今月は満月が二回あるそうですよ」
大した事ない、普段なら日々の雑談で終わってしまうその言葉が、何故か頭に残ってしまうのは。きっとそれが特別な日だったからだ。
一度は自分の誕生日。
もう一度は、聞いたばかりのアイツの誕生日。
しかも、8月31日なんて……。
なんで、こんなうってつけの日に生まれたんだろうな。
約束の時間よりも先にコートに着いた。遅刻はしなくても俺より後に来る事が多い青峰が、今日は先にコートに来ていた。
俺の姿を見つけて、ニッと口の端を上げて妖しく笑うと手の中で弄んでいたボールを、俺の方へと投げた。
「よう、火神」
I LOVE YOU
青峰大輝は、俺にとってどんな存在なんだろうか?
バスケにおいては好敵手。試合中の獰猛でそれでいて美しく動く姿は、憧れのような尊敬のような、不思議な感情を向けてしまう。
最初は嫌な奴だと思ってたけど、気が付けば一緒にバスケやって飯食って、時々だけど俺の家に泊まって行ったりする。
ビッグマウスで、俺様な性格ではあるけれども。仕方ないと甘やかしてしまうのも、アイツの不思議なところだ。
じゃあ、俺と青峰は一体何なんだろう?
友達?ライバル?仲間では、とりあえずないんだろうな。
じゃあ何なのか。
考えてみた時に全く分からなくなってしまった。
なら、アイツにとってはどうだったんだろうか?それは本人から言葉にされてしまった。
「火神、俺、お前の事が好きだ」
よく耳に残ってる、そう言ってきた時の顔も、よく覚えてる。
バスケしてる時みたいに、真剣で真っ直ぐで、冗談抜きの本気の表情。
コイツにこんな顔させられるんだって、嬉しかったけれど、言葉の意味を考えて俺は頭が沸騰するかと思った。
その結果、出した言葉が「時間をくれないか?」
卑怯なのは分かってる、その場で出せない答えを先延ばしして逃げたって事くらい、自分が一番、よく分かってる。
でも分からない、俺がアイツをどう思ってるのか。
男同士での恋愛なんて考えられないって、断る事なんて簡単なんだろうけど。だけど俺はそれができなかった。
単純に相手を傷つけたくないとか、そんな生ぬるい同情からではなく。青峰の傍にならば居たいとそう思えるからこそ、断る事を渋ったのだ。
狡いよな。
俺は青峰の事を好きなんだと思う。だけど、アイツの言う好きと俺の気持ちが通じ合っているのか、自信がない。ただ傍に居たいと思っている、俺のこの感情は果たしてアイツの想いに応えられるものなんだろうか。
アイツが好きな胸のデカい女とは違う、同じくらい体格の良い男だ。気の迷いだったと気付いて突っぱねられた時に、俺は立ち直れないかもしれない。アイツから逃げたこの感情は全部、俺自身を守ろうとするための狡い気持ちから生まれただけだ。
ズキズキと胸が痛む。あの日からずっとアイツの事を考えるたびに、鋭く責め立てるように痛みだす。
これは俺の、青峰への罪悪感からくる痛みだろう。
「悩みでもあるんですか?」
いつものマジバの席に座って、黒子は俺の目の前でシェイクを飲んでいた。
「はあ、別にそんなもんないけど?」
「そうですか?何だか火神君は、目の前の宿題よりも難しい問題を抱えてるように見えますが」
そう言ってから「そこ間違ってます」と黒子から指摘が入る。
お盆休みとかいう夏の休暇中、ばあちゃんの家に行くという監督から言い渡された命令があった。
「いい、八月末の合宿までに夏休みの課題を終わらせておくのよ」
そうしないと、末には体クタクタになってるから。なんて笑顔で言われて、俺は流石に頬が引きつった。宿題になんて、全く手をつけていなかったからだ。
それで、同級生や先輩達に泣きついて、なんとか課題の山を消化している最中だった。昨日までに数学や英語は片付けた。社会科のレポートは日向先輩となんとかしたので、残るは国語、古典の問題集と読書感想文のみだ。
という事で、国語は得意ならしい黒子に頼んでマジバに来てもらったのはいいものの、進み具合はあまり良くない。
これは絶対に問題文が良くないんだ。何が悲しくて、月を見て恋人を思う女の話なんて読まないと駄目なんだよ。古典って、何で恋愛の話とか多いんろうな。しかも日本人の話って、やけに情景を書いてて訳分かんねえんだよ。
「仕方ないですよ、それが日本人の自然に対する感覚なんですから。というか帰国子女ってだけで、君だって日本人でしょ。少しは月を綺麗だって思う気持ちくらい、あるんじゃないですか」
「んな事言われてもよ」
ない、とは言わない。だけど、思い出したくないのだ。
ここ数日は課題と向き合っていたから、あんまり考えないで済んでいた。
あの日の、青峰の言葉について。あの夜の景色を、記憶の端に追いやってしまっていられたのに。これで全部、引き戻されてしまった。
