人間万事塞翁が馬・2
朝食のため混み合う食堂で、二日酔いなんでちょっと体に優しい物が食べたいっすと言うと、エミヤさんがそう言う者がいると思って雑炊を用意してあるが、食べられそうかと優しい声をかけてくれる。
ありがたく器に盛ってもらった食事を受け取り、辛いようだったら医務室に行くんだぞと労わりの声を受け取り、普段なら進んで声をかけない相手の前へと勇気を出して踏み出す。
「あの、前いいっすか?」
「いいぞ」
じゃ失礼しますと腰を下ろし、昨日はありがとうございましたと消え入りそうな声でつぶやくと、一瞬首を傾げたもののすぐに合点がいったらしくああと声をあげる。
「あの全裸セイバーのことか?」
「ええ、はい」
アキレウスの声が思ったより大きかったので、周囲の席から何事かと異様な視線を向けられるのに逃げ出したくなるものの、なんとか堪えて本当に助かりましたと続ける。
「俺はただ取り押さえただけだぜ」
「いやマジで助かりました、腕力じゃ絶対に勝ち目なかったんで」
戸締まりはしっかりするものだと注意されたものの、昨夜に関してはそのうっかりによって、ローランと素で殴り合えそうな屈強な男アキレウスが助け出してくれた。
女性だったり貧弱なキャスター系、中でも作家系のサーヴァントだったら、あんなトントン拍子に終息しなかっただろう、だから部屋割りも含めてラッキーだったと言うしかない。
「にしても、また変わった奴が召喚されたな」
決闘の最中に全裸になって走り去ったとかいう伝説は本当なのかと聞かれて、嘘だと信じたいけどマジなんすよと返す。
「おかげであいつの顔というか、そういう周りの記憶が一瞬飛んでるくらい、ショックだったというか」
それ以外に気を取られて忘れてたと言ったほうがいいかもしれない、あんまり掘り返したくない記憶ではあるし触れてほしくもないので、朝食を口に運ぶことでごまかす、出汁の効いた米にふわっとした卵がよく合う優しい味がした。
「そんな相手とサシで飲もう、なんて気になるあんたも大概だけどな」
いや断れる雰囲気でもなかったし、部屋に来た時点で相当に飲んでいたんだろうなと今となっては思う、実際にアストルフォはかなり酔っ払ってたし、歓迎会の主役となれば酒を注ぐ量も多かっただろう。
ヘクトールさまに会えたって嬉しそうに話してたし、結構浮かれてたのもあるのかもしれない、とにかくあまりにも気分がよくって、結果として空回りしたってところじゃないか。
「あいつが脱ぐのは平常運転としても、まさか人の服まで脱がせようとしてくるとは思わなかったんで」
まあ酔っ払いの言動なんて理性うんぬんで測れるものでもないし、そもそもリミッターになる理性が狂っている相手だった、なら外側から自制心を持たせるように働きかけないといけなかったのに、こっちも酔って気が緩んでいたのが悪い。
「あの後どうなったんだ?」
「とりあえず服を着せてブラダマンテに引き渡して、マスターからの厳命でしばらく俺と接触禁止だって」
それを聞いて、ならしばらくは大丈夫かと安心した顔で返されるんで、一応言っておきますけど本当に襲われてたわけじゃないっすよと小声で指摘したら、どうだかなと信じてない顔を向けられる。
「ただ服を脱がされるだけなら、あそこまで声張りあげて逃げたか?」
あんな羞恥心を放り出したテンションになってると思わなかったんで、俺のほうもテンパってたのは否定できないし、助けてほしかったのは本心だけど。
「もっといやな予感がしたから必死で助けを求めた、違うか?」
「それは、否定しにくいですけど」
ほらな、いつ気づいたかは知らないが自分だって不味いって思ってたんだろ、でないと涙目になって俺に助けを求めるわけがない。
「いや酔っ払いの考えることなんてわかんねえっすよ、素面に戻ってまでトンチキを振り回すわけが」
「本当にただ酔っ払ってただけかねえ」
