屋上で昼寝をしていた、昼の熱い日差しのせいで俺の頭はいかれてしまったんじゃないかと思う。
火神と結婚する夢を見た。

恋は戦争!

不思議だった。俺も火神も社会人になってて、どこか知らない広い家で二人で暮らしている。そこで火神は俺の奥さんやってた。どうも専業主婦とかいうのになってくれてるっぽい。 それで俺が家に帰って来ると「おかえり」と言って出迎えてくれた。フリルではないけれど、新妻の制服であるエプロンはしっかりと装備してある、濃いめの青のデニム地のエプロンををはためかせて、玄関まで小走りに近寄ってくる。
笑顔で迎えてくれたアイツに挨拶を交わしてキスをする、フレンチじゃなくってアメリカ仕込みのディープなキスだった。
結構ラブラブじゃねこれ。おかえりなさいでキスするとか、大分やらかしてるよな。
流石に新婚さん定番の台詞は回避された、でも当たり前のように俺の荷物を受け取って、先に風呂を勧める。火神本人はキッチンに向かって料理の続きをしているみたいだ。

なんていうか、アイツってこんなに素直なんだっけ?
こんなに女子力高いんだっけ?
いや女子力っていうか、これはそのまま嫁としての能力だよな。

風呂から出てくると、火神はしっかりと用意のできた飯をテーブルに並べてくれた。
見栄えも良い上に味も好みだった。正直さつきの殺人料理の恐怖と良のレベルの差に慣れすぎているのだろう。男の手料理だから大したことないなんて偏見はなく、美味しく食べることができた。
食べ終わって食器を片づけると、今度は火神が風呂に入りに行った。
残されている間にどうして俺達は結婚したんだっけ?と考える。
好きだからだろう、という当たり前の答えを呟いて左手を見る。風呂に入る時から気づいていたけれど、アイツと同じ銀に光る指輪が薬指にはめられている。
結婚も悪くないかもな、そう思った。

そこから風呂から上がった火神と一緒に、なんか適当にゆっくり過ごしている内に時間は深くなってきた。火神の行動にどこか落ち着きがなくなってくる、まあ新婚だったら夜の営みだってまだ多いよな。なんて考えている内に、気が付けばアイツにキスしていた。
そうしてどうなったのか、なんて想像するまでもない。
新婚で一つ屋根の下に暮らしている夫婦だぞ、そりゃ夜は一緒のベッドに入る。
正直に言うと、アイツは積極的だし。充分に俺を煽るだけの魅力があった。
ただエロ本やAVを見ているのとは違う、異質な気持ちがこの胸の中を始終支配して。愛してるという言葉が、くっきりと頭の中に浮かんできた。
そうか、俺は火神を愛してるんだよなというのを、セックスの合間に考えていた。
「大輝、だいすき」
そう言ってニッコリ笑って果てた相手に、ああこれが欲しくてしょうがないと思った。

目が覚めて、最初に口にした言葉は「有り得ない」だった。
いやだって有り得ないだろ、何でナチュラルに男同士で結婚とかしてるんだぞ。意味分かんねえっつうの、っていうか相手がテツや良みたいな華奢なタイプならまだ分かったかもしれない。いや、それでも何で男だよとは思うけど、まだマシだろう。それが、俺と身長も体格もほぼ同じの、あの火神だ。
有り得ないし冗談にもならない、笑いさえ出てこないような気味の悪い光景だ。
やんなっちまうぜ本当に。
でも、変に顔が熱いし呼吸も早い。いや、これはこの暑さのせいだ、こんなに照りつけるような屋上で寝てる方が悪かったんだろうな。

