人間万事塞翁が馬

「あーマンドリガルドじゃん! ちょうどよかった」  背後から声をかけてきた陽気な声に心臓が飛び跳ねるが、名前をつけられてしまった以上は無視することも恐ろしく、軽く挨拶してその場は退散しようと振り返った瞬間、数秒前の自分を最高に恨んだ。
「えっと、あんたは……まさか」
「アストルフォから聞いたが、本当におまえも居るのか」
 なんだよ信じてなかったのかよと突っかかる相手に、いや理性が蒸発してる相手の言葉が本当かわからないだろと、真っ当そうで無礼極まりないことを口走る男を前に、こちらは思考停止しかける。
「なんで、ここに?」
「さっきねマスターが召喚したんだ、二人って知り合いでしょ?」
 昔ちょっと色々あったかもしれないけど、知り合いなのは変わりないし、挨拶って大事だし、ここで偶然会ったのもやっぱり縁があるってことだろうし、だから声かけたのさ。えっへんと胸を張る同クラスの仲間に、軽い頭痛がし始めるんだけれどなんとか飲みこみ、溜息混じりの相槌を返す。
「改めて挨拶するのもおかしいかもしれないが、シャルルマーニュ十二勇士が一人ローラン、クラスはセイバーだよろしく」
「丁寧にどうも、ライダーのマンドリカルドっす」
 圧倒的に漂う陽キャのオーラに震えながらも、差し出された手を握り返した自分は偉いと思う、もう用は済んだはずだしそれじゃこれでと今度こそ立ち去る決心をつけた直後、必死の形相でみつけたと走り寄ってくるマスターの姿が目に入った。
「そんな慌ててどうしたの、なんか忘れ物?」
「召喚の挨拶が、終わった瞬間に、相手を掻っ攫われた、こっちの身になって」
 肩で息をして途切れ途切れに話す相手に駆け寄り、運動するために用意していた水のボトルを差し出せば、半分ほど一気に飲み干した後でありがとうと弱々しい笑顔を向けられる。
 召喚用の部屋からここまでは結構な距離がある、彼女の全力疾走で追いつけたのは問題児の二人が止まったからだろう、ということは多少は役に立てたのかもしれない、こういうのなんていうんだ、塞翁が馬だっけ?
 少しでも前向きな思考にするライフハックを試す俺のすぐそばで、案内してくるって言ったよねと平然と答えるアストルフォだが、それはダメと強い口調で拒否される。
「えっなんで?」
「理性が蒸発したサーヴァント二人で、自由行動させるわけにはいかないの!」
 ここには純粋な子供のサーヴァントもいるし、名だたる女王や貴婦人もいらっしゃる、そんな場所に地雷原でタップダンスを平然と踊る二人組が登場なんてしてみろ、情操教育的にも風紀的にも巨大なクレーターの完成待ったなしじゃないか。
「初めましての割に俺のこと的確に分析するな」
 実はどこかの戦場で会ったりしてないかと首を傾げるローランに、伝承とか思念体しか知らないんですけど、あまりにも有名なんでと彼女は疲れた表情で返す。
「あと召喚の挨拶でも」
「そういえば言ったな! これはすまん本心ではあったが、不安にさせる気はなかった」
 伝説に基づいて気の利いた台詞というか、リップサービス的なつもりだったんだが、もうちょっと別の言いかたがあったなと呆気からんと言ってのける相手に、ここまで脱ぐことに対して前向きなのはどうかと思うと流石に思う。
「とにかく二人で行動はダメ、絶対にダメ」
 トラブルを回避せんという彼女の強い意思に、そりゃそうなるよなと生前の相手を知る者として考えるところはある。流石に公共の場でまさかそんなことはするまいと思う反面、絶対にないと言い切れないのがローランである。
「でもさ僕の案内だったらすぐに終わるよ?」
「アストルフォだと施設の使いかたとか、そういう大事な説明がすっぱ抜けそうだし」
「ああそれは、否定できないかも」
 はははと笑うアストルフォ相手に、とりあえず案内は別の人に頼むからきみとローランは別行動ねと、引き剥がしにかかる。
「それじゃあ案内はマンドリカルドに任せるね!」
