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死にいたる病-4

side:青峰

週末に黄瀬からストバスに誘われた、どうしようかと思ったがどうやら火神も誘われたらしい。
「黒子とか緑間も来るみたいだし、たまには大人数でするのも楽しいだろ?」
誘われた時点で行くと返答したバスケ馬鹿に、俺は不満を抱きつつも「じゃあ俺も行く」と仕方なしに答える。
「何でそんな嫌そうなんだよ?」
「お前が勝手に他の男と約束なんかしてるからだろ」
「勝手にって……黄瀬が青峰も誘うって言うから、俺はオッケーしたんだけど?」
俺が来るなら青峰だって行くだろ?と平然と答える。
「そうでなかったら俺がお前を誘って行くって、置いて行ったりとか有り得ねえよ」
そう言って「終ったら俺の家来るだろ?」と笑う火神に「晩飯に唐揚げ食べたい」と先にリクエストしておく。
「分かった。お前、食材で答えるのやめたんだな」
「だって、お前が困るって言うから……」
そう言うと火神は俺の頭を撫でて、楽しみだな?ってまた笑いかけて。それで、機嫌なんてすぐに直ってしまった。

だから普段と同じように、この日も幸せに満たされて終ると思っていた。

火神とテツが組んで緑間達とゲームをしている間、俺と黄瀬はコートの端でその様子を眺めつつ休憩していた。
「最近、なーんか火神っち色っぽくなったと思わないッスか?」
黄瀬が零した言葉に、俺の心臓は一瞬で凍りついた。
「どういう意味だよ?」
俺の声が重く冷たくなった事に黄瀬は気付いているんだろうが、あえてトーンは変えずに少し笑って「そのままの意味ッスよ」と明るく返す。
「ああ、好きな人いるんだな……ってかんじの顔してるの」
それが色っぽいんだって黄瀬は言うと「愛されてるッスね」と茶化すように続ける。
「でもさ青峰っち、気をつけた方がいいかもね」
「何が?」
「火神っちの周りって、結構人が集まるでしょ?だから魅力的になったらライバル増えるかもよ?」
そう言われてみてハッとした。
確かに、火神は人から好かれ易い。その理由は何となく分かる。馬鹿みたいに真っ直ぐで純粋で、だからハッキリと言葉を口にして失敗する事もあるんだろうけれど、でも嫌味ではなくて。面倒見が良くて、優しくて。何よりも傍に居たいと思わせてくれる、包み込んでくれそうな雰囲気。
それに惹かれる人間は多いのかもしれない、考えてもみない事だったけれど。
でもライバルって言ってもな、アイツはもう俺のだし……。
「火神っちに限って浮気とかはないと思うけど、でも心変わりしないとも限らないんじゃないの?」
「んなの、ありえねえよ」
答えた声が震えていないか、自分でも自信が無かった。
アイツに心変わりなんてあるんだろうか?
俺を好きじゃなくなったり、するんだろうか?

「あっ、終ったみたいッスよ」
立ち上がってテツに近付いて行く黄瀬を見送り、入れ変わるようにして火神は俺の隣りに座った。
「あー、マジで緑間のシュートって本当にどうにかなんねえかな」
流れる汗を拭いながら、そう呟く火神に「でも勝つんだろ?」と尋ねれば「当たり前だ」と勝ち気な笑顔が返ってきた。
「そろそろ良い時間だな、昼飯にしねえ?」
腹減ったと言いながら、鞄の中に仕舞ってあったシルバーリングの通ったチェーンを首から下げる火神を見つめ、俺の心が冷えていくのを感じた。
それがただのアクセサリーではないのは前に火神から聞いた、大事なものなんだと嬉しそうに語るその顔を見つめて、大事な思い出なんだとその時、俺はそう片付けたんだけど。
コイツの兄貴分だという男との兄弟の証だというそれは間違いなく、俺の知らない火神の姿を示していて。今の俺にとってはコイツを繋ぐ重い枷のように見えた。
前に見た事ある、すかしたようなアイツの兄貴分の顔が思い浮かんで来て、思わず顔をしかめる。
「どうした青峰、んな怖い顔して」
自然と睨みつけていたらしく、心配そうに覗きこむ相手に「何でもない」とぶっきらぼうに返す。
黄瀬の言っていた言葉がじわじわと広がっていく。

俺から火神を奪おうとする奴が現れるかもしれない。
火神がいつか、心変わりする時が来るかもしれない。
考え始めると不安でたまらない。

「なあ火神……」
不安が出ないように気をつけて声をかけると、相手は首を傾げて「何だ?」と笑顔でこちらを覗きこむ。
真っ直ぐ向けられる疑いのない目に、胸の中にあるものが身を竦めた。

踏み込む事すら、怖い。

「……昼飯、何にする?」
「そうだな、この人数だしマジバとかファーストフードでいいんじゃねえの?」
屈託なくそう答える火神に「そうだな」と力なく返答し、聞こえないように心の中だけで溜息を吐く。

なあ火神。
お前は俺を、見捨てたりしないよな?

授業が終わってから煩いさつきを巻いて、今日も練習をサボって、誠凛の練習風景をこっそり覗きに行ってみた。
体育館から響く声、厳しい声に対する返事。
真剣な表情で体を動かす火神は、真っ直ぐに前を見てより高みを目指して頑張っているんだと、よく分かる。
強くなりたいと望むその瞳が、とても綺麗だ。純粋で濁りの見えない、それしか考えていない瞬間の目。
だけど……。
アイツのプレイは「誠凛」というチームを繋ぐものとしてある。
そしてここは、人の関わりを大事にする。
「火神ナイス!」
「っす、ありがとうです」
ゴールを決めた火神の頭を一瞬でもそっと撫でるアイツの先輩、それを嫌な顔もせずに受け入れる火神。
真剣だった表情が一瞬崩れて笑顔に変わる、その瞬間に俺の中で苛立ちが生まれた。

お前は俺のものだよな、火神?