だけど、あの夢が頭からずっと離れない。
気が付けば考えている、俺の傍で笑ってくれる火神のこと。コートで向き合った時とは違う、朗らかで暖かで、優しくて、そして愛おしい目。
真っ直ぐな真剣で、それでいながら勝気で絶対に思う通りにならないあの強い目とは全然違う。いや、勿論これは俺のただの空想。それどころか下手すればただの妄想にしか過ぎないんだけど。 でも、見てみたい。
あんな風に傍に居てくれる火神の、優しい笑顔を独り占めしたくて仕方ない。
どういうことだ、イライラが募る。
サボった授業の合間に、学校を抜け出して町をフラついてみる。少しでも気持ちを落ち着かせたくて、どうでもいいことに溢れている場所に行きたかった。
大学生のカップルなのか、私服の男女が歩いているのを見かけた。女の方はちょっと胸デケーな、男の方はちょい冴えないけどまあ好きならいいんじゃねー?
そんな普通の二人組を見て、溜息を吐く。
そうだ、俺だってあんな風に本当はアイツじゃない、おっぱいデカい女の子でも探すべきなんだ。まあアイツだって胸デカいけど……いや、これは意味がそもそも違ってくるし。
っていうか、アイツが飯とか作れるわけないだろうが。一人暮らしだってちゃんとできるか分かんねえし、っていうか俺と一緒でバスケ以外は絶対に無頓着で何もできないタイプだろうな、絶対に!
だというのに、エプロン姿の火神が全然この瞼の裏から消えてくれない。
なんでだよ畜生。

「大ちゃんさ、ズバリ恋してるでしょ?」
コイツの頭も、ついに暑さでやられたか?
幼馴染みに微妙な視線をくれてやる。さつきはニッコリ笑うが、それは腹の底が見えない不気味な笑顔だ。チクショウ、何で女ってこういう時のポーカーフェイス得意なんだよ。
「んなわけねぇだろ」
「嘘、だってなんかソワソワしてる。落ち着きないし、最近バスケのプレイもちょっと強引。そういう時の大ちゃんは、何か悩んでる時だもの」
「それが、何で恋だって分かったんだ?」
「それは、女の勘よ」
でた、コイツの決め台詞。何が女の勘だよバカらしい。
「なんてね、もしかしてとは思ってたけど、確信は今したかな」
「はあ?」
「大ちゃんは今、何で分かった?って聞いたでしょ。普通なら何でそう思うんだ、って聞くんじゃない?」
相変わらずムカつくくらいに、綺麗に感情を隠したままさつきは言う。
「んなの、どっちだって一緒だろ。っていうか大して変わんねえし」
「きっと意識してないだけだって。ねえ相手は誰?」
いや、今回は間違いなくコイツの勘違いだ。だって相手は男だ、しかも火神だ。勘違いされることすら気持ち悪い。
「そんなんじゃねえよ、ただ。面白い相手が見つかっただけだし」
「バカだね、大ちゃん」
「はあ?お前、さっきからいい加減に」
「大ちゃんの顔、見せてあげたい。その人のこと考えてる時はね、なんか優しい顔してるもん。似合わな過ぎ」
「ウルセー、絶対にんなことねえよ」
本当に何なんだよ、お前は。

イライラを抱えたまま、部活をいつものごとくサボって、電車に乗って少しだけ遠出する。
前にさつきから教えてもらったストバスのコートに向かう。火神がよく練習してるらしい場所だ。勿論そこに行ったところでアイツがいるわけではない、まあ暇潰しにでもなればそれでいい。居ないなら、そのまま一人でバスケしてればいいんだ。会えたならそこでハッキリさせたい。俺の中に勝手に居座る相手を倒して、いつもの自分に戻るのだ。
しかし、会いたいと思う半面、居なければいいのにとも思う。こんなゴチャゴチャしたもん抱えたまま会っても、どうせ面白くない。それに、たった一人に悩まされてる自分が嫌だ。
公園に着いた、周囲を見回すけれどコートを使ってるのはどこかの中学生くらいの少年達で、どう見たってアイツは参加してない。
やっぱり居ないよなと思って立ち去ろうとしたら、コートの裏にある広いグラウンドの方からドリブルの音が聞こえた。まさか、と思って裏に回る。

アイツは居た。
見えない相手と一心に向き合っている。誰を想定しているのか、それは考えるまでもない。
きっと俺だ。
途端に嬉しくなって、側に近寄る。そのボールを奪い取ってやろうか、そうしたらどんな顔するだろう。まずは驚くな、それからちょっと機嫌が悪くなるかもしれない。でもバスケに誘ったら、きっとその顔が輝くんだ。強気で勝気で諦め悪い、野心に溢れた目で俺を見るだろう。
なんだ、やっぱり俺はただコイツとバスケがしたいだけじゃねえか。あんなに楽しかった試合、忘れられるわけがない。
恋焦がれてるのは間違いない、あの興奮に俺は恋してるんだ。

