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愛の歌が鳴り止まない・4

あの日から一週間後、ネズからメッセージが届いた。
「今晩会えますか?少し、話したいことがあるんですが」
簡素なテキストにも喜んでしまった反面、わざわざおうかがいを立ててまで話したいことってなんだろうか、と嫌な予感が背中に走る。
「空いてるぞ、どこで会う?」
どこかのバーか、それともホテルでも取ろうか、言葉を尽くして打っているとその必要はないとすぐに返ってきた。ナックルシティとスパイクタウンの間、ルートナイントンネルまで来いという。
また微妙な場所に呼び出されてしまった。どちらのホームでもないし、用が終わればその場で解散することも可能な、そんな所。わざわざ呼び出すくらいだから、話したいことは決まってるんだろうけど、電話でもなく直接会ってというんだから、それなりに重要なことだろう。
まさか、別れ話とか?
少しでも考えてしまってズシンと体の奥が重くなる、考えるほど頭まで重くなってくるようで、なのに時間は瞬時に過ぎていく。そうこうしてる内にネズとの約束まで一時間を切り、外出の準備をしていく。
フライゴンがどこかに行くのかとそわそわ顔を覗かせてくる、大した用事じゃないぞと言いながら頭を撫でるものの、手つきが普段と違ったのを感じ取ってしまったのだろう、何事かと心配そうな視線が向けられる。
「オレさま、そんなビビってる?」
なんと答えるべきか迷っている相手に、わかってるんだけど、どうにもなあと弱音を吐くとぎゅっと両腕を伸ばして優しい力で抱き締めてくれる。おまえはいい子だなあと思ってると、しばらくして頭を小突かれた。
「痛い、痛いってやめろジュラルドン!」
早くしろ行くぞと促してくる相手をボールに戻し、オロオロとしていたフライゴンに悪いけどちょっと近場まで連れて行ってくれとお願いする。タクシーを頼むにはなんだか気が引けるのもそうだが、こいつは空を飛ぶのが大好きだから気分転換も兼ねたまに背中に乗せてもらってる、今はまさに風を感じてみたい気分だった。
翼を広げて高々と舞いあがり風を切る音が耳元で大きく鳴り響く、満足そうに一際大きく鳴くフライゴンに、最高だよなと風に負けない声で返す。
このまま降りて来なければ、嫌な気持ちもしなくて済むかもなんて思ったものの、逃げたなんて思われたくもないし、現実に戻るためにもトンネルのそばで降りてもらいボールに戻すとそこからは徒歩で向かう。
待ち合わせよりも十分ほど早く着いたからか、まだ呼び出した相手は来ていない。焦る必要もないかとスマホロトムを取り出し、適当なSNSをながら見していく。ルリナが仕事の合間にオフショットを公開してたり、マクワがファンクラブ交流会を開いてたり、みんながみんな普通の一日を過ごしてきたんだなあ、と心中穏やかじゃないまま考える。大して面白くはないものの、気持ちと時間は紛れた。
刻々と待ち合わせ時間に近づいていくものの、トンネルの向こうからやってくるはずの相手はまだ見えない。どうしたんだろうかと思うものの、そんな慌てるようなことでもないか、あいつだって町の代表だ、なにか問題があって出てくるのに手間取ってるのかもしれない。たかが二分、三分、遅くなった程度は怒ることじゃない、そう言い聞かせるようにして待つ。
まだ来ない、苛立ちからバトル中のネズみたいに、小刻みに足でリズムを取る。あいつと違うところがあるとするなら、滅茶苦茶なリズムだということ。
苛立っているのだ、たった五分遅れただけで呼び出した相手に焦らされているみたいで、だって呼び出したのはネズだから、遅れるなら連絡を寄越したっていいだろ。大したことじゃないと思ってるのかもしれないけど、オレは目を塞がれて振り下ろされる処刑の刃を待つ罪人のような、最低な気分だった。
なにしてんだよ、普段ならなんだかんだ遅刻なんてほとんどしないだろ、遅れるにしても一言くれるじゃねえか、あんなだけど真面目なんだ、らしくねえぞ、なあ。
違うか、らしくないのはオレのほうか。まだそうだって決まったわけでもないのに、勝手に震えている、あいつの口から別れを告げられることを怖がってる。なんでだよ、愛してるって言っただけなのに。それとも違った?オレが都合のいい相手だったとか?そんなわけがないだろうって否定できればいいのに、信じられない。
