きみと歌うクリスマス
スマホロトムに入った通知音に、今度はなにかなと指を滑らせれば、見慣れたアカウントからのメッセージに思わず頰が緩む。
クリスマスにファンクラブ限定ライブを行うという告知と、チケット情報のURLが貼り付けららている。スパイクタウンで行われるらしいイベントに、緩んだ頰がもっとにやけるのがわかる。すぐに会いに行ける距離のくせにとはルリナの言葉だが、でもクリスマスなんて大人が聞いても特別な日に、好きな奴が「特別なステージをお送りします」なんて言われて楽しくならないほど自分は退屈な人間じゃない。
早速チケット抽選に申しこんでおく、目立つから来るなと再三に渡って言われてるものの、そんなことできるわけないだろ。
丁度ホリデーシーズンだ、この休暇はジムリーダーにもある。ショービジネスをしているネズやルリナは、むしろ仕事で忙しいのかもしれないが、大半のジムは休みだから思い思いに過ごしてる。
自分も昼間はジムトレーナーたちと一緒に労をねぎらう意味もこめてパーティーをする予定だが、それぞれ家族や恋人がいる、昼の3時までには解散しようと決めていた。だからその足で行ってやろう。
一週間後「抽選の結果、当選いたしました」というメールが届くと同時に、カード決済で代金を支払ってしまうと、クローゼットの中身をひっくり返してなにを着て行こうか考える。
ドレスコードんてもんはないけど、とはいえクリスマスだ、少しくらいめかしこんで行くので丁度いい。たとえあいつから見えてなくたって、カッコいいと言ってもらう自分でいたい。まあそんな甘い言葉を口にしてもらったことはないんだけど。
クリスマスイブ前日、明日の買い出しにとマーケットまで出かけていくと人だかりができていた。一体なんだとのぞいて見るとそこに居たのはよく見知った仲間。
そういえば、日替わりで各地の市場やクリスマスマーケットに出ますって言ってたな、なら丁度いい。
「よう!繁盛してるみたいだな」
「ん?ああ、キバナさんじゃないですか」
お買い物ですか?とカラッとした日本晴れみたいなあったかい笑顔で迎えてくれたヤローに、そんなとこだと答える。
「ウチのトレーナーたちとパーティーするんだけどよ、今日から仕込みしとこうと思って。オススメあったら教えてくれよ」
メインディッシュは決めてあるものの、食べ盛りの男女が集まる以上、ちょっとの料理じゃ足りないだろう、追加になるなら飽きがこない物が欲しい。
「いいですねえ、うまくチもやるんですよ、クリスマスパーティー。ジムのみんなと、弟たちと、あと町の人も呼んで」
大人数で囲めるようにと、メインディッシュは複数種類を揃えてるらしい。あとは農園で育てた野菜を使ったスープを来てくれた人に振る舞うのだと。
「もしかして、あれか?」
野菜を売ってる市から少し離れた場所にある屋台の並ぶ一帯で、これまた人集りができてる一角を指すと。そうですよーと照れたように返される。マトマの実をベースに体が温まるようたっぷりの野菜と、ささみ肉を入れた家庭の味らしい。自慢の野菜をアピールするのに、効果は抜群なんだろう。
「よかったら味見してみます?」
そろそろお昼休憩にしようかと思ってたのでと言うので、なら一緒にランチに行くかと屋台市のほうへ足を向ける。あれこれと目につくものがどれも美味そうで、気が散ってしまうのだが隣のヤローもそれは同じらしい。結局、二人揃って周りの人が驚くような料理を抱えて、併設されてるテーブル席の一角に腰を下ろす。
「にしても、こんな日まで仕事なんだな」
「農家に休みはあってないようなもんですよ。風と雨とお日さまと、むしポケモンと鳥ポケモンと、毎日がバトルのようなもんです」
「それでジムチャレンジャーとも戦って、本当にバトルばっかだな」
「まあねえ。でも、どれも好きでやってるから、ちっとも嫌にならないんですけどね」
照れたように話しながら、体格に合った大きな口でサンドイッチにかぶりついていく。たっぷりの野菜とベーコンの入ったそれはお気に召したらしく、美味しいですねえと笑顔でどんどん平らげていく。自分も食べるほうではあるんだが、流石に現役で体を使った仕事をしてる奴には敵わないなと思い知らされた。
