オレンジの花冠を

「コルさん、これは?」
「ああ、次作のイメージを高めるために、色々と集めていたものだ」
 そう話す彼の用意したものは、オレンジの実と花、白いベールやアクセサリーの類、彼の筆で描かれたスケッチの数々、それらを見つめて花嫁がテーマですかと聞けば、正しくと楽しそうに笑う。
「収穫とはまた違った、直接的なアプローチですね」
「実際に作るときどうなるか、わからないがな」  頭の中にあるイメージは少しずつ形になっているが、まだ完全に掴み兼ねている、故に身近にアイデアが湧く物を置いていると言いながら、アイデアスケッチだろう紙をまとめてファイルに収納していく。まるで結婚式の前準備のようですねと言えば、なんだ心配したのかと面白がるように小生の方へ向き直る。
「こんな偏屈者と今更、一緒になろうなんて言う人はいないさ」
「では、一緒にいたいと思う小生は、かなりの変わり者ですね」
「なにを言うか、ハッさんは特別だ」
 ワタシが何者でもなかった時代から今まで、常に寄り添ってくれた人だと返す彼に対して、それならば特別らしいことをしませんかと置いてあったベールに手をかけて、彼の頭に被せてみるとキョトンとした顔をしてから、ワタシでいいのかと呆れたようにつぶやく。
「百聞は一見にしかずと言いますが、実体験に勝るものではありませんし」
「いいだろう、面白そうだ」
 参列者はお互いのポケモンたちでいいかとたずねる彼に、思ったよりも賑やかになりそうですねと返した。

 自分たちの仲間たちをボールから出すと、バトルかと一瞬だけ身構えるものの、みなさんに少し手伝ってほしいことがありましてと切り出せば、どうしたのだと顔を見合わせる。
「実はですね、これからコルさんと結婚式をしようと思いまして」
 その言葉にカイリューを初めとした仲間たちと、コルさんのポケモンたちが歓声をあげる。本格的なものではありませんよ、彼の作品アイデアのために形式だけ真似をしてみようという、今日は天気もいいですし外でランチでもと話していた中で、唐突な思いつきの披露宴だ。
「いい大人がごっこ遊びだと笑われてしまうかもですが、みなさんには証人として、立ち会いをお願いしいたしますです」
「そういうことだ、簡単な会だがよろしく頼む」
 それじゃあ父親役はウソッキーに頼もうか、アマージョとドレディアは花嫁付き添い人だ、しっかり頼むぞと二人に声をかければ、両人ともに嬉しそうな声をあげた。それでは全員で準備に取りかかるぞ、と号令をかけてテキパキと庭の飾りつけを始める。力仕事ならば我々にと庭のセッティングを買って出て、陽気の差し入れる庭にテーブルと椅子を出して、真ん中には白いクロスを敷いた。
 おおかたの会場の準備を整えると、今度は衣装の用意に取りかかる。彼の用意した物の内ベールは新しく設えた物だそうだ、オーガンジーの布とレースを集めて作った物だ、華奢な作りのティアラは骨董市で買い揃えた物、そしてリングピローを詰めているバスケットは、コルさんのオリーヴァくんの品物だという。
「では、残るは青い物ですか」
「それはな、もう用意してある」
 そう話す彼は今、白い花を束ねてブーケを作っていっている、生花のアレンジメントもお手の物なのは流石ですね。
「ドレスまでは用意できんがな」
 それでフリルがついたシャツとジャケット、そして細身の脚に合ったパンツと全て白で統一した衣服を用意して、共通の花を使ったブートニアと花冠を作っているので、自分も手を貸して人数分の物を用意する。あまり大きなアレンジはできませんが、小柄の物なら小生の手でもある程度は形にできるはず。
 香りのいいオレンジの白い花、そのほとんどはコルさんの庭にある木の物だという。足りなくなったらまた摘んでくるという言葉のとおり、今年は気候もよくたくさんの花をつけている、ガーデンウェディングの会場としてはここが最適だろうとあたりをつけて、みんなに手伝ってもらい設置は完了している。ヴァージンロードと呼ぶには簡易的ですが、構わないだろう父親と歩けるわけでもなしと彼は笑う。