「月を見て心を動かされるのは、日本の文学ではよくある表現なんです。文句を言わないでちゃんと読んで下さい」
「でもよ、好きな人を想うのに月なんて関係ないだろ」
「そんな事ないですよ。夏目漱石なんて「I Love you」の訳を「月が綺麗ですね」にしたくらいですから」
「全然被ってねえじゃねえか」
そう言ったら「それでも通じるんですよ」と黒子は溜息混じりに言った。いや、絶対にそれ伝わってねえって。
だけど、そうだな……少しだけ気持ちは分かるかもしれない。
確かにあの日の月は綺麗だった。なんだか柔らかくて、静かで、優しくて、なのに心が弾むような不思議な心地がした。だから思わず笑ってしまった、アイツに向けて笑いかけて、そしたら凄く珍しいけれど、青峰は穏やかな顔で頷き返した。
そうして言ったのだ、惑わされたみたいに。
俺の事が、好きだって。
思い出して深い溜息を吐くと、黒子は苦笑しながら「それですよ」と言う。
「それって何だ?」
「最近、物思いに耽るような事多いでしょ。そうしたら、しばらくして深い溜息です。なんていうか、まるで恋する乙女ですよ」
「ぶはっ!おま、黒子!誰が恋する乙女だよ、気持ちわりぃ」
「ちょっと、静かにして下さい。周りの迷惑です」
言われて見回すと、何事かとこちらを見つめるいくつもの視線が突き刺さる。そんな視線に、更に恥ずかしさを覚えて俯いて問題集に戻ってみるも、問題が頭の中に入ってこなくてシャーペンを放り出した。
「悩んでるんでしょ、火神君」
「ああ。でも、なんつーか話しにくい事つーか、お前には聞かせられねえ事なんだよ」
青峰と面識のある黒子に、こんな話はまずいだろう。黒子の事だから別に青峰を避ける事はしないと思うけれど、友達が同性を好きとか結構、ショックな出来事だし。
そう思っての事だったのだが、持っていたシェイクを机に置くと黒子は「そうですか」と言った。どんな追及がされるんだろうか。
「ちなみに青峰君が君を好きだって事なら、僕は知ってますよ」
「そうかよ……はあ?」
いつもと変わらない声のトーンで言うもんだから、簡単に受け流してしまったじゃないか。っていうか、知ってたってどういう事だよ?
「丁度、一か月くらい前に青峰君に相談されました」
平然とそう言ってのける黒子に、何度か瞬きを繰り返してから「ええええ!」と叫び声を上げてしまい、近くを通った店員に注意されてしまった。
「告白されたんですか?」
「まあ、そうだけど」
お前、少しは動揺しろよと思ったものの。一か月前に青峰に話を聞かされたのであれば、もう充分に驚いた後の反応なのかもしれない、と考え直した。
「その反応だと、断らなかったんですね。でも、どう答えていいか分からないってところじゃないんですか?」
「お前、スゲーな」
確かにその通りだ、別に心読めるとかそんなんじゃないよな?と尋ねると、そんな事できるわけないと、あっさり否定された。
「そもそも相手の事好きじゃないなら、告白されてその場で断りますよ。何せ同性同士ですから。それができなかったという事は、君自身は青峰君に心惹かれてる面があるって事なんじゃないですか?」
「それはそうだと思う。だけど、なんつーか。アイツと同じ気持ちで接してるか、自信がないんだよな。恋愛での好きとか、良く分かんねえし。アイツと一緒に過ごすのは楽しいし、一緒に居たいとか思える相手だけどよ。これ以上、近づいても大丈夫なのか分かんねえっていうか」
それを聞いていた黒子が、今度は深い溜息を吐いた。一体、どうしたんだと思っていたら、心底迷惑そうな顔で俺を見つめる。
「火神君、それは本気ですか?」
「はあ、何が?」
「僕から見ると、君は充分、青峰君に惚れてます」
そんな事をハッキリと断言されても困る、っていうかおかしいだろ、俺はまだ友達とかそういう範疇の付き合いでしかアイツの事を見れてないんだぞ、なのに。
「じゃあ聞きますけど、もしも青峰君と火神君がこのまま恋人にならないで友達で過ごすとしてですよ。この先、青峰君に彼女ができたら君はどう思うんですか?」
「どう、って……」
「青峰君への気持ちは変わらないでしょうけれど、関係上、今のように会う事はできなくなるかもしれません。そうなった時に、君は耐えられるんですか?」
青峰に彼女、それは「もし」で済ませられるようなくらい、夢の出来事じゃないんだろう。アイツくらい格好いい奴なら、女の方が放っておくわけないし。
もしも、そうなったなら。アイツの隣に俺はいられないだろう、当たり前だ。アイツの一番が俺じゃないんなら、その隣に居る資格は勿論ない。
ズキッと痛み出した胸に首を傾げる。これ、何で俺はこんなに怖いと思ってるんだ?