 これで開放されるかと思った矢先、再び飛んできた暴投になんで俺がと面食らったのはマスターも同じようで、流石にそれはまずいんじゃないのと震える声でこちらを確認してくる。
「だってさローランのことよく知ってるでしょ、説明とかも間違いなさそうで今は暇そうだし、いいよね?」
「いやでも、知り合いなら他にもブラダマンテとか」
「あっブラダマンテなら、今はいないよ」
 今日はランサーの合同訓練と食堂に張り紙してあったのを思い出し、そうだったと項垂れる彼女の表情から、必死で的確そうな相手を探してるらしい。
「ああいや、暇なのは本当なんで、こいつがいやじゃないっていうんなら俺が案内する、けど」
「俺も構わないぞ、ただしデュランダルに関してはやらんがな!」
「いや、それはもう必要ねえんで、いいっす」
「そうなのか?」
「ちょっと、色々とあってな」
 へえと興味深そうに返す相手の視線に耐えきれず、マスターにたぶん喧嘩とかそんなことにはならないと思うんで、任せてもらっていいっすよと告げる。
「本当に大丈夫?」
 本音を言うとすぐにお暇したいところなんだけど、困ってるマスターを捨ておくわけにもいかないし、こうなれば乗りかかった船ということで最後までつき合うさ。
「じゃあローランのことよろしく!」
「困ったら、すぐ連絡してくれていいからね」
 特に脱ぎ出したら言ってね令呪を使ってでも止めるから、という彼女からの支援を取りつけ、そうならないように全力を尽くすんでとだけ言って引き返して行く二人を見送る。

「おまえ本当にマンドリカルドだよな?」
「そうだけど、なんで?」
「いや、生前にあれだけ固執していたデュランダルを不要だと言うのが信じられなくて」
 実際その鎧も盾もヘクトールの物だろう、なのに剣だけいらないとはなぜだと直球の質問を投げかける相手に、俺のほうも色々とあったんですよと言うしかない。
「デュランダルなしでの姿で召喚されたってことは、俺はそれを持つのに相応しくないってことだし、それになくてもどうにかなるもんだし」
 そもそも宝具が不帯剣の誓いである以上、本物を握っても本来の力を引き出せるのかは怪しいと思っている、ならそれを持つべき者が所有した姿で現れたのを受け入れるまで。
「限界した姿に満足しているということか?」
「まあそんなとこ」
 話すと長くなるしそれはまた別の機会にとその場は誤魔化し、頼まれた案内役に従事しようと歩き出す。
「さっきマスターも言ってたんだが、カルデアにいるサーヴァントの中には女帝や王妃、そうでなくっても貴婦人のかたもいれば、聖女さまも魔女もいるんで、なんというか口説いたり、色恋に走るのは可能な限り避けたほうがいいと思うぞ」
「それで俺がはいそうですか、と答えると思うか?」
「いいや、でも忠告というか、警告というか、釘くらい刺しておいたほうがいいだろ」
 恋に狂った結果として身を滅ぼすのはこいつ自身も身に染みているとは思う、だがここに多くいる者はそもそも人間ではない、英霊にまで昇格された人物はやっぱり一癖も二癖もある、火遊びなんてしようものなら骨になるまで焼き尽くす、なんてことが冗談抜きで起きるかもしれない。
 第一こいつ自身が恋で狂気に落ちる者なんだ、目の前で急に全裸になったときのことなんて今もありありと覚えてる。失恋したからって急に脱ぎ出す理由もわからないし、そこで魔が差した俺も悪いっちゃそうなんだけど。
 この話題を続けるのはあんまりよくないなと判断し、ヘクトールさまがいるのは聞いたかとたずねてみる。
「あの大英雄がいるだと!」
「聞いてなかったんすか、俺なんかの話よりそっちのほうが大事でしょうに」
 とはいえ件の大英雄は今シュミレーターで訓練中だ、夕飯前には終了予定だと書いてあったし、その時間帯に食堂へ行けば会えるかもしれないが。
「サーヴァント用に食堂があるのか?」
「あー確かに俺等は食事する必要はないんっすけど、マスターも含めて人間のスタッフも多いし、食事の楽しみっていうのはやっぱり人として外せないっていうか」 「なるほど、士気を高めるためには美味い食事がいい」
