私を恐れる者も居れば、喜んで私を受け入れる者もいる。
「よかった・・・これで、何もかも全て終わる・・・・・・」
そう言って、彼は私を喜んだ。
何故喜ぶのだろうか?
終わりの先に何があるのか、それは私ですらも知らないのに。
何もかも全てが停止した世界。
一本の輪廻という名の川だけが、ただ一つの動き。
終わりの先の旅に、彼は流されていった。
その表情は喜びとも不安とも付かない、虚ろな表情だった。
〜Thanatos〜・3
ある筋の大物の屋敷というのは、そりゃあもう豪勢な作りの屋敷だった。
「生きて得た物の限りを尽くした屋敷って感じだね」
「ああ・・・俺の実家を思い出す」
「シノ君の家もお金持ちだからね、桁の違う」
「まあ、勘当されてるから、俺には関係ないっちゃないんだけどな」
「そんな事言うけどさ、ちゃっかり援助してもらってるんでしょ?」
「名目は生活費だけどな」
「あの桁の生活費はありえないよ、常識外れのボクだって引くくらいの桁だよ、アレ」
「祖父ちゃんはどんな形であれ、他人の能力にはそれに見合った額の代金を渡すべきだって教えてたからな」
「つまりシノ君はお祖父さんに認められてるって事?」
「俺が認められてるんじゃない、俺の技術と知識が認められてるんだ」
それは、人を認めているようで認めていない。
俺の内心的な部分は祖父ちゃんは一切認めようとはしないのだ。
全く・・・自分の息子は遊び人だったのになぁ・・・。
「ちょっとシノ君、自分の親父さんの悪口言ってる場合じゃないでしょ?」
「勝手に人の心の中を読むな」
「まあまあ、とにかく今日の仕事は例の爺さんでしょ?」
そうだった、例の生きる事に執着した爺さん。
「一体どんな人なんだろうね?」
「さあ?興味ねえな」
「ちょっと、君はそれでもこの相談を受けた当事者かい?」
「関係無い、後はお前に任せる」
「はいはい・・・君は自分の為にならない事はとことんしないんだね」
そりゃそうだ、何で俺が死にかけの爺さんを宥めに行かないといけないんだ。
やっぱり、断ればよかったかなぁ・・・。
「そんな事言わないの、ほら行くよ」
だから人の心を勝手に読むなって。
そんな事を言っても無駄なのは目に見えているので、呼び鈴を鳴らしいて家人を呼ぶ居候の背中に、俺は溜息をくれてやった。
「お前が篠という医学者か?」
「ええ、お初にお目にかかります」
例の爺さんは、床からも起き上がれないような状態で俺と対面した。
確かに、もう死期は近そうだな・・・。
「どんな霊媒師が来るのかと思えば、学者が来ると聞いてワシは大層驚いたぞ・・・」
「霊媒師ではないんですがね・・・自分自身が霊媒体質なもんで・・・
同業者からは心霊現象には詳しいと思われてるみたいです」
「ほぅ・・・では実際には何も知らんのか?」
「いや、そういう現象に関しては、この友人の除霊師に全部頼んでます」
そう言って背後に控えていた友人を差す。
「どうも初めまして、羅喉(ラゴ)です」
人好きのしそうな笑顔で彼は挨拶した。
「ふん、こんな若造が除霊なぞできるのか?」
信じられないのも無理はないかもしれない。
しかし普段心霊番組で出てくるようなきな臭い霊媒師がそういう能力を持っているとは限らない。
逆に、見かけは若造であっても凄い力を持っている者だって確実にいるのだ。
ちょっとシノ君、そんなに褒められると照れるなぁ。
・・・いや、心を読むなっていうか心の声で答えるなよ、びっくりするだろう。
しょうがないだろ、それよりもさシノ君・・・ボクここ早く帰りたい。
・・・お前やる事してから帰れよ。
そうじゃなくて、この後ねちょっと面倒な事になるよ。
お得意の未来予知か?
得意なわけじゃないけどね、なんとか未来の変更を試みてみたけどさ、駄目みたい。
だからできるだけ早く逃げた方がいいかも。
何で?
だからね、面倒な奴が来るんだよ。
「ご老人!!」
来たよ・・・。
諦めたような声が心の中に響いたと同時に、部屋の中に現れたのは真っ黒な衣装に身を包んだ男。
一見しただけで分かるこの怪しい雰囲気は、霊媒師とちまたで名乗るタイプの奴に違いない。
「全く一体なんのつもりです?私の許可もなく、こんな怪しい人間と対面するなど」
「古い知り合いのツテに、心霊に詳しい学者がおると聞いたので呼んでみただけだ・・・何か悪かったのか?」
「悪いも何も、霊に好まれやすい人間の側には、常に師が纏わり付くものなのですぞ、
その影響はその周りに居る人間にまで影響が・・・」
「何ぃ!!」
「興奮なさらないで下さい、大丈夫ですから」
「おい、羅喉アイツ誰だ?」
いきなり乱入してきた上に、客人をあっと言う間に蚊帳の外に追い出したこの男は一体何者なのか。
予備知識のない俺には一切分からない。
「知らないの?最近テレビとか雑誌とかに良く出てくる霊媒師の日高雅彦だよ」
「俺がそういう番組嫌いなのは知ってるだろ?」
「いや、結構有名だから名前くらいは知ってるかなっと思って」
初めて聞いた名前だ、しかもよくある名前だからすぐに忘れそうだ。
「霊媒師が絡んでるの知ってたのか?」
「だってさ、これだけ富と権力持ってるならそれくらいして手当たり前だろ?
