いつか陽の当たる場所で笑えるなら・6
地図を片手に岩場を進む、このまま北二番エリアへ進むのもいいかと思うんですが、寄り道をしていくのはどうでしょうかと提案する。
「どこに?」
「実は近くにしるしの木立と呼ばれる一帯がありまして」
タギングルの住処として有名な場所だなと言うので、ここから近いんですよと示す。
「写真では見たことあるんだが」
「小生もです」
自分の縄張りを示す模様とのことですが、絵を描く姿も含めて見てみたいところではあります、それなら少し寄って行こうかと進路を西に逸れて向かう。
地面タイプのポケモンには強気に立ち向かうアマカジくんですが、ブロロンの突撃から毒を受けて泣き出すのに、どくけしで応戦しているのを見て、きのみを持たせておいたほうがいいかもしれないですねと指摘する。
「モモンの実なら少しストックがありますよ」
これで少しは対抗できるだろうかと、バトルを終えて回復を受けている間に心配そうに覗きこんでくるチュリネくんに、強がってみせるあたり彼女には多少のライバル心を抱いているように見える。
「アマカジよりもレベルで言えば先をいってるからな」
「ええ、コルさんともおつき合いが長いようですし」
オリーニョくんと同じくらい長いのではと聞けば、そうだな彼女のほうが先に出会ってはいるが、チュリネとも長いつき合いになると曖昧に答えられる。そういえば彼らをゲットした経緯は聞いたことなかったですねと投げかけると、故郷で制作中に出会ったんだと言う。
「田舎だとのことでしたが」
「なにもない場所だ」
あんまり話すことはないと言い切るので、家族も家も色々ありますからねと苦笑混じりにつぶやく。
「バトルで捕まえたんですか」
「まあ、そうなるか」
そう言うと暗い顔をするので、どうかしたのだろうかと心配の視線を向けていると、元はゲットするつもりなんてなかったんだ、どうしてもバトルをしなければいけなかったときがあって、傷つけたその子を回復させるためにボールを投げたんだと、震えるような声で答える。
「すぐに野生に返してやるつもりだったんだが、どういうわけかその子はワタシのそばを離れなかった」
さよならを告げても決して自分から離れていかず、ずっとそばをついて来るものだから無下にできなくなってしまって、だから手元に置いておくことにしたんだけど、それが彼女にとっていい道だったのか、今でもよくわからないんだと言う。
「本人がいいと思っているのですから、きっとチュリネくんにとってコルさんはいいトレーナーなんですよ」
「そうだろうか」
昔からバトルは苦手だったんだ、戦わせることそれで傷つく彼らを見るのが辛くて、経験なんてものとは無縁な生活をさせてしまった。
「でも日常の中でも、必要なときはあるでしょう?」
町から街への移動だって、タクシーを使えば安全ではありますが、常にそれができるわけでもありませんし。もちろん野生のポケモンと出会うことはあったさ、それもねむりごなで眠らせた隙をついて逃げたりな。非力だろうと思いこんでいたこともあるし、それにハッさんと違って、自分には実家に残してきたポケモンがいるのだと、うつむきがちになりつつ教えてくれた。
「その子がなにか?」
「バトルが好きだったんだ」
だけどあまり活躍させてやれなかった、今思えばそれはワタシの知識不足だったんだろう、だけど乱暴にも見えた相手のそばに近寄り難くて、一方的に距離を取ってしまった。
「考えるにつけ自分は臆病者だと痛感させられる。普段はあまり考えないようにしているんだが、やっぱり悪いことをしてしまったと思う」
バトルに今一つ積極的でなかったのには、その子を思い出してしまうからもあるのだと言う。
「野生には逃さなかったんですか?」
「そうしたくなかったんだ、初めて仲間になってくれたポケモンだからな」
どこまでも自分勝手なトレーナーだ、こうしてそばに居てくれる子たちに対しても、しっかりと向き合えていない気もする。
「こうして慕ってくれるのに、なんだかワタシは嘘を吐いている気分になるんだ」
「そうですか、でも嘘を吐いているわけではないんでしょう?」
実際に彼女たちはコルさんをとても好いていてくれます、あなたが拒絶すれば話は変わるでしょうけれど、嬉しそうに近づいてくるその手を避けることはなさらない、自分で思っているよりもあなたは冷たい人ではないということでは。
「本当にそうならいいんだが」
目を逸らしたいことがあった、それだけのことだとつぶやく相手の顔が辛そうで、これ以上の詮索はやめておこうと心に決め、そろそろ出立しましょうかと声をかける。
「山岳地帯でのキャンプは、やはり少し心もとないですし」
「確かにそうだな」
