人間万事塞翁が馬・4

「ローランとの決闘に、なんかしら決着をつけたいんです」
 完全に俺の自己満足でしかないんですけど、よろしければ協力いただけませんかと頭をさげると、二人の騎士は笑顔でもちろんと返してくれた。
「あんまりな結末だったよね、あれは」
「はい、なんとも答えづらいんですが」
「まあ俺も悪いとこあるんで、あいつ一人がどうこうってわけじゃないんすけど」
 過去の因縁に固執しないと決めたのは、かつての自分のことを顧みて反省したからに加えて、サーヴァントという身分を加味してのことだ。
 だからローランとはいい意味で距離をもって接するつもりでいた、もう終わってる過去の事情にマスターを巻きこむわけにいかないから、その割り切りは正しい判断だったと思いますとブラダマンテは言う。
「けど、あいつはそうじゃない」
「そうですね」
「コロッと堕ちちゃったよね」
 これってもしかして僕にも原因あるのかなと首を傾げるアストルフォに、たらればの話になっちまうんで、なってしまったことで受け止めるしかないんですけどと返す。
「だけど色々と考えてみて、過去のことを放置しておくのはやっぱ無理だなって」
 正直なところ仇討ちする理由はもうないんだけど、白黒つけておかないと心の中にある穴が埋まってくれないっていうか、居心地が悪いというか。
「そこんとこ正して初めて、真っ当に向き合える気がして」
 ただ現状もうフェアな状況じゃなくなってる、一対一の果たし合いは受けてくれる気がしない、なら戦闘の流れの中でどうにか対等に渡り合えるようにするしかないと。
「それで私たちの力を貸してほしいということですか」
 マスターに相談したところチーム戦を提案された、ならあいつを援護できる二人がそばにいるのがいいと思ったんだけど。
「いえ、私はマンドリカルド王と共に戦います!」
 なんでと聞き返すと、彼を鼓舞するという意味では私がそちらについたほうが効果があると思います、それに王を守る騎士が一人いたほうがいいでしょうと笑顔で返される。
「そんな大層なもんじゃ」
「いえ此度はあなたが大将首でしょう、なら堂々と胸を張ってください」
「じゃあ僕はローランと同じチームだね」
 負けないぞと笑顔で言うアストルフォに、それはこっちもそうなんでと言い返し、じゃあ敵陣営だし今後の作戦は秘密だね笑って立ち去っていった彼を見送り、こちらも協力してくださるかたを探しましょうと言うブラダマンテと向き直る。
「しかしローランの弱みをつけるとはいえ、戦力として侮ることはできませんね」
「そうっすね、あいつは存在するだけで反則みたいなとこあるし」
 それに加えてアストルフォの機動力を考えると、力押しだけで突破するのは難しいかもしれません、となれば無力化または弱体化できるような能力を持つキャスターか、せめて軍略に明るいかたを味方に引き入れたいところだけど。
 カルデアの戦力を考えれば該当しそうな相手は思い浮かぶものの、関係者でもない人たちが個人的な決闘に力を貸してくれるものだろうか。こういうときパッと協力者が出てくるほど、顔が広いわけでもないしな。
「シェイクスピアさんはローランに興味があるようでしたが」
「あの人か、でも今は無理なんじゃないっすかね」
 自分が部屋から出てきたのと入れ替わるように引きこもったと聞いている、作家系のサーヴァントはいつものことなので、たぶん締切に追われてそれどころじゃないんだと思う、そして一度引きこもると意地でも出てこないのが彼らでもある。
「ではイアソンさんなどは?」
「確かに人をまとめるのは上手いけど、あの人は絶対こういうとき力貸してくれないんで」
