人間万事塞翁が馬・6
ワイバーンを軽々と沈めた相手からいい運動になったなと声をかけられ、そうっすねとだけ返す。汗一つかいてねえあたり、マジで軽い運動ぐらいの気持ちなんだろう改めて化け物じみてるなと思った。
せっかくのランチだったけど、これはあんまりだなとしょんぼりしてつぶやく相手にまあ仕方ねえっすよと返す、ムードのぶち壊しかたが激しいのは否定しないが、そうしてくれて安心したとこはあるんだ。
なんだよ俺が眩しかったって、そんな憧れるほど優しく接した記憶はないけど?
そんな疑問を挟んでみてもたぶん、こいつの中では答えは出てるんだろう、たぶんなにかの勘違いだと信じたいんだけど、なんでこう間違えるのかなと不思議に思いつつも荷物を片づけるのを手伝って、散歩でも行きますかと声をかければああと嬉しそうに頷く。
純粋というか素直というか、これで女性にフラれるってのがわからないんだけど、あんまりにも邪気がなさすぎて反対に怪しまれたりすんのかなとか考えてみるも、俺が言うことでもないかと思い直す。
どうにかこの手を振り払わないといけないんだけど、どうにも差し出された手があまりに素直すぎて、なんていうか罪悪感が上回ってしまう。こういうとこは自分のダメなとこなんだろうなと思うものの、楽しそうな相手を前に水を差すのははばかられるんだよ、たとえ自分に邪な感情を持っていようとも、相手に邪気がないだけに否定し難いんだよ。
こうやってすぐに行動に反映できねえのが陰キャたる所以だなと溜息を吐くと、どうしたと心配そうに顔を覗きこんでくる。
「いやちょっと、人多くなってきたなって」
公園から街のほうに移動して見ると、シュミレーターの映像ではなく現実に知り合いのサーヴァントがちらほらすれ違う、人混みは苦手なんだっけと聞き返されるので、苦手ってほどじゃねえよ、ただこう陽キャの集団が無理っていうか。
「あれリカっちじゃん、ヤッホー!」
こういう陽の化身みたいな人がダメっていうか。
「声かけられてるぞ」
「そうっすね」
返事しなくていいのかと指摘してくる相手に、いやたぶん答えなくっても同じだと思いますと言うのとほぼ同時に、いい男連れてんジャンやるねえ、と声だけでも瞬く光が見えるような相手から突撃を受けた。
「噂になってるいい男だよね?」
「内容によりますけど、できれば違うイメージであってほしいっす」
ふーんと含みのあるような笑顔で見返されるので、どうしようと心の中でも視線を迷わせていると、すまないがこのご婦人はどちらさまだろうかと隣から疑問の声が投げられる。
「ああ、知らないんすか、アーチャーの清少納言さんです」
「おっす! はじめまして、親しみをこめてなぎこさんと呼んでくれい!」
なぎこさんか、変わった響きだけどいい名前だなと答える相手に、そうでしょうと輝かんばかりの笑顔で答える。
「セイバーのローランだ、よろしく」
よろしくと両手で握手を交わす二人を見つめ、ああ同じくらいの光属性をかんじるできれば揃ってるときには近寄りたくないな、とか思っていたらアタシちゃんに向ける視線が冷たいぞと横から小突かれた。
「えっと、すんません?」
「まったく、イケメン取られて妬いちゃったか?」
「違います」
おっじゃあアタシちゃんを取られて妬いたか、素直に言ってもいいんだぞこの野郎とニヤけた笑顔で突っつき回されるので、本当にそういうんじゃないんでやめてくれ、としどろもどろになりながら答える。
「生前からの知り合いなのか?」
「ああいや、なぎこさんは日本のサーヴァントなんで、こっちで初めて顔を合わせたんですけど」
「リカっちはアタシちゃんの友達のマブダチだっていうからさ」
つまりはダチってことじゃんとなんてことないように言い切る相手に、なるほどと納得しているけど、全然他人の範疇じゃねえのと思わなくもない、なんだろ陽キャの判定はわかんねえ。
「それでどこまで進んだのさ」
