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死にいたる病

side:火神

青峰は優しい。

普段の人柄からは考えられないかもしれないけれど、本当はとても繊細な奴だったりする。もっと人に気を配ってあげればいいのに、アイツは本当の自分を晒すことができないのだ、と言う。 プライドの高い奴ほど、一皮めくってみれば弱気を抱えていたりするものだ。
周りが勘違いしているお陰で、どんどん自分を強くみせなければいけないと、そんな脅迫にも似た思いを抱き始め、身動きが取れなくなってしまうのだ。
だから、表に居るコイツの俺様的なわがままな態度だって、裏返せば不安の表れでしかない。
その仮面を剥いでしまったのは、俺からの一言だった。

「青峰はさ、本当は優しい奴だろ」

いつ言ったのかは覚えていない、どんな状況だったのかもはっきりしてなくて、ただその言葉から始まった会話だけ記憶してる。
確かに青峰は悪い事をしてるんだろう、人に対して不真面目な態度を取るのはいつもの事だし、でもだからって必ず、お前が本心からそうしたいわけじゃないだろう?
だって、その時の顔は馬鹿にしたような俺様っぽいものではあったけれど、目の中にちらちらと違う色を感じた。悪いんだって言いながら、なんだか見えない誰かに向けてゴメンって言ってそうな、そんな顔。
だから違うんじゃないかって思った。本当に心からそう思ったから言ったんだ。
それだけは間違いない。

「俺が優しいって?お前やっぱり馬鹿だろ」
小馬鹿にしたみたいに、青峰はそう吐き捨てるように言った。
でも気付いてた、お前がわざと俺から目を逸らしたのに。
「馬鹿じゃねえ、だってお前は本当に優しいだろうが」
「これのどこが優しいんだって?」
「優しいだろ、人に好んで嫌われるのなんて、優しい奴以外のなんでもねえよ」
青峰はビックリしたように肩を揺らして、それから黙り込んだ。
この仮面はバレていないとそう思っていたに違いない。
そんなの、目を見れば分かるのに。
英語だと、人の嘘を見抜くなら口元を見ろって言うんだけど。日本語だと、それは目に変わるらしい。それはよく分かる。人に対して思いを伝えるのが苦手な日本人は、話せないかわりに自分の事をやけに隠したがる。だから嘘は言葉に出るんじゃない、その表情に一番出る。それが良く分かるのが、きっと目なんだ。
だから、目を逸らした時点でお前が嘘を吐いてるのなんてバレてる。

「カッコつけなくてもいいんだぞ、別に。俺とか馬鹿だし、お前が無理してる理由とかあんまちゃんと分かんねえけど」
そう言って、一生懸命コイツが抱え込んでいるものについて、俺なりの言葉で考えを伝える。

周囲の人間と自分に実力の差があり過ぎる時、これはつまらないことだろうと思う。
だけど、それ以上に申し訳ないと思っているんじゃないだろうか。本気でやっている相手に対して、自分が本気になってやれないというのは、あまりにも申し訳ない。勿論、相手だって死ぬ気で喰いついて背中を追ってくればいいのに、誰も追ってきたりしない。
高すぎて目標にもならない、そういう存在であることに彼は重圧を感じているのではないだろうか。
孤独に震えてるんじゃないだろうか?
だからこそ、やる気を出していないんだとわざとアピールする。ふざけた奴だと嫌われる、そうやって嫌な奴だと思われている方が楽なんだろう。
下手に良い奴だったなら、相手が不満を言う事もできない。絶望がそのまま自分を追い詰めてしまわないように、そんな仮面をつけてるんじゃないのか?
それが本当の青峰なんじゃないかと、俺は思った。

「だとして、何なんだよ?」
正直にそう話したら、顔をしかめて視線を外しそう言った。
いつまで、その仮面を被っている気なんだろう?
ちょっとくらい下ろせばいいのに、助けて欲しいって正直に言えない、意地っ張り。
まあ俺も、似たようなところあるけどさ。だから分かるのかもしれない。
「いや、別に何もしないけどさ。偶には力抜かないと、疲れるだろ」
そう言って頭を撫でてやった、嫌がられるかと思ったけれど決してそんなことはなかった。むしろ、もっとして欲しいのかすりよって来たくらいだ。
「なあ火神、お前が嫌じゃないなら。しばらく、このままにしてくれ」
ぎゅっと抱き着いて俺の肩に頭を預けると、青峰はそう言った。
「いいよ、好きなだけしてやる」
そう答えると、彼はふっと息を零して弱く震えた。

