人は死んだらどうなるのか?
幼子は母にそう尋ねた。
天国に行くのだ、とその母親はその子に答えた。
その子が真実を知るのは、そう遠くはなかった。
〜Thanatos〜
「貴方は天使様なんですか?」
「いいえ」
「じゃあ、貴方は悪魔なんですか?」
「いいえ、私はそのような者ではありません」
「じゃあ、貴方は一体誰?」
その子供は私にそう問うた。
「私は生きとし生ける物の最期を管理するものです
名前もなければ、これといった姿も存在しません」
「だけど、貴方はそこに居るでしょう?」
「私の姿は何時だって仮のものです。
私は無数に存在します、ここに居る私も、どこかに居る私も、全て一人の私です」
そう言うと、その子供は不思議そうに首を傾げた。
私という存在を、この子供は理解できていないようだ。
「じゃあ、貴方にお名前はないんですか?」
「私から名乗る名前はありません、しかし、人が私に付けた名前はあります。
もし、必要ならば、それをお教えしましょうか?」
「ええ、教えて下さい」
その子供は、私を見て怖がりもせずに名を問うた。
恐ろしさを感じないのは、無知という純粋さからくるものか?
それは私には分からない。
そもそも私に、生きているモノの考えなんて分かるわけがないのだけれど。
「ある人は私を“タナトス”と呼びました」
そう私が名乗ると、その子供は小さな声でその言葉を繰り返した。
その言葉の意味を、きっとこの子供は分からない。
分からないまま・・・もうすぐ・・・。
「タナトスさん、貴方は何をしに来たの?」
その子は私にそう問うた。
そして残酷にも、私はその問いに答えなければいけない。
何故なら、それが私の仕事だからだ。
「貴方を迎えに来たんです」
機械に囲まれた部屋。
人一人生かすのに、こんなにも莫大な設備が必要になるわけだ・・・。
そう思うと、生物の力というものは凄いな・・・と感心する。
「ああ!篠さん。何勝手に歩き回ってるんですか!」
「暇なんだからいいだろ、一応白衣も着てる」
「・・・篠さんみたいなマッドサイエンティストに院内歩かれると、それだけで死人が出ますよ」
「お前、実験体になりたいのか?」
「失礼しました」
全く、呼び出しておいて狂人呼ばわりは失礼だろう。
まあ、自分が学会の異端児であり同時に嫌われ者であるのは、否定できないがな。
「俺は被検体を受け取りに来たんだが・・・」
「分かってますよ、それにしても・・・死んでからとはいえ、自分の体を医学研究の標本に差し出す人の神経っていうのは、
どうにもぼくには理解できませんよ」
「あのなぁ、そういう善意のある人間がいなけりゃ俺達は飯食ってけないんだぞ、
医学の進歩っていうのは、実験に支えられてるんだよ。
それに協力してくれる人間に対して、そういう口の利き方はないだろう」
「人間というか・・・ご遺体なんですけどね。
・・・それにしても篠さん、少しくらい自分の容姿に気を使ってくださいよ」
隣を歩く男、神津正樹(コウヅ マサキ)は、苦笑いしてそう言った。
「クセ毛なんだから撥ねるのはしょうがないだろ」
そういえば、しばらく髪を切りに行ってなかった事をそこで思い出す。
まあ自分の髪は常に肩よりも長い事の方が多い上に、そんなに気にもならないから別にいいんだが。
しかしこの男が言いたいことは、そんな事ではないらしい。
「いや、ただでさえちょっと目つき鋭くて顔怖いのに、それに加えてその色はね・・・院内では目立ちますよ」
「大丈夫だ、院内だけじゃなくて学会でも浮いてる」
「大丈夫じゃないですよ!さっきから患者さんや看護士が篠さんの事、凄い目で見てますよ」
誰にどんな風に見られても、基本俺は気にしないんだが・・・。
まあ、病院側からすれば風紀がどうのとか・・・そういう問題に繋がるのかもしれないが・・・。
指摘された髪の色、それは目にも鮮やかな赤。
影で“レッドパイソン”なんて呼ばれてる理由はこの髪と名前にあるらしい。
篠蛇(シノ クチナワ)というのが俺の名前なんだが・・・。
しかし・・・よくもこんな分かりにくい名前を付けてくれたもんだ、子供の時どれだけ馬鹿にされたか・・・。
「ところで篠さん、さっき覗いてたあの部屋の患者さんですけど・・・」
「ああ、凄い事になってるなあの男、辛うじて生きてるてかんじだったが・・・」
「被検体には出しませんよ」
「・・・・・・・・・別に、死にかけの人間見て実験しようと思ってたわけじゃねえよ」
コイツ、俺の事本気で馬鹿にしてるのか!
大体重症患者を見て実験しようとするような危ない奴なら、まず最初に病院に入れないだろう。
「冗談ですよ、本気にしないで下さい」
「全く。お前、会う度に人への暴言が増えてる気がするんだが・・・」
「ストレス社会ですからね」
いや、だからといって苛立ちの矛先を赤の他人に向けるな。
「まあ、何時お亡くなりになってもおかしくない状況なんですけどね・・・」
現代の医学が発展したとはいえ、こればっかりは防ぎようがない。
「人が死ぬのは、自然の摂理だよ・・・そうやって割り切るところは割り切っとけ」
「その自然の摂理に反逆してるわけなんですけどね、ぼく達は」
そう言うと、ちょっと溜息を着いた。
「篠さん、被検体の受け取りの後、ちょっと時間ありますか?」
真剣な声で、神津はそう尋ねた。
一体何の用かは知らないが、聞かないというのも相手に悪い気がして、俺はその相談に乗る事にした。
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後書き
ということで、『Thanatos(タナトス)』の一話でした。
相変わらず続きが見えない、そして長い・・・。
テスト前なのに小説書いてる・・・これ終わったら勉強します・・・。
2008/11/29
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