「なにが?」
「休日にデートする程度の仲って、ずいぶんと懇ろな間柄じゃね? って」
そういうんじゃないですと否定するも、またまた照れなくってもいいじゃんとしたり顔をされるものの、野郎二人で遊びに来ただけですってばと訂正する。
「素直にならないと愛想尽かされちゃうぞ」
「いや本当に、どんな噂聞いたか知らないっすけど、こいつとはそんな関係じゃないんで」
へえと意味ありげに言葉を区切り手招きされるので、なんすかと耳を寄せれば、指を絡めるほど心を許してる相手にそれは失礼なんじゃない、と小声で指摘される。
「なんで、それ」
「だって目立つじゃん、イケメンは周りの注目を集めるんだって、仕方ないっしょ?」
人がいるなんて聞いてれば許さなかったのに、やっぱり迂闊だったなと自分を責めるとなんかリカっちすっごい面倒なことになってそうだよねと言う。
「面倒なこと?」
「簡単なことをすっごい周り道して考えてるっていうか、わかってることを見ないふりしてるっていうか、まあなんていうの、とにかく面倒そう」
だからそこのイケメンくんよ、このしち面倒くせえ奴を手に入れたいなら搦手はやめるんだ、真正面からぶつかって一気に押し切れ、いいなと指摘してくる相手の勢いに、若干押され気味になりつつわかったありがとうと返すローランに、あんま真に受けないでくださいよと返す。
「照れんなって、素直になったほうが身のためだぜ」
「やめてくださいってば」
まあこの辺にしといてやるよ、なんかあったらカマっちょにでも相談しようぜと言うなぎこさんに、あの人がこんなことに自身の力を使うとは思えないし、仮に貸してくれたとしても余計にかき回されるだけで終わりそうっていうか。
「心配しなくても、最後にはきっとハッピーエンドだ」
なにを根拠に言い切ってくるのは不明だけど、だからイケメンくんなぎこさんのマブを任せるぞとローランに言い切ると、それじゃまたなと大きく手を振って去っていった。
「なんというか、真っ直ぐな人だったな」
ブラダマンテともアストルフォとも違う、感情のまま直線に来るタイプの芯のある女性だなと言うので、俺からすると嵐のような人ですけどねと走っていく背中を見つめて返す。
「友達なんだよな?」
「たぶん、その括りで間違いはないかと」
見たとおりの人なんでどうにも掴めないとこはありますが、少なくとも友達とは思われているらしい、そう返すと確かに勢いは強かったなと返される。
「というかあだ名なんだな、お互いに」
「いやあの人の場合は、清少納言って名前のほうが愛称らしいんで」
珍しくないかおまえがそういうの許してるのはと指摘されて、いや勝手に呼ばれてるだけだぞと言えば、俺も呼んでいいかと聞かれるのでダメだと拒絶する。
「なんで」
「いや普通に恥ずかしいんで」
あとおまえから言われるとなんか違和感がすごくて落ち着かない、だからやめてくれと返せばわかったと、思ったより簡単に引き下がってくれた。
「俺だけがダメって言われたら流石に傷つくけど、そうじゃないんなら、まだ」
羨ましいとは思うけどなと唇を尖らせて言うので、いざってときに呼ばれて力が抜けても困るんでと拒否の姿勢は崩さないでおく。
「でもさ、サーヴァントってそもそもが真名では呼び合わないってのが、暗黙のルールなとこあるだろ」
「通常の聖杯戦争なら、そうだろうけど。そのときはクラス名で呼ばれるわけだろ」
愛称ともあだ名ともまたちょっと違うだろ、個体識別名くらいのイメージだ。俺なんかは真名を当てられる危険性は低いけど、おまえは宝具を見ればそれとわかるタイプだし。
「隠す必要があったなら、なんて呼ばれてたんだろうな」
「全裸セイバーじゃないか」
もうちょっとカッコいい呼びかたなんかあるだろと眉を下げるので、いざってときに声をあげるなら単純にセイバーだろうと指摘する、実際に緊急の場合やレイシフト先の状況次第ではクラス名で呼ばれる瞬間もあるかもしれない、そのときに素早く反応できたらいいなとは思うよな、背伸びしてると言われても憧れるくらいはいいだろ。