 自分たちにとっては娯楽に近いものなわけだが、ここに居る者の多くは当たり前のように食事に向かう、俺もすっかり馴染んでるし食事の内容も満足しているから文句はない。
「マスターに合わせて和食が中心なのか?」
「日本風の味つけが多いらしいっすけど、厨房に立つ奴等も色々だからな。それぞれの国に合わせた料理が並ぶときも結構ある」
「料理人の英霊がいるのか」
「いや料理人とはちょっと違うか、野営が多かったから調理に慣れてるとか、狩人だったから獲物を捌くのに慣れてるとか、人に手料理を振る舞うのが好きだからとか」
 食文化も異なる者が多い中で率先して料理を作る者は重宝される、自分も手伝いくらいならたまにするが、彼らの作る料理は心が踊るような美味さなのだ。
「コミュニケーションの場としても活用してる奴も多いし、顔を出すのはいいと思う」
「へえ」
 そんな話をしていたから自然と足は食堂に向いており、厨房で忙しく働いているメンバーに新入りの挨拶をしたところ、丁度手が空いたらしいブーディカさんが朗らかに出迎えてくれた。
「すんません、ランサーの皆さんが帰ってくるのがいつかとか、聞いてたりするっすか?」
「夕方の六時の予定だって、戻って来たら宴会になるだろうし料理も用意してたんだけど、新入りさんの歓迎会も必要かな」
「急ですけど、大丈夫ですか?」
「一人くらい増えたって大丈夫よ、参加人数よりどうせ増えるって思って多めに用意してたんだもの、案内するなら六時頃までに戻って来てね」
 じゃあまたねと見送りを受け食堂を後にし、艦内の必要な施設を歩いて回る。
 司令室に行き所長へ挨拶を交わす、ローランの発言に一瞬だけ顔を青くされたものの、本当に脱いだりはしないんでとその場をやり過ごして早めに退散して、次は医務室へと向かった。
 急患でもないのに連れてくるなと苦々しい顔で出迎えたアスクレピオスに、いや待てローランとか言ったか理性の蒸発については観察してみたいと言われて、下手に弄られる前にさっさと退散し、シュミレーターについても軽く説明する。
 戦闘訓練に使えると聞いて目を輝かせてるところ悪いが、今日はたぶん予約が埋まっているから今度なと言って首根っこを掴んで引き剥がす。マスターが後日、実践訓練に連れて行ってくれるだろうし、今日のことろは使い方だけ知ってればいいだろ。
 図書室の膨大な書籍や、これまでカルデアが歩んだ足跡を刻む記録ルームの壮大な冒険譚に心惹かれるが、手に取るのはまたの機会にしてもらって、紫式部を口説こうとしたローランまだまだ案内するべき場所があるからと引きずり出す。
 魔術工房や縫製工房にも顔を出し、この巨大な船に興味が沸いたらしいローランたっての希望でエンジンルームにも足を運んだりした。
「まさかこの船をあんな子供たちで動かしているとは、驚いたな」
「見た目は子供っぽいけどれっきとした英霊だ、色々となんか複雑な奴ですけど」
 門外漢が勝手に入って来てんじゃねえとネモ・エンジンの怒号が飛び、マリーンズたちにすぐさま追い出されてしまったエンジンルームだったが、とりあえずえげつない動力で動いているのはわかったのか、気に入ったぞとボーダー内部を目を輝かせながら内部を歩き回っていたのだが。

「ところで、この景色については聞いてもいいのか?」
 ガラス張りの窓から見えていた外の風景、寒冷地というわけではないんだろうという質問のとおり、窓の外にあるのは陽が傾き少しずつ色を変え始めた空と、気が触れそうなくらいどこまでも真っ白な大地が広がっている。
「地球の白紙化ってやつのせいで、こうなってるらしい」
 今の世界にはこの船内を除いて一切の生命も文明も存在しない、あるのはありえない世界を根づかせるために降臨したという異聞帯と、それを指揮する者の拠点くらい。あとはただ漂白されてしまった大地が広がるだけ、今この星は人間が歩んできた世界そのものがなかったことになっている。