やっぱり青峰は優しい奴だ。
そう思ったと同時に、寂しく、可愛そうな奴だとも思った。

「なあ火神、お前引かねえの?」
そう問いかける青峰に「何が?」と尋ねたら、弱々しい声で「だって」と返ってきた。
「変だろう?大の男が、こんな弱気になってんのなんて。しかも、他でもない俺がこんなもの抱え込んでるとか、そんな……俺がこんな弱っちい奴だって分かったら、どうなると思う?絶対に馬鹿にされるしさ、相手にされなくなるって」
甘えるように俺に預けている青峰の頭を撫でてやると、もっとと縋るように身を捩じらせる。可愛らしいという言葉が、こんなにも似合わない男はいないだろう。大きな体に厳つい顔、俺様な態度で周りに敵ばっかり作っている。
でも、向き合う青峰を俺は可愛いと思っている。
コイツの強がりは徹底されている。ほとんど人前では偽りの自分でいるんだから、こうやって人に優しくされることなんてないんだろう。あの幼なじみの手ですら蹴ってしまうような奴だ、一人の辛さは嫌という程に知ってるに違いない。
それを抱え込まないといけないと、思い込んでいるに違いない。
俺はそんな青峰の心に踏み込んでしまった。それも、深い根を張る場所に踏み入れてしまったようだ。
「変じゃねえよ、別に笑ったりしないし。逆にこういう所あった方が安心する、俺と似てんのかな?って思って」
「お前となんて、似てねえだろ?」
「似てるんだよ、ずっと俺も一人だと思ってたから」
一人だけ帰ってきた祖国で、右も左も知らない人達に交じった生活。
寂しいと、言葉にしたらそれだけで追い詰められそうで、平気だって何でもない顔で言うくらいしかできなくて。ただ心の支えにしてたバスケに打ち込んで、毎日を過ごして。
もたれる背中も、寄りかかる体温も本当はずっと欲しかったんだ。そんな相手がいないからこそ、俺は自分で何でもできるようにならないといけなかったし、それで人から心配されないようにもした。
心配なんてされたら、俺の何かが壊れそうだったから。
だからお前を放っておけないんだと、肩越しに告げる。ビクンと大きく震えた青峰は、更に強い力で俺に抱き着いてきた。まるで、俺を慰めてくれるかのように。
縋り付きながら、俺を一人にしないと無言で伝えたいかのように。
そんな相手の弱々しい思いを受け入れながらも、内心で「やった!」と思ってる自分に、嫌気が差した。青峰の本当の顔を見れた、どんな仮面も付けていない一番弱々しい自分の中心に、触れる事を認めてくれた。俺だけが、特別になれるかも……なんて、そんな狡い考え。
これは望んでしたことだった。

俺は青峰のことを、恋愛感情という意味で好きだった。

いつからか分からないけど、心の中に居座っていたのだ、この感情が。
多分、気になるというのなら最初に会った時から、既にこの青色に囚われていたんだと思う。
自分がかつて抱えていたような寂しさを飲み込んで、俺よりも深い、暗いどこかで迷子になってしまってるみたいな、そんな雰囲気。目を閉じたら、そのまま体から自分の意識だけが下に下に落ちていってるような、落ち着かない眠りみたいな不安に、彼は悩まされてるんじゃないか?
全てにおいて、気を張り続けるコイツの事が心配だった。
いつか本当に、どこか見えない場所に落ちていってしまうんじゃないのか……って思えて。

どうしたらアイツを助けられるんだろうか、そんな事を考えながらただがむしゃらに練習に励んで、それだけでは足りなくて。でも諦めたくはなくて。
だって男である自分を見てもらうためには、同じステージで、あのライトに照らされたコートに立たなければいけないから。
そうやってただひたすら練習していて気付いたのは、俺の中心にあった「青峰」という存在の異様さ。
壁というのならばいくらだってある。強い相手、一人では勝てないだろうと思う相手なんて沢山いる、だけどアイツはその中でも特別だった。黒子とは全く違う意味で、隣に立っていたい存在。