「おまえもさ、いざってときは遠慮せずに呼べよ?」
なにより生身のマスターが優先されるのは当たり前だけど、それを差し引いてもさ仲間として頼りにしてくれるなら、嬉しいだろ。
「いや一基のサーヴァントとしても、男としても正直負けたくはねえっすよ」
「そうかもしれないけど」
いざってときには頼りになる存在で居たいんだ、それもやっぱりはばかられるのか、そうたずねる相手の寂しそうな横顔を眺めて、仲間の範疇なら背中は預けるよと返す。
「本当に?」
「そりゃ仲間なんで」
マスターの部屋に呼び出された。
なにか忠告を受けるようなことをした記憶はない、はずなんだが覚えがないだけでなにかやらかしてた可能性は否定できない。
「話があるってどうした?」
「いらっしゃい」
とりあえず座ってと言われるまま勧められた椅子に腰を落ち着ける、以前のようにブラダマンテがいるわけでもなく、作家系キャスターがいるわけでもない、再臨も終わって大分経つけど調子はどうかなと聞いてくるので、なにも問題ないぞと元気に返す。
なんか怒涛のごとく色々とあって、主に俺が脱いだりとか決闘したりとか本当に色々あって、真面目に話をする機会なかったなって、どうカルデアには慣れた、みんなとはうまくやってるとたずねる彼女に、もちろんだと胸を張って答える。
「もしかして俺を気遣ってくれたのか?」
「それもあるけどよく考えたらさ、ローランとは二人でゆっくり話した機会あんまりないなと思って」
マンドリカルドとも仲よくできてると聞かれて、ちょっとずつ仲良くなれてる、と思うぞ、この間は二人でデートして来たと言うと、楽しかったとたずねられてもちろんと返す。
「途中でワイバーンに乱入されたけど」
「話の途中だけどワイバーンだ?」
正にそんなかんじだったと返すと、脈絡なくぶった切るのは伝統芸みたいなとこあるからね、無事だったと聞かれるので二人とも特に怪我もなく無事だったぞと答える。
「本当に段階を踏んでいってるんだ」
「そりゃあな、俺としてはこれ以上彼に嫌われたくないし」
なんだか意外だな、マスターは俺を応援してくれないと思ってたんだけど。
「うーんはっきり言うとさ、恋によるトラブルはねそれなりに慣れてるんだよね。それこそ愛の神さまとかとかいるし、こう色ごとに大っぴらな英雄も多いからセクハラもまあ、ないこともないし、ローランで困るのは風紀の乱れ」
流石に全裸男性への耐性はないから、人によっては大事件になる可能性もあるし気をつけてただけでさ、思った以上に真っ当な人だったから、聞いていた伝説のイメージに引きずられすぎたかなと。
「今のとこ、全裸は自室に留めてるからな!」
「脱ぐのはやめないんだ」
そこやめたら最高の男なのにと言われるので、やめろよ褒めてもなにも出ないぞと返すと、いや褒めてはいないよと淡々と告げられる。
「正直に言えば真っ直ぐアタックしたいところではあるんだが、まずは外堀を埋めろと言われたもんで」
押してダメなら引いてみろだ、駆け引きもできない男に人はなびかんぞと言ったのはアスクレピオスだった、恋に敗れた患者なんぞ診るのはごめんだというのが本人談だけど。
「マンドリカルドを部屋から出すのに協力してもらったから」
「そうだったのか」
これ以上は首を突っこむ気はないと言ってたのはそのせいか、とはいえ嫌われるのはいやだったし、言うとおりにしてみるのも悪くはないかと。
「他の人からも仲良くやってるらしいよって聞いたから、ちょっと意外だなって」
誰がそんなことをとたずねると、会ったんじゃないの清少納言ことなぎこさんと指摘されて、そういえば乱入されたのはワイバーンだけではなかったなと思い出す。
