『8/31、午後からバスケしようぜ』
そんなアイツからのメールに、俺は思わず頬が緩んできた。
返事は勿論YESだ。
夏休み最後の日を、できるならばアイツと一緒に過ごしたい。
了承のメールを送った後、しばらくしたらアイツからもう一通メールが届いた。
待ち合わせの連絡と一緒に、謎の暗号。
『そうだ。これの意味、当日までに当ててみろよ。
言っておくけどネットで調べたりすんなよ』
そこに書かれていたのは、訳分かんねえ英文だった。

eight letters, three words, one meaning

「これ、何て訳すんだよ?」
「八つの文字、三つの言葉、一つの意味、でしょ」
俺の携帯の画面を見つめて、さつきの奴はさっさとその言葉を日本語にしてくれた。
「それで?」
「えっ?」
「これ、何だよ?」
「何って聞かれても、そんなの分からないよ」
ちっ、役に立たねえな。声を潜めることなくそう言い返すとさつきは怒った。あーあーウルセエなあ、本当に女のヒステリーって手に負えねえわ。
「もう、大ちゃんが課題手伝ってって言うからこうやって駆けつけてあげたのに!結局、さっきからサボってばっかじゃん!しかも、質問に答えておいてその態度」
携帯を取り返し、操作している俺に向けて口うるさく言う相手に、適当に頷く。
「大体、それ何なの?」
「なーんか火神から送られてきたんだよ。なぞなぞらしいんだけど」
そう言うとさつきは「ふーん、もう一度見せて」とその英文を覗き込んだ。
八つの文字、三つの言葉、一つの意味。これが表すものを当てろ、という事らしいが。ハッキリ言うと、これだけじゃ何のヒントも出ていない。とりあえず、単語を合わせて何かをどうにかするわけなんだから、答えは英文になるんだろうけど、分かるのはそれだけだ。
こういう事してくるあたり、帰国子女はムカつく。英語壊滅的らしいから、余計にムカつく。
「火神君からの問題なんでしょ、大ちゃん一人で考えてみたら?」
「俺がこんなもの分かると思うか?」
「だよね、まあ私に聞いてるからもうカンニングも同じだと思うけど」
「ネットでは調べてねえ」
一応、約束は守っているという意味で伝えてみると、呆れたように溜息を吐かれた。
「屁理屈もいい加減にしたら?たまには素直にならないと、手に入るものも入らないよ」
「ウルセエ」
明日までに、なんとか答えを見つけたい。そのためには、手段を選んでいる暇はなかった。

アイツの事を知りたい。

八月の最初の頃だった、火神の奴に俺が告白したのは。
お前の事が、好きなんだと。
「悪い青峰。俺、分かんねえ」
最初はビックリしたように目を大きく見開いた、次にちょっと困ったような顔をして、少し頬を染めながらそう答えた。
ああ、振られたなと俺は思った。というか、最初から負けの分かってる勝負だったから感想なんてそれくらいだ。男とか、好きなわけねえよな。俺だって自分で自分に驚いてるくらいだ。
でも、結果が分かってるから冷静に受け入れられると思ってたけど。いざ目の前にしてみると、やっぱり心が痛くなるな。
「だからさあ青峰、ちょっと時間くれねえ?」
そんな俺に、火神は真剣な顔でそう告げた。
「はあ?」
「だから。俺、お前の事ってバスケ通してでしか分かんねえけど、仲間って感じでもないし、友達とも違うような気がするし。なんかよく分かんねえんだよ、だから」
ちゃんと分かったら、ハッキリ返事する。
火神はそう言った。
同性だから、という理由だけで簡単に断られると思っていた。それでも、コイツは優しいから。これからも友達でいてくれ、とか一緒にバスケしてくれとか言って、突っぱねたりはしないだろうと予想していた。
なのに、コイツは簡単に切り捨てたりしなかった。断る事なんて簡単なのに、それでも俺と向き合ってくれるという。
でも、答えが分からないというのは、変に心が落ち着かない。
いっその事、その場で断られた方が気が楽だったんじゃねえの。そんな風にも思った。
この一か月の間、おかしかったのはあの一日だけ。その日を除いて、俺達には何の変化もみられない。
誘われたら一緒にバスケして、思いっきり遊んで、飯食って、たまにアイツの家に泊まったりする。
以前から、全く変わらない日々。
どんな気持ちで向き合えばいいんだと悩んだのは、最初だけだった。
あれは夢だったんじゃないかとそんな風に思ってしまうくらい、俺達は変わってない。
だけど、いい加減に知りたい。

お前、俺とどうなりたい?
俺を、どうしたい?

