峰は腹減ったとか呑気に言いやがる。
「米が食いてー、米が」
「なら適当に食って帰ればいいだろ、俺も腹減ったから帰るし」
タイマーをセットしておいたから、米は炊き上がっているだろう。となると、残りの飯をどうするかが問題だ、冷蔵庫の中身を思い出していると、じっとこちらを見つめる視線に気づいた。
「なんだよ?」
「お前の家、近いの?」
「ここからなら、歩いて十分くらいかな」
それを聞いた瞬間に、かなり嬉しそうな顔を見せる青峰。ヤバいな、嫌な予感しかしねえ。
「なあ、お前の家行ってもいい」
ほらきた……。
「駄目だ」
即答で返すと、「何でだよ!」と大声で言い返す。お前、この時間から家に上り込めるとか本気で思ってたのか?普通に考えて、家族に迷惑かける時間だろうが。
「だってお前、一人暮らしなんだろ?」
「……だとしたら何だよ?」
それ以前に、お前は何でそんなことを知っているんだ。すると、青峰は完全に胸を張ってさつきが調べてきたとか言いやがった。お前のマネージャーどんな調査能力持ってるんだよ。ほぼ個人情報じゃねえか、コレ。そう言うと、青峰は更に胸を張って「俺が調べさせた」とか言いやがった。
お前、幼馴染をなんだと思ってるんだ。女子にストーカー紛いの調査なんてさせるんじゃねえよ。
「迷惑かけないんだから、行ってもよくね?」
いや、迷惑はかけられている。主に俺に。
しかし「お前の時間は俺の物だろうが」と言われれば、確かにそういう約束だったな、とか面倒なこと思い出して、深いため息を吐く。
「言っとくけど、飯食ったら帰れよ」
仕方なしに折れてそう返事すると、珍しいことに子供みたいに顔を輝かせた青峰を見ることができた。うわあ、こうやって見ると結構イケメンなんだなお前。これで性格がよければ、もう少しまともな人間として見てやったのに。
料理は別に嫌いでない、というかしなければいけないことだから、嫌いになりようもない。食べることが好きだし、自分で好きなものを作れるんだから苦にはならない。
「なあ火神、何作るんだ?」
ただでさえ狭いマンションのキッチンに、身長190代の男二人は狭すぎる。しかも、コイツは全く料理なんてする気ないクセに突っ立っている。邪魔を通り越して、殺意すら湧きそうだ。
「青峰、邪魔」
「いいじゃねえか別に、っていうか何作るんだよ?」
何でもいいだろ、冷蔵庫の中身と相談してこれから決めるところだ。
愛用のエプロンを取り出して後ろで結ぶと、食材の確認を始める。
野菜はまだ十分にある、昼間の弁当には鮭の切り身を入れておいたから肉料理にしようか。疲れた時には、ビタミンBが良いらしいという有名な知識から、豚肉のパックを取り出す。白米を食べるならやっぱり味噌汁は欲しいし、そうすると野菜を取る必要もありそうだから、と頭の中では徐々に生姜焼き定食にメニューが決定されていく。
黙々と調理を始めた俺を見つめ、青峰はしばらくは関心したのが黙って様子を眺めていたものの、味付けをして香ばしい匂いが漂い始めると、流石に我慢の限界が来たのか「なあ」と声をかけてきた。
「何だよ?」
「つまみ食いしていい?」
「死ね」
そんなに食いたいなら少しは準備を手伝え。台拭きを放り投げてテーブルを拭くように言いつけると、ムッとしながらも流石に悪いと思ったのか大人しく従う。
そうしている間に、完成した料理を皿に盛っていき二人分を綺麗に並べる。一人分でもかなりの量だというのに、今日は二人分だ、運ぶのも面倒だし出来たものから運ぶように呼ぶと、顔を上げてキッチンまでやって来た。
「熱いから気をつけろよ」
皿に盛った料理を見て、青峰は固まった。なんだよ、何か問題でもあるか?
「お前、料理上手いな。さつきみたいに破壊的だったら覚悟して食う気だったけど、桜井レベルなんじゃね?」
お前のところのマネージャーが、ウチの監督クラスに料理が下手なのは分かったが。それよりも桜井って誰だ?