「キバナさんは、普段のお休みはなにしてるんです?」
「んー?なんてことはないぜ、普通に買い物行ったり、遊びに行ったり」
人より特別なことをしてるって意識はない、雑誌やテレビで答えてる、ただ周りにそれと言ってないだけで当人にバレてる楽しみはある。
「予定さえあえばライブには行くな、ネズの」
「へえ、楽しそうですねえ」
「ターフタウンでもしてみたいって言ってたぜ、そのときはお世話になるかもってよ」
ウチなんかでやって人が来ますかね?と困ったように言う相手に、大丈夫だろと返す。スタジアムもあるし観光地として有名な場所だ、集客自体は問題ない。あとは集まった人をどうさばくかだろうけど、それに関しても慣れたスタッフはいるから、案外どうにかなるんじゃないか。
「ネズから連絡がいくだろうし、そんときはチケット貰えばいいって」
「いやー、そういうわけには」
「黙って行くと怒るんだよな、ジムリーダーみたいな目立つ奴が来んなって」
でも行くんですねと指摘されると、当たり前だろと悪戯っぽく笑って返す。何度となく出入り禁止と言っちゃいるが、それでも混乱を避けるように変装して行けば黙認してくれてる。
とはいえ、このお人好しが服を着て歩いてるような青年はそんなこすい真似は苦手そうだし、堂々と正面から入れば文句もないだろう。実際、開催地の責任者はいつも声をかけてる。
スパイクタウンなら、今までは自分が責任者だったからいいものの、今後はあいつの妹が管理者になるわけだし、どうなるんだろうな。とはいえ兄妹仲のいい二人だし、変わらずに活動を続けてくれるだろう。なんだかんだホームステージに一番思い入れがあるのは間違いない。
しかしキルクスタウン方面から吹き抜けてくる風もあるし、時期的なもんも相まって寒いだろうな。それを熱くするのがあいつの仕事なわけだけど。
「なあ、ちょっと聞きたいことあるんだけどさ」
パーティーに集まってくれたジムトレーナーたちを見送ってから自宅に帰ると、手早くシャワーを浴びて着替えを始める。
開演すればどうせ暑くなるのはわかってるものの、とはいえ物販をはじめ待機中は冷える。ライブハウスの入り口でコートは預かってもらえるわけだし、まず寒さ対策を第一にハイネックシャツにパーカーを合わせ、髪のセットを終わらせる。
必要最低限の持ち物を詰めたヒップバッグを手にし、買ったばかりのダウンジャケットを羽織る。どうしようか迷ったが、このスタイルなら眼鏡でいいだろう。
家を出る前にもう一度だけ荷物を確認してから鍵をかける。どうしても手前で降ろされてしまうものの、急いでるのでタクシーを使わせてもらう。
物販の始まってた会場にはすでにネズのファンや、エール団のメンバーらしい人たちでごった返している。自分じゃ全然ダメだと嘆いていたが、おまえが歌うってなればこんなに人が集まるんだ、もっと自信を持てばいいのに。
今日もまたすごいスピードで客をさばいていく物販スタッフに、よく買うグッズに混ぜて会場限定のキーホルダーを頼む。とても人気らしく購入制限が出されていたので、売り切れる前に手にできたのはよかった。
ネズの手持ちから、ネズのタチフサグマとマリィちゃんのモルペコが揃った、可愛らしいデザインのキーホルダーには「Welcome to Spike town!」と書いてある。
ライブが始まるまでの時間に屋外スタンドで軽食をいただく人も多く見られたが、昼間のパーティーで食べた物がまだなんとなく消化されてない感じがして、とりあえず体を温めるようにホットワインを注文する。
そこでスマホロトムの着信に気づき、誰からのメッセージか確認すれば今日この後の主演からだ。
「スタッフに差し入れをくださったそうですね、お気遣いありがとうございます」なんていうネズらしい固いメッセージの後に、ところでと少し苛立った口調が続く。
「何度となく言ってますけど、今日も性懲りもなく来やがりましたね。目撃情報は今のところ出回ってねえですけど、物販担当のスタッフ伝いに聞きました。目立つんですから、いい加減に関係者席にでも収まっておいてください」
