水戸部先輩は、良い人だ。
貴方と、話がしたいんですが……3
昼休み、いつもというわけではないが、屋上に集まって弁当を食べるのが誠凛バスケ部では当たり前の光景となっている。別に約束してるわけでも、そういう決まりがあるわけでもないのに、誰か一人は必ず来ている。
どうやら屋上宣誓のせいで、生徒間では屋上はバスケ部の溜まり場という認識があるらしく、人が少なく静かなので自然とここに集まってしまうようだ。
だから俺も黒子と一緒に、今日もここへ来てしまった。
ドアを開けると、既にそこには二年の先輩達が居たので挨拶して、その輪の中に混ざる。
「火神、今日は弁当なんだ珍しい」
「ああ、はい」
俺の手にしていた包を見て、小金井先輩が言う。
「毎回あんな量のパンじゃ、財布が危ないだろ?ついにお前も母ちゃんに頼んだわけだ」
なんて言う日向先輩は、かなりの頻度で弁当を持参してる弁当派の人だ。本人曰く、栄養バランスが偏らないようにらしいけど、本当はフィギュアを買う金を苦心するのに必死らしい。
食費は、確かに結構かかるな。
「あーいや、これは……」
「水戸部先輩作です」
どう答えようか迷っていたところ、先に黒子に答えを言われてしまった。先輩達はそれまでコイツの存在に気付いていなかったらしく、全員がビックリして声を上げた。
お前、だからそれやめろって言ってるだろ。
「……っていうか、何で水戸部が火神に弁当作ったんだ?」
「さあ?なんか昨日、練習の後で先輩の家に呼ばれて、晩飯ご馳走になったんだ……です。で、なんか今日、学校来たら置いてあった」
「はあ?」
いや先輩、そんなクラッチ入りかけの顔で睨まないでくれよ。俺だって意味分かんねえんだよ。
しかも当の本人がここに居ないので、真相も聞けない。どうやら委員会の当番で今日は保健室に居るらしい。
俺だって昨日からのあの行動の意味を知りたい。
「ああ、水戸部。火神の事が心配になったんだね」
納得したように声を上げた小金井先輩だけど、まだどういう事かそれだけじゃ分からない。
「心配って、何が?」
「水戸部って昔からそうなんだよ、人の事を凄く心配してくれんの。火神は昨日、水戸部にご飯の話とかしなかった?それ聞いて、水戸部は火神の事が心配になったから晩ご飯に呼んだり、弁当作って来てくれたんだと思う」
ああ見えて、水戸部は行動力あるから。なんて笑って言う小金井先輩だが、それは……確かにそうだなと思う。
ってか無言の圧力が、結構怖い。
でもそっか、やっぱり無駄な心配をかけてしまったらしい。滅多な事では一人暮らしだ、なんて言わない方が良さそうだな。そう心に決めて、でも折角作ってくれたんだからと弁当の蓋を開けてみる。
そこには彩りのきちんと取れた綺麗な弁当があった、思わす「おおっ!」と声が上がる。
「いいなあ、水戸部のご飯って美味しいんだよね」
なんて言う先輩は、水戸部先輩の兄弟達にも慕われてるらしい、昨日だって名前が出てたし。
確かに、水戸部先輩の料理は美味しい。弁当の冷めた料理でも、それは変わらない。なんというか、その味があったかいのだ。
「小金井先輩、水戸部先輩ってどんな料理が好きなんだ、ですか?」
「えっ水戸部?うーんと、まず嫌いなものっていうのは、多分ないと思う。でも好きな物っていうと、困るなあ。とりあえず、肉よりも魚の方が好きだよ」
そんな事聞いてどうするの?と言う先輩に、俺は口の中の物を飲み込んで答える。
「二回もご馳走になったから、何かお礼したいんで」
「ふーん。火神ってさ、意外と真面目だね」
「意外は余計だ!……です」
そう言うが、他の人達も似たような反応だったのでなんつーか、納得できねえ。
とりあえず明日の弁当に何を入れるか、少しだけヒントは手に入ったからいいか。
しかし魚か、弁当で魚ってどうやって入れんだろ?つか、範囲広すぎ。
弁当を食べ終わり、携帯電話を取り出す。会ってからお礼を言うのもいいけれど、先に一言、感想を言っておきたかった。
『先輩、弁当うまかったです!
ごちそうさまでした』
しばらくして、ポケットの中で細かに震度する携帯電話に気がつき、取り出してみると、今朝に登録したばかりの名前が表示されていた。
『嫌いな物、なかった?