昨日の夜も少し揺れた、地震が多いとは聞いていたものの実際に体験すると驚くもので、外の様子を見て危なくはなさそうですよと声をかけるまで、目覚めた彼は少し怯えた青い顔で手元を眺めていた。
「人里から離れていますし、ここはモトトカゲくんの力を借りましょうか」
ライドポケモンとして呼び出した子に、少し遠くなりますが走ってくれますかと聞けば、任せておけとばかりに一声あげてくれる。
「そういえば前から気になっていたんだが、普通は二人乗りの場合は同乗者は後ろなんじゃないか?」
いつもどうり自分の前に座り疑問を口にしてくる相手に、後ろだと小生が不安なものでと返す他ない。
「ライド酔いする人もいらっしゃるので、様子が見えないとどうにも心配で」
「操作し難くないか?」
「それほどでもないですかね、車ほど複雑なわけでもありませんし」
ポケモンだからこそできること、というのはありますけれども、自分の行きたい場所やしたいことに関して、声で命じてある程度は応じてもらえるところも大きいでしょうか。
「では行きますよ」
振り落とされないように掴まってくれるのを確認して、ゆっくりと走り始める。先ほどまで進んではぶつかってきたブロロンたちも、スピードが上がると追いかけてくることも減る、とはいえこちらは急に止まれないので、前方には充分に注意しなければいけないのですが。
進路に急に飛び出してきたポケモンとバトルをし、強くなりたいと前線を張り続けるアマカジくんの体が光り、オリーニョくんの後を追う形で進化を果たした。
少し背が高くなり笑顔を向けるアママイコくんを前に、しばし言葉を失っていたコルさんでしたが、すごいなと彼女の頭へ手を伸ばして少し撫でる。
「よく頑張ってるよ、ワタシなんかのために」
当然でしょうと言いたげに誇らしげに笑う彼女に、コルさんも仲間に恵まれているんですよと声をかける、体を張って守ってもらうほどの存在だとは思えないんだがと、申しわけなさそうにつぶやく彼に、先ほどの話が脳裏にチラつく。
「アママイコくんは、ただコルさんのそばに居たいだけではないでしょうか」
自分の成長や主人に相応しいかなどではなく、ただ一緒に居たいと思ったからついて行こうと思った、彼女との出会いを知っている身としてはそう思いますよ。
「ハッさんがワタシを見捨てないのも、まだそばに居たいと思ってるからなのか?」
「そうですよ」
そして見捨てる気もまたありません、どこまでも行ける場所までついて行きます。
「というよりも、小生があなたを連れ回してるのが正しいんですよ」
「それはそうだが」
アママイコくんの回復も終わったので、そろそろまた行きましょうかと言って再びモトトカゲくんの背に乗り走り出す。何度か地図を確認するためや、飛び出してきた野生ポケモンとバトルを挟みつつも走っていくと、無機質な岩場ではあるものの人の手で掘り進められているのは間違いなく、ところどころに採掘の際に落ちたのだろうアイテムも見られる。
「貴重なアイテムだと思うんだが、落としていいのか?」
「掘り進める理由が違うから、と聞いたことがありますですよ」
他の鉱石や資材のために掘っている中で、副産物的に岩場に含まれる石がみつかることがある、巨大な塊であれば流通レートに乗せやすいのですが、一個分の大きさにまでなるとわざわざ拾っている暇もないのだとか。
「作業されてるかたからすると、落ちているアイテムを拾ってくれるのはフィールドの掃除になってありがたいとか」
細かい石でも作業車やポケモンの足元にあると危ないので、それならタダでも拾って欲しいのだとか、そんな話どこで聞くんだとたずねられて、昔の修行中時代ですねと返す。
「岩場までドラゴンを探しに来たのか?」
「ええ、こういう場所を好む子もいますし」
岩場に限らず洞窟に住むドラゴンは多いので、自分の足で探すとなるとかなり広範囲を歩くことになる、そこまでしても自分について来てくれるかはまた別ですしね。
そんな話をしながら走っていくと、殺風景な岩場の先に人の手が入っていない森の影が見えてきた。近くのポケモンセンターで休憩をして、足りない傷薬の補充をしていると、アカデミーの学生たちがどうだったと集めたアイテムを広げている、懐かしい光景だなと思いつつ、声をかけるとなんですかと訝しそうに聞き返される。
「いえ、実は使わないアイテムを拾ってしまって」
なにかお探しの物があればよければ交換しませんかと声をかけると、ああと合点がいったようで、彼等の輪の中へ招き入れられる。
「水の石持ってるんですか?」
「ええ」
探してたんですよと話す少女のそばにはイーブイがいる、きっとシャワーズに進化させるつもりで育てていたのでしょう、使う予定はありませんので貰ってくださいと言うと、ありがとうございますと笑顔を向けてくれる。