「よお」
予定通りアイツからボールを奪い取ると、予想通りの反応が返ってきた。驚いて、機嫌が悪くなったのかちょっと顔しかめて、でもバスケ誘ったらすぐに喰いついてきた。
「でも今、コート使ってるからな」
「ああ?どっかの中坊だろ、追い出せばよくね?」
「駄目だって、俺が出禁されたら困る」
なんだよ、見た目に反して生真面目な奴だな。
面白くないというのが顔に出てたのか、火神は苦笑いして「あと三十分くらい待て」と言った。
「アイツ等、いつも五時過ぎには帰るから。それからでもいいだろ?」
そんなこと言ってるけどよ、ソワソワと落ち着きないのは見えてるぞ。そんなに楽しみかよ、俺と勝負するのは。
そう考えると、俺もなんだか体が疼き始めた。なんだ一緒かよ、と思ったけれど悪い気はしない。
「そういえば青峰、お前なんでここに居るんだよ?」
余った時間、沈黙のままで居辛くなったのか火神が口を開いた。
「ああ、暇だったから」
「暇って。お前の学校、部活は?」
「サボリだ。そういうお前だって、部活行ってねえだろ」
「休みなんだよ、先輩達が明日から模試なんだと」
補講が付くと、余計に練習に支障が出るからと、コイツのとこは休みにされたらしい。監督が学生っていうのは、こういう時に面倒だな。
それから、適当にコイツと話してる間に五時を過ぎ、コートを使っていた中坊達が出てきた。火神の姿を見つけ、挨拶をするあたり顔馴染みってことなんだろう。
ソイツ等の一人が俺を見てあっと声を上げた、何事か話していたもののしばらくしてから「帝光の青峰さんですか?」とおずおず聞いてきた。
「元・帝光な。今は卒業して桐皇学園に居る」
そう答えると、中坊共は凄い凄いと騒ぎ立てる。側で見てる火神もこれには苦笑しているようだ、黄瀬と違って、俺だってあんまこういうのは苦手だっつうの。
「これから練習っすか?」
「練習つーか、コイツと1ON1する予定、良かったら見て行くか?」
まあ俺の圧勝だけどと言えば、流石に頭に来たのか火神は睨みつけてきた。いいなその目、やっぱりお前は俺を楽しませてくれる。

相手にボールを放る、先に攻めさせてやるよと言うと、やっぱり癪に触ったのだろう、顔が嫌そうに歪む。だけど、素直にそれに従う。言い返したところで何も進まないと思ったんだろう。
ドリブルの音がコートに響く。今ここで向き合っている間、コイツは俺のもんだ。試合中の火神は俺と向き合いながらも、黒子や他のレギュラー選手を気にかけている。チームという単位で動く相手にとって、試合の流れがそれを許さない時は俺との勝負も流しにかかる。それはプレイヤーとして正しい判断だ。
だけど、少しだけつまらない。
俺はお前と勝負がしたいんだ、そう思う時は確かにあった。頭で理解していても納得できない瞬間だ。たった一人の選手に、ここまで執着するのは珍しいかもしれない。
向き合った相手の目を見る、立ち塞がる俺をどう攻略するか、頭の中では目まぐるしく案が回っているだろう。
ふと、一瞬その視線が揺れた。俺を避けようとしたわけではない、見えない誰かをその端に求めていたような、そんな感覚。
燃えるような赤い目の端に、影が落ちた。とても見慣れた影だ。
気に入らないと思ったのは一瞬、しかしそれは意識に隙を生んだ。その空白を狙って火神は俺の横を抜けた、一気に駆け抜けて高く飛び上がると得意のダンクを決める。コートの向こうからは見知らぬ中坊の歓声が上がった。
「集中しろよ青峰、ファンの前で恥かきたくないだろ?」
「ぁあ?言ってくれんじゃねえか!」
お前の方こそ集中しろよ、今ここには俺とお前しか居ないんだ。誰かに頼ることなんてできないぞ。お前の影なんて、どこにもいない。
投げられたボールを受け取って、俺は笑いかける。微笑みのような優しいもんじゃねえ、試合を楽しみたい貪欲な顔だ。
ボールを持てば俺が負けるわけがない、走り出した俺に追いつけるか。
背中に、時にはすぐ横で食い付くように俺に寄る相手の、これもまた貪欲な顔に、やっぱり笑みが零れる。

