Camellia
闘え、と言いわれてすぐに刃を交える決意できる程、正義感の強い人間ではない。
今の時代は刃を交えて闘う必要はない。
特に、この国では。
オレには闘う決意がない。
だけど、それじゃあ駄目なんだそうだ。
「世界は、君を必要としてるの」
「いきなりそんな事言われても・・・」
「本当なの、信じて!」
必死の形相で話す彼女は、本当に切迫した状況を表している。
しかし、そんな事言われたって・・・オレにはどうしようもない。
「じゃあ、どうしたら信じてくれるの?」
「なっ・・・そんな事言われたって・・・大体世界がどうのとか大きな事をいきなり言われたって、
今までそんな事考えた事もなかったんだ・・・」
「なら、自分の身近な事なら分かるっていうのね?」
急に彼女の目つきと声色が変わった。
なんだか、そう・・・不穏な感じだ・・・・・・。
「ねえ、君自身の事なら君は分かる?」
「・・・・・・っえ?」
「闘ってくれないなら、私が君を討つって言えば、君はどうするの?」
「えっ?」
「対立者の立ち居地は二つに一つ、二人と居ないパートナーか、宿敵か。
君が私の力になってくれないなら、私は君を討たないといけない、邪魔にならないようにね」
「何でそうなるんだよ!?」
「悪いけど、目的の為に手段は選んでいられないの。
恨み言なら、死んでからあの世で聞いてあげるわ!」
彼女がそう叫んだ瞬間、オレは見た。
一瞬で彼女の左頬に浮かび上がった荊の模様を。
「第四章、封印の項32番『磔刑の荊』!」
その言葉と同時に彼女の腕からオレの方に向かって、荊の蔓が伸びてきた。
それを後退して避けようとすれば、すの蔓はどんどんと伸びていく。
本能的に、持っていた刀でその蔓を切り落とす。
「無駄よ」
切り落とした蔓からまた、蔓がどんどんと伸び、オレの体に巻きついてくる。
「うわっ!」
荊の蔓がオレを捕らえ、地上から上に体が浮かび上がった。
ぎりぎりと、手首に巻きつく荊の蔓のせいで、手に小さな傷ができ血が滲む。
「呆気ない最期ね」
嘲笑いでもない、彼女は真剣な冷たい声で視線でオレを見る。
その声に、視線に体の奥底で何かが揺れた。
「終わりにされてたまるか!」
手首に巻かれた荊の蔓が切り落とされる、作り出した刃で。
その荊の根元に向かって、今度別の刀の刃の雨を降らせれば、呪いの如く動く蔓の茎は動きを止めた。
地上から少し浮かび上がっていた体が地面に落とされる、なんとか着地し彼女と向かい合う。
「闘うんだね、そうやって、自分の為には」
「そりゃあ、殺されそうになったら誰だって抵抗するだろ!」
「そうね、だけど・・・世界の為には闘わないんだ、君は」
「そんな大きな単位で、オレが求められてるなんて思わないだろ?
何も知らないのに、何が起こってるのかも分からないのに、無理に戦わせないでくれよ!」
「そうだね・・・その通りかもしれない」
ふいに、思いつめた表情で彼女の動きが止まった。
それと同時に、彼女の左頬の模様がするすると消えていく。
さっきは随分と強引に向かってきたというのに、なんだか張り合いが無くて驚く。
彼女から殺気が引くのを感じ、オレも刀を置いた。
「確かにその通り、自分が世界の為に闘えっていわれたって、何も知らない人はとまどうしかないのよね、
私だってそうだったもの、いきなり巻き込まれた人間だから・・・」
「そうなの?」
「うん。でも私はそういう世界で生きてきたから、心構えは君とは違って最初からある。
どういう自体に巻き込まれたとしても、私は・・・私はそれに対応できる」
ふとどこか遠くを見るような目で、彼女はそう言った。
そして、ゆっくりとオレの方へと歩いて来る。
「でも、君はそういう運命になかったもんね・・・今日だってそう。
偶然、君の前に式神が現れなかったら、君は一生この世界と関わる事もなかったのかもしれない」
そう、今日ほんとうに偶然に起こらなければ・・・。
このまま、何も知らずに過ごしていたのかもしれない。
「だから・・・本当はこのまま、何も知らずに生きていけたら、よかったのにね・・・
君も、私も」
悲しそうに、彼女はそう言った。
そうやって話しながら歩く彼女は、ついにオレの前にまで来た。
手を伸ばせば、触れられるくらいの距離で彼女は立ち止まる。
「関わらずに、生きていく事はできないの?
