水底から空を見上げる
どこまでも深い青
そこには底なんて存在しない
何にだって底は存在しない
それは僕等の罪にだって
許されない罪は溜まっていくだけ
僕等の中に降り積もって、解消されることもない
ただただ、底を侵食して深めていくだけ・・・
水の中に浮かんだ体
罪は洗い流せない
だから・・・
〜咎と金属〜
月の領地の最奥地、そこには夜しか存在しない。
白い光が辺りを照らし、何時も、辺りは青白い。
ゆらり、と真上に広がる天井が揺れた。
誰かが来たんだろう、そう思って僕は起き上がった。
水底から起き上がると、僕の目の前には紺色の空が広がっていた。
「レン、お前に客人だ」
湖の畔に立っていた褐色の肌に長い銀髪の青年がこっちへ近づこうとする、僕はそれを制止させ、彼の側へと向かう。
腰よりも少し低いくらいの水位しかない湖、その岸へ向かって。
「客人って、一体誰?」
「お前の上司だ、観月って名前の」
「観月さんか・・・仕事だろうな、きっと・・・吹雪、僕ちょっと着替えてくるから、観月さんにもうちょっと待ってもらってて・・・」
「生憎だが、そんな時間はないんだ」
そんな声がして振り返ると、そこには自分の上司の姿があった。
絹製のゆったりとした天界の正装、青地に月の紋章の美しいその服装は月の眷属者である証だ。
「お久しぶりです、観月さん」
「ああ。湖に浸かってるって聞いたから、また体調を崩してるのかと思えば・・・思ったより顔色はいいな」
「体調は良いですよ、湖に浸かってたのは精神統一みたいなものです。それで、一体何があったんです?」
「実は・・・ある人間を滅却してほしい」
「滅却ですか・・・それはまた大事になってますね。その人間は何をしたんです?」
「・・・喰ったんだよ・・・」
「喰った?」
「ああ、悪魔を喰ったんだよ、その人間は」
「食すっていうのはね、それ自体が罪なんだよ、生物の命を殺めるんだからね。
だけど、生きる為にはどうしても食が必要になるでしょ?皆何かを殺めないと生きていけない。
皆何か罪を犯して生きてるんだ。
だから、本物の聖人君子は人間の中には居ない。
皆何かの罪人だから・・・
だから、人は自らの罪を何時も悔いてるんだ、罪って受け入れがたいものだから」
何時になく真剣な少女の目が、真っ直ぐにオレへと向けられた。
「ねえ、トウ君。君は、不必要にそれを負うつもり?」
オレの手の中にある、決して汚れる事のない血を流すその生物を彼女は見下ろしている。
「君は自分の罪を、洗い流そうとしなければ悔いようともしないんだね。
ううん、むしろ罪を喰うつもりなんだね?」
「それは、そんなに悪いことか?」
「トウ君がそれでもいいっていうのなら、私は止めたりしないよ・・・
私は、トウ君の事信じてるけどさ・・・でも・・・」
彼女はオレから目を逸らさない。
本当にそれでいいのかと、オレの意思を問うている。
彼女は無言だが、オレはそう感じ取った。
「他人の罪を食べて、君がどうなるのか、その保障はできないよ」
それはオレに対する忠告から発せられた言葉。
だけど、残念ながらオレはその言葉には従わず。
手の中にある、この世界には存在しえない肉に歯を入れた。
風が辺りの木々の葉を揺らす、その物音の中に何か潜むものがないか、そっと耳を傾ける。
稲荷神社の境内、その階段に腰掛けて休息を取る。
「ねえトウ君、これからどうするつもり?」
オレの隣に座るツインテールの少女はそう尋ねた。
「どうもこうもねえよ、来る奴来る奴蹴散らすしかねえだろうが」
「そうやって闘い続けるつもり?死ぬよ」
死ぬって・・・そんな簡単に言うか、満身創痍で生き残ろうとしてる人間に対して。
満身創痍って言う程、傷だらけでもないがな。
「トウ君さあ、もう本当に全てに対して危険人物だよ、人も悪魔も神様も、皆敵に回して」
「その危険人物に、お前は何で付き纏うんだよ?」
「だって、私トウ君の事気に入ってるんだもん」
おいおい、気に入ってるなんてだけで危険人物に近づくって、どんな神経だよ。
立ち上がって大きく伸びをする少女の背を見る。
そもそもこの少女、九曜帝(クヨウ ミカド)、は人間ではない。
じゃあ何なのか、それは・・・実はオレも知らない。
長い付き合いだが、彼女は自分の正体について一言も漏らさないようにしている。
教えたら、彼女にとって何か不味いんだろう、そうオレは思っている。
オレだって別に深く詮索するつもりはない。
誰にだって隠しておきたい事の一つや二つ、あるだろう。
オレだって数少ない友人を、些細な事で無くしたくはない。
これって・・・些細な事で済ませられることか?
まあいい。
オレは目下、自分の事で手一杯だ。
「これからどうなるんだか・・・」
オレの呟きを聞きとめた帝は「うん?」と言って振り返る。
カラン、と、お気に入りの朱塗りの下駄が高い音を立てた。
「さあ・・・とりあえず、あの子にでも聞いてみたら」
「あの子?」
「そう、あの子」
帝の指差した方向を見てみる。
神社の石段の最上段、丁度朱に塗られた鳥居の下に、この場にあまり似つかわしくない少年が立っていた。
銀髪に碧眼、日光に当たってないんじゃないかと疑うほどの、病的に白い肌。
服装は至ってシンプルで飾り気は全くない。
整った顔立ちはとても中性的で、ぱっと見ただけでは性別の判断を誤りそうになる。
しかし、確かに彼は少年だ。
見掛けにして15から17くらいの、少年。
「初めまして、戸賀崎蟷螂(トガサキ トウロウ)さんですね?」
よく通る声で、彼はオレをしっかり見据えてそう言った。
「ああ、そうだが・・・お前は?」
「僕は冬川レンと言います」
見た目からして、この少年にはどうしても戦闘能力があるようには見えない。
しかし、人間外の者を見た目で判断してはいけない。
「天使か?」
見た目の雰囲気と醸し出している力から何となくそう判断すると、少年は「そうです」と返答した。
「天使がオレに何の用だ?」
「仕事です、天界議会の決議により、僕は貴方を滅却しに来ました」
そう言うと、少年はどこからか刀を引き抜いた。
相変わらず、見た目はか弱そうに見える。
だが、オレは確かに少年の雰囲気が一瞬で変わるのを感じた。
2へ
後書き
長くなりそうなので一旦ここで切ります。
次回はバトルが多分入ります、動きの描写は苦手なくせにバトルシーンを書くのは大好き。
ちゃんとした物が仕上がるように努力します。
2008/11/26
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