「お兄さん、欲しい物はあるんですか?」
「そうですねえ」
交換に並んでいる物の中に太陽の形をした石がある、できればそれをいただきたいですねと言うと、特に使う予定はないからと快く渡してくれた。
「ありがとうございます」
「それ誰に使うんですか?」
興味津々にたずねられて、いや小生ではなくてこれは友人のポケモンにと思いましてと返すと、皆の視線が少し離れた所でポケモンたちと休憩していたコルさんに向けられる。おそらくどの子が進化するのか、そちらに興味が移っているのでしょう。
「少し待っててくれますか?」
彼のポケモンのためにと交換はしたものの、それを了承するかはまた別の話なので、そう言い置いて待たせていた相手のそばに寄ると、もういいのかとこちらに顔を向けてたずねてくる。
「ああいや、実は交換で太陽の石をいただいたのですが」
チュリネくんへどうだろうかと勝手に交換してしまったものの、二人の意志はどうかわからないのでと正直に話せば、そばに居た相手に視線を落とす。
「どうだろう、チュリネは進化したいのか?」
一声大きく鳴いて答える相手に、この声はどうやらしたいと言っているらしいと、腰をあげて小生の手から太陽の石を受け取る。
「ああそれなんですが、あの子たちが進化に興味があるようで、観察と言うと失礼かもしれませんが、これも学びの機会ということで許してくれますか?」
「彼女が、いやじゃないなら」
その言葉に同じように回答してくれるチュリネくんに、ありがとうございますと声をかけて、待たせていた彼等の元へ向かいいいそうですよと声をかける。旅の途中だろう彼等はすでに仲間が進化をした、という子もいるでしょうけれども、石を使っての進化は初めて見るという声を聞き、確かに珍しい進化方法ですよねと返す。
「ではコルさん、お願いできますか?」
「わかった、それじゃあ、始めるぞ」
緊張気味につぶやくと、そばに居たチュリネくんの前に両手に握っていた太陽の石をそっと当ててみる、そうすると彼女の体が光に包まれて、小さくて抱えられる大きさだった体がすらりと伸びていく。
光が落ち着き目が慣れてくると、その場には丸い葉をスカートのように開いたドレディアが、にっこりと微笑み返しコルさんへと両手を伸ばす姿があった。
「随分と長いこと、進化を我慢させてしまったな」
気にするなとでも言うように両手を使って彼に抱きつく、流石に大きくなってしまったなと困ったように受け止める。
「進化するときは、相手にたずねたほうがいいですか?」
ドレディアそのものに興味を持ったらしい子供たちから、質問責めに合っているコルさんを助ける前に、投げられた質問にそれはと声を詰まらせる。
「基本的に彼等と信頼が築けているのなら、問題はないと思いますが」
「イーブイの進化って色々あるけど、わたしはどうしてもシャワーズがいいなって思って」
自分勝手だったかなと不安そうに聞く少女に、それは小生ではなくてきみの相棒に聞いてみたほうがいいですよと返す。
「基本的にポケモンたちの進化は唐突に訪れるものです、その中でも違う姿を選べるというのなら、なりたいと思う姿というのも、もちろんあるとは思います」
どんな選択であっても、パートナーであるきみが悲しむことを彼等は良しとは思わないでしょう、けれどもしなんの心残りもないほうがいいと思うなら、決断する前に聞いてみるのは大事なことです。
「一度しか選べない大事な選択なら、後悔はしないほうがいいと思います」
「イーブイ、あなたシャワーズになってもいい?」
それとも他の進化がいいとたずねると、彼女の相棒は喜んで手にした水の石に触れていく、あっと声をあげる間に光に包まれ体がすらりと伸びて、尻尾が鰭状に伸びていく。
「イーブイ!」
「どうやら、きみの独りよがりだったわけではないようですよ」
自慢気に進化した尻尾を揺らしてみせる相手に、これからも大事に育ててあげてくださいねと言えば、はいと元気に答えてくれる。この子たちならきっと大丈夫だろうと安心するものの、ハッさんと弱々しく袖を引いて助けを求められる。
「すみませんです、置いてけぼりにして」
「本当にな」
好奇心の塊の子供たちは彼には少し手強い相手だったらしく、もう勘弁してほしいと縋りつかれてしまい、すみませんでしたと謝る。
「ドレディアが気を引いてくれたから、なんとかできた」
しかしもう無理だと根をあげる彼に対し、無理させすぎてしまいましたねと再度謝罪の言葉をかけて、交換に応じてくれた学生たちとはそこで別れ、休息を挟んでから木立の中へ向かう。
