ネズは捕らわれている
誰かに聞いてほしかった。
心の奥底に閉じこめた叫び声を、弱い自分が吐き出す暗い言葉を。
でも同時に心配をかけたくはなかった。
おれが強くなければ、せめて安心してこの町を任せられるリーダーが育つまでは、先頭に立っていよう。困っているのなら手を差し伸べよう、自分にできることならば、なんでもしよう。
廃れていく一方の町の発展までは力が及ばなくても、少しでも繋ぎとめられることをしよう。
だから大丈夫、なんとかするから。
おれがなんとかするだから。
「ネズさん、そろそろ出番ですが、あの疲れてませんか?」
最近、ライブ配信を始めてから、ステージに立ったり曲を披露する機会が増えた。それも今日が終われば一段落つく。心配そうにこちらをうかがうスタッフに、ああ大丈夫だよと返事をし、ステージ衣装のジャケットに袖を通していく。
「疲れ顔に出てそうなら、もう少しメイク濃くしておいて」
「ああいえ、そこまででは」
でもスケジュールを詰めすぎているのではと改めて言われる。そうだろうか、これくらいまだ大丈夫だ。明日からはオフだし、マリィと一緒に食事にでも行こうかなんて考えていると、あっという間に開演時間が迫ってきていた。
「じゃあ、行ってきますね。まあおれは、大丈夫だから」
そう言って今日もステージへ向かう。ジムスタジアムに設置されているようなスポットライトではない、光源の強いネオンとレーザービームと、演出を手伝ってくれるポケモン達の放つ技に出迎えられ、スモークの焚かれた中を中央まで踊り出る。
マイクを握る前に、今日来てくれた客席を見渡して一呼吸。狭いライブハウスではあるものの、満員とまではいかなかったがそれなりに人で溢れているのは、少しでも歌を聴きに来てくれた証拠だ。
そんなフロアの奥手によく見知った顔をみつけた。相手もこちらからの視線に気づいたのか、にっと笑って手を振り返してくる。なにか言ってやろうかと思ったが、こちらからも手をあげて返すと、観客の誰もが自分たちに向けられたものだと思ったのか、おれの名前を呼ぶ声が大きくなる。
それでいい、今求められているのはおれだ。このステージに立つ、おれ自身。
「ようおまえら、よく来たな!おれがスパイクタウンの哀愁のネズだ!今夜はかっ飛ばしていくから、存分に楽しんでいけよ!」
天井を突き破るとまでは言いすぎだろうが、轟音と共に客席から響く歓声に身の内で安堵の声をこぼす。
ギターのメロディと、低音ベースのリズムと、脈拍を刻むようなドラムと、自分の声。ふわふわとした高揚感に、今ここが夢の世界なんじゃないかと思う。それと同時に、激しく溢れ出すエネルギーの熱量に、体は火照りをみせていく。
客席にむかってあおり、もっとかかって来いと叫べば、それに呼応して女性の悲鳴のようなつんざく声と、男の野太い声援が戻ってくる。おれの声と彼等の声と、どちらの熱量をぶつけるのか、その勝負になっていく。
もっと、もっともっとかかって来い。そんなもんじゃねえだろう。なあ、もっと寄越しな。おれはまだまだ、こんなもんじゃないぞ。
足元に貼り付けられたセットリストを確認する、もうそんな時間かと少し残念に思うものの、でも始まれば終わりは来る。どうしてもそれは仕方ない。でもギブアップなんて言わせない。
ネズにアンコールはない、だから今この瞬間の全てを焼きつけて帰ってもらうしかない。忘れられないくらい強く深く、鮮明に、鮮烈に。
深く息を吐く、その音をマイクが広ているのも知っている。彼等にとっては、これがおれからの最後を告げる合図なのだ。期待の眼差しが狭い箱の中で、真っ直ぐ己に突き刺さっている。いいぞ、悪くない。
「ラストだ!ぶちあげていくぞ!」
今日一番の歓声があがった。