その場で待つことにも飽きて、いっそ迎えに行ってやろうかと歩き出す。作業員も帰った後でトンネル内に人影はない、オレさまを知った上で襲いかかってくるのは野生のポケモンくらいだろうし、ちょっとのことならねじ伏せられるだろうけど、ネズはそうもいかないだろう、なにせあの細身だし、機会があったならと思う奴が絶対にいないとは思えない。
心配と焦りが頂点を超えた。前のように嫌な顔をされたっていい、ロトムに迎えに行くとメセージを託し足早に出口へ向けて歩き出す。するとしばらく行ったところで甲高い足音が反対側から響いてきた、コンクリートを打つヒールの音、こんな夜にここを好んで通る女性なんてそういない、じゃあと足音の影を求めて小走りに近づいて行く。
「ネズ!」
遠目に見てもはっきりとわかる相手に声をかけると、びっくりしたのか体が大きく揺れた。「すみません、わざわざ呼び出したのに、その、遅れてしまって」
「いいんだよ別に」
極力明るい声を意識してはいるものの、心臓は今にも飛び出しそうだった。謝ってはくれているけれど、オレを見ないようにしている、僅かに逸らされている視線をどうにか捕まえられないかと手を伸ばすと、実はと相手から声をかけられた。
「どこから話したらいいものか、自分でもまだ整理がついてねえんですよ。それで迷ってしまって」
「なんだよ、聞く前から脅かすなって」
軽口を叩いてみるものの、ビビってるのはオレだって一緒だ。続きを促したいけれど、聞くのが怖い、人気のない場所に呼び出してする話なんて、いいことじゃないのは目に見えている。
「この間は、ウチのジムで随分と派手に暴れてくれやがったようで」
「あー、流石に耳に入ったか」
「当たり前でしょう、おれだってこんなでもジムリーダーなんで」
それに関しては、今度また正式に呼び出してやるから覚悟しておけと先制で攻撃される。そりゃそうだ、勝手に乗りこんで挨拶なしに帰ったんだし、一応はメッセで謝ってはいたものの、ネズからコンタクトがあるまで会いに行くなとメロンさんから釘も刺されていたから、今日まで先延ばしになっていたのだ。
「で、その宣戦布告をしに来たわけ?」
「そんなわけないでしょう、メッセージ一本送るだけで済むことをわざわざ呼び出したりしませんよ。ただ、マリィを泣かせた罪は重いんで、マジで覚悟しとけこの野郎」
ようやく目があった、殺意に満ちたそれはオレさまの苦手な絶対零度の冷たさをたたえており、これは当日、間違いなく熾烈なバトルになるだろう。背筋に走ったのが恐怖なのか、それとも楽しみからくるものなのかはわからない、ただそれに嫌な気はしなかった。少なくとも呼び出されたときに感じた恐怖ではない。
「それじゃあ、今日の話、って?」
一日ずっと心を悩ませてきた問題をこれ以上先送りにしたら心臓がやられそうだから、切りこむしかないだろうと聞いてみた。
すっと相手の目から怒りの色が薄れ再び視線を外される、そしてすみませんねとしおらしい声で謝られる。
「呼び出しておいてなんですが、さっきも言ったとおり、おれもこの話をするのは随分と迷いました」
もう逃げるわけにもいかないと腹を括りまして。
「ないおまえとの関係を、清算しようと、思いまして」
足元から奈落の底へ落ちて行くような感覚、ああ、やっぱり来なきゃよかったと後悔しても遅い。もう来てしまったんだから。
誰よりも近くにいるはずのネズが、随分と遠くに行ってしまったような気がした。

おれの言葉をゆっくり咀嚼して飲みこんでから、なんで今とたずね返される。
「今更なのは重々わかっています、ずっと引きずったまま来てしまったので。でも、そろそろ潮時でしょう」
これ以上はおれの心が耐えられないのでと言えば、そうかと優しい声でつぶやく。まともに顔も見れないまま、今までのことは本当にすまなかったと思ってますと言うと、なんでネズが謝るのさと明るい声で返そうとしてくれているキバナに、随分と我儘につき合っってもらった自覚があるのでと言うと、嘘だと即答される。
「オレさまが愛想尽かされるんなら、まだわかるぜ?でもネズはそんなことなかったろ」
「可愛げがあった、とも思えませんが。おれ、こんなんなので」
違いますかと聞けば、オレさまはそういうとこ好きだけどと拗ねたような声でつぶやく。そう言ってくれるのはありがたいんですが、今は少し迷惑です。
「なんか、ネズの気に触るようなことした?」
「おまえは悪くありませんよ。いや、間接的には関わってますけど、でもおれが悪いんです」
「そんなわけないだろ!」
急に声を荒げられて地面から体が吹っ飛びそうになる、耳から入って脳まで震わせるような強い否定だ、なんでおまえに否定されなきゃいけないんだと思った直後に、強い力で両肩を掴まれた。