おまえが来てるとわかると収拾がつかなくなるんですよ、スタッフの誘導の力を過信しないでくれますか、こっちの事情くらいわかりやがれ。
そんな可愛げのないメッセージを読みながら、受け取ったばかりのマグに口をつける。スパイスの効いたいい香りが体の芯まで染みこむようで、一口だけでも充分なくらいに温かくなった。
「おまえがライブするって言えば、なにがあったって行くって知ってるだろ」
特別席じゃなくて、一人ファンとしておまえと向き合うの好きなんだ。以前のように誰にでも色気を振りまいていないか確かめるのも兼ねて、だけど。とかくステージに立つネズのことは好きだ。だからこそ少しでも長く、少しでも近くで目にしたいと思う。
「ところで、今日のライブはどんなかんじ?」
「そんなこと言うと思いますか。こっちが懇切丁寧に用意した舞台の種明かしほど、つまらないものはねえですよ」
クリスマスらしい仕上がりにした、それくらいですと言うので、じゃあ今回ばかりはアンコールもと打とうとした直後に「でもアンコールはありません」とすぐに送りつけられる。
ちょっと楽しみにしてたんだけどな、ネズのアンコール。
「今夜、時間ありますか?」
「なんだよ珍しいじゃん」
「勘違いしてるようですけど、差し入れのお礼に打ち上げに誘ったらどうかと言われまして。時間があれば顔を出しやがれってだけです」
他意はないと言うネズに、いくらでも行くさとすぐに返す。
「ついでに、ネズのほうも空けてくれてたなら最高だな、なんて」
「それは……今晩のおまえ次第ですね。おれの我儘についてこれるなら、少しは聞いても構いません」
予想したよりも色のいい返事に、飲みかけのワインが気管の変なとこに入ってむせた。なんでそんな不意打ちのようなことをこいつは言うんだろうか、ライブ前でテンションがあがってるとか、そんなとこかな。まあでもそれは好都合だ、舞台上の女王様には下々のもんは媚びを売るのが正解。これでも、ご機嫌取りは嫌いじゃないぜ。相手がネズならという前提はつくけどさ。
「そうですか、じゃあ、まあ待ってますから」
打ち上げの会場地図を送られたのが会話終了の合図らしい、そろそろ時間だしスタンバイで忙しくなり始めたのかもしれない。なら、今日なにをするのかしっかりと見させてもらおうじゃないか。
ホットワインのマグを店番をしていたスタッフに返し、ライブ会場へ向かって歩く。見てみればわかるが、クリスマスにも関わらずかなりの男女がここに集まっていた。恋人なのか友人同士なのかわからない組み合わせもあれば、一人で来る奴も、まあそれぞれ違う。そんな仲間たちを並べさせてテキパキとした口調で番号を読みあげ、半券を回収しては小さな封筒に入ったなにかを手渡している。ノベルティつきとは書いてあったものの、内容は明かされていない。大きさからかさばるものではなさそうだが。
自分のチケットと引き換えに渡された中身を開けてみると、予想通りキーホルダーと同じタチフサグマとモルペコが「Merry Xmas!」というメッセージと共に描かれているステッカーだった。可愛いけど一枚だけだとどこかに貼るのはもったいない、ファイルにでも入れて保管しておこうか。そして封筒の半分を埋めているのはマゼンタと黒の柄が目に刺さる、グリーティングカードだ。
今すぐ開けるべきか迷ったが、まずは会場に入るのが優先だろうとカバンの中に入れると、ドリンクチケットと引き換えにバーカウンターでボトルの水をもらう。ジャケットは入り口で預かってもらったとはいえ、薄手になると少し体は冷えてくる。それでも冷たい水を選ぶのは、この後に浴びる熱を期待して。
軽くスモークの焚かれたステージには、楽器の他にもクリスマスをイメージしたオーナメントが飾りつけられている。アンプやステージにだけじゃなく、会場の至るところの照明が蝋燭を模したランプに変わっていた。随分とまあ手が凝ったことをしてと思いつつ、思わず期待もしてしまう。