「焦ったいからローランを焚きつけたって言ってたのに、そこからも特に大きく動いてないみたい出し」
普通に友達っぽいから意外だなって思ってさと言うマスターに、本人の希望もあるしまずは友達からだろと返すと、間違いじゃないんだろうけどと歯切れ悪く返されるので、どういうことなんだと聞いてみる。
「そもそも、なんでマンドリカルドのことが好きなの?」
恋に理由もなんもないかもしれないけど一応ちょっと気になってたんだ、きっかけはなんだったのと真面目に聞いてくれる彼女に、隠し立てするのはよくないかと思い至る。
「初めて会ったときは驚いたぞ、あんまりにも生前の知ってる姿と違ったから」
振り返りたくないこともあると言っていたけどさ、自分の身を弁えるっていうのは難しいんだぞ、少なくとも騎士や王という身の上であるならば余計に、自分の栄光を無視するのは難しい、彼はそれを捨てるという。
「すごいなって思った」
自信もプライドもなく、じゃあどうしてこの場に立つのかそうたずねた俺に、この白い地表に彼女を一人置き去りにしたくないからと言ったあの横顔は、すごく凛々しくてカッコよかったんだ、己の使命を定めた騎士の顔をしていた。
「その横顔が眩しかったんだな」
この目がこの体が強烈なまでに憧れた、やっぱりカッコいいなこいつって。
彼がこの大地に立つのなら同じように立ちたいし、守りたいと誓ったものに同じ誓いを捧げよう、きみが道を違えることのないように、決して一人で取り残されないようにって。
「そのうえで隣に立つことを許されるなら、我儘かもしれないけどまあなんだ、一番だって言われてみたいんだよ」
絶対的に譲れないものがあるのは仕方ない、それでも一番大事だって言われてみたい。そんな情熱を傾けてくれるのは難しいとわかってる、わかっているんだけど願ってしまったんだ。
あの笑顔が俺のものであればいいなって。
「俺があいつに惹かれる理由は、そういうとこかな」
ずっと黙りこんだままのマスターに、もしかしてまずいことを口にしたかと途中で焦ったんだけど、聞き終わったあとにそっかとやけに神妙な面持ちで頷き、ローランが本気だっていうのはよくわかったよと真剣な声で言う。
「一目惚れが、本気になったってかんじ」
「俺は元から本気だぞ」
ああ惚れてんだなって気づいたのはその場ではなく後になってからだ、でもいつだって好きだって思った相手には本気で向き合うのが俺だから、止められないんだよもう。
「空回りしそうだからほどほどに」
まずは敵をよく観察することという彼女に、もしかしてライバル多いのかと恐る恐るたずねてみると、個人的に話は聞いたことないけど、マンドリカルドもなんだかんだ友達それなりに多いほうだし、悪い話は聞いたことないかなという。
カルデアは見たことないほどサーヴァントであふれている、自分を卑下する言葉が多く見られる彼にしても、心根は真っ直ぐだし優しいからそばに居て安心するタイプだ。
「だからね、あんまり踏みこみすぎないでいると本当に友達で止まっちゃうんじゃない」
「それはいやだ!」
どうしたらいいと聞き返すと、わたしは縁結びの神さまでも愛の神さまでもないから、力技でどうこうはできないんだけどねと先に念押ししたうえで、押してダメなら引いてみろってのは、反対に言うと押すべきときはグイグイいったほうがいいってことじゃないかなと。
「強引すぎるのはよくないんだろ?」
「うん、だからタイミングはよく見て」
強引に迫るのもよくないけど、そもそもローランの恋路は激しいものなんじゃないの、らしくないことをしているっていう自覚はあるんじゃない? それで思ったよりもきみは普通だし、もうちょっと踏みこんでみてもいいのかなって思ったりしなかったり。
「あ、同意なく襲うのはなし」
「それはもちろん、しないが」
追いかける恋には慣れてるとはいえ、まあ節度を保ってくれればとつけ加えられる。
「それで望みはありそう?」