お粗末さまでした』
「なあ黒子、これなんて読むんだ?」
「おそまつさま、です。ごちそうさまに対する挨拶ですね」
そんなものあんのか、と言うと「あるんです」と平然と返ってきた。
あの人、何も言わないからこういう言葉、伝わらないよな。
でもこういう言葉、返ってきたら嬉しいな。なんて思っていると、黒子がじーっと俺の顔を見つめているのに気づいた。
「……なんだよ?」
「いえ火神君の顔が、やけにニヤついてるなとか思ってないです」
「口に出てんじゃねえか!」
てか、ニヤついてるのか俺?そう思ってると先輩達も頷いている。
「ニヤついてるというか、凄い幸せそうな顔してるかな」
「ダラけた顔してんぞ」
何でそんなにキレてんすか、日向先輩。
「火神君って、簡単に餌付けされそうですよね」
「えづけ、って何だ?」
そう尋ねると、黒子や先輩達は顔を見合わせたけど、何も答えてはくれなかった。
何だよ、ちょっとは教えろよ。
「って事があったんだ、です」
練習が終わって帰る途中、昼休みの事を話すと水戸部先輩はなんだか困った顔をしている。
「つか、えづけって何なのか、誰も教えてくれなかったし。先輩、何か分かります?」
と聞いてみて、この人に質問してどうするんだと自分でツッコミを入れる。
先輩も相変わらず困った顔して、更に首を振った。知ってるけど、教えたくないってかんじだ。何なんだよ、とりあえず良い意味ではなさそうだ。
今日も一緒に帰り道を行く。練習が始まる前に弁当の礼は言った、そうしたら先輩は微笑んで、気にしないで欲しいと言いたそうにその首を横に振ったけど、それだけじゃ俺の心が治まらない。
「俺、今日はここで」
そう言うと先輩は不思議そうに首を傾げた、食材の買い出しに行くんでと言ったら納得したのか、小さく頷いた。
「明日、先輩に弁当作って来ますから!後で好きな物とか、食べたい物とかあったらメールして欲しいです」
そう言うと、先輩は困ったように首を振る。多分、無理するなと言いたいんだろう。
「俺が作りたいんだからいいんだ、とにかく教えて欲しいんだけど」
そう言うと、先輩は困ったように微笑んで頷きバイバイと手を振った。俺も手を振り返して角を曲がろうとした。
「無理しないで」
昨日と同じ優しい男の声が耳に届いて、ビックリして振り返ったけれど、先輩は既に角の向こうに消えて見えなくなっていた。
あれは、やっぱり水戸部先輩の声なんだろうか?
小金井先輩に聞いてみようかな、なんて思ったけれども人の声の説明なんて、どうしたらいいか分からない。とりあえず喋らないってわけじゃないんだろうけど。
長く一緒に居たら、聞こえるようになってくるんだろうか?
本当に分からない人だよな。なんて思っていたら、携帯電話が震えてメールが届いた事を告げた。
ついさっきまでそこに居た先輩からのメールを読む。
『さっき火神は話さなかったけど、昼休みにコガに俺の好きな物聞いたんだって?
何を言われたのか知らないけど、あんまり凝った物、作らなくていいよ』
こっそり、そこは退けて話をしていたのに。まあバスケ部の半分以上の奴が居たから、誰かから聞いててもおかしくないかと思い直す。別に驚かせようと思ってたわけじゃないし。
『食べてくれる人が居るなら、相手が好きな物を作りたいだけなんっすけど。
俺、変かな?』
そう打って送ると、しばらくして返事が入った。
『変じゃないよ。
でも俺、好き嫌いとか無いから。火神が食べたい物、入れて欲しいかな』
これじゃあ意味がないんだけどな、なんて思いつつも。この人って本当に良い人だよなと改めて思った。
でも、多分これ以上どう追及しても答えてはくれそうにないので。ここは小金井先輩が言っていた通り、何か魚料理を入れる事にしよう。
『明日、朝練行く途中、いつもの所の分かれ道で待ってて貰っていいっすか?』
迷惑かと思ったけれど、先輩はすぐに『いいよ』という返事をくれた。
それが嬉しくて、でも待っていて欲しくないから、できるだけ早起きして準備を整えると家を出た。
だというのに、何でこの人は俺よりも先に居るんだろうか?
「水戸部先輩、おはようございます」
相手の背中が見えて急ぎ走ってきた俺に対し、先輩はちょっと心配そうな顔をしてみせ、うんと小さく頷き返す。
「約束してた弁当だ、です」
黒いハンカチに包んだそれを見て、先輩はニッコリと笑って小さく頷いた。
ありがとうって言いたいんだな、と俺は勝手だけどそう思った。
昨日、無理しないでとそう言ってたのは、本当にこの人だろうか?それとも、声を聞いてみたいと思っている俺が勘違いを起こしたんだろうか?
