人間万事塞翁が馬・3

「長時間の正座で足が痺れるのは、太ももとふくらはぎが圧迫され血流が悪くなるからだ」
 慣れている者は足にかかる圧迫をうまく逃して姿勢を正していられるが、習慣がない者は僅かな時間でも血流が滞り強い痺れや痛み、痛覚の麻痺によって一時的に立ちあがるのが困難になるなどの症状が見られる、ベッドの上で正座する俺を一瞥して、まあ異文化交流はいい心がけだとつぶやき話を続ける。
「ローランは足が弱点だろ」
 正確には足の裏だが、正座をするには靴を脱いだほうがいい、長時間その姿勢でいるには邪魔になるからな、そして一度受けた刺激を体は覚えているもの。
「次に揉めごとを起こしたら強制的に足に圧迫をかけ同じ症状を引き起こす、それがマスターの下したあの男への対抗処置らしい」
 文字通り効果的な足止めだ、断末魔が医務室まで届くほど効いたらしい、そう話しながら健診を終えたアスクレピオスは、バイタルに不調がない者に派遣されるのはごめんだ。ストレスからくる体調不良であればメンタル治療の出番だが、貴様のそれは医者の手にかかるような類ではないと切り捨てられる。
「バカにつける薬はない、そして忌々しいことに恋に特効薬もない」
 俺からすればまとめて馬に蹴られてくれたほうが症例として面白い、いっそおまえの馬に蹴られたらいい、つまらないくらい健康体だと吐き捨てるように言うので、すんませんと掠れた声で返せば、誰も謝れとは言ってないと無視して続ける。
「謝るならまずこの部屋から出ろ」
 おまえが籠城を始めて三日、魔力供給はカルデアからされているから不要だとしても、表に顔を出さなければ良識ある者は心配する、実際に何人か様子をうかがいに来たんだろう。マスターだってそうだ、おまえの様子を知りたがってる、バイタルチェックのために来たと言えば開けるだろうと踏んで俺を寄越したわけだ。
「ローランはどうしてます?」
「変わりなしだ。あれは理性が溶解した過去を持つ男だぞ、この程度でへこむようなら最初から恋に狂った伝承は残らない」
 彼女の計らいでこのことは大っぴらに語るなと言われている、こんな籠城を決めている以上、事が深刻なのは誰の目にも明らかだし、出てきたところでからかう声も少なくて済むだろう、触らぬ神に祟りなしともいうが。
「ギリシャであれば、この後おまえは花か木に変わっているところなんだろうが」
「なった本人どう思ってるんですかね」
 神のすることだぞ、本人の意思などお構いなしもいいところだと言うので、できれば花とかは勘弁してほしいですねと返すと、安心しろ変身物語の類はほとんど今は下火だという。
「でもオリオンは」
「あれは特例だ、アルテミス神の加護とはいえほぼありえん、除外しろ。ともかく現状を変えるなら己の力でどうにかするしかない、受け入れるのも諦めさせるのもだ」
 顔を合わせないことで熱が冷めるのを待っているのなら無駄だ、放置しておいても日ごとに燃えあがる、手がつけられなくなる前に鎮めろ。
「それができるのは貴様だけだ」
「はい」
 明日には復帰できると報告するが構わないなという質問に大丈夫ですと答える、ではそのとおりに、その後についてはマスターからの連絡を待てと事務的に返し、今度は真っ当な理由で来いと言い置いて帰っていった。
 誰もいなくなった部屋でもう一度横になる、天井を見つめても面白いことなんてなにもないけど、巡る記憶でいっぱいの頭には刺激がないほうがちょうどいい。
 召喚された日あのときに出会ってなければ、もっと適切な距離を保っていられたんじゃないか、なんで間違ったほうに転がり落ちていくのか、何度目かわからない溜息をついて三日前の夜を思い出す。
 忘れたいけれどもはっきり覚えている、輝かしいばかりの男から寄せられた声も言葉も、取られた手の温度と触れた感触までありありと思い出しては、胸に広がる痛みを自覚してしまう。こんなもの捨ててしまいたいのに、必死で捨てようとするものほど忘れてくれないまま残る。