淡いと思っていた光は、燃え盛る炎のように熱を集めて勢いを増していく。それに憧れるように、より強く輝かせるために力を貸している。お互いに……上手く働き合っている、そう見える。
ここに俺は必要ない。
火神が強くなりたいと思う理由は俺からもしれない、だけどアイツにとってこの場所で必要としているのは俺ではない、コートの上でアイツを支えているのは間違いなくここの誠凛の連中で、俺はそれに対して風を送るだけだ。
それが駄目だとは思わないけれど……でも。
今まで悪くないと思っていたその事実が、怖くなる。
アイツが目指す先に、俺が必要なくなったならどうなるのか……その時に隣に立つ事はできるんだろうか。
そんなに嬉しそうに笑っている今、お前は何を考えてるんだ?
なあ火神。
今、その目には誰が見えているんだ。

伸ばしかけた手の震えを、誰も見ていないのは分かっているけれどもポケットに突っ込んで、賑やかな音のする体育館から背を向けて校門の方へ向かう。
誠凛と書かれたまだ綺麗な看板の文字に背中を預けて、静かに長く息を吐き出すと、そっと空を見上げた。
多分あと三十分もすれば練習も終るだろう、それまでここで待とう、そして火神の姿を見つけたら捕まえよう。そして高っくなっているだろうアイツの体温に触れて、汗をかいてより濃くなっただろう火神の匂いを抱き締めてやりたい。
触れなければ安心できない。
さつきからかかって来ていた二本の電話を無視して、校門の前に座り込む。膝を抱えて、無駄にデカくなった体を小さくするようにして目を閉じた。

それから一時間ほど経っただろうか。
「青峰君、何してるんですか?」
待っていたのとは違う声が俺を呼び掛ける、そっと顔を上げれば練習も終ったのかテツや他の誠凛の先輩やら同級生と思われる奴等が、珍しいものでも見るように俺を見ていた。
「あー、火神はどうした?」
さっと視線を動かしても、その一団の中に俺が待っていた相手がいない事はすぐに分かる。あれだけ目立つ奴だし、俺が火神を見つけられないなんてありえない。
「火神君ならまだ残ってますよ、監督と話があるらしくて」
「そっか」
そう言って腰を上げたのはいいものの、そこからどうしようか迷う。もう一度体育館に行ってもすれ違いになるかもしれない、流石に誠凛の部室の場所までは知らないし、やっぱりここで待っているのが一番早いだろうか。
「あっ、皆さん先に帰ってて下さい。僕は彼とちょっと話して帰ります」
「そっか……じゃあまたな黒子」
誠凛の奴等は俺を不思議なものでも見るように俺を見ていたものの、少し変わった事があった程度に受け止めたのか、俺達を残してゆっくり歩き出した。
「火神君に会いに来たんですか?」
「ああ」
「桃井さんから、君がコッチに来ているのではないかと連絡がありましたが」
「無視しとけ」
今更になって行き先が分かった事で、どうせ今日の無くした時間は戻って来ないのだ。それよりも、俺が気にかけているのは火神だ。
「どうして火神君を待ってたんですか?」
「何でもいいだろ」
「僕には言えない事ですか?それとも、言いたくない事ですか?」
真っ直ぐ見つめるコイツの目は昔から苦手だ、威圧感があるわけでもないのに、隠し事を認めないかのような強い力がある。
「お前に言っても仕方ない事なんだよ」
イライラを押し込めて答える。
早く出て来いよ火神、いくらあの貧乳の監督相手だからって女と二人で過ごしているという事が、俺を余計に苛立たせている。それを見抜いているのか、テツは小さく溜息を吐く。
「足の調子がよく無いから、練習メニューの調整をしてるだけですよ……そんなにイライラしなくても、君が心配するような事は何もありません」
「別に何も心配してねえよ」
「それ自分の顔を見て言って下さいね」
そんな事を言われても俺がどんな顔をしているのかなんて知らない、そう言ったら俺を見て「悪人面ですね」と零すが、それは色んな奴から言われ慣れてるので正確にどんな顔なのかは分からない。
「火神君の事、信じてないんですか?」
表情を変える事なくテツは言う。
「信じてるよ。でも、アイツがお人好しなのはテツもよく知ってんじゃねえの?」
「まあそうですけど」
そう答えうる相手に、ふいに気になっていた事を聞いてみようかと思った。
「なあ、火神ってモテんの?」
俺の質問にちょっと首を傾げて何かを考えながら「そうですね」と困った顔で答える。
「ハッキリ言っていいんですか?」
「聞いてんだから答えろよ」
「多分、モテてますよ」
そう言う元相棒に、俺は更にイライラを感じつつ「多分って何だよ?」とできるだけ穏便な声で聞き返す。
「例えば、クラスで誰が格好いいと思いますか?という質問をしたら、確実に五人以上は火神君を挙げるんじゃないかな、とは思います。でも、それはこの中でならばという人気投票でしょう?つまり、火神君を格好良いと思っているからと言って、必ずしも彼の事を好きだという意味にはならないんです」
「だから何だよ?」
「女性からモテるからと言って、必ずしもそれが恋愛感情に直接繋がるわけではないと僕は思います」
回りくどい言い方をしたが、火神がモテていたとしても本気で好きだと思ってる奴はいない、とそう言いたいんだろう。
「でもよ、本気でアイツを好きだって思ってる奴、マジでいないの?」
「さあ、そこまではちょっと……人に好かれやすいとは思いますが、女心を理解して気配りする精神は足りません。まあ黙っていれば格好良いですよ、バスケ部のエースっていうのもポイント高いんでしょうけれど、そのプラスのポイントを相殺するくらいの成績ですからね」
ふーんと気の抜けた返事を返しつつも、でもそれを知っているのはアイツの一面だけだと思った。

