人間万事塞翁が馬・5

 器用な手つきでナイフを滑らせて林檎を切ってくれる相手に、思わず笑みがこぼれるが、看病も見舞いも不要な愚患者だぞと医神は釘を刺してくる。
「いやまあ、ブリリアドーロが蹴らなければ、医務室送りにならなかったので」
「大した怪我ではない」
 心配するほど容態も悪くないかすり傷に近いものだった、文字どおり馬鹿につける薬はないということだなんて言い切られても、自分のせいで怪我した相手ですから顔くらい見にきますよと返している。
「これも別に、見舞いに行きますって言ったら、ブーディカさんに持たされただけなんで」
「そういうことをするとつけあがるぞ」
 皮ごと出しても怒らない手合いだと言われて、剥いてくれるっていうんなら素直にもらうさと笑顔で返す。
「ほら見ろ、すでにつけあがっているよく気をつけるんだな」
 俺はもう工房に戻るから後は騒がしくするな、なにかあれば容赦なく首を掻き切れと物騒な言葉を置き土産にして、部屋を出て行った相手を目で追って、あれでカルデアの医療チーム任せてて大丈夫なのかと聞き返す。
「もう一人、病気を治すためなら相手を殺しても治療するっていう、バーサーカーがいるんすけど」
「なるほど、元からぶっ飛んでるわけだな」
 でも治療の腕は確かなのでと言いながら、剥き終わった林檎を乗せた皿を渡される。
「なにこれ」
「どこから見ても林檎でしょ」
 苦手でしたと聞かれて、いやそうじゃなくってなんか変わった剥きかたしてないと聞けば、あっやべとぼそりとつぶやく。
「すんません、子供系のサーヴァントとか、アストルフォとか喜んでくれるんで、つい」
「そこに含まれるのか、あいつ」
 ウサギの耳だという赤い皮が残った形は確かに可愛いけど、器用なことするなと返して一つ摘むと、味は変わらないんですけどねと相手も一個取りあげて口に運ぶ。 「そういえば、おまえ剣を持てないっていう制約があるけど、ナイフは大丈夫なんだな」
「殺傷能力は確かにあるんだろうけど、これっていわば日常の道具でしょ」
 こういう物の使用まで禁じたら色々と詰みますって、武器としての性質を持つ物に限定してですよ、誓いが発動するのは。
「でなきゃハサミとか剃刀とかも握れなくなるんで」
「それもそうか」
 甘酸っぱい林檎を食べつつ怪我の具合とかどうですと聞かれたので、医療神の言葉のとおり心配されるような深手じゃないぞと返す。
「馬の脚力って殺傷能力が高いんですよ」
「サーヴァントだし、怪我で済むんじゃないか」
「いや俺の一部みたいなとこあるんで、対サーヴァントでも充分に傷はつけられると思う」
 だからまあ、今回に関してはあんたの頑丈さで無事だったってだけです、普通の奴だったら蹴り殺されてても不思議じゃない。
「だから本当にツイてるなって」
「そうか」
 まあ俺としても心配して彼が見舞いにまで来てくれたから、本当にツイてると言っていい、愛馬様々である。
「なんかふにゃっとした顔してるけど、心配以外の他意はないからな」
「なんだよ、心配してくれるのが嬉しいんだろ」
 そうですかと言うと、溜息を吐いてやっぱ来なかったらよかったなんてつぶやく。
「なんでだよ、心配だったんだろ」
「いや決闘に勝ったほうが病室送りって、意味わかんねえでしょ」
 しかも原因が馬に蹴られたからだなんて始末に負えない、せめて俺の一太刀であってほしかったと言うので、格好はつかないよな二人ともと返す。
「アストルフォにめちゃくちゃ笑われた」
「そりゃそうでしょ」
 アキレウスと合わせてとにかく落ち着けるのに苦労したんだぞこっちは、あんなに暴れ回ったのは記憶にある限り、あんたから奪い取ったときだけだ。
「なら、あいつはいい主人に恵まれたってことだ」
「なんだそれ」
 ライダーの霊基に合うからってわけじゃなくって、俺よりもあんたとの縁を選んだってこと、それだけ気に入られてるんだよブリリアドーロに。
「これからも大事にしてやってくれよ」
「言われなくても」