あそこに登ってくる主役はなにをする気だろう、どんな姿でなにを叫ぶのか。そんなことを考えてたところ、まだ開けてなかったものを思い出し、一度カバンにしまった封筒から残っていた中身を取り出す。ステッカーと同じように「Merry Xmas」と書かれたグリーティングカードの中にはスパイクタウンの明かりを背景にギターを提げたネズの姿があった。きっちりと正装らしいスーツに身を包んでいる、見慣れない姿でではあるものの似合ってた。今度こういうのが合う店でも予約してみようか、乗ってくれるかは別にしても考えるだけでも楽しい。
客も増えてきたことだしカードをしまうと、時間も時間なのでスマホロトムの電源も落とす。
フロアの明かりが落ちて、点々と浮かぶ星のような光の中をバンドメンバーが出てくる。ファンの黄色い悲鳴と、野郎の野太い声を受けて会場が震えているようだ。あれだけ注目されてるなら、これもお役御免だなと眼鏡を外すと一際大きな声が響く。
主演のご登場らしい、ステージに目を向ければ薄暗い場内でもそれとわかる特徴的な髪を結ったネズの姿、マイクスタンドのある中央まで歩き出ると、客席に向かってゆっくり一礼する。
ライトを浴びて浮かびあがるネズに向かってこれまた派手な歓声があがる、珍しく細身のスーツに派手なシャツとシックなネクタイを締めた姿は、男から見てもスマートでカッコいい。
伴奏もなしにネズは歌い出す。この季節ならどこからとなく流れるクリスマス・キャロルだが、あいつが歌うとそれだけで違った艶を帯びてくる。
きらびやかじゃない、どこか寂しさすら感じるその声に会場中が聴き惚れる。呼吸の合間すらも綺麗だと感じる、そりゃそうだ、他のなにに遮られることない独唱なんて、珍しい。
歌い終わった拍手を受け再び会場に向けて一礼する。
「よくいらっしゃいましたね。集まったのがいい子なのか悪い子なのかは知りませんが、今夜を特別にしてやりましょうか!」
悲鳴なのかどうかすら判別できない声の塊に向かって手をあげて、もっと寄越せとアピールしてくる。それに合わせて手を振りあげて応えると、まだまだと声を荒げる。
「お行儀よくなんてやってらんねえよな!堅苦しいことは抜きで、楽しめ!」
ド派手に掻き鳴らされるギターのメロディーとドラムが刻む鼓動に合わせて、先程までの湿っぽい神聖な空気をぶち壊すようネズが歌い出す。持てる力を全て声に乗せてぶつけてくる曲でも、語りかけるようにすんなりと心に入ってくるのが不思議だ。
観客のノリに満足したように笑う、唇に引かれた口紅の色も美しい。蝋燭の明かりに揺れて、彼の肌を怪しく照らし出す。よく見知ってる仲だろうが、こんな姿を見れるのはやはりステージの上だけだ。
「こんな夜に、おれに会いに来てくれるなんて、よほどの物好きだなあと思ってたりしたんですけど、そんな物好きが随分たくさんいるようで」
機材の調整している間、水を片手に場内を見回して言うネズに笑いが起こる。おまえらも大概、暇人ですねと嫌味と自嘲が混じった声でつぶやくので、そんなことない!と叫び返す声が響いた。
「ええ、せっかく来ていただいたんですから、たっぷりもてなしはさせてもらいますよ。ということで、今夜はスペシャルゲストを呼んでます」
急な言葉に会場中がざわつく、事前に知らされてるわけじゃなかったから余計に。一度、舞台袖近くまで離れると、少し身を屈めて手を差し出している。えっ誰が何をという声は、彼女の黒いヒールが見えた瞬間に悲鳴へ変わった。
「スパイクタウン・ジムリーダーで、おれの愛する妹、マリィ!」
「その紹介、恥ずかしいからやめてよ」
「しかし本当のことですし」
もうと頰を膨らませるマリィちゃんは、裾に刺繍の施されたピンクのドレス姿で、普段と違ってまとめ髪にしている。兄妹で衣装を合わせたんだろうが、雰囲気も相まって普段より三割増しで大人っぽく見える。
マリィちゃん可愛いよという声に、当たり前でしょうとネズが間髪入れずに答えるもんで、それがまた会場に笑いを生む。
「マリィをエスコートするにあたって、おれも相応しい格好でと思ったんですけど、こんなかんじになってしまいましたよ」
「アニキはなに着ても似合ってるから、大丈夫」
そうだよねえと場内に語りかける彼女も、兄貴譲りでこういうところは肝が太い。
