人の心に、魔は潜む
人の心に、鬼は棲む
一夜の過ちを気の迷いだと封じ込めるか……それとも
己が本心と認めるか
愛しいの意味を知ってるか?
魔が差したのだと思う。
体の熱を治めたかったのではない、その熱が欲しいと思った。
女に化けると言った火神に、その必要はないと告げ。男の姿のままで肌を合わせ。
夜伽を共にするのならば、お前でなければ意味はないと告げた。
使い魔である火神を押し倒し、自分の欲に張った魔羅と相手のものを擦り上げて、そのまま性を放った。
「あっ!ぁあ」
「っく」
張り詰めていた熱が弾けて、二人揃ってふっと息を吐いた。
顔を赤く染めて荒く呼吸する相手が、そっと俺の頬に手を差し伸べてきた。
「どうした?」
「分かんねえ、でも何か、お前が一緒に居るのが嬉しいって思った」
何だこれ?と尋ねる相手に、俺は微笑んで「何だろうな?」と返す。
「火神」
「何だよ?」
「愛しいの意味を知ってるか?」
俺の言葉の意味を、人でないお前はどこまで理解できているんだろうか?
柔らかく微笑んで息を吐く。
考えても仕方がない事だ。
「青峰?」
不思議そうに俺を見上げる赤い瞳に、白い月が映っている。
ああ、人を狂わせる光だと思った。
今宵の俺はもう、止まらないだろう。
火神は獣の時の赤や黒の体とは違い、人の形を取る時は白く美しい肌をしている。月光の下で見るとその肌の表面は滑らかで、光を吸い込み自ら淡く輝いているようだ。
すらりと伸びた足を撫でていた手を、その衣にかける。スルリと音を立てて体を滑り落ちていく衣服、その下から露わになったのは、男の固く機能的な美しさを備えた体。
獣のようにしなやかな体に胸から腹にかけて大きく裂けた傷痕が痛々しく、しかしどこか禁忌にも似た官能的な香りを出していて、思わず喉が鳴る。
ハッと小さく息を零し、相手を見つめるとさっとその顔に朱が走った。
「青峰、あんま見るなよ」
下から顔色を伺うようにそう言う相手に、それは無理だと思った。こんなに美しいものを見るなというのは酷い。お前が恥じらいを持って嫌がる姿がまたいじらしく、更なる色気を振りまいているのに気付くべきだ。
魅入られている。
そもそも魅は人ではない力の事だ、これは物の怪を表す。
この男はまさしくそれだ、人の世から離れた存在。本来なら、交わるはずのないものだ。
けれども、俺は今コイツと交わろうとしている。情を、交わそうとしている。
それがいかに危ない事かは、重々承知している。そもそも、自分は普通の人間よりもあちら側に近い位置に居る。近づき過ぎれば、人の世に返って来れなくなるだろう。
でも、それもいいかもしれない。
そっと肌に触れてみる、自分よりも白く美しい肌ははっきりとした弾力と温かさを持って、この手に存在を伝えてくる。
はぁ、っと大きく息を零す相手の口に吸いつく。甘く熱く迎えてくれた咥内を、舌を使って可愛がってやればツンと舌先に鋭利な物を感じた。
口を離して、そっと指を差し入れて開かせてみると、人よりも大きく尖った八重歯が見えた。そこに人の形でありながらも獣らしさを感じ、フッと息が零れた。
「あんらよ?」
口に指を突っ込まれたままで上手く喋れないんだろう、特徴的な眉をしかめてそう言う相手に「何でもない」と返す。そして、首筋にそっと唇を寄せて柔らかい部分を舐め上げた。
「ひっ!」
ビクッと体を震わせる相手にくつくつと笑うと、それがどうやらお気に召さなかったらしく、手を伸ばすと少し抵抗しようと頭を逸らさせた。
そんな事で離れたりはしない、ニッと笑って皮膚に少し歯を立ててやると、怯えたように震える。その様がやけに愛らしく、愛おしい。
やっぱり自分は今、この男に魅入られているんだ。
しっとりと濡れた体を、解していくように愛撫する。
固く息を詰めていた相手は、どんどんと俺の手で蕩けたようにクッタリと力なく横たわる。時折、息を詰めて縋り付く手に力が入る。
「んっ、くぁ……はあ」
苦しそうに呻く相手の頬に手を差し伸べると、嬉しそうに摺り寄せて来た。こういう所はやはり猫だなと思ってしまう、家猫だったらしい彼は人の温もりには従順なのだ。
息を大きく吐けと言うと、それに従って少しだけ力が緩む。
中に収めた指を少し動かしてみるとグチリと濡れた音がした、きつく結ばれた目からは月の光に濡れた涙が零れ落ちていく。