ステージから降りて、水を受け取る。今日は少し叫びすぎてしまったんだろうか、自分の喉のコンディションがあまりよくないのに気づく。それもこれも、あいつのせいだ。連絡もなしに唐突にやって来る、あいつの。
「よっ、お疲れさん」
「なんでここに居るんです」
舞台裏の楽屋室なんて、関係者くらいしか来ない。それが、ステージを見ていたはずのこいつが、なぜか今ここにいる。
邪魔ですと邪険に返すもへらりと笑っている相手に、どうやってここに入ったんですと聞くと、だって通してくれんだもんと言われる。
「ちゃんとチケット取ってるしね」
「それで、楽屋まで入れるわけないでしょうが」
彼が自慢げに手にしているのは、確かに今日のライブチケットだ。それがないならとっくにつまみ出している。
だがチケットで入れるのはあくまでもライブハウスの客席ホールのみ。招待していない以上、関係者しか入れない楽屋まで来る権利は彼にはないはずだ。
それはオレ様を見たスタッフさんが気を使ってくれただけ、と飄々と言うもんだから頭を抱えるしかない。まあ確かに、相手の人気を考えればホールに通してしまうと混乱が起きるのは間違いないのだが、だったら変装して来るなりなんなり、最初から対応して来いって話なんですよ。
しかしちょっとの変装くらいじゃ、この男は余計に悪目立ちするだけだろう。なにせリーグ内ではかなり人気のトレーナー。ドラゴンストームのキバナその人だ。
ネオンの光るこの町にはあまり似合わない。スタジアムのスポットライトか、大自然の中が似合うようなそんな奴。
楽屋の椅子に腰掛けて、今日のライブよかったぜと話しかけてくる相手に、仕事はどうしたんですと聞くと、オフのために全部片づけてきたから問題ないと言う。その貴重な時間を、わざわざこんな所で過ごさなくてもいいでしょうに。
「隣町なんてすぐそこだろ、タクシー使えば本当に一瞬だしな」
「それなら、もっと遠くに行けばいいでしょう」
わざわざ観に来なくても、最近はライブ配信も始めてみたわけだし。これが思ったよりも評判がよかったらしく、再生は昇り調子だと聞いている。人に来てもらうための配信でしょと返されると言葉はないが、何度も来てるおまえはお呼びじゃないんですよと冷たくあしらう。
「今日もアンコールは出ないわけ?」
「くどいようですが、ネズにアンコールはないんです」
場内から響く声援にはむず痒い気持ちや、ありがたい気持ちはあるものの、しかし自分で決めたことを曲げる理由はない。そんな融通を効かせられるのなら、もっとおれは、上手く生きれただろうに。
観客の声援を聞くたびに、安心するのだ。今確かにそこに人がいて、自分のことを求めてくれている。今この瞬間だけでも、彼等の中におれはいる。
でも照明は消えた、機材の電源はまだ生きてるだろうが、終演を告げるアナウンスも流れている今、あのステージはもうおれのものじゃない。彼がまだ手元で弄んでいるチケットで出会えるネズは、今すでに亡き者だ。
「用がないんなら、さっさと帰ったらどうなんです」
「前に食事行こうぜって言ってたろ、その日はライブだからだめだって。だから会いに来たわけ」
仕事だからと断ったのだ、会いに来てくれなんてこれっぽちも言ってないんだけど、伝わっていなかったのか。いや、わざとだろう。
「食事でもバトルでも、なんでもいいですがね、それなら日を改めてくれません?あんたの相手は、流石にライブの後じゃ無理」
そんな体力はないと返せば、だからこそスタミナつけるために食事に行こうと誘いかけてくる。それが挑発であることは重々承知のうえで、行きませんと苛立った口調で返す。
たかが一時間半ほど、それでも必死で生きていた今日のおれの最期を彼は見届けてくれなかった、それがなんとも腹立たしくて。ついつい言葉にトゲが出る。
