今度の任務は護衛だと聞いて、俺はまた、どこかの連合国の高官なのかと思った。


「初めまして、俺の名前はフリオニール」
そう言ってニッコリと笑う青年。

銀髪に健康そうな褐色の肌、クセのある髪の間から耳を飾るピアスが覗く。
服装は無地のシャツにジーパンその上に白衣、目が悪いのか、白衣のポケットには眼鏡。
真面目そうな外見、人懐っこそうな笑顔。
人を威圧するような、そんな政治家を予想していた俺は、予想を裏切る結果に驚いた。

俺が護衛を任されたのは、国の政治家でも、軍の司令官でもなく。


俺とそう年の変わらない、科学者。

守るべき価値は…



研究所襲撃から数時間、もうそろそろ夜も明ける頃か…。
窓の外に視線をやると、まだ外は薄暗い。
室内に置かれた無機質なデジタル時計の表示では、現在時刻は朝の5時26分。
この惑星は1日が30時間あるので、夜明けまではまだ少し時間がかかりそうだ。
はぁ…っと小さく溜息を吐き、起き上がった。


惑星カシュオーンの連合軍指令基地。
研究所の襲撃から脱出した俺達が、脱出ポットに従って連れてこられた場所であり、数ある連合軍の指令基地の一つでもある。
研究所から僅か十数キロしか離れていないのだが、昨日は通信機器の麻痺によって援軍の到着が遅れたらしい。
お陰で死者まで出している。
まあ、こうして自分達は無傷なのだ、これからの事を考えなければならない。
そうやって思考を切り替えシャワーの水を止める。
完全に覚醒した頭で、今日これからしなければならない事を考える。
研究所の襲撃によって受けた被害の報告をしに行くフリオニール、彼に付き添わなければならないだろう。
一応、自分も現場に居たのだから。
そして、おそらく軍部の上層部から説明を求められるであろう“彼”の事を話さなければ。
フリオニールが、自分の身を危険に晒してまで守り抜いた機械人形、ウォーリア・オブ・ライトの事を。

「おはようございます」
服に着替えて部屋を出ると、短い廊下の中に立っていた銀髪の男がそう告げる。
「……何をしてるんだ?」
「主人の護衛です」
そう言われて気付いた、彼の背中の先には一枚のドアがある。

フリオニールはまだ休んでいるのか、まあ当たり前だろう。
彼には休養が必要だ。
だが、彼の行動には問題がある

「その部屋はオートロックで外からは開けられない、あと、ここの入り口もオートロックだ」
そして、それに加えてここは軍の施設内だ。

「それが?」
俺の言葉の真意が取れずに、彼は疑問を提示する。
自分で考えろ、と言えないところが機械の残念な点だ。

「襲撃される心配は、0に近い」
「護衛の必要はないと?」
当たり前だ、そこまでしなくてもいい。
むしろ、問題があるとすれば。

「…そこに立っていると、フリオニールが外に出られない」
そして、俺もその先の部屋に行けない。

軍事使用で作られたからなのだろうか?制作途中から感じていたが、平均よりもかなり体格が大きめに作られている。
いや、大きめどころではない、大きい。
身長が180ある俺よりもなお、背が高い。
連合軍の指令部から現在仮に提供されている、この2LDKの部屋の廊下に立たれていては、擦れ違うのも一苦労なのだ。
なので、一言「退け」と言いたいのだが、そこは我慢だ。


「彼等が人間と暮らす上で、不自然な点は指摘してやって欲しい」


フリオニールの護衛についてから、一番最初に彼に頼まれた事だ。
別に自分がしなくても…と思うのだが、彼は彼の仕事で手一杯なのだ。
自分にできるのならば、手を貸してやるくらいはいいだろう。

「私の命令基準では、主人の身の安全が最優先事項です」
「それは分かってる、だが、警戒すべき場所とそうでない場所というのがちゃんとある。
今は、確実に緩めるべき時だ」
「数時間前に襲撃されました」
「共和軍は引いた、こんなに直ぐに再び兵を挙げる事はないし、相手は充分成果を上げている。
今はこれ以上、ここに攻め入る必要はないはずだ」

そう返答すると、しばらくの間ウォーリアは無言で俺の方を見返していたが、やがて「では、私はどうすれば?」と俺に問い返した。
「リビングで待っておけ、その方が通行上も便利だ」
「分かりました」
しっかりとした口調でそう答えると、彼はようやくその場所から退いた。

その場で小さく溜息をついて、俺もリビングへと向かう。
機械人形との生活は、特にまだプログラミングされたばかりの、人に慣れていない機械人形との生活は、やっぱり疲れるし俺も慣れない。


朝食はフリオニールと一緒に取ろうと思い、ひとまず冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して、一口飲む。
体の乾きが、少しだけ満たされる。
ボトルを持ったままリビングへ向かうと、部屋の隅に調度品の様にウォーリアが直立不動で立っていた。
その異様な立ち姿を指摘してやろうかと思ったが、それは言葉にならなかった。

“主の命令があるまで、動くつもりはない。”

彼の中のプログラムが、そう言ってるような気がしたのだ。


「ウォーリア・オブ・ライト」
「何でしょう?」
何となく口から出たままに彼の名を呼ぶと、俺の方へ顔を向けて彼は聞き返す。
何の用か、と。

「お前の主は、フリオニールは素晴らしい人物だ」
「そうですか」
分かっているのかいないのか、彼が自分の主人に対してどんな思いを寄せているのか。
そもそも、彼は機械なのだから感情なんていうものは存在しない、彼には自分の指令者が命じた事に、絶対服従するというプログラムがあるだけ。
だから、今の俺の言葉もそんな事実があるのだ、という情報として処理されるのだろう。

