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初恋プレリュード

マリィちゃんと二人で、シュートシティに遊びに来た。約束していた通り、二人でブティックに行ったり、最近人気のカフェで限定のケーキを注文したり、バトルを抜きでお休みを過ごそうかって思ってたんだけど。
「最近、ユウリちょっと趣味変わった?」
「そんなことないけど」
でもちょっと前まで、そういうシルバー系のアクセサリーなんてつけなかったでしょ、と指摘されて、たまにはいいかなと思ってと誤魔化すように返す。
「あとそのライダースもさ」
「あはは、似合わなかったかな?」
「うーん今の髪型だと微妙かな、マリィに任せてくれる?」
バッチリ似合うように、髪型とメイクと決めてあげるからさと言われて、頼もしいなあとお願いする。マリィちゃんのメイクは自分でしているらしい、お母さんにはまだ早いんじゃないと言われたけど、チャンピオンになってから人前に出ることも増えてきて、そうなってくると気になってしまう。
初めて会ったときに田舎から出て来たでしょって言われちゃったから、もしかして周りからもそんなふうに見られてたりしないかなって。
「別に悪口で言ったつもりじゃなかったんだけど……」
肌の色味を見ながらアイシャドウとリップクリームの色を選んでくれる、この辺なら可愛いんじゃないとピンク系のラメ入りのを買って、メイクのやり方も合わせて教えてくれる。
「アイメイクは目に入らないように注意ね。ルリナさんとかはアイライナーめっちゃ上手いけど、初めてならあそこまでしなくていいから」
まぶたの上に筆を走らせながら、どうしたらいいか教えてくれる。自分じゃわからないことも多いから、相談できるのは嬉しいな。
「そうなん?」
「うん、ホップが近くに住んでくれてて、寂しくはなかったんだよ?でも、こういう話はできなくて」
だから楽しいと言うと、アタシもと少し照れたように返される。
「でもマリィちゃんはメイクとか得意だよね、自分で勉強したの?」
「ううん、アニキが教えてくれた」
ステージ用のメイク、自分でしてるから詳しいんだって。ネズさんの綺麗に化粧をされた顔を思い出して、ふと顔が熱くなる。最近こうなってしまうのだ、どうしても。
そんなわたしを見つめ、しばらく沈黙してからねえと声をかけられる。
「好きな人でも、できた?」
「え、いや……なんで?」
熱くなった顔がもっと熱くなって、今してもらった化粧が溶けてしまうんじゃないかって思ったけど、なんとなくやけどねと顔をのぞきこまれる。
「アニキのファンって多いから、昔から女の人もよく来るの」
「そう、なんだ」
そりゃあそうだよね、あんなカッコよくて優しい人だし、歌も素敵だし、それにジムリーダーだったし、ファンだってたくさん居てもおかしくない。それがショックだなんて、言っちゃダメなんだろうけど。でも、なんだか嫌だ。
わたしより綺麗な人とか、たくさんいるんだろうな。大人だし、彼女だっていたんだろうなって思うと、なんだか胸が痛くなる。さっきまでの幸せな気持ちが日照りで枯れたみたいにキュッと消えていく。
「だからなんとなーくわかる、普通のファンの人と、外見だけのアニキが好きな人と、本当にアニキのことが好きな人」
ユウリは本当にアニキが好きな人やね、そう問いかけられて、うっと言葉が詰まる。
「ごめんね」
「別に謝るようなことじゃない、それにアニキがいい男なのはアタシが一番よく知ってる」
「でも友達のお兄ちゃんに、って……なんか、恥ずかしいし」
今までいなかったんだ、こんなふうに一緒に洋服を選んだり、メイクを教えてくれたり、恋の話をしてくれるような友達が、そんな大事な友達の一番大事かもしれない人を好きだって言うのが、なんだか悪いことをしてるみたいで、でもどうしたらいいかわからない。
うまく隠せればよかったんだけど、今までこんなことしたことなかったから、全然わからない。
「だから悪いことじゃないから!別に、アタシも怒ってない」
だから泣きそうな顔しないでよとオロオロした声で言われて、まだ震える声でありがとうと返す。
「ユウリが相手なら、変な女の人よりも安心だしね」
じゃあ今日はアニキのライブに行けるようなファッション目指して行こ、と両手を取って言われる。力強い言葉と視線に、なんだかとっても勇気づけられた気がした。