 相手がローランだって聞いたらすっごい顔するだろうな、あんなものにヘラクレスなしで挑むだと馬鹿かおまえは、とか言うだろなんか想像つく。
「マンドリカルド王は、元は協力を頼むつもりだったんですか?」
「あーそうっすね、最初は金時さんに声かけようかと思ってて」
 猛攻を突破するだけの反則級の力の持ち主だし、あと事情を話せば力になってくれそうだったのもある。あとは後方支援できるアーチャーの誰かを味方に引き入れて、中央を突破するのがいいかと思ってたんだけど。
「金時さんを前衛にして、私が王を守りながら中央を突くというのはありだと思います」
「いやでも最終手段にしたほうがいいっすよ、一点突破って辿り着けないと意味ないわけだし」
 俺がもうちょっとライダーとして能力が高ければ一気に詰めれたんだろうけど、これもやっぱりたらればの話だからな。実戦用のシュミレーターの地図を広げて、どうしたもんかなと話を詰めていたところ、なんか面白そうなことしてるねと声をかけられた。
「ヘクトールさま!」
 二人ほぼ同時に揃った声に朗らかな笑顔で応え、後輩二人がなんか難しそうな顔してるからね、無視できなくなっちゃったのよと隣に腰を下ろして地図を見る。
「よかったらおじさんが力になろうか?」
「え、いや、それはとてもありがたいんですけど、しかし!」
 こんな個人的な理由でヘクトールさまが力を貸してくださるって、しかも俺が仕えてもらう側でしょ、無理っすよ恐れ多くて。
「いいのいいの、たまには実戦に出ないと勘も鈍るし」
 君たちの役に立てるんなら上々ってこと、それともクラス相性的にまずいかなとたずねられ、そんなことはありませんと思わず返していた、ここは是非ともお願いしましょうと目を輝かせるブラダマンテの手前、断るなんて選択肢は消えた。
「勝ちに行こうじゃない」

 実はマスターに嘘をついていた。
 戦場のマンドリカルドを見なくていいのかって聞かれたとき、見たことがあるからいいって言ったけど、本当は違うんだ。昔の思い出だけで済むならいいけど、かつての殺意を向けられるのが恐かったんだ。許されるとも許してほしいとも言わないけれど、それでも頭で考える理由と恐怖は別問題だから。
 愛しい人が自分に向ける殺気を帯びた目は、ただフラれるよりよっぽど堪えるんだぞ。
 シュミレーターの設定で現れた遮蔽物の少ない平原、その中央で睨む大将を前に体が強張るのを感じる。
「なあマスター、こっち本当に大丈夫か?」
 戦う前から戦意喪失気味のリーダーに頭抱えるしかないんだけど、と真っ白になってる俺を揺さぶってくる二名のライダーに今はやめてくれと静かな声で返すしかない。
「アキレウスがついてるなら、どうにかなるんじゃない?」
「露払いで全員轢き殺せばいいのか?」
「そんな簡単にいく?」
 あっちはチームワーク万全だよ、絶対になんか企んでるってと言うアストルフォの声を受けて、確かに一筋縄では行かないだろうなとデュランダルを手に、落ち着きを取り戻すため深呼吸をする。
 今回に関しては宝具は自信に繋がらない、なにせ同じ物というか原典が相手側にあるわけだし。
「五分後に開戦だから、それぞれ所定の位置について」
 マスターの指示に従って三人揃って移動する間に、もう一回確認だぞとアキレウスが先程言ったとおりの手順を語る、前線に自分が出向き露払いを行う、アストルフォは敵の撹乱と遊撃に徹し、暇があれば俺のサポートも行う、そして自分は二人が切り開いた活路を行き敵の大将を狙う。
「こっちに機動力がある分、あっちは守りに徹しながら徐々に進行してくるだろ。問題はあのおっさんがどんな罠を仕掛けてくるか、だけど」