例えばバスケ部のエースだという事を知っている奴等は、アイツがどんな試合をしているのか見た事があるんだろうか?対峙した事があるんだろうか?対峙したとしても、本気で向かってくる、あの喰らい付く瞳を見た事はあるんだろうか?
アイツは単純そうに見えてやけに大人だ。一人になった時に時折見せる傷付いた心を隠すような悲痛な顔も、それに気付かれないように無理して作った笑顔も、自分の心に踏み入れさせない壁を張っているのだ。
直情的な馬鹿ではない、本物のアイツはもっと複雑で繊細だ。
何も分かっていない。
何でもかんでも、一部しか知らない奴等ばかりだ。
そんな奴に火神の心を狂わされるのは、癪に障る。

「青峰君?」
「んだよ?」
「火神君、来たみたいですけど」
そう言われて振り返ってみると、確かにグラウンドを歩いてこちらに向かってくる大きな人影が見えた。間違いない、火神だ。
「青峰君は、火神君が好きなんですよね?」
迎えようと歩き出した俺の背中に向けてテツの声が尋ねる。立ち止まって振り返ると、やけに真剣な目が俺を射抜いていた。
「ああ、俺は火神が好きだ」
「火神君も君の事が好きですよ」
「知ってる」
そんな事は充分なくらい知ってる。本人からも何度も聞いたし、実際にベタベタに甘やかされている俺は、きっとあの男から本当に愛されているんだろうと思っている。
「なら心配しなくても、信じればいいじゃないですか」
さっきから何なんだよ。
大体なテツ、信じるって誰を信じるんだ。
俺を好きだって言う火神か?それとも、火神から好かれていると感じてる自分か?
そんなのどちらも分かってる、分かっているけど。
「それでも心配なんだよ、アイツって馬鹿がつくくらいお人好しだろ」
話はこれまでだと切り上げて歩き出そうとした俺の腕を、テツは掴んで引き止めた。
「本当は火神君を信じてないんでしょう?」
重く冷たい声でテツは俺の心を突き刺すように言う。
「何バカ言ってんだよ、俺は……」
火神の事を信じてる。
「信じていないから、彼を繋ぎ止めようと必死なんでしょう?目に見えるもの、見えないもの。彼の持ってる繋がりを疑ってしまってるんじゃないですか?」
「…………別に何でもじゃねえよ」
「言っておきますが、男の嫉妬は醜いですよ」
「別に嫉妬とかじゃねえよ!」
違う、これは嫉妬じゃない。
ただ不安なんだ。
火神の傍に居ちゃいけないんじゃないかって、不安なんだ。
アイツの隣りはもっと別の誰かの方がいいんじゃないかって、怖いんだ。
その方が火神のためなんじゃないかって……そう考えてしまう。
俺の弱さが溢れてくる、止まって欲しいのにどんどん零れそうになって。
「青峰!どうしたんだよこんな所まで」
気が付いて走って来たんだろうか、少し荒い呼吸で声をかけてきた相手に俺もテツもそちらを見る。
「あっ……黒子と話してたのか?邪魔したなら、俺もう帰るけど」
「いい、お前を待ってた」
横を通り抜けようとした相手の腕を掴んで、急ぎ足でその場から、テツの追及してくる瞳から離れるために歩き出す。
「ちょっ、引っ張るなよ!ああ黒子、また明日な」
「はい、また明日」
静かに返答する声を無視するように、引き摺って歩かせる。

とにかく早く、二人になりたいと思った。

「なあ青峰、俺お前に何かしたか?」
しかめっ面のままで過ごす俺に怖々とそう尋ねる火神は、ソファに座った俺の隣りでなんとなく居心地悪そうに肩を竦めていた。
あれから何となくイライラして、テツと別れて火神の家に付いても、俺はこの中で渦巻いてるものを治められなくて、ずっと態度にそれが表れてしまっている。
「別に、何もねえけど」
「でも機嫌悪いだろ?」
俺は嘘を吐くのが下手だ、それというのも全て態度に表れるかららしい。さつきなんかはよくそう言っては呆れてる。
「なあ、何かしたなら謝るから。言ってくれよ」
そう言われて俺は考える。
俺は何に怒っているんだろうか?何についてこんなにイラついて、火神に大してまでこんな悪い態度を取っているんだろうか。
その原因は、多分アイツの言葉なんだろうけれど……でもそれはただのキッカケにすぎない気がする。
俺が今イライラしている原因は何だ?
そう考えていると、火神の携帯電話が鳴りだした。着信音が止まないのでどうやら電話のようだ。
「あっ、タツヤだ」
そう呟いて「悪いな」と一言残すと隣から立ってリビングから出て行く。

何だよ、俺には聞かせたくないのかよ?

話声が聞き取り易いようにだとか、人前で電話に出るのが良くないと思っているとか、そういう細々した事情なんてはなから考えず、兄貴分との会話をしているアイツの元に近付く。
廊下の壁に体を預けて、笑顔で会話をしている火神の姿がガラス戸越しに薄らと見える。
「いつ着くんだよ?」とか「じゃあウチにも来いよ」という断片的な火神の声からでも分かる、あの男はどうやら近い内にこっちに来るようだ。
さっきまでの不安そうな顔はどこへ行ったのか、嬉しそうに笑う火神の顔は晴れやかだ。俺の事なんて、頭から抜け落ちたみたいに……。

なあ、そいつの方がいい?
俺よりもその男の方がいい?