「いっそ、他の人達にも聞いてみたら?」
「他の人達って?」
「テツ君達。誰か一人くらい、知ってるかもよ」
そう言われて、昔のチームメイトの顔を一人一人思い浮かべてみる。確かに、テツはよく本を読むし、赤司や緑間は頭が良い、黄瀬なんかだと俗っぽい情報にも精通してるかもしれないし、紫原の場合は懐いてるチームメイトが火神と同じ帰国子女だ、上手くいけばソイツから答えを聞き出してもらえるかもしれない。
「メールしてみっか」
正直に言うと、アイツ等に借りを作るのはちょっと癪に障るけど、こればっかりはもうお手上げだ。明日までにはもう時間が限られてる、一人で悩んでるよりはもう手を借りるしかない。 携帯を操作して、さっそくメールを作成する。

『件名:答え教えろ
火神の奴から、よく分からねえなぞなぞ出された。
答え考えてくれ』
と打ち込んだ後、その下に英文をコピペして全員に一斉送信する。

最初に返事が返ってきたのは、黄瀬からだった。
あんまり期待はしていなかったものの、一応は何を書いてあるか確認する。
『差出人:黄瀬良太
件名:Re.答え教えろ
青峰っちからメーとか、超めずらしいッスね!ちょっと嬉しいッス!』
ここからしばらく、どうでもいい内容が続く。正直に言うと、読むのが面倒だから必要そうな所が無いかどんどん読み飛ばしていく。アイツのメールって、本当に毎度毎度なんてこんな意味ない事、大量に書けるか謎なんだよな。
『それで、あの問題なんッスけどね。
申し訳ないッスけど、俺もよく分かんないッス。
でも、8文字で3単語で1個の意味になるんでしょ?これって、語呂合わせとか関係ないッスかね?
ほら、8/31って青峰っち誕生日でしょ。
それに合わせて、火神っちが何か伝えようとしてるとか?』
成程それはあるかもしれない。
だけど、その語呂合わせになりそうな言葉が全く埋まらないんじゃ意味がない。
しかも、アイツが俺の誕生日を知っているかどうかも怪しい。
とりあえず黄瀬には『話しが長いんだよ死ね』と返信しておいた。
その後で来たメールは、無視してやった。

次にメールが返ってきたのは緑間の奴からだった、アイツがこんな事に首を突っ込むとは珍しいので、ちょっと意外に思った。とりあえず、黄瀬の時よりも期待してメールを見る。
『差出人:緑間真太郎
件名:Re.答え教えろ
人に質問しておいて、あんまりな態度なのだよ青峰。

問題の送り主は火神だろう?
ならば、これは英語圏などで見られる、俗語の類の問題かもしれない。
英語辞典や参考書の類などは、あまり役に立たんだろう。

だが、たかだか八文字で完成するんだから単純な慣用句の類だ。
少しは自分で考えてみたらどうなのだよ』
チッ、期待した俺が馬鹿だった。
文字を見ていると、なんだかアイツの声で簡単に脳内再生されて余計にイラついてきた。
なので『分からないなら、正直にそう言いやがれ』と書いて送りつけた。

次に返答があったのは、紫原からだった。
アイツにしては意外に早い返信だったな、と思いながらもメールを開ける。
『差出人:紫原敦
件名:Re.答え教えろ
ちょっと峰ちん、いきなり何?
っていうか、俺がこんなの分かるわけないじゃん。
でも分かんないのも悔しいから、室ちんに聞いてみたよ』
よし来た、これでもう悩む必要はない。そう思ったのは一瞬だった。
マジで、俺の期待を返せ。
『なんかね、室ちんが言うには「これは本人が気付かないと意味がない言葉だよ」
らしいよ。
だからごめんね峰ちん、教えらんない』
「ふざけんな」
思わず携帯に向けて悪態を吐くものの、電話ではないので相手には伝わらない。
とりあえず、怒りのまま今呟いた言葉をそのまま文字にして送りつけた。

そろそろ返事にもあまり期待してなかったのだが、それでも律儀にアイツ等は返信してきた。
表示を見て、期待をしても良いものか一瞬迷った赤司からのメールを確認する。
『差出人:赤司征十郎
件名:Re.答え教えろ
あんまりな挨拶だね大輝、まあ今回は大目に見ておくよ。