森の至るところに毒々しい色合いで描かれた模様、食べたきのみの成分で色が変わるのだとか、そんな話をしていると隣に居た相手は、木々についた塗料に興味が沸いたのか近づいて観察をしている。
「タギングルの塗料は毒が含まれているので、近づきすぎるのは危ないですよ」
「そうか」
見た目には美しくとも毒素が含まれていることは多々ある、絵画でも一部の染料には有毒物質が含まれているものがあるそうで、この目を引く色も独自の模様も面白いと少し高揚した声で話すので、気に入っていただけてよかったですと返す。
「人が描くのとは違う筆運びだ、一つ一つが群れや縄張りを示す物なんだろう、興味深い」
彼等にとっては標識のような物だろうが、人間の目には面白く映る。森の中であれば日差しも遮られて過ごしやすいという、ただ毒タイプが多いとなると彼にとっては相性不利の相手なので、あんまり目を離すわけにもいかない。
「ハッさんがいると、野生ポケモンはあまり寄ってこないがな」
「ドラゴンポケモンたちは、警戒されますから」
仲間にできれば頼りになる存在ではあるものの、敵対する者としては脅威に感じるのはそうでしょう、ドラゴンポケモン自体がそこまでポピュラーな存在と言い難いところもありますし。
木立に残された模様をスケッチしていくコルさんに、夢中になりすぎないようカイリューにそばについてもらうことにして、自分も近隣を探索してみる。そばについて来てくれるオノンドに、この辺で開けた場所でテントを張りましょうかと声をかけると、木立の中を歩き周り日差しの差しこむ場所へ走り出す。周りの草を切り裂いて平地にしてくれるので、ありがとうございますですよと声をかければ、自慢げに頭を振って応えてくれた。
すでに手慣れた手順で野営の準備を進めていると、ややあってからハッさんと声をかけられる。
「どうしました?」
「これを」
木立の中にはりんごの木が含まれている、中にはもちろん艶のいい一品が手に入ることもある。カイリューに連れられて来た彼が手にしていたのは、酸っぱいりんごと甘いりんごだった。
「カジッチュくんにですか?」
「さっきは、ドレディアが世話になったからな」
どちらでも好きなほうを使うといい、すぐには不要かもしれないが持っていて困るものでもないだろうと、手渡してくれる実を受け取ってありがとうございますと頭をさげる。
「しかし、二個も貰っていいのですか?」
「ワタシが持っていても仕方ないだろう」
りんごの木が多いこの近郊は住処だと見たけれど、それでも出会うのは難しいんだろう、自分がドラゴンタイプを扱うというのもなんだか想像がつかない。
「そうですか」
「ハッさんなら、あの子にとって最善の道を選んでくれるだろう」
前に進化先については悩んでいると話していたから、二つともみつけてきたけれど、もしかして迷惑だっただろうか、と首を傾げる相手にそういうわけではありませんよ、と慌てて答える。
「せっかく二つ貰っても使えるのは一つだけなので」
「そういうものなんだろう?」
一度しか選べない人生の選択肢と同じだと言う相手に、言い直されるとトレーナーとして重大な責任を握っているのだな、と少し肩の荷がかかる。
「ハッさんでも、やはり迷うものなのか?」
「ドラゴンタイプには、あまり分岐して進化をする子がいないもので」
反対に草タイプにはそういう進化を辿る子も多い印象です、変わった進化をするポケモンくんも多いですし、所感として驚くことは多くあるものです。
「カジッチュくんと相談しながら、最後は決めていこうかと」
「そうしてくれ」
今日はここでキャンプするのかという質問に、少し早いですがそのつもりですと返す、まあ夕飯にするにしても早いしゆっくり休憩しようと思いますが、と返せばそれじゃあと手持ちの仲間たちを呼び出して、小生の隣でスケッチブックを開く。
そんな彼の膝の上へ自分の場所だと主張するように飛び乗るアママイコくん、なんだか少し機嫌が悪いようなので、どうしましたと声をかけると小生を睨みつけてくる。
「なにか、してしまったでしょうか?」
「おそらくだが、太陽の石が原因じゃないか」
ドレディアが進化したのが妬ましいんだ、そうだろうと問えば不機嫌ながらも一声あげて答えてくれる、それは申しわけございませんですと謝る。
「でもアママイコくんだって、進化して素敵になりましたよ」
なんとか機嫌を直してほしくて褒めてみるものの、特に効果はなかった、ライバルに追いついたと思った瞬間に、先を越されたというのは彼女の闘争本能に火をつけてしまったのかもしれない。
「あなたはもう一つ進化がありますし、とてもやる気に溢れているのできっとすぐにレベルアップできますです」