「火神、力抜け」
「はっ……あ無理」
これ以上は無理だと、彼は訴えかける。薄らと開けられた目から、更に涙が滑って落ちた。掬い取ってやると、くすぐったそうに身を捩る。
体の中に埋め込んだ指を動かすと、彼はやはり苦しそうに息を詰める。
既に一度は快楽を吐き出した後だが、激しい衝動に駆られ、それでありながら優しく溶かしたいという願望がない交ぜになり、どうしたら良いか分からない。
「ひゃぁあん!」
ぐっと折り曲げた指が触れた先、今までとは違う甘い声を上げた相手を見つめ。もう一度、そこを擦り上げてみる。
「あっ、青峰待って……そこは」
びくびくと震える体、やはりここがいいんだろう。何度も何度も引っかくように刷り上げてやると、いやいやと首を振りながらも気持ち良さそうに体を捩る。
無意識に醸し出される色香は生のものとは違う、不可思議な香が体から匂い立つ。甘く、逃れられない強い誘惑。
柔らかく解けた火神の蕾から指を引き抜くと、誘われるようにその内側へ、自分の猛った雄を押し入れる。
「あっ」
切なそうに零れ落ちた火神の声に、もっと熱を求めて口づける。
埋め込まれた欲に張った雄に、彼はぎゅっとしがみ付く。狭くきつくはあるけれど、彼の熱くうねる肉の壁は俺を喜んで迎え入れてくれたような気がする。
「火神」
「あお、みね……」
トロリと惚けた目が、俺を見上げる。すっと伸ばされた手が、頬に触れ、ゆっくりと輪郭をなぞり、やがて唇にまでたどり着く。
触れた先から痺れたように広がる疼きに、俺は身悶えながら熱くなった息を吐く。
それを見つめる火神は、そっと唇をなぞる指を離した。
「青峰、俺へんだ」
「何が変なんだ?」
「体が熱い」
そうだろう、その熱をさっきからこの身に、この体の奥深くまで感じてるんだから。
光の下で浮かび上がる体は、今は熱によって薄紅に色づいている。
快楽を感じるほどに、その身から立ち上る甘い匂いも強くなっているようだ。
まるで、俺を愛してくれているかのように。
「俺も変だ」
「何が?」
「お前を愛しいと思った」
そう言うと、腰を突き上げた。
何度も何度も中を擦り上げてやる、すると悦ぶようにその内側が窄まる。熱い肉の穴に嵌れて、中で肥大化していくのは欲だけだろうか?
伸ばされた腕が俺の背を掴む、衝撃に耐えるように縋った手が滑る。
その瞬間にビッと絹を割く音が響き、体に走ったのは鋭い痛み。驚いて少し体を離せば、宙に浮いた相手の腕の先で鋭く伸びた爪が、僅かに血に濡れて光った。
「おまえ……」
そうだ、この爪はこの男の太刀。先ほどまでは俺が預かっていたけれど、自分の手で返してしまったのだ。おそらくは、無意識の内に伸びたものなのだろうが、皮膚を裂かれ僅かに肉を削ったため、痛みが強い。
「いってぇ」
思わず顔をしかめると、ビクッと俺の下で体が震えた。
「あっ。ごめん、なさ……」
途端、先ほどまで香り立った色香は消え失せて。熱に浮かされたものだけではない涙と、怯えの色がその目に浮かぶ。
違う、こんな色を欲したわけじゃない。
そっと血に濡れた手を取り、鋭く伸びた爪から指先を舐めてやると、ビクッと震えてはぁっと熱い息を零す。しばらく丁寧に拭ってやると、皮膚を裂いた元凶は形を潜め、人と変わらぬ手に戻る。
不安や恐れを拭い去り、再び熱に溶けた目に俺は笑いかけた。
「青峰?」
首を傾げる相手の目元にそっと口づけ、背中を裂かれた衣服に手をかけて、さっと切り裂くように脱ぎ捨てる。こんなものはもう、纏っていても同じだ。
夜風に当たり、背中に走った痛みが鮮明に浮かび上がってくる。
「火神、後で手当てしろ」
「後で?」
「今はこっちが大事だ」
そう言って相手の良い所を突き上げてやると、はっと息を詰めて床の上で震える腕がよすがを求めて何度も行き来する。
「俺にしがみつけ、火神」
「いやだぁ!あぁ、俺の爪は、んっ!はぁ……人の体くらい、くぅ、ん。下手すりゃ、切り裂いちまうからぁ」
おいおい恐ろしいこと言うな、お前その爪で今、俺にしがみ付こうとしたのかよ。しかし実際に、衣は裂かれてしまったもの体に付いた傷自体はそんなに深くはないだろう。
おそらくは、恐怖が力を生み出すのだ。
なら、今ならどうだ?