「どうだろう、手応えはないけど」
またデートには誘ってみるつもりだと答えると、本当に健全に真っ直ぐに攻めていくなあ、頑張ってねとこの騒動が始まって初の応援を受け取った。
おかしな特異点がみつかったらしい。世界そのものが揺らいでいるような状況下ではそれ自体はおかしなことじゃないし、サーヴァントである以上は必要とあらば戦場へ赴く、まあ招集されなくとも巻きこまれるなんてこともあるわけだけど。
とはいえ現地に飛ばされる途中で、座標が狂って別の場所に落っこちるなんてこともたまにある、カルデアに残されてしまったなんて例もあるけど、今回は無事にレイシフト自体はできている。
問題はマスターとはぐれたことと、敵性エネミーの群れのど真ん中に着地したことだ。
「嘘だろ」
いや嘘だって信じたいけど、目の前に殺気立った魔獣がいる以上は腹を括って武器を取るしかない、俺はいいけど問題はマスターを含めた他の奴等だ、全員が離れた位置に降り立ったなら大問題だろう、早いとこ合流しないと。
「悪いけど、あんたらの飯になるわけにはいかねえんだ」
悪いが押し通らせてもらうという宣言と共に全力で駆ける、牙と爪の合間をぬうように走り抜ける、敵対してる物全てを殲滅して進めるほどの余裕も実力も足りないからこそ、とにかくできるだけ負傷することは避けて万全に近い状態で合流すべきだ。
向かってきた相手の前足の攻撃を寸前で躱して、関節部分に向けて木刀で思いっきり叩っ切る、本物の斬撃ではないから外傷はないもののサーヴァントの一撃だ、骨まで響けば足止めにはなる、つんざくような唸り声をあげる相手を無視して横を通り抜け、待ち構えていたかのように牙を剥いた相手の頭を踏みつけて、背後に迫っていた別の前足による攻撃を避けて着地する。
見渡してみると相当な数がいるな、対軍宝具でも持っていればどうにか片づけられるのかもしれないけど、正直一体ずつ相手するできるだけで手一杯だ、しかも倒すことをメインに据えない以上は数の多い敵側のほうが有利だ。
とりあえず遠目に見える森林があるので、とりあえず巨体を撒けるだろうあそこに逃げこむことが目の前の目標だけど、間に合うか。
地面を蹴って目的地に向けて進む途中、前方からよく知ってる魔力体が向かって来るのを感じ、思わず足を止める。
「いざってときには、助けを呼べって言っただろ!」
「今の優先事項じゃねえんだよ」
じゃあ一人でどうにかなるのかとたずねる相手に、来たんだったら手を動かせと発破をかけてやれば、おうともよと剣を手にしたローランが全力で敵を削りにかかる。
「マスターは?」
「風魔と金時が一緒だ」
なら一先ずは安心かと胸を撫でおろすものの、この場所がどんな仕組みで成り立ってるのかまだ不明だ。とりあえずエネミーは存在することだけはわかったと答える相手に、魔獣なんぞいないに越したことはねえんですよと、横から腕を伸びてきた巨大な腕を叩き伏せる。これならどうにか打開できそうか、戦況がこちらに有利へ傾き出すのを見て今後の行動を考える。
「バラけたのは俺だけ?」
「いや、もう一人」
獣の勘は人よりも優れれている、自然に近いからこそ見える位置が違うんだろうと聞かせてくれたのは誰だったっけ。打ち下ろした魔獣の動きが止まった、目の前にある剣ではなく明らかに明後日の方向を見つめる相手に、違和感を覚えてなにかあると気づくのと同時に重く大地が波打った。
「なんだ」
地震ではなかった、大きく脈打った矢先に地面がひび割れて崩れ落ちるのを見て、マジかよと肝が冷える。
「どうする」
「とりあえず走れ!」
見たところ崩壊してるのはこのだだっ広い平地だけだ森まで走ればどうにかなる、ならばと温存していた魔力を注ぎブリリアドーロを呼ぶ。
「悪いな、緊急事態だ」
わかっていると言いたげな相手の背に飛び乗り、行くぞと手を差し伸べると一瞬迷った顔をしたものの、モタモタすんなと叫べば無言のま受けて同乗する。