そっちは気づいてなかったのかという疑問に、痛む頭を抱えながら首を傾げると溜息を一つ吐いて、酔っ払いが据わった目してんのはそうだけどあれは違ったぜと言う。
「あんたが俺に助けてくれって言ったとき、あいつの目はマジだった」
突然現れた見知らぬ男に向けられる殺気にしちゃやけに研ぎ澄まされていたし、なに言いたいかすぐわかった。
邪魔すんじゃねえ殺すぞって。
ケロッとした顔で物騒なことを言うアキレウスの目が笑っていない、こいつは殺気を向けられたら相応の対応で迎え撃つ、背筋が凍るような不穏な空気を前に息を飲む。
「だからこそ助けたんだけどな」
あともうちょっと遅かったら本気で食われててもおかしくなかった、つくづく運がよかったなと快活に笑う男に、よかったと安堵の息を吐く。まあ本人がいない以上、これ以上の揉めごとに発展しようはないだろうけど、にしても厄介なところに因縁つけてしまったなと頭痛がより重くなった気がする。
「ともかくあんた気をつけろよ、変に流されたりすんじゃねえぞ」
「いやありえないっしょ、そういうの」
「どうだかなあ、一時の気の迷いなのか魔が差したのかは俺にはわからねえが、あの一瞬は少なくともあいつ本気だったと思うぜ」
互いにまずはしっかり頭を冷やして考えろと言うと、空になった器を盆に乗せてじゃあまたなと手を振って立ち去ってしまった。
聖杯から提供される時代に即した情報というのは素晴らしく正確らしい、瞳孔が開くほど怒りを滲ませた少女からそこに正座と命じられ、したことのない座りかたをできる程度には、ちゃんと現代に馴染めているのだと身をもって知った。
「まず最初に聞くけど、昨日のことは覚えてる?」
サーヴァントであってもアルコールの力には抗えない、場合によっては記憶も理性も落っことしてくるのだと聞いた、俺は肝心な理性をよく落っことすから、まず最初に記憶があるのか確かめるのはいいことだ。
「しっかり覚えているとも」
「マンドリカルドを押し倒したことも?」
どうなのと聞かれて、押し倒したのは故意ではないが裸になれと迫ったのは本当だ、脱ぐべきだと迫ったところ揉み合いになって、派手な物音に気づいたらしいアキレウスによって昨夜は取り押さえられたと滑らかに説明する。
その後、騒ぎを聞きつけたブラダマンテに回収されて、割り当てられた部屋で一夜を過ごし、朝一番にマスターの部屋へと連行されて今に至るわけだが。
「なんで全裸を強要したの?」
「あまりにもいい気分だったし、脱いで構わないと言ってくれたから、なら素晴らしさを共有したいと思って」
それを聞いた瞬間に頭の上で派手な音が鳴り響く、頭を抱えるほど痛いわけじゃないものの地味に痛い、なんだそれと聞いたら厚紙で作ったハリセンだという、ただの紙にしてはずいぶんと固かったように思うが、強化魔術がかかってるからそれなりの強度だよと笑顔で言う、サーヴァント相手でも直接的な暴力はよくないので今回はこれで許すとも。
「ただしこれ以上の問題発言が出てきた場合は、更なる強硬措置を取る」
令呪の使用も厭わないという彼女に対して、ちょっと待ってこんな尋問で使うことはないだろうと言うと、それは貴様の態度次第だと言う。
「今回に関してはあなたに百パーセント非があります、大人しく、そして正直に全て話すべきです」
あくまで理性の内で言葉にできるのならばですがとつけ加えるブラダマンテに、そこまで俺って信用ないかと聞けば、今日に関してはまったくないでしょうとバッサリ切り捨てられてしまった。
「マンドリカルドに脱衣を強要したことは、自分の趣味を布教しようとしたことで説明できなくはないよ、問題はその他に悪意があったかどうかなんだけど」
「悪意とは?」
「早い話が、下心」
押し倒した後でそのポジションを譲らなかった、ということは押さえつけてまでしたかったことがある、ということでは?
