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死にいたる病-3

side:青峰

昼の時間はいつだって憂鬱だった。
アイツが居ない空間は、どうしたって灰色にしかならない。あの色が幻なんじゃないかってくらい、凄く濁って見えるのだ。張り合いがない、変わり映えが無い。
考えるのは、火神がどうしているのかって事ばかりで。
休み時間ごとに送るメールが唯一アイツと繋がっている事を証明してくれるけど、バカだけど真面目なアイツは授業の最中には返事をくれない。一時間にも満たないその間、つまらない授業が更につまらないものに感じられる。
イライラしながら外を見ると、体育の授業をしている知らないクラスの声がグラウンドから聞こえてくる。そういえば、火神のクラスも今日は体育があるんだって言ってたっけ?
着替えの時に、アイツを変な目で見るような奴がいるなら、俺はそいつを殺すだろうな。いや、それだけじゃ足りねえ、死んだ方がマシだって思うくらい痛めつけてからようやく殺してやる。
イライラが止まらなくて悪人面と言われる顔をしかめた時、携帯に着信が入った。
もしかして火神からかと思ったら、送り主はかつての相棒で、そういえばアイツって火神と同じクラスでしかも席が前後なんだっけ、なんて事を思いだして更に苛立ちが増した。
『火神君が寝言で青峰君を呼んでるんですけど、何したんですか?』
そんなメッセージと一緒に、机に伏して寝ている火神の安心しきった寝顔の写メが送られてきた。
どうやって撮ったんだよと思ったものの、それだけでも嬉しくなって口角が上がるのを感じた。
「何もしてねえよ。でも、そいつは俺のもんだ」
そう書いて送ると、しばらくしてまた着信が入って『そうですか、とりあえずリア充爆発しろ』と返ってきた。無表情で言うアイツの顔を簡単に想像できて、思わず吹き出しそうになった。
でも離れている間、それでも火神は俺の事を考えてくれているそう思うと頬が緩むのを止められない。
何もしてない、なんて嘘だ。
少しずつ火神は変わってきている。

もっと甘えて欲しいと言ったのは俺の方だった。
コイツは俺を簡単に甘やかしてくれるけれど、反対に俺に触れて欲しいと思う瞬間だってあるはずだし、あって欲しいなと思う。
そしたら火神は困ったように目を伏せて「迷惑じゃないか?」って聞いた。
「何でそう思うんだよ?」
「いや、だって青峰が触れたいって思ってくれるので俺は充分、嬉しいのに。俺からそういう事、言ってもいいのかな……って」
「あのなあ……俺がそれ不安に思ってたの、前に言ったよな?」
そう言うと申し訳なさそうに「ごめん」と呟いた。違うんだ、俺は別に謝ってほしいわけじゃない。
「俺もさ、お前が俺の事を頼ってきたり甘えてきたりするの、嬉しいんだよ。だから、迷惑とかじゃねえから」
項垂れる相手を抱き締めて、頭を撫でながら優しく耳元に吹き込む。
「一人じゃないから」
「そうだな」
絶対に俺が一人にしないって、決めた。