「愛してるなんて嘘だろ」
 そうに決まっている、そうであれと祈っているけれど真相を暴くのはやはり恐ろしい。でもここでいじけていたところで解決しない、決心をつけ少しだけ話いいですかとマスターにメッセージを送ると、すぐ行くという返事が戻ってきた。
 それから五分も経たずに来客を告げるノックの音がしたので開けてみると、やっと顔が見れたとむくれた顔のマスターが立っていた。
「顔色まだ悪いよ」
「アスクレピオスいわく健康体らしいすけど」
 それってバイタルの数値でしょ、無理しなくっていいからさと部屋に入り、用意した椅子に腰かけると、まあでも安心はしたと笑ってくれる。
「俺を引きずり出す方法なんて、いくらでもあったでしょ」
 それこそ令呪でも使えばすぐにでも応じるのに、それはマンドリカルドの意思を無視するってことでしょと言う。
「令呪が勿体ないからじゃないよ、繊細な問題だから下手に踏みこんで傷を広げたくなかったの」
 乾燥しかけたかさぶたを押して傷が開くようなかんじと言うので、たとえが具体的なだけになんか想像できていやっすねと弱々しく笑い返す。
「ローランのこと、どうしたらいいと思います?」
「それは自分の心に聞くことじゃない?」
 わたしに聞かれても困るという意見は正しい、それはもうごもっともなんですけど、伝承上のあいつを知ってる身として、ここで下手に断ると理性を破壊してしまうのではないかという恐怖があって。
「そうなったら、かなりヤバいなって」
「全裸を目撃しただけあるね」
「いや恐ろしいですよ、どんな理由であっても自分の全てを投げ出す神経って。なにも失うものがないって、ある意味じゃ最強ってことですし」
 あいつが記された物語から、いつどんな理由で精神が崩壊するかわからない、とはいえ自分がその引き金になるなんて想像してなかったけど。
「狂気が恐いから、ローランに流されてみるのもありってこと?」
「そう考えたりもしたんですけど」
 馬鹿げていると非難するのは簡単だけど、名高き騎士の宣言を無下にはできない。そのうえで俺は、たぶんあいつが恐い。
「みっともないんですけど、本当にどうしたらいいかわかんなくって。生前の仲を踏まえなかったとしても説明できないでしょ、俺なんかに愛を捧げるとか、どうしてそんな血迷ったこと」
 馬鹿らしい戯言はやめろと蹴りつけるべきところなのにそれすらできない、その身を捧げるに相応しい相手はもっと他にいるはずなのに、なぜこんなものに傾けてしまうんだ。心の底から這い寄ってくる冷たいなにかが、胸の奥に重くのしかかって痛む。
 あいつが全てを投げ捨てた痛みの対象と同列に並べられても困るんだ、あまりにも分不相応というか、とにかく身の置き場に困る。
「できれば、気の迷いであれと思ってるんですけど」
「本気だと思うよ」
 聞いたんですかとたずねると、まあ騒動の本人だから事情聴取はするよねと彼女は言う、わたし一人でじゃないよブラダマンテとかも一緒にね、それで話してみたかんじ、ローラン自身は普通なんだよ。
「普通にマンドリカルドのこと好きだった」

「なにが間違っていたんだ?」
 正座を命じた少女に向けて問いかけると、全部だよ馬鹿野郎という言葉と共にハリセンの一撃が脳天に落ちた。当たりどころが悪かったのか前よりも強度があがったのか知らないが、前回よりちょっと痛い。
 殴られたところをさすりながら、俺だって考えなかったわけじゃないんだぞと反論しても、行動が飛躍しすぎてて解読できないとマスターは両肩を落としてつぶやく。
「えっとですね、普通の人であれば欲したかたのためにまず好かれる準備をするものです。あなたは予備動作なく、とんでもなく急に求愛に出たので、我々全員が度肝を抜いたと言いますか」