「故郷が消えるというのは、歴史上でも何度も起きたことではあるが、相手の土地を奪うだけでなく存在までまるごと消しとばす、なんていうのはそう聞くことじゃないな」
 しかもこれほど大規模だとは、郷愁なんてものも感じさせないほどにどこもかしこも真っ白だ。
「元に戻せるのか?」
「そのためにマスターと、俺等がいるんで」
 正しくはマスターを始めとしたここの人間のスタッフたちだが、残された人類を救うにはあまりにも少数で、だからサーヴァントのような反則級の存在が必要になったという。
「とはいえ、俺は一騎当千なんて言えるわけじゃねえけど」
「そこは胸を張って言えよ」
「いや無理だって、ヘクトールさまのような大英雄もそうだけど、神話級の人たちは化け物じみてるっていうか、上には上がいるっていうのをほとほと痛感するっつうか」
 伝説の剣を持たず、ライダーとしての能力も中途半端なんて体たらくで、どこから自信が沸いてくるってもんなんだって話。大きく溜息を吐く俺に向かって、おまえ生前はもっと自信家だったろうがとむくれた面したローランに背中をぶっ叩かれる。
「なんだ俺の前で見せた傲慢不遜の王子たる姿はまやかしか、それとも名をかたる偽物か?」
「いや、マンドリカルドで間違いないって」
 華々しい英雄物語に登場する敵役、それが俺だ。
 死んでから振り返ってみると自分の思いあがった姿を恥ずかしく思った、なのに相手があまりにも壮大な物語だったために、自分のような記載が残ってしまって今こうして反省してるわけ。
 でもまあ振り替えて正当な評価だったから、受け入れるしかねえなと思ってるわけで。
「言い忘れてたけど、見た目なんか若そうに見えてるかもしれねえが、中身としちゃ四十前後くらいだし、自分のやったこと色々と思い出して自己嫌悪にずっと襲われてる陰キャっすよ、今の俺は」
 生前とはそりゃ全然違うだろうさ、正直なところ王であるなんて思っちゃいない、騎士と呼ぶのもおこがましい冒険者崩れの何者か。
「じゃあなんでおまえは剣を振るうんだ?」
「まあ単純な話、主従の契約を結んだからってのもあるけどさ、なんもできないからってこの世界にあの子を放り出して平気なほど、悪人じゃないんで」
 そうつぶやくとしばらくして相手は笑い出した。
 そんなおかしなことを言ったか、むしろ根暗モード全開のはずなんで怒られるか諭されるかするんじゃないかと気構えたのに、ひとしきり笑ったローランはなるほど、おまえはよく出来た男だったんだなと言い切る。
「どうしてそうなるんだよ」
「いやなに俺は生前のこと振り返って恥ずかしいと悔い改めたりしてない、全裸で街を練り歩いたことも全力で肯定できる精神だぞ」
 結局のところ、ローランという男の理性はどこか僅かに狂っている、まともに見えても歯車は少しズレたところで空回りしているのだ、過去の自分を恥入って態度を改め、同じ轍を踏まないように誠心誠意をこめて今を生きようとすることは、たぶん俺にはできないことだろう。
「積み上げた自分に居直らないのは偉い!」
「なんかあんたに言われても、あんま嬉しくねえ」
 輝かんばかりの笑顔で返されて、おかしくはないけど笑い返す。
 しばらく二人揃って窓の外を見ていたが、そろそろランサーたちが戻ってくる時刻だなと思って食堂に行こうと声をかける。
 槍兵を中心にした大宴会が始まるという直前、ブラダマンテとアストルフォも合流し、円卓の騎士さまやらフィオナ騎士団の人たちも合わさって、あまりにも華やかな中心部を見て、これはもうお役御免かなと端の席に移動するとお疲れさまと声をかけられ、空いていた席にマスターが座った。
「とりあえず必要そうなとこは案内しました、後はあの二人に預けても大丈夫っすかね」
「うん、特にトラブルもなかったみたいでよかったよ」
 あーでも新所長からは風紀の乱れに繋がるから要監視対象だぞと念押しされたなあと言うので、すんません脱がせはしなかったんですけどとつけ加える。