オレも、君も」
「私は不可能よ、もう世界は私を必要としてる・・・そして」
ふいに、彼女の表情が変わった。
「何っ」
「悪いけど、君も世界に必要とされているんだよ」
彼女の拳が、オレの懐に届くまで時間はかからなかった。
その彼女の手の中から、オレの体内へと何かが入り込む。
「ちょっ!一体何っ!」
彼女の腕を掴んで離そうとするが、その腕はオレの胸から離れない。
まるで、何か根が生えたみたいに。
「私の属性は植物、そして私は珍しく宿木っていう能力を持って生まれた。
宿木の能力は二つ、一つは自分の体に植物の力を宿すこと。
もう一つは、生涯で一人にだけ自分の種を植えつける事ができること」
「自分の種・・・?」
「そう、君の体の中に、私の力を宿した種を植えつけた。
種は君の生命力を吸って育つ、まあ私が命じなければ命に別状はないんだけど・・・。
やろうと思えば、今すぐにでも君の生命力を吸い尽くす事できるよ?
意味分かるよね?死ぬって言ってるの」
彼女は人が悪く笑ってそう言う。
「君の命は私のもの」
「なっ・・・」
ぞわり、とした。
彼女の台詞と、そして彼女の表情に。
「手段は選ばないって、言ったでしょ?」
そう言って彼女は自分の腕を戻した。
根が生えたように動かなくなっていたはずの腕は、簡単に胸から離れた。
離れたが・・・オレの体内には、なんだか異物感がある。
それはきっと気のせいではないだろう。
「信じられないなら今ここで根を伸ばしてみようか?
君の体内にさ」
「・・・・・・いや、やめてくれ」
「だよね?
死にたくはないでしょ?力、貸してくれるかな?」
「オレに選択肢ないだろ」
「そうだね」
彼女は今度はちょっと寂しそうな顔でそう言った。
「ごめんね、ここまでしないといけなくて」
「・・・・・・謝るんなら、今すぐ種取り除いてくれよ」
「ごめん、それ取り除けないのよ」
「えぇっ!」
「大丈夫、宿木は木がないと生きていけないから、それ自体が君を殺すのは私が命じた時だけだからさ。
だから、私に殺されないように気をつけてね」
一体どうやって?
自分はオレを簡単に殺す事ができる。
今までこんなにも命の危険を感じた事はない。
「じゃあまた明日連絡するわ、世界の事もうちょっと詳しく話さないと。
じゃあね」
普通の少女のように笑顔で言うと、彼女は走り去って行った。
どうしたもんかな・・・。
命握られてる以上、どうしようもないんだけど。
「はぁ・・・・・・」
溜息を吐いてもしょうがないとは分かっていても、漏れ出した息を止められなかった。
「うひゃあぁ・・・怖ぇな、まさか椿の姉ちゃんがあそこまでするとは・・・」
「如月さんも言ってただろ?手段は選んでられないんだ。
でも、僕だってまさかあそこまでするとは思ってなかったけど・・・」
彼等の様子を隣のビルの上から見ていた二つの影。
「これで如月さんにも無事対立者が見つかったと・・・で、
これからどうなるか、だよな?」
「世界が?」
「そう、相手の出方も気になるところだしな」
「その為に僕等が来たんだろ?コッチにね」
「そうだな・・・まあ椿の姉ちゃん達は大丈夫かな、月海さんも居るし。
気になる動きをしてる奴等は何人かいるし、そっちに注意した方がいいだろ」
「鴉の事?」
「ああ、アイツはどこに潜んでるんだか・・・」
「それを調べるのが僕達だろ」
「そうだな」
ブレザーの制服を着た二人の少年は立ち上がった。
「さて、仕事するかな」
「そうだね」
その声は本人以外には誰にも届かず、夜闇の中に沈んでいった。
再び見上げた時、そこには二人の姿は無かった。
後書き
どうしよ、なんか椿ちゃんが怖くなった。
原作は清楚ないい子なんだけど、なんか怖い・・・。
どうしよ・・・どうしようもないけど。
これからなんとかして清楚ないい子にするのは・・・無理だろうな。
2008/12/29