 そっちは心配いらないなと笑顔で返されるので、今後ともよろしくしてくれるだろうと信頼がおける相手だ。しかも今は俺の思い人である、あまりに縁ある存在で喜ばしいことなんだけど、基本的にこちらのアピールに対しては取り合ってくれないのは悩ましい。
「それじゃ俺はこのへんで」
「帰っちゃうのか?」
 予定があるんでと言われてしまえば、それなら仕方ないかと納得するより他なく、じゃあまたなと手を振ると、本当に元気だなと苦笑いを残して戻っていった。
「おっすローラン元気?」
 マンドリカルドと入れ替わりでやって来たアストルフォ、今日はセイバーらしい、彼に元気だぞと言うと本当に頑丈だよねと感心したように返される。
「誰かお見舞い来てくれたの?」
「そうなんだマンドリカルドが、っておい人が貰った物を食べるな」
 いいじゃん、あんまり放置してると色変わっちゃうし、早めに食べないと可哀想だよと言いながら遠慮なく口に運ぶ。
「そういえばおまえはウサギ林檎にしたら喜ぶって、言われてたけど」
「うん、だって可愛いじゃん?」
 可愛いは正義って言うくらいだし、誰かが喜ぶんだったらいいでしょと笑顔で返されると、確かにそうだなとは思う。
「子供系のサーヴァントと同じ扱いでよかったのか?」
「なんだよ、マスター直伝の切りかただぞ」
 文句を言うならもらっちゃうけどいいのと言われて、それはダメだと最後の一匹を救出した。
「そういえば、接触禁止令はなくなったんだね」
「当分は様子見だってマスターから言われて、まあ令呪の縛りは消えてないんだけど」
 あの足の痺れは慣れそうにないし、恋愛トラブル以外でも全裸になった瞬間にも発動すると脅されているので、気をつけているんだぞこれでも。
 そして問題の関係については俺が一方的にアタックを続けている状態だ、まあ結果は馬耳東風もいいとこなんだけど、完全にフラれてないから大丈夫と言い聞かせている。
「よし、今度デートに誘ってみるか!」
「どこ行くの?」
「シュミレーター使って、マスターの故郷でも歩いてみようかと」
 フランスとかじゃなくていいのとたずねる相手に、見たことない場所に行ってみたいって言ってたし、あんまりどちらかの関わりある場所に行くのはなあと返すと、それもそっかと納得したようにつぶやく。
「だったらさ、ローランも服を変えて行きなよ」
 オシャレは大事だよ見た目の印象で人は決まるんだからさと言われても、パッといい印象を与えそうな服が思いつかないんだけど、現代の日本でいつもの騎士風の装束は浮くでしょと指摘されてしまった。
「シュミレーターとはいえ、やっぱり場の雰囲気あるし」
「それもそうか」
 どんな服装でどんな場所に行こうかそんな話をしていて、しばらくしてアストルフォが口の端を吊りあげて笑い、今すっごい楽しいと思ってるでしょと指摘してきた。
「わかるか?」
「うん、恋してるときの顔だなって」
 こうなった以上はきみのこと応援するけどさ、飛ばしすぎない程度にね。

 船旅は結構好きだったりする、馬とは違う景色はやっぱり心もちが変わってくるっていうか、同じ移動であってもなんかワクワクするから。ストームボーダーの内部なら広い窓がある場所がいい、たとえそこに広がっているのが虚無に満ちた空間であろうとも、空があるだけでも気分は違う。
 窓辺に腰かけて白い月を眺めながら考えているのは、真昼が似合う騎士のこと。
 無邪気な笑顔とあまりにも真っ直ぐすぎる言葉を向ける相手は、眩しいくらい完成されているようで、僅かに持ち合わせた欠点を含めても、どっちかというと好ましい人物なのは認める。
 陽キャではあるけど目を覆わなければいけない眩しさではないんだ、振り返りたくない過去を置き去りにできれば案外と普通だった、けどその先は問題になってくる。  太陽を見あげることができても、それに触れてみたいなんて思う奴はほとんどいないだろ、でも相手が手を差し伸べてきたらどうしたらいい。
「お兄さんそこ好きだよね」