無理に覗きこんできたキバナの顔は声とは裏腹に、恐怖と焦りが混ざり合ったそれはまあみっともない顔をしていた。
「キバナ?」
「なんかしたんだろ、オレが、なあ教えてくれよ。おまえいつも、教えてくれないじゃん、肝心なこと全部、隠したまんま」
なんでそんな悲しそうな目でおれを見るんですか、確かに清算しようとは言いましたけれどそんな言葉で傷ついてくれるなんて、自惚れてしまうのでやめやがれ。
「オレのこと、嫌い?」
「……いえ、嫌いでは」
「じゃあなんで?」
「嫌いじゃないから、ですかね」
意味わかんねえとつぶやく相手に、はっきりさせたいじゃないですかそこのところはと言えば、なにをと目だけでなく口でも問い返される。
「よくないと思いません?こういう関係、おまえも、ずっと続けるわけにはいかないって、心のどこかでわかってたでしょう?」
「それは!」
「今回のことでマリィも心配してますし、彼女に、兄としてどう説明しろと?」
「いや、確かにそりゃ悪かったけど」
「口が裂けても言えないでしょう、おまえとおれが、こういう関係だなんて」
いくらしっかりしてるとはいえ、心の成長が始まったばかりの少女に話していいことではない、確実に傷をつける、それも決して消えない傷だ。でも今のままでも彼女を傷つける、自分が傷つくのを恐れるあまり、大事なものが心を痛めるのは決して受け入れ難い。
「妹のため、っておまえ、それでいいのか?」
なんでもかんでも、マリィがマリィがって、おまえは本当にそれでいいのかよ。肩を掴む手に力がこめられる。
「マリィちゃんはおまえが幸せならいいって言ってたぜ、兄貴が苦しんでるのは見たくねえってよ」
「知ってます、だから呼び出したんでしょうが。っていうか痛えんですよ、離しやがれ」
「悪い」
力こそ緩めてくれたが手は離してくれない、なんだか龍の顎に捕まえられているようでもある、このまま噛み千切られそうだなんて思いつつなだめるように、最後まで聞いてくださいとつぶやきつつ、肩にかけられた手を撫でる。
「キバナ、あの」
「呼び出されたときから予想はしてたぜ、こういう話じゃないかって。でもな、オレさまってば強欲でさ、はいそうですかって簡単に言えそうもないんだ」
「そこを曲げて、お願いします」
「説得されるような理由なら聞く。おまえの、正直な気持ちが知りたいんだ」
真剣に向き合われると居心地が悪い、熱意が強いタイプだというのは嫌ってくらいわかっていたけれども、なにせおれが後ろめたいことをしていたのに間違いないんだから。
「愛してるって、言いましたね?」
「うん」
「前から言ってほしいな、って思ってたんですよ。冗談でも、いいので」
「冗談でなんて」
「ちょっと、しばらく黙って」
睨みつけるようにして言えば不服そうにしながらも口を閉じる、どうにも女々しいものでとまだ添えられている手に触れゆっくりと引き剥がし、大きなその手に自分のものを絡めてみる。
「愛してるって言ってくれるなら、それで満足できると思ってたんですけど、ダメでした」
おれも随分と強欲なようで、頭が割れそうなくらいにガンガンと鳴り響く音に流されないようにしながら、どうやってこの感情を伝えればいいか考える。ずっと迷っていたことだ、押さえこんで伝えないことに重きを置いてきた言葉だから、喉に張りついてしまったようになかなか口から出てこない。
「おれは、おまえのことが好きなんです」
たっぷりと間を置いてから、ようやく絞り出すくらいの掠れた声でつぶやくと、ひゅっと喉を鳴らす音が聞こえた。相手の表情をうかがうと驚きというよりも戸惑いに視線が揺れている。
「好きだから、別れようって?意味わかんねえんだけど」
「はい?」
なにをと聞き返すよりも先に、ぎゅっと両手に力がこめられる。だから痛いんですよと文句をつけても聞き入れてくれるでもなく、というよりなぜおまえはそんな必死なんです。ただのセフレ相手に。
「ちょっと待てネズ、今なんて言った?」
「はい?」
おまえとの関係をそのまま口にしたのだが、何か間違っていただろうか。
「いやだって、セフレって」
「違います?」
他にどう表現しろというんだ、おれが知らないだけという可能性もありますけれども、金銭のやりとりはしてないので少なくとも援助交際ではないでしょうし、そうなれば残るのはあけすけに言えば体の関係でしょう。
「いやだって、おまえ……あのとき」
初めてのとき相性がいいからって、確かにそれは言われて了承しましたけれど、肉体関係の継続の他に、どう取れと?
