ドラゴンにラブソング
マイクを手にステージに立つネズは、いつだって最強だ。スポットライトがなくても、派手なネオンの光よりも強く輝いて見える。
かかって来やがれと観客を煽ってくるネズに、声をあげて応える。
人でごった返すホールは熱気が高まる一方だが、壇上のネズはもっとボルテージが振り切れているんだろう。
「ナックルシティに来る以上はおまえとバトルするのと同じです」
見にくるんならそれくらい覚悟決めて来やがれと言われた。前に出禁だって言ってたけど、それを指摘したら他人のシマを使うときは顔くらい立てますよと返された。
せっかくだから招待するという申し出を断って、今日も自分でチケットを取った。届いた番号は一千番ちょっと、自分の前にそれだけの数の観客がいるってことは、それだけ求められてるってことだ。残念な反面、満杯じゃ足りないくらい埋め尽くされたステージに立ってほしいから、これくらいは当然とも思う。
「その彼氏ヅラすっごい不快」
「いや、実際に彼氏だし?」
げんなりした顔をするルリナに、嘘は言ってないぞと返すと、見せつけるために誘ったわけじゃないでしょうねと釘を刺される。
「いやだって、おまえ行きたいって言ってたろ」
二人分のチケット押さえるの大変だったんだぞと言うと、そうでしょうねと周りに集まってるファンを見返してつぶやく。
二人して物販は事前通販で済ましてしまったので、待ち合わせ場所でツアーのTシャツワンピで現れたルリナと、メンズTシャツにマフラータオルを提げて来たオレは、出会った瞬間に揃って吹き出した。
今日はオレがメガネ、ルリナはサングラスだが、まあ今のところバレてはいなさそうだった。特にワンデーカラーでわざわざ髪をマゼンタに染めて来たルリナの姿は、パッと見じゃジムリーダーともモデルとも結びつけるのが難しい。
「あんたもこれくらいしたら?」
「オレさまは別にバレても平気だからな」
というかまた来てるなって思われるくらいだろう、それくらい頻繁に顔を出してるもんだから、ネズもいい加減もう止めるのも飽きたと言われた。
「それに、オレさまがいれば下手な騒ぎを起こす奴も減るだろ」
「まあ目立つ上に無駄に強いからね」
無駄じゃないですと返すと、今日のノリ鬱陶しいわよとまた苦い声で返される。
「すっげー楽しみだったんだから、仕方ないだろ」
なにせ久しぶりのライブだし、浮かれるのも仕方ない。ネズ自身は今は自由に活動できるようになったけど、オレはまだまだ予定が詰まってることも多いし。ネズだって暇なわけじゃない、歌手活動もだけどトレーナーとしてもまだまだ現役で活躍してるわけだし。
「今度、バウタウンでトレーナー志望の子供たちへ、ポケモンのバトルや育成の指導をすることになったんだけどね、講師頼んだらいいですよって」
「マジかよ、ナックルシティはダメだったのに?」
おまえとダンデが居るなら充分でしょって普通に断られたんだけどと返せば、そりゃあんたがダンデ呼ぶからでしょと平坦な声で返される。
「マリィちゃんは特別にしても、あいつも子供好きだよな」
「それもあるんでしょうけど。この前あたしがPVの撮影協力したから、そのお礼だって」
演出の都合上、大量の水を使うってなったらそりゃルリナのとこがうってつけだろうけど。ジムを借りるってなると、かなり申請も手間取るからな。
「まあ丁度、ジムも修理中で空いてたからいいんだけどね」
「おまえまた壊したのか?」
これで何度目だよと聞けば、今回は半壊までいってないからセーフよと言う。フィールドが壊れるなんてウチでも年に一回あればいいぐらいの大ごとのはずなんだけど、ルリナの口からだと、スマホのケースがちょっと割れたくらいに聞こえるから恐ろしい。
「今度はウチで撮影しないか聞いてみよ」
「あんたのジムで?」
「オレさまのフライゴンが『りゅうのまい』で盛りあげてくれるぜ?」
いいと思うんだけどなと言うと、ちょっと見てみたいと思わせるのがムカつくわねという、本当にやってくれたらその曲をスタジアム入場曲にしてもらうんだけど、前に言ったらチャンピオンになったら考えてやってもいいですって返ってきたんだよなあ。
「ふーん、あたしは今度の入場で使っちゃおうかな」