 よく見かけると声をかけて来た相手に、どうもと軽く挨拶すればちょっと失礼するねと隣に腰かけてきた。
「なんか用ですか?」
「いや、ただの暇潰し」
 一応は船内の見回りの業務中なんだけど、何事もないしちょっとどこかで暇でも潰そうかと思ってて、ついでに聞いてみたいこともあったんだと相手はへらりと笑って返す。
「ちょっと前に召喚された、騎士のサーヴァントいるでしょ」
「ローランのことっすか?」
「そうそう、あんた初日とその翌週に揉め事起こして色々とあって、あの後なんか上手く収まったって聞いたんだけど、無理とかしてない?」
 争いの芽は先んじて潰しておくのが僕の主義だから、世間話くらいの気軽さでいいからちょっと聞かせてくれないかなと言う斎藤さんに、別に無理してるってわけじゃないっすよと返す。
「敵との恋はやめたほうがいいってんなら、ローランに言ってくださいよ」
「いやあの人は自分が信じたこと一直線に貫いちゃうタイプでしょ、耳を貸してくれないんじゃ言うだけ無駄ってね」
 それでどうなのと聞かれて、まあ個人的にはいい友達くらいで収めたいところなんですけどねと答える。
「そうなんだ、相手は親父さんの仇だって聞いたけど?」
「暇潰しの割にしっかり調べてるんすね」
 うるさい上司がついてるからね、先んじて色々と探りは入れてから聞きこみはしますよ、情報って大事でしょと悪い笑みを浮かべる相手に、これは誤魔化したら長引くパターンだな、厄介な人に捕まった今日はツイてないらしい。
「恨みなんて言っていいんですかね」
 別に晴らさないといけないほど深いものじゃないんですよ、俺の物語がそういうものだっただけ。そして決闘の決着だってもうついたわけだし、今後は割と普通に接することができると思う。
「普通にねえ」
「なんか含みある言いかたしますね」
「日本では親の仇ってのは、かなりまずい関係なんだよな」
 そりゃもう根の深いもので心配でと言われても、正々堂々といって負けた以上はこちらにその気はもうない。ほとんど残ってない恨みに加えて、生前に残したままだった喉に刺さった魚の骨ほどのわだかまりを解いた以上、サーヴァント同士もう対等につき合っていこうと思っている。
「お相手さん、あんたに惚れてるそうですけど?」
「あいつは恋に焦がれてるタイプでしょ、だから本当に気の迷いというか、目を覚ませばややこしいことになりませんって」
 これは正直、本音が半分で願望が半分だった。あいつが嘘をついてないのはわかってる、だがなんだろうイマイチちょっと信じられてないというか、違和感があるというか、とかくどうしたものかと迷っている。
 派手な奴なんでいつもなら距離を取っておきたいとこではあるけど、まあ悪い奴じゃないのは知ってんですと上部を取り繕って言えば、へえとまたも含みありそうな声で返事をするもんで、なにかあるんですか内心ヒヤヒヤしながら聞き返す。
「ああいやね、人の感情ってのは一筋縄でいかないのを見てきたから」
 きみの願いどおりにいくなんて限らないと思うんだわ、そのあたりは自分でもよくわかってるんじゃないの、と笑顔で返されて思わず言葉が詰まる。
「相手が本気だと勘づいたからこそ友達って存在に収まりたいと願ってる、きみ自身に彼をフルだけの胆力がないから、別の人に惚れてもらったほうが好都合だとか思ってたり」
 違うかいと指摘する相手に無言を貫けば、そういう関係も否定しないけどさ、もうちょっと素直に自分に向き合ってもいいんじゃないの、なんて思っちゃうわけと続ける。
 こっちを見透かしたような発言にうまく返すことができない、元より口の立つほうじゃねえってのは置いておいて、正直なとこちょっと苦手だなと思ってしまう。 「あんたみたいに小器用に生きれるタイプじゃないんで、不器用なりに解決策を考えてるんです」
「なら正面からはっきりフってやれ、それが誠意ってもんでしょ」