メイクに合わせて洋服やアクセサリーも選んでくれた、最近になって急に手にしてみたものだから上手く合わせられてなかったな、って思う物も多くて。これもまた勉強になることばっかりだ。
二人で一緒にカフェにやって来たときには、両手にいっぱいの袋を持っていた。疲れたーと注文した飲み物に口をつけると、普段はつけてなかったリップがフチに薄っすらと残っていた。
「アニキのどこに惚れたん?」
「えっと……それ、言わなきゃダメ?」
こんなところで恥ずかしいよと言うけど、お店の人が気を効かせてくれて一番奥の仕切りのある所に案内してくれたから、聞いてる人なんていないから大丈夫ってマリィちゃんは言う。
「きっかけは、たぶん、チャンピオンリーグの前からなんだけど、ほら一緒にダンデさんを探してくれたり」
エール団の人たちと一緒になってリーグスタッフを追い詰めたり、駅で人目を引きつけて追いかける隙を作ってくれたり。心配だからって色々と最後までつき合ってくれた、とっても大人で優しい人なんだなって思ったけど、でも一番は。
「チャンピオンリーグの控え室でね、わたしのこと応援してるって」
あのときの笑顔がすごく優しくて嬉しくて、忘れられない。あの一言がなかったら、あんなふうに戦えなかったかも。ルリナさんも、キバナさんもみんな強かったから。自分と一緒に戦ってくれてたみんなのことを、誰が相手でも絶対に信じるんだって心に決められたのは、背中を押してくれたあの人のおかげで。
「あんな優しい人、見たことなくて……とってもカッコよかった」
「そうでしょ」
自分のことのように返すマリィちゃんは、アニキの応援がこの世で一番の元気になる薬だからさと言う。ずっとそばで聴いてきたからよくわかるんだって。
「でもね、アニキって人にはそういうことするけど、自分のことはなんか控えめなんだよね」
最近は好きな音楽に向き合えるようになって、前よりも元気になったような気がするけど、それはでも結果そうなったってだけだし。
「あの、ネズさんって恋人いたりしたことは」
「アタシの知る限りはいないよ、見たことないってだけかもしれんけど」
紹介されたこともないし、そんな人が来たなんてこともない。芸能ニュースにもなったことがないくらい、ネズさんはあんまり恋愛は派手な人じゃないんだって。
「恋の歌とかあったりするけど」
「なにを元にして書いてるのかは知らないけど、でも今はそういう人がいないのは確か、かな」
恋人がいなさすぎて、逆に心配になってくるんだけど。
「でも、女の人のファン、多いんだよね?」
「同じくらい男の人も多いよ、エール団のみんな以外にもいつもライブに来てくれる人っているから」
それくらいアニキの歌が好きだって人がいる、ここに来ると元気になるからってライブに通ってくれる人がいるから、スパイクタウンも最低でも機能してたんだから。
「アタシがジムリーダーできるのも、アニキのおかげ」
今もライブステージに使えるように整備してる。流石にジムチャレンジのときには考えないといけないけど、それは次のシーズンで考えればいいかって。
「そっか」
ライブのステージも見に行ってみたいな、その前にネズさんのCD持ってないのも欲しいかも。いいなって思ってから、買える分は手にしてみたけど、どうしてもみつからないのがあったりして。 それならスパイクタウンまで来たらいいと教えてくれた、小さなお店だけど今まで出た分が全部揃ってるところがあるみたい。
「ねえユウリは、ネイルはしないの?」
運ばれてきたケーキにフォークを入れたところで、思い出したようにたずねられる。マリィちゃんの指は爪先までしっかり飾られてるけど、確かに自分のはなにもしてない。今の格好なら似合うのかもしれないけど、でも。
「ユニフォーム着ちゃうと、似合わないかなって」
なんとなく避けてたけど、そんなことないってと断言される。
「それこそオシャレできるとこなんだし、好きにすればいいじゃん。女の子の特権!」
無理には言わんけど、興味があるんならちょっとだけでもと言われて。うーんと悩む。確かに言われてみれば、慣れないメイクをして人前に出るよりはまだずっといいのかも。お店でしてもらえば綺麗なまんまだし。
こっそりお揃いにしても、バレないかな。
「やって、みようかな」
「ん、じゃあオススメのとこ紹介するね」
今日は無理だから、今度のお休みに合わせて予約しよと言われてうんと頷き返す。
「ありがとう、マリィちゃん」
「別にお礼なんていいから」
友達だからね。