「おいずるいぞ!」
そう思うならチャンピオン目指して頑張りなさいと背中を叩いてくる、できるならそうしてるっての。そうこうしてる内に開場時間が迫ってきて、二人して並ぶ。あれってという声が聞こえた気がするけど、直接声かけされてない以上は無視でもいいよな。
「これでファイナルかあ」
一度でいいからツアー巡りしてみたいのよねとルリナはつぶやく、全公演は流石に難しいよな、オレさまだって回りきれたことはない。半分くらい行ければいいかな、ってくらいだ。
「意外、スケジュールに無理があっても行きそうなのに」
「流石に全部は無理だって」
でもルリナの言う通り行ってみたいなとは思う、ライブを楽しみつつガラルの各地を旅行するとか、そういうの楽しそうだ。
だってネズにアンコールはない、今日のライブを全力で迎えたらその次にステージに立つあいつを見れるのは、一体いつなんだか。
スタンディングのホールで中腹より少し後ろに着くと、今日は更に熱気が高いなとなんとなく感じる。
「はぐれないように捕まっとく?」
「炎上したくないから結構よ」
もうすでに気づかれてるのに、これ以上くっついたりしたら火にガソリンをぶちこむようなものだ、なにより勘違いで逆鱗に触れるのも、あくタイプの尻尾を踏むのもごめんだと。
「なにかあった?」
「前にネズのライブに行ったとき、あたしとツーショ撮ったでしょ。あれ」
別にいいんですけど、目立つんであんまりこういうことしないで欲しいんですよと、ネズから釘を刺されたらしい。だから今日は撮るのはダメだって言ってたわけか、まあどうせ噂になってんのはそうだろうけど。とはいえ、オレさまに直接言えばいいのにルリナを通して言ってくる辺り、なんというか。
「可愛いとか思ってるんでしょ」
「そりゃ可愛いだろ?」
「あいつキレたら本気でヤバいから、あんまり思わせなことしないでよ」
炎上より嫉妬のが怖いでしょと指摘されて、そうだなと返す。
複雑ではあるんだよ。こうやってたくさんの人に愛されて求められてるネズは見たい、でも反対に自分一人だけに注目してほしいとも思う。そうして妬いてくれると聞くと、またやってみたくもあるんだけど。
「やめときなさい、場内撮影禁止でしょ」
「わかってるって、もう電源切るからさ」
もう開演まで十分を切っている、アナウンスに従ってスマホを仕舞うと前方ではもう待ちきれないファンたちの押し合いが始まっていた。今日は後方だから巻きこまれる心配はないもの、すでに始まってるのは感じ取れた。
開演ブザーが鳴りステージの幕があがると、そこにはすでにネズとバンドメンバーが控えていた。
ねこだましでも食らったようにシンと静まり返る観客を見下ろして、どうしたとネズが声をかける。
「おいおい、ファイナル公演だからって全員しけた顔してんじゃねえよ!」
第一声でビリビリと会場全体を揺らす声、油を注いだ火のように瞬間的に熱があがる。
「今日で最後だあ、行くぞナックルシティ!」
うおおと会場全体に声が響く、大量のスパークが飛び散ってネズのストリンダーが会場に乱入してきた、こいつもかかって来いって言ってるぞ!と叫ぶ。
全力でかかって来いというだけあって、初っ端なら手加減なしかよ。なかなかに強い嵐だけど乗り越えられないほど、まずいもんじゃない。
やっぱ好きだ、全力のネズのステージ。
数曲を超えるころには、ライトの熱なのかボルテージの高さでなのか薄っすらと汗が光るようになってきた。全力で歌って、全てをぶつけてくる、最高にクールでかっこいい。ここに居る全員が今、おまえに釘づけになってる。
急にステージライトと全ての音が消え去った、どうしたとざわつく観客席に静かなピアノと水の音が流れ出す、これはと思っている間にもイントロが始まった。
アコースティックギターに合わせて歌い出したネズは真剣な顔で、それまでより更に吸いこまれるように見つめる。静かで低い歌い出しから、水の音を利用したリフレインが場内に響く。
ゆっくりサビへ差しかかった、歌う彼の横顔が「雫が一つ落ちる」と響かせると共に、目から一筋光る雫が頰を伝い落ちていった。
思わず息を飲む。見間違いなわけがない、こんなに真剣に向き合ってきて見逃すはずないだろ、なによりシンと静まり返った場内の全員が今見たものの正体を探っているみたいで、余計にあれが本当にあったことだと感じ取れる。