ぐっと握りこんだ掌に、そんなに長くない爪が食い込む。
電球の白い光を鈍く反射している鎖を見つめて、俺の苛立ちは違うものへと形を変える。ふわふわした形のないものではなくて、もっと衝動を含んだ嫌な力になって。
廊下を隔てるガラス扉を開けて、電話をかけている火神の腕を掴む。ビックリしたように俺を見つめる相手から携帯を奪い取ると、どうしたのかと問いかけてくる機械越しの声を無視して通話を切る。
「おい青峰!何なんだよ?」
怒ったらしい火神が俺の手から携帯を奪い返そうとするのを止めて、手にしていたそれを放り投げる。
「青峰!本当、今日はどうしたんだよ!」
無言で睨む俺に対し、火神は目に見える形で怒りをぶつけてくる。
でも俺はそんな相手の顔ではなくて、もっと下の、首元の一点を見つめる。
首に下がっているあれは、枷だ。火神とあの男を繋いでいる、俺から切り離そうとしてくる憎たらしい壁だ。
「なあ聞いてるのか青峰」
返事をしない俺を変だと思ったのか、幾分、声のトーンを優しくした火神の目が探るように見つめてくる。
不安そうに揺れる視線をしっかりと合わせて、そっとその首に手をかける。
「あの、青峰」
ビクリと体を震わせる確かに生きている感覚を指先に感じつつ、喉元をなぞる。
「…………コレ」
そう言いながら、首元のチェーンを引っ張ると意味が分からないというように首を傾げた。
「外せ」
「へっ、これを?」
問いかける火神が手をかけるより早く俺が、そのチェーンを引き千切るように取り上げる。
握りこんだ金属が手の中で冷たく重く、存在を主張している。
「ちょっ、青峰!何すんだよ?」
「もう付けんな」
何でと首を傾げる相手に苛立ちが募って、それをぶつける先を求めて握り締めたリングを乱暴に投げる。
「なあ青峰、突然どうしたんだよ?」
泣きそうな顔で俺に問いかける火神、怯えているのか顔が少し強張っている。そりゃそうだよな、今まで何て事も思わなかった物に対して、こんな感情を抱くとは俺だって思わなかった。
でも疑い始めると何だって怪しく感じるんだ。
「前にも言ったよな、青峰。タツヤは俺の兄貴だ、別にお前が考えるような関係じゃないから……だから別に心配しなくても」
「やめろ」
アイツの名前なんか聞きたくねえよ。ほとんどの奴を苗字で呼ぶお前が、珍しく下の名前で呼ぶくらいに親しい男の名前なんて、聞きたくもねえ。
「嫌なんだよ、俺の知らないお前が居るのが」
「青峰?」
「コレ付けてる限り、お前が他の男のものみたいな気がして嫌なんだよ!」
溜めこまれていた不満を込めて叫び、肩で息をする俺を呆然と見つめる相手を両手で力一杯抱き寄せて、何も無くなった首筋に頬を擦り寄せる。
「なあ火神……お前は、俺のもんだよな?」
「ああ、俺は青峰のだよ?」
優しく俺を抱き返すその手と、柔らかい声色に安心しながらも満たされないまま、晒された首筋に少し歯を立てる。俺よりも白い綺麗な肌に赤い痕が付くように吸い上げて、確かめるようにそこをなぞる。
「俺のもんなんだろ?」
「ああ」
「じゃあ他の男の証なんて、いらないよな?」
なあ、そうだろう。今は俺のものなんだもんな、俺の火神なんだから。
「だから青峰、タツヤは別にそういう関係じゃないって……」
「そうだったとしても、嫌なものは嫌だ」
そう嫌だ。
俺はただ嫌なのだ。小さい子供の我儘みたいな言葉に自分でも笑いそうになったが、口から出て来たのは嗚咽にも似た唸り声で。
「青峰、何で泣いてるんだよ?」
困った様に俺を見つめる相手に、自分でもわけが分からなくて首をただ横に振る。
どうしたんだよ俺、何なんだよコレ?
ごちゃごちゃした何かが俺の中身をかき混ぜる、意味が分からないままにぐっちゃぐちゃにされて。ハッキリしたものの形は掴めないままに、ただ馬鹿みたいに「嫌だ」って繰り返して。
「ごめん、ごめん青峰」
謝りながら火神は俺の瞼に唇で触れる。
違う、俺はお前に謝って欲しいんじゃない。
それは違うって事は分かるけど、じゃあどうしてほしかったのかは、分からない。

俺はコイツにどうなって欲しいんだ?

「ごめん火神、俺。何かおかしいんだ」
全部アイツのせいだ。今までは普通だったのに、ちょっと弱い所を突き崩されただけで俺は簡単に壊れそうになる。
でも止められないんだよ、考えたくない未来の事を思うと、それだけで俺の世界が壊れてしまいそうなんだ。

いつか先に、火神が他の奴を好きになったら。
俺とは違って迷惑もかけないし不器用でもないし、とっても良い奴で、火神の寂しさだって言葉にされなくても全部分かって、受け止めて、癒してやる事ができる……そんな奴が現れたとしたら。 俺は多分、フラれてしまうだろう。
いいや、コイツはそんな事をしない傍に居る俺の事を見捨てられなくて、苦しんで。そんで多分、そんな火神を見てられなくて、火神が惚れたそいつから声をかけられて初めて離れる決心を迫られるんだろう。
そうしたら、俺は火神の手を離せるだろうか?
俺の存在が火神を苦しめているのなら、離れていく事はできるかもしれない。
でも火神がいなくなってしまったら、きっと俺は死んでしまうだろう。
それくらい好きだから。
怖いんだよ。

「お前が離れていくのが怖いんだ!」
わけが分からないごちゃごちゃしたもんを、できるだけ俺の言葉に直して相手にぶつけると。火神は俺に微笑んで「もうやめるから」と言った。
「やめる?」
何をやめるんだよ、なあ火神?
体の中心から末端まで、冷たい恐怖が巡っていって怯える俺の目には、眩しいくらいに温かい火神の笑顔があって。
「コレ、付けなければいいんだろ?なら、いいよそれくらい。それで青峰が怖くなくなるなら、いくらでも言う通りにする」
そう言って俺の両頬を包みこむように触れる。
「俺は、青峰から離れていかないから」
優しく語りかける火神に落ち着きを取り戻しかけた心は、それでも慎重に震える手を重ねてまっすぐ見つめる赤い瞳に問いかける。
「きっとだぞ?」
「ああ」
約束するからと言う火神の唇が、俺に触れるだけのキスを施して「大丈夫だ」と呟く。
それだけで、俺は落ち着いて涙も止まったけど。