「まさかですけど、あれが告白だったとか言いませんよね?」
「えっと、了承してたのかと」
「おれ、今日に至るまでおまえに告白した記憶はありませんし、おまえから戯れでも愛してるなんて言われたのは、先週までありませんが?」
「それは、そういうのいらねえって言うから」
「体の関係なら、面倒なしがらみもなにもないほうがいいでしょう、っておれからの心遣いですが、てめえは違ったってことですね」
とりあえず、一発殴っていいだろうか?法的にどうかは不明ですが、今なら感情的には許される気がする。
「っていうか、ネズだって今まで黙ってたじゃん、体の関係ってそんな、いかがわしい関係で満足してたのかよ」
「おまえが触れてくれるならそれで充分だって言い聞かせて、どれくらい我慢してたと」
「いや、それもさ言ってくれなきゃわかんねえだろ」
「酔っ払って押し倒したケダモノに言われる筋合いはねえ!」
なんの話をしてるんだおれは。気持ちをぶつけて玉砕したら、その足でメロンさんに紹介してもらった店で酒を死ぬほどかっ喰らって、寝て、それで忘れようと思ってたのに、それがどうして、こんな言った言わないの水掛け論になってやがる。
「あーもう格好つかねえ、なんでこんな最低なバカを、おれは」
「本人を前にそれ言っちゃう?」
「言いますよ、こうなったら徹底的に洗いざらい全部吐き出してやる、下半身で都合よく考えるバカにもわかるように」
「いや、なにも言わなかったネズにもちょっとは非あるんじゃ?」
「黙れ!人の気も知らねえで、おれが今まで、どれだけ我慢してきたと」
振りかぶった拳を相手の胸に叩きつけてみるも、大してダメージは与えられなかったらしい。感情のまま罵ってやりながら何度も胸に振りおろしたところで、さほどダメージはないに違いない。無駄に鍛えあげられてるだけあって硬い、はがね複合タイプでもないだろうに、でもそれなら毒が効かないのも仕方ないか。
もういい疲れたと相手を殴りつけた手を退け、相手から離れようとしたもののそれを許さないようにキバナの両腕に抱き締められる。
「嫌いになった?」
「できんなら、とっくに見切りつけてますよ。残念なことに、おれも大概、諦めの悪い男なもんで」
「まだ挽回できる?」
「知らねえですよ。というかこんな女々しい男と恋愛なんて、絶対に後で面倒になるでしょう」
おまえのこと縛りつけたくないんですよと返せば、なにそれとキバナは苦笑しておれを抱き締める腕に力がこめられる。
「オレとの仲を清算して、おまえどうする気だったの?」
「どうしようなんて、考えてませんよ。もしも、おまえが少しでもおれを気にしてくれるんなら、その言葉に従おうかと。届くかはわかりませんでしたけれども、言って嫌われたらそこまでくらいでした」
もうちょっと勝率信じてくれてもいいじゃんと言う相手に、おれの自尊心はそんな高いもんじゃないですよと返す、もしも彼の言うように行動的になれていたなら、ここまでこじらせることもなかったでしょうに。
「おれって、ダメな奴なんで」
「またそういうこと言う」
ダメな奴っていうなら、オレさまの方じゃねと小首を傾げてくるので、おまえはダメなんじゃなく最低な野郎ですと突き返せば、だからそこまで言うと少し泣きの入った声でつぶやく。
「はあ、なんかどっと疲れました」
「だなあ、どっかで夕飯でも食べに行く?」
安心したら腹減ってきたと気楽なほどに気楽に言いやがるものの、それならおれに付き合ってもらいますよと返せば、いいぜと気楽な声で来る。
「それでどこ行く、今からでも店に」
「よそ様に迷惑かけるわけにもいかないでしょう。おれの家、来やがれ」
流石に驚いた顔をしているものの、こんな顔で外は出歩けないのでと返せばそうかとだけ言われる。
「でもマリィちゃんは?」
「今晩はメロンさんの家にお邪魔させてもらってます」
この場でフラれていたら死ぬほど飲んでやろうと思っていたので、そうなっても最低限の理性を残して帰るため最後の砦でもあったものの、その心配もない。明日の朝にはメロンさんが家まで届けてくれるでしょうし、心配はないです。
「じゃあお邪魔していいわけ?」
「ええ、もし帰るのなら別に引き止めませんが」
「いや行くって、ネズの家」
なんだかやけに嬉しそうに言うものですから、やっぱり今日はやめにしましょうかと言いかけてやめる。行こうぜと手を取っていく相手が、なんだか可愛く見えてもうなんとでもなれと思ってしまったのだ。情けないことに、弱いんですよそういうの。

あとがき
キャプションでも書いたのですが、今回で終わりのはずがちょっとラストの長さがえげつなくなり、いい長さにするために二話に分けさせてください。
今月中に仕上げたかった……などと供述しております。
終わりまでもうしばらくお待ちください。
2020年5月28日 pixivより再掲
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