「先輩、一緒にご飯食べよう」

貴方の傍に居たいんですが

ある日、水戸部先輩が家に遊びに来た。
先輩は相変わらず無口だけれど。付き合い始めて、お互いの家を行き来するようになって、なんとなくだけれど黙ってても、彼が何を言おうとしているのか理解出来るようになってきた。むしろ、彼とちゃんと話をできるようになってきた。
俺は料理をするのが好きだし、彼も下の兄弟の世話で家事には慣れてる。多分、もともと家事は嫌いじゃないんだろうし、性格にも合ってたんだろう。反対に見えると言われるけど、俺達は共通点があった。
だから、通じ合えるところもあったんじゃないだろうか?

「今日は、俺が飯作りますから」
先輩はそこで待っててと言うと、リビングから心配そうに顔を覗かせる彼と目があった、料理が心配というよりも、俺に任せてしまう事が申し訳ないとか思ってるんだろうな。
「いいんすよ、俺が先輩に食べてもらいたいものがあるんで」
お願いだ、と言えば彼は照れたように笑って頷いた。

普段、どちらかの家に行く時は料理は二人でする事になっていた。別に何か取り決めをしたわけじゃなくて、料理している相手の手伝いをしている内に、一緒に作るのが当たり前になったのだ。
元から、俺とこの人を繋ぐのは互いの料理だった。
こういうのを「胃袋を掴む」とか言うらしい。内臓掴むとか日本人もグロいジョーク使うのかとか思ったら、黒子に真顔で「違います」とか言われた。
「恋人になる方の料理を気にいる事を、日本ではこう呼ぶんです」
「へぇ……って、ちょっ!恋人って!」
「違うんですか?それとも、まさかとは思いますが隠してるつもりでした?もしそうなら、残念ですがバレバレですよ。先輩の傍にいる時は、君は春爛漫ですから」
「はる、らんまん?」
「ええ、春の日差しのごとくキラキラぽわぽわしてます」
何だよ、俺そんなダラけた顔してんのかよ恥ずかしい……とか思ったら、黒子が「そんな事ないです」と首を振った。
「二人を見てると、ああ幸せなんだな、とこちらの方があったかい気持ちになりますから。ええ、爆発すべきリア充とはタイプが違います」
そう断言してくれる相棒に、そうか?と首を傾げつつもまあ別に変に思われてなさそうだと安心した。
「偏見とかねぇの?」
「別に、人の恋愛に口出しできるほど人間できてませんし。君達を見ていたら、お互いが必要としているんだろうな、とは思います。下手な女の子と付き合うより、よっぽど幸せそうですから……僕は、羨ましいくらいですよ」
なので、胃袋はしっかり掴んどいて下さいよ、と言われてしまった。
掴んどいて下さいと言われても、俺にどうしろっていうんだよ?
ただ、今日はある目的を持った上で一人でキッチンに立ってる。
絶対に失敗したくない、そう思うとなんか緊張してきた。弁当作った時もそうだけど、誰かに食べてもらう料理は普段より変に力が入る。
カウンターキッチンから見えるリビングで、こちらを暖かい目で見つめている彼に緊張がばれてない事を祈りつつ、作業を続けていく。
ふと、足音がして顔を上げたらキッチンの入口に先輩が立っていた。
「どうしたんだ、です?」
そう尋ねると、先輩はちょっと笑ってオーブンの方に近付いた。焼いてる中身が気になったらしい。
「ラザニア作ってるんだ、です。アメリカに居た頃、よく作って貰ったんだけど」
ほぼ料理も完成したし、あとは焼き上がり待つくらいだし座って待っててと言おうとしたら、後ろから抱き締められた。
「先輩?」
「聞かせて、火神が、アメリカに居た頃の話」
もっと教えて、と後ろから囁かれる声に胸が締め付けられそうだった。触れる手の温もりに俺の手を重ねると、そっとそこから外した。
「ゆっくり、飯、食いながらにしません?です」

テーブルに並べた料理は、向こうに居た頃にホームパーティーに呼ばれた時に振舞われた料理が多い。和食が好きな先輩のために、日本食もあるのでテーブルの上はごちゃごちゃしてる、こういうのなんだっけ?和洋折衷つーんだっけ?
「ハロウィンとか、クリスマスとかに友達やバスケチームの家に呼ばれて、皆で騒いだりしたんだ」
料理を分けて皿に盛りながら、あの頃について話をする、俺と先輩の料理の量が違うのはいつもだ。その様子を優しい顔で見つめる相手に、恥ずかしいなと思いつつも続ける。
「特に、よく家に呼んでくれたのはタツヤだったな。陽泉に居る俺の兄貴分なんすけど、タツヤだけじゃなくてタツヤのお母さんも俺の事、すっごく大事にしてくれて、それでよく家に呼んでくれたんだ。で、タツヤのお母さんの手伝いとかして、料理教えてもらったりもしたんだ。俺の家、昔から親が忙しくて一人で居る事が多かったから。タツヤのお母さんは、もしかしたら俺の事を心配してくれてたのかもしれないけど、そんな事、全然その時は思ってなかったから。皆と一緒に居るの楽しくて。言葉の壁とかもあったけど……打ち解けたらすぐ仲良くなれたし」
そう話す俺の頭を、先輩の大きな手が撫でた。優しい触れ合いに照れて微笑むと、ふと彼が寂しそうな顔をしているのに気付いた。