 自明の解決方法を取らないのは相手を思ってじゃなく我が身可愛さだ、と冷たく突き放す言いかたで真理を突いてくる相手に、徐々に心が締めつけられてくる。視線を逸らしたまま無言を貫くしかない俺に、偉そうなこと言ってるなとは思うのよと優しい声色に戻った彼は言う。
「捻くれてたり素直になれなかったがために、大事なもの落っことしてどうにもならなくなった、なんて困るでしょ?」
 若い子にそういう後悔をさせたくないなんていう老婆心よ、お節介なのはわかってるんだけどねと言う相手に、あなたの見た目でそんなこと言われるとちょっと混乱するんですけどと返す。
「俺とそんな歳変わらなそうなのに」
「ええ嘘でしょ、僕ときみがタメなわけなくない?」
 三臨の姿でようやく変わらないくらいじゃないのと聞いてくる相手に、青の着物姿のとき何歳くらいなんですかとたずねてみると、少なくとも二十代前半くらいかなと言うので、いや俺のが年食ってますよと答える。
「嘘だあ、きみどう見ても平素のはじめちゃんより若いよ」
「いや、三十は超えてると思うんですけど」
 全盛期的にはその年齢のはずだけど、肉体や精神がはっきりしないのは、生身の人間じゃなく物語に基づく存在だからってのはあるんじゃないかと思う、年月を重ねて作られた肉体っていう実像がない以上、幻想に近くなってもしょうがないかと。
「なるほどねえ、物語の人物ってのは確かに年取る姿がおぼろなとこあるわ」
 子供から大人になんていう急激な変化でもなければ、最初に結んだ人物像のまんま十年近くイメージする姿が変わってないこともザラに起きる。
「単純に肉体の全盛期ってことじゃないの?」
「どうでしょ、まあどのみち一回は死んだ身のうえですし」
 それはそうだ、僕らはそれなりの人生を終えた身のうえだから、それぞれに人生で背負ったり経験してきたものはある。だからまあ出過ぎた真似してるって自覚はあるんで、耳半分に聞いといてと苦笑混じりに言う。
「とはいえきみが直面してる問題を見過ごすわけにもいかなかったのよ」
 カルデア内の秩序を維持してる立場でもあるし、これは職業病としてね。マスターちゃんも色々と心配してるみたいだし、騎士さまのほうは言葉が通じているようで、なんか大事なところで齟齬が生まれそうなお人だし。
「正直に言うと友達の関係に収めるのは僕としては大賛成、一番害が少ないからね」
 ただそのあとで後悔がなければの話、きみなんか迷ってるんでしょと指摘されて今度は俺が苦笑を返すしかない。
「そんなわかりやすいですか?」
「人の顔色をうかがう役目が多かったからね」
 なに迷ってるか知らないけど、早々と結論を出してしまうのはよろしくないんじゃない、時間はあるんだしゆっくり悩めばいいさ。
「それ、経緯次第ではあいつとくっつくのもアリってことすか?」
「当人同士が納得してるなら」
 押し切られないように気をつけなよと言われて、そのつもりでいますよと答えるものの、とはいえきみも流されそうなタイプに見えちゃうんだよねと苦い顔で返される。
「ああいや、ローランなら流石に拒否できますよ」
「そう? どうにもなりそうにないときは、早めに誰かに相談しなよ」
 意外と力になってくれるもんでしょと言う相手に、確かにそうでしたと返す。まあでも頑張ってどうにかしてみますと答えると、無理しない程度にしときなよ首突っこんだ結果、引っ張りこまれたとかシャレにならねえんだからと恐ろしいことを言い残して、相手は見回りに戻っていった。

「デートのお誘いだ!」
「急に来て言うことか」
 なんだよデートって、おまえと俺でなにをしろってんだと言えば、いや飯食ってその辺をブラブラするだけだぞとめちゃくちゃ健全な回答が返ってきた。
「だからそんな格好なんすか?」
「アストルフォの見立てなんだけど、変か?」
 いや流石に相手のことをよく知ってるだけあって似合っている。Vネックの白いタンクトップに濃紺のシャツを羽織って、下は少し細身の黒いデニムに白い合皮のスニーカーと、ラフではあるけど綺麗めにも映る服装を嫌味なく着こなしてやがる。