慣れないパソコンのキーを叩いて検索したのは、男同士でのセックスの方法。
火神の部屋で、アイツも滅多に使わないというノートパソコンの画面を、二人で覗き込んでいる。俺の足の間に座らせて後ろから抱きこむようにしてくっついてるけれど、まだこの距離では物足りなかった。
俺だけが求めるのならば、もう二度としないと決めていたんだけど。火神もまた、俺と繋がる事を望んでいたから。だから、まずは方法だけでもしっかり調べようって、こうなった。
「…………なんか、よく考えるとコレってえげつないな」
腕の中に居る火神は画面を食い入るように見つめてそう言った、そりゃそうだよな俺だって、人がどうしてるとか知ってちょっとビビッてるよ。
「やっぱ止めるか?」
「いや、俺だって青峰としたいよ?けどなんつーか、いきなりこういうのは」
でも失敗はしてるけど、やろうとした方法は半分くらいまで合ってる。ようは慣れの問題なんだろうけど、それでも怖いというのなら少しずつでいい。
「触るだけならいい?」
「勿論、それなら」
恥ずかしいけど、なんて顔を赤く染めて言う相手のうなじにキスして、ただぎゅって抱き締めた。
俺のものだって、実感したくて火神の匂いをいっぱいに吸い込む。
触れているこの距離が、それでもまだもどかしいのだ。
火神が何を考えているのか、何を思っているのか、もっと知りたい。
そう思いながら、抱き締めてた手を少しずつ下に伸ばして、快楽が熱に変わるようになぞり上げていく。
「青峰」
恥ずかしそうに身を捩る相手を更に強く抱き締めて「いいって言っただろ?」と言うと、困ったように眉を寄せる。それでも嫌だとは言わなくて、むしろ恥ずかしそうに俺の手に自分の手を重ねて、自分の中心に導いた。
「いいのか?」
「聞くなよ」
ムッとしたような声でそう言う火神に、俺はちょっと笑って、履いているジーンズの前を開けていく。
熱く脈打っているその体は、俺が触れればそれだけ反応を返してくれる。ビクビクと震えているのは性器だけではなくて、火神の体、全てが俺の接触に震えている。
「なあ、気持ちイイのか?」
恐くなって尋ねてみたら火神は振り返り、薄らと涙の膜が張った熱くとろけた目が俺を恨めしそうに睨みつける。
「んな事、聞くのか?」
熱のこもった息を吐きながらそう言われて、俺の不安はほとんど消えてなくなったけど、でもそれでもまだ聞きたい。
「俺は聞きたい。火神が、どう感じてんのか。イイ事もイヤな事も、ハッキリ聞きたい」
何も言われないと怖い、そう告げるとビクリと肩を震わせて、それから俺の方に体ごと向き直るとそっと頬にキスをした。柔らかい感触がくすぐったくて身を捩ると、火神はちょっと笑って「早く続きしろよ」と言う。
「でも、青峰の顔を見たい」
その目が好きなんだと告げる火神に、俺は弾け飛びそうなくらい嬉しくなってキスしてやってから。抱き合う形で互いのものを擦り上げた。
それだけなのに、普段自分でしているよりも何倍も良くて。
「青峰、あおみねぇ……」
熱っぽく俺の名前を何度も呼ぶから、目の前に居るコイツ以外の何も俺の中に無くなって。
もっともっと、一つになりたいと強く思った。
お互いのものになろうって、そう言った言葉通り。コイツの心も体も、何もかも俺のものにしたかった。

