年齢確認
18歳以上ですか?

 いいえ

愛の歌が鳴り止まない

ネズは男だ。そんなことは、言うまでもないことだしわかりきってる。
「でも抜けるんだよな」
そう話す男たちを眺めて、趣味悪いなと心の中で思う。キバナはどう思うとたずねられたところで、そんなもんオレさまに聞くんじゃねえ。
男ばかりで飲み始めて二時間も越えれば、下ネタが飛び出してきてもおかしくはない。とはいえその渦中にいるのが、自分のよく知る相手になれば反応も微妙になったって仕方ないだろ。
男なのにネズをオカズにできる、というのは前から何度もあげられている。大体は新曲のPVが発表されたタイミングで口にされ、今回のはどこがエロかったとか、なんとか。そんなもんいいから歌を聞けってあいつなら言うだろう。
手元にあるジョッキに口をつける、イライラする頭にアルコールを注ぐのだ。
あいつの顔がいいことは今更、口にするまでもないことだけど。はっきり言うとあまりいい気分じゃない、なにせあいつはオレさまのだし。
とはいえ、陽気な飲み仲間たちはそんなことを知らない、さっきからいけると盛りあがっている男は恋人なんだけど、なんて言えば空気が凍りつくだろう。なんの冗談だよと言われても仕方ないし、恋人からも硬く口止めされている。わざわざ自分からガソリンの中に火種を投げ入れて炎上させる必要はないだろうって。別にそんなものオレさまは怖くないんだけど、巻きこまれるのはごめんだと面倒くさそうに言われるのは目に見えている。
「なあどう思うよ、キバナって仲いいだろ?」
普段からこんなエロいのと聞かれて、だったとしたらどうなんだよと口から出そうになる。
「いや、あいつの顔見てるとバトルしたくなってくっからなあ」
「流石はバトル馬鹿」
「ガラル最強のジムリーダーなだけあるよなあ」
俺らとは根本の造りが違うとしか思えねえと笑う、汚い笑い声だ。イラつく心を落ち着けるために残ってたビールを搔っ食らうと、おかわりを頼む。
流れているネズのPVは確かにいい、オレだって気に入ってる。憂いの帯びた顔でカメラを見つめるその顔は、画面越しでも熱い吐息が届くようで、二人きりの部屋でキスしようと近づいたときのことを思い出す。二度、三度とキスを深めていけば、ステージで心地よく歌ってるときのようにとろけたいい表情になるんだ。
思い出して熱を持ち出した自分のもんに、落ち着けと喝を入れる。それもこれも公表できないせいだ、下手に顔が出回ってるのもいいもんじゃねえ。あいつはオレのもんだって、目の前で下品に笑う奴等に言えたら収まるのかっていうと、それもまたわかんないんだけど。
少なくとも、こいつらとの縁は切れるんだろうな。それは悪くないかもしれないけど、ついでにネズにフラれる可能性もあるわけで、結局は居心地がさほどよくなくても手放すことのできない関係を引きずっていくことになる。
にしてもロックな奴って、なんでこんなふうに脱ぎたがるんだろうな。そりゃ眼福ではあるんだけど、守りが薄いと心配にもなってくる。
他の男に犯されてんじゃねえよ、オレさまのもんだろうが。

愛している、その言葉を一度でも受けられるならそれでいい。そんなバカみたいな愚かな願いを抱え、スマホロトムに入った着信を見つめる。
今日会えるかというもので、ちょうど手は空いたところだしいいですよと返す。
直後にかかってきた通話で、画面越しに見ても酔ってることがはっきりと見て取れ、呆れて溜息を吐く。彼の交友関係にどうこう口出しする気はないのですが、とはいえ自分の周りにはいないタイプの人間には、彼等にしか通じない空気というものがあるんでしょう。別にそれを否定する気はありません。
「どこにいるんです?おれが迎えに行くんで、あんまり動かないでくださいね」
