「ねえ蟷螂、自由になる事って罪な事かしら?」

彼女は白いシーツの敷かれた、硬そうな、冷たそうなベッドの上からそうオレに尋ねた。
オレはその質問に、どう答えるべきか考える。
しかし、オレが何か口を開く前にっ彼女は「ごめんなさい」と先に謝った。

「こんな事、貴方に言っても仕方のない事なのは分かてる。
貴方は外に出る事を許されている、陽の元で生きる事を許された人だものね・・・私と違って。
それが人間として、とても普通の事であるのは分かってる、だけど・・・私はその普通の事が叶わない」

彼女の体は陽の光に当たってはいけないらしい。
彼女の体に、陽の光は強すぎるらしい。
だから、全てを照らす太陽は彼女にとって毒にしかならないのだ。

「もっと、貴方と一緒に居たい・・・
私が外に出られれば、もっと・・・貴方と一緒に居る事も叶うんでしょうね」

それが彼女の願いだった。
冷たい病院の一室に閉じ込められたままの、病的な姫君の・・・。

〜咎と金属〜・6



そもそもの始まりは、オレがまだそんなに特別じゃない人間だった頃の事だ。
交通事故で全治三週間・・・ある病院で入院する事になった。

「トウ君ってば災難だったね・・・でも、人間の体は本当に脆いね、あんな程度でこんな大げさな事になって」
「しょうがないだろ、これが人間の限界なんだよ、お前のように頑丈にはできてないんだよ、帝」
病室に見舞いに来る客はほぼ同じ、この少女とはこの当時から付き合いがあった。
ちょっとした事で知り合ったのだが、こうしてせっせと見舞いに来るような客はコイツ一人だった。
人間ではない少女、九曜帝。

初めは警戒もしていたが、別にこの少女は何もオレに悪意があって近づいているわけではないようだ。
純粋に一人の友人として接してくれているようなので、オレはそのまま彼女を受け入れる事にした。
看護士からは、どう写っているのか妹さんとか恋人だとか色々言われるけどな・・・。

「そういえばさ、トウ君。この病院気をつけなよ」
ある日見舞いに来た帝は声を低めてそう言った。
「何だよ?幽霊でも居るのか?」
そんな噂は同室の者や、看護士から聞いた事もないんだけど・・・。
「違う違う、何か・・・おかしな気を持った人間がいる」
「精神科にか?」
「そういう意味じゃなくてね。
人間って、そもそも光と影の両方を持ってるのよ、でもその人はね影しか持ってないの」
「それって、駄目なのか?」
「駄目だよ、バランスが悪すぎる、体にガタが出やすいの。
でもその代わり、そういう人間は何か突出して秀でてる能力とかあったりするのよね・・・
で、君そういう変なのに好まれやすいんだから、気をつけなよ。
特に、今は体もボロボロなんだから」
体がボロボロの時に、変なモノに取り憑かれて更に体を悪くしないように、と彼女なりに気を使ってくれたんだろう。
その時は、ただそんな風に思った。

オレも変に入院期間が延びるのもゴメンなので、彼女の言った通り気を付ける様にしたんだ。

しかし、結局オレは出会ってしまった。

それは夜、急に目が覚めて寝られなくなったので、コッソリと院内を歩いていた時だ。
「こんばんは・・・」
半分空いたドアの向こうから、そんな声がした。
「・・・誰ですか?」
その部屋には何のプレートも掛かっていない、でも確かにそこには誰かが入院している。
「すみません、いきなり声を掛けて・・・私、誰か話し相手が欲しかったんです・・・」
「はぁ・・・入ってもいいんですか?」
「ええ、もちろん。流行り病ではありませんから、体の事は気にしないで・・・」
彼女はどうやら、オレが中に入るのを躊躇っているのは、自分が何か重病患者で隔離されているからではないか・・・と思ったらしい。
オレが入るのを躊躇った理由は、ただ女性の部屋に見ず知らずの男が入ってもいいものか、どうか・・・と思っただけなのだ。

「お邪魔します」
「こんばんは」
艶々した黒髪の肌の白い美少女は、真っ白なシーツの敷かれたベッドに、真っ白なパジャマを着て寝ていた。
「私は闇斎蘭(アンサイ ラン)と申します」
「戸賀崎蟷螂です」
「トガサキさん・・・変わった名前ですね」
「よく言われます」
「ああ・・・そんな気を使わないで下さい、砕けて話してくれていいですから」
「アンタもね」
「・・・っあ、そうですか」
ふわりと笑った彼女の顔は、びっくりするくらいに整っていた。
「貴方は怪我をしているの?」
「ああ、交通事故で」
「歩き回って大丈夫なの?」
「大人しくするのは性に合わないんだ」
「そう・・・うらやましい、私は・・・外に出られないから」
「何で?」
「貴方、戸賀崎さんは・・・」
「蟷螂でいい」
「そうですか・・・では蟷螂は、視えるんでしょう?人じゃないモノが?
だから、私の声を聞いてくれたんでしょう?」
「・・・どういう意味だ?」
「彼等の事よ」
そう言って彼女が指差した先には、黒い大きな影があった。
その姿を見たのは初めてじゃない。
今までに何度も、何度も現れた事のある陰。
人が、悪魔と呼ぶ羽の生えた人間外のモノ。
「私はね、彼等に生かされているの」
「・・・・・・どういう事だ?」
「私にはね、人の厄災を肩代わりする力があるんだって・・・
違うか・・・人の罪を背負わないと私は生きれないの、彼等にそんな契約を交わして生まれてきた。
世界にね・・・彼等には、その罪を背負っているかどうか確かめさせないといけない。
もし・・・私がその役目を放棄したら・・・私だけじゃなくて、たくさんの人に迷惑がかかるんだ・・・」
無表情、無感動な声で彼女はそう言った。
それが自分の使命である、とそう割り切った声。
「だから、私は自分の寿命が尽きるまで、厄災を負って生きないといけないの・・・
自分の体が、どれだけボロボロになってもね・・・
あの・・・一つお願いがあるの」
「何だ?」
「時々、ここに来てくれる?
家族も、病院の人も・・・誰も、私の事怖がってあまり話してくれないの・・・
外の話しを聞かせてくれれば嬉しいな」
彼女はそう言って微笑んだ。