「そうだな、すっごくそそられたのは事実だ」
直後に頭上で鳴り響くハリセンの一撃に正直に話したじゃないかと言うと、それがムカつくんだよ下心だぞ隠せバカと理不尽極まりないことを叫ばれる。
「マスター落ち着いてください、怒りで我を忘れたら質問を続けられませんから、ほら深呼吸して」
何度かゆっくり大きく息を吸って吐いてを繰り返して、いくらか平常心を取り戻したらしいマスターは、なんでまたそんなことになったのと静かにたずねられる。
「お酒に酔って、テンションが振り切れてたからとか?」
「うん、確かに酔ってはいた。酔ってはいたが、なんというか綺麗だったんだよな」
可憐な少女というわけでもないし艶めいた美人とも違うが、あいつは元から綺麗だ、本人は否定していたがどう足掻いても顔がいい。生前では殺気のこもった顔が傲慢な自信家の姿しか知らなかったが、戦場を離れて一人の人間としての内なる顔に初めて触れた。
厨房の英霊たちを気遣うことができ、カルデアの所長に対しても他のスタッフたちに対しても平等に接していた。生前の行いを悔いていると言っていたものの、それだけであんなに軟化することは早々ないだろう、なら内に秘めていた善性のなせる業だ。
なにより召喚者たるマスターを大事に扱っている、話を聞く限りでは主従の絆というよりも慈しみにも似た感情に見えた、国を捨て旅に出たとしても流石は王族の血を引く者だと感心するほど、あとはそう。
「俺の服をな、畳んでくれたんだ」
脱ぎ散らかした服を拾いあげて丁寧に畳んでくれた、仕方ないなあとつぶやく横顔がなんとも言えず美しかったんだ、派手さはないが健気でいじらしいタイプのそれに似て、影になっているのがもったいなくて、もっと明るい場所で暴いてみたくなってしまった。
「ちょっとタイム」
神妙な面持ちでブラダマンテにどう思うとたずね、彼女のほうも同じような顔で非常に言いにくいですがかなりきてると思いますと告げる。
「派手そうだと思ってた子が実は家庭的で、みたいなギャップにやられた的な?」
「表現はどうかと思いますが、内容としては近しいかと」
面倒な奴だと頭を抱えるマスターに、どういう意味だと口を挟むと一過性の興味かそうでないかで、接近禁止を解くか決めかねることなのと言う。
「酔っ払ってて血迷っただけなら明日にでも解除でよかったんだけど、そうじゃないんなら解くのはなあ」
「それは困る、彼とはまだまだ語り足りないんだ」
一晩では足りなかった、もっと言葉を交わしてみたいと思ったし、サーヴァントとして戦う彼にも興味がある、遺恨もなく出会えた今生でなら肩を並べられそうだと楽しみだった矢先なのに。
「申しあげ難いんですけど、ローランは王の命令すらも無視して己の想いに直上的に動きます。一時の気の迷いであれば晴れるのも早いでしょうが、そうでないならば令呪を使った縛りでもなければ、抑えきれるものではないと」
大事になってきたなあと溜息を吐くマスターに、確かに狼藉を働いた自覚はあるがそこまで悩ませるほどだったかと心配になって声をかけると、こちらをじっと睨みつけもっと大きな溜息を吐く。
「昨日の夜もしも邪魔が入らなかったら、どうなってた?」
「少なくとも、脱がせるところまでは止まらなかっただろうな」
記憶にある細身の体と健康的な肌からは艶かしい色が漂っていた、どうせなら全て暴いてみたいと思う程度に煽られたんだ。
「マンドリカルドがどんなに嫌がっても?」
「いや流石に本気で拒まれたら止まった、と思う」
純粋な腕力で敵わなくても、サーヴァントの体なのだから逃げる術はあったはずだ、混乱していたのか酔っていたのか霊体化するという手段を取れなかったとしても、渾身の力で殴りつけられればやめたさ。
または本気で拒絶されていたならばと言ってから、涙をたっぷり浮かべて睨みつけてくる顔を思い出す。
「アキレウスの話によれば、廊下まで響くほど助けを呼ぶ声が聞こえてたそうですが」