でも、できればこの場に姿を現さないでほしかったな・・・」
つまりは、これがこの相棒の言っていた面倒な事なんだろう。
「そこのお二人、私と一緒に来ていただこうか?」
ひと悶着あり、老人が大人しくなってからその男は俺達に向き直りそう言った。
ほら、来た。
再び心の中で居候の諦めた声がした。
「君達が上の人間に頼まれて仕方なくやって来たという事は最初から分かっていましたよ」
別室に腰を落ち着けると、霊媒師を名乗る男(既に名前は覚えていない)はそう言った。
「しかし、貴方は霊媒体質なんだという事ですが、それは幼い頃からですか?」
「ええ、体質的な問題なんで今更変えようもないんですが」
「大変だったでしょう?」
「いや、もう慣れましたよ」
これは本当の話。
「それにしても・・・そこの除霊師の少年」
「羅喉です」
「羅喉君ですか?聞いた事のない名前ですね」
当たり前だろう、無名なんだから。
「君は生半可な力を持って除霊をしてきたんじゃないかね?」
「何でそう思うんです?」
「君からは微々たる力しか感じられないからだよ」
霊媒師の男は居候にそう言った。
それに対し、羅喉は無表情に向き合う。
「その程度の力では、先人の幽霊は追い払えても悪霊や怨霊は払えないよ」
「貴方は、死神は払えるものだと思ってるんですか?
霊や憑き物と同じように」
「人に取り憑いているものならば、払えないものはないだろう」
「それが、人の運命に従うものであったとしても、ですか?」
俺は昨日の羅喉の言葉を思い出していた。
死神とは、ずばり死そのものだという。
人間の終わりを現すその存在を、人である俺達はどうあっても受け入れなければいけない。
なのに、彼はそれを払えると言った。
終わりの存在を、遠のけられると言った。
それを行えるのは、運命に抗う当人の力か、神だけだというのに。
「言っている事が分からないね、何故死神が人の運命を司っているんだい?
そもそも、運命は全ての頂点である神が決める、死神のそうな魂を求める輩は神の意に背くものだろう?」
「貴方は何も分かっていない、神と悪魔、その存在の理解の仕方を間違えている。
貴方が思うほど、両者の善悪ははっくりと分かれていないし、貴方に理解できる程、両者の関係は単純じゃない」
羅喉の奴、本気だな。
コイツは別にプライドは高い方ではないし、滅多に怒りを表す方でもない。
だから、彼がこんなにも相手に厳しく接する時には理由がある。
「君、私が誰だか分かっているのか?」
「日高雅彦という名の人間だ、という以外に、ボクが知る要素はありませんね」
相手を一切認めない時だ。
自分の才能に溺れ、能力をひけらかす輩を羅喉は好まない。
それが本物の力であれば彼は認めるが、しかし、それが偽のものであったなら、彼は一切許さない。
許してはいけないと、思っている。
「ふん、負け惜しみは止めたまえ、君のような才能に恵まれなかった人間に私は今まで何度も・・・」
「言っておきますが、貴方が付き従えていると思っているソイツ等は、貴方の事を利用してるだけですよ」
「・・・・・・何を・・・」
「後ろ盾があるからと、自分の存在まで偉大だと信じる人間は、そこらの子供と大して変わりませんよ」
「君は・・・一体何を・・・・・・」
「もう行こうかシノ君、ボクはもう彼の顔を見るのも嫌だ」
「なっ・・・待て!」
男の制止を振り切って、羅喉はさっさとその部屋を出て行った。
俺もその後に従う、居心地のいい雰囲気でもない。
部屋のドアを閉めるとき、男の背後に経つ俺や羅喉には見える黒い影と、目が合ったような気がした。
後書き
変な霊媒師登場、羅喉がかなり嫌ってますが、私もあんまり奴はいけ好かないと思ってます、作者のクセに。
そうそう日高はああ言ってましたが、羅喉は凄い奴なんですよ。
どういう奴なのかというと、とりあえず名前の読みが面倒な奴です。
・・・・・・えっ、それだけですよ。
それ以外は企業秘密、というかネタバレになるので書きません。
何時か彼が主人公になった時に秘密は明らかになるでしょう。
2008/12/27