銀人間万事塞翁が馬・7

「デートってどういうもんだと思います?」
「それを俺に聞くのは間違いだと思わなかったのか?」
 まあいいじゃないかと取りなしてくれる相手も合わせて、気兼ねなく話しかけられる陽キャってあんたらくらいしか心当たりがなかったものでと返す。
「いいか俺はそんな青春真っ只中みたいな、素晴らしい経験など持ってないぞ」
 いっそなんらかの厄災に近しいものだ、あんまりなことで思い出したくもないと言い切るイアソンに、まあこちらも災害に近いもんだと思ってるんでそこをなんとかと繋ぐと、本当の災いならおまえは今頃もう骨と化してるわと頭を叩かれた。
「自慢か、俺のヘラクレスに対抗する気か」
「違いますって、というかヘラクレスは自慢だったんですか」
 当たり前だろギリシャ最強の男だぞと言い切るので、それはそのとおりだと思いますけど、今回の趣旨からは外れるんでと一言断る。
「きみのデート相手というと、例の聖騎士さまだろう?」
 なにか不満があるのかいと笑顔で聞いてくるバーソロミューに、いやそういうわけじゃなくって、あいつが連れて行ってくれる場所が非常に、なんだろう健全すぎると言いますか。
「公園とか、そういう場所ばっかなんすけど」
 今時の学生のほうがもうちょっと踏みこんだことしてないか、とか思ったりするんだけど、なにもないのは精神衛生的にも身体的にも文句ないんですけど、あいつ俺のことなんだと思ってるんだろうなと。
「前回のレイシフトが同じ編成だったんすけど、色々あって魔力切れ起こしちゃって」
 そこまで聞いておよそ内容が予想できたらしい相手が、そういう生々しい話なら聞かないぞと釘を刺してきたので、いや逆でなんも手出してこなかったんですよと返す。
「大事にされている証拠じゃないか」
「あーまあ、そうなんでしょうけど」
「なんだ、全裸で迫られるほうが好みだったか」
 その性癖は大分ヤバいなと言う相手の頭を引っ叩く。
 相手がマスターの半分くらいしかない年頃の子供なら、そんなもんかと微笑ましく受け止めたがそうじゃない。あいつもいい大人でしょう、なんでそう奥手に出られないといけないんだということで、色恋沙汰について色々と知ってそうな人に聞いてみたくなっただけだと返す。
「ならバーソロミューだけでよかっただろ、俺を面倒に巻きこむな」
「この人と二人きりで話とか、おそらく無理なんで」
「私はいくらでも、いつまでもお話したいけどね!」
 俺から見て右手の席に座ると譲らなかった相手には、別の意味で恐怖を覚えてるんだ、場を取り持つためイアソンにはなんとか居てほしくて半分くらい縋りついたわけで。
「そんなにいやなら早いとこフッたらいいだろ」
「その結果、あいつが全裸でボーダー内部を練り歩いて、あちこちでトラブってもいいんなら」
「被害を被る可能性がほぼない以上、知ったことじゃないね」
 いいんですか、いついかなる理由で起きるかわからない現象ですよ、あんたはそういう最悪なタイミングに居合わせることも多いでしょうに。
「人をトラブルメーカーのように言うな」
「実際そんなとこあるでしょう」
 相談する身のうえだろうが発言には気をつけろと叫ぶ相手に、とりあえず二人とも落ち着いたらどうかなと、合間を取り持ってくれるので溜息を一つ吐いて、どうしたらいいかわからないんですよと返す。
「あいつが友情を勘違いしてるなら、そうだって指摘して早いとこ逃げたかった」
 おそらく難しいと思うよと右手から返ってくる声に、なんでそう思うんですかと問い返せば、何度か話してみたところ彼は非常に実直な人物であると確信しているんだけど、そういう相手が持ち出した「誓い」というのは、ちょっとのことで覆されるものではないだろうと、わかりきっていた回答をくれる。
「あと話を聞く限り、きみのことはちゃんと愛していると確信している」
「そんなもん確信しないでください」
 騎士物語の最強の一角に愛されるなんて身の誉だろ、謹んで受けたらいいんじゃないかと突っつかれるので、あんたヘラクレスに愛されたら受け入れるんですかと逆に指摘すれば、そんな俗物的な妄想にあいつを巻きこむんじゃないと、冷淡な声と真顔で返された。