「おまえの夏霊衣の隣でも、これなら浮かないだろうって言われて」
「確かに並んでても違和感ないでしょうけど」
 シュミレーター使ってこの格好で少し歩いてみないかと言われて、まあそれならと了承したらやったと目の前で軽くガッツポーズをした。
「じゃあ準備できるまで待ってるな」
「わかったけど、一回食堂に寄って行くかんじか?」
「昼食はもう用意してある」
 これなと提げていたカバンを差し出し、二人分の弁当持って来たんだ、凝った物じゃないからあんまり期待はしないでくれなと恥ずかしそうに頬を染めるので、準備までしてくれて文句は言いませんよと返す。
 そしてここまでされて、断れる俺でもないんだよな。
 しかし男二人でデートもなんもねえんじゃないか、ただ普通に遊びに行くだけなような、まあいいか深い意味はなさそうだったしと夏に使った霊衣に着替えて、待たせていた相手と合流すれば行こうぜと隣を行く相手に続く。
「ちなみに現代なのはわかったんすけど、具体的にはどこへ行くつもりなんですか?」
「日本だ、マスターの故郷に行ってみたいって言ってただろ?」
 覚えてたんだなと考えつつ、とはいえ土地勘のない二人で歩いて大丈夫なんだろうかと心配にもなる、まあ迷ったとしてもどうにかなりそうなところはあるけど、大丈夫だ一応は地図も貰ったと言うので、じゃあ案内は頼みますよと自信満々の相手に告げる。
「おう任せておけ!」
 いい笑顔の相手がシュミレーターを起動して、飛ばされた先は赤いレンガ造りの巨大な建物の前に居た、どこだここと聞くと東京の入り口に初められるようにお願いしたはず、なんだけどと返される。
「なるほど東京駅っすか」
 周りの背の高いビル群に囲まれてもなお都市の顔として機能している駅舎について、ちなみに電車って動いてるんですかねと聞いてみると、一応は動いてるみたいだぞと返ってきた。
「マジっすか、動力もバカにならねえのに」
「まあ、指定しているエリア外には降りれないらしいけど」
 消費魔力は最小限にしつつ街を充分に楽しめる仕様だって、迷う心配は減るものの見知らぬ街を探索する楽しみは少し減ってしまうのが難点ではあるけど、なら次は違うエリアに行こうなと笑顔で告げてくる。
「東京を歩いてみたいっていうサーヴァントの需要は高いから、そこそこ細部まで作りこんでて面白いって聞いたぞ」
「へえ」
 動き出した電車の窓から流れていく街の姿に、こんなかんじなんだと感動する。まがりなりにもライダーの霊基を持つ者だから移動速度だけを考えれば、自分で走ったほうが早いとこもあるんだろうけど、まあ頼れるもんは利用させてもらおう。
 というか俺以上に目を輝かせてるローランに、そんなこと言うのもなんか夢を壊しそうだし。
「どこまで乗るんだ」
「えっとな、原宿だって」
 ああ陽キャの街だなと気が重くなるものの、行き先としちゃ間違っちゃいないのかと思い直す、デートだって言われて連れ出されたんだもんな。
「なんか広い公園があるらしいから、そこでピクニックしてから街を歩いてみようかと」
「なるほど」
 マジで想像以上に健全なコースで行くんだな、いや不満があるわけじゃないしむしろ気が楽ではあるけど、つい先日は殺し合いした相手とシュミレーターでやることにしては、あまりにも平和すぎないか。
 電車の機械アナウンスが目的地を告げるので、行こうと手を取られて歩き出す相手に、いくらなんでも男二人で手を繋いで歩くのはこう絵面がよくないだろと、握りこまれてた手を離してもらう、すまん浮かれてたと顔を赤く染める相手に、別に逃げやしないんでと告げて隣を変わらずついて歩く。
「なんつうか、急に距離を詰められんの苦手で」
「俺だからってわけじゃなく?」
「違うって、なんか心臓に悪いんだよ」
 マスターとハイタッチするのも最初はおっかなビックリだったんだ、距離の近い友達とは無縁だったもんで余計に、なんていうんだパーソナルスペースの違い?