「晴れの姿なのに、もったいないと思いますが」
「お互い様だろう」
 少しいい仕立てのスーツではあるものの、これは四天王として外へ出るためにあつらえた物にすぎないのでと返すと、ワタシだってそうだぞと白いシャツを指差して返す。講演会だとかメディア写真だとか、そういうときのために買った服装だ、ワタシは一体どういうイメージなんだろうなとおかしそうに笑う。
 嘲笑的ならば考えものでしたが今の彼は上機嫌だ、マリッジブルーなんて言葉とは無縁な、その姿に胸を撫で下ろす。
「装いとしては完璧ですよ」
「そうか?」
 急拵えではあったものの、彼がアイデアを出すために用意していた品物で、花嫁としての体裁は整っているから問題はないでしょう。実際に身に着けるつもりはなかったがなと笑う彼に、体型に関わるものがなかったのは幸いでしたと返し、完成したブートニアを小生の仲間たちへ渡していく。誇らしそうに胸を張る子もいれば、少し困惑した顔を向ける子もいて反応は様々だ。
 反対にコルさんの仲間たちは心得ているのか、花冠をかけられている間も大人しい。アマージョくんやドレディアくんが、そもそも王冠を身につけた姿をしているので、こういう装飾への抵抗が少ないのか、それとも草タイプにとって花とは、とても身近なものだと感じているからでしょうか。
「よし、できたぞ」
 完成したブーケを満足げに見つめるコルさん、白で統一したわけではなく、ネモフィラの小柄な青い花を折り混ぜた美しい花束だった。
 本物の花嫁が持つ物として用意された、と言われても違和感がないほどの完成度のそれを、フラワーガールを務めるべく集めたキマワリくんへ一度預けて、ベールの準備をしてくると奥の鏡がある部屋へと引っこんだ。
 自分は外へ出て、式のために用意した簡易のガーデンウェディング会場の最前で、相手の準備が終わるのを待つ。その間に、リングピローを入れたバスケットをアップリューに渡して、このお役目はあなたに任せますよと言えば、わかったと声をかけてくれる。
 中にある指輪自体は元より自分たちの所持している物ではあるが、こういう形で日の目を見るとは不思議なものですね。
「準備ができたぞハッさん、始めてもいいか?」
「ええ、お願いしますですよ」
 伴奏用にと選んだレコードに針を落とすと、庭に弦楽器の四重奏が響き渡る。それでは行こうかとドアを開けて、真っ白なベールを身に纏いブーケを受け取ったコルさんが、ウソッキーと腕を組んで進み出て来た。
 ゆったりした歩調で前へと進み出る二人、その道中に花びらの舞でフラワーシャワーを降らせるドレディアくん、彩豊かな花が風に揺られて落ちていく中を、眩しそうに空を見あげる。隣へとやって来た相手の顔を覆うベールをあげれば、柔らかく同時に少し照れたように笑いかけてくれる。
「どうだろう、おかしくないか?」
「いいえ、とても素敵です」
 世界で一番の花嫁ですよと太鼓判を押せば、ハッさんがそう言うのなら一番ということにしておこう、と小声で返される。
「では、ワタシたちの宣言を聞いてもらおうか」
「はい」
 誓いの言葉を書いたカードを取り出し、牧師役のオリーヴァくんの前で一度合わせるように礼をする。
「ハッサクさん、あなたは病めるときも健やかなるときも、芸術の信徒となったパートナーとなる者を見守り、いつまでもそばに居てくれると誓いますか?」
「誓います」
「コルサさん、あなたは病めるときも健やかなるときも、里から逃れ音楽に救いを求めた竜を愛し、共に芸術の道を歩むことを許し、共に居てくれると誓いますか?」
「誓います」
 神の元において、この場に居合わせたみなさまを証人に、二人は永遠の約束を交わしました、それを示すために指輪の交換をという言葉に合わせて、アップリューくんが前へ進み出て手にしたバスケットを渡してくれる。