一人の人間として、見てもらいたいと思ってる。

それに気付いた時にああこういうのが恋ってやつか、って思って。その後すぐに、めちゃくちゃ落ち込んだ。憂鬱な気分って言うの?
だって振り向いてもらえるわけがないのは分かりきってる。

天才的なバスケセンス、悪人面だとは思うけれどルックスは絶対に良い、問題児とはいえ彼の事だから擦り寄って来る女性は絶対に多いに決まっている。むしろ、そういう女遊びとかも激しそうに見えるし。
ただ女と付き合っていたとしても、本気で誰かを好きなのではないかとは、どうしても考えられなかった。
何でかって、もし本当にアイツに好きな人が居るならあんな寂しそうな辛そうな顔をするわけがない。
誰にも見せられない弱い顔を、必死で隠している事が分かる。

それは、どうやら俺だけが気付いている仮面みたいだった。

青峰が弱い人間だと、その脆さや危うさを分かってるつもりで話してる他の人間も、少し違うと心の中では思っていた。
黒子も桃井も、大事なところが間違ってる。
青峰は別に、周囲の人間を面倒だとも思ってないし、バスケだって本当は嫌いじゃない。俺は見た事ないから知らないけど、きっと今でも、あの下にあるのは黒子が話してくれた、皆でするバスケが楽しいと思っていた中学当時の青峰だ。
ただその才能が、周りの人間から離れていって、それに合わせるように周りも青峰を一人にしていった。それに気づいて手を伸ばそうとした人も、見守ろうと決めた人も、多分そこを間違ったままだからコイツの心に行きつけなかったんだろう。

「俺の前では、弱いとこ見せても大丈夫だぞ?」

そう言って優しく背中をさすってやると、耳元で「ありがとう」という小さな声が響いた。
そう言って縋り付く腕に、自分を吐け口として利用してくれれば良いと思った。弱い面を少しでも垣間見せてくれるなら、それを受け止めさせて欲しかったのだ。

俺と青峰は似た者同士だと言われていた。
あの相棒から同じ光と呼ばれた存在、共通するものは多かった、そういう風に見えていただけかもしれないけれど、でもそう思い込んでくれたからこそ、彼は俺に寄り掛かる気になったのではないだろうか?
これは、チャンスだと思った。
彼の心を引き留めるために、俺は良い理解者でいようと決めた。
アイツがただ一人、頼りにできる存在であろうと、決めた。

そのためならば、何でも望みのものは与えてやろうとそう思った。

あの日から、青峰と良く会うようになった。
前から一緒にストバス場で1on1する事も多かったけれど、あれから少しずつ俺の家で二人っきりで過ごす時間が増えていき、最悪は泊まっていく事もあった。
二人で過ごす時、青峰はちょっとずつだけど俺に甘えてくるようになった。

最初は何か遠慮しているみたいだったけれど、その真っ直ぐな目が甘えるように俺を見ているから、構って欲しいのはなんとなく分かっていた。
そういう時は、気がすむまで頭を撫でたり抱き締めたりしていたんだけど、ある時に耐えきれなくなった俺が「そんなに見るなら、何して欲しいか言ってくれねえ?」って言ってから、行動や言葉で示してくるようになった。
別に対応するのが面倒になったわけじゃない、俺の行動で青峰が満足しているのか分からなかったから、できるだけ希望を叶えてやろうと思って言ったのだ。

「火神」
名前を呼ばれて「ん?」と短く返事をすると、両手を広げてこっちへ来いと目で呼ぶ相手が居て、思わず笑ってしまった。おかしな方の笑いではなく、喜びからくる微笑みだ。
「いいよ」と短く答えて側に寄ると、傍に座って俺の胸の中に納まるように正面から抱き締めてやる。
トクトクと脈打つ俺の温度に耳を傾けている青峰は、しばらくしてから「頭、撫でてくれるか?」と言った。それにも「いいよ」と答えて、空いている方の手でその頭を撫でる。
こんな日がずっと続いていた。

一緒にご飯が食べたい、とか言い出した時も「いいよ」と答えて家に呼んだし。
何回目かのお泊りで、一人で寝るのが嫌だと言った時には俺のベッドに入ってくる事も了承した。どんな我儘も、俺を必要としてれている証だったし、何より……。

