陽が沈む。
群青色の空に、白い月がくっきりとその姿が浮かび上がってくる。
足早に帰っていく人の群れ。
夜の時間が始まる。
オレの主の活動時間が・・・。
〜咎と金属〜・5
三時間前。
「ねえねえ、ターゲットには近づいてるの?」
西洋人形のような格好の女がそう尋ねる。
「間違いなく近づいてる、臭いが濃くなってきてるからな」
「うーん、やっぱり獣の鼻はよく利くね」
「・・・まあな」
人が生きるのに知能を求めたのに対し、獣は生きるのに体の機能の進化を選んだ。
だから、体が特化していて当たり前なのだ。
「私も君みたいな使い魔欲しいなぁ、ねえ鞍替えする気はない?」
「一切無い」
「ちょっとぉ、少しくらい迷ってくれてもいいじゃない?
こんなプリティな相棒がお誘いかけてるんだから」
「・・・それ以上何か勘違いされる台詞を吐いたら、捨て置くぞ」
ドスの利いた声でそう言うと、女は慌てたように謝った。
「ごめんごめん、君こんな冗談嫌いなのね?」
「元々冗談は通じない方だ」
「・・・それって自分で言う事?」
「自覚があるという事だ」
「そんな自覚ってあっていんだっけ?」
「知らん」
そもそも、あまり人と関わる事もない。
人でもないので気にもしない。
「本当にごめんなさい、許してくれる?」
「同じ事を繰り返さなければな」
「はーい、本当にごめんなさいね?」
全く、この魔女の扱いにはほとほと困っている。
「ちょっと待て、定時報告する」
「了解」
笑顔でそう言うと、彼女を背にして報告を出す。
臭いは濃くなっている。
確かに相手に近づいてはいるが、向こうも移動している為辿り着けるかは分からない。
「獣の姿で追えれば早いんだがな・・・」
当初は獣のままで追っていたのだが、追跡の過程で変な術に襲われた。
術の雰囲気からあの狐の放ったものだとすぐに分かった。
その激しさと数の多さに、かなり邪魔をされた結果、この姿になる事を選んだ。
姿が変わるだけで術に掛かる割合が減ったところを見ると、あの術は狼の姿であるオレにだけ反応するらしい。
多分、逃走時間を稼ぐ為に放ったものなんだろうが、しかし油断はできずこの姿のままで移動を続けている。
しかし、これはこれで、人目を引く・・・。
それは応援に来たあの魔女のせいでもあると、そう信じておこうか・・・。
「アレ?報告は終わったの?」
「ああ」
「そう、君が報告してる間に、私もちょっと調べてみた」
「何を?」
「ターゲットの居場所、君の鼻だけに任せてはおけないしね、
範囲が限定されてからさ、結構近づくまで使えないんだけど・・・」
「居場所がわかるのか?」
「半径十五キロ圏内の魔力の持つモノの居場所が分かる術が使えるのよ。
これは人間もそうでないモノも含まるから問題なんだけど・・・
でも使えるでしょ?」
「結果は?」
「うん、半径十五キロ圏内のサーチ結果ね、まず数メートル先は君、
その他にも小物が十数名、これは関係ないでしょ・・・
で、ここから直線距離にして十数キロ先にね、かなりの力持てる何かが移動してる、
しかも二つ・・・これ、かなり近いんじゃない?」
「どの方向だ?」
「北東だよ」
「間違い無さそうだな」
「やっぱり?近いなっと思ってマークしといた、これ辿って行こうか?」
「ああ」
応援として来たのだ、ちゃんと協力はしてくれるようだ。
「ねえ、後はもう追うだけなんだしさ・・・ちょっと君に尋ねたい事があるんだけど、いい?」
「内容によるな」
何だか嫌な予感がした。
「君のご主人様がさ“咎の天使”って本当?」
やっぱりそうか・・・またこの質問が・・・・・・。
「・・・いきなり何だ?」
「うん?いやぁね、雇い主に教えてもらったのよね・・・
私興味あったのよ、彼どうやって生き残ったの?」
今まで同じような質問を幾度も聞かれてきた。
人の興味は尽きないんだろうが、しかしオレにどうやってその質問に答えろというんだ?