 どの道狙うのは大将首だ、まず守りを引き剥がしてそれぞれの連携を崩すと言う相手に、それがいいなと答える。
「大将か」
 対峙する因果を恨むものの、なんとなくこうなるような気がしていたのは否定しない。彼が決闘を望むなら俺に出来るのは全力で応えることだ、それでいいはずなんだ。
「緊張してる?」
「いやうん、まあな」
 俺のこと嫌いならこんなことしなくっても、そう言ってくれたらよかったのに。
「違うって本当にただのケジメだって」
「ごちゃごちゃ考えるのは後にしな、始まるぜ?」
 シュミレーター内に開戦を告げる音が鳴り響き、それじゃ行くかと戦車に乗ったアキレウスが走り出す。
「じゃ、僕は空からだね」
 四方には気を配っておくからローランもとにかく中央から攻めてと言った直後に、あれっと声が止まる。
 前線に出てきたのは王を護る騎士ではなかった、高らかに戦場に響く馬の鳴き声と一騎討ちの姿勢を見せるマンドリカルドに、真っ先に駆けて行ったライダーが笑う。
「いい度胸じゃねえか、大将自らが前線にお出ましとは!」
 それじゃ遠慮なく狩らせてもらうぜと、高く掲げた槍を手に速度をあげるアキレウスを前に、一歩も引くことなく正面から攻撃を受けに行く。
「へえ?」
「力押しで薙ぎ倒されるほど、貧弱でもねえんで」
 でもその木刀で耐えれるのかと殺気立った声で笑う男の背中越しに、熱に焼かれた殺意に溢れた横顔が見えた、血に植えた狼じみた表情に震えた理由はなんだろう、とにかく僕は援護に回るよと走り出したアストルフォの後を追い、自分も前線に向けて踏み出したすぐあとで直感的な危険を悟る。
「アストルフォ退がれ!」
「はい? ちょっとちょっと」
 なんでと聞く相手を無視して足首を掴むと俺の背後に放り投げると、上空に向けて剣を構えて、降って沸いた極槍に真正面から受けて立つ。重く強い一撃だけど耐えきれないってほどじゃない、はずだ。
「うっそお、初手で宝具使ってくる?」
 地面に転んだ相手が叫ぶ、あれが注目を集める行動だったのは間違いない、けどそれだけで説明できない程度に視線が中央に集まった、ということはあっちは陽動でこっちが本命の。
「取った!」
 いつの間にか横から迫って来ていたブラダマンテに、攻撃をいなしきれてなかった俺は対応できない、後ろですっ転んだアストルフォが飛び出しなんとか剣で受け止めたが、体勢が悪く二人揃って吹っ飛ばされていった。
「無事か」
「おう!」
 ならヨシと返して攻撃の相応のダメージを追いつつカバーに入ろうと振り返ると、よそ見していいのかいと背後に寄る気配に剣を構える。
「おまえさんいいよ、勘が冴えてる」
 運がよければ一人は持っていけると思ったんだけど、上手くいかないもんだねえと刺さった槍を引き抜き構え直すヘクトールさまに、こうして戦場で合間見えるとはと笑みを向ける。
「しかしおじさんの宝具受けてもまだ平気とは、恐れ入るねえ」
 金剛体ってのは伊達じゃないらしいそう口にする相手に、お褒めに預かり光栄ですと返せば、いやだね無敵持ってる敵ってのはと言いながら槍を振るうので間合いを取って反転攻撃に応じる。
 刃がぶつかり甲高い金属音が鳴る、初めての手応えだがそれも当然、普通は二つとないはずの物が同時に存在しているんだ、でも実際に自分に向けられているのはデュランダルのかつての姿。
 切っ先を向けられることに血が煮える、喜びに似た感情だ。
「あまい!」
「はいよっ!」
 剣撃を軽くぬってかわし、長い間合いから再度繰り出される攻撃を避けて距離を取る、目の前にいる槍兵に食ってかかる俺の背後に迫るもう一人には、こちら側の騎士が応戦できる問題ない、進め。
