大切なものがある。
それは一つ、二つではない。
数多くあるそれ等を、全て守る事は難しい。

だから、僕は選らんだ。

僕が、より守りたいと思うものを…。


裏切りの代償



僕が共和軍に寝返った時、連合軍は酷く狼狽した事だろう。
本当は僕だってこんな事はしたくなかった。
別に彼等からの報酬に不満があったわけではない、金銭なんてものではなく、僕が裏切った理由はただ一つ。
守りたいものがあったんだ。

「貴方のご家族は、共和軍が捕らえました」
使者として僕の元へと寄越された機械人形が、事務的な言葉でそう告げた。
感情がない分、余計に冷たく感じられるその言葉遣い。

「俄かには、信じられないんだけど…」
証拠がなければ、そんな話は信じない。 最初から予想できていたのだろう、彼は酷く落ち着いた様子で。
「それならば、証拠をお見せいたしましょうか?」
と、そう言って彼が取り出したのは小さな携帯端末。
そこに映し出されていたのは、小さな独房に入れられた自分の兄の姿。

「これは我が軍の収容施設の映像です、こちらにおられるのは貴方のお兄様ですが、別の場所にはもう一人、貴方の大切なお方が捕らえられています」
僕の大切な人間…そういわれて思い当たる人間なんて、他に一人しかいない。
「まさか…僕の妻まで……」
「お見せしましょうか?」
そう言って、彼は映像を切り替えた。

見たくなかった、光景。

眩暈がしそうになるのを、なんとか堪えて相手を見返す。

「君達の…目的は?」
聞かずとも分かるのだが、一応尋ねてみる。

「我が軍に、貴方の力を貸して頂きたい」
「それは、連合軍を裏切れって…そういう意味かな?」
「お話しが早くて助かります」
「もし…その申し出を拒んだ場合は?」
「貴方に拒む理由など無いでしょう?元々、連合軍に忠誠を誓っていらしたわけでもない、そうでしょう?」
確かにその通りだ、でも。
「一度手を組んだ仲間を裏切るのは、誰だって良心が痛むものですから」

連合軍には今まで色々とお世話になっていたのだから、そう簡単に手を切る事なんてできない。
それに、研究プロジェクトの事もある。
今の段階で、そこから僕が抜けるのは連合軍には大きな損失になるだろう。
だからこそ、彼等は僕に接触してきたんだろうけれども。

だが、僕が心苦しいと思うのは連合軍を裏切る事じゃない。
自分の仲間を裏切る事だ。
特に、研究仲間のあの青年を裏切るのは、心苦しい。

同じ機械人形の技師、フリオニール。
彼と出会ったのは、彼が権威と呼ばれる以前からの事。
でもその頃から彼の技術は確かなもので、将来が楽しみだと思ったと同時に、僕にとってはいい刺激になる相手ができたと思ったものだ。

人の良い彼は、きっと僕が裏切ったと知ると酷く落ち込むだろう。
それとも、憤りを感じるだろうか?
どちらにしても、彼を傷付けるだろう事は予想できた。

「では、家族を見殺しになさいますか?貴方は、そんな非道な方ではないと思いますが」
彼は事務的だからこそ、簡素な言い方でそんな風に僕に言った。

非道の意味なんて、きっと彼には理解できていないだろうに。
だが意味を理解できていなくとも、その行為は行える。
いや、意味を理解できていない方がそんな行為は行えるものなのだ。
痛む心がないから、躊躇い無く非道になれる。

それが、人間が機械を作り出す理由。

自分に代りに傷つき、自分の代りに罪を背負わせる。
自分の行為に代償を払わない、人間達が作り出し続ける存在。
それが、彼等。


だが、僕は裏切りに代償を払わなければならない。
他の誰も、代りになんてできない。
それで僕の大切な存在が守られる、ならば……。
「君達に、従うよ」
僕は、それを負うしかないんだ。


あれから、しばらくの月日が経った。

連合軍の施設が襲撃された。
事件があったのは今日の未明だったが、僕はその事を今日の昼過ぎになて初めて聞いた。
所詮、僕は僕は軍人ではないので、そういう情報が入ってくるのは遅い。
両軍の衝突なんて日常茶飯事でもあるから、全ての事件について詳細を知らないのが現状だ。

だから、今回の襲撃事件の話も、同僚から聞かなければ知らなかったのかもしれない。

「その施設って、一体何の?」
「うん…連合軍の研究施設だったらしい、新しい兵器なんかを開発してる研究施設で、今共和軍でも進めてる機械人形の開発なんかも行われていたらしい…ほら、ここに出てる」
昼食を共にしていた同僚は、僕に読んでいた新聞を差し出した。

新聞の一面ではなく、中程にあるそんなに大きくない記事。
本来ならばそんなに話題にも上がらないような内容の記事なのだが、彼が僕にその記事を見せたのは、単なる偶然でしかなかった。
だけど、僕にとっては運命的だったのかもしれない。

『本日未明、連合軍の軍事施設を共和軍が襲撃、死者、負傷者は両軍とも発表されていない。
この研究施設では、多くの名のある研究者が在籍していたが、彼等の制止についても不明。
連合軍はこれによって大きな打撃を受けただろう』
まあ、大体要約するとこのような内容になるその記事の、その軍事施設の名称に僕は目が釘付けになった。
ここは…確か、彼が居た所だったはず。
友人の研究者が、開発・研究を行っていた場所のはずだ。

背筋に、嫌な震え。

彼の身に、何か…あったのかもしれない。

裏切りの代償は、確かに支払った。
だけど、人の心なんて捨てられない。

昔の同僚の身が、心配になった。




6へ



後書き
久々に書きましたSFパロ、更新が止まってて真に申し訳ありません。
…実は、4話をアップした後、書き途中だった先の3話ぶんの小説の下書きが紛失しまして、本気で泣きそうになったのです。
その後、一気にやる気をそがれてしまって…ずっと放置してました、すみません。
先日の部屋の掃除中にファイルの中から、紛失していた下書きが発見されなければまだ放置してたかもしれないです。

共和軍側が初登場です、セシルさんの複雑な心境を書きたかったのです。
クラウドも登場させたかったんですが、そこまでの余裕がなさそうなので今回は襲撃を知ったくらいで切ります。
できるだけ早々に続きをアップしたいのです。
2009/7/10


BACK