当たり前のことをと言いたげな表情の彼女ではあるものの、将来の話で多少は機嫌を直したのか、仕方ないとばかりに息を一つ吐いてから、コルさんから差し出された水に口をつけている。
「進化するためには、これからもまたバトルに勝たないといけないが」
むしろやる気に満ちた彼女を止めることはできなさそうだ、トレーナーとしては心配な面もあるかもしれませんが、その気持ちを削ぐことも得策とは言えないのではないでしょうか。
「何度も言うがあんまり、バトルは得意じゃない」
「アママイコくんもそれは承知のうえでしょう、負けたところで怒りはしないと思います」
それに彼女が負けるつもりはなさそうですよ、当たり前だと言うように頷き自分の力を見せようと近くの切り株に飛び乗ったが、中で休んでいたらしい野生ポケモンが飛び出してきた。
「危ない!」
突然のことに驚き襲いかかってきた相手に、なんとか体勢を立て直して反撃に転じる、草タイプだったことが功を奏しきのこのほうしは無効だったので、なんとか技を繰り出して相手の動きを封じる、相手はバトルをするつもりじゃなかったので、落ち着いている分こちらに武があったのは確かですが。
負けて目を回しているキノココと、勝って喜んでいるアママイコのどちらを心配すべきか、非常に迷っているようでしたけれど、やる気に満ちた少女を落ち着かせるほうを優先させたらしい。にわかに騒がしくなる彼の仲間たちに向き合う彼に変わって、飛び出して来たポケモンに向き合うことにした。
「ごめんなさいですよ、急に戦うつもりはなくて」
怪我をした相手に手当てのため近寄れば、ムッとした様子で起きあがる。
「珍しいですね、この近隣にキノココくんはいないはずですが」
「そうなのか?」
森だからむしろ多く住んでそうな印象だというコルさんに、確かに好みの場所には近いでしょうけれど、どちらかと言うとチャンプルタウンの辺りに多く住んでいるはず、なので本来の住処からはずいぶん遠いと思うのですが。
「あなたも旅の途中ですか?」
そう問いかけると、不承不承ながら一つ頷いてみせる。
「ポケモンも旅をするのか?」
「強くなりたいと思って群れから離れて旅をする子も、稀にではありますがいますよ」
飛行タイプのポケモンではそこまで珍しくないんですが、陸路を行くような草タイプでは中々に骨が折れる行程だったでしょう。
「この子は進化すると格闘タイプがつきますので、武者修行の最中だったのかもしれません」
「それは邪魔をしてしまって、申しわけない」
声をかけるコルさんを見上げ、なにか思うことがあったようですけれども、傷がすっかり回復したので、その場から逃げるように去っていった。
「今日は驚くことばかりが続くな」
「確かに、一日で二度も進化を迎える子がいるのは珍しいですね」
しかしコルさんの仲間たちは、なんというか文字通り花があって美しいです。草タイプのポケモンたちは成長すると華やかな姿になっていくことが多いので、愛好家のかたも多いと聞きますが、こうして目の当たりにするとその気持ちもわかってきますね。
「ハッさんのドラゴンたちのほうが、人気なんじゃないのか?」
「どうしても荒っぽい印象を持たれますから、憧れはあろうとも実際に育てることは難しいんです」
「植物も同じなんだがな」
それにドラゴンが荒っぽいというのは誤解だ、あなたの仲間たちはとても優しいと言ってくださるので、それはこの子たちが人馴れしていることと、コルさんのことを大切にしたいと思ってくれているからですよと答える。
「自分の爪や牙が人を傷つけると知っているから、彼等は大事にしたいものには細心の注意を払うのです」
「なるほど、気を使わせてしまっているのか」
「そうではなくって」
弱い相手を顧みない、純粋な武力だけに囚われていると加減ができなくて、本当に大事なものすら壊してしまいかねない、そういう恐怖の上に立っているんですよ。
「愛でていた花が、自分の爪一つで散っていったら悲しくなってしまいますでしょう?」
「だからこそ綺麗だという意見もあるが」
散っていく姿こそが美しいという花もまた多いものだ、そう話す相手とものの儚さについてこれ以上話すのはよくないだろうと判断し、先ほどのキノココくん少し気になりますねと言う。
「一人旅をしていることがか?」
「それもありますが、強さを求めて旅をしているにしては、進化の意思がないようだったので。本来であればとっくに進化を迎えているレベルだったはずなんですが」
なにか納得がいっておらず無理に進化を我慢しているようで、そこがなんとも引っかかるのだと口にすれば、確かに成長を望む彼等の姿を見ていたら変わろうとしない、そうせずに我慢するというのはなんだか変だなと頷く。
「納得のいかない成果は、受け入れたくないのでしょうか」
