改めて聞かれると困る

 イベント事のふわふわと浮ついた空気がカルデア中に満ちている、すでに何度か経験しているものの、ここまで仮装やら飾りがあるとやっぱり独特の雰囲気が加わって、心から楽しくなってくる。
「やあ、そこのお兄さん」
「俺か?」
 そうだよと声をかけてきた相手に、なにか用だろうかと視線を合わせながら問い返せば、きみのパートナーがお待ちかねさと胸を張って答えられる。
「もしかしなくても、マンドリカルドのことか?」
「他の名前を出したら、きみのこと軽蔑してたぜ」
 さあほら行くよと手を引いて歩き出す相手に、どこへと聞けば縫製室だよとケロッとした顔で言う。
「大変だったんだぜ、この時期に無理難題を吹っかけられてさ」
「そうなのか」
「きみが言ったんだろう?」
 なにがと聞けば、いやだから彼にどんな服を着てほしいかリクエストしたんだろと、内容に対してなぜか口調が軽い相手の言葉を受け止め、どこから言ったらいいだろうかと頭を悩ませる。
「まあ詳しい事情は首を突っ込まないさ」
 忙しいのはいつものこと悩ましいのは誰もがそう、事情を知らずとも手を差し伸べる、それが花嫁のためにいる妖精たるボクの仕事でもある。
 そう話しながら前を行く小さな背中に、どこの妖精であろうとも行動理念は変わらないんだなと、勝手ながらに思う。
「おーい連れて来たよ」
 開けていいかいと部屋の中へ問いかけると、準備完了ですよと中から別の声が答えてくれるので、それじゃとドアを開けて先にどうぞと勧められる。
「えっと失礼します」
 いらっしゃいませと笑顔で迎え入れてくれたミスクレーンに、こちらへどうぞと更に奥へ案内されると、いらっしゃいましたよと別の少女の声が重なる。
「他に誰か?」
「メディアさまがいらっしゃってます」
 ひょいと顔を覗かせた少女のほうのメディアは、今回少しだけお手伝いしましたのでと笑顔で答える。
「そうなんですか?」
「イアソンさまがお世話になっているので」
 僭越ながら少しだけお力を貸しましたと答えてくれた彼女の後ろから、あの本当に大丈夫なんすかとおそるおそる顔を出したマンドリカルドに、えっと思わず声があがる。
「そんな奥にいらっしゃらずに」
「ああいや、普通に動き難いんすよ」  あまり慣れてねえもんでと困ったようにつぶやく彼は、普段の鎧姿ではなく、上下とも白地に金の刺繍で飾られた非常に格調高い衣服を身にまとっている。声もなくただただ見惚れるくらいに、とても厳かで美しい。
「どうだい、立派なものだろう?」
 大変だったんだぜただの刺繍じゃないんだ、その国に伝わる紋様って大事だから、由来から調べたんだ。
「お手を煩わせてすみません」
「いいとも、勉強になったしね」
 手がかかった分とても満足する出来さ、なにせ王さまの衣装なんだぜ、こんなの早々に手がけることはないからね。
「で、どうだよ?」
 正直ちょっとやり過ぎてるような気はするんだけど、俺の故郷の王族が着る服はまあこんなかんじ、あんたの想像する王とはちょっと違うかもしれないけどさ。
 照れたようにそう語る彼の両手を取り、とてもよく似合っていると返すと、そっすかと視線を逸らして返される。
「浮いてたりしないですかね?」
「そんなことありませんよ」
 どこから見ても立派な王のお姿ですと答えるメディアに、服に着られてるような気がしますけど、まあお陰さまで見た目は誤魔化しきれてますかねと言う。
「またそんなご謙遜を」
「いやここに召喚されてる他の王と比べると、やっぱり見劣りはするんで」
 それも一日限定なら多少は我慢できるかと思ったので、こうしてお願いしたわけなんだけど。
「とりあえずその、エスコートは、おまえに任せるぞ」
「えっと、もしかして俺に言ってる?」
 当たり前じゃないかパートナーなんだろと、ムッとした声で言うハベトロットに対して、王族のエスコートなんて急に言われてもと内心焦るも、いや王って言っても俺だから、あんま大仰に考えなくてもと指摘される。
「シャルルマーニュがいる手前、他の王族にかしずくのはあんまりよくないっすか?」
「そんなことは」
「そこは大丈夫です、衣装には特性の魔術をかけておきました」
 高度な認識阻害の効果がありまして、あとで思い返そうとしても「なんだか高貴な人だった」くらいの印象になります。そう笑顔で言い切るメディアに、流石は伝説に名高い魔術師だと関心してしまう。
「そういうわけですので、是非とも楽しんできてください」
 イベントの空気でカルデア内もふわふわしてますし、仮装した高貴な御仁が一人増えたところで、おそらく誰も気に留めませんし。
 あれよあれよと荷物を持たされて、ではご自由にと招き入れられた縫製室を追い出されてしまった。嵐のようだったなあと思い返すも、現実はそう変わることはなく。完璧に着飾った恋人から、あのと控えめに声をかけられる。
「ごめんな急に呼び出して」
「いや、ビックリしたけど、まあそのとても素敵だ」
 明るい場所で見ると余計にそうだが、普段の姿とは打って変わって品位が高いというか、同じ目線で話しては無礼だろうと思えてしまう程度には畏まってしまうな。
「あんたんとこの王さまと比べると、大したことねえでしょ」
「いやそういう問題では」
 比べるようなことじゃないし、そもそも俺の我儘でこうなってるわけで。
「まあミニスカとか言われなかっただけ、マシなんですけど」
 一応はこう仮装というか、せっかく着たしメディアさんの魔術もあるし、人前に出ても問題ねえっつうか。
「つまりは、デートのお誘いってことでいいのか?」
 まあそういうふうに取ってもらっても、問題ないですと軽く頬を染めてつぶやく。
「ただその、見た目どおりあんまり動くのに適してないのと、魔術があるとはいえ、あんま人混みのある場所には行きたくねえ、っつうか」
「心得た」
 少しだけこの船内を散策して、俺の部屋でお茶でもと声をかけると、それでお願いしますと言いこちらへ向けて手袋に覆われた手を差し出す。
「繋いでいいのか?」
「身動き取り難いんで、しっかり握っててくれ」
 全部あんたのリクエストなんだから、これくらいはしろよと言うので、これはしっかり先導しなければと気を引き締めた。

あとがき
次回、ハロウィンデート編。
2022-10-17 Twitterより再掲

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