やっぱり、青峰は優しい奴だ。

きっと青峰自身も俺がしている事は駄目だと思っていながら、傍に居る事を止めない。それどころか何だか優しい顔をしてくれる。抱き締めた後に「悪いな」って必ず謝ってくれる。
まるで、自分が悪いみたいに。
やっぱり優しい奴だよな、なんて思っていたら腕の中の相手から名前を呼ばれた。小さい子が母親を呼ぶような、弱々しい言葉で視線に微笑みかけて「何だ?」と尋ねる。

「火神、キスしたい」

抱きしめていた相手から思わぬ一言が漏れた。
青峰の要求は日が経つにつれてエスカレートしてきている。俺に依存しているのかと思うと、言い知れない快感が背筋を駆け抜けていった。
青峰の我儘は堪らなく愛おしくて、甘い痺れとして全身に伝わっていく。
優しく撫でていた手を止めて、前髪を掻き揚げて額にキスを送る。もっとしろとお願いする相手に、今度は瞼の上にキスを落としてやった。
青峰が俺を必要としてくれている、誰にも言っていないこの繋がりが、俺の心を大分埋めてくれた。
この弱い感情の吐け口にしている事を、彼は甘えながらも謝ってくる。そんなの気にするなと、背中を撫でてやれば悪いからと言いながらも、強い力で縋ってくる。
腕の中の何よりもか弱い存在を、手放せるわけがない。
吐け口を与えているようで、自分の吐け口としても利用している。
俺は最低な人間だ。
それは分かっているでも、止められない。
もっと欲しいとお願いする相手の唇に、この指で触れてみる。薄い唇をゆっくりなぞりあげてやると、小さく口を開けて先を口に含む、エサを欲しがる雛鳥のようだと苦笑し、相手の口から指を抜き取ると、今度こそ欲しがった場所に唇を重ねる。
ちゅっ、と軽く音を鳴らすだけの優しく触れるキス。
こんな子供騙しみたいなキスでも、相手は満足したらしい。ふわりと笑って「ありがとう」と言った。
「いいよ」と答えて、頭を撫でてやればまた安心したように俺の胸に頭を預けた。
「もう遅いし、寝ようぜ?」
「うん」
目を閉じても、手だけ繋いだままの青峰に俺は笑う。
こうして、だんだんと青峰は俺の物になっていくのだ。
そう思うだけで、心の中で黒い感情が満たされた。

泊まりに来た青峰と、おやすみ前にキスして、一緒に寝るのが当たり前になった頃の事。
先に風呂から出てベッドで待っていた青峰は、俺の方を見て手招きした。相手の隣に腰かけると、柔らかく頭を撫でてやった。
「火神、キスしよう」
猫のように目を細めてそう言われ、いつも通りその要求にこたえてやった。普段は何度か触れれば満足するのに、この日はやけにしつこく強請ってきて、どうしようか迷ったけれど、彼が満足するのならばと、いつもよりも深いキスをしてやった。

相手の上唇を舐めて開けてほしいと促すと、柔らかく開いて迎え入れてくれた。
ふっと漏れた息は甘く、とても熱い。
舌先だけでまずは触れ合って、それからゆっくりと相手の舌に絡めて、撫でつけるように器用に舐めていく。
お互いを絡ませあっている内に、青峰の舌が俺の口の中へと侵入し、柔らかく、でも全部を塗り替えるように中を犯していく。青峰が俺を作り変えようとしている、そうとも取れるような感覚に今までになく、背筋が震えて喜んだ。
そうしていると、肩をぎゅっと掴まれ優しい力でゆっくりと体が後ろに倒れていく、完全に俺の上に乗り上げたところで青峰はようやく口を離してくれた。
「火神、セックスしよ?」
今までそうしてきたように、甘えた口調で相手は言う。拒否してくれると思っていたんだろうか。それとも、受け入れてくれるだろうと思っていたんだろうか。それ以上は何も言わない。
縋るように、甘えるように、一人で置いて行かれた小動物みたいな、か弱い目が俺を見下ろしている。
俺の答えを待って、震えている。
「俺と、シタいのか?」
恐々と見つめる青い瞳に、そう問いかける。
「お前がいい」
ぎゅっと握りしめる手に自分の手を重ね合わせて、最初から決めてある返事を返した。