その気持ちはわからないではないなと言う彼に、あなたも完璧主義なところがありますからね、それは確かに褒められるべき点でもあり、自己評価が厳しいという一面もまた否定できませんよ。
「ダメだろうか」
「いけないわけではありませんよ、でも厳しすぎて自分を不要に傷つけてはいないか、心配になってしまうんです」
「正当な評価だと思っているんだが」
そう言いながら筆を走らせる彼の手元では、進化したばかりの仲間たちの姿がある、特徴を捉えた非常によくできた絵に見えるけれど、こんなものは評価に値しないと彼は手を振って拒絶するので、そういうところですよと苦笑気味に指摘する。
「ただ上手いだけ、写すのが得意なだけでは意味がない」
「正しい線は面白くない、でしたっけ?」
教科書のとおりに描くことは技術としては正しくとも、美術として思想を掲げて描くものとしては物足りない、作者が描きたいものを熱意を持って描けているか、迷いがあればそれとなく見ている人にも伝わる。
「とはいえ、どれだけ思いをこめてみたところで、自分の描きたいものが表現されているのかはまた別の問題か」
自分はどうも外のことを知らないらしい、観察眼には自信があったんだが見る目があっても、見えていなければ意味がない。今更そんなことに気づいてどうなるわけでもないんだが、これでは人の心を打つような作品が作れなくても仕方ないな。
力なくつぶやくとスケッチブックを閉じる相手に、そういうところが厳しすぎると言ってるんですよと指摘するも、近くの木にやって来たタギングルたちが塗料で印を描き始め、その姿を注視する彼の邪魔をするわけにもいかず、少し早いですが夕飯の準備しましょうかと仲間たちに声をかけた。
しるしの木立から次のルートをどうしましょうかとたずねる、プルピケ山道からナッペ山のほうへ向かうのもありなのですが、北二番エリアに向かう道を取ればみだれづきの滝が近い。
「ナッペ山は雪山だ、流石にこの服装で行くのは危ないんじゃないか?」
「麓を通るくらいならば、少し肌寒い程度なので平気なんですが」
十景として登録されている場所はどこも山頂に近く、どう足掻いでも登山を避けられないので、日を改めて準備を整えてから向かうことにして、ルートを北エリアへ向けて進んでいく。
北二番エリアはこの国では珍しい竹が生い茂る地になっている。過去に東の国と交流があった名残ではないかと聞いたことがあるものの、本当の理由は不明だ。
「初めて来た」
竹そのものは素材として使ったことはあるものの、自生しているのを見るのは初めてだと楽しそうな声をあげる相手に、それはよかったとすぐ隣を歩いて行く。
「この周辺の野生ポケモンたちはレベルが高いのと、好戦的な子が多いのでお気をつけてくださいですよ」
苦手なタイプと出会うことが続き申しわけない限りですが、避けて通れない道なんだろうと隣をついて来てくださるので、できるだけ離れないでくださいねと声をかける。
「わかっている、アママイコも離れるなよ」
進化して彼の歩幅について来れるようになったので、ボールから出て外を散歩したがる少女に注意をかけるも、そもそも彼女はコルさんの近くから離れる気がなさそうなので、迷子になったりする心配はないとは思う。問題があるとすれば、この竹林を住処にしているコマタナやキリキザンの群れに出会ったときでしょうか。
「草タイプは鋼にも相性が悪いからな」
「それもありますが、この近隣のキリキザンは他よりも好戦的なんです」
特に群れのリーダー同士での派閥争いは有名だ、強いほうが勝ち残りかしらの証を手にすることで、彼等は更に進化できるので、群れの安泰と自分の地位を目指して日夜修行を続けているという。
「そんな進化の仕方もあるのか」
「はい、より強い群れのリーダーになることを目指して、戦っているものだと思われます」
テリトリーの意識が高いので、他からの侵入者にはかなり厳しい。戦いの意識がないものを無闇に追い回すわけではないものの、踏み荒らされるようなことがあれば威嚇したり、先手を打って攻撃してくる場合だってある、無理に刺激しないことは大事だ。
そんな話が終わるか終わらないかくらいで、すぐ目の前をコマタナたちが走り抜けていった。あんな風に逃げ出すのは群れに危険が迫って、リーダーを呼び出すときか戦闘が始まった合図のはずですが。
すぐさま鋼の爪がぶつかる音が静かな竹林に響く、先ほど話していたようにキリキザンがリーダーとして決闘の最中らしく、少し離れて様子をうかがっているコマタナたちや、他のポケモンたちが巻き込まれない位置で観察している。
「同じポケモン同士で戦うと、やはりレベルで差が決まってしまうのか?」