 そこも含めていつもどおりなんですけれども、今回は勝手が違いすぎますしと言うブラダマンテに、自分の心に従うべきだと思っただけだと返す。
「好きだと思う、だから愛してると告げた」
 それがダメなんだよと再びハリセンを受け止めると、非常に面白いと歓喜の声をあげる者が一人。
「我輩はいいと思いますぞ」
「喜劇としてならばな、純然たる恋愛ものを望むならば三流以下の駄作にしかならん」
 これがローランの歌に謳われる英雄なのかと指摘してくるメガネをかけた少年に、もちろん本人だと返すと、その居直りかたは治るものではないなと切り捨てられた。
「えっと、二人はどちらさまかな?」
「紹介したことなかったっけ、キャスターのシェイクスピアとアンデルセン」
 新作のネタが欲しい人と、珍しく締切に余裕があるから英雄観察に来た二人だよ。
「サーヴァントなのに執筆作業があるのか?」
「我々はそういう性を持ち合わせたサーヴァントゆえ、死後であろうとペンを止めることはできぬのです」
「もはや忌々しい呪いではないかと思うがな、まあ俺たちは外から茶々を入れるだけの者だ」
 おまえの強靭な一撃を喰らえば秒で散る者だ、気にかけることはないと少年は言うので、大変なんだなと返すとそれだけで済ませていいのかと呆れた顔を向けられる。
「俺自身が物語で綴られた伝承が強く出ているからな」
 だから親元を切り捨てるようなことはしないぞ、むしろ好き勝手に色々と書かれた身分だし、今更新しい伝承が増えても困ることはたぶん早々ないと言い切ると、やめておけこの馬鹿者は本気にしたら厄介だと止められた。
 これ以上話を逸らすなら二人とも追い出すからねというマスターに、これは失礼と言うと口を閉じて一人は手元に、もう一人は俺に視線を寄越す。
「この一週間の中で、なにがどうなってマンドリカルドに告る決意を固めたの?」
 接触禁止だって言ってたよね、まさか約束破って会ったりしてないと聞かれて、約定なんだから守ったともと答える。監視役を任されていたブラダマンテが間違いないと思いますと証言してくれたが、しかし止められなかったのでと別のことを進言された。
「レコードルームで過去の記録を見てましたよね」
「ああ、頼んだな」
 彼がどういう働きをしてきたのか興味があったから、とはいえ開示されている内容の全てを見たわけではない、できるなら本人の口から聞いてみたいし、次の会話のきっかけになればと思って目を通しただけなんだが。
「あとボーダーの中で、何度か見かけはしたぞ」
 広いとはいえ限られた空間なのだから、姿を見かけることくらいはある。流石に声をかけることはしなかったけども、遠目に見かけた姿がやっぱり綺麗だった。
「どこで見たの?」
「ライダーのサーヴァントたちと一緒にいるところだろ、あとは厨房の隅で仕込みの手伝いをしているところと、子供のサーヴァントに本を読んでたのと」
 あとはそう、窓辺に座っているのを見かけた。外の景色を眺めていた横顔が穏やかで、しかし憂鬱な影も落ちているように感じてもったいないなと。
「あいつは笑っているほうがいいな、穏やかに微笑んでる姿がいい」
「戦場の勝ち気なマンドリカルドは見なくていいの?」
「そっちはもう知ってるからな、決闘を申しこまれたときに」
 もう全身から俺を殺すという意思が伝わってきた、あれ以上の表情はそう見る機会はないだろう、しかも真正面からだし。
「かつての刺客に心を奪われる名高き騎士、愛憎劇の導入としては非常によいかと」
「絶対にダメだよ」
 世界屈指の劇作家が描く新解釈のローラン伝説の愛憎劇とか、そんなものがカルデアで繰り広げられたら、想像するだけで恐ろしい顛末を迎える気がする、とんでも時空は季節の行事だけでいいんだよと叫ぶ彼女に、わかっておりますとも直接本人の話を書く真似はしませんよと作家は笑う。