「いいよ」

微笑んで、いつもの通り答えると。青峰は嬉しそうに、でも少し寂しそうな目でちょっと笑い返して。それから、始めるようにキスしてくれた。

青峰は優しく触れた、無理だけはさせないように細心の注意を払ってくれてるんだろう。
獣が欲を満たすように貪り食われるだけでも、俺は満足できるけどできれば少しでも感情を込めて触れてほしい。そう願ってはいたけれど、でもあまりにも丁寧に、壊れ物みたいに扱われるから流石にビックリした。
組み敷かれて、ギラついた目で見つめられている最中だって、コイツは獣になりきれてない。

「火神、キモチイイか?」
俺が体を震わせたりちょっと違う反応を見せるたびに、青峰はそう問いかける。
きっと痛いとか、嫌だと言えばすぐに止めるつもりだったんだろう。
やっぱり、優しい奴だな。

「ふっ……ぁあ」
今、この腹の中に確かに存在を感じる。
初めての感覚をやり過ごそうと下唇を噛んでいると、青峰の指が優しくそこを解した。
「切れるだろ?」
そう言って、唇の端を舐められる。ピリッとした痛みを感じて初めて血が滲んでいた事に気付いた。
「なあ火神、キモチイイか?」
何度目か分からない問いかけに、黙って頷く。
本当は体の中にある異物感に吐きそうなんだけど、そんなこと言えるわけがない。コイツが気持ちイイと思っているのなら、俺はそれでいい。
お前が必要としてくれてるなら、それでいいんだ。
「青峰、俺のこと気にしなくっても。お前の好きにして、いいから」
「でも」
「いいから、好きにしてくれ」
ただ求められたかった、コイツが俺をこんなにも必要としている、こんなにも俺が欲しいんだと、そう思えれば、体は良くなくても心は充分に満たされた。
なのに、そこで青峰は止めてしまった。
ゆっくりと傷つけないように、引き抜かれた熱の感覚に体が震えて。安堵の息よりも先に、不安とか恐怖とか、そういうのがない交ぜになって、ただショックで、何が悪かったのか必死になって考えた。
もしかして嫌われたかと思ったけれど、俺の腰に縋りつくように抱き着く相手からは、そういう嫌悪の色は感じられない。
「青峰、どうした?」
頭を撫でて声をかけると、小さくいやいやと首を振る。
「青峰、なあ何か言ってくれよ?何で、途中で止めるんだよ?」
すると顔は上げずに、小さな声で「だって」と零す。
「良くなかったんだろ?」
「そんなこと、ないぞ」
「嘘言うなよ。っていうか当たり前か、男に突っ込まれてイイわけないよな。悪い」
お前が甘やかすから、無理をさせてきた。
青峰はすまなそうに謝った、顔はあげないでただぎゅっと抱き着いた腕に力をこめる。その頭を撫でて、もう一度、今度は大丈夫だから、と声をかけても青峰は首を振った。
「いいよ無理しなくても、こんな事してもお前を傷つけるだけだ」
だからもう止める、今までごめん。
泣きそうな声で青峰はそう言った。
嫌だ、このまま離れないでくれよ。
俺はお前が欲しいんだ。

「すきだから」

思わず飛び出した言葉に、青峰は勢いよく起き上がると呆然と此方を見た。
「何て?」
「お前が好きなんだ、だから、お前の好きにしてくれればいい。俺はそれで満足だから」
言うつもりなんて無かったのに、今度こそ本当に終わったと思った。こんな重たい奴だと分かったならば、離れて行ってしまうんじゃないだろうか。それとも可哀相な奴だと思って、今度からは意識して俺を使ってくれるかな?それなら、それでもいいや。
そう思っていたら、青峰が俺の体を抱き寄せた。普段とは違って、その胸の中に包み込まれる体勢に何だか気恥ずかしくなる。

「おれも、すき」

耳元で告げられた突然の言葉に、目の前が真っ白になった。
だって今コイツは何て言った?俺には、好きだって聞こえたんだけど。
遂に俺は、現実も見えなくなったのかな?そんなにショック過ぎたんだろうか、それとも本当は全部、夢なのか?
「嘘だろ、青峰……」
「嘘じゃない!俺は」
「お前は優しいから、俺に同情してくれてるんだろ!そうでないと」