俺の腹の底で、眠って居た獣が目覚めたような気がした。

side:火神

「最近、火神君。変わりましたね」
「そうか?」
いつものマジバでチーズバーガーを食べていると、黒子は表情を変えずにそう言った。
変わったと言われても、そんな自覚はない。プレイスタイルの研究はしているけれど、つい最近、何か新しいものを取り入れたなんて事はなかったし。そしたら、フリや他の奴等もその話に乗ってきた。
「それ分かるかも、なんか大人になったよな?」
「大人に?」
「なんつーか、どこがってわけじゃないんだけど。雰囲気が大人っぽくなったっていうか」
「大人になったというか……色っぽくなったって感じですかね」
黒子の発言に、それだと盛り上がる同級生達に、俺はますます首を傾げる。
そんな事を言われたって、別に何か変わったとは思えないし。つーか色気とか何だよ、とか思ってるとバニラシェイクを飲んでいた黒子が容器を机に置いて、ちょっと溜息を吐いてから「あれじゃないですか」と呟く。
「恋人のいる余裕が色気に見えるんじゃないですか」
「恋人……てっ!」
「えっ!何、火神って彼女いたの?」
騒ぐメンバーに、別にそういうのじゃないと言い訳しつつ。というか、何でそんな事を知ってるんだと思ったら、黒子は呆れ顔で俺を見て「いいじゃないですか」と言う。
「君がどうしたいかは知りませんけど。君の恋人からは、よく惚気のメールもらいますよ」
あれ、鬱陶しいんでなんとかしてくれませんかね?と言う黒子に俺は怒ればいいのか、それともそんな事をしていた青峰に怒ればいいのか……とりあえず、熱くなった顔を冷やすようにコーラを飲む。
「何だよ水臭いな、つーか紹介しろよ」
「嫌だよ、恥ずかしい」
っていうか紹介できるかよ。

「つーか黒子、アイツと何のメールしてんだよ」
「別に僕だって聞きたくて聞いてるわけじゃないですよ、向こうが勝手に送ってくるんです。大体、最近の君がやけに色っぽいから、無闇に色気を振り撒くのを止めさせろって、口煩く言われる僕の身にもなって下さい」
アイツ黒子に何言ってるんだよ。
思わず頭を抱えた俺に対し、フリ達はなんつーかその発言にビックリしたみたいだった。
「何なの、火神の彼女ってそんなに嫉妬深いわけ?」
「ええ、とても嫉妬深いですね。僕もよく疑われるんで」
「いや……黒子、男じゃん」
その言葉に俺は思わずビクッと震えるものの、目の前に座っている黒子は別に気にもしてなくて。「単純に、一日中一緒に居るからだと思いますけど」と淡々と答えた。
「それは仕方ないよな……っていうか何、火神の彼女ってもしかして誠凛じゃないの?」
「あー……えっと」
今更、彼女じゃないとか言えず言葉に詰まると、俺の相棒が勝手に「桐皇の人ですよ」と答えた。
「桃井さんの知り合いです」
「ああ、だから黒子経由で見張られてんのか」
お前も大変だな、なんて笑って言う仲間達に苦笑いだけ返しておく。
別に嘘を吐いてるわけじゃないけど、なんというか後ろめたい。

「俺の恋人」って青峰を紹介したら、コイツ等どんな反応するんだろ?男同士ってだけでおかしいのに、その相手があの青峰だろ?ビックリするだけじゃ済まないだろうな、きっと。
でも、ちゃんと胸張って紹介できればいいなあ。アイツ、本当は悪い奴じゃないし。ちゃんと話たら、皆にも分かってもらえるかな。

「その顔ですよ」
「はあ?」
「だから今、君のしてた顔が色っぽいって言ってるんです」
「いや、そんなん言われてもどんな顔してるのかなんて分かんねえし」
むくれて言うと、呆れたように溜息を吐く黒子。
「無自覚ですか、性質が悪いです」
「いや、んな事言われても」
「君がそんなだから、誰彼かまわずやきもちを焼くんですよ」
だからそんな事を言われても、自分がどんな顔をしてるとか全然分かんねえし、色っぽいとか言われても所詮は男だぞ。
それに、心配しなくても俺が好きなのは青峰だけだし。
そう思ってると、携帯電話が鳴りだした。軽快になる音楽が誰からの電話かすぐに分かって、急いで出る。

『火神、お前まだ帰って来ないの?』
「あれ?今日、練習行くんじゃなかったのか?」
『先に上がった、もうお前の家の近くなんだけど』
「分かった、じゃあ俺も近くだしすぐ帰る」
そう言って電話を切り、もう帰る事を告げると。他の奴等は不満そうに声を上げた。
「何だよ、彼女からの呼び出しかよ?」
「そんなんじゃねえって」
「おいおい、赤くなって言っても説得力ないって」
「いいだろ別に。じゃあ、また明日な」
食べ残したバーガーを袋に入れて店を出ようとした所、ふと背中を叩かれた。
振り返ると黒子が俺を見つめて立っている。
「どうした?」
「氷室さんのリング、最近付けてないですね」
何でそんな事を急にそんな事を、忘れ物はないか心配してくれたんだろうか。
「えっ、ああ。青峰がやめてくれって言うから、やめたんだけど」
「ちゃんと説明しましたか、氷室さんは君のお兄さんのような存在で、そういう関係ではないと」
「言ったけど、アイツそれでも心配なんだって言ってきかなくて。チェーン引き千切るくらいの勢いで外されたし、だからよっぽど嫌だったんだなって思って」
そう言うと黒子は一瞬、何か迷うような考え込むような顔を見せてから「非常に言い難いんですが」と前置きしてから、俺の事を見透かしているみたいな真剣な顔を向ける。