「ごめんな重いだろうけど、文句は後で聞くから」
とかく最短距離で走り抜けるしかないと手綱を握り締める俺に、多少の障害ならどうにかすると後ろから声をかけられる。
「頼みます」
ただこっちもなりふり構ってらんないんで、落とされないようにだけ気をつけろと駆け出した馬を操りながら返す、問題ないと言いながら吹っ飛んできた岩をデュランダルの一突きで砕いていくので、本当に力技でどうにかするなよなと呆れつつも頼もしくもある。
背後の地面が崩壊に飲まれていく音が近づいてくるので、一秒でも早く駆け抜けるしかない、同じように散り散りに逃げ回る魔獣の巨体を避けて行く、いざとなればローランが後方からでも支援攻撃をしてくれるため、自分はただ走り抜けることに神経を集中させればいい。
あと少し、崩落する地表の轟音が近づいてくるのに冷や汗が伝うのを感じつつ、大丈夫だと背後から明るい声が飛んでくる。
「すぐそこだ、おまえなら走り抜けられる!」
「言われなくとも!」
行くぞと無理をさせていることは承知でブリリアドーロを急かし、限界近くまで魔力を回して悪路を駆け抜け、崩れかけた地面を飛んで落ちていかなかった森へ降りる。なんとか助かったかと息を吐くより先に、膝から崩れ落ちそうになるのを隣に居た相手に支えられる。
「大丈夫か?」
「ああ、すんませんちょっと、魔力を使いすぎ」
元からあんまり長時間呼び出せるわけじゃないのに、二人も乗せて走らせたから反動がきてるかもしれない、まあ全力ダッシュの後の息切れみたいなもんだろう、しばらくしたら落ち着くと返すと、なら今度は俺の番だなと支えてくれていた腕が回され抱きあげられた。
「やめろ」
誰かに見られる前におろせと抵抗してみるものの、いや疲れてるんなら無理するなよと一切やめる気配はない、力ずくて降りるという選択肢が取れるならそうしているものの、まだ元気があり余ってそうなこいつとヘロヘロの俺じゃ、どう足掻いても勝ち目はないだろ。
「せめてお姫さま抱っこはやめてくれ」
「いいじゃないか」
「よくない」
いざってときに、おまえがすぐ剣を握れる状態じゃないのはまずいと指摘したら、それは確かにそうかもしれないがと気まずそうに返す。
「どうしても運ぶっていうなら、せめておんぶにしてくんねえっすか」
そっちだったらまあ、いざってときに受け身も取れるしまだと返すと、仕方ないかと提案を受け入れられて、いったん地面に降りてから、無防備にさらされた広い背中に後ろから抱きつくように身を預ける。
「マスターの場所、わかってるんすよね?」
「ああ、多少は回り道が必要かもだが、なんとかなる」
自信ありげにそう返すローランにじゃあ案内は任せるぞと言えば、おうともと自信満々に歩き出す。
疲れていたこともあってしばらくは無言を貫いていたものの、あんまりにも沈黙が長いとこのままうっかり寝てしまったりしないかと不安になり、あのさと声をかければどうしたと気遣うような優しい声で問い返される。
「ありがとう、来てくれて」
正直すっごい助かった、魔獣の群れを仮に切り抜けられたとしても、こんな状態じゃまともに行動できなかったろうし。
「そう言ってくれるなら、来た甲斐があったな」
余計なお世話だって言われたらどうしようと思ってたとカラッと笑うので、流石に守ってもらっておいてそんなこと言わねえよと、後ろから返す。
「おまえ一人だけなら、もっと早く脱出できたんじゃないか」
「いや岩に押し潰されてたら、流石に走れない」
最短距離を最速で走るのに乗り越えるべき障害が多すぎたけど、それを力技でねじ伏せて切り開いてもらったんだ、たぶん一人よりも早く辿り着けたと思うし、その後でマスターたちを探しに行く余裕はなかった。
「闇雲に動き回らなくって、よくなったし」