説明ができない。

パニックになった俺の頭を、珍しく青峰が撫でてくれた。
安心する、コイツの大きな手は落ち着く。本当に青峰は優しいな、こんな俺にまで優しく接してくれるんだ、でもそれが痛い。
「青峰、本当のことを教えてくれ」
「お前の方こそ教えてくれよ、俺が好きなんだろ?なのに、信じてくれないのか?」
「信じられるかよ、俺の我儘につき合わせてきたのに」
「我儘なのは俺の方だろ。お前、何も言わなかったし。お前は、俺の欲しいもの全部、与えるばっかりだ」
違うんだ、違うんだよ青峰。俺は欲しい物をしっかり手に入れてる。お前の我儘の代償に、しっかりとお前という存在を俺は手に入れているのだ。
隠せることではない、俺がどれくらい最低な人間なのかもう、吐き出してしまうしかない。
そう決意して今までの全てを語ってなお、青峰は俺の傍から離れようとしなかった。
むしろ、綺麗に笑ってくれた。

「ごめんな火神、俺はお前のこと分かってなかった」
もっと最初に言えば良かったんだな、と青峰は言った。
好きだって言えば良かったと、青峰は言ってくれた。

俺の方がずっと狡くて、酷いと思ったのに、青峰は自分が悪いと言った。
「ずっと欲しかったんだ、お前のこと。お前が優しいから、ずっと甘えて、俺を守らなきゃって思ってくれていれば、これから先もずっと、傍に居てくれると思ったんだ」
「俺だって、そういうもんだし」
「じゃあ、もう止めようぜ?俺はもう、お前が居なきゃ生きていけないんだ」
俺だって青峰がずっと傍に居てくれれば、そう望まなかった日は無い。
「だったら、もう止めようぜ。お互いに好きなんだから、これからは正しい形で向き合おうぜ。そうしよう火神」
そういう青峰は、本当に優しい顔をしていてた。俺は嬉し過ぎて、どんな顔してたか分からない。ただ涙ばっかり溢れて来て、声にならなかったから。何度も首を振ったのは覚えてる。

幸せだった、今だって青峰は俺の傍に居てくれる。
こんなに幸せなこと、ないよ?

「青峰君は、異常です」
真剣な顔で黒子はそう言った。
言葉の意味が分からなくて俺はただ首を傾げた。
マジバの席で向かい合って座っているけれど、黒子は珍しく何も注文しなかった。それは真剣に話をしたいから、口に物を入れる気分になかったからなんだろうけど、その時はそこまで頭が回らなかった。
練習後で疲れて、食べる事も億劫なのかと思っただけだ。

「いいですか火神君、もう一度言いますよ。
青峰君は異常です。
今の彼はまともではありません。前から自己中心的な人ではありました、でも今はその比ではありません。彼の執着はおかしいですよ。君のことを好きだというのは認めますが、その感情の度合いはおかしいです。特に嫉妬は、常識人の域を超えています」
だからどうしたっていうんだ?
黒子の言葉が分からなくて、俺は更に首を傾げる。

青峰が普通の奴等と違うって、そんなの当たり前だろ。一般の基準で量れるような奴じゃないのなんて、目に見えて明らかだし。だからなんだって話なんだよ?
でも、黒子はそれを問題だと言った。

「君が青峰君と気が合うのは認めます、青峰君が君に懐いたのも、なんとなく理由は分かります。
でも、いきすぎです。
その関係はやりすぎです。
おかしいですよ、お互いに依存し合って、お互いを潰し合ってるだけです、このままでは君も青峰君も、近い内に崩壊してしまいます」
「何を……」
「火神君、別れろとは言いません。でも、彼とは一度、距離を置いた方がいいです」
「な、に……を言ってんだよ?」
そんなの無理だ、俺と青峰が離れるって?
なに、馬鹿なこと言ってるんだよ。
そんなの、俺は生きていけない。