「では小生から」
「ああ」
 左手を軽く取り、制作などの細かい手作業で少し荒れて見える指へ、すでに贈ってあった指輪を通していく。もうずっと前に作った物であるはずですが、しっかりとむしろ馴染むように手に馴染む。白金の細かい花の装飾が彼に似合うと思ったのだ。
 残った指輪を受け取り、小生の左手薬指へとシンプルなデザインのそれを通していく、節が立ち少し苦戦しているように見えたものの、ややあってから根本までしっかり止める。あまり外に派手な飾りがあってはいけないだろうと、内側へ名前と共に花の模様が入っている。パッと見ではわからない、しかし互いに選んだ確かにお揃いのリングだ、小生もコルさんも存外にこれを気に入っている。外で多くの人と会わなければいけない場所では特に、必需品とも言える物である。
 いつもの位置に収まった指輪を前にして、それでは最後に誓いのキスをと口にした直後に、薄らと照れ臭さが湧いてきましたが、それは相手も同じなようで更に赤く染まった頬を撫で、そっと触れるように唇へキスを落とす。ひやかしの声も人の声でこそないものの、長年のつき合いである互いの仲間たちとなるとそれは心の別の箇所がむず痒い。
「なんだろう、改めて形式ばった告白とは、気恥ずかしいものだな」
「告白ではなく、誓いですよ」
 そうだったと笑う相手に違えるつもりはないのですが、どうでしょうと聞き返せば、もちろんワタシもそうだと強く頷いてくれる。
 よかったと胸を撫で下ろしたのは、彼の役に立てたからか、それとも誓いの言葉が自分の望んだものだったからなのか、そのどちらもかもしれません。白い衣装であるのに強く幸せな色に染まる、そんな時間だった。

「どうでしょう、少しでも花嫁の気分は感じられましたか?」
「ほんの少しだがな」
 それぞれ庭の好きな場所へ移って遊んだり日向ぼっこをしたり、好きに過ごしているポケモンたちを眺め、新婚とは言い難いだろうなと苦笑いするコルさんに、オレンジを主題に据えるのであればそれもよろしいのではと返す。
「花と実を同時につける繁栄の象徴、だからこそ花嫁が身につけるようになったとか」
「その通りだ、まあ現代でわざわざ選ぶ者は少ないだろうがな」
 アレンジに適した花はいくらでもある、もっと豪奢で大きく派手なものを人は好むだろう、若い娘であればそれでもいい。
「最も華があるのは本人だからな」
 世間では結婚式の主演は花嫁という認識が強いが、花婿も同時に主演だろう、それを忘れてはいけなかったと言うと、ベールに合わせて作った花冠を小生の頭に被せる。
「うん、よく似合う」
 ハッさんの瞳はオレンジ色だからな、ワタシの頭にあるよりよく似合う。そう話す相手に、誰にでも合わせられるのが白のよいところでしょうと返せば、確かにそうだが気持ちの問題だなと言いながらも、そばに寄せたスケッチブックに鉛筆を走らせていく。
「いい作品になりそうですか?」
「ああ、おかげさまで」
「完成したら一番に見せてくれますか?」
「当たり前だろう」
 我々がモデルの作品が、いつか誰かの心を動かすかもしれない、そうであればいいと晴れ晴れとした顔で話すコルさんを見つめて、きっと叶いますよと確信を持って答える。
「なぜわかる?」
「あなたに心奪われて、何年一緒にいると思うんですか?」
 今までもこれからもずっと魅了され続けていくのでしょう、一番美しいあなたを独り占めできることに、どれほど喜びを得ていることか。
「変わっていますか?」
「いいや、嬉しいよ」

あとがき
ガーデンウェディングが見たいなって、六月にしろって思われたかた、そのとおりです。
2023-04-14 Twitterより再掲
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