艦内の部屋は防音壁なのでかなり遮断されるはずなのに、目の前でそれくらい泣き叫ばれて止まってない以上、あなたの言葉は信じるに値しないですとブラダマンテから断罪され、二の句が続かない。
もしも止められなかったらどうなっていたか、あの状況下で肌を晒した相手を理性が切れた俺がどう扱ったか、考えると末恐ろしくなってきた。
「俺は、乱暴すぎたな。せっかくの生前のしがらみなく召喚されたのに、自分の手でその関係を壊しかけた」
罰せられてしかるべき男だ、実に情けない。
そうつぶやくと、とはいえ被害者からもローランを許してほしいって言われてるんだよねと、マスターは難しい顔をする。
「えっ、そうなのか!」
やはり慈悲深い王の顔を持っていたんだなと感心する俺に、違うと思いますよとブラダマンテが言う。
「酔っ払いのトンチキ騒ぎにマスターを含めた私たちを巻きこんだのを、とても申しわけなく思ってるからだと」
サーヴァント同士の諍いとしてはくだらない理由です、まだ親の敵討ちで争ってくれたほうが私としても納得できるくらい。本来なら二人の間にある溝は埋められるようなものではないのに、それを一足飛びに許した彼も彼です。
「初犯だし一週間くらいは接触禁止を継続、その後はなんらかの縛りを設けたうえで解くとして、しばらくは様子見かな?」
「そうですね、そのあたりが落としどころでしょう」
ちゃんとマンドリカルドに謝るんだよと言うマスターにもちろんだと返すと、それはそれとして罰は必要だよねと椅子から立ちあがり、マンドリカルドから借りたという木刀を手に後ろへ周りこまれる。
「マスターなにを?」
「そろそろ頃合いかなって、覚悟しろ」
初めての正座で感覚が麻痺し始めていた足の裏を木刀で思いっきり突かれ、急激に走る痛みと強烈な痺れに叫びとも悲鳴ともつかない大声をあげ、その場に崩れ落ちた。
接触禁止令が出て一週間、マスターと一緒に周回に出たり、シュミレーターで訓練をしたりとそれほど変わりない日々を過ごした、初日だけ押し倒されたとか脱いだとか色々と噂の的となっていたものの、ローランの伝承が広く知れ渡ってからはなら仕方ないのかと呆れられる程度で、同情されることはあっても根掘り葉掘り聞かれることもなくなった。
「ローランも謝りたいって言ってるし、接触禁止令も終わりにしようかと思うんだけど、いいかな?」
「派手に喧嘩したとかでもねえんで、俺は構わないっすよ」
もう少し早くてもよかったくらいなんだけど、こういうのは最初が肝心だからと言うマスターの言葉に、首を傾げつつそういうもんすかとだけ返す。
というわけで一週間ぶりに顔を合わせたローランは開口一番、本当にごめんと大声で謝り頭を綺麗に下げたので、ここまでされると俺も困るんでと取りなすと、だが迷惑をかけたのはそうだろうと目を泳がせながらつぶやく。
「ああいや、俺はそれほどでも」
むしろローランの伝説として、全裸で街を練り歩いたという内容のほうが先に広まってしまったことが申しわけないんだが、当の本人は事実だから迷惑でもなんでもないぞとケロッとしている。
本当にいいのか、今カルデアの人たちに全裸のセイバーで認識されてんだぞあんた。
「だって合ってるだろ」
「否定はしないけど」
いいって言ってんだからいいのか、こいつの考えてることは相変わらずわかんねえなと溜息を吐く。
「とりあえず二人きりで飲むのはなしね?」
破ったらわかってるねというマスターの笑顔に、ローランの表情が凍りつきわかってると上擦った声でつぶやくので、なんかキツい罰を食らったのだろうと想像する、ここまで掌握されるとなると弱点をついた攻撃だったんだろうが、マスターにそんなことができるようには思えないんだけど。
「とりあえず、おまえを泣かせるような真似はしないと誓った」