「ネズのそれはさ、愛の裏返しだよな」
「はあ」
ようは自分を見ていてほしいってことでしょと、伸ばされた手を払いのける。
そんなのは当たり前だ、誰のために叫んだと思っている。全てはそこで観ていてくれる人のため、自分にできること全てを出し切ってきたのだ。
「ステージはちゃんと最後まで観てたよ。ネズがまだファンサしてる間に、スタッフの子がここまで案内してくれただけ」
始まる直前に入って終了後すぐに連れ出されたから、騒ぎにならなかったでしょと言われる。こんなところで騒ぎになったら、確かにひとたまりもないですけどね。
「それともなに、オレ様に愛の言葉でもかけてくれてた?」
「バカも休み休みに言いやがれってんです。そんなことしませんよ」
いい加減に諦めたらどうだとげんなりしながら返すと、そんな簡単に獲物を逃すほど根性なしじゃないんだわと、へらへら笑いながら返される。
「あんたこそ、いい加減に諦めたらどうなんだよ?」
オレ様から逃れようなんて、そう簡単にはいかないぞと割りと本気の声で言われて、これはマズイと一度楽屋から出ようとしたところ、先回りされてドアを押さえられてしまった。
「ネズのことが好きで堪らないんだけど、いつ本気にしてくれんの?」
「何度も断っとるけん!いい加減、おれをからかうのもやめにし」
言葉の途中で分断されてしまた、あんまり騒ぐと怒られるだろと手で口を塞いできた相手を睨みつける。
「スタッフさんから連絡があってさ、このところあんまりにも仕事詰めすぎてるから、ネズさんを休ませてくれって言われてね。だから今日はお迎えなわけ」
そんなことは誰も頼んでいない。第一、明日はマリィと約束しているのだからあんたにつき合う気は毛頭ないのだ。そんな恨みや怒りを視線に含ませると、別に明日までつき合ってとは言わないさ、本当に今夜だけだって言う。
「……食事だけ、ですよ」
「オッケー、じゃあ着替え済ませちゃってよ、外で待ってるからさ」
ドアを押さえてた手を退けると、いったん退出してすぐそばの通路で待っていることにしたらしいキバナを見て、ああ負けてしまった、と心の中でつぶやく。
結局は彼の思うツボじゃないか、体を休めるんだったらさっさと帰って横になったほうがいいんだろうに。ついかっとなってしまったというか、頭に血が登り過ぎていた。
生気を絞りつくした後に、あの熱量をうまくさばくことができない。大きく息を吐き出してから、ジャケットを脱いで私服に着替えていく。
あの人は、なにを考えてやって来るのだろうか。からかっているのか、面白がっているのか、大して変わらないがまあそんなとこだろうとは思う。トレーナーとしてはいい男だ、それはおれがわざわざ言うまでもない。彼自身が既に示している。町の守護にしても、企業の広告塔としても、役割は充分に果たしているだろう。おれと比べるまでもない。
そんな相手がなぜ、あれほどに自分に入れこんでいるのかがわからないのだ。なにかきっかけがあっただろうか、思い出そうにもそんな記憶がないのだから困る。近くにからかいがいのある相手がいるってだけなら、いいんですけどね。
「本気にして、どうしろってんですか」
深い溜息を吐く。ライブで使い切ったはずの熱はまだ肌の表面に滞留して、退くまでにはもうしばらく時間がかかりそうだ。
前作にいた悪いお兄さんのような、性癖にぶっ刺さるキャラがそうそう簡単に出てくるわけがないだろう!普通にゲーム楽しむぞ!
としてたら、今作のジムリーダーがみんな好きで、中でもあくタイプお兄さんに全部もってかれてしまいました。なんたることだ……。
2019年11月25日 pixivより再掲