「まあ意図せずして我輩がモデルにした者と出会う、などということはあるでしょうが」
 今この場で関わるかたにご迷惑はおかけしませんともと言うシェイクスピアだが、手元のペンは熱心に何事かを書き連ね続けていく。
「あの、結局どうしてマンドリカルド王が好きなんですか?」
 たぶん好きだと思うなんてあやふやな言葉で終わらせていい問題ではありませんよ、それはもうはっきりと惚れて、きっぱりとフラれてもらわないとこちらも対処できませんと、遠慮なしの言葉を送るブラダマンテに、玉砕したらどうなるのと恐る恐るマスターがたずねる。
「そうですね、最低限でも全裸でストームボーダー内を練り歩くとか?」
「フラれなくとも全裸には、ああいやどこでも脱ぎはしないが」
 少女に睨みつけられて後半はやめにするものの、フラれる前提なのはやめてくれないか、心の傷は完治が遅いんだぞ。
「だがその疑問は正しい、そこの騎士の抱く想いがいかなる理由で生じたかによって、その後に待つ惨状は変わってくるだろう」
「ちょっと待ってくれ、フラれるのは絶対なのか?」
「今現在だと、勝率は五パーセントもないと思うよ」
 そんなにないのかと聞き返すと、当たり前だろうと全員から呆れた視線をいただく。前回から人が増えた分だけ空気の冷えまで伝わってくる、まだ本人から断られたわけでもないのに、そう返すと無理だって言われてたじゃんと容赦なく切り捨てられた。
「それは言わないでくれ」
 明確に拒絶されたと考えないようにしてるんだ、まだ大丈夫だって信じてる、きっとたぶん、そうだって信じたいな!
 どんどん冷えていく部屋も空気に耐えかねて、俺だってわかってるんだぞと少し声のトーンを落として話し始める。
「彼は異国の姫でもなければ麗しの乙女でもない、かつて心の底から愛した者たちとはあまりにかけ離れているということは」
 まず女性ですらないだろという指摘に、そこは問題ないとすぐさま返す。
「それでも好きなの?」
「おそらくは、そう。ああいや待ってくれ、決して曖昧にして逃げたいわけじゃないぞ、ただ初めてのことでどう説明したらいいのかわからない、というかな」
 衝撃的に美しい人に出会って心を奪われることはあっても、日々を共にしながらゆっくりと心の中に満ちていくような、そういう感情に触れた記憶がないもんで。刻まれていないだけであったのかもしれないが、伝承としての自分の中に存在していないのだから、今はないとしか言えない。
 わかっているのは、出会った日から今までに刻まれた記憶だけでも充分なほどに、彼は俺に特別なものを運んでくれた存在になったこと。
 窓の外を見るときの憂いのある顔も、誰かに向けて優しさを発揮しているときの姿も、自分の前で和やかに話をする姿も全てが意外だった、かつて冷たい殺意と熱い傲慢の仮面をつけていた王の下にあんな顔があるなんて。
 王の職務を捨て去って騎士としての誓いを立てて、仇討ちと冒険に身を捧げた男が、しがらみから開放されて世に現れた姿が、あんな穏やかで温かで、どこか放っておけない可愛らしい者だったなんて想像できるか。
 日毎に膨らむ心の片隅にある感情を無視できない、目を瞑って見ないふりをするにはあまりに輝いているし、自分に不幸を呼びこむものだとも思えない。彼の全てを知ったとは思わないが、ここまでに知れた形を心の中に納めたときに、なんだかしっくり来てしまったんだ。
 同じ剣を携えた者同士の縁か、それとも奇跡の賜物なのか。ともかく理由を考えるのは後回しにしよう、もっとそばにいる時間が増えれば、まだ隙間のある心が満たされれば確かなものになる。
 でも先に気持ちだけは渡すべきだと思った、全てが同じ自分は存在しないと彼は言っていた。出会えたことだけでも奇跡なのに敵ですらないなんて、こんなこと早々に起きるものじゃない、なら触れられる内に伝えておくべきだって。