「確かに経験の差は大きく出てきますが、技の相性という問題もありますから」
レベルが違ったとしても技次第では対抗しうるものです、単純な力比べだけでは決着がつかないものですよ、だからどんな戦略を選ぶのかもまたリーダーとして大事な素養なのです。
「力押しで戦っているキリキザンは、一見すると有利に映りますが、変化技も多用しているもう一匹のほうがバトルセンスがあると思います」
状態異常や相手の能力ダウンで、相手より有利に立つことで勝利することは、むしろ戦術として大切なことです。自分の力を理解してその能力を最大限に出し切れるか、それが勝負の分かれ目となります。
一瞬の隙を突き相手の急所に技を当てたのは、立ち回りを考えて動いていたほうのキリキザンだった。群れの仲間たちが駆けつけて祝福してくれるのを、少し照れたように受け止めている、もしかしたら親や兄弟なのかもしれません。
「本当に勝った」
「ええ、見事でした、武人としての素養がある子なんでしょうね」
このまま立派な大将に育ちそうです、無闇にバトルを起こさないという意味でも、上に立つ者としての自覚があるタイプでしょう、群れのリーダーとして非常に優秀な個体であることはわかる。
彼らのバトルを見ていたのは小生たちだけではなかったらしい、移動をしようと歩き出したキリキザンの前に飛び出してきたのは、小柄なキノココだった。
「あの子は昨日の」
「まずいんじゃないか?」
ふいをついた隙に毒技を使っているものの、鋼タイプに毒は効かない、先ほどのバトルで相手が消耗しているとはいえ、このままでは攻めきられてしまう。
それを見たアママイコくんがコルさんの手を離れ、静止の声を振り切って二体の間に入り助太刀の形を取る、群れのリーダーを張るだけあって鋭い視線のキリキザンに睨みつけられ、そばで身を固くする相手に大丈夫ですよと声をかける。
「キノココくんはきのこのほうしがあります、毒は効かなくとも眠り状態にはなるんです、まだ勝機はあります」
飛び出していった彼女に向けて、的確な指示を出せれば勝機はありますから、まずはしっかり気を持って、やると決めたあの子たちを信じてあげてください。
先に動いたキリキザンの攻撃を寸前で耐えるアママイコくんを目にし、傷をつけられて顔を歪める彼に大丈夫ですからと声をかける。
「アママイコ!」
戻れとは言わなかった、相手を守りたいと思ったその気持ちを優先したらしく、攻撃の指示をする。キノココくんは驚いたようですが、向き合った相手に向かってきのこのほうしを使い、攻撃の隙を作ってくれた。
今ですと声をかけると二匹が追い討ちをかけて、なんとかリーダーのキリキザンを退けるのに成功できた。しかし怪我も酷い、慌てて近寄る彼に近くにポケモンセンターがありますので行きましょうと、仲間をボールに戻した後で手を取る。
「あなたも一緒に行きましょう」
驚いた顔をするキノココくんに、ここで見捨ててはアママイコくんに向ける顔がないですよと言えば、気持ちが通じたのかそれとも疲れていたからなのか、大人しくついて来てくれた。
モトトカゲくんの背に乗って、竹林の中を走り抜けると一番近かったポケモンセンターで回復を頼む。
「もう大丈夫ですよ」
すっかり元気になりましたとボールを返してくれる、センターの人にお礼を言って、身勝手なことをしてしまって居心地が悪いらしい、アママイコくんへ視線を向ける。
「無謀なことはしないでくれ、どんなにきみが強くても、見守るほうは心配になる」
流石に自分が悪いと思っているのか、しおらしく聞いている相手と変わって、おまえも勇敢と蛮勇は違うことを理解しろとキノココくんへ強い口調で切り出す。
「どうして強くなりたいのかは知らんが、あんな無茶を繰り返して、満足な成長ができるか?」
痛いところを突かれたのか、気まずそうに顔を伏せる相手に、別におまえのことは否定しないが、無闇に傷ついて得られるものはあるのかと続ける。
「おまえを見ていると不安になる、まるであいつのようで」
そう声を荒げた直後に少しだけ気持ちが落ち着いたのか、悪かった偉そうに言ったけれど、ワタシにおまえを叱る資格はなかったと首を振る。
「だがそうして傷ついていては強くなる前に、終わってしまうかもしれないだろう」
目的を達成できないまま終わりを迎えるのは、おまえだって満足できる結果とは言えないはずだ、まだ上を目指すのならば無謀に突撃するより、もっと学ぶべきことはあるんじゃないか。
諭すような口調のコルさんを見上げていた相手は、目を丸くしていたものの、ややあってから彼の前に進み出るとしっかりと頭を下げてくれる。
「コルさんについて来てくださるのでは?」
「いやそれは、迷惑なんじゃ」