「ふっ、ぁあ……青峰、青峰!」
付き入れられた指が体内を探る感覚に火神が震える、痛みはないかと尋ねると激しく首を横に振って、俺の腕に縋りつくように指を喰い込ませる。
人差し指の先で、内側を擦り上げてやると震える目の端から一粒涙が零れた。
「痛いか?」
「やっ……痛くはない、痛くないけど!でも…………」
でもどうしたと聞くと、首を横に振って答えない。
グチグチとローションの粘着質な音が、余計に火神の羞恥心を煽っているんだろう。そう思うと、もっと滅茶苦茶にしてやりたいとも思うし、反対にもっと優しく甘やかしたいとも思う。
「なあ火神、でも、何なんだ?」
ビクビク震える火神の性器を柔らかく握りしめて尋ねると、閉じかけていた目を見開いて嫌だと首を振る。それじゃあ教えてと耳元で吹き込むと、涙ながらに分かったと言う。
「なあ、どうしたんだよ?」
「ひゃ……っぅ、なんか青峰に触られてると。俺の体じゃないみたいで、変だ」
感じ入ってると見るからに分かる、とろけたぐちゃぐちゃの顔でそれでも不安の影が目の奥で揺れる相手に、ふっと息を零してキスを贈る。
「感じてるのは間違いなくお前の体だよ、スゲー熱い」
指で解す中を強く擦り上げたら、ビクッと感じて大きく目を見開くと、そこからポロッとまた涙が零れた。その雫を舐め上げて、俺は微笑む。
「なあ火神、お前は間違いなくお前だろ?ここで震えてるのは、お前だろ?」 俺の事感じてるのは、お前だろ?
そう耳元で囁くとビクンと大きく震える火神の体を抱き締めて、イキたくて震える性器も強く擦り上げる。そうすれば快感に弱い火神はあっという間に上り詰めて、弾ける。
俺の手の中で、俺に従って。
「なあ、青峰……どうするんだ?」
この続きをどうするのか、火神の目が不安そうに俺を覗きこんで尋ねる。
無理に進めるならそれもできないわけじゃない、本音を言えばすぐにでも押し入ってしまいたいくらいだ。
でも……それが怖い。
火神を傷付けた、あの日の記憶が頭の中にこびり付いて離れない。火神は俺のものになる事を望んでいる、それは分かってるけれど、もっと……本当に自分から望んでくれているか、不安で。 「いい、無理すんなよ」
そう言って頭を撫でて、次はお前の番な?と告げれば、火神は頬を赤く染めて起き上がると俺の股間に顔を埋める。
すっかり起ち上がってる俺のものに唇を寄せて、舌先でペロリと舐め上げる。拙い動きでも、火神が俺に施してくれるものならそれだけで感じられる。
男同士でするセックスの仕方は分かったけど、コイツがそこの感覚に慣れて、その上で俺の事を本気で欲しいって言い出すまで手は出さないって決めた。別に、火神がそっちがいいって言うなら男役を譲っても良かったんだけど、コイツはどうしてかそれは無理だって言った。
もしかして俺に欲情しないのか?とか思ったけど、そうじゃなくて、顔を真っ赤に染めながら「あの時の青峰の顔、好きだったんだ」って言った。
痛い思いをさせたのに、それでも火神は俺に抱かれる方がいいと言う。
「何か、青峰のものにされてる気がして」
嬉しそうに言う相手の声が頭の中で再生される。
それがお前が求めるものなら、俺はいくらでもお前に俺をやれる、この体全部、お前に投げ出せるくらいだ。
「青峰……気持ちいいか?」
「ああ、ん。なんかお前、上手くなってねえ?」
俺のを頬張る火神の頬を撫でてやると、赤い顔して「お前のせいだろ」と小声で悪態を吐いた。
「そうだな」
思わずニヤける頬を押さえて、与えられる快感を追いかける。
なあ火神、お前の体は確かに変わって来てるかもな。
俺のせいで。
なあ、もっともっと俺が欲しいって思ってくれよ、願ってくれよ。
俺しか考えられないくらい。

side:火神

青峰が俺を好きだって言ってくれてから、俺の生活も変わった気がする。
前から一緒に過ごす事は多かったけど、触れ合う距離がより近くなって、そして濃くなった気がする。
濃厚な触れ合いは俺に快楽と幸福をどんどん刷り込んでいく。
アイツと出会う前、自分が何を思って生活してたのか分からないくらいに、今は青峰の事ばかりを考えてる。

「悪い、来週の週末はお前の所来れないかも」
突然の言葉に俺はビックリした。
「どうして?」
もしかして、何か嫌われる事でもしたかななんて不安に思うのも束の間、青峰は優しく俺の頭を撫でて「遠征なんだってさ」と告げた。
「しかも他県に、なんか泊りで行くらしい。でも日曜には帰って来るから」
理由を聞いて、明らかにほっとしている自分が居るのに苦笑しつつ「じゃあ頑張って来いよ」と笑顔を見せると「負けるわけねえだろ」と勝気に笑う。無理をしていない、自然なやり取りだった。
そのはずだった。