「状況的には似たようなもんでしょう」
「やめろ解釈違いだ」
 サバフェスの現地でサークルの島を吹っ飛ばそうとしかけたのを、アタランテたちに押さえこまれた過去を持つ男だぞ俺は、ならなんでそんな場所行ったんですか、絶対に抵触するようなブツがあるの予想できるだろ。
「連れて行かれたんだよ、自分の意思じゃない」
「行ってみると楽しいものなんだよ」
 素晴らしいメカクレに出会えるし楽しいイベントだと言う相手に、逸れてるんで話を戻したいんすけどいいかなと返す。
「ローランが俺をその、愛してるってのはどうして、そう思ったんです?」
「うん、私のメカクレに対する熱意に近しいものを感じ取ったから」
 深く刻みつけられた性癖はときに信仰にも繋がるんだよと語る海賊に、あんまり理解したくないんですけど、と少しだけ距離を取って返す。
「そうだな、好きなものが違っても好きなものに対する熱量を見ると、ああ同志だとわかるというような」
「あーなんかそれは、わかるかも?」
 お互いに推してる英雄が違っても、相手をどれほど尊敬してるかはなんとなく通じるときあるもんな。しかしこいつの性癖に近いとこと少なくとも同列に語れるっていうのは、本気度を突きつけられて恐ろしいところではある。
 知りたくなかったなあと沈む俺に対して、相手の感情がどうこうっていうのはこの際は問題じゃないだろとイアソンが指摘してくる。
「どういう意味っすか?」
「相手がどうこうじゃなく、おまえがその男にどんな感情を抱いているかが問題だ」
「俺がローランを好きになるとか、ありえないっしょ?」
 目を逸らして小声になりながら返すと、どうだろうなとその一点を攻めるように追撃してくる。
「相手から向けられる感情に絆されて、上手いこと振り切れなくて困ってる、そうなんじゃないか?」
 正面から指摘してきた相手に思わずだんまりを決めこむ。どんなプライドが邪魔してるのか知らないが、はっきりしない感情を抱えたまんま隣に居続けるのが気持ち悪いってことだろ、なら自覚すべきはおまえ自身だと改めて指摘されると、悔しいものの反論できねえ。
「乗りかかった船だ、解決する方法として特別に知恵を授けてやらんことはない」
 そんなことできんのかよと思ったものの、現状おまえには強すぎる薬を与えたほうがいいだろ、だからなと続いた言葉に絶句した後、しばしの間を置いてからたずねた。
「どうやってそんな都合いい展開、生み出すつもりなんすか?」

「貴殿はローランと言ったな」
 呼び止められた相手になにか用だろうかと問いかけると、いや大した用ではないが頼み事をしていいだろうかと、彼女は手にした籠から赤い実を取り出す。
「これをマンドリカルドへ届けてくれないか?」
 甘い香りの漂う林檎を三つほど渡されて、別に構わないけどなんでまたとたずねれば、知人が世話になっていてな、その礼というかお裾分けというやつだと返される。
「私が直接行けばいいのだろうが、別の約束があってな探してる時間がなかった」
 彼とは古いつき合いなのだろうと聞かれて、まあ色々あったがそうだと答える。
「なにか伝言はあるだろうか?」
「そうだな、アタランテが礼を言ってたと伝えてくれればわかるだろう」
 悪いなと言う彼女に、ご婦人の頼みなら断りはしないともとこちらも笑顔で返すと、そうかでは失礼すると一礼して立ち去っていった。
 凛とした佇まいの美しい女性だが、ネコ科らしき動物の耳と尻尾が揺れているのを見るに、なんらかの物語か伝説に語られた人なのだろう。まあ人ではないサーヴァントも多いこのカルデアにおいて、真っ当に話ができるタイプは稀有なほうかもしれない。
 さて頼まれたはいいものの、本人は部屋だろうかと歩き出してみると留守だった、特にオーダーに入っていたわけでもなかったし他の場所だろうかと歩き出してすぐ、あのと控えめに声をあげる探し人の声がした。
 人があまり通りかからないだろう窓際の一角で、マンドリカルドといかにも船乗りといった風貌の顔のいい男、確かバーソロミューと名乗っていた記憶がある、エキゾチックな美丈夫に抱き寄せられた想い人、というあんまりにもな光景に眩暈を起こしかける。