「先輩って、ちゃんと喋ってるんですよね?」
学校へ向けて歩きながら、耐えきれなくなってそう尋ねると。水戸部先輩はなんだか困ったような顔で、でもはっきりと頷いた。
そうだよな、声に出してない事を聞き取れる訳がないんだ。先輩の兄弟や小金井先輩は、この人と長い時間を過ごしている分、声の聞き取り方を知ってるんだろう。
「じゃあ先輩の声、俺聞いた事あるかもしれねえ、です」
そう言うと、先輩は驚いたように目を見開く。でも何だか嬉しそうに微笑んでくれた。
きっと悪い意味ではないんだろうけれど、この人は何を俺に伝えたいんだろうか。分からない、とりあえず今は口に出していないんだろうか?
聞こえるのなら、ちゃんと聞いてみたいんだけど。
俺、できれば先輩とちゃんと話してみたいですけど。
そう思ったけれど口に出すのも恥ずかしくて、やっぱりやめた。
今日の昼休み、俺は屋上に行くのは止めた。
教室で食べる弁当の中身は先輩に渡した物と同じで、別にいいんだけど、なんとなく顔を突き合わせて食べるのが恥ずかしい。その癖、苦手な物や嫌いな物は無かったのか、俺の味付けで大丈夫だったのか心配してみたりしている、こういう自分を他の人達に見られるのが嫌だったのだ。
なんか女子みたいだから。
「今日の火神君、何か変です」
「そうか?」
いつもと一緒だぞと言うと、黒子は「違うから変だって言いました」と平然と返してくる。っていうかお前、屋上に行ったんじゃないんだな。
「今日も弁当箱持参ですし」
「悪いかよ?」
蓋を開けて弁当を食べながらそう返す。
どの辺がおかしいんだろうか?今朝、早起きしたせいで授業中に爆睡していた事か?しかし、普段だって授業中に寝ている事が多いから、そこは別に変ではないはずだ。
じゃあ何がおかしいっていうんだろう?
「なんていうか、春が来たってかんじですかね」
「春?もうとっくに来てんだろ」
むしろ過ぎかけてると言うと、そういう意味ではなくてと言う黒子に俺は首を傾げる。
「いいですけど。そんな感じがするってだけですし」
「はあ?」
どういう意味だよと尋ね、返事を聞こうとしたところでポケットに入れていた携帯電話が鳴った。
着信の相手は先輩で、件名には「ごちそうさま」の文字。
『お弁当ありがとう、美味しかったよ。
魚のフライ、俺の好みの味だった。
多分、弟達も好きそうだから良かったら今度、レシピ教えてほしいな』
良かった!と心の中だけでガッツポーズする。
自信作ではあったが余計に心配していたフライを褒められて、かなり嬉しい。魚と聞いてただ焼いただけじゃ面白くないなと思って、フライにしたのは正解だったな。
『良かったっす。
レシピですけど、いつでも教えますよ。スッゲー簡単なんですけど』
そこまで打って、ふと考える。
『迷惑じゃなかったら、先輩の家、作りに行きますよ?』
弟や妹達にもまた会いたいし、そう書いて作ったメールを送り返す。
その様子を見ていた黒子が、小さく溜息を零す。
「何だよ?」
「いえ、僕の光の春が眩し過ぎるだけです」
ますます意味が分からない。でも黒子は「何でもないです」と言うだけだ。
コイツは頑固だし、言わないと決めたら本気で何も教えてくれなさそうなんだよな。
そう思ってたら、また先輩からメールが届いた。
『弟達が次はいつ火神が来るんだって、すごく聞いて来るんだ。
今度のオフ、空いてるなら俺の家、来る?』
なんつーか、ちょっと強引っつーか、かなり迷惑かと思ってたのに。むしろ喜んでくれるなら、嬉しいかも。
『空いてますよ。
じゃあ、お邪魔していいっすか?』
そんな俺を見ながら、黒子はまた「春ですね」と言っていたけれど、もうその意味を聞くのもいいやと思った。
この二人を書いてると、なんというか癒されてくるんですけど、悩みがあるとすれば、水戸部家の兄弟のスペックが分からないんですよね。
切実に水戸部妹(中学生と思われる「凛兄」呼びのあの子)の名前が知りたいです。
2012年9月9日 pixivより再掲