そこは安心してほしいと言うけど、同じクラスでもないしそんな編成で一緒になることも少なそうだし、心配するようなことがあるだろうか。いやもっと話したいことが色々とあったんだといい笑顔で返され、なんで俺なんすかと溜息混じりにつぶやく。
「だってすっごい気が合うだろ?」
「そうか?」
一方的とは言わないけど、どっちかっていうとお前が語っているのを聞いてた割合が多かった気はする、会話のキャッチボールの速度があがるほど打ち返すほうは辛いし、もっと探せば気の合う奴はいくらでもいそうだけど。
「もしかして楽しくなかったのか?」
「そうは言ってねえっすけど、まあいいや」
揉めごとはなしってことで今後ともよろしくと手を差し出せば、満面の笑みで受け止めてくれる。じゃあ穏便に昼食でもどうだと誘われるが、さっき食って来たんでと断る。
「なら夕飯でどうだ!」
「いいけど、面白い話とか期待すんなよ」
「わかってる、じゃあ俺はもう行くな!」
昼から戦闘訓練があるんだと出ていくローランを見送り、忙しない野郎だなと呆れ混じりにつぶやく。
「すごく意外なんだけど」
ローランと普通に話できるんだと指摘するマスターに、この間も言ったかもしれませんけど、あんまり生前の恨みを引きずってないんですと返せば、因縁とかじゃなくってさと俺の顔をのぞきこみ、ローランのこと根明だって言ってたじゃんと言う。
「その割にあんまり拒絶を出してないというか、私と話すときとそんなに変わらないテンションだなって思って」
苦手意識とか発動するのかと思ってたけどそうでもないのと首を傾げる彼女に、そんなわけないでしょ普通に緊張してますよと即答する。
「でも普段通りだよね?」
「まあ他の連中に比べりゃ気が楽なのはそう、俺の黒歴史さえ話さなければ問題なしなんで、逆に言うとそれ出されたら全力で引きこもるっていうか」
とはいえ思い出語りをすれば殺し合いに発展しかねないんで、少なくとも俺と好意的に接してくれるってんなら言ったりしないだろう、たぶん。
「少なくともロジェロ相手よりは、俺としちゃ気が楽ってだけ」
「なんかマンドリカルドから、殺し合いとかいう単語が出てきて恐いんだけど」
「いや結果はどうあれ実際にあったことなんで、嘘言ってもしょうがないっていうか、そこで結びついてるのは本当だし」
そんな物騒な理由で繋がってる相手と夕飯とか本当に大丈夫なの、食堂半壊とかしないと聞かれて、そんなすぐに手は出ませんよと返す。
「なんか知らねえっすけど、俺のこと気に入ってるっぽいですし」
「気に入られる理由に、心当たりはない?」
出会った日のことを思い返してみても該当しそうなことはと言いかけて、いや一つだけあるかと思い直す。
「マスターの話をしたときっすかね」
「わたしの?」
「正確にはマスターと、今の世界の話っていうか」
内容をかいつまんで聞かせると、白紙化のこと教えてくれたのマンドリカルドだったんだと寂しそうな顔を見せる。
「余計なお世話でしたか?」
「ううん話さないといけないことだったし、誰かがその役目を負ってくれたんだって。ダヴィンチちゃんか新所長かどっちかかなって思ってたから、ありがとう」
「礼を言われることじゃねえっすよ、案内役のついでなんで」
自分はなんでここにいるのか、召喚された理由は誰だって知りたい。
「俺が言うのも変かもしれないけど、ローランは強いっすよ」
あの武力は頼りになることだろう、それ以外の不安の芽に関しては周りがどうこうするしかないから、今生については俺や他の十二勇士の面々でそこをカバーしますよってことで。
「ローランがわたしに必要だから?」
「こういう場に私情を挟むのもよくないし、あんたのためにここにいるんだし、そもそも俺は自分の人生に妥協点を見出してるんでどこも問題ないっす」
気にしないでくださいってのは無理かもしれないんですけど、実際にもう問題が起きた後なんで、ともかく互いに背を預けて問題ない程度には信頼を結んでおくつもりなんで。