確実に有り得る、未来予想図だろ。
「嫌ですか?」
「嫌、だな」
「そういうのをね火神君、嫉妬って言うんです。君は、自分の気持ちに自信はないけれども、青峰君が君以外の他の誰かと付き合う事には嫉妬するんです。彼が自分以外の誰かの一番になるのは耐えられないんです。そんな風に思ってる時点で、君は充分、青峰君に惚れてます」
「そこまで言ってねえよ」
だけど、本当にそうなんだろうか?好きなんて、俺には分かんねえよ。
そんな俺に黒子はまた溜息を吐くと「分かりました」と言って、問題集を鞄に仕舞うと立ち上がった。
「行きましょう火神君」
「行くって、どこに?」
その質問に答えずに、黒子に引っ張られるようにしてマジバを出た。
連れてこられたのは、近くにあるデカいショッピングモール。
休みのせいで家族連れや若者達で賑わっている中を、黒子はどんどん迷いなく進んでいく。こういう場所でミスディレ使えるアイツはちょっと羨ましくなってしまう、体格のせいで人混みに阻まれやすい俺がそう零すと、「嫌味ですか?」というちょっとイラついた声と肘鉄を食らったものの、目的の場所へはすぐに辿り着いたらしい。
「あっち見て下さい、分かりますか?」
そう言って黒子が指さした先には、色黒の背の高い男が居た。結構、距離が離れているけれどもアイツの姿を、見間違うわけがない。
「青峰……」
今まで話しの中心に居た男が、目の前に居る。
だけどアイツも一人で来ていた訳ではないらしい、肩に下げているピンクや赤の可愛らしい袋は、おそらく女物の服屋のものだろう。
それに気づいて、なんだかまた胸が痛んできた気がする。
「もう少し近づきましょうか」
「大丈夫、なのか?」
「大丈夫ですよ。平然としていれば、人は気付かないものです」
そう断言すると、俺の意見を聞くよりも先にどんどん黒子は青峰の方に近寄って行く。
「ねえねえ大ちゃん、これとあっちのワンピースならどっちの方がいいかな?」
「知るかよ、どっちでもいいんじゃねえの?」
「ちょっと!聞いてるんだから、もうちょっと考えてよ」
店内から響いた可愛らしい声は、聞いた事のあるものだった。アイツの幼馴染みで、バスケ部のマネージャーである、桃井の声。
一緒に来ていた相手が知り合いだったので、なんだかほっとした反面。なんとも言えない感覚が腹の底で渦巻く。
別に付き合ってるわけじゃないし、桃井に至っては黒子の事が好きだって事を知ってるのに何で、俺はこんなにイラついてんだろ。
吐き気がしそうなくらい、腹の底が収まりつかないし。手足の感覚も何か変だ。
「何て顔してるんですか」
そんな声と一緒に、再び肘鉄を食らわされて思わず変な声が上がる。
「何すんだよ!」
「大きな声は出さないで下さい、流石にバレます」
お前のせいだよと言うより先に、黒子はさっと背を向けて歩き出す。うっかりしていると見失ってしまうので、急いでその後を追いかける。
「分かりました?」
「何が?」
「君が青峰君をいかに好きなのか……分かりましたか?」
そう言われて、しばらく口を閉ざしていたものの。最後には溜息と一緒に「分かった」という言葉が零れて落ちた。
ここまでされないと気付かないとか、本当に自分でもどんなけ鈍感なんだと思ったけれど、アイツの事を想うこの感情は、どうやら本物らしい。
意識し始めると顔が熱くなる、畜生、やってらんねえ。
「っていうか、何でお前はここに青峰と桃井が居るの知ってるんだよ?」
「桃井さんに買い物に行かないかって誘われたんです、でも僕は君と約束があったので、断ったんですよ。そうしたら、彼女が誘う相手は多分、青峰君だろうなと思ったので」
聞いてみれば単純な推理で、相手の事を良く知ってるんだなと思う。
それにしても、桃井には悪い事をしたなと思う。俺が約束してなければ、アイツは好きな人と過ごせたわけなんだから。更に言えば、利用されるような形で俺に嫉妬される事もなかったわけだし。