「いいよ、オレさまが行くからさー」
こいつらに見せたくないと言うので、じゃあどうするんですと聞けばよく使ってるホテルまでは辿り着けそうだというので、ならそこまで行けばいいですねとたずねる。
「来てくれんだ」
「おまえのお願いですから」
愛されてるとふにゃと笑う相手に、胸の奥にじわりと痛みが広がる。それを無視するように大人しく待ってるんですよと言うと通話を切り、上着を引っ掴むとサングラスをかける。
「出かけるん?」
「ええ、すみませんね」
友人が飲みすぎたらしく、ちょっと迎えに出て来ますと言えば気をつけてねと、マリィは玄関先まで見送ってくれる。
「誰かたずねて来ても入れてはいけませんよ」
「わかっとる」
アニキこそ気をつけてねと言い添えられて、彼女に何がどこまでバレているのだろうかと不安になる。寝る前で既にシャワーを終えた彼女の額におやすみなさいとキスを落として、寒風吹きすさぶ外に出る。どうしておれがこんなとは思わない、タクシーを呼んで行き先を告げるとわかりましたと、アーマーガアは飛び立つ。やはり寒い、氷の粒でも混じっているのではないかと感じる。
大通りで降りてから、目的地に向かって歩いて行く。キバナから送られて来た部屋番号を手がかりに、無人のフロントを抜けてエレベーターに乗る。
目的の階で降りて、長い廊下を行く。呼び鈴を鳴らせばしばらくして派手な足音がしてドアが開けられた。赤い顔したキバナが待ってたぜと笑い、腰に腕を回されたと思えば餌を捉えた猛獣のごとく部屋に引きずりこまれて、ドアを締めるとそこに押しつけてキスしてくる。
「はあ……あ、ちょっと、キバナ」
「ネズ、ネズ」
もっと寄越せと訴えかけるギラついた目に、好きにしていいですけどせめてベッドまで案内しなさいと言うと、仰せのままにと軽々と抱きあげてくる。
邪魔だと言わんばかりに、衣服を剥ぎ取られていく。なんでこんなに煽られているのか、その理由を聞いて答えてくれるんでしょうか。
「おまえのことエロいって、言われてんの、知ってる?」
「その話、もう何度目ですか」
どうせまた飲み仲間の中でおれのことが話題にあがったんでしょう、ちょうど新曲のPVも公開したところだ。それがまた彼には気に食わなかったんだろう。
今回は背中を大きく開けたシャツだった、首筋やらうなじやら腰のラインやら、さらけ出してたところ狙って口をつけてくる。
「おまえ、なんで人前で脱ぐんだよ」
「舞台衣装なんですけど」
ステージに立つときくらい、好きにさせてもらえませんか。普段からあんな格好で過ごしてるわけじゃないですし、今脱がしているのはあんたでしょうが。
「はは、確かに」
酒臭い熱い息をこぼして覆い被さってくる、これはまた酷く酔ってる、経験上こういうときのキバナはしつこい。よほど気にくわないのかこちらがなにを言っても離してくれないのだ。それと知ってて呼びかけに応じている自分の浅ましさに、嫌気がさす。
「はあ、ネズかわいい」
「そうですか」
こんなおれのなにがいいのか知らない。少なくとも、手慰みに抱かれるのに都合がいいんだろう。どうにも一度捕まえた相手を逃す気がないらしく、遊びの割には優しくしてくれるので、そこはまあ嫌いではない。
おれは好んで来てるんで、いいんですけど。キバナはそれでいいんでしょうか、人にどうこう言える立場でもないけれども。
求められるのなら、それに応えることは嫌ではない。とはいえ、そこまでだ。この人気者を独り占めできるわけがない、すでに諦めに似た感情である。なのに手切れにできないのは、おれ自身の弱さ。
もしもこいつが、何かまかり間違って一言でも愛してると口にしてくれたなら、満足して彼のことを自由にできるだろうに。