二人の登場に場内が沸き立っているが、そろそろ次にいきましょうかとマイクを手にすると、彼女も用意されてた自分用のマイクを手にする。
「ずっとアニキの応援してたけど、歌のほうは自信ないんよ」
だから下手だったらごめんねと言いネズの歌にコーラスで入る、恥ずかしそうにしつつも堂々としていて声の通りはいい。人前に出ることに自信がある、肝が据わってるのは兄貴譲りだろう、それに前置きしていたものの実際のところ贔屓目を抜いて歌もかなり上手い。
時折、隣に立つ妹の堂々とした姿を確認するように見るネズの、少し誇らしそうな顔が印象的だ。普段だと勝気な表情ばかりだからな、それが嫌ってわけじゃないけど。たまにはこいつの兄バカな顔を拝むのも悪くない。
コーラスで、観客を煽るように声をあげて、そんな二人のステージを微笑ましい気持ちで見つめていると、また幕間の時間になる。流石にライトで熱くなってきたのか、ジャケットを脱ぐと締めていたネクタイを片手で緩める。マリィちゃんは用意してもらった椅子に腰かけて、水分を取っている。ライブって大変なんやねえって疲労はありつつも晴れやかな顔で口にする。そうでしょうとセットが崩れない程度に頭を撫でるネズに、そういうのはやめてと冷たくあしらってしまうと、でもアニキのステージ特等席っていいねと言う。
「さて、次の曲どうしましょうか」
セットリストは組んでるんですけど、今晩はみなさんへのプレゼントなので、一曲くらいなら我儘を聞いてもいいですよというネズに、色々とリクエストが飛んでくる。どうしますとバンドメンバーと相談をしつつ、じゃあ聴きたい歌あるんだけどというマリィちゃんの一言に、いいですよと即答する。おいおい、オレさまたちの存在ってなんだよと思いつつ、アニキといえばみんなアレが聴きたいよねえと観客に向かって言う。
「じゃあマリィは休憩で、アニキのステージ一番間近で楽しんじゃうね」
「そんな注文なら、頑張るしかないですねえ」
じゃあいくぞと再びステージ中央に立つと、ライブも折り返しに入ってしまった。
新旧を織り交ぜたセットリストはファンの好みに合うものだったが、それに加えて合いの手のタイミングが抜群にいい。今夜のお客様はオレたちのはずなんだが、まるで彼女のためのステージとでも言うようにギターを手に、すぐ隣で自ら弾き語る姿なんて本当に絵になる。
残念だけど彼のライブは短い、始まったと思ったらもう終わりが近づいてきている。アンコールをしないというのもそう感じる理由なのかもしれない。でも、そんな特別なステージが好きだ、やっぱり何度でも足を運びたくなってしまう。
「アニキのステージもラストだよ!みんな、声だしていこー!」
「全力でかかって来いよ、生半可な力じゃおれたちで返り討ちにしちまいまうぞ!」
ボルテージのあがった会場を眺めて笑う二人、いいなあ、ああいう世界も楽しそうだと思う。体力を使いきってしまったんであろうネズの声は、でも最後まで強く。ステージライトを受けて高揚したマリィちゃんの笑顔もいい、完全にあの二人の独壇場だ。
「おまえら、最後にマリィにエールを!」
「そんだら、次にはアニキにエールを!」
感性と拍手に包まれて終わりを迎えたステージ、最後はネズがマリィちゃんに手を差しのべてエスコートするように去っていった。
本当に一瞬だったなあと思いながら預けていた上着を返してもらい、約束どおり打ち上げの店に行くかしばらく考えて、先に会場の裏手へと回ってみると、姿をみつけたスタッフのほうから声をかけてくれた。
「差し入れありがとうございました、オレたちにまで」
「いいって、大したことじゃないし」
いや寒いので温かいものは助かりますと言ってくれるので、なら作った甲斐もあったなと思う。
「ネズさんなら奥に居ますよ」
挨拶されますか?という質問に、入ってもいいんならと答えれば別に怒られないでしょうと開けてくれた。案内しましょうかと言われて、片づけで忙しいだろうし教えてくれたら自分で行くからいいと答えると、ネズの使ってる控え室の場所を教えてくれた。
みつけたドアに手をかけたところ、中から開けられて出てきた相手と鉢合わせる。