シンガーであって役者ではない、だから溢れる感情は全て本人のもののはずだ。
間違いなく今日一番の輝きを一身に受けて、ネズが歌う。体から頭の奥まで全部、おまえの声で満たされている、そのはずなのになんでか乾いている。
横顔から正面に向き直った、真剣な瞳を見つめて思う。
あの一雫がほしい、アイスブルーの澄んだ瞳からこぼれ落ちる感情が詰まった雫が。
ライブが終わって、いつも通りアンコールなしのまんま解放されて。外に出たらすぐにルリナと別れた、あんまり迷惑かけるんじゃないわよという言葉を背に受けつつ、足早にスタッフ通路を歩いて楽屋のドアを開ければ、ノックくらいしたらどうですと少し掠れた声で言われる。
「オレさまだって、ネズならわかんだろ?」
「そうですね、他のスタッフの足音と明らかに違うんで。あとルリナから連絡が来ましたし」
飢えたドラゴンを野に放ったから、食われないよう気をつけろって。
「そんなもん野に放つんじゃねえですよ」
「逆鱗に触れたくないらしいぜ?」
聞いたぞ、妬いてくれたんだってと言えば、そういうのいいんで入るならドア閉めてこっち来いと手招きされる。言葉に甘えてしっかり閉めてから楽屋のソファに近寄る。
「いやビックリしたぜ、ファイナルだっていうからなんかサプライズしてくんのかと思ったけど、開幕からスタンバイしてるとか」
あれこれ感想を述べている隣で、浮かんだ汗を拭ってステージ用の化粧を落としていっている、ぐったりしてるときはオレさまにされるがままになってるんだけど、今日は一人で全部終わらせるつもりでいるらしい。
「そういえばさ、今日の新曲のときだけど、おまえサビで」
泣いてたと聞こうとした言葉が口素で止まる、がっつり胸ぐらを掴まれたかと思えば、隣で気だるそうに片づけをしていたネズに、口ごとばっくり塞がれていた。
さっきまでステージ上を魅了していたその人が、なにを言うでもなくキスをしている。
「ネズ、なにを」
「野暮ったいこと、言われそうだったので。どう見えたかは知りませんけど、おまえが信じたいほうで、いいです」
飢えたドラゴンを野に放ったって、忠告聞いてたよなと息がかかる距離で聞き返すと、わかってますよと返される。
「ツアーファイナルで、これから打ちあげですけど、おれは参加する予定ないんで」
「いや、おまえ主役だろ、いいのか?」
「ナックルシティがラストになったので、大体は察しがつけられてます。どうします?おれ、もう今夜はフリーですけど」
このまま巣穴に持ち帰りますか、それともおれの取ってるホテルに来ますか?
「ネズは、どっちがいい?」
「どこでもいいですよ、いいステージで、気分いいのでおまえの好きにつき合います」
さあおれを独り占めして、どこ行きます?
ステージが終わってテンションが高いまんま、普段よりも体温の高いまだ汗に濡れた体を抱きあげて、窓を開けるとそこから飛び出す。
フライゴンに乗ってそのまんま空高く舞いあがれば、満月を目に映したネズが腕の中で歌い出す。アンコールはしないんじゃないのかと指摘すれば、別にアンコールじゃねえですと少しむすっとした顔で返される。
「おまえのステージが始まったので、一曲くらいは歌ってやろうかと」
ノイジーならやめますよと言うが、そんなわけないだろとぎゅっと抱き締めて返す。
「最強のラブソングをリクエストだ!」
「GOTCA!」これ書きながらもリピートしてたんですけど、過去にプレイしたあれこれを思い出して、もうね自分の全感情が喜んでるのを感じました。
どこが好きって挙げだすとキリがないです、全編余すところなく好きが詰まってたので。
ただ今回のネズさんに関して、あのシーン泣いてたのか汗が飛び散ったのか判定に困って。
こいつの愛するバンドのボーカルが、かつてライブステージで「小さな世界に落ちた一雫」って歌った瞬間、マジで頰伝って涙または汗が落ちた思い出が、すっごい重なりまして、ネタは熱い内に叩くしかない!と。
まだの人、いないとは思いますけど公式のMV見てください、幸せになれると思います。
2020年10月1日 pixivより再掲