「いいよ、頼光さんがまだ動いてないってことは、大丈夫だってことだし」
 気を使ったんじゃないのとたずねられるので、いやちょっと疲れたくらいで案外平気でしたよと言うと、めちゃくちゃ意外なんだけどとつぶやく。
「ごっそり精神すり減ったんじゃないかって、心配してたのに」
「見てのとおりの根明野郎ではあるんですけど、まあ良くも悪くも知らない奴ってわけでもないんで、まあなんとか」
 生前には色々とありましたけど、ヘクトールさまとアキレウスほどギスギスしてるわけでもないんですよ、第一あいつに石投げたところでこれっぽっちもダメージにならないだろうし、なんか投げたほうが負けた気分になりそうだし、こっちはこっちで負い目もあるんで投げる資格があるわけでもなし。
「なんか複雑なんだね」
「人生ってのはそんなもんです」
 これは我儘になるかもしれないんですけど、どこかであいつと同じ編成にしてくれないっすかと言うと、なんでまたとビックリしたように目を見開くマスターに、単純に宝具を使うとこ見せてやりたいと思って。
「いつでも呼び出せるわけじゃないけど、ブリリアドーロは一応持ってこれたわけですし、どう思うかは知らないけど元気でやってるってのは見せないといけないかなと」
 デュランダルはやらんと言われたけど、こっちもブリリアドーロを返すつもりはないんで、それでこの件はおあいこってことにならないかな、というのが俺としての落としどころってだけ。
「わかった、じゃあ今度シュミレーターで模擬戦闘でもやってみようか」
「すんません、我儘言って」
 そんなのは全然、我儘の内にも入らないよと笑うマスターに、じゃあ疲れたんで俺はこれで失礼しますと言い置き、騒ぎの輪から完全に離脱して部屋に戻った。

 静かな自室で次の演練に使うための木刀を削っていたところ、ノックにしては派手な音でドアを叩かれる、この力ならバーサーカーの誰かだろうか、とりあえず壊される前に今開けますからちょっと待ってくださいと言うと、叩く音は止んだ。
「はい、どちらさま」
「よーうマンドリカルド!」
 扉が開いた瞬間に発せられる大音声に耳ではなく目をつぶってしまった、いやもう声が明るいんだしょうがないだろ。眩しいまでの満面の笑顔を向けるローランと、半分くらい出来あがってそうなぐでぐでのアストルフォと、アーちゃんほらちゃんと立ってと支えているブラダマンテという、あまりに目がくらむ三人組だった。
「皆さんお揃いで、なんのご用です?」
「今日のお礼を言おうと思ったら、おまえもう部屋に戻ったって聞いてさ」
 寂しいぞ俺はと叫ぶローランに夜なんで静かにしてくださいよと、なんとかなだめられないか声をかける。
「それでえっと、わざわざ俺の部屋まで挨拶に来てくださったんですか?」
「せっかくだから一杯と思ってな、食堂から貰ってきたんだ」
 差し出された酒のボトルとつまみを前に、この四人でっすかと聞けば私はアーちゃんを部屋に連れて行くので、これで失礼しますとブラダマンテは言う。
「ローランがあなたのこと気に入ったみたいで、二人でもう少し話がしたいと。日を改めようと言ったんですが、この人もお酒が入ってて話を聞かないので」
 アーちゃんはこんな状態で介抱が必要そうですし、おつき合いできそうになくすみませんと頭をさげる彼女に、いや男の部屋に女の子一人は色々とまずいっしょと返す。
「入ってもいいか?」
「あーいや、ちょっと散らかってますけど、それでも構わないんなら」
「俺は全然構わないぞ!」
「まったく、あんまり他所様に迷惑かけないでくださいよ。マンドリカルド王、邪魔になったら遠慮なく放り投げて結構です、体だけは丈夫なので、床に転がすなり廊下に捨てるなりしてもたぶん大丈夫です」
 脱がない限りはとつけ加えられるが、そんな惨状の人物をほっぽりだすほど人でなしでもないし、そんなことになろうものなら連帯責任にされそうだし。とにかく気分よく酔ってそうなローランを部屋に招き入れ、アストルフォを抱えるブラダマンテを見送りドアを閉める。
