自分に向けられた殺意は、一体どこから湧き上がったものなのだろうか?
獲物を向けられる度に思う
何故自分は殺されようとしているのだろうか?

殺される理由を持つのが、既に罪だというのなら
オレは一生救われない

ならいっそ、もう許しなんて請うのはやめようか
科された罪が底をつく事がないのなら、どこまでも深い深淵に落ちていこうか

溺れ死ぬまで、落ちていこうか・・・


〜咎と金属〜・2


獲物を構えた少年は、石段の上からオレを真っ直ぐに見下ろしている。
その瞳の澄んだ青い色に、冷たい殺意を感じ取る。
月光を反射する、サーベルの刀身よりも冷たい殺意。

これは、本気だな・・・。

「逃がしてくれ、って頼んでも無駄そうだな」
「当たり前でしょう、僕は好き好んでここに来たわけじゃないんです。
上官の命令一つで、僕は仕事に出ないといけないんですよ」
「天使様なのに、苦労してそうだな」
「仕事っていうのは、苦労しないとできませんよ」

見た目は子供なのに、どこかの疲れた社会人のような口を利く。
そこで思い出した、人間以外の存在、天使や悪魔の中には、自分の姿を好きに変えられる者もいる。
見た目以上に年を取っているなんて、奴等にとってはざらだ。
「お前、一体幾つなんだ?」
「年なんて、数えるのはとっくにやめましたよ。
そういう行為は、あまり僕達には意味を成しませんから。

ただ・・・最低でも二千年は生きてます」
「・・・・・・・・・二千年?」
「はい」

思っていたより単位が一つ大きかった。

「ねえトウ君、ちょっと本気でヤバイかもよ」
隣に立っていた帝が、小声でそう言った。 「何が?」
「二千年生きてきたってことは、彼はそこら辺の雑魚とは格が違う、それくらいは分かるでしょ?
それだけじゃなくてね、彼普通の天使とちょっと違う」
その違和感は自分も感じた。

滅却するという、あの台詞。
淡々とその意向を述べた彼のあの調子は、どうもオレの知ってる天使とは違う。
何ていうか・・・あまりにも、自分が罪を被るのに躊躇していない。
そのクセに、誰か絶対的な存在に許される、と強く信じてるわけでもなさそうだ。

この少年は、一体何なんだ?

「もうそろそろ、夜が明けますね・・・急がないと・・・」
何を急ぐのかは知らないが、しかしそう呟いた後、冬川と名乗る少年は一気に階段を駆け下りてきた。
真っ直ぐにオレに向けられた最初の一撃を、大きく後退する事で避ける。
上着に直されていたオレの獲物を取り出し、安全装置を外しておく。
H&KUSP45口径モデル。
少年へと標準を合わせ、引き金を引く。
弾丸の軌道は少年のわずか横を素通りした。
外したんじゃない、僅かに体を逸らして避けたんだ。
その時、背後から何かが迫る気配を感じ、オレは急遽その場から方向転換し右前方へ移動する。
ソレはしかし、オレへと真っ直ぐに向かってくる。
逃げられないのなら、ソレを向かい打つしかない。
ガキンという金属のぶつかり合うような音
真っ白な獣の牙とオレの剣がぶつかり合った音だ。
「その剣、喰った悪魔から手に入れた能力ですか?」
前の獣に気を取られている暇もなく、背後へと迫っていた少年の攻撃を避けて、彼等から距離を取る。
「その犬はお前の犬か?」
真っ白な体毛に青い目をした巨大な犬、それがあの牙の持ち主だ。
「吹雪は犬じゃなくて狼ですよ、地上の動物とは違いますけどね」
「使い魔か?」
「僕は使い魔って呼び方は、あんまり好きじゃないんです。
だからといって、それ以外に適等な言葉もありませんけど」
「へえ・・・」

少年は真っ直ぐにオレを見る。
感情の読み取れない顔、オレは昔からこういう機械的な奴が苦手だ。

「貴方はどうして悪魔を食べたんです?」
ふいに少年はオレにそう尋ねた。
「人にとって悪魔の力なんて不必要でしょう?
悪魔を殺した人間なら、別に僕達だって驚きやしませんよ、そんな力を持った人間は確かに存在しますから。
だけど、どうしてソレを食べないといけなかったんですか?
そんな力が、どうして必要だったんですか?」
少年はオレにそう問いかける。
「オレには必要だった、としか言えないな」
「理由は説明しても分からないって、事ですか?」
「ああ」
「まあどんな理由があっても、僕は貴方を最初から滅却させるつもりでいたんですけれど」
「情状酌量の余地無しか・・・天使の割には冷たい奴だな」
「知ってます」
少年はオレの嫌味にも、淡々とそう答えた。
彼は、冷徹に徹しないといけない立場なのかもしれない。
そうでなければ、人を殺すことはできないだろう。

その時、東の空から光が差した。
夜が明けたか・・・。

「あっ・・・・・・」
朝日の光を見て、少年が初めて動揺を見せた。
一体どうしたのかは分からないが、しかしその一瞬を友人は見逃さなかった。
「トウ君、逃げるよ」
何時の間に近づいていたのか、オレの服の襟を捕まえるとカランという特徴ある音を響かせ、帝は飛び上がった。
帝の呼び出した赤い炎が体を包み、次の瞬間に、オレと彼女はその場から違う場所へと移動していた。

「逃げられた・・・・・・」
一瞬とはいえ、動揺を隠せなかった自分のミスか・・・。
「追いかけるよ、吹雪」
「待て、追跡なら俺に任せろ。レンは先に戻るんだ」
白い狼は、厳しい口調でそう言う。
「僕なら大丈夫だよ、吹雪、だから・・・」
「駄目だ、無理はするな」
「無理な事はないよ」
「自分の体を考えろ、今ここで倒れた方がこの後の仕事に支障をきたす」
だから帰れ、と彼は僕に強く言う。
彼は譲るつもりはないらしい。
そんな事をしている間に、体がどんどんと重くなってきた。
やっぱり、無理なのか・・・・・・・・・。
「分かった。二人の追跡、頼むよ」
「ああ」
そう返事して消えた白い獣を見送ってから、東の空を眺める。
陽の光と自分の体を恨めしく思いながら、僕は夜だけの世界に戻った。


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後書き

ということで、咎と金属の二話でした。
無駄に長い、そして話の終わりも人物についても全然見えてこない・・・。
蟷螂の容姿についての説明文がまだ一切ない・・・それは・・・次回明らかになればいいな・・・。
では、まだ長くなりそうですが見捨てずにお付き合いして下されば嬉しいです。
2008/11/29

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