「ローランから向けられている好意が、特別なものだったらどうする?」
「それはないっしょ、あいつに限って」
一応は危ないかもって釘を刺しておいたけど、好みに合いそうな美女がいくらでも居そうなカルデアで、なにを間違って仇敵を相手にそんなことしなきゃならないんですか。
「酔っ払いの戯言を本気にするもんじゃないっすよ」
現場を目撃したアキレウスはともかく、まさかマスターまでそこ疑ってるとは思わなかった、気にするだけ徒労な気はするものの、不安の芽を潰すのは確かに大事か。
「わたしのために全部、押し殺す必要はないから。いやなものはいやだって言ってくれたほうがいい、自分の気持ちや心の整理が必要ならちゃんと言ってよ」
自分が傷つけば丸く収まるからって犠牲になる必要はない、そこまでの献身はしなくってもいいからさ。
「無理してるわけじゃないっす、本当に辛いことなんてなにもないんで」
「今はその言葉を信じるけど」
のっぴきならない状況になる前に相談すること、あと今回のはセクハラを通り越して犯罪スレスレだから普通に処罰対象と指摘するマスターに、男同士でも成立するんすねえと遠い目をする。
「わかりました、ちゃんと相談しに来ます」
「うん、わかったならよろしい」
その日の夕刻、待っていてくれよ絶対にだぞと念押しされた相手と待ち合わせしていたら、セイバークラスの面々と一緒に食堂の前までやって来た。今日の演練のパーティだったんだろう、目立つ騎士のみなさんの中から明るい声でおーいと手を振る待ち合わせ相手に、仕方なくこちらも応じる。
「なんかすっかり打ち解けてるな」
「まあ一週間になるからな、まだ全力には多少遠いものの戦の勘は冴えてきたと思う」
それはともかく夕食だと肩を組んで連れて行かれる、こんな十年来の親友みたいな距離の詰めかたを出会って一週間の相手にするもんなのかと、泡を噴きそうになるのを耐え、ローランは体を動かした後の補給も兼ねてかなり多めに頼んでいく、そこそこ大食らいだなこいつ。俺もそれなりに食べるが、健康な成人男性とほぼ同じか少し多いくらいだ、やっぱり強い奴ほど魔力消費も激しいんだろうか。
この間揉めた者同士が同じ席ということで好奇の目が集まるのは仕方ない、気にしないようにできるだけ周りを見ないように、目の前の食事に口をつける。
「そういえばあんた、宝具だとブリリアドーロに乗るんだって?」
あいつどうしてるんだ元気かと朗らかに聞かれるので、苦笑混じりにとてもよくしてくれてると返す。
「マスターには相談したんだけど、今度どっかで機会があったら見せるよ」
好きなときに呼び出せるほど能力が高ければなと、こういうときもどかしく思ってしまうものの、戦闘ってことで目を輝かせてるあたり問題はなさそうだ。
そこからはたわいないことを話して聞かせてくれる、今日のエネミーはどんなだったとかセイバーの誰かの戦い方が面白いとか、見たことない武器の話だとか。百戦錬磨の英雄を前にして臆することがない、それを面白いと思えるだけ神経が図太いというか、そういう部分も含めてやっぱおまえも根っからの英雄なんだなと痛感する。
「もしかして、また喋りすぎたか?」
「ああいや面白くないとかじゃないっす、食事中は返答が遅くなるだけで」
俺より量があったはずなのに半分ほどをすでに食べ終えている相手に比べ、まだ三分の一もこっちは減ってない、元からあまり饒舌ってわけではないし、冷める前に食べきりたいから食事中はどうしても返事が遅れてしまう。
「悪い、あんまり行儀はよくないな」
「そんな畏まられても困るんで、俺は気にしないっすよ」
あんたの楽しそうな声は聞いてて飽きないんで、好きなだけ話してくれて構わねえっすよ、まあレスポンスがないのが困るってんならちゃんと答えられるように、一応は努力するし、なんというか無言が一番気まずいし。