分からないことが顔に出ていたんだろうか、すぐ謝るバカだよとチームメイトの紹介にそれはどうかと思うが、ものすごく分かり易い説明をしてくれたお陰で、誰だかすぐに判明した。そうか、アイツも料理上手いのか。
「水戸部先輩みたいだな」
「水戸部?」
「ウチの先輩だよ、試合の時に居ただろ?ちょっと髪長くて全然喋らない人」
それで分かったのかどうか知らないが、彼はソイツがなんだと言う。
明らかに機嫌も顔も強烈に悪くなった青峰の相手をするのが面倒になって、さっさと皿を運ぶよう言いつけてキッチンから追い出す。なんだよ、お前と一緒でチームメイトの話しただけじゃねえか。
普段はあまり使わない客用の茶碗に飯を盛り、自分は愛用の丼に入れてテーブルに着いた。
「じゃ、いただきます」
しっかりと手を合わせて挨拶すると、それを見ていた相手がキョトンとした顔でこちらを見る。そんなに見てるけど、なんか付いてるのか?
「お前、本当に何なんだよ?」
「いや……なんつーか、お前。予想に反して可愛い奴だな」
予想に反してって何だ。というか可愛いとか言われても嬉しくない上に、それが男だと三割増しで嫌だし、ましてや青峰だと三倍嫌だ。
「お前の中で俺の評価低すぎね?」
「正当に見てやってるだろうが」
バスケの実力は認めるけれど、それ以外はどうしようもない奴だ。
「本当にツレねー奴」
そう言うと、しっかりといただきますと挨拶して料理に箸を付けた。人に料理を振る舞う時は少しだけ緊張する、どういう風な反応をされるだろう。
「ヤベぇ……」
一口食べて、ぽつりとそう呟く青峰。
「えっ、不味かった?」
「いや逆、めちゃくちゃ美味い」
本当に桜井かよ、と言う青峰。だからその桜井の料理がどの程度か知らねえっつうの。
「お前さ、なんつーかもう恋人飛び越えて嫁になれよ」
「誰がなるか!」
っていうかお前に養われてたまるか、そう言い返すと不服そうに俺を見つめ返すが、すぐに機嫌を直したのか俺を見てニッと口角を上げる。
「マジ、惚れ直したわ。お前」
食事の後、泊まりたい言い出した青峰をなんとか帰らせるために、無理やり玄関に立たせる。そんなにも俺が嫌いか、などとほざく相手に好きでたまるかと言い返し、帰る決意を固めさせる。
「じゃあな火神、俺が帰って寂しくなっても泣くなよ」
「誰が泣くか!」
むしろ清々すると怒る俺に冗談だと笑いかけ、嵐のように男は去って行く。
「と、そうだ忘れてた」
ドアを閉める直前、ふとこちらを見るとちょっといいか?と言う。忘れ物でもしたのかと、指示されるまま近づけば腕を引かれて一瞬、頬に柔らかい感触があってすぐに離れた。
何だこれ、いや知ってる良く知ってる。
向こうでは普通だったけど、こっちに来てからは全く感じたことの無いもの。
「ちょっ、青峰!お前……」
「何だよキスなんて挨拶代りなんだろ?さよならとおやすみのつもりなんだけど、もしかしてほっぺじゃ不満?口にして欲しかったか?」
「いい加減にしやがれ、この色ボケ!」
殴ろうとしたら、さっと体を避けて今度こそ「またな」と言ってドアから出て行った。二度と帰って来ないように、すぐに鍵とチェーンロックをかける。
馬鹿だと言われても仕方がないけれど、油断していたというのが正しい。
どうせコイツは女の子が好きなんだって、どっかで思ってた。
俺をからかっているのか、それとも暇つぶしの遊びなのか、どっちにしろ性質が悪いけれど、そういうもんなんじゃないかって、そう。
でも、少しだけ思い直した。アイツはそう見えないだけで、本気なんじゃないかと。
本気で俺に、戦いを挑んでいるんじゃなか。
不意打ちを受けた頬に触れると、バスケの後にアイツが言った台詞を思い出した。
「俺はいつだって本気だぞ」
だとしたら……大変な相手を敵にしてしまったんじゃないだろうか?
「戦争」とか言ってるわりに、前回とか全然、戦争してない!?とか後で気づいたんで、青峰にちょっと攻め込ませてみました。
2012年7月12日 pixivより再掲