「今じゃなくてもいつか、俺は絶対に心の底からマンドリカルドのことを好きになる。狂おしいほど好きになったときに、相手が届かないほど遠くに行ってしまっていたら、そういう後悔を残したくないんだ」
 無言のまんまの四人に、やっぱり変だって言いたいのかとたずねると、思ったより真っ当な理由でビックリしたとマスターが答える。
「俺への当たり強くないか?」
 しょうがないと思います今回の被害は前回よりも大きいですし、と呆れた顔でブラダマンテが引き継ぐ。
「マンドリカルド王は、昨日から部屋に閉じこもっているんですよ」
「呼びかけても『一人にしてほしい』の一点張り」
 知ってる、こんな大事になるなんて思わなかったんだ、謝りたいんだけど俺はどうしたらいいだろうと問いかけに、まずなにもしないことと指を差して言われる。
「でも」
「やめておけ、相応の覚悟なしに踏みこんでいい問題じゃない」
 アンデルセンから一喝されて、俺は一度もふざけていないんだけどと返せば、それが余計にタチが悪いという。
「わかっているのか、相手はおまえの狂った恋の目撃者だ」
 狂気の引き金を握っているのが自分だと知って、顔を合わせることを恐れている、おまえが抱く感情の責務を他人に負わせているのに気づいていないのか。
 それは、考えていなかった。みんな気づいてたのかと顔をあげると、逆に気づいてなかったとでもと冷めた視線が刺さった。
「ローランが恋に正直なのはわかったし、たぶん本気なんだろうなとも思ってた。だからこそ本人が会いたいって言うまでは、絶対に接触禁止は解かないから」
 逆に禁止が解かれた場合はどうなると聞いてみれば、覚悟は決めておいたほうがいいと思うよとマスターは乾いた笑みを向ける。
「慰める会は開くから」
「だからフラれる前提はやめてくれよ」
 まだなにも始まってないのに!

「始めないでほしいんだけど」
「やっぱり一方通行だなあ」
 恋に恋して恋焦がれそれが彼の性分なら正常なんだと思う、理由がどうあれ好きだって気持ちを語る彼の姿は真摯で、嘘をついてるとは思えなかった。それを苦に思ってないし、当たり前のように受け入れている。誰かに恋してる状態のローランが英雄の在り方として一番正しいんだろうな、って。
「それがマスターなりの答えっすか」
「うん、満足できる内容じゃないかもしれないけど」
 迷惑かもしれないけどマンドリカルドは真剣に受け止めてくれる人だったから、その場ではっきり拒絶することもできたのに、持ち帰って自分の心を傷つけながら理由と向き合ってくれた。
「そんな立派なもんじゃねえっすよ、単純にテンパって逃げただけで」
「でも逃げてからちゃんと考えてくれたんでしょ」
 結果として彼から向けられる想いは恐いって答えを導き出した、表面上の嫌悪感をなぞって反射的に言葉にしないで、その解答ならまだ解決策は探せるかもしれない。 「俺は、それを克服していいんですかね」
「少なくとも、恐怖の根っこは抜いておいたほうがいいと思う」
 たぶんマンドリカルドにとって大事なことなんだよ、わたしのために目をつぶって胸の奥に仕舞いこんでもなお主張してくるくらい、心残りがあるんじゃないの?  そう問いかける彼女を否定したかったけど、声は出てこなかった、そのとおりだって思ったからだ。
 迷惑だっていうんなら接近禁止はこのままにしておくけど、どうするとたずねてくれるマスターにいやと首を振って、このまま支障が出る状態ではまずいんで自分でケリつけます、と覚悟を持って口にすれば無理しない範囲でねとつけ加えられる。
「どう転んでも、わたしは二人のこと信じてるから」
「そうっすか」