満足いくまでネズを貪りつくすと朝方になってしまった。人前では簡単に脱げないように跡をつけ、個人的には満足なのだが、目が覚めたら怒られてしまいそうだ。
その前に退散するのもありなのだが、腕の中で眠る相手を放り出すのはなんだか惜しい。
寝返りを打って、少し身動ぎをするとゆっくりと目が開けらる。おはよと声をかければ、んと小さな声で返事が戻ってくる。
「どうする、もう少し寝る?」
「いえ、もう帰ります」
痛む体を引きずってシャワー室に引っこんだ相手を追いかける、濡れるから出てなさいと言われるのを無視して、一緒に入ろうぜと足を踏み入れ後ろから抱きつくと、もうやりませんよと睨みつけられてしまった。別にそういうつもりで声かけたわけじゃない、自分のものだって証をたくさんつけたネズの姿をもっと見たいだけ。
昨日の晩もそうだったけど、抱き寄せれば細くて折れそうなくらい腰はこの手にぴったり形が合うように造られたんじゃないか、と錯覚してしまうくらいネズの体はこの手にはまる。このまま連れ去ってしまおうかと思い始めるものの、髪洗いたいんですけどと胸を押し返される。
「じゃあ洗ってやるよ」
「結構です」
「いいじゃん、上手いって言われるんだぜ?」
なあいいだろと返せば、ジロリと睨みつけてきたけれど、しばらくしてもの好きですねと溜息混じりにつぶやく。
湯を張った浴槽に入れて、たっぷり伸ばされた長い髪にシャンプーをかけて洗っていく。うっかりすれば絡んで引っ張ってしまいそうになるものの、なんとか解いて綺麗にしていく。されるがまま身を任せているネズの目を閉じた白い顔を眺めて、こんな無防備にさらされていることが嬉しくて仕方ない。
普段は前髪がかかっている右目に、そっと唇を落とせばうっと小さな声をあげて目を開ける。
「ふざけるんだったら、離してください」
「いいじゃん、最後まで任せてくれよ」
不満げに見つめる青い目に、今度はふざけないからさと返せば、好きになさいとまたゆっくり閉じられる。こうして手の中にある内は安心できる、ああオレさまのものなんだって。
誰にも見せたくない、誰にも渡したくない、オレだけの。
「なあネズ、他の男になんて抱かれるなよ」
心の中で思ってたことがそのまま口からついて出た、いけねと思った直後、パッと目を見開いた相手がゆっくりと身を起こして、泡が垂れることも気にすることなく正面から向き合う。
「それ、どういう意味です」
「いや……ごめん、ごめん」
なんで謝っているんだろう。そりゃデリカシーのない発言ではあっただろうけど、でもこいつだって悪いじゃないか。オレってもんがいながら、あんな姿をさらけ出すなんて。他の男から、色気を感じ取れるような姿を惜しげもなく見せつけているのは。
「ネズは抜けるって、色んな奴が言うから心配になってさ」
オレさまだけだよなとたずねれば、そっくりそのままお返ししますよと不機嫌さを表に出した声で言う。
「抱く相手を選ばなくていいのは、おまえのほうでしょう」
「いや、それは」
怒らせるようなことを言ったのは間違いない、けどそんなふうに返されるのは正直いい気はしない。いくら自分が巻いた種だとしても、それを棚上げしたくなる程度には怒りが湧いてくる。 「今はネズしかいないぜ」
「そうですか、嬉しくないです」
取りつく島もない、こちらを放り出して泡まみれになった頭をシャワーで流す。おいと声をかけても無視して洗い流して、次にコンディショナーをつけて無言で洗っていく。なにを言っても受け入れてもらえなさそうだ。でも言わずにいられるかよ。
「なあネズごめんって、悪気があったわけじゃねえんだ」
先まできっちりと手入れが完了したのかシャワーで洗い流してしまうと、そのまま無言で出て行く。追いかけるべきだろうと急いで出ると、上半身はまだ裸のままベッドに腰かけて髪を乾かしている相手が、こちらを見て溜息を吐く。
