二重
「あそこで間違いないんだな?」
「うん」
二つの影はそう話す。
重なり合う、二つの影。
正反対の二人であり、驚くほどに同一の存在。
水面を挟んで立つ、自分自身。
「さてと、なら…早々に片付けにかかるかな」
「無茶はよくないよ、蛍にもそう言われただろ?
それに、あんまり深入りし過ぎて、相手にコチラの動向が知れるのもよくない」
水面は揺れない それが彼であれば・・・。
「だけど、危険を冒さなければ相手の尻尾も捕まえられない。
動かなければ何も始まらないし、その為に俺達が来たんだろ?」
水面は揺れる それが彼であれば・・・。
「行動は慎重に」
「でも、結果を出す」
分かってるよ、と片方がもう片方にそう言った。
それを見て、静かに頷くもう片方の彼。
「挑むか?」
「うん」
彼等はそう話すと、ゆっくりとその建物の中へと入っていった。
カビ臭さと埃っぽさ、長年使われていない事を意味するその建物の内部をひたひたと歩いて行く。
周りは全て影、闇の中とも称せるだろう、暗く深いその空間の中。
確かに感じる、誰かの存在を…。
「ジン、気をつけてよ、どこに何が隠れてるか分からない」
「何も隠れてなんかないさ、奴は影を操れる、気付いているとすればとっくに気付いてる」
彼にそう指摘されるまでもなく、勿論自分もその可能性には気付いてた。
ここは間違いなく、相手のホームだ。
異質な僕等の居場所ではない。
「引き返すか?」
彼が僕にそう尋ねる、だが僕はその問いかけに首を横に振った。
その必要はないだろう、踏み入れてしまった以上、引き返せないのは目に見えている。
だから、帰らない。
「一人…」
闇の中から、突然掛けられる声。
ひたりと足を止めて、相手の居場所を探る。
「何の用?」
「それを、答えなければいけませんか?」
相手にそう問い返えす。
「必要ない、君達、どうせ僕、邪魔しに来ただけ」
接続詞を抜かす癖のある喋り方で、闇の向こうの声は僕にそう話しかける。
一人と言ったのに、ちゃんと複数形。
僕の事を、彼は知ってる。
「隠れるのは貴方の性分なのは分かってます、でも姿を現して下さいよ。
お互い、知らない仲でもないんですから」
「僕、隠れない、最初から居る」
カーという鳴き声と羽音。
見上げてみれば、二階のリフトの上に、黒い鴉を腕に乗せた黒衣の青年が僕達を見下ろしていた。
「お久しぶりです、烏丸(カラスマ)さん」
「慎治…合ってる?」
「ええ、僕は慎治ですよ」
彼の質問にそう答える。
「君達、酷く面倒…見分けつかない」
「つけなくて結構だよ」
「ジン、静かに」
相手に反論しようとする相棒を、そう言って黙らせる。
喧嘩っ早いけど、僕の言葉には耳を傾けてくれる彼。
僕とは正反対の彼に、僕は軽く憧れを抱いている。
だって、彼がいなければ僕は…。
「慎治、それは今関係ないだろう?」
「そうだね」
自分の思考がズレているのを指摘されてしまった。
駄目だな、冷静な対応は、僕に任された仕事であるのに……。
「ここから、立ち去っていただきたいんです」
「不可能」
僕の頼みを、彼は淡々とした言葉で拒否した。
感情の変化の感じられないその事務的な声は、意図的なものではなく、彼の本性なんだろう。
そういう存在でなければいけないんだ、彼は。
忍として、育った彼は。
「手荒な真似は、したくないんですけど」
再度、相手にそう尋ねてみる。
「君、手荒な真似しない、手荒な真似する、もう一人」
彼は分かっている、僕が僕である以上は何もしないという事を。
そして、僕から彼に選手交代したところで、彼はその対応を変えないだろう事も目に見えている。
だけど…。
「だから、ジンに頼る前に帰ってほしいんですが」
それは僕の願い。
彼に変わった後で、この場所が、彼が、どうなてしまうのか僕にすらも分からないから。
闘いなんて、望まないから…だから。
「不可能」
表情を変えないまま、青年はそう口にする。
作り物みたいに整った、とても冷たい表情のまま。
「そうですか」
とても、残念だ。
だけど、僕等は最初からそのつもりだったんだ。
敵対するもの同士が、相手の望みを聞き入れるわけがない、そんな事分かってたから。
それでも僕が交渉を望んでいたのは、そうしなければ心が落ち着かないから。
僕の心が落ち着かないから。
「まったく、お前は優しい奴だよ」
そう語りかける彼の声。
僕と同じ声で、正反対の性格。
「少しは俺を見習ったらどうなんだ?」
「そうしたら、意味がないんだよ」
バランスが取れない。
この体の、心の。
何より、僕達二人のバランスが。
「もう交代していいだろう?交渉決裂だ」
「ああ、だけど…」
「分かってるよ、まあ、いざとなったらお前が強制的に止めさせろ、俺は自分じゃ止まれない」
「分かってる」
僕の中でそう会話を交わす、二人目の僕と…。
「後は任せろ」
そう言って浮上する、彼の意識と反対に、僕は彼の底に沈む。
「ジン?」
表に出た、その雰囲気の変化を感じ取ったのだろう、烏丸はそう問いかけた。
「その通り、知ってるだろうが、俺はアイツ程優しくないぞ」
そう言いながら、しっかりと締めてあった制服のネクタイを外し、ボタンも開ける。
アイツと俺は性格が正反対。
こんな息苦しい服、よく来ていられるな…と、俺は関心するばかりだ。
「優しさ必要ない、君、存在理由…破壊のみ」
「よく分かってるな、だから、行くぞ!!」
その言葉と共に、俺は攻撃の構えを取る。
微動だにせずに見下ろしていた青年も、それを受けてゆっくりと動き出した。
一歩一歩と近付き、リフトの上から俺に向かってすっと落ちる。
飛び立った鴉の羽音。
二人のぶつかったその衝動は、見えない波を生んで…まだ眠りについていた彼の意識を覚醒させた。
4へ
後書き
久々の更新、そして慎治とジンが登場。
二人がどんな人間なのか、大方予想はついてると思いますが、その説明が次回あります。
何故かって、鍔揮君の為にですよ。
どうでもいいんですが、管理人はこの二人かなり気に入ってます、なのでこれからちょくちょく出てきます。
っていうかレギュラーメンバーです、彼等の過去話もその内やります。
何時になるかは、未だ未定ですけれども…。
そして烏丸さんの下の名前が出てない…それもその内…。
2009/5/24