「うん、やっぱり素敵だよ」
「そうですか」
 とてもと微笑みを浮かべる相手に、そんなにいいものですかと聞き返しているマンドリカルドの表情は読み取れないが、振り切ってない以上いやがってるわけではないんだろうな。
 声をかけようとして伸ばしかけた手はそのまま、壁際に身を隠している自分がどうも情けない。邪魔したら悪いというわけではなく、単純にかけるべき言葉がみつからなかっただけだ。
 にこやかに言葉を続けている相手に、何度か返事をしているようだけど内容までは聞こえてこない、俺よりも心を許されているんだろうなという事実を突きつけられて、どうにも胸の奥が締めつけられるように痛む。
 友達は少なくないとマスターは言ってた、ライバルたる人物がいるかどうかまでは言葉を濁していたけど、いないとは言い切ってなかったもんな。それがまだ女性なら諦めもつきそうではあるものの、そうでないならばどうしてという疑問は持っても仕方ないだろ。
 いや疑問を挟むこと自体が間違っているのか、後から召喚されたのは自分のほうだし、他人の人間関係に口を挟む資格もない、優しい彼のことだ断られないだけで調子に乗ってはいけないってことはわかってる。
「もう少し近くで見ていいだろうか?」
「どうぞ」
 あんたの好みに合わせてるんでと答えるので、えっと驚きの声をあげるのを耐えて身を乗り出せば、黒い手袋をつけた手で彼の頬に触れ、元より近かった相手が顔を覗きこむように身を寄せられる。
 ダメだそれだけは、許せない。
「悪いが、そこまでにしてもらえるだろうか」
 伸ばされていた男の手を掴んで彼から引き剥がす、思っていた以上に低い声が出たが構ってはいられない、向き合った男は少し驚いた顔をしていたものだが、対するマンドリカルドはいったん後ろを向いて俺の顔を確認し、なにか反論しかけたのをやめた。
「あなたには前に話したから、知っていると思っていたんだけどな」
「彼を愛してることなら、もちろん承知しているとも」
 わかっていてなぜと視線で問い返せば、悪属性の者もここには多くいるし、なにより私は海賊だから欲する物は横取りするかもしれない、そういう危険性は常に頭に入れておくべきだと男は薄らと笑みを浮かべて告げられる。
 引き剥がした相手を掴んだまま間に入るよう一歩前に出れば、そう警戒されなくとも大丈夫だよとあくまでもにこやかに、きみのナイトは望外に愛してくれてるだろと背後のマンドリカルドに向け笑いかけてくる。
「なにが大丈夫なんだ?」
「ああは言ったものの、私は早々に人のものに手を出すほど見境がないわけじゃないってことさ。詳しくは彼に聞いてみるといい」
 そういうことで邪魔者は大人しく退散するよ、ではまたと一礼して立ち去っていく相手を見送り、しばらく無言のままだったものの背後にかばったまんまだった相手から、あのと控えめな声をかけられた。
「怒ってます?」
「別に怒ってるわけじゃ」
 いや全身から不機嫌だって出てるんで、別に言ってくれてもいいんですよと視線を逸らして返すすので、正直とても嫉妬していると答えればだろうなと苦笑気味に言われるので、そんなわかりやすいかと聞けば嘘はつけねえっすねと指摘される。
「別にあんたが心配するような間柄じゃないから」
「でもさっき」
 友達と呼べるような距離じゃなかった、勘違いするなって言うほうが難しいくらいに、そうつぶやくと目を伏せたままあいつの好みって知ってるかと聞かれる。
「はあいや、前に聞いたけど前髪がどうとか?」
 正確には目を隠す形の髪型だったり衣装を身につけた人が好みなんだとか、そんなピンポイントな奴いるかと首を傾げると、身近な例だとマシュとかが該当するんだけどと言われてそうかと納得はできるけど、それとおまえになんの関わりがあると問い返せば、いやだからメカクレが好きなんですってばと繰り返される。
「俺もほら前髪はそこそこ長いんで、下ろせばあいつの好みの範囲に入るわけ」
 こんなかんじと普段より長めに髪をかけて見せてくれる、好みに合わせたっていうのはそういう、確かに姿としてはそうなんだろうけど、それだけ?