「気をつけろって言ったのに、結局捕まってるんじゃん」
彼女に会った次の日、帝に責められた。
「いや・・・声かけられたからさ・・・でも、何もなかったぞ、
何にも取り憑かれてない、体に変調もきたしてない、問題ないだろ?」
「問題なのよ、彼女、君の好みでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「何?本当の事でしょ?」
「いや・・・否定させろ」
「否定させないよ、本当の事だもん」
彼女の言葉は引く気はない、まったく・・・大体好みだからって何か問題があるのか?
「変な事に巻き込まれないようにね」
ムッとした顔で帝はそう言った。
言われなくても分かってるっての。

「お友達は、妖怪なの?」
「いや、妖怪なのかは知らない、人間じゃないって事は知ってるけど」
「へえ・・・変わったお友達ね。
私も、友達が欲しいな・・・」
「オレが居るけど」
「蟷螂は優しいね、私の事を友達なんて呼んでくれて」
「本当の事だろ?大体オレも普通の友達は少ないんだ、霊感体質だからな」
「そうなの?ああ・・・だから妖怪のお友達がいるのね」
帝が本当に妖怪なのかは知らないけれど、オレは蘭にそう説明した。

「ねえ、蟷螂、自由になる事って罪な事かしら?」
ある日、彼女はそう言った。
「こんな事、貴方に言っても仕方のない事なのは分かてる。
貴方は外に出る事を許されている、陽の元で生きる事を許された人だものね・・・私と違って。
それが人間として、とても普通の事であるのは分かってる、だけど・・・私はその普通の事が叶わない」
それは、明日オレが退院すると告げた日の事だ。
「もっと、貴方と一緒に居たい・・・
私が外に出られれば、もっと・・・貴方と一緒に居る事も叶うんでしょうね」
「また会いに来るよ」
「無理だよ、私への面会はずっと拒絶されてるの。
誰も会いに来てくれない、蟷螂が来てくれるようにそっとドアは開けてたけど・・・でも、そろそろそれも難しいの。
もう、貴方がここに来れなくなるかもしれない」
「無理にでも会いに来るさ、なんなら窓よじ登ってもいいぞ」
「怪我するよ、ここ六階だし・・・」
「平気だぞ」
「見つかったら危ないし・・・やっぱり、止めた方がいい」
「大丈夫だ」
「駄目だよ、それに・・・これ以上一緒に居たら、彼が・・・君に何か悪さするかもしれない」
彼と言うのは、彼女に憑いている悪魔のことだろう。
彼女はきっと、最初からそれを恐れていたんだ・・・オレに迷惑をかけないように。
「もういいんだ、楽しかった」
彼女は綺麗な顔で笑った。
「今までありがとう、蟷螂」
そう言われて、オレはその部屋を後にした。

「何する気?」
蘭の部屋を出た所で、そんな声がかかえられた。
「・・・・・・何で、お前がここに居るんだよ?」
「居るからだよ、私は別に入り以外からでも入ってこられるもん」
全く、なんでこういう時に計ったかのように現れるのがコイツは上手いんだ?
「彼女の悪魔を、君どうにかしようと思ってるでしょ?」
「ああ、まあな・・・それが悪いのか?」
「悪いよ、勿論。彼女から何聞いてたの?彼女はあの悪魔に生かされてるんだって言ってたでしょ?
彼女の運命は、変えられないんだよ。
誰かが肩代わりでもしない限りね・・・」
厳しい目で、彼女はそう言い放った。
「じゃあ・・・オレが肩代わりする」
「・・・・・・馬鹿な事言わないで、トウ君そんな役似合わないよ」
「似合う似合わないじゃなくて、オレは彼女を助けたいだけだ。
一生の内に一回くらい、人助けしてみたいんだよ」
「・・・似合わない」
「分かってる」


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後書き
咎と金属六話、蟷螂君の過去話です。
これでまだ前半戦終了です、次で過去話終了・・・かな、多分、めいびー。
帝談によると、蟷螂の好みは黒髪ストレートロングで瞳のクリっとした、清楚なタイプの和風美人だそうです。
帝と正反対な対応ですね、まあが勝手にそう思ってるだけかもしれませんが。
次は、蟷螂の幼少期を書くつもりです、ではまた次でお会いしましょう。
2009/1/7


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