「あっ、キバナさん」
「お疲れさま」
いいライブだったぜと言うと、そりゃそうよと胸を張って言う。アニキのクリスマスライブだもん、すごいに決まってるって。
「差し入れありがとうございます、美味しかった」
「おっ、マリィちゃんも貰ってくれたの?」
「体冷やすといけないからってアニキがね」
ヤロー直伝のスープは体が温まるものだったから、こういう場所にはぴったりかと思ったけど想像以上に好評でよかった。教えてもらったら簡単なレシピだったからとはいえ、急に作ったものだから少し心配ではあったのだ。
「アニキに用やんね?あたしはこれ着替えてくるから、じゃあまた」
横を通り抜けていく少女の後ろ姿を見送り、部屋の中へと入る。
「お疲れさん」
「こんな日の当たらない場所まで、本当に、物好きな野郎ですねえ」
「そりゃ、ライブするって言うから」
なら来るでしょ、おまえのホームタウンなんだし。そう言うと、高揚感と疲れの混じった目でこっちらを見返すと、鍵かけました?と少しかすれた声でたずねられる。そのほうがいいならと楽屋の鍵を落とすと。こっちへ来いと視線で呼ばれる。遠慮なく近づけば、胸ぐらを掴まれ噛みつくようにキスされた。
「積極的じゃん」
「まだ興奮してますから、ちょっと相手してください」
どこまでしていいのと聞くと、この後の打ち上げに支障が出ないところまでと釘を刺される。
「それキスしかできなくね?」
「我慢なさい。おれもマリィの手前、我慢してるんで」
酒が入るのでマリィちゃんは店には呼べないから、会場での乾杯が終わればそのまま家に帰るらしい。
「大事な妹、ほっといていいのかよ?」
「この後、ユウリとホップと、あとビートの四人でパーティするそうですから」
大人が混じったら楽しくないでしょう、気を使いますし。
笑うように、でも少し寂しそうに口にするネズが、熱い唇を寄せてくるので甘んじて受け入れている。好きにさせちゃいるけど、ここで好きにできないっていうのはもどかしい。
とはいえ、熱烈な歓迎を思えば期待はしていいってことだろうし、それに。
「少なくとも、オレさまは来て正解なわけだ」
キスの合間に問いかけると、どうでしょうねと熱い息をこぼしささやくように返される。
「何度来るなと言っても、紛れこんで来やがりますからね……出禁にできないなら、いっそ関係者席に収まってください」
「ネズの関係者にしてくれるわけ?」
「目立つんですよ、おまえ」
あと普通に迷惑なんでと言われても、こればっかりはな。一個人として、ファンとして、彼の元へ来たっていう証が欲しい。
「じゃあ、今後は楽屋出禁で」
「それ、おまえが困らねえか?」
こんなことできる相手、他にいる?と聞けば、どっちにしろ押しかけてくるでしょと呆れ口調で返される。
「はあ。そろそろ、おれも着替えないと」
離してくださいと胸を押されるものの、もう少しだけとお願いすれば、あとでいくらでも触れられるんですからと、無情にも腕を外して逃げ出されてしまう。
離れてる熱が寂しくもあるが、あとでいくらでもという毒のある甘い言葉を信じて、着替えるのを待つ。
「それで、打ち上げが終わったらどうする?」
「さっき言ったとおり、家にはマリィたちがいますし、そのまま帰してくれるなら遅くならない時間で。そうじゃないなら、どこへでも」
おまえの好きな場所へ連れてってくれていいですよ、ちゃんとエスコートできるなら。なんて、鏡越しに不敵な笑みを浮かべて言うもんだから俄然、楽しくなってかた。
じゃあおれも、完璧なエスコートとやらを見せてやらなきゃな。
年の離れた妹のためにがっちりコーデを決めてエスコートするネズさんが、見たかったんです。
スパイク兄妹はきっとステージ映えするんじゃないかなって、そんなライブに行ってみたいなと。
シリーズ化まで考えてないですけど、各地のジムリーダーさんと絡みつつ、ネズさんのライブに遊びに行くキバナさんを書いていけたらなあ、とか思ってます。
ライブ後の二人の、年齢指定シーンに関してはノープランですけれども……なんか、気分が乗ったら書けたらいいですね。
2019年12月22日 pixivより再掲