 それはありがたい限りですと言うと、ちょっとだけ表情が明るくなったと彼女も笑うので、一人だとどうしても暗い方向にしか考えが進まないんで、来てくれて助かりましたと改めて礼をすれば、それがわかってるならもう少し早く助けに呼んでほしかったなとつぶやく。
「それは、すみませんでした」
「いいよ、本当にどうしようもなくなったら、令呪って手も確かに残っていたし」
 次に迷惑かけるようなことがあれば、俺の心よりもマスターの事情を優先してくださいと言うと、そういうことじゃなくってねと額にデコピンを当てられる。
「前にも言ったけど、自己犠牲で解決してほしくないの」
 みんなそうやってさと言いかけた彼女の顔が曇ったので、俺のは別に崇高な理由とかじゃないんでとすぐさま引き取って塗り替える。
「騒ぎの中心にいるのが恐くなって、先延ばしにして逃げてただけっす。アスクレピオスにも言われました、現状を変えられるのは俺しかいないんだって」
 ここから踏み出すために、ちょっと頭の中を整理したかったんです。
「つき合わせてしまって、いや話を聞いてくれて、ありがとうございます」
 それで一つ頼みがあるんですけど。

 チームでの戦闘訓練を計画してるんだけど、ローランも参加してくれないというマスターからの誘いに二つ返事で了承したのは三日前のこと。
 カルデアの生活は特になにも変わりはない、部屋に引きこもっていたマンドリカルドが出てきたと聞いたものの、いまだに顔を合わせることは禁じられている。遠目に見たときはまだ表情も曇って見えたけれど、思ったより元気そうだったよとはアストルフォから聞いた。
「心配しなくってもその内会えるって」
「だといいんだけどな」
 アンデルセンから指摘されたことがずっと心に刺さっている。傷つけないと約束したのにどうしてうまくいかないんだろう、自分の心に従った行動だけではダメだってわかっているはずなのに、なんて暗く湿った話を軽く聞き流され、それより明日は訓練だよ忘れてないよね、と指摘されておまえのほうこそ遅刻するなよと言って別れたのは昨晩。
 チームの編成はまだ悩んでるからと明かされてないが、臨機応変さも大事だし大体はなんとかなるもの、まだ見ぬ対戦相手に体が疼いてきた。定刻まではまだ少し時間があったけれど、遅刻するより早く着くほうがいいかと部屋を出る。
「よう」
 今日は同じ編成らしいからよろしく頼むと声をかけてきた相手を見あげ、ああよろしくと笑顔で挨拶を返せば、ビックリするくらい普通だなと拍子抜けしたようにつぶやくので、なんでだと首を傾げる。
「いやなに、前に据え膳を取りあげたから」
 恨まれてるかと思ったと呆気からんと口にするアキレウスに、いやあれは正しい行動だったし、俺がどうこう言うことはないだろうと返す。
「あそこで助けてくれたからこそ、嫌われずに済んだとも言えるし」
「へえ?」
 そいつはよかったと笑っていたもののしばらくして、でも敵だった奴との惚れた張ったは応援しないぜと苦笑いでつぶやく。
「なんで?」
「延々と恨まれることもある」
 後世までも続く禍根を引きずる者としちゃ、たとえ今生限りといえども下手にいじくり回すのはオススメしないと言うので、アキレウスでも恐れるものがあるんだなと思ったまんま口にする。
「そんなんじゃねえよ、お節介かもしれないけど身を滅ぼす行動は褒められないってこと、あとあいつは戦友みたいなもんだし?」
 誰だって心配だろ、自分の友が脱衣癖のある男に迫られてるって知ったら。
「だからマスターに頼んでおいたんだよ、一回どんな奴か近くで見たいから組ませてくれって」
 それを真正面から言ってくるんだなと指摘したら、話を聞いた限りだと遠回りにいくより本音でぶつかったほうが早そうだし、俺としてもそっちのが楽でいいと言い切る。
「マンドリカルドのことは本気で好きだし、諦める気もないんだな?」
「もちろん」
