時は平安。
雅な貴族が栄華を極め、百鬼夜行が往来を行く。
人と人ならざるモノ達が、まだ共存していた世のお話です。

ざわざわと、人の間には今日も奇々怪々な噂話が登る。
「聞いたか?」
「聞いた、聞いた」
「昨日はあの家の下人が見たとか」
「その前は、あの家の侍女が見たそうな」
「やれ恐ろしや」
殿上の大臣も都を守る武士達も、所詮は人の世に生きる者。この世の理にそぐわぬモノ達には、ただただ恐れをなして震えるばかり。
「へえ、そうなんッスか」
集まった男達の話を聞いて、一人が心の中で微笑んだ。
これは面白そうな事を聞いた、と。
そうして早速、走り出した。
殿上人も剣を携えた武士でさえ恐れる、異形のモノ達。
彼等の代わりに、それ等と向き合う者がこの時は内裏に居た。

「あっ!青峰っちじゃないッスか」
そんな声と一緒に、貴族にあるまじき騒がしい足音がしたかと思ったら、バッと飛びかかってくる気配を感じた男は、振り向きざまに相手の腹に向けて自分の足を叩きこんだ。「ふぐぉ」と下品なうめき声を上げてその場に撃沈した相手に向けて、男はキッと睨みつけて言う。
「何の用だ黄瀬」
「うう、挨拶ならもうちょっと穏やかに頼むッス」
そう言って自分の腹をさすりながら立ち上がったものの、最初に穏やかではない挨拶をしようとした本人が、何を言っているんだと相手、青峰は思った。
深い青の水干を身に纏う随分と陽に焼けた若い男は、自分が倒した男に手を貸したりはしない。対する相手は色も白く柔らかな陽の光みたいな髪を持つ美男子である。
色黒の男は青峰大輝、宮中は陰陽寮に務める若い陰陽師であり、その実力はもとよりその破天荒な人柄と、物怖じしない性格から色々な意味で最近注目を集めている。
対する美男子は黄瀬涼太という貴族である。位は高くないものの、その顔と歌の才能が広く認められており、宮中で最も恋文をもらう男だと噂されている。
「ねえねえ青峰っち知ってるッスか?」
「知らねえ」
「ちょっ!先に話くらい聞いてくれてもいいじゃないッスか」
「お前の仕入れてくる面倒くせえ噂話に付き合ってる暇はねえ」
ぴしゃりと言ってのけ、俺も忙しいんだとさっさと歩いて行こうとする青峰に、黄瀬はまた「酷いッス!」と悲しそうな声を上げる。
「大体、青峰っちが忙しいわけがないッス。陰陽師の仕事なんてほとんどしてないじゃないッスか」
「してるだろうが」
「占い、予言、加持祈祷、何もしてくれないじゃないッスか!」
陰陽師の仕事は大まかに係が分けられているとはいえ、この男ほどおかしな者はいない。陰陽師であればこれらの道にはほぼ通じているはずなのに、その実、頼まれた仕事のほとんどを行わない。
本人曰く「それは俺の仕事じゃねえ」と依頼者を一喝する。
青峰の仕事、彼が望む仕事は悪霊・妖物・鬼の退治だ。
「これも立派な陰陽師の仕事だ」
「そうッスけど……とにかく、今回の話は青峰っち好みの話ッスから聞いて!」
「ならつべこべ言わずにさっさと話せ」
決して目は合わせずに青峰は相手に言い放つ。涙目になりつつも黄瀬が話し始めたのは、最近、宮中で噂されているある妖物の話だった。

京の往来に夜な夜な、巨大な虎が現れるという。
その虎、夜闇に紛れる影の体を持ち、風よりも早く走る。
ひと思いに飛べば、羅生門すら飛び越える。
その口からは紅蓮の業火を吐き、夜の闇に紛れて現れては、何やら屠って食うという。
巨大な牙と口をもって、肉を削ぎ、血を啜り、骨まで砕くその音が響いてくるらしい。
食っているのは獣とも、行き会った人だとも噂されているが、本当の事は分かっていない。
物を食っている間に人と行き会うと、燃えるように赤い目で睨みつけてくるという。
それはもう生きた心地がしない程に恐ろしい光景だとか。