「そうか、じゃあなんだえーと。行ってみたい場所とか、あるか?」
シュミレーターを使えば色々な時代や国、季節などの環境を設定できると聞いてはいるものの、どれくらいの精度なのか試してみたくてと言う相手に、そうだなと少し考えてみる。
「マスターの故郷は興味あるな」
「日本か、確かに東洋の果てには俺も行ったことがないな」
旅をしてきたから多少は人より色んな景色を見てきたけど、それでも見たことない場所はやっぱり興味があるし心躍る、あと単純にマスターの話にたまにあがる学校とか、そういう当たり前だったという所がどういうものか見てみたいなと。
「食べ物が美味いって聞いてるな」
「食堂のみなさんからでしょ、マスターに合わせてってのを抜きにしても日本由来のサーヴァントもいるから」
気兼ねなく旅行なんてできる状況じゃないけど、彼女の語る故郷は彩り豊かで幸せそうな顔をしているから。
「大事にしているんだな」
「いや俺が大事にしてもらってるんで、その期待分は応えられないと」
そんな話をしながら料理を口に運んでいたものの、ふいにおまえ全然食べないなと指摘される、あんたが大食らいなだけで俺は普通だって、そう指摘した直後にほら食べろと口の中に肉の塊を突っこまれる。
「ちょっと、ちょっと待て」
「いいから食べろ、前も思ったがもう少し太ったほうがいい」
あまりに細身で心配になったぞと言うので、自分を比較対象にするなと思いつつ突っ込まれたスプーンを抜き、飲みこむために口元を抑えて咀嚼する様をじっと見られ、なんだよと睨み返せばすまん怒ったかと聞かれる。
「怒ってないけど、無理やり詰めんのは、よくないだろ」
窒息したらどうすると返すとごめんと大人しく手を引くので、あと俺は細くはねえっすと追撃してみる。
「いや細いだろ腰とか、やばかったぞ」
その一言で急激に顔が赤くなるのを感じつつ、相手の脳天に向けて手刀を叩きこむ。
「普通だ、とても平均値!」
人の服ひん剥いた感想がそれかよ、というか最低限の筋肉はあるつもりだしそんな心配されるほど絶対に細くない、マスターくらいの女性なら抱えあげられるはず。
「俺なら二人まとめて抱えられるぞ」
「ローランの筋力は世界標準じゃねえ」
だからこそ自慢の肉体たりえるんだろうが、それはわかってるんだがクラスとしての強化を差し引いてもなあと引っこまない。
「サーヴァントは全盛期の姿のはずなんで、俺の肉体はこれで完成っすよ」
それで完成かなんて言ったら再び脳天を打つつもりだったけど、そうだったなと思ったよりすんなり引き下がる。
「人間は鍛えれば強くなれるというイメージが、やっぱり抜けないんだよな」
「間違いではないけど、俺たちにとっちゃ肉体改造よりも、戦闘経験のほうが大事なんじゃないすか」
肉体の進化がないなら技術を研磨するしかない、座に持って帰れるもんではないけど強くなるのは悪いことじゃないし、だからって俺に向けておかわりを注ごうとする相手を押し留めるため、なにか話題をそらそうと必死に頭を働かせる。
そういえばあんた、マスターとは会ったことがないって言ってたよなと聞けば、ああそうだぞと追加の皿を差し出しながら言う、これはもう仕方ないと溜息混じりに受け取った。
「覚えてないだけかと思ったが、彼女も会ったことはないって言ってたし、間違いなく初対面だ」
「触媒でもない限り個人を狙った召喚は難しいって聞いてたんで、なんか意外で」
ここに来る奴等はどこかしらでマスターと縁が結ばれるか、召喚する土地や場所に縁がある場合が多いって聞いてたから、そのどれも当てはまらないのは偶然なんだろうか、ローランはしばし考えてそういえば召喚の場にアストルフォが居たなと口にする。
「あいつに引っ張られたんじゃないか」
連鎖召喚に近い状況で引き当てるってことか、ということはブラダマンテならロジェロが呼ばれるかもしれない、それは歓迎しにくいな。