「いやまあ、俺がちょっと頼みごとしまして、お礼なにがいいかって聞いたら、前髪を下ろしてくれって言うから」
「でもさっきキスしようとしただろ」
「それはあの、前髪に隠れた目が見たいってんで」
 いい具合の角度でのぞきこんだ相手とマンドリカルドの後ろ姿から、いかにも恋人の触れ合いに見えたけど、実際はそんなわけねえだろと呆れたように吐き出すので、しばし無言で向き合う。
「ああいう優男のほうが好み?」
「いや、男じゃねえっすか」
 せめて女性に対して言ってくれって指摘されるが、おまえが女性相手に遅れを取るようには思えないと返せば、ここの人には手玉に取られるイメージしかねえだろとつぶやくので、俺のほう見て答えてくれないかと声をかけてみるも、外された視線は戻らない。
「いやだ」
「どうして?」
 別にあんたの勘違いでやましいことないんで、それでよくないかと横を通り抜けようとした相手の腕を掴みその場に押し留める。
「離せ」
「心配ないっていうんなら俺を見てくれ、頼むから」
 いやだと首を振る相手を俺と向き合うように捕まえれば、ビクッとわかりやすく体が跳ねた。
「まだ俺のことは恐い?」
「そういうんじゃ、なくって」
 でもなにかに怯えてるだろ、バーソロミューの腕を掴んだとき一瞬だけ向けられた視線が揺れていた、怒りに似た感情に塗り潰されていてその場では反応しなかったものの、驚きでなかったことはわかる。
 やましいことはないんならどうして目を背けたままなんだ、嘘がないんならちゃんとそう言ってくれたらいいのに、なにか隠してる?
 やっぱり俺のことは信用ならない、突き放してくれないのはきみの優しさからか、それとも他に理由があるのか。どれだけ頭の中を探してみても仕方ない、燃えあがった火はただでは収まらない。
「マンドリカルド好きだ」
「やめろ」
 頑なに視線を合わせてくれない相手に縋りつくように、両手を握り締めて嘘でも狂気でもなく、本気なんだと告げてもまだ首を振る。
 それは友情じゃあダメか、一番の友達って枠じゃおまえは満足しないのか、そんな問いかけに無理だなと断言する。
 そんな関係で満足できるならとっくに止まっているんだ。
「信じてくれ、きみのことを愛してる」
「もういい、やめてくれ!」
 真っ赤に染まった頬と同じくらいに充血した瞳から、こぼれ落ちそうなほど大粒の涙があふれてきていた。

「おまえ、一回バーソロミューに口説かれろ」
 急な展開に言葉もなく思わず黙りこむ俺に向けて、いいか受け身でいるだけじゃダメだぞと無視して続ける。
「ローランの目の前でできるだけ濃密にだ、そこで相手の出方を見てから今後を決めたらいい、なに濃密にとは言ったが深いことまでは求めない」
「おい待て、深いことってなんだ!」
「聞く以上はやるんだな?」
 いやお断りします、というか他人を巻き添えにするんじゃねえと返すと、私は構わないよと右手から笑顔で返ってきた。
「なんでそんな苦行を自ら買って出るんです?」
「きみがもう少し前髪を下ろしてくれるなら、喜んで協力するとも」
「それは意味合いが違ってきません?」
「悪巧みには利害の一致が大事だ、前髪で乗ってくれるなら安いもんだろうが」
 ちょっと待ってくれ前髪は安くないぞと返すバーソロミューを無視し、ここまでしてやって降りるとか言ったりしないなと念押ししてくる相手を、拒絶できるほど自己が強ければなあと思う。
「それで、口説かれたあとはどうするんすか?」
「相手の感情はどうでもいい、どうせ他人に迫られてると思って嫉妬するか、怒りしかないだろうからな、その場の自分の感情を優先して考えてみろ」