「食堂はどうだった?」
「料理も酒もとても美味かった、皆が食堂に通うという理由がわかったよ」
 そうだろと言いながら削りかけの木刀をどけ、散らばった木屑を軽く掃除して机を用意する。酒もつまみも用意して貰った以上、お客様をもてなす用意はほぼ不要だしな。
 二人分のグラスに酒をそそぎながら乾杯の音頭とかいるかとたずねると、堅苦しいのは抜きでいいだろうとグラスを取り、軽く微笑みこの俺たちの出会いに乾杯だと言う。顔のいい男はこれだからと嫌になってしまうが、乾杯と言った以上は口をつけるのが礼儀だ、せっかく貰った美味い酒なんだからありがたくいただく。
「せっかくの宴会だったのに、わざわざ抜けてまで俺なんかとどんな話をするつもりだ?」
「そうだな、酒を傾けながら話ができるなんて思いもしなかったからな」
 まずはお互いが尊敬するヘクトールについてなんてどうだと提案され、いいなと思わず笑みがこぼれる。なにせ目の前にいる相手はかの剣の持ち主なんだ、憧れの英雄についてとなれば話に熱も入る。
 二人でしばし英雄談義に花を咲かせ、流れで他の話題もちらほらと挟みながら、酒を飲み進める。酒の力と好きなものについていくらでも聞いてくれる相手とあって、少しずつ饒舌に話せるようになり、ゆったりした心地いい熱に浮かされてきた。
「ああいい気分だ、今こそ脱ぐべきだと心は告げているが、構わないか?」
「ええ」
 やっぱりダメなのかと叫ぶ相手に、いや自室に全裸の男がいる状況ってあんま歓迎できないだろと正論で返そうかと思ったが、艦内を歩いている間も食堂でも脱ぎたい衝動を抑えていたのなら、他に誰かに見られるわけでもない今は確かに好機っちゃそうだろう、なにより酒の席だしな。
「しょうがないな」
「いいのか!」
 おまえが脱ぐのは知ってるから驚くこともない、むしろよく今まで我慢できていたなと言うと、それならお言葉に甘えて脱ぐぞと上の服に手をかけて浮かれた気分で脱ぎ始める。晒される裸体のよく鍛えあげられた筋肉に、あのときまじまじと見る余裕はなかったけど、体格に恵まれた相手の裸体にもうちょっと俺も鍛えるかと考える。 「ありがとうな脱ぐの許してくれて、やっぱりおまえいい奴だよ!」
 そう言いながら俺のグラスにたっぷりと追加の酒をそそぎ、自分のグラスの中身を煽って空にすると、全裸最高と叫びながらもう一杯と酒を注ぐ。
「いや可能なら全裸は勘弁してほしいんすけど」
 注いでもらった酒に口をつけながらやんわり指摘すると、靴を脱ぎ下の服に手をかけていた相手がなんでだよと叫ぶ。
「ここまで来て全裸禁止なのか?」
「いや、禁止ってわけでは」
 なら構わないんだなとさらっと脱いでいくローランに、なんで全て脱ぐことにこだわるんだよと苦笑しながら、脱ぎ捨てられた服を拾いあげ皺を伸ばして畳む。霊体化すれば済むんだろうけど、どうもこういう人間らしい部分は洗い流せるものではない。
「いいか、皆なぜ全裸を否定するかわからないのだが、なにも身につけていない状態というのはことの他、気持ちがいいんだぞ」
「それはあんただからでしょ」
 金剛石なみの肉体なら、服や鎧を身につけなくても防御面では問題ないだろう。
 ただ汗や雨に濡れて張りついたら気持ち悪くなってくるときはある、そういうときに脱ぎ去ってしまえば気分がいいのは、まあ理解できなくもないけど。
「わかってるじゃないか、入り口はそういう場所さ、不快感を乗り越えた先に真の自由が」
 服を脱いで気分が最高潮に至ったらしい相手が、熱っぽく語りだすのでそうっすかと適当に聞き流していたものの、そうだおまえも脱げばいいと高らかに宣言した瞬間、全身にいやな汗をかいた。
「ここには俺とおまえしかいない、俺だけが全裸で決まりが悪いならマンドリカルドも脱げばいい!」
「なんでそうなるんっすか、いやだよ絶対にいや」
「なぜだ、素晴らしいとわかってくれるだろ、さあ脱げ!」