「あんまり、青峰君を甘やかさないで下さいね」

一瞬、言われた事の意味が分からずにポカーンとして、相手から名前を呼ばれてようやく気が付いた。
「……はあ?別に甘やかしてるつもりはないけど」
いや確かに前から色んな人に言われてるかもしれない、青峰本人ですら俺は甘やかし過ぎだと言うくらいだ。
もしかして、隠してるつもりだけど表だってそういう空気を出してしまっていたんだろうか?
心配になってそう尋ねると、黒子は「そういう意味でありません」ときっぱり否定された。
じゃあ何なんだよ?
「君の、いえ君達のために言います。人には丁度良い距離感っていうものがあるんです、それを間違えてはいけません」
俺の言おうとした事を遮って、黒子は真剣な口調でそう言う。
何だよ、丁度良い距離って?
「なあ俺達って、何かおかしいのか?」
「いいえ、僕の勘違いかもしれません。そうであればいいな、と思ってますけど」
気を付けて下さいねと言う黒子に、良く分からないまま頷いて店を出る。

何だよ人の距離感って。

その言葉がグルグル頭の中を巡っていると、背後から誰かに腕を掴まれた。
「うわっ、ちょ誰だ?」
「俺だけど」
その声に安堵して暴れるのを止めると、後ろから肩を抱かれて隣りに立つ青峰を見て「早かったな」と声をかける。
「おう」
ぎゅっと掴んだまま離してくれない手、そのまま引っ張って歩き出した相手は、どうやら機嫌があまり良くないようだ。
最近、こんな風にイライラしてる事多いよな青峰。
どうしたんだろうかと心配する俺を無視して、相手はどこか分からない一か所を見つめている。
なあ青峰、お前は何を見てるんだ?
俺にどうなってほしいんだ?

無言のまま俺の家まで連れて来られると、渡してあった合い鍵でドアを開けて俺を中に押し込むと、後ろでバンッと強く扉を閉める音がした。
「青峰、どうしたんだ?」
「お前さ……俺以外の前で、あんな顔して話してんじゃねえよ」
まただ、あんな顔ってだから何だよ?
「意味分かんねえよ、あんな顔ってどんな顔だよ」
黒子に散々言われたその表情がどんなものなのか分からなくて、目の前で怒っているらしい青峰に尋ねると、元々歪められていた表情を更に歪めて、腹の底から唸るような低い声を上げる。 「男を誘ってるみたいな顔だよ」
「……っえ?」
予想外の言葉に固まった俺に対し、青峰は呆れたように「無意識かよ」と零す。
そして俺の腕を引いて寝室に連れて行くと、ベッドに少し乱暴に押し倒して俺の上に乗り上げると、鋭い目で睨みつけてくる。
「青峰?」
「お前少しは気をつけろよ、他の男に襲われたいのか?」
「襲われるって……こんな体格良い男を誰が襲うんだよ?」
そう聞き返すと青峰は舌打ちして、噛みつくようなキスをしてきた。ビックリして強張った俺の体は、伸びて来た手が制服のボタンを外していくのを止められず、性急な動きで素肌に直接触れた青峰の手にビクッと震える。
「んっ!んん」
「なあ火神、お前はさこんな風に他の男に触られても平気なのか?他の男に、俺がするみたいにこうやって……」
そう言いながら青峰の大きな手が地肌を撫でていく、触れた場所から火が灯ったみたいに体温が上がり、感覚が研ぎ澄まされたように過敏になる。
「ふぁっ!あおみね」
「こうやって、触られても……お前は受け入れるのか?」
誰にでも体を許すのか?
俺を見下ろして、怒っているのか悲しんでしるのか、良く分からない歪んだ顔をした青峰が尋ねる。
「そんなの、嫌に決まってるだろ!」
「じゃあ何で!」
「知らねえよ、俺にどうしろっていうんだよ?」
そう問いかけると、青峰はふっと息を吐いて制服のネクタイを外した。どうするのかと見ていると、急に視界が消えた。
「あっ、え……青峰?」
視界を覆う物に伸ばそうとしたら伸びて来た青峰の手でそれを阻止されて、片手で纏め上げられるとビッという音が鳴って、何かが巻かれて行く。
視界と腕の自由を奪われて、急に心細くなって傍に居るはずの相手の名前を何度も呼びかけるけど、それに対する返事は何もないまま時間だけがゆっくりと過ぎていく。俺を縛ってから一度体を離した青峰はどこに居るのか、すぐ傍でこっちを見ているのか、それとも出て行ってしまったのか。でも、足音やドアの音なんて聞こえなかったから傍には居るんだと思うけど……いや、分からない。そんな状態で時間だけが過ぎていく。
何の音も聞こえない暗闇を見つめて、それでも確かに誰かに見られているような感覚だけはあって。肌の上を舐めるような粘っこい視線に、空気に触れている肌がざわつく。

そこに居るのは、青峰だよな?