この人は心配性だ、俺が少しでも弱い面とか寂しい面とかを見せれば、何かあったんじゃないかと勘繰ってくる。かつて兄貴分もそういう過保護なところがあったけれど、そんなに俺は頼りないんだろうか?
そう言ったら、先輩は困ったように首を振って、頼りになるから心配なんだとよく分からない事を言った。
「頼りになるから、知らないところで無理してるかもしれない。どこかで潰れてしまわないか、それが心配」
それは、アンタだって同じじゃないか。
下の兄弟達や、部活の仲間達だけじゃなく、俺まで甘やかして。アンタ潰れたりしないのか?もっと寄りかかって、頼りにして、たまには泣きごとでも言えばいいのに。それをしないで、人を甘やかして。
本当にお人好しだよな。

頭を撫でてた手を取って彼の隣に座り直す。どうしたの?と覗き込んでくる相手の頬にちょっと唇を寄せすぐ離れる、パッとこちらを呆然と見つめ返す相手をよく見れば、顔が少し赤い。
いつもどこか余裕があるか心配してるかのどっちかが多いから、こういう事で慌てるこの人が可愛いと思った。
「あの、火神?」
「なんかね水戸部さん、黒子からアンタの胃袋掴んどけとか言われたんだ」
まだ顔を少し赤らめて、でも首を傾げる相手に、俺は続ける。
「んで、胃袋掴むって具体的に何したらいいんだ?って聞いたら、俺の料理食べたくなるようにしたらいいんだって言われて。でも、俺ってあんまり和食のレパートリーは少ないからな、って言ったら、アイツなんて答えたと思う?」
分からないと首を振る相手に、俺は微笑んで答える。
「じゃあ、愛情で勝負ですね……だって」
愛があればLove is OKなんです、とか意味わかんねえ事を黒子は言ってたけど、まあつまりは、この人を甘やかしてやれればいいんだろ?
「たまには俺にも、もたれて下さいよ。そんな簡単に潰れたりしないんで」
そう言ったら、彼は苦笑いして俺を見つめた。
「ありがとう」
「さ、冷めない内に、食べてくれ、です」
嬉しそうな安堵したような、彼の微笑みになんだか照れてきて、皿に盛った料理を差し出すと、彼は薄く頬を染めたまま受け取って箸を手に取った。
自分の席に戻って緊張しながら相手の反応を待っていると、一口食べた彼がニッコリと笑って俺を見た。
「美味しい」
「そっすか」
へへ、と笑って答えると彼は少し口角を上げて優しい目で見つめていた。
「そうして?」
「えっ?」
「今日、何かあった?」
首を傾げる先輩に「あー」と呟いてから答える。
「先輩、明日さ……誕生日だろ?だから」

水戸部さんの兄弟は皆、彼の事が凄い好きだから、当日はきっと家族と一緒に祝うんじゃないかな、なんて思った。
なら、俺は先にお祝いすればいいかなんて思ったんだ。

だから、黒子に相談してみた。
「今度、水戸部先輩の誕生日だろ?プレゼントとか、何かお祝いあげるなら何だと思う?」
相変わらず無表情な相棒は、やっぱり表情を変えずに俺に言ったのだ。
「君は、先輩の胃袋を掴んでおけばそれでいいんじゃないですか?」

「っていうか、こんなんで喜んでくれるかなんて全然分かんなくて、俺……」
言いかけた言葉は、隣に来た先輩によって止められた。
ぎゅうっと強めの力で抱き締められて、どうしたのかと思っていたらすっと首筋に擦り寄ってくる彼に慌てた。
「あの、先輩?」
背中に回された手の感覚がなんだか甘く苦しくて、でも止めて欲しくないというのが、なんだか変な感じだ。
「明日、ウチにおいで」
「は?……え?」
「火神が来てくれると、皆、喜んでくれるから。だから一緒にいよう」
「いや、でもいきなりとか迷惑なんじゃ?」
そう言った途端に体が話されて、試合中のような真剣な目で見つめられる。
「俺が嬉しい、から」
「はい?」
「火神が傍に居ると俺が嬉しいから」
だから一緒にいよう、なんて恥ずかしい事を平気で言えるんだよこの人は。
黒子もそうだけど、意外と日本人も普通に聞いたら恥ずかしい台詞をこうも平気で口にできるんだよ?全く、正気か疑っちまうだろ。
本当に、めちゃくちゃ格好良いし。
「じゃあ、お邪魔します」
うん、と黙って嬉しそうに頷く相手に少し溜息を吐くと「料理、冷めない内に早く食べて下さいよ」と告げれば、彼は席に戻った。
「今日は特別に頑張ったんだよ」
そう言うと、彼はニッコリ笑って告げる。

君と一緒に食べる料理は、いつだって特別なんだけど?

だから!
アンタって人は、何でそんな事を平気で言うんだ!

あとがきなど
先生!大食いで料理上手なタレント・火神君と料理教室の先生な水戸部さんの番組はどこで見れますか?
2012年12月2日 pixivより再掲
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