草タイプのトレーナーであること、そして自分を思って行動してくれる、行きがけに出会ったにしても、運命的だと思われたのではないでしょうか。
「ちょうどいいじゃないですか、我々も旅の途中ですよ」
だが武者修行ではないぞと言う彼に、目的はそれぞれでよろしいのではないですか、それにこの子はついて行くつもりでいらっしゃいますよ。
「自分を諌めてくれる相手というのは、強くなりたい者にとっては非常に大切な存在ですし」
「いや、ワタシはバトルに関しては素人もいいところだ」
「本当にそうでしょうか」
今までの旅を見てきた中で、彼の指示が的を外れていたことは少ない。ただ勝手にできることの限界を決めてしまっているようには映る、少し毛色の違う性格の子と交わることで変わるきっかけになるかもしれない。
せっかくの出会いなのですから、少しの間だけでもつき合ってあげるのもいいのではないですか、彼もそのつもりで頼んでいるようですしと言い添えると、しばらく悩んでいたもののすでに引く気がないことに気づいて、溜息を一つ吐く。
「本当にワタシでいいのか?」
ハッさんと違ってバトルの腕前もない、大したトレーナーではないぞと念押しするものの、二言はないらしく決心が揺らがない相手にわかったと彼も折れた。
「その気はなかったんだが、仲間が増えてきたな」
「それも旅の醍醐味ですよ」
ポケモンを連れていると余計に、出会いや別れを多く経験する気がする。彼等にも目的があって人と共に行くと決めることがある、それこそ武者修行をするにしても、足があるほうが役に立つことだってあるでしょう。
「では、よろしく頼む」
わかったと答えるように一声鳴くと、コルさんの手持ちの仲間たちへ挨拶に向かう、中でもアママイコくんに絡みに行くものの、少し邪険に扱われている。
「大丈夫だろうか」
「時間をかければ慣れてくれますよきっと」
ドレディアくんやオリーニョくんとは打ち解けているようですし、ライバル視されるようになって少し居心地が悪く思うこともあるかもしれませんが、それもまた成長に必要な面ですよ。
「彼女を宥めるのは、ワタシの役目になるんだが」
「それは、はい、すみませんです」
手に負えないような子たちと過ごしてきたので、礼儀正しそうな子だったので特に問題はないと思うのですが、闘志に溢れたタイプは身近にいたことがないので不安だという。
「無闇に喧嘩をふっかけるようには見えませんよ」
「それはそうだろうが」
思い出してしまう相手、きっとコルさんの初めてのポケモンくんのことなんでしょう、彼の相棒がバトルを好む子だったのだとしたら、苦手意識があるのはしょうがないのかもしれません。いつかその心の溝が埋まってくれたらいいのですけれども。
「ここまで来たので、みだれ突きの滝まで行きましょうか」
近いはずなんですよと言いながら竹林を皆で進み、近くの岩場から流れ落ちてくる落差のある三又に別れた滝を見あげる。これがパルデア十景の一つですかと言えば、竹林も合間って静かな場所だし雰囲気もいいなと少しだけ表情が緩む。
「せっかくの水場ですから、ここら辺りで休憩にしましょうか」
ちょうど昼にいい時間ですからと声をかけて、テーブルを用意して皆で食べるサンドイッチの用意を始めた直後、オリーニョくんの叫び声と共に、ドレディアくんがコルさんの腕を引く、どうしたと驚く彼の真上を、巨大な羽を広げて岩場の更に上へ向けて飛び立つ巨大な両翼とその足に捕まって叫ぶ甲高い悲鳴。
「アママイコ!」
「しまった、この付近は野生のオンバーンが」
連れ去られた仲間を前に再び顔色が青くなる彼を落ち着けて、すぐに後を追いましょうとカイリューと小生のオンバーンのボールを取り出す。
「大丈夫です、きっと無事ですから!」
「そうだと、いいんだけど」
そんな彼に自分を使ってほしいと言いたげに飛びつくキノココくんに、大丈夫なのかと心配で声をかけているものの、今は一時を争います、彼は仲間の中でも強いのは間違いないのです、しっかり指示を出せばきっと大丈夫。
「行きましょう!」
「わ、わかった」
震えながらも小生の手を取り、オンバーンの背に乗ると連れ去った相手をすぐさま追いかけるため飛びあがった。
大丈夫、きっと無事でいると不安を押し殺しで心の中で何度も繰り返す。不安な彼の前で取り乱すわけにはいかない、小生だけは落ち着いていなければと深呼吸をして落ち着かせカイリューと共に追いかけるため、飛びあがった。
ということで、二人の旅にトラブル発生です。
次はこの連れ去り事件の解決からスタートしますね。
乱れ突きの滝まで辿りつかないかもしれないと思ったで、なんとか来れてよかったです。
2023-05-15 Twitterより再掲