「京を脅かす妖ッスよ!青峰っちの出番じゃないッスか」
「あー、それでソイツに誰か殺されたのか?」
「だからそれは分からないんッス、どこかの下人だとか名前も分からない民だとか、色々と言われてるッス」
それはあくまでも噂だろ、そう言うと青峰は大きく欠伸をした。
「どっかの偉いさんでも食われたなら別だけど、誰が死んだかも知らねえのに仕事はしねえよ」
「何でッスか?」
「依頼がないと、報酬が貰えない」
「ちょっ!どんなけ物欲の化身なんッスか!」
そう叫ぶ黄瀬を青峰は食い殺しそうな目で睨みつけて黙らせる。
「つーか、その話だったらもう聞いた」
「えっ、マジッスか?」
ああ、と適当に返事をすると青峰は懐に手を入れた。面倒な時の青峰の癖を見て、黄瀬は既に諦めに入っている。
「今朝、テツに会ってその話をした」
「えっ黒子っちも知ってるんッスか?」
途端に黄瀬の目にまた光が戻る。
黒子は青峰と同じく陰陽寮に務める陰陽師である、年の近い三人は何かと顔を合わせる事が多いのだ。
「ソイツはな、悪い妖じゃない」
「どういう事ッスか?」
「腹が減ってるだけだろ、満腹になればどっかに消える。放っておいても害はない」
平然とそう言って退けると、青峰はさっさと歩きはじめた。その後を呆然と見つめていた黄瀬は、どうしてと不思議そうに付きまとって来る。しばらくは無視して聞き流していたものの、その内に鬱陶しくなったらしく「ウザい」と言って再びその腹に蹴りを入れると、撃沈した男を放って青峰はさっさと目的地に向けて歩き去って行った。

「ようテツ」
「遅かったですね青峰君」
黄瀬に捕まっていたと言うと、相手も納得したようで「それならば仕方ありません」と告げた。
真っ白な水干に身を包んだ、消えてしまいそうな程に影の薄い少年である。
黒子テツヤという名の陰陽師は青峰とは別の意味で、近頃名前を知られるようになっていた。いや、一般に広く知られているわけではない一部の同業の者達にその名前が知られているのだ。
「どうだよ?守備の方は」
「上々ですよ、君だって手は尽くしていたんでしょう?」
その問いかけに青峰はニッと笑って「まあな」と告げる。そんな二人は京の往来の真ん中に立っているのだが、誰も気付いてはいない。
あたかも二人の姿が見えていないかのようだ。
人も車も動物も、二人が居るその場所を避けて歩いて行く。誰も気付いていないし、それに違和感も持っていないらしい。
「アイツが出てくるのは夜らしいな」
「ええ、日中どこに潜んでいるのかは知りませんけれども。京から離れてはいないと思いますよ」
人の傍が落ち着くようなタイプみたいですから、と黒子は言う。
そうして二人が話している間に、早送りしたように陽が暮れていく。
とっぷりと夜が深くなり、辺りが闇に包まれた頃になって二人は振り返った。
「おいでなすったみたいだな」
「そのようです」
二人が見つめる先には、ぽつぽつと怪しい光の群れ。
鬼や付喪神、この世にあるありとあらゆる魑魅魍魎が列を成し大手を振って通りを歩く。
百鬼夜行の行列だった。
二人はただその様子を眺めている、鬼達の方も二人の存在に気付いていないのか、昼の人々と動揺にその一か所だけを避けてぞろぞろと往来を歩いて行く。

「今宵はアレは来ないだろうな」
「もういくつやられた?」
「知らんよ、アレは腹が膨れる事を覚えておらんのだろう」
「腹の抜けた獣よ」
「恐ろしや」
彼等が交わしている会話を聞きながら、二人はちょっと頷く。
「僕達の読みで正しかったようですね」
「おう」
そう言った時、丁度その列の中程から真っ赤な炎が上がった、鬼火や狐火の類かと思われたけれども、どうやらそうではないらしい。
真っ赤に燃えた火の中から、鬼達に向かって巨大な影が飛びかかる。
「おお、来よったぞ」
「またか」
「はよ散れ、散れ」
悲鳴を上げて、妖達は散り散りに去って行く。
列の中に突如として飛び込んできた影から、彼等はとにかく逃げていく。
地面に下り立ったそれは、鋭い牙を持って鬼を喰っていた。
巨大な体躯の真っ黒な虎である。
肉を削ぎ、血を啜り、骨まで砕く音が周囲にこだましている。
真っ赤に燃える瞳でもって、辺りを警戒するように睨みつけながら鬼を喰っている。