「急にじゃなかったらいいのか?」
「そういう問題じゃねえ」
 でもデートだぞと言う相手に、いや俺はただ野郎と遊びに来ただけっすと切り返す。
「そういうことしたいなら、他に相手を探してください」
「おまえじゃないと意味がないんだって」
 なあちょっとだけカルデア内部では我慢してたんだからさとお願いされ、どうしたものかと宙を仰ぐ、まあ人目を避けてくれたのはありがたいので、ここは少し折れてやってもいいだろうか。
「本当にちょっとだけだぞ」
 自分より大きな手の中から親指の部分だけ軽く握ってみると顔色が変わった、これも繋いでるの内に入るんだな嬉しそうでなにより。
 よっしじゃあ今度こそ行くぞと歩き出す相手に引かれて、駅から出て通りにおりると暖かい日差しに包まれた原宿の街があった。マスターがかつて遊びに行ってた所はこんな街なんだなと思いつつ、反対方面へ迷いなく歩いていく発案者は現代って面白いなと言う。
「俺が生きてた時代と比べると建物とか、そういうの全然違うもんな」
 国が違うとかいうレベルじゃないな、使われてる材質からもう全然違うし都市の構造もそもそも変わってる、こんなチャンスでもなければ踏むことのなかった場所だ。 「あくまでもシュミレーターだけどな」
「いいじゃないか雰囲気が楽しめれば」
 そう話す相手はしっかり現代に溶けこんでいるように映る、服装の違いが大きく出てるんだろうけど、元から顔がいいんだよなあ。暑くも寒くもない季節に合わせてくれたおかげで、吹いてくる緩やかな風が心地いい。
「話には聞いてたけど、こんな場所に公園があるってなんか意外だな」
「確かに」
 思った以上に広い公園の中を歩いて行くと、芝生の広場があったのでこの辺で昼食にしようかと声をかけられた。事前に用意してたレジャーシートを敷き持ってきた荷物を広げていく、ずいぶん大きなカバンだとは思っていたけど、水筒と弁当箱の大きさを見て納得した、そういえばこいつそこそこ大食漢なんだった。
 弁当箱の蓋を開けると具材のたっぷり詰まったサンドイッチが並ぶ、簡単な物で悪いなと言う相手にピクニックって意味じゃ正しいでしょと返す。
「こういうの好きっすよ、気負わなくていいのも楽でいいし」
「そう言ってくれるんなら作ったかいがあったぞ」
「おまえが作ったのか?」
「一人で全部できたらよかったけど、まあ色々と手伝ってもらって」
 厨房にいたバーゲストに相談したところ、そういうことであればお力になりましょうという頼もしい言葉と共に、難しい調理をせずに済む弁当をと教えてくれたという。
「ガウェインさんじゃなくって、よかったっすね」
 あの人だったらたぶん中身がポテトサラダになってた、きらいじゃないけど出される量を考えるとな、そういう意味じゃバーゲストさんには本当に感謝しかない、野菜と肉でかなりボリュームはあるが美味しいサンドイッチをいただく。
「料理とかあんましないんすか?」
「多少はできるけど、お世辞にも自慢できるほど上手いってわけじゃないかな」
「同じだ」
 普通はそうなんすよ、厨房の人たちが桁違いに上手いからしゃしゃり出る必要がないっていうか、俺ごときが手を出すのは申しわけない気分になるから、手が足りないときに手伝うことくらいしかできない。
「林檎は剥くの上手かっただろ」
「いや下ごしらえレベルじゃねえか」
 そんなくだらない会話をしながら昼食を食べ進める、具材のバリエーションもあるから飽きがこないし、気持ちいいくらいの食べっぷりを見せる相手と冷えたお茶が美味い。
「そういえばこの公園って桜も有名らしいけど、なんで春にしなかったんすか?」
「ああ単純に、人が増えそうだったから」
 今日は別に貸切ってわけじゃないんだな、エリア分けこそしてあるもののサーヴァントが何人かいるんだよと、今更ながら教えてくれる。
「先に言えよ」
「言ったら手繋いでくれないだろ!」
「当たり前だ」
 うわ恥ずかしい、誰かに目撃されたりしてないといいんだけど、俺はともかくこいつ目立つからな、ああでも繋いでたというよりは指持ってただけだし、気づかれてないといいな。
 確かに桜にしたら、こんな広い公園だと花見客であふれるってことか。そこは考えてくれたんだなと溜息を吐くと、いやブラダマンテから指摘されてやめたという、人混みになったらマンドリカルド王はたぶんとても萎縮されるし、リラックスした雰囲気でお話なんてできませんよと。