 運が悪いことに自室でくつろぐならと鎧は解いてしまっていたため、強い力で服を脱がしにくる手を邪魔する物が少ない、やめてくれと抵抗するものの上と下を交互に狙われるので、なんとか攻防を続けるもののこれはジリ貧だ、筋力Cでこの馬鹿力との応戦は絶対に分が悪い。
 上に着ていたシャツを脱がされ薄手のインナーだけにされ、後退しつつなんとか下の服は守るものの、なんで逃げるんだと迫る相手の気迫に思わず押される。
「いやダメでしょ、男二人で全裸とか意味わかんねえ!」
「その羞恥は不要だと言って」
 互いの足が絡んで体勢を崩すが、受け身も取れる状態ではなかった。全身を思いっきり打ちつけるのを覚悟したものの、想像したよりも衝撃は少なく床の上に倒れこむ。
「大丈夫か?」
「あー、たぶん」
 全裸の美丈夫に押し倒されてるとかいうわけわかんねえ状況じゃなければ、体勢を整えて頭を守ってくれた相手に感謝するところなんだけど、今回はこいつに十割非があるからな。
 打ちつけた背中はそこそこ痛みが広がるものの、勢いに対しては覚悟したほどではないので、よほどうまく守ってくれたらしい。その相手はマウントポジションを取ったまま身じろぎしないので、どうしたと聞いてみると恐ろしいくらい真面目な顔でおまえとつぶやく。
「生前から、かっこいいなと思ってたんだが」
「どこがっすか、平凡の中の平凡でしょ」
 というか早く退いてほしい、体重をかけられてるかんじではないが流石に今の体勢はキツい、視覚的にマジですっごいキツいから早く退いてくれ。
「いやうーん、そうだなまず脱ごう」
「はあ?」
 まだ終わってなかったらしい攻防戦を、有意な状況から再開し始めた相手に身をよじって逃げようともがくが、上から押さえつけられてインナーに手をかけられ、するすると慣れた手つきで人の服を脱がしにかかる、抵抗する腕を押さえつけ片手で胸元近くまでずり上げられて、相手よりも明らかに細身の体を直視されすっごい気まずい気分になる。
「おまえ鍛えてはいるが、こうして見ると細いな」
「そりゃあんたと比べれば、俺なんかは細身でしょうよ」
 身長も体つきも一周りほど大きく見える乗り上げたローランの顔は、先程までの熱量とは別のもっと強く熱く真剣に見えて、その場で確信する、このまま流されるのはまずいのではないかと。
「なあローラン、ちょっと落ち着こうぜ」
「俺は落ち着いている、そして全裸にかけては好機と捉えている」
「いやダメだって、いやって言ってるだろやめろ、やだ!」
 インナーを脱がそうと画策していた手だが、途中で邪魔くさくなってきたのか服の端を掴むと真ん中から強い力で引き裂かれた、なにすんだよバカと叫ぶものの気にかけることもなく、胸板から腹にかけて晒された肌を撫でられひっと弱々しい悲鳴をあげてしまう。
 嫌な予感はしていたものの、明らかに今の悲鳴で相手の目つきが変わった、サシ飲みにしたことを後悔する程度には状況があまりに悪すぎる。
「ローランやめろって、これ以上は冗談じゃすまねえから、なあ!」
 こちらの声が聞こえているのか、それともこの距離で無視されているのかいよいよ怪しくなってきたので、涙目になりながらやめてくれ誰か助けてと叫ぶ。
「おーい騒がしいなどうし、た?」
 水を打ったように静かになる部屋、鍵をかけ忘れていたドアの前で立ち尽くす相手に向けて、お願いですから助けてくださいと叫んだ次の瞬間に、ローランの馬鹿でかい体は部屋の壁に叩きつけられていた。
 この日この一瞬だけ、俺の中でナンバーワン大英雄がアキレウスになった。

あとがき
マンドリカルドくんもローランも、互いにそこまで遺憾がなさそうだったので、これワンチャン絡ませていけるんじゃないか?と思ったんです。
想像以上に書いてて楽しかったので、どうしてくれんだとなってます。
ローランを育成してる間に、続くかもしれないです。
2022/6/5 pixivより再掲
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