 友達でいたいならいっそ潔くその場でフッてやれ、はっきりしないからこそ相手はアタックを続ける、おまえが白黒つけない限り止まれない、そういう性質だろあれは。
「珍しいね、あなたがそこまで他人の問題に踏み入れるなんて」
「別に好意でやってるわけじゃないぞ、俺に関与しないなら勝手にやってろと思う」
 だが問題のほうが近づいてきたんならもうしょうがないだろ、さっさと片づけて手を引くのが一番だと言い切る相手に、そんな情けねえっすかとたずねるとそうだな、俺が言うまでもなく最高に間抜けな姿だと指摘される。
「そんな体たらくだ、このお節介が多いカルデアじゃ何人かには指摘されてんだろ、自分の胸に手を当てて考えてみろってな」
 それでもまだ目を背けるというのなら、もう強硬手段しか手はないだろ。
「どうやってそんな都合のいい展開、生み出すつもりなんすか?」
 相手がおまえに会いに行く口実を作ればいい、ことを起こすタイミングと場所さえ決めればあとはどうにかなる。
「どうにかって」
「収まるべき場所に落ち着くだろ、どうせ」
 なら最短距離で早々にゴールテープを切ってしまえ、終わりの手前で足踏みしてるからこそ周りはあれこれ口を出すそれがいやなら終わらせろ、いいな。

 その結果がこれかよと、仕組んだ相手を恨む。
 目の前に立つ相手の顔が直視できないまま、目の奥と頭がくらむのが止まらない、どうしようもないまま押し黙っていると、ごめんなと静かな声で謝られる。
「そんな、泣かせたかったわけじゃないんだ」
 別に泣いてないと喉を震わせて返せば、そんな顔で言われても説得力ないぞと呆れた口調で目元を拭われるので、うるさいとつぶやく。
「そんな、泣くほどいやか?」
 違うと首を振ればじゃあなんで泣いてるんだと問いかけてくるので、おまえのせいだと嗚咽混じりに返すしかない。
「やっぱり、俺が嫌いで」
「逆だから困ってんだよ!」
 感情のまま叫んだ自分の声と言葉の意味を、頭の中で反芻してからやってしまったと顔に集まった熱が更にあがるのを感じる。
「逆ってそれは、あの」
 俺とは遅れて意味を理解したらしいローランが、か細い声でなにか言おうとするけれどうまく言葉にならず、非常に弱った表情をしているので別に好きだとも言ってないとつけ加える。
「そ、それもそうか」
 目の前で困惑したように立ち尽くす相手に軽く溜息を吐いて、慰めるんならもうちょっとどうにかしろと文句をつけると、そんなこと言われてもとオロオロしている相手を前に、伸ばされかけたまま行き場を失っていた手を取る。
「とりあえず、俺の部屋で話しません?」
 そう声をかけるとわかったと手を引かれるままうつむきがちに歩き出す、部屋までそんな遠くなかったのと先に人払いをしてくれたらしく、特に誰かとすれ違うこともなく辿り着く。
 ロックを外してドアを開けて招き入れると遠慮がちに踏み入れる、そんなとこ突っ立ってないでこっち来いよと招いてやれば、いいのかと入り口近くから一歩近づくので、なんで肝心なときに踏み入れて来ないんだと呆れるしかない。
「いやどうすればいいか、戸惑ってるんだよ」  惚れた弱みだとか言われたって構わない、実際そのとおりだと開き直るローランに対して、そうかよと呆れた口調で返す。
「悪かったな、こんなことして」
 えっと不思議そうな顔をする相手にまず謝れば、いやバーソロミューが言ってたでしょ理由なら俺に聞けって、と指摘したら思い出したかのようにそういえばなんかあったなとつぶやく。
「すみません、仕込みました」