足取りも軽く進んでいくローランに重くないかと聞けば、このくらい大丈夫だと本当に軽い声で返される。実際こいつにとっちゃ軽いもんなんだろうけど、鎧もあって担ぎにくいだろうし、足場も獣道だから歩き難いだろうにそんな苦労を感じさせないほどに、迷いなく進んでいく。
できる限り揺れないように気をつけてくれてるんだろう、そんな相手の優しさを感じ取りながらも、あんまりにも優しくしてくれるのに申しわけない気分にもなってくる。
「魔力供給する、とは言わないんだな」
出す話題のチョイスを間違えすぎだろと思いつつも、今一番の疑問だったから仕方ないと心の中で言い訳してみる、まあ言ったことは戻らないし。
対するローランの表情は見えてないものの、サーヴァントという身のうえだ指し示す言葉の意味を理解はしているんだろう、耳元が赤く染まっているのが見えた。
「えー、それはそのつまり、俺ときみがそういう、肉体的に深く接触するという、アレで?」
「いや成人男性一人分、抱えて歩くよりはマシじゃねえかなと、思ったんだけど」
実際に状況からしていつどんな理由で今の足場が崩壊するかわからない、そんな中で歩けない仲間を連れて行くよりは、多少は回復させて自分で行動できるようにさせたほうが利には叶ってるし、そう言われたら流石に俺は拒絶しにくい、なのにそうしないんだなって。
「心を伴わない触れ合いを、強要するわけには」
「いや人工呼吸みたいなもんでしょ、この場合」
あんたの負担も軽くなるし、理に適っているなら選択肢としてはありなはずだけど、考えなかったのかと聞けばそういうのはダメだと真剣な声で返される。
「そんなことをしたら、俺は自分を許せない」
「男同士で触れ合いたくないとか、そういうんじゃなくって?」
単純な話だ、性的な触れ合いを目の前にして心が折れてしまう、求められたり応じたりすることに恐怖してしまうのは、勘違いからきたことだから体が拒否しているってこと。
そうなんじゃないかと聞けば、違うとこれまた自信満々に答えられる。
「おまえのことが好きだから、触れ合うなら幸せを感じてほしいし、義務的なのも事務的なのも独善的なのもいやだ」
なんだよ最初に全裸強要しただろと指摘したら、それもあるから余計に気を配ってるんだとムスッとした声で返される。
「絶好の機会を逃してまで、俺の隣にいることが大事?」
「そうだな、せめて隣に立つくらいは許されてもらえないと」
恐怖も怒りも恨みも、そういうマイナスの感情はせめてなしにしてほしいんだ、そうはっきり否定されると隅をつつくこともできないな。
「流石にもう恐がってはないって」
「でもなあ」
恐いと思っていたら崩落したときに置き去りにしてる、おまえの描く最悪の前提なんざとっくにクリアできてんすよ。思いあがらせるのはよくないとは思いつつも、まあ自分の名誉のためも含めて、このくらいは修正しておいてもいいだろうと考えた。
「じゃあ振り向いてもらえる、希望はある?」
「そこまでは知らねえ」
なんで勝算がある戦いだと考えられるのか、友達でいてほしいって何度も言ってるだろと返す、それが一番平和だっていうのは誰の目に見ても明らかでしょう。
とはいえ広い背中から降りない程度には許している、疲れてるからと言い訳したってどう足掻いてもその事実は変わりようがないわけで、これ以上つけ入る隙を与えるわけにはいかないなと自分を諌めるも、思い出されるのは陽キャの化身ことなぎこさんに以前に突っこまれたこと。
「わかりきってることを見ないふりしてない?」
そんなんじゃねえっす、別にたぶんそんなんじゃ。
清少納言さんを出すにあたって、現代っ子らしい言葉遣いとはなにか考えたんですけど、
下手なことやってお見苦しい文章を出すわけにいかなかったので、彼女には二人に発破をかける役に徹していただきました。
たぶん次回で第二部が終わるかなあと思ってます、終わらなかったらすみません。
2022/7/29 pixivより再掲