いざ、週末が来ていつも通り練習を終えて家に帰って来ると、やけに広く感じた。
週末になればいつも傍に居てくれる相手が居ないだけで、こんなにも俺の家は寂しい。でも会いたいと言うのもなんだか情けなくて、というよりも迷惑をかけたくなくて言えなかった。
明日から会えないから、と昨日の夜に無理して来ようとした青峰に「朝、早いんだから来るなよ」と注意したのは俺の方だから、今更になって寂しいなんて言えない。
我儘なのは嫌われると、気持ちを押し込んで一人で作った味気ない夕飯を食べて適当にテレビを見ていたけれど、なんだか体がざわついて、落ち着かなくて。音楽プレイヤーと鍵だけを持って家を出た。
体を動かせば気分も紛れるかと思って走り出したのはいいけれど、何も考えないでいようと思えば思う程に、自分が気にしてるものの存在が膨らんでいるような気がして。結局、三十分もしない内に帰って来てしまった。
体の中で膨らんで持て余している“何か”の正体を考えないようにしつつ、汗を流そうと家を出る時に沸かしておいた風呂に入ってから、早いけれどもう寝てしまおうかと部屋に戻ると、置き去りにしていた携帯が鳴っているのに気が付いた。
着信の相手は、今さっきまで考えていた相手で。急いで通話ボタンを押したら『火神!』と焦ったような声が聞こえた。
『今までどこ言ってたんだよ?さっきから何回も鳴らしてるのに出ないし』
「ごめん、ちょっとジョギングに出てそれから風呂入ってた」
今出た所だと言うと『心配するだろ』とちょっと落ち着いた声で青峰が言う。その声と、俺を思ってくれている事に安心しつつ「どうしたんだ?」と尋ねる。
「遠征、頑張ってるか?」
『頑張るほどでもねえよ、というかつまんねえ』
「またそんな事言って、桃井さんにまた怒られるぞ」
『試合がどうとかじゃなくて。お前が居ないから、死にそう』
電話の向こうでそう言う相手に、ビクッと思わず震える。それと同時に、俺の中でくすぶっていた何かがゆっくりと顔を持ち上げてくる。
いつもならこの時間は青峰と一緒だ、最近だったら一緒にくっついてテレビとかMBAの試合とか見ながら、ダラダラと過ごしてるけれど、今はとても遠い。
『火神、今一人か?』
「そうだけど?」
『本当、だよな?』
「何だよ、浮気の心配でもしてるのか?」
『悪いか?』
ふてぶてしくそう告げる相手に「大丈夫だ」と言う。
「だって、お前が居なくて俺……」

そこまで言って、失敗したなと気付く。
寂しいと言うと、余計に青峰に心配をかけるのに。

『俺が居なくて寂しかった?』
「いや、そんなんじゃ」
『寂しくないのか?』
なんてやけに寂しそうに呟く相手に、思わず涙腺が緩みそうになった。
「寂しいに決まってんだろ、バカ」
思わず零れた声は、自分でも笑ってしまうくらいに弱々しくて。こんなんじゃ青峰に笑われると思いつつも、溢れそうになるものを押さえられない。
『なら電話でもメールでもしてこい、俺だってずっと待ってたんだ』
寂しいんだよと言ってから、あとバカはお前だなんて強がって言う相手に、俺はちょっとだけ笑う。
「早く、帰って来いよ?」
『分かってるって、俺の居ない間に浮気したら許さねえからな』
それと、と青峰は言う。
『明日帰ったら、すぐにお前の家に行くから』
約束なと言う相手に俺は落ち着いて「ああ」と答える。
「待ってるからな」
それだけ言うと名残惜しそうに通話を着る青峰に、俺は息を吐いて、そして……体の奥から湧き上がってきた熱の塊を、どうやって鎮めようか考えていた。

自分はこんなにも性欲が強かっただろうか?キツクなったズボンを下着ごと下ろして、ベッドに横になると固くなった性器に手を伸ばす。
声だけでこんなになっている自分を恥ずかしいと思いつつも、寂しさで膨れ上がったモノを慰めようと必死に動かす。
「はぁ、っあ……青峰」
目を閉じて、アイツがしてくれる動きを思い出しながら擦り上げていく。それだけでは足りなくて、もっともっと青峰を感じたくて。
ゆっくりと自分の後ろに手を伸ばして、そこでふと躊躇う。
自分のナカに触れる事が怖いと思ったのもそうだけど。普段ここを弄っている相手が、何を思っているのか考えるのが怖い。慣れるまで待つって言ってたけど、一体、どれくらい待てばアイツと繋がれるんだろう。
本当はそういう気はないけれど、俺がそれを望んだから、形だけでも合わせて言い訳して先延ばしにしてるだけなのか?