結局は、俺の方が勝った。
とは言っても、アイツだってかなり喰いついてきたのは確かだし、前よりも格段に俺に追いついてきてるのは間違いない。
コイツの成長は、本当に楽しみだな。
目を輝かせて見ていた中坊共は、最後までうるさかった。まあ邪魔はしなかったけど、しかし、火神の実力というものを今までそんなに知らなかったんだろう。一人で練習してるから、比較対象がなかっただけとも言える。終わった後にはアイツの元にも尊敬の眼差しを向ける奴が何人も居た。
まあ、あの豪快なダンクは見てて楽しいだろうし、成長期が始まったばかりの中学生にしたら、憧れではあるだろう。
適度な運動をした程度で、そんなに疲れてはいない。本当のことを言うと、時間があればまだ動きたい。
まだ、興奮の熱が引かない体を持て余していると、目の前に缶ジュースが差し出された。
「お疲れ」
「別に疲れてねえよ」
そう言うが、渡された物は素直に受け取る。よく冷えたそれはコートの側にある自販機で買ったばかりなのだろう。負けたから奢ってやるなんて尊大な態度で言い放った相手に、素直じゃねえなと思った。
「やっぱ、お前強いな」
「ハッ!当たり前だろ」
そういうの止めろと呆れたように言う火神だが、よく見ると顔は笑っているようだ。何でこんな事で笑われるか分からず、顔をしかめる。
「なんか調子悪いのかと思ったけど、思ったより威勢良くて安心した」
「はあ?」
俺が調子悪いって?どこをどう見たらそんな事言えるんだよ、顔をしかめて呟くと「だって」と意外そうに言う。
「なんかプレーの途中で、偶に迷ってたというか。そんな風に見えたんだよ」
「迷ってるとかありえねえって、大体、それはお前の方だろ」
「俺?」
きょとんと首を傾げる相手に、イライラしながら言う。
「俺と向き合ってる時に、他の仲間のこと意識してんな」
気に入らねえ、そう言ったら火神は顔をしかめた。
「んなことしてねえよ」
「はあ?でも確かに」
「勝手に想定してんのはお前の方だって、過去の俺のプレイを勝手に頭の中で再生させて、居もしないチームメイト勝手に見たんだろ」
言い返して来た相手に、苛立って思わず立ち上がると胸ぐらを掴んでいた。
真っ直ぐに俺を見つめ返す、火神の赤い真剣な、でもどこか怒りの色を濃く映した目。よく知ってる目だ、食い殺してきそうな強い目。やっぱりコレがなくちゃ、張り合いがない。
「何、悩んでるんだよ?」
「悩んでなんか」
「嘘言えよ、黒子がそういうこと漏らしてたぞ」
「テツの話なんかすんな!」
思わず叫んでいた。
その名前を聞きたくなかった。コイツから元相棒の名前を聞くと、イライラする。コイツの傍に自分は居ないのだと、無理にでも指示されているようで、嫌だ。
ああ、何でこんなにも俺は嫌だ嫌だと思っているんだ。コイツの事なんて、なんとも思ってない。そうだ、それをハッキリさせようと思ってここまで来たんだ。だというのに、俺の中は整理するどころかどんどん訳分かんねえもんが、ゴチャゴチャと騒ぎ立ててきて、ちっとも収まらない。