「ここまでだね」
「えっ」
 おじさんのお仕事はここまで、こっから先はあいつの出番よと言うと地を蹴って飛び後退する。
「な、待って」
 逃げるのかと言いかけたが、響く聞き覚えのある馬のいななきに足が止まる。
 神話に謳われる英雄の追跡を振り切って、戦場を駆け抜けた王は爛々と俺の首を狙ってきた。

「敵は少なくともライダーとセイバーか」
「相手の三人目が見えませんが」
 不確定要素はしょうがないよ、誰が来たとしてもこっちのやるべきことは一つだ。
「俺がローランまでたどり着いて、決着をつける」
「そのとおり、だから敵さんとしちゃまず最初に考えるのは対象を守る布陣でしょ」
 だからこっちは反対に前線に出るのはマンドリカルドがいい、おじさんたちの中で一番敵に当たるスピードが早いからね、そうやって注目を集めてもらう。
「大丈夫でしょうか、あまり序盤で消耗すると危険では?」
「動揺を誘うだけだから小競り合い程度でいいのよ、敵さんの注目を一身に集めてもらっている間に、俺とブラダマンテは敵の陣に奇襲をかける」
 おじさんの宝具を使えば流石の金剛体だって無事ではいられないでしょ、そのための時間稼ぎをお願いしたいけど、いけると聞かれてできますと即答する。
「うまくいけば一人くらい持ってけるかもだけど、それは運がよければね。おじさんの宝具は目眩しみたいなもんだから、その合間にブラダマンテはもう一人を取り押さえて戦力を拡散する」
 最初の衝突から早めに見切りをつけ、前線を突っ切りローランの場所まで走り抜け本戦に入る、問題はどこでローランが本気になるかだ。
 あいつの琴線に触れた後どんな行動に出るかが見えない、バーサーカーではないんだから、手がつけられないほど狂うことはないと思うんだけどなと言うけど、実際どうなんだろう、戦意喪失か怒りに触れるのか。
「正直なところ、戦意を失ったあいつに勝っても嬉しくないんですけど」
 それなら狂ったとしても怒りの剣に薙ぎ倒されたほうがましだ、とはいえ煽りすぎて霊基に異常が生じてもまた問題だし。
「しかしローランも生粋の武人です、戦場において早々に戦意を失うことなど」
「そう思いたいんですけど、狂ったのは本当なんで、なにが出るかは本当に出たとこ勝負じゃないかと」
 最終手段としてマスターの令呪は残されているものの、これはマジで最後の手段なので、とにかく決着をつけるか、最悪でも俺たちの手で取り押さえるのがいい。
「気にしなくっていいんじゃない、狂ってもサーヴァントだし、自分のプライドだとか感情だとか、そんなものを戦場で優先してたら痛い目を見るよってのは、学んだほうがいいでしょ」
 痛い目を見て初めて気づくんなら、目を覚ましてやるのに冷や水かけてやればいい。きみもそれが望むところなんでしょ。
「大丈夫です、いざとなればこの身を盾にしてでもお守りしますので!」
「そんな守ってもらわなきゃならないほど貧弱でもないっす」
「しかし、倒れられると負けなので!」
「まあ、おじさんたちが援護するから遠慮なくぶちかましてきたらいいよ」
 勝って祝杯あげようねと言うヘクトールさまに、はいとまた二人揃って返事を返せば、少なくとも連携だけは取れそうだねと笑ってくれた。

 ヘクトールさまの宝具が相手をしっかり捕らえたのを確認し、そろそろ合図があるころかと顔をあげると同時に対面していた相手も同じ方向を見た。
「派手にかましてきたな」
「そっちが引っかかってくれたのは、ラッキーすけど」
 大将を守りに行かなくていいんですかと聞けば、俺は前線を蹴散らすのが仕事だからあっちはあっちでどうにかすんだろ、と取りつく島もなく答えられる。