「なあ青峰、そこに居るんだよな?青峰、青峰!」
叫んでみても声は返ってこなくて、不安になって必死に身を捩る。縛られた腕を外そうともがいてみるけれど、腕に喰い込んでくるだけで外れる気配はない。
それでも切れはしないかと躍起になっていると、暴れる俺の足首を熱い手が掴んで思わず震える。相手はそんな事お構いなしに掴んだ足を持ち上げて、ズボンのボタンとファスナーを下すと、下着ごと取り去っていく。
体の一番弱く、恥ずかしいところを誰かに見られている。そう思うだけで、内側から熱いものが溢れてくるのを止められない、こんなの嫌だって思うのに、俺の足を撫でて行く掌の感覚にそれはどんどん引き出されて泣きそうになる。
「青峰?」
触れる大きな手は間違いなく青峰のものだと思う、けれど、何も見えない不安が勘違いをしているんじゃないかと言ってくる。
今、ここに居るのが青峰じゃなかったら。
俺に触れてくるこの男が、知らない男だったなら……。
考えた瞬間、吐き気がした。

「嫌だ青峰!俺、青峰じゃなきゃヤダ!」
その手から離れようともがいても、強い力で掴まれたそれを振り払えず、俺の性器を握りこまれて恐怖で抵抗を止めた。
ぞわっと背筋を走っていった感覚は快感なんだろうか、悪寒なんだろうか。分からないけど気持ちが悪い、とにかくこの状況から助けてほしい。
下半身を撫でる手は握りこんだ性器の先端に爪を立て、早急な動きで竿を擦り上げていく。
性器を強く擦り上げてくる指の感覚は、いつもよりも少し乱暴な気がする。それはこの状況がそう感じさせるだけなんだろうか、それとも本当に相手が違うからなんだろうか。
触れている手は誰だ?
「頼む、頼むよ青峰。こんなの嫌だ、なあ青峰?」
嫌だと思っているのに、それでも体は期待して感じている。
攻め方は確かに青峰と同じなのだ、いつものように俺にどう感じているのか聞いてくる声がしないだけでこんなに怖い行為になる。
先端を強く擦り上げて、射精を促してくる手に必死に抵抗して我慢するけれど……いつまで持つだろうか。
「あおみねぇ、なんで……こんな事、するんだよぉ?」
感じて濡れた性器が擦られる度にイヤな水音を上げる、それが恥ずかしくて溢れてくる涙を止められない。気持ちヨクなんてないはずだ、これも生理現象みたいなものだと言い聞かせるけれど、そうじゃないかもしれないと不安で。
俺は、どうなってしまったんだろう。
「んっ!……ぅあ、あ」
けれど、弱いところを攻められれば吐き出しそうになる。
やはり感じているのだ俺は、この良く分からない状況でも、快楽を与えられればそれに流されてしまう。
でも嫌だ、嫌なんだ心は……。
青峰じゃなきゃ嫌なんだ。
「ひぃ、あっ!」
ついに耐えきれずに吐き出した精液が腹にかかって、全身から力が抜けて、荒くなった呼吸を整えようとしていると。俺を攻める手が性器から離れて、後ろへと伸ばされた。
濡れた指がアナルの入り口や周辺をなぞり上げる、何度も慣れされた事のある内側がひくつくのを感じつて、こんな事で感じてしまう自分が恨めしくなった。
「い、やだ……お願いだから、もうやめてくれよぉ」
見えない相手に自分でもびっくりするくらい弱々しい声で訴えかける、けれど手の動きは止まらなくて。ゆっくりと濡れた指が肉を割って、俺の中へと侵入してくる。
「ぁ、駄目だってそこは、やだ。青峰、あおみねぇ……」
くすぐられるように入り口を解した指が、一気に奥へ突き入れられた。慣れた手つきで俺の感じる場所を探り当てて、そこばかりを狙って中を掻き回されている。そうすると、さっき吐き出したばかりの性器がまた熱を持って起ち上がってきた。生理現象だって言い訳したって、どう考えても俺の体がおかしい。誰かの手でいいように翻弄されても、全身が重くて上手く動かせないまま「嫌だ」とばかり繰り返す。
青峰は今の俺をどういう気分で見てるんだろう。他の男かもしれない相手に怯えながらも、しっかり感じてるのを冷めた目で見てるんだろうか?それとも、完全に無視されてるんだろうか?呆れられたりしてるんだろうか?
指の数を増やされても、簡単にそれを飲み込んでしまった。青峰の手で作り変えられた体は、気持ちイイ事には敏感だ。でもそれはアイツだからだって信じてた。
吐き気がするのは相変わらずなのに、その手の感覚は確かに気持ち悪いのに、奥はもっと欲しいって疼いているのも確かで。自分の体だというのに、情けなくて……こんな男なんて、見捨てられても仕方ないのかと、そう思った。
でも嫌だよ青峰。

「青峰ごめ、ごめんなさい……俺、おれ、青峰の言う通りにするから、だから……お願いだから捨てないでくれ!
俺を、一人にしないでくれよ!」

喉から絞り出すようにそう叫んだ瞬間、俺の中を開いていた指がゆっくりと引き抜かれた。
そして何をされるのかと身を固くした俺の目元に、ぐっと手が伸びて乱暴な手つきで覆っていた布を取り去った。
「ぁ……あ、おみ」
言いきる前に合わさった唇の中に声は消えた。今までが嘘みたいに優しく甘く触れるキスを何度もする青峰は、俺の体を抱き締めて深い息を吐く。
「火神……火神、火神」
耳の中に吹き込まれる青峰の声は、か弱く震えていて。顔が見たいと訴えてようやく上げてくれたその表情は、俺にも負けないくらい涙に濡れていた。
「青峰」
「火神」
震える声で互いの名前を呼んだ、それしか知ってる言葉がないみたいに、ただ名前しか言えなくて。
俺の零れる涙を拭いながら、青峰は名前を呼び続けて、そして。
「悪かった、俺が悪かった!」
大粒の涙を落としながら、謝って俺の事を抱き締めた。身動きの取れない俺の胸に頭を預けて、寂しい子供のように縋りついてくる。
高められた体からゆっくりと熱が引いていく、そのかわりに沸き上がってきたのは縋りついて泣く男への愛おしさ。