何だよこれ、何なんだよ。

ふと、目の前で真剣に向き合っていた目が揺れた。
俺の頭にゆっくりと優しい手が降ってくる、髪を梳いて、撫でられていく。驚き見つめるその前で、火神の目からすっと怒りの色が消えた。
「大丈夫か?」
「何が?」
「泣きそうな顔してるけど」
誰が泣きそうなんだよ、と言い返そうとして口をつぐむ。
怒りや苛立ちが消えて、その目に残っていたのは。あの日に見た夢の中の火神のような、優しく温かい光。
ゾクッと背筋によく分からない感覚が走り抜け、掴みかかっていた手を離してしまう。
寒くは無い、むしろ全身が一気に燃え上がったような気分だ。火を付けられたとでも言うのか。
本当にコイツ、こんな優しい顔できたのかよ。
「何あったか知らねえけど、黒子とは友達なんだろ?お前が何で悩んでるのか、分からねえけど、相談くらいは乗るからさ。誰か頼れよ。
もしつまんねー事で悩んでて、バスケに支障きたしてんなら、俺は絶対に許さないからな」
「っう、ウルせえよ」
震えたような、変に上ずった小さな声で告げ顔を背ける。
ほとんど陽が沈んだコートには、赤い光とそこに伸びる長い二つの影だけが映っている。荒い呼吸を繰り返す俺に、そっともう片方が近付く。
「大丈夫だって、お前だし」
「んだよ、その根拠」
「お前はビックマウスで、ちょっと嫌味な奴くらいが丁度いいんだって。変に考えても、どうせ馬鹿なんだから何も分かんねえし」
「うるせえな!馬鹿は余計だ、馬鹿は」
振り返って睨みつけると「それだよ」と火神は笑う。
何がそれだ、と思ってると。その目にまた好戦的な色が浮かぶ。
落ち着きを取り戻さない心臓が、また大きく跳ね上がる。
「俺に勝てるのは俺だけだ、とかさ。なんかそういう俺様な奴じゃないと、青峰らしくないんだよ。人に何か言われて噛み付き返してこないと、なんか張り合いないし。俺が面白くねえ」

食われるかと、思った。
凄く綺麗だったんだ、コイツの笑顔が。
俺を真っ直ぐに見てて、俺だけのこと考えてくれてて。それが凄く嬉しくて、ただただ見とれて。
心臓、食われるかと思った。

「今日も中々楽しかったけどな。なあ、また時間あったらやろうぜ」
「あ、ああ。いつでも受けて立ってやる。まあ俺が勝つだろうけどな」
自分の作る笑顔が、普段ずっとしている人を見下したような顔がどんな物だったか、すっかり忘れてしまっていた。顔の筋肉をなんとか動かして、誤魔化すように答えると火神は嬉しそうに笑って、コートの端にある鞄を取りに行く。
「お前、まだ帰らねえの?」
「もうしばらく、ここ居るわ」
遠くからかけられた声にそう答えると、「またな」と言って手を振る相手の輝かんばかりの笑顔が、俺に投げられた。
姿が見えなくなるまで見送って、それから、コートの真ん中でその場所に大の字になって寝転ぶ。
「チクショウ」
さつきの言った通りじゃねえか。
どうやら俺は、アイツのことが好きらしい。
こんな事、今まで無かった。女子と付き合った事がないとか、そういう訳じゃなくて、それまでと全然ものが違うんだ。こんなもの知らない、こんな感情、俺は全然知らないぞ。
叫びだしたい気持ちを抑え込んで、運動したからだけでは済まないくらい、熱をもった自分の頬に触れる。なんだこれ、絶対にさっきからずっと顔も赤かっただろ。夕日に照らされて、気付かれてなかったらいいな。
瞼を閉じると、さっきまで俺を見つめていた優しい火神の目が浮かんできた。夢ではない、アイツはあんな顔で俺のことを見てくれるのだ。万人に向けの心配する時の顔だとしても、それでも、一瞬でも俺に気をかけてくれたのは間違いない。
優しくて、温かくて、淡い光のような、アイツの顔。
一瞬だけの温もり、それが俺の中で有り得ない熱量を持って、どんどん膨れ上がってくる。
愛おしいって、きっとこういうこと言うんだな。

目を開けて立ち上がる頃には、すっかり暗くなってて街灯の白い光がコートに降り注いでいた。
服についた埃を払い落し、深く息を吐き出す。
覚悟は決めた。俺の決意はもう、揺らがない。
というかやるしかないだろ。
アイツを完全に制圧しないと、俺の心臓はもう帰って来ない。なんとなくだけど、それは分かった。俺は完全にアイツにやられちまった。
だから、戦争だな火神。

アイツを墜とす準備を重ねて、一週間後。
普通に生きてるアイツを捕まえて、こちらから誘いをかけた。
この時間に全てを賭けて、手に入れたのは一か月。
「俺のこと好き過ぎてどうしようもなくしてみせるっつうの」

俺からアイツへの宣戦布告。

あとがき
青峰の火神への想いを自覚していく、そんな過程をちょっと書いてみたかったのです。
2012年8月3日 pixivより再掲
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