「すみません、大人気ないこと言いました」
「それは、オレのほうが」
「いえわかりきってたことですし。今更、腹を立てることじゃないですし」
ドライヤーをネズの手から奪い取って、乾かす髪に指を通していくものの。うつむきがちで視線も合わせてくれない、やっぱり怒ってるんだろ。
そりゃいい大人なんだし昔のことはあまり深堀りするもんじゃないだろう、それにしても気にはなる。嫉妬してくれているのならそれは少し嬉しい、ネズからはあまり独占欲のようなものを感じたことはないし、オレの行動に呆れながらも合わせてくれている、でもそういう奴だからと思ってきてた。自分のものだって主張をしすぎないタイプ、たまにいるよな、嫉妬深い奴の正反対みたいな。
「長いつき合いですし、おまえのことはよく知ってるつもり、なんですけど。さっきのようなことは、あまり女性に言わないほうがいいですよ」
たぶんはっ倒されますからと力なく笑う、そんな顔を見たいわけじゃないのに、大体乾き終わったくらいで、立ち上がると服を着てそろそろ行きますと返される。
「なんか約束でもある?」
「……マリィが心配します」
朝帰りになってしまったので、きっと怒っているでしょうと肩を落としてつぶやく。本当はもっと早く帰るつもりだったのか、オレさまを置いてきぼりにして。
「送ってこうか?」
「結構です、おまえと一緒だと目立つんで」
表向きに口にする理由はフェイクで、単純にオレと一緒に居たくないんだろう。これ以上は踏みこむなと、無言の内に告げられているようで、なんとなく手を伸ばしにくい。
「じゃあまた今度、な」
「ええ、ではまた」
こちらを振り返ってそう返すと、出て行こうとする相手をもう一度抱き締めたくて腕を伸ばしかけたものの、逃げるようにドアが閉められた。

他の男に抱かれるな、か。
自分に向けられる独占欲に嫌な気はしないものの、同時に胸に広がる苦味が胃の中から迫りあがってくるようで、とても気分が悪い。
そう言いながらおまえは、一体どれくらいの人を相手にしているんですか。男性も女性も問いません、おれ以外にどんな人をその手に抱いてきたんです。
昔のことなんてどうでもいい、今だって別に縛りつける理由もないんですけど、少しくらい腹を立てたっていいじゃないですか。
タクシーを使ってスパイクタウンのシャッター前まで送り届けてもらうと、そのまま自宅へと戻る。朝帰りとはいえまだマリィが起きるには早かったのか、それとも昨日は遅くまで起きていたのか、起き抜けの妹と鉢合わせしなかったのは少しだけよかった。
自室の更に奥に置いてある、作曲用のブースに入ってギターと真っ白な譜面とペンを取り寄せ、好き勝手に音を鳴らしていく。およそのメロディーをメモ書きに残しては、次に思いついた音をイメージのままに掻き鳴らす、その繰り返し。
別に新曲を出す予定もないのに新しい歌が脳内を駆け巡っている、感情がオーバーフローしているせいだ。あいつと会った後はいつもそう、自分の口から素直に相手に告げられないから歌にするしかない。臆病者の自分が心底、嫌いだ。
部屋のドアが叩かれ、中の様子をうかがうマリィの顔が見えどうしましたと開けて声をかける。
「作曲してたみたいだから、朝ごはん持って来たけど」
「ああ、ありがとうございます」
たまに曲作りに没頭していると、気を効かせて持って来てくれるのだ。無理しすぎないようにねと、いう心配の言葉つきで。
「大丈夫ですよ」
「本当に?」
ええと返しても、真っ直ぐ向けられた視線は痛い。後ろめたいことをしているんですから、当たり前なんですけど。
「お昼までには終わらせてしまいますから」
「わかった、顔出しに来なかったらまた来るね」
夢中になってたら、きっと時間を忘れて一日中してるでしょと指摘されてしまい、確かによくやってしまうので、痛いところだ。