 事の経緯を途切れつつも話して聞かせると、そんなことがとつぶやき、えっじゃあアタランテさんはと言うので、たぶんギリシャ側の誰かが手を回してくれたんでしょと差し出された林檎を受け取る、知らせに走って来たことを考えるにたぶんアキレウスが噛んでるんだろう。
「そんな大事になってたのか」
「全部おまえのせいだ」
 なにもかも最初っからそうだ。こんなことで注目されたくなかったし、気を使われることもしたくなかった、なにより自分と向き合う時間が多すぎてどうにかなりそうで。
 真っ直ぐに向けられると困るんだ、おまえの純粋な好意も愛情も俺にとっては重荷になる、そんな情を傾けて丁寧に接してもらうほど、自分は素晴らしいものじゃないとわかっている。
「俺に、おまえから愛される資格が、あるわけないだろ」
「なんでそんなこと」
「そう思わないと流される」
 おまえが純粋に向けてくれる好意は熱すぎるくらいに真っ直ぐで、振り解くのが難しい。迷惑だけど、ビックリするくらい正反対だけど、でも嬉しかったんだ。
 嬉しいなってことに気づきたくなかった、見て見ぬふりをしたかった、そうしないと求められる手にうまく応えてやれない自分がいやになる。
 相応しい人物じゃないことにいくらでも理由は述べられるけど、その隣に立つには役不足だ、ありえないだろうって何度も繰り返してきたけど。
「そんなことはないぞ」
 少し謙遜がすぎるけど、きみのことはやっぱり好きだ。なんてことのないように笑顔で、キザったらしくない優しい顔で言うのはズルいなと思う。
「あんまり、人前でこんな、触れ合うのは苦手っす」
「そうだろうな」
 いったん目を逸らしてそうつぶやく。
「たぶん、可愛げのあることも言えないし、してやれない」
「そんなことはないと思うけど」
 いや野郎に求めることじゃないでしょ、とかくお姫さまみたいな扱いで喜べるほどの可愛さは持ち合わせてない。
「情に絆されるような、踏ん張りの効かない奴ですよ?」
「口説き落としたって前向きに考える」
 そうっすか、そうきますか。
「きみがなにを言おうとも、俺が手を引くことはないぞ」
「だろうな、止まってくれるならとっくに終わってる」
 なら潔く降参すべきだ、でもその前にもう一つだけ。
「本当にその身を捧げるのに相応しい相手だって、言えますか?」
 改めて相手と向き合ってその青い目に向けて問いかけると、真剣な顔でもちろんだともと静かな声で返される。
 即答するよなこいつなら、そう思った直後に向き合っていた相手は部屋の床に跪き、恭しく手を取り微笑まれる。
「どうか許されるなら、その身を俺に預けてはくれないか?」
「預けてもいいんすけど、あのな、俺はあんま自己肯定感とか高くないんで、ちょっとでもよそ見したら離れて行くからな」
 だから手を離さないって約束できるなら、任せてもいいぞ。
「この身この魂をかけて、きみに誓おう」
 不安な気持ちを抱かないように差し伸べられた手は離さない、決してきみを一人にはしない、きみの全てに応えるために全霊を賭けようと触れた手の甲へキスを落とす。
「あとからやっぱ勘違いでした、は受けつけないからな」
「そんなに信用ならないか」
 だって簡単に魅了に引っかかるので心配にはなりますよ、そうでなくってもここには傾国と称されるほどの美女もいるわけですし、そりゃ美人なほうがいいよなって思っても仕方ないでしょ。
「一応、好きな相手には一途だと思ってるんだけど」
「自分で言ってて虚しくねえの」
 そこを指摘されるとなと困ったようにつぶやくので、まあ実際そのとおりではあると思うけどさと返す。
「ローランちょっと」
 どうしたと首を傾げる相手を手招きし、不思議そうに身を寄せる彼の頬を包むように手で触れて、先ほど誓いを立てた唇に自分のものを重ねる。