つーか、俺ってこんな女々しかったんだなと気付いて、なんだかへこんできた。
「どうしたらいいんだよ?」
色んなものがごちゃごちゃして、収まりがつかなくて口に出した言葉。
「好きだって言えばいいじゃないですか、青峰君の気持ちは分かってるわけなんですし」
「そうだけどよ」
気が付いたのはいいけれども、簡単に口にできるものではない。
でも、アイツの感情といい加減に向かい合わなければ。逃げてばっかりはいられない。
「じゃあ、古代人の真似でもして。月にかけてみますか?」
「はあ?」
「今月って、満月が二回あるんですよ。ブルームーンという現象なんですけど」
そう言われて思い出すのは、俺の誕生日の夜に昇った綺麗な満月。
「次の満月は、31日なんですけど。実は、青峰君の誕生日なんです」
「えっ……」
偶然でしょう?と言う黒子は、口元に笑みを浮かべている。
「月が綺麗ですね、とでも送ってみますか?まあ、青峰君がその意味を理解できるか分かりませんけれど」
そう話す黒子に、俺はふと思い出したフレーズがあった。
昔、タツヤから「好きな女の子ができたら、使ってみなよ」と言われた数字と、その意味。
なんて偶然なんだよ、お前。
「8、3、1なあ」
知ってるか、この数字の意味?
火神はいつも約束の時間より先に来る。バスケ好きなのはいいけど早過ぎだろ、そんなに待ってらんねえのかよ、と普段は心の中で笑ってたりしてたんだが。今日は、人の事は言えない。
アイツに早く会いたくて急いで来たのはいいものの、まだコートに火神はいない。アイツより先に来てしまった事に、自分で苦笑いしてしまった。
約束の時間より二十分程前に火神はコートに現れた、いつも先に来てアップを先に済ませているんだろう。
俺の姿を見つけて火神は驚いたようだ、アイツに向けて笑いかけボールを投げる。
「よう、火神」
「おう。早いな青峰」
笑顔でボールを受け取った火神が、ニッ眩しく笑う。
早速バスケ始めようぜ、と言う相手に近づいて行く。今日は勿論バスケをしに来たわけだが、それ以上に、コイツには聞かなきゃいけない事がある。
コートの側にあるベンチに荷物を置く火神の側に寄り、腕を掴んでこちらを向かせる。
「何だよ?」
「お前、あのメール」
「答え分かったのか?」
ああ、分かった。めちゃくちゃビックリするような内容がな。
「eight letters, three words, one meaning.
これは、何だ?」
俺の目を見て真っ直ぐに火神は問いかける。何度も考えて、答えを見つけようと必死になったその言葉。
八文字、三単語で、一つの意味になる英文。
「I Love You」
火神のように流暢な英語ではないけれど、小学生でも知ってる愛の台詞を吐けば、火神は照れたように笑う。
「正解」
そう言うと、俺の頭を掴んで自分の方に引き寄せた。
押し付けられる唇の柔らかさ、そして温もりに、体の奥からカッと熱が込み上げてくるのを感じた。
キスしてる。
一瞬ではなく、でも深まってはいかない。触れ合うだけなのに長く、優しい。落ち着いているようで、なんだか焦っているようなそんな不思議な感じ。
ようやく離れた相手の顔を見ると、見た事ないくらい真っ赤に頬を染めているものの。なんというか、その顔はとっても満足そうで、ちょっとだけムカついた。
「おい、火神」
「I couldn't understand why my chest felt so tight」
「は?」
「I was conscious of my real feeling for you」
続けられる英語の言葉に、俺は何て答えて良いか分からない。
「Only you are seen」
だけど、真っ赤になって伝えられるのは多分、愛の台詞なんだろう。
「I love you more than words can say」
何でそんな大事な事を、お前は俺に伝わらない言葉で伝えるんだ?