愛しの妹が作ってくれた軽めの朝食に手を伸ばしつつ、ペンを片手に譜面に歌詞を書き起こしていく。思いついた言葉の羅列なので、ある程度書き殴ってしまったら、後で一つずつ精査していかなければいけませんが、今はそんなことはいい。
女々しいなと思うんですけど、抑えていた感情が音になって溢れてくるのだ。
好きなんですよ、おまえのことが、たとえ都合がいい相手だったとしても、数多いる遊び相手の一人だったとしても、それでも選んでもらえるなら嬉しいのだ。愛しているのがおれだけだったとしても、バカみたいだと言われてしまったって、この心をなくす術を持っていない故に、ズルズルとよくないものを引きずって、おまえの影のようにつきまとっている。
愚かしい自分が、すごく嫌いだ。
嫌いだからこそ歌ができる、こんな自分に反発するように音が鳴る。
大きな溜息を吐くと、寄り添うようにタチフサグマが両腕を広げて呼びかけてくる。ふさふさの腕に抱きつけば包みこまれて安心する、ギターからはまだ手を離していない。考えている音に合わせるように、今度はストリンダーがベース音でセッションをしてくれる。そのリズムでいくのがいいと思いますか、確かに悪くありません。ああこれ、このまま作りあげてしまえそうですね。あまりいい曲になる気がしないんですけど。
他の男に抱かれるなか、そんなにおれって尻軽そうに見えるんですかね。見た目だけで決めつけるような男ではないと思うんですけど、でもまあ元を正せば自分が悪い。
あの日のキバナも酔っていた。ジムリーダーとガラルリーグ組織委員の懇親パーティーで、おれなんかは帰りたくて仕方なかったのに、彼は楽しくてしょうがないのか、終始おれの隣で色んな人からのお酌を受け、大量の酒を煽ったために酩酊するほどに酔っ払った。
ホテルの部屋まで送り届けることにして、会場から抜け出して、まあその日の礼なんかをそれとなく伝えた。自分を庇ってくれていたのは途中から気づいていたので、そういう優しさはもっと大事な人にかけてあげるものですよって忠告をしたら、そうかよと少しぶっきらぼうに返された。
デカイ体を引きずるようにして、なんとかキバナの部屋にたどり着きベッドに下ろした直後、誰と勘違いをしたのかは知りませんけど腕を引かれて、さっきまでぐったりしていた彼に押し倒されてて。
「はは、ネズってば美味そうだ」
「キバナ酔ってますね……こういうことは、女性でも歓迎されないですよ」
冗談で済む間に早く退いてくれと、震える手で胸を押し返しても、すぐさまその手を取られて下に縫いとめられる。逃げなければと体をよじったところで、押さえつけてくる男の力に敵うわけもなく。
「あっ、ちょっとキバナ!あっ、んむぅっ!」
口を塞がれて、舌を差し入れられて深いキスをされた。骨の髄まで貪りつくすという決意すら感じさせる、眼光鋭いアイスブルーの瞳を見て、ああ喰われる、逃げられないと悟った。
「はあっ……あっ、キバナやめ」
「ごめん、止まんねえわ」
前からおまえのこと、気になってたんだ。こうしてみたらわかる、すげー綺麗で、すげえ喰いたくて仕方ない。
「やめ、やめなさいキバナ、こんなこと!」
「嫌か?」
嫌ならやめる、その一言に二の句が継げなかった。やめてほしいとは思う、酔っているとはいえこんなことして、絶対に後悔する。でも、それでも、乾ききった自分の心に一雫垂らされた水を、体が求めてしまった。
「どこまでする気、ですか?」
「どこまでしていいの?オレさま、できるなら最後までしたいんだけど……てかさ、ネズって男と寝たことあったり?」
前から言われてんだよな、ネズならいける、ネズなら抜けるって、実際のとこどうなのおまえ。
男に、抱かれた経験あんの?