なあ青峰?

そっと息を吐いて、先走りで濡れた指を一本ゆっくりと差し入れてみる。いつも優しく、でもちょっと意地悪に暴かれているそこは確かに熱い、そして入れた自分の指もキュッと強く締め付ける。
思い出すのは、初めて繋がった時の熱とその大きさ。
苦しかったけれど、同時に満たされたと感じた。
あの瞬間、俺はお前になら殺されてもいいってそう思ったんだ。体の中から食い破られたって、お前ならそれもいいって思った。
青峰本人を思い出して、俺は息を吐く。
「青峰……青峰」
体の内側と外側から、自分を慰めている。駄目な事だって分かってるし、凄くバカみたいに見えるかもしれないけどでも、止められないんだ。
欲しいんだ、欲しいんだよ青峰。
「ああ、青峰の欲しい……ここに青峰の、欲しい」
青峰の全てが、欲しい。
一本だけでは物足りなくて、増やした三本の指でナカを擦り上げて。でもそれではなくて、もっと直接的なものが欲しくて、涙が出てきた。
なあ、青峰……言ったよな?
こんな体、俺じゃないみたいだって。
お前を思うと、俺が俺じゃなくなるみたいなんだ。
こんな感覚、前まで知らなかった。こんなの俺、分かんないんだ。
甘えていいよって青峰は言ったけど、これは甘えじゃない。
こんな俺も知らないような俺、お前は好きで居てくれるか?
「青峰」

気怠い体を引きずって起きると、既に朝の10時だった。
青峰が帰って来るのは昼過ぎらしいから、ここに来るのは夕方くらいだろうか。なら、それまでに部屋を片付けて買い出しにでも行こうかと、体を起こして着替えようとしたところで呼び鈴の音が玄関から呼びかける。
宅配でも来たんだろうかと首を傾げつつ、玄関を開けると。
「おはよう」
そんな声と一緒に伸びた腕が俺を抱き締めた。
「あと、ただいま」
「えっ……あの、おかえり。じゃなくて、何でお前?」
「朝一番で抜け出して帰って来た、そんでそのままお前の家来た」
強い力で抱き締める相手の腕を嬉しく思いつつも、顔を見たいと言って緩めてもらうと、ほっと息を吐いてから「それ、大丈夫なのか?」と尋ねる。
「大丈夫だろ、むしろ昨日はちゃんと朝から日程に参加してたんだし、さつきや監督が向こうにはなんか言い訳するんじゃねえの?大体、もう帰って来たんだからどうしようもねえし」
それもそうだ、相変わらず人前では俺様の仮面を被ったままの青峰に振り回される、周囲の人達の事は気の毒に思うけれど、終わった事はもう仕方ない。
それに、俺に会うために帰って来てくれた事は、正直に言うと嬉しい。
「上がれよ、俺は今起きたところだからちょっと掃除とかしなきゃ駄目だけど」
「気にすんなよ。っていうか、お前が朝寝坊とか珍しいな」
そう言いながらいつものようにリビングに向かう青峰、ついでだから洗濯物出しとけと声をかけて、部屋に戻って着替えを再開したところで、なあと後ろから声をかけられた。
「お前、本当に浮気してないよな?」
「はっ?何だよ、昨日の事まだ根に持ってたのか、っていうか浮気とか誰と」
「なんか今日のお前、ちょっとやつれてるし。この部屋、そういう臭いするし」
そう言う青峰に、思わず持っていた着替えを取り落すと、それをどう解釈したのか険悪な顔で近づく。
「寝坊したっていうのもさ、もしかして」
「違う!そういうんじゃないって、俺はただ……」
寂しいから一人で慰めてた、なんて恥ずかしくて言えなくて、言葉を詰まらせたのを青峰は更にイライラしたように詰め寄る。
「おい火神、本当の事言えよ」
険しい顔に冷たい声で青峰は問い詰める、掴まれた腕が痛いけれど、それよりも痛いのはもっと別のところだ。
俺は悪い事はしていない、それは本当だけど、後ろめたい事はしていた。
「昨日は一人だった、一人だった、から」
「だから?」
ギリッと掴まれた腕の力が強くなる、信じてもらえないんだろうかという心配で心が震える。

