その雨は、私達をここに留まらせる為に降り出した


雨月草紙

〜五月雨〜



夕方になって野営地へと戻る途中、それは、急に降って来た。

空に黒い雲が広がったと思ったら、間髪居れずに振り出した雨。
通り雨かと思ったが、雨脚の勢いは衰える事なく、むしろ時間が経つにつれて強くなっていっているようだ。
これは不味いな、と思い、どこか雨宿りできる場所を求めて走っていると、偶然、崩れかけた廃屋を見つけ、そこに入る。
何かの倉庫だったのか、天井の高いだだっ広いその空間、ところどころ屋根に穴が開いていて、そこから雨漏りがしているが、雨が通り過ぎるまでの間、体を休ませるのには充分だろう。
そう判断して、兜を下ろそうとした時、奥の方から何か物音がした。

まさか、敵か?

そう思って、気配を消してそっと音のした方へと近付いていく。
倉庫内の仕切りを挟んで向こう側、此方からは見えない位置にもう一つ入り口があったようだ。
その近くに人影があった。

見覚えのある長い銀髪、普段頭に巻いているバンダナは雨に濡れた所為なのか外している、装備品を外した下の服から覗く褐色の肌…。

「…フリオニール」
無意識の内に、相手の名前を小さく呟く。
今日は別行動をしたい、と言って朝早くから出かけていった恋人がそこに居た。

彼は私の存在に気付いていないらしく、雨の降りしきる景色の、どこか遠くを眺めている。
少し、その姿が無防備に見え、心配になる。
心ここにあらず、とでも言うのだろうか?

「フリオニール」
今度は、相手に届くような声で、しっかりと名前を呼ぶ。
「!ウォーリア!?どうしてここに?」
振り返った彼は、私の存在に酷く驚いた顔を見せた。
「急に振ってきたからな、少し雨を凌ごうと思って」
そう言って彼の側まで来ると、兜を外し、私も装備を解く。
雨に濡れた装備品を乾かさないといけない。
「そっか、他の皆は?」
「私も今日は単独で行動しているから、彼等もどこかで雨宿りしているかもしれない」
いや、もしかしたら雨に足止めされてるのは私達だけかもしれないが…。

「しかし、まだしばらくは止みそうにないな」
「ああ、そうだな」
外の景色は相変わらずの雨模様。
強い雨のせいで遠くが霞んで見える。


装備品を外し終えて一息吐くと、気温の低さに少し体が震えた。

「寒くないか?」
「ん、大丈夫」
袖のないシャツで大丈夫だ、と言われても此方から見ると寒そうに思える。
その時ふと気付いた、彼の右腕に巻かれた布の存在に。

「怪我してるのか?」
「っえ、これは…別に、大した事ないから」
そう言って、ぱっと自分の背後に右腕を隠すフリオニール。
「見せてくれ」
「いや!本当に、本当に大した事ないから!!」
「フリオニール、見せなさい」
少し声を低めてそう言うと、彼はまだ何か言いたそうだったが、しかしそれ以上は何も言わずに、しぶしぶといったように、私へ自分の右腕を差し出した。
彼の頭に巻いているバンダナを外し、傷の深さを確認する。
幸いにも、そんなに深くはなく掠り傷程度であるが、まだ真新しい傷らしく、血が止まっていない。

「無理は、するものじゃないぞ」
「……すまない」
申し訳無さそうに、小さく謝る彼に、しかし大きな傷でなくて良かったと思った。
「そういえば、まだポーションが残っていたな…」
「えっ!いいよ、そんなの!!これくらい、舐めとけば治るし」
荷物の袋に手を伸ばした私を止めると、そう言うフリオニール。
消耗品の無駄遣いはできるだけ避けたい、彼の性分から出た言葉なのだろう。

「…そうか」
彼が必要ないというのなら、しょうがない。
「だが、消毒しないといけないな」
荷袋から手を離し、彼の傷を負った右手を再び捕まえる。
「は?っえ、ウォーリア…?」
慌てるような彼の声を無視して、彼の傷口を舐める。
舌の上に、鉄のような血の味が広がる。

「っ…ウォーリア!!何して……」
「舐めておけば、治るんだろう?」
彼の傷口に舌を這わせながらそう言う。

自分の言った事に後悔したのか、それとも今の状況への羞恥からなのか、彼の頬が少し上気する。
「ぅ…イッタ……」
舌で撫でられ傷が痛むのか、彼の肩がビクリと揺れる。
そっと、彼の顔を伺うと、頬を赤らめ、潤んだ瞳で私を見つめる彼の琥珀色の目と目が合った。
半開きになった口、開いたシャツから覗く鎖骨、湿り気を含み首筋や頬に張り付く綺麗な髪…。
居心地が悪そうに、また何か文句を言いたそうにするその姿が可愛らしく、雨に降られた後の濡れた姿が、どこか艶っぽい。


静かな建物の中には、降り止まない雨の音と、時折フリオニールが上げる痛みによる呻き声だけが響く。

「……ん」
その声も、どこか甘ったるくて…つい、イジワルしたくなってしまう。

血の止まりかけてきた彼の右腕の傷から口を離し、右手の甲へとキスを落とす。
「あ、の…ウォーリア?」
いぶかしむような彼の声が私の名を呼ぶが、私は聞こえないフリをして、彼の手の甲をぺロリと一舐めして、彼の指を咥内へ含んだ。

「なっ!!ウォーリア!離して!!」
ビックリしたように彼は真っ赤になって叫ぶ。


その申し出は、却下だ。


言葉にはせず、その代りに彼の指へと舌を絡める。
ピチャリ、とわざと音を立てて舐めてやると、羞恥で赤く染まった彼の顔に、甘い欲の色が薄っすらと浮かび上がってくる。
それに煽られて、私の奥に潜んでいた欲も表へと現れる。

口に含んでいた彼の指を解放して、その手を引き寄せて彼の唇を塞ぐ。

「んっ!――――」

ザーという雨の音が、急に静かになった周囲に大きく反響する。


彼の背中にしっかりと腕を回し、強く抱き寄せると、それに答えるように彼も私の背へ腕を回す。
彼の咥内へと舌を差し入れると、熱い彼の舌がおずおずと躊躇いながらも絡まってくる。

クチャ、クチャ…という水音が二人の間で響くと、煩いくらいの雨音が一瞬、遠のく。

「っは、ぁ……」
熱い吐息をついて離れると、熱に潤んだ彼の瞳が私を見つめ返す。

「フリオニール、君を抱きたい」
彼の耳元に唇を寄せてそう囁く。
「っ!……もうっ!…好きに、すればいい」
赤くなってそう答える彼に微笑み返し、その目尻へ唇を寄せる。


雨は檻のように、私達二人をその場所に閉じ込める。

遠くが霞むその中に、ゆっくりと夜の闇が下りる。




五月闇 へ


後書き
梅雨に合わせて雨の話を書こうと思ったんですが、まさかの空梅雨で雨降ってない…という。
この後、勿論フリオニールはウォーリアに美味しく頂かれます、R-18になります。

因みにこの話、三部作です。
三部作の内、この時点で1話と3話は完成してます、2話だけ未完成です。
何が言いたいのかって、R-18が苦手だって事です。
大丈夫です、勢いで書ききります。
2009/6/20


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