改めて聞かれると困る

 イベントの空気に染まって様々な仮装をした人、食堂で振る舞われるお菓子を楽しみにしているサーヴァント、単純にお祭りを理由に宴会を楽しむサーヴァントと、楽しみかたは人それぞれ。
「trick or treatよマスター」
 声をかけてくれたほうを振り返ると、黒猫の耳をつけたアビゲイルが笑顔でこちらを見返してくれる、可愛いねと声をかければそう言ってくださると嬉しいわと、照れたように笑うので用意していたクッキーの袋を渡す。
「ありがとう」
「お栄さんと一緒に食べて」
「そうするわ」
 彼女が手にしたバスケットには、すでに可愛いラッピングに包まれたお菓子がいくつも入っている、ハロウィン楽しんでると聞けばとても楽しいわと笑顔で返される。
「そう、さっきとても綺麗な人に会ったの」
「綺麗な人?」
「ええ、たぶんどこかの王さま? 素敵なお洋服の、綺麗な人だったわ」
 王さまと呼ばれて頭を過ぎる姿が何名かいるものの、その誰かが普段とは違う衣装で今日を楽しんでいる、らしい。
「それじゃあまたね」
 走り去るアビゲイルを見送って、お祭りだからそんなこともあるかと思ったものの、ふと王さまと答えた声が疑問系だったことに引っかかる。
 カルデアに召喚されたサーヴァントで、見知らぬ人なんてことあるんだっけ、古代王とかよほど自分の領域に引っこんでる人なら、そんな人がイベント事に乗り気になることも珍しいんだけど。
 まあでも興が乗ったなんてことあるかもしれないし、そんなこともあるかと思い直す。