「…………寂しかった」

小さな声でそう呟くと、青峰は掴んでいた腕を離して俺を抱き締めると、そのままベッドに倒れ込んだ。
大きな手で俺の頭をかき混ぜつつ、抱きしめる腕の力はどんどん強くなる。
「ごめん、俺が悪かった」
小声で呟く青峰に、いいよと声をかけたものの抱き締められた腕の力は弱まる事はない。
「一人にしてごめん」
「しょうがない事だろ、気にしなくていいから」
「ごめん」
俺を抱きこんだまま何度も謝る青峰、こうなってしまうと気が済むまで青峰は離してくれない。
ちょっと困るけれど、でも嬉しい。俺の事を一番に考えてくれている証拠だと、そう思うから。
だけど、こうやって抱き締められているだけでそろそろ満足できないんだ。俺から離れて行かないようにって、ずっと願っていたけれど、それだけじゃ駄目なんだ。
青峰を俺のものにしたいんだ。
青峰、俺はもっと我儘になってもいいのか?
そっと腕の中から手を伸ばして、その頬に触れるとそっと力を緩めてくれた。触れ合うくらい近くある相手の唇に自分のを重ねて、驚いている間に舌を忍び込ませる。
熱っぽく絡めると嬉しそうに答えてくれる相手に、呼吸をする事すら忘れそうなほど激しく吸い付いて、心拍数も上がって、気分も上がって、時間なんてそんなのも何もかも忘れて。
昨日の持て余した熱が、ぶり返したみたいに乾いて。
とにかく、欲しかった。
「なあ青峰……謝るなら、こういう事しようぜ?」
乱れた呼吸を整える合間に告げた言葉に、青峰は目を丸くした。
「いいのか?」
「いい」
青峰が欲しいと言った俺の唇は、すぐにまた塞がれた。

side:青峰

昨日、かけた電話にすぐに出てくれなかった時、凄く心配した。
俺と違って、火神は一人でも平気なのかと思ってイライラしていた。
もしかして一人じゃないから寂しくないんだろうか。アイツは俺と違ってやけに人から好かれるし、先輩やら友達やら誘いも多いみたいだし。
今も誰かと一緒で、俺の事なんて考えてないかもしれない……そんなの許せない。
火神は俺のもんだ。
そう思うと頭に血が上ってきて、電話に出た瞬間に火神に怒鳴ってしまった。
理由は勿論聞いたし、理解もしようとした。アイツはたまに携帯電話を持たないで家を出る、連絡がつかなくて心配するのはよくある事だ。
でも、こんなにも俺はお前の事を思っているのに、お前は声を聞きたいと思ってくれてなかったのか?寂しかったという言葉は本当かもしれないけど、きっと俺の方がもっと寂しいに違いない。 だから、朝になったらさっさと荷物まとめて抜け出して、家に帰る事もしないで火神の家に直接行ったんだ。
なのに、ビックリした。
寂しかったと縋り付く火神は昨日ここで、一人で寂しさを慰めていたんだろうか。そう思うと、とても愛おしくて、いじらしくて、健気で、可愛いと思った。
そして今、俺が欲しくてたまらないって顔で迫ってくる相手は、普段の性行為に対して消極的で、どこか迷いだったり恐怖だったりを宿したままの目とは違って、全身でもって俺を求めている。 それはまさに俺が望んだものだった。
俺の事しか考えられない火神、俺を求めてやまない火神。
そんな風になればいいのに、ってずっと思ってた。