「目の前にいる大将首を取り逃すほど優しくねえんだわ」
 槍を向ける相手とは距離がある、とはいえアキレウスにすれば間合いとして充分だろう、遮蔽物もなにもない上に死ぬ気でかかって来いという英雄を前に、できることはなにか。
 真っ直ぐに向かってくる槍に木刀に合わせると、刃が突き刺さったのでならばと手を離して重心のズレた槍の柄を踏んで乗りあげる。
「てめっ」
 振り払う力と飛び上がる力を加えて彼の背後の更に遠くに着地すると同時に、愛馬を呼び出し全てを振り払うように駆け出す。待てという声が聞こえた、なんとしても今ここで稼いだ距離のアドバンテージを失うな、一瞬でも気を緩めれば間違いなく追いつかれる、そうしたら俺にあいつを止めるだけの余力はない。
 ヘクトールさまが振るう槍の光が見えた、戦いの中心地まであと少し、絶対に追いつかれてなるものか。
 一瞬こちらに視線をくれた、察した相手が後退して背後に迫る切っ先へ向けて槍を振るうのを見て、駆けるスピードをあげた。
 見えた敵将の首は正面に、剣を振りあげて狙い打つ。
「いくぞローラン!」
 我が仇敵よ覚悟しろと声をかければ、青い眼に少し残っていた迷いの色をかき消して、取り替えたばかりの木刀から全力で放つ一刀を受け止められる。
「くうっ」
 当たりこそしなかったが表情は苦い、流石に宝具を受け止めた後のダメージが残っているんだ、作っていただいた好機だ逃すわけにはいかない。馬から降りて地に足をつけ体勢を整えて間合いを詰めて二撃目を振るうも、それもまた簡単に受け止めて後退する相手になぜ退くと檄を飛ばす。
「全力でかかって来い!」
 そうでないと意味がないと言いながら懐に入って相手の首を狙えば、抜き身の剣で弾かれて今度は俺が背後に退く、とはいえ打ち合いを繰り返すその足は引けている、甘く見られているその事実に腹が立つ。
「なんで、きみは」
「決着をつけたいって、言っただろ」
 それだけだと叫ぶと同時に距離を詰める、殺す気でいくと言ったのは嘘じゃない。立派な騎士でなくとも剣に誓いを立てた身だ、舐めてかかられては困る、たとえ持っているのが木刀だとしても。攻めるべきか迷う相手の剣にまだわずかに残った迷いに舌打ちをし、いい加減にしろと叫ぶ。
「決闘を挑まれて、逃げるような奴の首はいらねえ!」
「俺は逃げてなど」
「いいや、俺なんていくらでも叩っ切れるのに、そうしてねえんだろ、見りゃわかるんだよ!」
 それなら、てめえは名もない一兵卒としてこのまま死ね。
 全力で振りかぶった剣を片手で受け止められる、いくら刃がついてないからって渾身の力で振った攻撃を素手で掴んで止めるなよ、馬鹿力もいい加減にしろってもんだ。だが受け止めた木刀を逸らしながら俺を睨む目にすでに迷いはなく、怒りと戦意と織り交ぜた燃えあげる顔に気が良くなってハッと笑い返すが、相手の表情は変わらなかった。
 騎士たらんとする澄まし顔ではない、敵を殲滅するための殺気立ったそれに、やる気になったか遅えよと心の中でつぶやく。握る剣を振るう所作は美しく力強い、本当にどこまでもいけ好かねえ奴で、輝く聖剣がよく似合う。
 ああ堂々として勇ましい、恨めしいほどに輝かしい騎士だった。鍔迫り合いを繰り返すほどに徐々に押されているのがわかる、出し惜しみしていても仕方ない、相手が壊れずの絶世であろうとも関係ない、俺にだってとっておきがある。
 万端に溜まった魔力を全て注ぎこんで放つ俺の宝具、我が誓い。
「駆けろブリリアドーロ!」
 再び現れた愛馬の背に乗り高濃度の魔力を手にした得物に集中させる、ここまで来て負けるわけにはいかない。
 虹の彼方にて光を放て、絶世なくとも幻想は我が手に!