 軽く重ねたときに小さくリップ音が響くものの、それ以上でも以下でもない。子供のような触れ合いだったけれど、せめて約束するんならこれくらいはしておけよと目の前で返すと、見る間に真っ赤に染まる相手の顔を見て思わず吹き出す。
「ちょっ、なんで笑って」
「いや、思ったより情けない顔してんなって」
 そりゃきみが悪いだろこんな急に、こんなことするなと叫ぶローランは、さっきまでの自信に満ちた顔はどうしたんだってくらい変わりない。
「まあその、こんなことができる程度には、あんたのことは好きです」
「そ、そうか」
 ならよかったと照れたように笑い、押し潰さない程度の力で抱きしめられた。

「というわけで、無事に交際を認められました」
 ことの経緯を掻い摘んで話すのを聞いていたマスターは、結局押し切っちゃったのかと感想をつぶやく。
「すみません、絆されてしまって」
「うーん、まあ二人がいいならわたしからはなにも」
 せっかく和解できた奇跡的な邂逅なんだから、めいいっぱい幸せになればいいんじゃないと話す少女に、もちろんそのつもりだと返せば浮かれ回ってて心配っすと溜息混じりに返された。
「俺としては、あんまり公にされるのは、ちょっと」
「ならわたしにも言いに来る必要なかったんじゃ」
「いやマスターには色々とご迷惑をかけましたし、最低限のご報告は伝えておくべきかと思いまして」
 照れてるだけなんだ可愛いよなと告げると、そういうのをやめろって言ってんだよと厳しく睨みつけられた。
「まあ、見てのとおりちょっと浮かれ気味なんで、変なとこでポカしねえか気をつけておかないとダメだな、っていう忠告も兼ねて」
 浮かれるのは仕方ないだろ、だって正面からアプローチして受け入れてくれた愛しの人だぞと言えば、だからそういうことを軽々しく口にするなって言ってんだよと頭を叩かれた。
「理性は繋がってるはずなんですけど、こう手綱を握っておかないと今にも暴れ出しそうな気配がある、というか」
「今に始まったことでもないけどね」
 それこそ食堂での公開告白から今でしょ、この姿を見る限り察しのいい人には気づかれてるんじゃないという指摘に、溜息を一つ吐き可能な限り内密にいたいです、恥ずかしいのでと小声になりながら答える。
「まあきみがそう言うなら、それに従うまでだ」
「完全に尻に敷してない?」
「そんなつもりはねえんっすけど」
 まあマンドリカルドが手綱を握ってくれるならまだ安全かなとつぶやくと、頭の端に入れておくねと彼女は笑う。
「この世界で受け止められるだけ、全部の祝福を受けろ!」
「了解した!」
「えっと、ありがとうございます」

「で、ハッピーエンドだって?」
「いや、どうなんでしょう?」
 知らん俺に聞くなといやそうに語るイアソンに、最後に焚きつけたのはあんたでしょと指摘したら、いいや知らないね勝手にやってろと首を振る。
「流されんなよって、注意したのに」
 じゃあ止めなきゃよかったと言うアキレウスに、いやあのままの流れだとたぶんこじれてたと思うんでと返すと、勢いで押し切れるならそっちのが話は早いだろと平然と言うので、もう少しムードを大事にしたほうがいいんじゃないかなとバーソロミューが苦言をつけている。
「ま終わりよければ全てよしってことだろ、あんたがいいなら他人は口出ししねえよ」
「まあしばらくは、公にする気はないって言ってるんですけど」
 あんたたちは共犯なんで、結果くらいは伝えておくべきかなと思ったと言えば、それなら二度と俺に恋愛相談を持ちこまないと約束しろと返すので、わかりましたよもう言いませんからと約束を交わす。