「はぁ、あおみね」
俺を欲しいと自分から手を性器まで導く姿は、やけにいやらしくて思わず魅入ってしまう。
「今日、どうしたんだよ?」
やけに積極的だけど、そう聞くと恥ずかしそうに目を逸らすのはいつも通りの初々しい反応だった。恥ずかしい事をしているという自覚はあるらしいが、かといっていつもみたいにそれに対する躊躇いはない。
その代わり、俺を真っ直ぐに見つめる瞳は何かを気にしているように見える。
「なあ、言いたい事あったら言えよ。何でも聞くから」
そう言うと、火神はちょっと迷いを見せた後で「なあ」と口を開いた。
「今日も、本番しねえの?」
「はあ?」
「あれから、俺の……解すわりに、セックスしないなって思って。だから、俺のこと本当は興味無くしたのかと思って」
「んなわけあるか」
ビッと額を手の先で押す「何するんだよ」と涙目で告げる相手に、呆れて溜息を吐くとちゅっと軽く触れるキスをする。
火神に無理させて傷付けたくないって思ってたけど、それが逆に相手の悩みになってたなんて。
ごめんって謝ってまだ抱き締めたくなったけど、熱に浮かされた赤い目が求めてるものはそんな事じゃない。
「なあ、シテもいいの?」
真面目な声でそう尋ねると、少し赤く染まった顔で火神は嬉しそうに頷く。
「青峰が、欲しいんだ」
熱っぽく吹き込まれた言葉に、理性が吹き飛ばされそうになった。
「青峰」
震える声で弱々しい力で縋る相手の手を握りしめて、いくらでもやるよ、と笑って告げる。
だからもっと俺を、求めてくれよ。

いつもみたいに丁寧に火神の体を開いていく、前よりも抵抗なく呑み込まれていく指は、これだけ相手が俺を許してくれている証なんだろうか。それとも、昨日の寂しさを慰めた名残なんだろうか。
どっちでもいい、コイツが俺を求めてくれている事は間違いないんだから。
ローションを使って充分に解れたかと思われる頃、同じようにとろけた火神の顔を見つめ「いいか?」と尋ねると、嬉しそうに微笑んで頷く。
すっかり準備の整ったその奥へ、求められるままに俺のモノをゆっくりと当てて、ずっと欲しかったナカへ入れていく。
流石に緊張しているらしい火神の中は、キツく締め付けてくる。
「息詰めんなよ、ほら力抜いて」
「ん……ぁ、やってるけど」
無理だと告げる相手の額を撫でて「じゃあ止める?」と聞くと「それは駄目だ」と慌てた声が飛んできた。
「青峰が欲しいんだ、本当に俺は……」
「分かったから、とりあえず落着けよ。な?」
ゆっくり頭を撫でてやって、それから震える性器に手を伸ばす。触れれば反応を返してくれるそこから、直接与えられる刺激に身を捩るその瞬間、確かに力が抜けてナカが緩んだのに気付いて、そっと奥へと押し入る。
「ふぁっ!ああ」
挿入の衝撃で体を震わせる相手の背中を撫でて、ちゃんと息をするように言う。
「ほら、全部入ったぞ?」
大丈夫か?と呼吸を整える相手に尋ねると、短く息を吐きながらも小さく頷くと。嬉しそうに笑って自分の腹に手を乗せた。
「今日は、大丈夫」
「なあ本当に痛くないのか、気持ち悪いとか、そんなのは?」
「ない……っていうか、凄い嬉しい」
満足そうに微笑む火神だが、まだこれからだ。
きゅうきゅうと断続的に蠢くナカに誘われるように、少しだけ動かしてみるとビクッと火神の体が跳ねる。もしかして痛かったのかと思って尋ねると、何度も首を横に振られる。
「なんか、変なんだ」
「痛いとかないんだよな?」
「そんなんじゃない、でも……」
言い淀む火神を見下ろして、痛くないのならば大丈夫かと思って、我慢できずにゆっくりと腰を動かす。すると「ん、ん」と体を小刻みに震わせて、その感覚をやり過ごす。
前とは全く違う反応、もしかしてと期待をかけてもいいんだろうか。
「ナカ気持ちイイの?」
そう問いかけると、閉じていた目を見開いて「そんなんじゃ」と否定しかけるものの、俺を締め上げてくるそこは、なんだか喜んでいるみたいに感じて。
「すげぇ、いいんだろ?」
緩やかに出し入れを繰り返すと「んっ、ん」と上がりそうになる声を必死になって抑える相手の、赤い瞳が不安そうに俺を見つめる。
まただ、コイツはどうしてこういう時にこんな顔をするんだ?
「あっ、あおみね俺……」
「何だよ?」
できるだけ優しい声で尋ねると、不安そうな火神の目から涙が零れる。
「青峰といると……俺が俺じゃなくなりそうだ」
「えっ……」
衝撃の言葉を告げられて体の動きを止めると、潤んだ瞳で火神が俺を見る。
「俺、青峰が欲しいんだ」
「ああ、ちゃんとやるよ」
「そうじゃなくて……こういう事だけじゃなくて。お前がいないと、俺どうしたらいいか分かんねえし、スゲェ怖くて……でもこうやって傍に居ても、こうやって感じてる俺が俺じゃないみたいで、怖くて……もう、どうしたらいいか分かんねえんだよ」
火神が抱えてたものはこれか、と思った。
ずっと俺に与えられる火神の目の奥で揺れていた影の、正体。
流されてしまうのが怖いんだ。
理性が切れた時に、自分がどうなるのか分からなくて、怖いんだ。
「怖がるなよ、火神」
「でも……こんな俺、自分でも分かんない自分なんて、お前がどう思うか」
「俺も一緒だから」
お前と同じものを、ずっと抱えてるから。
優しく涙を拭って告げれば、本当かと口には出さずに目だけで問いかける火神にそっと頷く。
「いいから、それ全部、火神だから。そのまま俺にくれよ」
そしたら俺も全部、渡せるから。

