花嫁は白と青に染まる
新作の完成披露のためしばらくテーブルシティへ行くんだが、予定は合うだろうかと連絡したら、大丈夫ですよとすぐに返答が戻ってきた。
会場はハッさんも知っているギャラリーで行われる、アカデミーの生徒なら入れるように口利きしてもいいと伝えると、それは恐れ多いことですよと断ろうとするので、つまらん商談で来る好事家より、純粋な目で作品を見てくれる相手に披露するほうが、ずっと有意義だと伝えると、そう仰っていただけるのなら、今度の授業で伝えておきますですよと言う。
作品を運び入れてくれるスタッフたちに、それぞれの作品の間隔、ライトの位置などを細かく指定していく。ワタシの注文にはすでに慣れた者たちだからか、作業の手は早く満足いく設営をしてくれる。
一番奥の展示台に置かれた新作の彫像を眺め、作品そのものは満足のいく完成度だと改めて思うが、これではいけないなと改めて周りを見て思う。
ギャラリーの壁は白で統一されている、もちろん作品が映えるように考えてのことはわかっているが、新作は白を貴重にした作品のため背景が白いと浮くのだ。展示用のパネルを黒に変えるべきではと進言するスタッフに対して、違うと首を振る。
「そうだな、青だ、青がいいだろう」
用意していた深い青色の布を広げ、影の位置や光の照り返しを考慮してライトの向きを再調整すれば、陰影の中に白い彫像が浮かびあがって見える。満足のいく配置になったので、遅くまですまなかったと声をかければ、すでに我儘に慣れたスタッフからは間に合わせるのが仕事ですからと、苦笑気味の言葉がかけられた。
今日は解散だとスタッフたちに声をかけ、彼等を帰したあとでもうしばらく展示室に残って作品を眺める。
「コルさん、遅くなりまして申しわけないですよ」
「いいや、呼び出したのはワタシのほうだ」
満足のいく完成度ではあるんだが、どうだろうかと聞けば素晴らしいですよと目を輝かせてつぶやく。
「もう少し近くで拝見してもいいでしょうか?」
「もちろんだ」
あと数十分ならギャラリーの主人も開けてくれるという、展示が始まれば人も多いし、満足に鑑賞するのは難しいだろう、ハッさんには心ゆくまで見てもらいたかったからな。
「美しいです、特にこの後ろのベールになっている部分の造形がとても繊細で、なんだか風になびきそうです」
「そうだろう、特に苦心した部分なんだ」
女性的なシルエットもいいだろう、自分でも満足できていた部分ではあるが、客観的に言葉にしてもらえると少し安心する。
「小生でなくとも、感想をくださるかたはいるのでは?」
「名が知れ渡ってから集まってきた者たちの言葉は、どうにも信じきれなくてな」
仕事面では問題ない、それぞれの役目をきっちり果たしてくれているので、ワタシも信じて作品を託しているのだ。だが色眼鏡なしで作品を評価してくれるか、というのは少し疑わしく思う。
「古くから知っている者、またはワタシのことをよく知らない者の目を通してしか、聞けない評価を知りたいのだ」
子供の視点は面白い、大人が忘れてしまったものを教えてくれる。だからこそできるだけ多くの人に見てもらって言葉を聞きたい、有名な人の作品だから自分にはわからなくてもすごいのだ、などという思いこみのない素直な感想をな。
「それで生徒を呼んでもいいと」
「そのとおり」
遠慮するな、わざわざテーブルシティを選んだのも学生たちが見やすいようにだ、ここのギャラリーの主人は美術の間口を広く取りたいと思ってるのもある。アカデミーの学生や卒業生たちも作品展を開いたりしているだろう。
「コルさんも見に来られるんですか?」
「時間が合えばな、新しい作品は面白いだろう」
美術部の学生が聞けば驚いてしまいそうですよと言うので、誰が見に来てくれるかはわからない、名もなき観客の一人にすぎん。
「ハッさんだって教え子が出典したら見にくるだろう?」
「そんな子がいたら、もちろん応援に行きますですよ」
「なら一緒じゃないか、先生が来ると聞くと緊張するものだぞ」
小生とあなたではどう足掻いでも天と地の差があるでしょう、と苦笑気味につぶやくハッさんに、誰かに見てもらうことに意義があるんだろう。
そんな他愛もない話をしていると、すみませんと控え目な声がかけられる。
「コルサさん、そろそろ閉めるつもりなんですが」
「ああすまない、無理を言ってしまって」
あなたのお願いなら多少はいいですよと言うギャラリーの主人に礼を言い、照明を落として施錠の手伝いをする。明日からよろしくお願いしますと、挨拶をしてくれる相手に、こちらこそよろしくお願いしますと返し、続きを聞きたいところなんだが、もう少しつき合ってくれるだろうかとハッさんにたずねる。
「お仕事に支障の出ない範囲でなら」
わかっていると返せば、ではこちらへと手を差し出される。エスコートしてくれるという相手にどこへ連れて行ってくれるのだろう、心を踊らせつつ隣を歩けば、裏通りにある小さなバーへ案内してくれた。
普段なら好んで酒の席に呼ぶことはしないが、今日のコルさんはなんだか気分も体調もよさそうなので、少しだけどうでしょうと言うので、潰れる前に取りあげてくれる人がいるなら、喜んでつき合うさと答える。
そもそも酒の席をできるだけ避けてるのは、飲んでいて楽しい相手じゃないからだ、今日を一緒に過ごしてくれる人はその限りじゃない。
二人揃って店に入るとバーテンが顔をあげ、こちらへどうぞと静かなジャズが響く店内奥のテーブルの席へ案内され、そばにあったオークのついたてを広げ、周りから覗きこまれないように動線を塞いでくれる。
「気が利く店主だな」
「パルデアに住んでいてあなたの顔を知らない人は、珍しいとは思いますよ」
なにを頼みますかと聞かれて、ハッさんに任せようとメニューを差し出す。
「いいのですか?」
「ああ、今のワタシにピッタリだと思うものを選んでくれ」
それではと手をあげて店員を呼び、二人分の飲み物とつまみを注文していく姿に、慣れているんだなと聞けば、それなりに来てはいますからと返される。そうでなければスマートにエスコートもできないだろう、別にやましいことはありませんよと返す相手に、別に怒りはしないぞと言えばありえませんよと首を緩く振る。
「どうぞ」
運ばれてきた二人分のグラス、片方は白く片方は青い、どちらをワタシにくれるんだ聞けば、こちらをと青いグラスを差し出されるので、繊細なグラスを軽くあげて乾杯と小さな声で交わす。
「なかなかいい色だが、どうしてこちらを」
「ブルーラグーン、花嫁に捧げる青色でしょう」
オレンジともかけていますのでと言う相手に、わざわざ青色に布を染めた甲斐があったというものだと返す。
「ハッさんのほうは?」
「ホワイトレディです」
花嫁は小生がいただいていいんでしょうと聞かれるので、ハハッと軽く笑い声をあげて、思わず熱くなる顔を背ける。
「あまり悪酔いさせないでくれ」
「心得ていますですよ」
調べたところ、ホワイトレディはうウェディングドレスが関係するとか色々あるみたいですよ。
ブルーラグーンは、ブルーキュラソーを使ったカクテルで一番雰囲気が合いそうだったので使いました。ちなみに誠実な恋という意味があるとか、なんとか。
人生でバーに行った回数がそこまで多くないんで、雰囲気で書いてます。
ちなみに二つとも頼むときは度数に気をつけてください、結構強めのカクテルです。
2023-06-24 Twitterより再掲