主人がどうやって生き残ったのかなんて、オレには分からない。
「答えたくない?」
オレの心境を察したのか、彼女はそう尋ねた。
「これって、触れちゃいけない事?起こってはいけない事?
そうよね?全ての決まりに対して反対するものなんだから、だから罪深いって言われてもしょうがない」
「アイツの何が分かる?」
色々なモノがアイツについて勝手な見解を述べている。
だけど、今まで知っている限り、その見解が的を射た答えだと感じた事はない。
誰も彼も、何も分からずに、何も知らずに勝手な想像で話しを膨らませる。
「ご主人様の事悪く言ってるわけんじゃないのよ、別に。
でもね、興味は尽きないのよね・・・」
「ただの興味本意で、人の踏み入ってほしくない場所に土足で踏み込むものじゃない」
「でしょうね・・・ごめんなさい」
彼女は素直に謝った。
それが本心からの謝罪の言葉なのか、オレには判断が付かない。
人の心が複雑なせいだ。
「ただ、知りたかったのよね・・・今回の悪魔喰いの男といい、起こる訳ない事が起こる。
私の探してるターゲットも、そういう相手なのよね・・・起こるはずのない事を起こした」
今まで楽しそうに話していた彼女とは違う、何か思いつめた表情。
「何事にも例外は存在する、神にも予測がつかない例外がな・・・」
「長生きしてきたんでしょ?君は、私よりももっと多くを見てきたんでしょ?
だからそんな事言えるんだろうなぁ・・・私はどうしても、アイツだけが異常に写るのよ、だから他を知ってみたい」
アイツというのが一体誰なのか?
悪魔喰いの男であるのか、オレの主人であるのか、はたまたそれ以外の誰かなのか。
オレは、彼女の人生に関わってきた誰かの事だろうと思った。
「そうか・・・だが、悪いがオレにもどうして主人が生き残ったのか分からない」
「その時はまだ、君はご主人様と一緒じゃなかったの?」
「いや、オレはアイツが学生になる前から、既に使い魔の契約を交わしてる」
「学生って・・・天使にも学校なんてあるの?」
「知らなかったのか?傭兵学校みたいなもんだがな・・・どんな天才でも何年かは必ず所属している」
「ふうん・・・その時期から一緒だったんだ?」
「もう千年以上前の話しだけどな」
「・・・・・・・・・えっ?・・・」
驚愕の表情を見せたが、それは気にしないでおく。
「だからあの当時もオレはその場に居た、確かにな・・・だけど何でアイツが生き残ったのか、その原因は今も分からない。
誰にも・・・きっとアイツ自身にも・・・」
「やっぱり、分からないんだ」
「ああ」
「そりゃそうだよね、でないと異常になんて写らない」
彼女はそれで満足したのか、後は黙って歩き続けた。
濃くなっていく相手の臭い、強く感じる魔力。
魔物でもない、人間でもない、天使や悪魔等とも違う、何かの力。
それは間違いなく、あの男の・・・。
「ねえ、アレ?」
「間違いない、戸賀崎だ」
背の高い男と緑の髪の少女。
今回のターゲットである二人組み。
「一応、主に連絡を入れておく」
「うん、分かったこのまま魔力抑えて追跡するよ」
ひそひそ声でそう話し、彼女は後を追う。
レンにターゲット発見の連絡を入れ、追跡に戻る。
「君のご主人様は何て?」
「もうすぐ日が暮れる、一時間以内に来るとの事だ」
「そう、それまで待つ?」
「気付かれなければ、だがな・・・」
「待ってそれならいい方法があるわ、あの悪魔喰いを結界に閉じ込めましょう」
「そんな事できるのか?」
「うん・・・ちょっと手間はかかるけどね・・・」
「手は貸す、何をしたらいい?」
「そう、なら手始めにあの狐の子を引き付けてくれる?あの悪魔喰いからできるだけ遠くに引き離して。
その間に私が結界を張るわ」
「任せるぞ」
「おう、任された」
にこっと笑顔でそう言うと、彼女は術の準備に掛かる。
彼女の計画に協力する為、オレも相手に向かっていった。
後書き
五話まできてしまった、蟷螂と帝ももうちょっと登場させるはずだったのに・・・彼等あんまり出てこない・・・。
追跡の過程だけで終わる・・・。
次は蟷螂の話を書きます、まだ終わりません。
2008/12/25