「ひっ、あ……青峰、あおみね。青峰」
ナカを突き上げる度に、甲高い腰にクる声で何度も名前を呼ばれる。
快楽に打ち震える体を繋ぎとめようと必死になる腕を、俺の背中に回してしがみ付かせると、より密着した間の熱に、嬉しそうに火神が笑う。
「あおみねぇ、すご……きもちいい」
「はぁっ!そっか」
とろんとした舌たらずな声で嬉しそうに告げる相手を、更に追いたてようと思いっきり突き上げると、言葉にならない声を上げてぎゅっと爪を立てられる。
ああ、たまらない。
快楽に流されて、すっかり溺れて、今の火神には俺しか見えていない。
「あおみね、あおみね……」
もっと俺を呼んでくれよ、もっと俺を感じてくれよ、なあ?
「俺の事、好きか?」
「あっ、すきだぁ……おれ、青峰が、大好き」
「俺も大好きだぞ、大我」
耳元でそう囁きかけると「ひんっ」と可愛い声を上げて、火神の体が小刻みに痙攣を起こす。
見ると、性器がビクビクと震えて射精してしまていた。
「なんだよ、名前呼ばれてイッたのか?」
「あっ、そんな。ちが……」
「そうだろう大我?」
そう尋ねると、イッたばかりで敏感になっているのか体を捩って、ナカをこれ以上ないくらいに締め上げてくる。
「ほら、こんなにギュウギュウ締め付けて。感じてないとか嘘だよな、大我?」
「うぁ……青峰、それやめ」
「止めねえよ、っていうか。なあ、俺の事も名前で呼んで?」
震える体を落ち着かせるために頭を撫でてやりながらも、頼んでみる。こういう時くらい、名前で呼んでもらいたい。
俺を、もっと意識してほしい。
そう思って告げた一言に、俺を見上げる真っ赤な純真な目はゆっくりとそれが笑みの形を作った。

「大輝、好きだ」

溶け込むように告げられた言葉も、その熱も甘さもよく覚えてる、でも……。
「大我」
愛していると言えたのか、それは覚えていない。
ただその瞬間に、俺の理性が焼き切れたのだけは分かった。

もう、火神は俺のものだ。
本当に俺のものだ。
誰にもやらない。
誰にも取られない……そう安心してた。

あとがき
次回、病みすぎて黒化した青峰が降臨する…………予定です。
2013年1月14日 pixivより再掲
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