 なにがあってもかと聞かれて、彼の口から直接お断りをいただくまではそのつもりはないと言うと、流石に意思は固そうだなとつぶやく。
「やっぱり変か?」
「恋が人をおかしくするのはいつものことだろ」
 だからあんたの狂いかたを見定めに来たわけだが、今回に関しちゃ見定めるのは俺だけじゃないんだと天井を仰いで言うので、どういう意味だと問い返す。
「今日の訓練、あんたなんて聞いてる?」
「サーヴァント同士、三対三での実戦演習だって」
「そうか」
 なにがあるんだとたずねても、ここまで来たら実際に見たほうが早いと教えてくれないまま、二人でシュミレータールームへと入る。
「来ましたね」
 待ってましたよと槍を構えたブラダマンテの隣には、結局おまえさんが参加すんのねといやそうな顔をするヘクトールさまの姿があった。
「まさか今日の訓練って?」
「そう相手はライダーとランサーの混合編成だ、こっちはライダーとセイバーな。互いのリーダーが倒されたら負け、こっちのチームの頭はあんた。俺が先陣切って進む、もう一人が揺動で、あんたは中央で真っ直ぐ敵の大将を狙え」
 敵の前で作戦を話していいのかいと指摘されても、作戦もなんもねえんだわこっちはと呆れた口調で返答する。
「もう一人は?」
 三対三のはずなのに互いにまだ一名欠けている、情報から考えれば相手のライダーとはアストルフォだろうけど、じゃあ残る一人は誰だ。
「はーい、みんなお待たせ!」
 アーちゃん遅いですとお叱りの言葉を受けても、二人を迎えに行ってたら迷っちゃってさ、まあ許してよと笑顔で答えて脇に抱えられたマスターを下ろす。その空いたほうの手で引っ張って来たらしい相手を見て頭に浮かんだのは、言葉ではなく疑問符だった。
「んじゃ、僕はこっちね」
 二人ともよろしくと挨拶をしてくれるアストルフォに反応できず、無言のままの俺にしっかりしろよと肩を揺さぶってくる。
「訓練だけど、負けるのはいやだからね」
「いや、それはもちろん、手は抜かないけど」
 待ってくれ、だっておかしいだろ今まだ接触禁止だってまだ言われてるはずでは?
「俺がお願いしたんだ」
 久しぶりに顔を合わせたマンドリカルドが正面にやって来ると、真剣な顔で理由を説明してくれる。
 色々と考えたんだ、昔のことに固執してるわけじゃないし、マスターのためにもあんたと争うことはしないって決めてた。だけどあんたが俺との間に他の感情を求めるのなら、まずは昔を清算してほしい、あの決闘に最低でも決着をつけるべきじゃないかって。
 一度始めたことを終わらせないと、次なんて始まりやしないだろ。
「だから手加減なしでお願いします」
 俺はあんたのこと殺す気でいくんで。
「待ってくれ、俺は」
 まだきみに謝ってもいないのに戦いたくはない、そう声をかけようとした相手はすでに背を向けて、すんません我儘につき合わせてと仲間たちに頭を下げている。頼まれたからには勝ちに行こうかね、そうですとも私でお力になれるならいくらでも協力いたします、と盛りあがりを見せる敵陣営を前に、完全に気の抜けた俺は、本当にこの編成でいくのかとマスターにたずねる。
「そうだよ」
 わたしも、ローランの欠点を確かめておかないと。
 恋でどれほど剣を迷わせるのか、その相手が戦場に現れたときどんな反応をするのか、愛しいという人に剣を向けられることがこの先ないなんて言い切れないでしょ。 「だから覚悟を決めて」
 視線を合わせずにマスターはそう口にした。

あとがき
次回、三対三の模擬戦闘編(予定)です。
えっ本気で言ってるの?おまえにアクションとか書けるの?などと本人が思ってます。
あの頑張ってバトルします、ポコポコにされないようにします。
2022/6/18 pixivより再掲
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