「おや噂をすれば、みたいだよ」
 どういうことだと顔をあげるよりも先に、マンドリカルド居るかと大声で手を振る話の当人が走り寄って来た。
「どうした?」
「今、時間あるか?」
「あるけど、どうした?」
 実は会わせたい人がいるんだといい笑顔で告げ、すまないが少し借りて行っていいだろうかと言い切るより先に、全然構わないからさっさと連れ出せとイアソンが手を振って答えるので、おまえなあと溜息を吐きながらもじゃあ俺はこれで失礼しますと三人に別れを告げる。
 呼びに来た相手は召喚ルームに向けて歩き出すので、今度は誰が来たんだと聞けば会えばわかると意地悪く笑う。
「あの、ロジェロとかなら流石に、ちょっと心の準備がほしいっていうか」
「違う違う、ブラダマンテはちょっと残念がってたけどな」
 ということは十二勇士の誰かなのは確実だろうな、こいつが率先して会わせたいって言うくらいなら誰だろ、オリヴィエとかかな、俺は面識ないはずなんだけど。 「すまない遅れた!」
「遅いぞローラン」
 これでも急いだんだけどなと言うアストルフォと、すっかり王が待ちくたびれてますよと腰に手を当てるブラダマンテの奥に、白いマントを身につけた見覚えのないサーヴァントが一人立っている。
「本当にローランも召喚されてるんだな」
 迷惑かけてたりしないかとマスターにたずねるので、まあ初日から色々とあったよと言葉を濁して答えるのに、なにかを察したらしい男は俺からもよく言って聞かせるからと苦笑した。
 召喚されたばかりの割に、全身から出てくる王属性のオーラと隣でちゃっかり跪いて挨拶をする騎士の姿に、これは前情報なしで会ってはいけない人だったのではないかと、いやな予感が脳裏を過ぎる。
「そちらさんは初めましてかな、俺はシャルルマーニュ、セイバークラスのサーヴァントだ」
 よろしくと笑顔を向けてくる相手を前に、思わず表情筋が凍りつく。
「えっと、あの俺は」
「彼はマンドリカルド、まあ名前くらいは知ってるよな? 今生においては俺の最愛の人だ」
「そうか、えっ?」
 えっと再度疑問に満ちた声が響くも、だから一番に紹介しないといけないと思ってさといい笑顔で続ける男に対して、いや待ってどういうことだと混乱してるらしい彼等の王さまと、水を打ったように静まり返る周囲の皆さんの視線を浴び、錆びついたように体が軋む音を立てつつも隣にいる相手の胸倉を掴む。
「ローラン!」
 黙ってろって言ったよな俺、そうするって約束したよな、違うか?
「いやだって、紹介しなきゃいけない相手じゃ」
「だからって今じゃねえだろバカ!」
「そうだよ、今じゃないよねローラン」
「ええ、いやちょっと待ってくれマスター令呪は」
 赤く輝く令呪と共に足に強烈な刺激を受け崩れ落ちる相手に、本当なんでこんな奴を受け入れたんだろうなと溜息を吐く。
 どうせ明日にはカルデア中に知れ渡ってるだろう、そう考えると頭痛がしてくるが、今更かそうだよな。
「待って待ってごめんってば」
「うるせえ、しばらく口聞かねえからな!」

あとがき
というわけで、塞翁が馬の落着です。
告白受け入れるとこを書くのに、めちゃくちゃ時間かかりました。
最終的にシャルルマーニュの召喚で締めようと思ってたので、なんとか王さまが呼べてよかったです。
長編におつき合いくださってありがとうございました。
一応完結のつもりで書いてるんですけど、個人的に二人の初夜は見てみたいので、続編が出た場合はたぶん年齢制限が入るかなと。
2022/8/1 pixivより再掲
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