何を言っても、その通りにしか受け取らない。
まるで壁と話しているような、そんな虚しさ。

だから、俺は彼に言わないといけない。
言っておかないと、いけない。

「何故、俺がフリオニールの護衛についていると思う?」
「私の主人が、軍にとって必要な人間だからでしょう?」
「どんな風に?」
「学者、技術者としてです」
「その通りだ。人が厳重に守ろうとする人間は、大抵の場合この世の中で高い力を保有する者だ。
権力者なんて、その最たるものだな」
力とは、戦闘的・肉体的なものだけではない。
権力も、知力も、技術力も、それぞれ巨大な力なのだ。

「お前の主人になったフリオニールの持つ力は、機械に関する技術。
お前を作り出したのだから、それは分かっているだろう?」
そう問いかけると、彼は無言で頷いた。
自分に注がれた技術がいか程のものなのか、彼は本当に分かっているのだろうか?
いや、自分という存在を作った、それだけで充分な説明になるのかもしれない。

「フリオニールには力がある、アイツはアイツが持つ技術の為に人から守られている。
様々な権力者がアイツを守ろうとする、だがそれはアイツの為じゃない、アイツの技術の為だ」
それを失っては、いけない。
闘いの場において、力の喪失を人は恐れる。
力は全てを支配するからだ。
力がなければ、人は何も思い通りにできない。

だが、彼はそうではない。

彼がフリオニールを守らなければいけないのは、自分が必要としている力を守るためではない、そう命じられているからだ。
彼という存在が、自分にとって唯一であり、絶対のものだからだ。
だから、他とは違う。
他の人間がフリオニールを守ろうとする理由と、彼が守ろうとしている理由は違う。

「お前は、一人の技術者としてではなく、一人の人間としてフリオニールを守れ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
俺の言葉の意味が分からない。
彼には人の心の内を推測するような技術は、まだ無いようだ。
だから俺は答える、彼のために。

「言っただろう、お前の主人は素晴らしい人物だと」

そう言うと、しばらく無言で俺の言葉を考えた後、彼はゆっくりと言葉を述べた。
「それは、主人の持つ技術が素晴らしいのですか?」
言いたい事は、まだ通じなかったらしい。
俺は小さく溜息を吐く。
元々、話しをするのは得意ではないのだ、こんな誰よりも何も知らない“壁”を相手に話しをするのは、とても疲れる。
だが、彼は答えを求めている、ここで話しを打ち切るわけにはいかないだろう。
しっかりと言葉を選んで、俺は続ける。
「そうじゃない、アイツは人として素晴らしいんだ」

誰かを思いやる優しさ。
護衛の俺に対して心を開き、彼を守るために怪我をした時など、本気で俺の事を心配してくれた。
「自分の体なんだから、大事にしなければならないだろう?」
そんな事を命を賭して守らなければならない相手から言われるのだ。

変な奴だと思った。
だが、悪い奴ではない。
今まで見たことない位、お人好しの良い奴だ。

そう説明してやると、「つまり、主人の内面が素晴らしいという事ですか?」と聞かれた。
ようやく通じたようだ。

「そうだ、お前の主人は周囲の人間に好かれる人物なんだ。
優しすぎる、そして熱くなり過ぎるという、ちょっとした欠点も持っているが、それは別段、人としてこれ以上ないくらいの欠点でもない。
だからお前は、自分の主人を一つの力を有する者として見るな、一人の人間として接しろ。
そしてそれが分かった上で、自分の主人を守れ」

人に対する優しさ、それが彼の本来の価値なのだと俺は思いたい。
いや…一人の人物として、連合軍の科学者ではなく、一人の友人として彼を守りたいと思う。
それだけの価値が、彼の人としての部分にあると、俺は思ってる。
信じてる。

「分かりました…ただ、一つ尋ねてもいいですか?」
「何だ?」
「貴方は、彼の技術を守る為に護衛にしているのではないのですか?」
「そうだ、それが俺の仕事だ。
…だが、俺自身がアイツを人として守りたいと思ってる」
それは、俺自身の考えであって、他の誰かに強要されたものではない。
仕事でもなんでもなく、ただ、一人の人として。
守る価値があると思ったのは、俺。

「そうですか、ありがとうございます」
「いや」
それ以降、彼は口を閉じた。
俺は小さく息を吐いて、一口ボトルから水を飲む。
喋りすぎて、口が渇いた。


守るべき価値は、人の内部にある。
それを、彼等は誰かから与えられた情報としてではなく。
自分の思考回路だけでその意味を、答えを理解できるのだろうか?

そんな日が、来るのだろうか?




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後書き
前回の宣言通り、スコールを主人公で書きました。
スコール→フリオ、っぽい…マイナーなんですか?そうですよね?多分。
いや、DFF本編で全然絡みのない二人ですが、今回護衛役に抜擢された事により絡みが可能に。
SFパロ内では、二人は仲良しですよ。
スコールはフリオの事気に入ってるんです、色んな意味で。
だから、ウォーリアにライバル意識を持ってる……なんていうわけではないですよ、おそらくは。
2009/5/5


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