照れて真っ赤になりながらも、お前はなんだか勝ち誇った顔してて。
分かった事と言えば、コイツが俺の事、好きなんだって伝えたかっただけ。
あー、畜生。完敗だ。
「火神、お前……狡いぞ」
「悪いな。でも、分かってたんだろ?」
お前のあの難解な問題だけはな。
「何て言ったんだよ?」
そう言うと、火神は何も答えずにボールを抱えてコートに向かう。
マジかよ、この状態でバスケする気かお前。
「俺に勝ったら、教えてやるよ」
振り返って投げ返されるボールを受け取って、俺の中でふつふつと闘争心が湧きあがる。
今のは絶対、照れ隠しだっただろ。
でも、いい度胸じゃねえか。じゃあお前がぶっ倒れるまで勝負してやるよ。
ちゃんとお前の口から言わせてやろう、解答くらいちゃんとあるよな。
「青峰」
コートの中心に立つ、火神は無邪気にニッと笑いかける。
「ん?」
「Happy Birth day!」
満面の笑みで伝えられた言葉に、俺の方がきょとんとしてしまった。
何だよ、知ってたのかよ。
「ありがとな、火神」
「それで、何て言ったんだよ?」
約束通りバスケで完勝したんだから教えろと、相手に迫ると、なんだか恥ずかしそうに目を背けた。
「なあ、あれ全部言わなきゃダメか?」
「あっ?当たり前だろうが、つーか何でそもそも英語なんだよ」
「いいだろ別に!つーか、日本語での口説き文句とか分かんねえし」
何だそれ随分とムカつく理由だな、っていうかまさかと思うけど。俺に告白すんのに、英語だったの無意識とかじゃねえよな?
それより気になんのは、お前は何で英語の口説き文句は詳しいんだよ。あれか、向こうで経験あるから知ってんのか?
「俺じゃねえよ。タツヤとか、バスケ仲間が教えてくれたんだよ!」
「ふーん、あの問題もそうかよ?」
「そうだよ!正直、使ったのは初めてだよ!」
真っ赤になって叫ぶ火神は、荷物を片付けると立ち上がった。
もうすっかり辺りは暗くなってる、白い街灯が道を照らしている中をさっさと帰ろうとするその背中に急いで近づいて、肩に腕を回す。
「なあ火神、教えろよ」
耳元でそう囁けば、ビックリしたように立ち止まってアイツは俺を見つめた。
昼間、自分からキスしてきたくせに。その顔は、泣きそうなくらい羞恥心で真っ赤になってる。
そうして、消えそうな声でぽつりぽつりと語り始める。
何でこんなに胸が痛いか分からなかった
(I couldn't understand why my chest felt so tight)
お前への気持ちを自覚して
(I was conscious of my real feeling for you)
お前の事しか見えなくなった
(Only you are seen)
言葉にならないくらい、お前の事が好きだ
(I love you more than words can say)
もういいだろ、と俺の腕を押し退けて足早に歩き出す相手を、呆然と見つめる。
お前、本当に狡いな。
俺、今なら幸せ過ぎて死ねるかもしれない。
立ち止まったまま動けないでいる俺に気付いたのか、火神は振り返って「どうした?」と声をかける。
そうやって言う相手の頭上に、真っ白な月が登ってる。
あの日の記憶が鮮明に蘇り曖昧だった記憶が補完される。そうだ、火神が綺麗だって言ったあの月は、確かに欠けたところの無い丸いものだった。
だけど、今日の方が澄みきって綺麗に見える。
それはきっとお前のせいだろう、火神。
「青峰?」
呼びかける相手に、俺は笑い返す。
なあ火神、
「月が綺麗だな」
今日の自分は、完成した小説を見返して、誕生日祝いってこれで正しいんだっけ?
と頭をちょっと抱えてしまい。それ以上に、今日の私からは汗ではなくて砂糖水が取れるんじゃないかと疑ってしまうくらいに、甘い使用になった事を嘆いています。まあでもとにかく、青峰君!誕生日おめでとうございます!
2012年8月31日 pixivより再掲