「付帯剣の誓い!」
 避けることなく真正面から受けるローランの剣が共に輝く、宝具かよと思ったものの構わず押し切るしかない。僅かであろうとも腹を括った幻想が、本物を超えていくことを祈ってぶつかる、同じ名を冠した物同士の打ち合いで負けるわけには。
 異変に気づいたのはどちらが先だったのか、剣の同士が触れ合う箇所ではなく木刀の中程から軋んだ音が鳴る、あっと声をあげるより早く、枯れ木が砕かれるように一気にえぐり取られた、その一瞬を突き相手の切っ先が俺を捉える。
 なんだよ知ってたのか、仮初の刀身には絶世と同じ力はあっても耐久性なんてないってこと、だから力押しで使えばすぐ消耗する。
 足技でもって地面に勢いよく引き倒されて抵抗を奪った状態で剣を向けられる、手にした得物を突き立てられることはなく、全身を震わせながら無言で見下ろしてくる相手の顔を見て、手にしていた木刀の残骸を捨てた。
「俺の負けっすね」
 降参です、お見事でした。
 勝利者にそう返すと、あっと声をあげて剣を取り落とし膝から崩れ落ちたので、ちょっとしっかりしろよと相手を受け止める。
「勝った?」
「そうっすよ」
 よくやったもんです、まさか片手で受け止めたときには気づいてたんすか、ちょうどあんたが掴んだあたりから折れましたけど。
「俺な、別に」
 おまえを殺す気はなかったんだ本当だぞ、そうつぶやくローランにそうっすかと返す。
「まあ死んでないんで、気にしませんし、俺が言い出したことだし、だからさ」
 勝った本人が泣くのはやめてくれませんか、みんな心配してるっすよ。

「うわあ、ローラン泣いちゃった?」
 これは想定外と相手のこと抱きとめながら、集まってきた出撃メンバーとマスターに対して、苦笑するしかない。
「勝敗は決まったんだよね?」
「そうっすね俺の負けです」
 なんでローランのほうが泣いてるのとマスターに聞かれて、そっとしておいてやってくれますかと返す。
「すんません、ちょっと二人で話させてもらっていいすか?」
 いいよという返事をもらって、ローランを連れ出すことはできそうにないので全員が離れた場所に移動していった。静かに涙を流していた相手の背を撫でて落ち着いてくるのを待っていると、ややあってから静かな声であのなと声をかけられる。
「俺のこと嫌いなら、はっきりそう言ってくれていいんだぜ?」
 フラれることには慣れてるんだ、だからと涙混じりに言葉を続けようとする相手に、いやそういうつもりで呼び出したんじゃないでとキッパリ返す。
「でも、殺す気だったんだろ?」
 テンション狂ってたときのことは、あんま引っ張り出さないでくださいよと相手の背中を見つめながら返すと、でもあれが本心なんだろと引っこみかけた涙が戻ってくる音がした。
「本当に決着つけたかっただけなんだって」
 元からある程度は距離をおくつもりだった相手からこんな近づかれてしまって、どうしたらいいかわからなくなって。でもその距離を取りたい理由は、自分の触れたくない過去の因縁が大きい。
「俺としちゃ思い出したくないしできるだけ目を逸らしてたい、でもあんた真っ直ぐに来るから、直視するしかないっていうかさ」
「やっぱり、引きずってるんだな」
 そりゃ引きずるでしょ、でも中には自分の責任である部分もあるし、過去と今の己は同じでも違うんだって証明がほしかっただけ。
「だから自己満足なんすよ、完全に」
 決闘の結末がほしいなんて我儘でしかない、勝っても負けても大して差はなかったんだ、そりゃ負けたかったわけじゃないけど、勝てたとしても自分の終わっている物語はなんにも変わりやしない。
 でも少なくとも、これであんたが飛び越えようとした溝を俺のほうも埋めれたっていうか、やっぱ本気のローランって男はすごいんだなって痛感したというか、デュランダルを持つ者ってのはこうであるべきだと思った。