「trick or treat」
 声をかけられて振り返ると、笑顔のナーサリー・ライムと彼女の友人らしい、ジャックが少しだけ悪戯っぽい笑顔を浮かべてこちらを見つめる二人に、ローランが悪戯は勘弁してほしいなと笑いかけ、手にした荷物からお菓子の入った包みを二人に分ける。
「ありがとう、素敵な騎士さま」
 今日はいつもの騎士さまたちと一緒じゃないのねと言うナーサリーに、あっとどう答えるべきか迷っているようなので、裾が地面につかないように気を配り、二人に視線を合わせるように腰を下ろす。
「今日はシャルルマーニュ王には秘密で、この騎士さまを借りてまして」
「まあそうなの?」
 なにか悪いことをしているのと首を傾げる少女に、外を歩くのに護衛を頼んだだけですと答えれば、そうね今日のお散歩は悪いものに出会うかもしれないわ、と納得してくれたようだ。
「そうなんです、だから出会ったことは秘密にしておいてほしいな、って」
 お願いしますと二人にキャンディの入った包みを渡すと、わかったわ綺麗な王さまと笑顔で頷くので、ありがとうございますと礼を告げる。
「どうかした?」
「ううん、王サマって大変だもんね」
 わたしたちはわかるよ、でも秘密はちゃんと守るから安心してねと言うジャックに、一体この子にはなにが見えてたんだろうかと、首を傾げるものの行きましょうと手を引かれて行ったので、真相は闇の中ではある。
「本当にバレてないんだよな?」
「だと思うけど」
 何人か廊下ですれ違っても遠巻きに見られるに留まっている、よく声をかけてくれるような相手から特に弄られるでもなく、普通に道を譲ってくれるということは本当に「なんか高貴な人」くらいに映ってるってことだろう、でないと黒髭あたりなら遠慮なく声かけてきただろう。
 先ほどのジャックは、なにかしら感じるところがあったようだけど、クラススキルの影響とかだと信じたい。
 手を引いて案内してくれるローランの歩調は普段よりゆっくりだ、動き難いと最初に言ったから配慮してくれてるんだろう、着慣れてねえのは本当だけど、今日ばかりは手を引いてくれるのはありがたい。
 そもそも人前で手を繋ぐことがまずない、浮かれるなって釘を刺してるのはそうだけど、まあこんな機会でもなければ人前くっつくこともないし、緊張してる反面で相手の頬が緩んでるのが見て取れる、本当に嘘がつけない奴だよなと改めて思う。
「いやだってそりゃ、嬉しいだろ」
 俺のために着飾ってくれたというのがすでに嬉しいのに、こうして一緒に出歩いてくれるのが珍しくて、浮かれるなっていうのがまず無理だという。
「そこまでっすか」
 どこに行くでもなくただ散歩してるだけだ、まあ見られたところで恥ずかしい格好というわけではない、分不相応でちょっと生意気に映る可能性はあるけど、早急に座に帰還したくなるほどのものじゃないし、本当にこれでよかったのかと疑問ではあるけど。
「よく似合ってる」
「そっすか」
 手放しで褒められるとやっぱりくすぐったいなと思うものの、完全に浮かれてるらしいローランはまだ足りないとかんじているのか、放置すると褒め言葉をくれるもんだから、どうにもこう居心地の悪さというかむず痒いというか、落ち着かないのはそう。
 次どこ行こうかと楽しそうに声をかけてきた相手に対して、ちょっと待てと静止をかける。
「どうした?」
「いや、知り合いっすね」
 まだ姿は見えていないものの、廊下の先から聞こえた声はよく知る彼の同僚のものだった、俺のほうは問題なくともおまえは詰問されると色々と困りそうだから、引き返そうかと提案すれば、アストルフォにみつかればすぐ追いつかれるとすぐさま返ってくる。
「流石に、隠密行動もない以上はみつからずには無理だろ」
「どうする?」
 俺一人ならみつからないわけだし、どこかで隠れてやり過ごして待つかと聞けば、それは危ないだろ首を振られる。
「いやカルデア内でエネミーに遭遇するとかねえし」
「着飾った恋人を放置するわけにいかないだろ」
 いや誰も俺だって気づいてねえし、そこは問題ないんじゃないかと言いかけたが、やっぱりこうするしかないかと何かを決心したようにつぶやくと、失礼するぞと宣言と同時に抱きかかえられる。
「ちょっ、バカおまえ」
「暴れないでくれよ、落ちるぞ」
「無理だろ、普通にこれは」
 認識阻害があろうがなかろうが、人前でお姫さま抱っこなんてされたくはない、というか普通に恥ずかしいからやめろ。そう言っても相手はすでに腹を決めてしまったらしく、行くぞと足早に廊下を進む。
「いや行くってどこに」
「俺の部屋まで」
 このあとはお茶の予定だったろ、しっかり捕まっててくれよと言うと声をあげる間もなく走り出した。
「なっ、だから、そういうのは先に言え!」
 危ないだろと言ってもわかってるけどさ、あいつらにみつからないようにって、もう素早く移動しかないだろと真っ当に言い返されると、反論はし難い。
「もうわかったから、落とすなよ」
「そんなヘマはしないぞ」
 おまえ軽いしなとからりと笑われるので、何度目か不明だが体型は普通だと返す。気は使ってくれてるだろうけど、流石に揺れるし振り落とされないように、抱きつく腕に力をこめる。
「なんだろうな、逃亡するお姫さまってかんじ?」
「いや、姫じゃねえっす」
 わかってるんだが格好がな、こうやって抱えてしまうとドレスのように見えなくもないと言うので、それだったらもっと丁重に扱えと軽く頭をはたく。
「どこか痛めた?」
「そうじゃなくって、断りもなく勝手に抱きあげるな」
 ちゃんと失礼するって言っただろと主張するものの、そんな問題じゃねえんすよ、ただの散歩と違うから余計に人目集めるし、幸か不幸かそれなりのスピードなんで、顔が視認されてるとは言い難いだろうけども。
 一足飛びに部屋まで連れて来られて、中に入ってからようやくおろしてくれたものの、着崩れたりしてないだろうなと服を整えていると、こちらに向いた視線をかんじてなんだよと問いかける。
「やっぱり、よく似合ってるなって思って」
 どこか引っ掛けたりしてないよなと心配してくれるので、見える範囲では特にないっすねと返す。
「声もかけずに一方的に悪戯しやがって」
「そんなつもりじゃなかったんだが」
 もしかして怒ってると聞かれて、怒らないほうがどうかしてるだろとため息混じりに返す、ごめんとしょんぼりした顔を向けるものの、悪気があったわけじゃないのはわかってるよと返す。
「まあしっかり案内はしてくれたんで、ご褒美くらいあげますよ」
 ほらと手招きすると素直に目の前にやって来た、本当に素直すぎて心配になるなこいつ。
 ちょっと緊張気味に視線を合わせてくる相手の頬に手を添えて、そのままなと声をかけ、持ち歩いていた飴玉を相手の口の中へ押し入れる。
「ん?」
「ハッピーハロウィン、ってことで」
 さてお茶の準備でもしますかと離れれば、ちょっと待ってくれと腕を取って引き寄せられると、流石にここまできて子供扱いは怒るぞとムッとした顔で告げられる。
「騙されてくれねえっすか」
「いやだ」
 できるなら独り占めしたいさと、俺の頬を軽く撫でてから拒絶はないと判断したのか、口付けられる。
 柔らかく触れ合うだけのキスで済むわけがなく、割り開いて入ってきた舌に口内を荒らされる、さっき口に入れた飴が唾液に混ざって溶け合い、いつも以上に甘く熱い。深くはあるものの荒々しくはない、ただ熱っぽいキスに頭が沸騰しそうになる。
「ふぁ、あの、ローランもう、待って」
 息まで全部吸われそうだとなんとか押し退けるものの、今日はやけに甘えたらしく、鼻先やら頬に軽く触れて続きをねだられる。遠慮しねえの珍しいなとあがった呼吸を整えていると、抱き締める腕が腰を撫でてきた。
「おまえな」
「その気じゃないなら、これ以上は手出しはしないけど」
 どうすると触れ合うギリギリの距離で問いかけられて、ここまできてダメとは言わないと視線を逸らしつつ答える。
「よかった」
 心置きなく独り占めできると再び抱きあげられると、部屋のベッドに押し倒される。
「王に狼藉を働く騎士とか、悪い奴」
「それを言われると返す言葉はないが、でもきみも乗り気だろ?」
「まあ、そうなんすけど」

あとがき
今回で終わろうと思ってたんですけど、気分的に乗っちゃったのでイイことする二人も書きたいですね。
果たしてハロウィンに間に合うのだろうか?
2022-10-28 Twitterより再掲

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