「おまえは違うのか?」
「ギリシャの異聞帯で召喚された現地の俺と、マスターが出会ってたんで、縁が合ったほうだな」
今の俺とは全くの別人なわけだけど、彼女はそれを踏まえてもよくしてくれていると思う、かつての出会いでは友達だったとなれば、再会したような気分だったのかもしれないけど。
「今は友達じゃなくて、主従ってことで落ち着いてるけど」
「友達でいいんじゃないか?」
「ダメっすよ、それはあっちで召喚された俺のものだ」
勝手に奪い取っていいものじゃない、少なくとも俺にはその記憶がないんだから。
「真面目だな」
「詳しいことは伏せるけど、自分と同じことができる自信がやっぱないんで」
同じサーヴァントなのにかと首を傾げる相手に、全部同じ条件ってわけじゃないし、そもそもの立場が全然違うっていうか、説明しにくいなと口ごもる。
「まあとにかく、完全に同じ自分なんていねえってこと」
そういうものかとつぶやく相手に、そうだろと返す。
「もし聖杯戦争で出会ってたら、こんなふうに食事を囲む関係ではいられないだろ」
「それは確かに」
ご馳走さまでしたと両手を合わせ満足そうな相手に対して、多少の食べ過ぎた感覚はあるものの、まあそれ以外は特に問題にならなかったなと考える。最後にお茶でもどうだと温かい紅茶を入れてくれたので、ありがたくいただき息をつく。
普通だ、陽キャの距離に最初は震えあがったものの恐ろしいくらいなにもない、まあ平穏なのが一番なんでいいんだけど、アキレウスが指摘したこともマスターの心配もやっぱり外れてるな、いくらなんでもありえないか。
「なあマンドリカルド」
呼びかけられて手元から視線をあげてどうしたと聞いてみるも、特に言葉は続かず静かに顔を眺められる。なんかついてるかと聞いてみるも、いや別におかしなところがあるわけではないんだが、と言葉尻を濁してはっきりしない。
俺としては気まずい沈黙の時間が続いていたが、しばらくしてうんそうだなと何か納得した眩しい笑顔を向けられる。
「どうした?」
「やっぱりそうだ、平素は可愛いんだなおまえは」
一切なにも嬉しくない褒め言葉ってあるんだなと思っていた矢先、やっぱり今のほうがいいなと豪快に笑った相手が立ちあがり近づいてきたと思ったらすぐに視線が重なる、綺麗な所作で膝をつきテーブルに置いていた俺の手を取るとそのまま、流れるような動きで指先に唇を落とされる。
「えっ?」
なにがあった、今めちゃくちゃに顔のいい陽キャにキスされた気がするんですが、どこぞで趣味の悪い幻術にでもかけられましたか?
「先に手をあげたのは悪かった、ごめん。でもきみは許してくれると言った、寛大で深い慈悲の心によって、本来の運命に従えば決して許されざる者に許しをくれた、だからこちらも真摯に向き合おう!」
故にここに宣言する、今生限りだとしてもきみに愛を捧げることを。
手から滑り落ちたカップの割れる音と、厨房から鍋をひっくり返すような巨大な金属音が重なる、食堂全体は静まり返りしばし誰も声をあげることもなく。
「まあなんだ、たぶんきみのことを好きだと思うからよろしく頼む!」
「えっ?」
蚊の鳴くほどの声で無理っすとつぶやく俺に、なんでだよと叫ぶローランだったが次の瞬間に、令呪の真っ赤な光が走ったと思ったらとんでもない悲鳴が鳴り響き、マスターより宣言される二度目の接触禁止令。
そこで俺の記憶は途絶えて、三日ほど自室に引きこもった。
騎士らしい告白の仕方とはなんだろうと、小一時間ほど悩みました。
悩んだ結果、ローランは押して更に強く押すタイプだと思いました。
マンドリカルドくんに関するCPは読む専を貫くつもりだったのに、なんてこったい。
正直この二人は開拓していいのか、ものすごく悩ましいので続きはしばしお待ちください。
あとCP名は「ロラマン」でいいのかをどなたさまかご教授ください。
2022/6/8 pixivより再掲