「いいよ、いいよ青峰」
顔を上げた相手に笑いかけてやると、しがみ付いていた腕を緩めてそっと顔を上げた。
「俺、怒ってないから。お前に嫌われるような事したなら謝るから……」
「火神は悪くない!全部、全部……俺が」
そこまで言うと青峰は震えてまた「ごめん」と言う。
「怖い思いさせたいわけじゃないんだ。ただなんかブチ切れて、他の奴でも感じるのかと思って。嫌だって言っても、本気か分かんなくて……でも、お前を一人にはしたくないんだ」
これは本当だから、と叫ぶ青峰に俺は小さく頷き返し「痛いから外してくれ」と腕を振ってみる。
「あっ!ああ、悪い」
慌てて手を伸ばし、腕の拘束を外していく青峰の手は小刻みに震えていた。ようやく自由になった腕は、暴れた時に擦れて赤くなって痛むけれど、血が滲む程じゃないからきっと大丈夫だろう。腕の感覚を取り戻すようにしばらく動かした後、呆然と泣き続ける青峰に向けてそっと手を伸ばそうとしたら、怯えるように震えて後ろに身を引いた。
「青峰?」
ゆっくりと起き上がって視線を合わせると、その目からまた大粒の涙が零れ落ちた。
「捨てないでくれ、火神」
不安そうに零れ落ちた言葉を、できるだけ優しく受け止めて、俺からの返事を待つ相手の両頬を包みこむように手を触れて、静かな海みたいな青い瞳に向けて安心させるように微笑みかけて、言う。
「どうして、捨てられるなんて思うんだ?俺、青峰のこと好きだぞ」
「俺がこんなだから」
「こんな事したくらいで捨てたりしないって、ちゃんと謝ってくれたし」
安心してほしくて、信じてほしくて、聞きわけのない子供に言い聞かせる様にゆっくりとそう言うと、青峰は違うと首を振った。
この間からずっと青峰はどこか不安定だ。
どんな言葉をかければ、その中にあるものを壊せるんだろう。
考える俺の前で青峰は涙で濡れた顔を弱々しく左右に振って「止められないんだ」と呟いた。
「何が?」
「分かんねえ、分かんねえけど……お前が他の誰かを見てるだけで考えちまうんだよ、他の誰かに目移りしてるんじゃないかって、そう思ったら、止まらなくなるんだよ!」
どうしたらいい?と青峰は不安に揺れる目を俺に向ける。
「このままじゃ、俺。お前のこと壊しそうだ」
ぽつりと落とされた言葉に、俺は首を傾げる。
「俺が壊れちゃったら、青峰は俺を嫌いになるのか?」
そう言うと青峰は何度も首を横に振って「そうじゃない」と叫ぶ。
「嫌いになったりはしねえよ!でも、俺のせいでお前に嫌な思いはさせたくない」

ああそうだ、青峰は優しいんだ。
本当は繊細だし、人のことすごく考えてくれてる。
だから俺にこうなってほしいって思っても、言い出せないまま、苦しんでるんだな。
バカだよなあ。

「俺、青峰になら何されても平気だぞ?」
力なく落ちていた青峰の美惚れるくらい格好良いパフォーマンスを見せる手を取ると、俺は笑いかけて、長い青峰の指と手を繋ぐ様にして、しっかりと太い俺の首にかける。その様子を何も考えられないといった青峰の目が追いかけていて、ばっちりと視線があったところで言った。
「壊してもいいんだぞ?」
お前がそれを望むなら。
青峰の手の外側から自分の首を絞めるように力を込めると、慌てたように首にかけられていた青峰の手が引かれた。
離れていく温度を少し残念に思っていると、離れた手が力一杯俺の両肩を掴む。
「火神お前!何すんだよ」
必死の顔で尋ねるから俺は「壊さないのか?」と反対に聞いてみた。
「しない!そんな事したくねえ!お前が隣に居てくれないと、俺は駄目なんだ!」
目の前で泣き叫ぶ青峰に、最高の満足感を覚えて笑う。

『あんまり、青峰君を甘やかさないで下さいね』
頭の中でふと、帰り際に相棒から言われた言葉が再生された。
『人には丁度良い距離感っていうものがあるんです、それを間違えてはいけません』
真剣な顔でそう言った黒子に、心の中だけで「無理だ」と返す。
青峰を一人にできるわけがないだろう?俺が傍にいないと、それだけで気が狂いそうになるこの男から、どうして手を離す事ができるんだろう?
こんな俺の方がきっと、コイツよりもおかしいに決まってるだろ。
でも、嬉しいんだ。
俺は嬉しいんだよ、青峰。

お前は、もう俺がいないと生きていけない。

そんな事実が、最高に嬉しいんだ。
だから、泣き過ぎて赤くなった頬を優しく舐め上げて、くすぐったそうに閉じられた瞼の上にキスを落として言った。
「じゃあ、他に目移りしないようにしたらいいんじゃねえの?」
「はっ?」
意味が分からない、といった風に首を傾げる青峰に俺は言う。
「なあ青峰、俺が俺じゃなくなるみたいだって言った時に、青峰はそれでいいんだって言ってくれただろ?
俺だって同じだぞ。
青峰がどんな風に変わったって、俺は青峰が好きだ。青峰がしてほしい事があるならその通りにするし、嫌だって思う事ならいくらでも止めてやる。
俺は青峰になら、この体好きにされていいんだ。青峰の好きなようにして、俺の事もっと縛り付けてくれていいんだ」

お前が望むならこの体も心も好きにしてくれればいい。
ずっと前から、お前の心に踏み込んだあの日から、ずっとそれが俺の望みだった。
だから……。

「お前の事しか考えられないくらい、俺を青峰のものにすればいいんじゃねえの?」
とっくにお前がいないと俺だって生きていけないよ?
でも、お前が足りないって言うんなら、もっともっと満足するまで縛り付ければいいんだ。
俺はそれを拒んだりしない。

「なあ、俺はどうしたらいい?」

あとがき
火神君、どうして君の方が青峰よりも先に正しいヤンデレになってしまったんだい?
私はね火神君、今回は闇堕ち青峰を書く予定だったんだよ?
どうして君の方が先に病み堕ちしちゃうんだい?わけが分からないよ。
2013年1月28日 pixivより再掲
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