例の問題だけど、これはとっても大事な言葉だ。できるなら君が、自分で気付くのがいいんだろうが。だが大輝の事だから、何のヒントも無しには解けないだろう。
だから僕からヒントを出してやろう。

火神大我は、君に何かを伝えようとしているんだ。

しかし残念ながら、これ以上は確信に迫ってしまうので言えない。
よく考えてみる事だ。
それじゃあ、また』
ようやくヒントらしいヒントをもらったものの、結局は意味が分からない。
火神が俺に何かを伝えたい?
っていうか、それならこんな事しなくても直接言えばいいだろ。
しかし、赤司を相手に文句を言っても解決するわけではないし、他の奴よりもまともな返事だったので、とりあえず礼だけは書いて返信する。

ますます頭を抱えている俺の元に、また携帯電話が鳴り出した。定期的にメロディを鳴らすのは、メールではなく電話だからだ。
表示には見慣れた名前に、しまったと思うもさつきが先に反応してそれに出てしまった。
「テツ君、久しぶり!電話してくるなんて珍しいね」
待て、テツが電話してきたのは俺だ。多分、電話の向こうでテツ自身もなんでさつきが出たのか考えて、溜息でも吐いてるんじゃないか?
一頻り話をして落ち着いたらしいさつきから、携帯を奪い返す。
「ようテツ」
『こんにちは青峰君。もしかしてですけど、夏休みの宿題を桃井さんに手伝ってもらってたんですか?いい加減に、計画的に取り組む事を覚えた方がいいですよ』
「ウルセエ、そういう嫌味を言うために電話かけたんじゃないだろ?」
『勿論ですよ。あの例の英文ですけど、答え分かりました?』
「赤司の奴がヒントはくれたけど、さっぱり分かんねえ。なんか、俺自身が気付かないと意味がないとか言うんだけど」
『そうですね、僕もそう思います』
一体なんだっていうんだ、苛立ちをたっぷり含んだ舌打ちをすると、電話口の向こうでテツの溜息が聞こえた。
『まあ、これが分からないと君が困りそうなので、僕もヒントをあげようと思います。
この英文を夏目漱石は「月が綺麗ですね」と訳しています』
「月が、綺麗ですね?」
何だソレ、月が綺麗ってそれがどうしたんだよ?
「月が関係してんのか?」
『当たらずも遠からず、ですかね。全く関係ないわけじゃないかもしれません。知ってますか?今年の八月は、ブルームーンなんですよ』
「ブルームーンって何だ?」
月が青くなるような、そんな理科系のイベントでもあるのか?と言うと、黒子はクスッと笑って「君らしいです」と言った。
絶対にお前、俺の事バカにしてんだろ。
『ブルームーンっていうのは、一月に満月が二回ある珍しい現象の事ですよ』
「それがどうしたんだよ?」
『今月一度目の満月は二日、火神君の誕生日です。二回目の満月は三十一日、つまり明日です。君の誕生日でしょう?』
「それで?」
『やっぱり、これじゃあ通じませんか。ちなみに、赤司君からはどんなヒントをもらったんです?』
「あ?火神は俺に伝えたい事があるんだ、とか言ってたけど」
『成程、確かにその通りです』
「つーかよ、何だよ伝えたいことって。なんつーか、らしくねえんだよな、こんな回りくどい真似とか。言いたい事あるなら真正面から言えよ」
『正面切って言い難い事だってあるんですよ』
黒子はそう言うとクスリと笑った。
何だよ、言い難い事って。それなら、俺の方がもっと沢山あるっつーの。
『別に悪意があるわけではないですよ、ちょっと君を困らせてみたかったんでしょう』
「はあ?意味分かんねえ」
『青峰君はそれだけ、火神君に愛されてるんです』
「愛されてるって……お前」
『僕からのヒントは以上です、では後は頑張って考えて下さい』
そう言うとすぐにプツッという回線の切れる音がして、すぐに短い電子音が鳴り響いてきた。
結局、分かるヒントなんて何もねえじゃねえか。