「見舞いに来てくれたのは嬉しかったけどさ。正直に言うと、恐いと思われてたのがショックだったんだよ」
 決着がついて色々とよくなったと言われても、なにか引き金となってぶり返すことがないとも言えない、それと自分の感情のトリガーを握らせたのを申しわけなく思っているというか、今もそこは変わってないわけだが。
「まずはじっくり距離を詰めるのが大切かと思って、信頼というか、安心感っていうのかそういうのを持ってもらいたい」
 お互い気の置けない存在になってこそ対等になれたって言えるだろ、とはいえ一気に距離を詰めすぎるなということで、まずは遊びに誘ってみるのがいいかと。
 あとその霊衣って夏服なんだろ、気候的に初夏くらいがいいんじゃないかって、迷惑だったかと心配そうにのぞきこんでくる相手に、いいや段階を踏んでくれるのはありがたいっすよと返す。
「とはいえ改めて俺と話したいことなんて、あるか?」
「色々あるだろ」
 話すだけでも時間が足りないと豪快に笑う相手に、そうかと首を傾げつつ残っていたサンドイッチをかじる。
「なんで俺に構うんです」
「好きだからだけど?」
 ど直球に告げられるのでいったん視線を逸らして、お茶を飲んでビックリしている心臓を落ち着ける。微笑みと合わせてそういうこと言うのはよくない、これだから素で顔のいい奴はズルいよな、なんてことない一言で急に息の根を止めてくる。
「だから前も言ったけど、理由がわかんねえっていうか」
「運命を感じたんだよなあ」
 その運命を感じた瞬間がわかんねえんだってば、まさかとは思うが全裸許諾が引き金になってないだろと聞けば、あれは嬉しかったし同時に下心がなかったとは言わないが。
 その一言で思わず距離を取ると待ってくれ違うんだと、慌てたように言い募る。
「すまん頼むから引くな、イケるなと確信したのは本当だけど」
「最低を更新してるぞ」
 やめろ近づくな貞操の危機を覚えたあの日と違って、今日はギリシャの大英雄はいねえんだよ、それを言うなら今日は酔ってないしまだ脱いでもないぞと必死に反論するが、すっげえ聞き捨てならねえな。
「外で脱ぐのはガチの変態だから、やったら通報もんだぞ」
「悪いなすでに前科がある!」
「自慢げに言うな!」
 こいつ本当に聖騎士を名乗っていいのか、現代だと警察にお世話になる確率のほうが高いような奴だけど、そこも含めて英雄だと言われてしまったらそこまでだけど。
 そうだデザートもあるぞと言う相手に、こいつ逃げたなと思ったものの深追いするのは諦める、もうなんか真面目な話に戻せる空気でもない。
 これと取り出した少し小さなタッパーにはウサギ形の林檎が入っていたので、気に入ったのかとたずねてみると可愛いは正義だってアストルフォに言われたという。
「なんか意味ちがくないか」
「そうなのか?」
 可愛いのは認めるけど方向性がちょっと違うというか、いいけどさ。二人して林檎を摘んで口に運ぶ間、これを披露した相手の顔を思い出しておぼろに浮かんでた不安が口をついて出る。
「俺って可愛げとかないと思うけど、あんたはいいのか?」
 一緒に居て楽しいかと聞き返してみるといい笑顔でもちろんと返ってくる、そこまでは予想できなかったわけじゃない。
「おまえは、眩しかったんだよな」
「はあ?」
 なにがと聞き返すも、いやこっちの話だったなとまたも誤魔化されてしまうので、あのさと意を決して踏みこもうとした瞬間、現代の東京に似合わない巨大なモンスターの咆哮が響きわたる。
「エネミー設置してたんですか?」
「まさか、散策のつもりだったから完全に予定外だけど」
 ごめん間違って飛龍種のモンスターを配置しちゃったという通信に、こちらでどうにかすると答えているローランに対して、なるほどこれが話の途中に割りこんでくるワイバーンかあと思った。

あとがき
ということで中休みのデート回でした。
こいつは東京には何度か行ってますが、代々木公園には立ち寄ったことがないので正確な規模とかわかってないです、すみません。
あと、おまえ斎藤一を出したかったんだろと思ったかた、そのとおりです。
出したいサーヴァントは結構いるんで、今だいけるぞと思った人を選出してます。
色々な人たちを出したいので、許してください。
2022/7/6 pixivより再掲
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