「よかったっすよ殺気にあふれた顔、あれで向き合ってくれてたら、あんたの記憶はもうちょっとまともだったかもしれないのに」
「そっか」
 でも二度とごめんだ好きな人を自分の手で殺すっていう選択は、よほど追い詰められないとできないと言うので、できたじゃないすかと返せばあれはきみのせいだぞとぼやく。
「聖騎士たるローランを、その辺の雑兵と数えられるわけにはいかないんだ」
「やっぱ、あんたプライドは一人前だな」
 そりゃ誰だって自分のこと覚えられないのはいやだろ、特に好きだと告げた相手になんとも思われないのは辛い、嫌われるよりもずっと辛いと返され本気なのかと聞き返す。
「俺は本気だ」
 ようやく顔をあげた相手が正面切って言い張るので、ええと困惑した声しか返せない。
「正直に言うと今も疑ってるんすよ、なんていうか、俺じゃなきゃダメなんすか?」
 あんたの好みに合う人なら探せばいくらでもいるでしょ、王妃も皇女も女帝も物語に語られるお姫さまも魔女も聖女も人ならざる者までが揃うこの場で、なんで俺なんです。どう足掻いても主演と敵役は結ばれないんですよ、あんまりな脚本だったら頭ごなしに拒否されても仕方ないだろ。
「ローランが惚れるのは、見知らぬ誰かなんじゃないんすか?」
 明らかに生前から知る者ですよ、あんたの好みに合うとも思えない、剣と命を賭けた勝負は似合ってもそういう感情を受ける相手じゃない。
「違います?」
「違う」
 きみが生前とあまりに違ったから、真っ直ぐにひたむきに、己の信条を貫きながら進む姿があまりにもかっこよかったんだ。
「かつての自分に居直ることもなく、俺と向き合う道を選んでくれた。濁すことも逃げ出すこともなく、恐がっていても正面から向き合ってくれるなんて」
「えっ、気づいてたんすか、俺があんたのこと恐がってるって」
 マスターから聞きましたとたずねてみると、いや剣を合わせたときになんとなくそうじゃないかと思ったと言う。らしくない言動だったから、いや昔のおまえはあんなだったけど、俺を煽る以外にもなんか無理してるんじゃないかなって。わざわざ無理する理由はなにかを考えたら、もう相手に対する畏怖くらいしか思いつかなくて。
「そりゃあ、俺って恐いんだろうなって思うぞ、最後とか本当に殺そうとしてたし、それくらいで丁度いいときもあるけどさ」
 だっておまえも大概だぞ、アキレウスの追跡を振り解いて突っ走る姿とか滅茶苦茶にカッコよかった、あんなもん戦場で見たらヤバい奴がいるってなるだろ。
「火事場の馬鹿力ってやつですよ」
 通常の力じゃない、色々と無理と無茶をとおしました、全力を超えてないと俺ごときが勝てる相手じゃなかったんで。たぶん最初っから無理をとおしてたんだろうな、あんたを仇敵と飛び出したときからずっと。
「俺、こうしてていいのか?」
 きみの好意に甘えてるが退けって言うんならそれに従うぞと、ちょっとバツの悪そうな顔で言うので、いいっすよ別にこのままでもと返す。
「俺の負けで決着が着いたんで、なんかあんたに対する色々なもんが抜けました」
 だからこのままでもいいと返せば、チクショウおまえやっぱカッコいいなと言って抱きつかれる。確かにいいとは言ったけど、ここまでしていいとは誰も口にしてないぞと思いつつ、仰向けで空を仰いでいるとしばらくしてやっぱ俺お前のこと好きだなと大声で告げられた。
「はい?」
「だから、マンドリカルドのこと大好きだなって」
「知ってますけど?」
 嘘ださっきまで疑ってただろと指摘されて、確認しますけどこの流れは友達くらいに落着するんじゃないんですかと聞き返したら、いやだと明瞭に拒否された。
「えっ、だって今から始まるんじゃないのか?」
 なんも始まらねえよ、少なくとも友達くらいで終わらせてくれ本当に頼むから。
「俺こんなに好きなのに?」
「知らねえってば、本当もうそういうのやめろ」
「なら友達から、友達からでいいから!」