「ねえテツ君なんだって?」
うずうずしながら尋ねる幼馴染みに、電話の内容を要約して伝える。といっても、よく分からない月の話が半分くらいだ。
昔の仲間の頼りなさに、苛立ちだけが倍増していると俺の目の前でさつきが笑い始めた。
「何を笑ってんだ?」
「ん?私、答え分かっちゃった。火神君って、なんというか……実はロマンチストとかなのかな?」
「はあ?」
さっぱり分かんねえと言う俺に、さつきは「大ちゃんには難しいよね」と苦笑いを見せる。
「じゃあね、赤司君が言ってたみたいにしよ。火神君は大ちゃんに何かを伝えたいの、この二つを英語にしてみよ」
「英語にするって?」
「だから、火神君が大ちゃんに何か声をかける時、英語ならどうなる?」
「えー……」
「もう!一人称と二人称だけでしょ」
つまり「I」と「you」の二つが必要という事か。
これで、三つの言葉の内の一つは埋まった。あと必要なのは、この間に入る言葉だ。全体で八文字なんだから、残りの一つは四文字の単語なんだろう。でも英語の中で四文字の単語なんてそれこそいくつあるんだって話だ。
それを入れれば、ピッタリと綺麗な意味を持った文章ができるはずなのだが。
首をひねる俺を見て「じゃあ次はテツ君のヒントね」とさつきは続きを促す。
「月なんて関係ないのに、何で夏目漱石は月が綺麗ですね、って訳したんだと思う?」
「そんなもん、月が綺麗だったからだろ」
関係ないんだって、と叫ぶ相手に。そういやテツも月は関係ないって言ってたなと思い出す。
じゃあ何だっていうんだよ?
「偶然だけど。大ちゃんと火神君の誕生日、今年は満月なんでしょ?」
「そうらしいな」
「特別だよね?」
まあ特別なんだろう、黒子も珍しい事だって言ってたし。
「この月、いつもよりも綺麗だと思う?」
「あっ?別に綺麗とかないだろ、満月は満月に変わりないし」
ただ二回巡ってくるってだけだ。見た目がそうほいほい変わるわけがない、特別に綺麗というわけじゃないだろう。
「大ちゃんがそれを一人で見たら、そうかもね」
「一人じゃなかったら違うのかよ?」
「じゃあ例えば、大ちゃんが好きな人と一緒に月を見たらどう?どんな日でも、特別に見えるんじゃない?」
「変わんねえだろ」
どうあっても、そこにあるのは月でそれ以上のもんではない。特別に見えるわけがないのだ。
「本当にそう?」
「しつこいな、それくらいで変わるわけが……」
そう言ってから思い出した。

八月二日の、アイツの誕生日。

誘われて一緒にバスケをしていた俺達は、日が沈んで、月が出るまでコートに立っていた。もう無理だと根を上げたのはどっちだったか分からない、多分、火神の奴が「腹が減った」と言うから終わったんだと思う。
「遅くまで付き合わせたし、ウチで晩飯食っていけよ」
なんて言う火神と連れたってコートを後にした。
白い街灯に照らされた道を歩きながら、他愛もない会話を続けているとふいに、火神は空を見て笑った。
「綺麗だな」
何が?と尋ねる先にあったのは、丸く輝く月。
昼間のギラついた太陽とは違って、優しく涼しげな柔らかい光。それを見上げて、火神は笑ったのだ。
「そうだな」
確かに、その月は綺麗だったと思う。
でも俺は、はっきりと月なんて見てなかった。満月だって言われて初めて、そういえばそうだった気がするというくらい、月の事なんて本当に二の次だった。
だって、隣に立ってたお前がなんだか優しく笑ったから。
それがあまりにも綺麗な笑顔だったから。
なんだか今、言わなければいけないと唐突に思ったのだ。
「火神、俺。お前の事が好きだ」

ふと、先ほどのテツを始めとしたアイツ等の言葉を一つ一つ思い返す。
俺の誕生日に合わせて。
単純な言葉で。
でも、正面切って言い辛くて。
俺が気付かないと意味がない。
アイツが俺に伝えたい事。

……いや、まさかな。

「ねえ大ちゃん」
「何だよ?」
「顔真っ赤だよ」
さては分かったんだと楽しそうに言うさつきに、どうやら自分の想像した単語で正解らしいと悟る。
本当に、アイツは何考えてんだか。
「らしくねえ事、してんじゃねえよ」

なんとしてでも課題を今日中に終わらせよう。
そして明日、アイツの元に走って行こう。
答え合わせをしないといけない。

なあ火神、お前が言いたい事は……。

あとがき
明日までに当日編が完成すればいいな!
2012年8月30日  pixivより再掲
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