編集作業から解放されて、ぐっと背を伸ばしながらキッチンに向かいボトルの水を取り出すと、中身を飲みテレビをつけてみる。
エキシビションマッチが行われていたシュートシティから、勝利インタビューが行われている最中のようだった。よく見知った現ガラルチャンピオンは、高揚した顔で今日の試合についてインタビュアーの質問に答えている。
あの年で堂々とした発言、すごいですねえ。
「そういえば、最近はとてもオシャレされてるんですね」
質問の内容が試合と関係ないところに向かっている、彼女は特に困っているようには見えてないものの、こういう人に当たるのはおれは嫌です。結構ノイジーなことをまくし立てられたりするので。
「今日だと爪先も綺麗にされてて」
カメラに見せてもらえますかと、彼女の返事を聞くより先ににじり寄られて画面に小さな手が映される。確かにユウリの指先には綺麗なネイルが施されているものの、だからどうしたという話なのだ。年頃に慣れば身の回りを好きにしたくなるもの、彼女だってそういうことを楽しみたいと思ってしかりだ。
「なぜ急にこんなことを?」
「なにかオシャレしてみたいな、って思って。それで、指先ならいつでも目に入るし、元気になれるかなって」
「とても凝ってますよね、なにか意味が?」
「わたしの、心強い仲間たちをイメージして」
自分の手持ちのポケモンをイメージしたネイルアートは、常に人気がある。彼女の場合は、初めて仲間になったメッソンをイメージした水色を主体にしたデザインにしてもらったようだ。華美すぎず、でも主張のしっかりした綺麗な色合いですね。
おれも次のライブに向けてそろそろネイルの予約したほうがいいですかね。少し塗装の剥げかけた爪先を見て考える、家にいるからと少し手を抜いたらこれです。この色、気に入ってるんで自分でやってもいいですけど、プロに頼んだほうが確実ですし。
「この指だけ色が違いますけどこれは」
「それは……」
まだこの話題に食いついてたのか、この女性インタビュアーは。呆れたように画面を見つめると、強めのピンク色とラインストーンで飾られた指先が映される。
これだけ違いますし、なにか意味でもあるんですかとたずねる相手に、それくらい好きにさせてやりなさいよと聞こえはしない指摘を返してしまう。注目が集まっているのは間違いないとしても、どうしてそうも根掘り葉掘りなんでも表沙汰にしないと気が済まないのだ。見た目なんて自由にしていいだろうに。
「お揃いなんです、大事な人と」
テレビから飛んできた声に、思わずえっと見返してしまう。
「大事な人ですか」
「はい!マリィちゃんと、お揃いなんです!」
二人で一緒にしてもらってと続けるので、なんだとビックリした心を落ち着ける。
自分の指に施しているのと同じ色で、似た飾りまでついてたものだからなんの間違いかと、自意識過剰でしたかね。でもまあ、どうしましょうかこれ、チャンピオンとお揃いというのは悪い気はしないものの、二人の思い出を壊すようなことはしたくないですし、次は別の色で。
「仕事終わった?」
「ああ、はい。マリィのほうこそ、今日は」
確かこのエキシビションには彼女も招待されてたはずでは、と思いたずね返すと。チャンピオンだけ別の番組に呼ばれて、そこからの放送なんよと言われる。
「そうでしたか、彼女も大変ですね」
「うん、でも楽しいみたいよ。今までできなかったこと、たくさんできるって」
「マリィも、楽しいですか?」
なんでと聞き返されるも、今まで同じ年くらいの友達っていなかったでしょうと言えば、まあそうかなとつぶやく。
スパイクタウンのみなさんは決して悪い人ではないのだが、しかし同じ年頃の遊び相手のほうが気心も知れるというものです。一緒に遊びに出かけたり、お揃いのネイルをしたり、楽しいことができる相手ができたのは、兄としても喜ばしいことで、安心しました。
テレビを見て、ああこの人かと少し嫌な顔をする。どうやらマリィにもあれこれと聞いてきたらしく、少しげんなりしたとのことだった。
「先ほどユウリのネイルについて聞いてたので、お揃いにしたんですか」
「そう、可愛かったでしょ。アタシのはこれ」
スパイクタウンのイメージでピンクと黒をメインに据えたらしい、それじゃあおれとお揃いみたいになってしまうのも、仕方ないですかね。
「やっぱり、次は別の色にしますか」
「なんで?」
「マリィとユウリのお揃いを、壊したくないじゃないですか」
そう返せば、別に気にせんでいいから!と強めの口調で返される。
「スパイクタウンを背負ってきたアニキの真似して、マリィはこれにしたの。ユウリも、アニキが応援してくれてるみたいだからって、喜んでた。それをアニキが変えてどげんすっと」
「はあ……そうですか」
タチフサグマのパターンにしようかと考えてたんですけど、気に入ってる色ですし、二人がいいのならもう一度これでお願いしますか。
「そうだ、今度ユウリと一緒に出かけるんやけど、アニキも一緒に来てほしいんだ」
二人で行って来たらいいでしょうと言うと、いいから来てと強めに返される。
「なんでまたおれなんですか」
「ユウリがメイク教えてほしいって言ってたから、アニキのが詳しいでしょ」
それなら他の、たとえばルリナのような人のほうが適任では、と思うものの。彼女にとって頼みやすい相手と言えるかとなると、そうでもないということだろうか。
「わかりました、また予定を教えてくださいね」
「ん、約束」
「はい、約束です」
可能なら、それまでにこのボロボロになった爪を綺麗に整えてから会いたいものですね。どうやら、おれのファンで居てくれるらしいですし、格好くらいつけておきたい。指先一つで喜んでもらえるとするのなら、安いものです。

薬指に違う色を施すのが、恋のおまじないとして女性の間で流行っているとおれが知るのは、もう少し先のこと。

あとがき
相変わらず気づいてないお兄ちゃんと、一発で見抜くマリィちゃん。
人の変化には敏感なほうじゃないかな、って。
気が向けば続きが書けたらいいなあ、と思ってますが、これ告白までたどり着けるのだろうか。
2020年1月5日 pixivより再掲
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