トロリと溶けきった瞳に笑いかければ、ふわりと頬が染まる。
「火神」
「ぁ、はぁ。なに?」
「いいから、こっちこい」
手を掴んで俺の背へと回させて、何度も激しく突き上げてやる。怯えるように丸まった指は、その内に強く肩に食い込む程に掴まれた。
「ああ、青峰!俺、もう出そうかも」
「そうか」
俺も正直もう駄目だった、突き上げを激しくし、相手の奥へと性を放つ準備をする。
「ぁ、ああん!」
ブルリと一際大きく体を痙攣させ、火神は二回目の吐性をした。その際の食いちぎられそうな肉の締め付けに耐えきれず、俺も中で己の欲を解き放った。
力を失った魔羅を蕾から引き出せば、ゴプッと音を立てて中に出した子種がゆっくりと溢れて来た。
ふわりと香る甘やかな、人を惑わせるほどの力を持って抱かれた相手は、何度も呼吸を繰り返す。
その熱に浮かされた頬を撫でてやると、うっとりと目を閉じて深く安定した呼吸が漏れた。
「悪かったな」
火神は、申し訳なさそうに告げる。
既にその身は清めて赤い小袖を身に纏っている、俺の体を拭いて傷口を拭うその手つきはとても優しい。庭に生えた薬草から血止めの薬を作り、それを塗る準備をしているのだ。
側には朝の布も用意されている、そんなに酷い怪我ではないのですぐに塞がるだろうと思うのだが。本人は大分気にしているようだ。
「この程度、なんともねえよ」
「でも……痛そうだぞ」
そっと溢れる血を拭う布が当てられると、確かにピリッと鋭い痛みが走る。しかし、それも我慢がきかないような類のものではない。大した事ないと何度も言っているのに、火神は気にしているのだ。
「なあ青峰、もうこんな事するなよ」
布を置き、血止めの薬を塗り始めた火神はそっと言う。
「あ?何で」
薬が染み入ってくる痛みよりも、その言葉に顔を歪めてしまった。
背中を向けて座っているので、相手の顔は見えないが、おそらくは浮かない顔をしているに違いない。
捨てられた猫みたいな顔だ。
「だってさ、俺が爪立てたら今度こそ本当にその体裂くかもしれないぞ?夜伽の相手なら、他にもっと居るだろ?一夜の慰めだったら、もっと良い女の所行けよ」
そう言いながら、火神は背に薬を塗りつけていく。やわらかく撫でていく指の通った後が熱を持つのは、痛みのせいではないだろう。
「嫌だ」
はっきりとそう告げると、後ろで息を飲む音がした。
「何でだよ?魔が差しただけの、ただの戯れならもう放っておいてくれ」
「魔が差した事は認める、でも戯れのつもりはない」
そう言って、背中を撫でる手を取る。
振り変えれば、赤い瞳が目の前で揺れている。自分の主からの戯れを、どう受け取れば良いか分からないといった表情だ。
「火神、お前は馬鹿だな」
「はあ?何だよ馬鹿って」
「最初に言っただろうが、愛しいの意味を知ってるか?」
ハッと息を飲み、俺から逃れようとした体を引き寄せる。
「どうだ、知ってるのか?知ってるだろう?そうでなきゃ、そんな顔はしないな?」
赤い目に戸惑いと焦り、誤魔化そうとしたところで分かっている。
お前がその中に見つけたものは、俺への懸想だ。
「お前が好きだ」
「止めろ」
「お前も俺が好きだろ」
自信と確信を持って告げれば、火神は溜息を吐く。
「合ってるんだろ、なら問題ない」
「青峰」
そっと耳元に吹き込むように、火神は言う。
「分かってるんだろうな?物の怪と心通わせたらどうなるか」
人と違う物と交わったら、どうなってしまうのか。
そんなものは誰にも分からない。
それがどういう結果をもたらすのかは、結果が出るまで分からないのだ。
だけどそうだな……人の心は移ろうけれど、物の心は移ろい難い。もしもお前を裏切ったならどうなるか、それは分かる。
俺を見つめる火神の目は、強い光を持って煌めいた。
喰われる事も覚悟しろ、そう告げている。
俺はニヤリと笑いかけ安心しろと言う。
人の心に魔が潜み。
人の心に鬼が棲む。
この世で恐れるべきものは、己の心にあるのだと人は気付かない。
「俺の中にも、物の怪が棲んでんだよ」
そう言って、額にそっと口づけると火神は真っ直ぐに俺を見つめる。
真剣に向い合う、狩場のように。
愛しいという感情は、飼いならせなければ食い殺される獣だ。
その腹を満たしてやらなきゃ、この身を滅ぼす。
飢えているのだ。
愛しいという心を、知ってるか?
それは、相手を喰らいたいという衝動を孕んだ魔物だ。
そんな事も知らず、放って良いものじゃない。
「食らい合おうぜ火神」
そう言って抱き締めて、その首筋を舐め上げてやれば肩を震わせる。
拒否されるかと思ったその手は、しかし俺の背に回った。
「覚悟しろよ、お前」
震える声で言う火神に、笑いかける。
お前が大食らいだって事くらい知ってるつーの。
抱き締めるその向こうで、お前はどんな顔してんだろうな。
西の端に沈み始めた月を見て、俺は満たされてただ微笑んだ。
Q「課題はどうなったんですか?」A「単位ごと窓から投げ捨てたよ!」諸所のトラブルで最後のラスボス課題を単位ごと捨ててやった馬鹿です。
2012年9月22日 pixivより再掲