「君のためですよ」
少しの間だけでもいい、なんとかアメリカの親父の元に帰れ。
そうでなければ、秋田に居るタツヤの元に行け、と厳しい口調で言う。
「でも学校とかどうすんだよ?」
「ほんの少しの間だけですよ、一週間から十日でいいんです。監督や先生からの許可なら、多分すぐに下りると思いますよ」
平然と言って退ける黒子を見つめて、「嫌だ」と繰り返すと、深い溜息を吐いてから俺を睨みつけた。
「火神君、お願いですから僕の頼みを聞いてください。
僕は火神君のことも青峰君ことも友達だと思っています。二人が間違った道を進むのを見ていることはできませんし、何よりも、二人を失ってしまいたくはありません。
だから、僕はあえて言います。辛い判断かもしれませんけれど、君達は一度、外に目を向けた方がいい。できないと言うのなら、氷室さんにお願いして迎えに来てもらいます」
「黒子、お前いい加減にしろ」
「いい加減にするのは火神君の方です」
そう言うと黒子は俺の腕を掴んだ。痛みに顔をしかめると、また目の前で大きな溜息を吐く。
「この痣は青峰君の仕業でしょう?」
リストバンドで隠していたのは、青峰が縛った時にできた痕だ。内出血してて、赤や青の斑になったそこは見た目に気持ち悪いから、引くまではこうして隠しているつもりだった。
「ここ最近、こういう怪我が目立ちます。君は隠してるつもりですが、僕を始めとして、バスケ部の皆さんは気付いてますよ」
「別に、触らなきゃ痛いわけじゃないし」
「でもプレイに支障は出てますよね?君が好きなバスケに、本気で打ちこめていない。それでいいんですか?このまま青峰君の好きにさせていれば、いつか本当に体を壊しますよ。いや、今だってそうです。顔色が良くないですよ」

それはお前のせいだよ黒子。

だって、俺から青峰を取り上げようとしてくるから。
アイツと居るのがダメだなんてそんな事を言うから。
そんな事はできないんだ、俺がアイツの側から離れたらどうなると思う?
怖いんだ。
世界が音を立てて壊れていきそうで……怖いんだ。
だから取り上げないでくれ、アイツとの繋がりを。
それだけが救いなんだから。

目頭が熱くなって、あと少しで奥から涙が零れるかと思った時、気まずい空間に軽快な音楽が鳴り出した。
携帯電話を取り出すと、表示されていた名前に思わず目を見開く。
慌てて通話ボタンを押すと、目の前に居る黒子はいつも通り表情はなく、ただ悲しそうにこちらを見つめていた。
『今どこに居る?』
「今は……部活終わって、それから」
『もう一度言う、どこに居るんだ?それと、そこに誰が居る?』
電話の向こうから響く低い声に、体温が一度くらい下がった気がした。
「今、黒子とマジバに居るけど?」
『迎えに行くから待っとけ』
それだけ言うと、通話は切られた。

「青峰君から、ですね?」
誰からかかってきたのか、すっかり分かっているんだろう黒子に、ただ頷き返す。
「僕は、もしかして居ない方がいいですか?」
「悪い黒子、でも俺は」
「いいんです、君にとって辛い決断を迫っているのは僕の方です。可能なら、今すぐにでも君を連れて秋田にでも京都にでも、とにかく彼の手が伸びない場所まで連れて行きたいくらいなんですけど、それには君の意思が大切ですから。僕だって、無理強いはしたくないんですよ」
そう言うと黒子は立ちあがった。
「でもね、もし……もしですよ。君が青峰君を助けたいと思った時には、いつだって相談に乗りますから。僕だけじゃなくて、氷室さんや、先輩達や、他のキセキの人達だってきっと力になってくれますから。だから……お願いですから、自分は一人だなんて思わないで下さいね。
君達は、世界に二人きりではないんですよ?」
そう言うと、黒子はちょっと礼をして帰って行った。
残った俺の胸に、相棒の言葉が広がっていく。

世界に二人きりじゃないなら……。
もしも……アイツを助けたいのなら。

「火神!」
呼びかけられて顔をあげると、息を切らした青峰がそこに立っていた。
どれくらい考えていたのか知らないけれど、すっかり辺りは暗くなっている。
「帰るぞ、火神」
そう言って手を差し出してくれる彼に、いつもと同じように手を取って歩き出した。
「火神……何ですぐに俺から離れていくんだよ?」
寂しそうに声を零す彼を、どうして一人にできるだろう?

違うんだよ黒子、異常なのは多分、青峰じゃないんだ。
心配してくれるのはありがたいし、もしかしたらお前の言う通りいけない事なのかもしれない。
それは分かってる、本当に分かってるんだ。
だけど、離れられないんだよ。
俺はこの手を離せないんだ。

だって、これは俺が望んだ事なんだから。

あとがき
いや、すみません。これ以上続けると、青峰君が火神君を監禁するルートしかないんですけど。
黒子を出したのは、僅かな救いを残すためですが……頑張ってくれるかな?
2012年12月9日 pixivより再掲
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