直球の質問に、思わず顔が暑くなる。もしもここでないと言ったら、キバナはやめてくれただろうか、それともこれ幸いとばかりに、貪り尽くしてくれるだろうか。しばらく悩んだ、酔った勢いとはいえ、その一線を超えてしまって今後の関係が悪くなるのは避けたい、でも。
この男のことが好きだった。
一晩の過ちでも、興味本位のつまみ食いでも構わない。今だけでも、彼を自分のものにできるのなら、それだけでおれは墓場まで幸せを持っていける、そう断言できる。
「経験がある、って言ったら……どうします?」
そうたずねると、キバナの目はすっと細められた。なにか気にくわないとでも言うように、そうかよとまたぶっきらぼうに言うと、じゃあ遠慮しなくてもいいよなとバトル時に見せる強い視線が上から突き刺さる。
「じゃあ、今までの男のこと忘れさせるくらい、オレさまで一杯に満たしてやるよ」
楽しみにしとけ!と叫ぶと、組み敷いた体を快感に染めあげるべく動き出す。
そこからのことは思い出したくない、快楽に溺れてあることないこと大量に言った気がする。自分もキバナほどではないにしても、普段よりも深酒をしていて酔っ払っていた。酔った頭に性の快楽は強すぎて、たわ言で色々と叫んだかもしれない。
でも一つ、はっきり覚えてる、おまえのことが好きだとまでは言ってないはずだ。唇を噛むようにして血が滲んでも、胸がありえない痛みを訴えかけても、体からハウリングのような軋みのあるノイジーな音が聞こえても、たっぷり飲まされた酒のアルコールに溶かされた脳でも、最後まで耐えた。
翌朝目が覚めて、キバナはこちらを慈しむように優しい声でおはようを言ってくれた、それだけが救いだった。もしこれで嫌われたなら全て終わりだと。いくら相手に非があろうとも、責めることはできないだろうって思ってたから。
「なあネズ、オレさまたち……なんか相性よくない?」
「そう、ですかね」
節々の痛みをこらえつつ返せば、絶対にいいと思うんだよなと少しそわそわとしながら断言する。
「だったとしたら、なんです?」
「いやその、できればこのまま深い関係になりたいかな、なんて」
ようは性欲処理につき合えということらしい、有り体に言ってしまえばセックスフレンドってやつだろうか。お互いの利害が一致してるなら、それもありなんでしょうけど。
「おれなんかで、いいんですか?」
「勿論!むしろネズだからいいんだって」
まあお互いに、立場も立地もそう遠くないわけですし、バレたら大スキャンダルになるでしょうけれど、唐突に思いついたように呼び出せる都合のいい関係、そうなれるのは間違いない。
今晩だけ、好きな人に抱かれるならいいかと思った。この時点からおれは、なぜかこいつのことを愛してた、深く深く、後戻りできないくらいに初恋のようなものをこじらせて、どうにもできないところまで追い詰められてて。
愛人だろうがセフレだろうが、世間からみつかれば糾弾される関係でも、求めてくれるというのならはま喜んで引き受けてしまえそうだったし、事実として受け入れてしまった。
心までを求めない、すぐに手を離せるそんな関係。あいつが本命をみつけるまでの、代理。
好きなのはおまえだけですよ、本当です。他に触らせるなというのなら、そうしたって構いません。
嘘でも、愛してるって言ってくれたなら。よかったのになんて。
「はは、我ながら女々しい野郎です」
涙を拭いて言葉を書き殴る、どうにも制御ができていない。自分から言葉にできない臆病者が、彼を繋ぐことはできないってわかりきってるはずなのに。

あとがき
とても大好きなバンドがいるんですけど、その歌が最近とてもキバネズに聴こえてしまって、イメージソングとして作業BGMにしてます。
曲に引きずられてるので、関係が爛れてますが最後には幸せにできたらいいなあと思っている反面、失恋ソングもキバネズに聴こえてるので、最後までどうなるか書いてる本人にもわかりません。
イメソンを混ぜると話がブレるので、流石に別もので書きたいですね……。
続きは完成次第、順次アップできればいいなと思います。
2020年1月11日 pixivより再掲
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