 やめろ、友達からじゃない永遠にそこ止まりだよ、一足飛びに距離を詰めようとするなと返すも、でもおまえ照れてるだろ、悪い気はしてないんじゃないかと指摘されて、いい加減にしろと叫ぶ。
「ああ終わり、この話もう終わりな!」
「ちょっと待ってなんも終わって」
 続きを言いかけた相手の声は途中で止まり、黒い脚に蹴り飛ばされて思いっきり横にすっ転んでいった。
「ブリリアドーロ、どうした?」
 なんとか起きあがって愛馬に近寄るものの、鼻息荒く睨みつけるその目は戦場に立つ姿そのもので、まだ相手を見つめている。
「あっ、いったあ……馬に蹴られるとか、久々なんだけど」
 蹴られたところをさすりながら立ちあがったローランに向けて再び走り出し、二撃目を叩きこもうとする相手を落ち着かせようともがく。
「待て、待て、ブリリアドーロ、落ち着け」
「あれっ、これもしかして俺に怒ってる?」
 なんでと追いかけられてる相手に聞かれても、知るわけないだろと返すしかない。
「自分の胸に聞いてみろ」
「ええっ、なんでだよ」

 こっそり二人の会話を盗み聞きしていたわたしたちは、目の前で始まった二人と一頭の追いかけっこを前に頭を抱えた。
「これ、丸く収まったでいいのかな?」
「どうでしょうか」
「うーん、ローランが本気になっただけ?」
 今までが嘘だったわけじゃないけど、なんか度が増したと思うと言うアストルフォに、今後のことで頭が痛いんだけどと返せば、実害があるわけでもねえんだしいいじゃねえかとアキレウスは簡単に言いのける。
「決着がついた今、俺みたいに命を狙われるなんてことにはならねえだろ」
「ギリシャは冗談じゃ済まないからね」
 他もまあ冗談じゃ済まない人もいるけどさ、二人がなんとか物騒なことを抜きに過ごせるなら、まあひとまずはいいとして。
「でもブリリアドーロは本気でキレてんな」
 あれなんでとクサントスに聞いてみてるけど、たぶん自分を置いてった恨みとかじゃないでしょうかとブラダマンテが引き継ぐ。慌てて手綱を引いて止めようとする今の主人と、なんとしても元主人を蹴ろうと暴れる馬、あれじゃまるで。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじゃえ! だっけ?」
「いやあれは、人の恋路を邪魔してる馬だろ」
 止めたほうがいいんじゃねえのと言うアキレウスに、そうですねマンドリカルド王が怪我される前に止めましょうかと返されて、いや蹴られてるのあんたの仲間だろと呆れ顔を見せている。
「んーだってさ、ローランなら平気かなって」
「めちゃくちゃ痛がってないか?」
 つか早いとこ止めないとあれ馬が本気で蹴りあげる姿勢だぞ、ヤバいじゃん急げと駆け出す三人を尻目に若いのは元気だよねえとヘクトールは煙草を片手につぶやいた。
「若者の恋愛はおじさんには眩しいや」
「マンドリカルドは、そんな若くないって言ってたけど」
 肉体的にも精神的にもそれなりの年齢だっていうのが本人談だけど、歳のはっきりしないサーヴァントの自己申告なんて、さほど意味ないと思うけどねえと返される。
「あんな真っ直ぐな告白で赤くなってるようじゃ、おじさんからしたらまだまだ若いなあって思うわけ」
 だからまあ遠目に見守っておこうと思う、勝たせてはやりたかったけどね。
「ヘクトール的にはどっちが優勢だと思う?」
「さあ、どっちに転んでもおかしくないんじゃない」
 本人たち次第でしょ、馬に蹴られた甲斐があったかどうかはさ。

あとがき
第一部・完 って気分です。
タイトル決めたときから「ローランがブリリアドーロに蹴られる」は決定事項だったんですが、
まさか四話まで引き伸ばしてしまうとは……計画性って大事です。
二人がくっつくまで、もうしばしおつき合いいただけると嬉しいです。
2022/6/24 Pixivより再掲
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