「いいなあ」
そう呟いたのは青峰であった、真っ直ぐに鬼を喰らう虎を見つめている。
「そうですか?」
「面白いじゃないか、妖を喰らう妖なんてな」
「なら、あれは君にあげますよ。僕の家に連れ帰ったら、ウチの子達を全部食い千切ってしまいそうなんで」
溜息混じりに黒子はそう言った。
「じゃあ、遠慮なく貰って帰るぜ」
そう言うと、青峰は黒子の傍から一歩足を踏み出した。途端に青峰の存在に気付いたらしい黒い虎が、捕えた獲物を咥えたままじっと睨みつけてくる。
「気にすんなって、別にお前の獲物取ったりしねえよ」
そう声をかけるものの、相手はギッと強い光を持って睨みつけてくる。それを見て青峰はニッと口の端を上げた。
「あのなあ、人間がそんなモン喰わないのはお前だって知ってるだろ」
「去れ、邪魔をするな」
低い怒りを込めた声色で、虎は言った。それを聞いても青峰は怯まない。
「なんだよ、ちゃんと人の言葉も通じてるんじゃねえか」
虎はこの男はおかしな男だと思っていた。夜に自分に出会った人間の多くは、恐れおののき、すぐに逃げ出したというのに。それでなければ、成敗してくれようと刀や弓でもって切りかかってこようとしたというのに、この男はそんなそぶりは一切見せない。
(もしや、油断したところを切るつもりか?)
そう思って更に警戒心を高めるものの、男には何の効果もみられない。
しかも、彼はどこともなく突然現れたのである。
そう、虎には見えた。
本当はずっと往来に立っていたのだが、青峰と黒子の姿はずっとそこには無いものとして扱われてきた。それというのも、黒子が作った結界の中に二人がずっといたからなのだが、そんな事情を彼は知らない。
闇の中から男がぬっと現れたかのように見えたのだ。
「さてはお前、陰陽師だな?」
「だったら何だよ?」
「俺の話を聞いて倒しに来たんだろ、そうはいかねえ」
虎は咥えていた獲物を傍に置いて、牙を剥いて男と向き合う。
「まあ話を聞けよ、俺は別にお前に悪意があって近づいたわけじゃねえよ」
「じゃあ何だって言うんだよ?」
「俺はな、宮中の陰陽寮でも妖物退治を専門にしてんだ」
それを聞いて虎はピクリと耳を動かした。それに気づいた青峰は、ニッと笑みを深める。
「妖物やら鬼やら、この世に生きるモノではないモノ達。それはお前の好物なんだろう?そうやって毎夜、京の百鬼夜行を襲って鬼だなんだを貪り喰ってるんだからな」
すっかり噂になってるぞ、と言うと。人が勝手に噂にしたのだと虎は言う。
「そうだろうけどな、お前。今のままだとその内、鬼に取って喰われるぞ」
「やれるもんならやってみろっていうんだ」
「ほう、じゃあ試してみるか?」
青峰は懐に手を入れて、そこから札を一枚取り出し口元で何か唱えてから、虎に向けてはなった。それを見た相手はさっと身を翻して上に飛び上がる、成程、噂の通り羅生門も飛び越えそうな程に飛び上がる。
「あっ」
屋根の上に降り立った虎は、下を見て声を上げた。
男の姿がない。
どこに行ったのか探していると「お前はまだ甘いんだよ」と自分の背から声がかかった。
振り返ってみれば、その背に自慢げに男が座っている。
「退け、重いだろ」
「嫌だよ、乗り心地もいいし、毛の手触りも最高だ。うん、やっぱりお前、俺の所に来い」
「はあ、何言ってんだよ?」
「だからな、こうやって往来で派手に鬼を喰うんじゃなくて、俺の式神になって働けばいいんだよ。俺の元に来るのなんて、鬼なり化け物絡みの面倒事ばっかりなんだ。お前は人の目を気にせず餌にありつける。俺はお前に任せておけば楽に仕事ができる。良い話だろうが」
「俺に式神になれって?」
「そう嫌がるなよ、どうせ人の一生なんてお前達にしたら短いだろう?その間、ちょっと楽して暮らせばいいんだよ」
それを聞きながら、虎は男をじっと見つめる。
(この男、強いな)
真っ直ぐにその目を見つめて、彼はそう思った。自分を捕える事は、おそらくこの男にとって容易い事であったに違いない、それをしなかったのは。自分よりも長く生きた相手に向けての、彼なりの敬意からなのだろう。
「面白い人間もいるもんだな」
そう言うと、虎はようやく警戒を解いた。それを見て青峰は笑いかけると、背中から下りた。
「それにしてもお前、よく化けたもんだな」
「えっ……」
「なんだよ、まさかバレてないとでも思ってたのか?そんな大層に二つに割れた尻尾ぶら下げといてよ」
口元で何かを唱えると、驚いている虎の眉間に指をかざす。すると、それまでそこに立っていた巨大な虎の体はみるみる縮み、ついには半分以下になった。
元の姿に戻ってしまったそれは、普通よりも一回り程大きい真っ赤な体に美しい虎模様の二本の尾を持つ猫になった。
「やっぱり猫又か、しかも山の中でかなり気を養ってきたな。妖物を喰らっている内に力をつけて、餌が足りなくなって京まで下りて来たか」
「しょうがないだろ、獲物がなければ俺だって生きていけねえんだ」
「何で人を喰わない?鬼を喰うよりも、そっちの方が簡単なんじゃねえの?」
自分も人であるというのに、青峰は全く気にせずそんな事を尋ねる。
「それもそうだろうけど、これでもかつては人に飼われてた猫だ。感謝はしてるけど恨みはない、だから人を喰えるわけがないだろう」
どうやらこの猫又、妖の癖にお人よしであるらしい。
猫の答えに一瞬だけ呆気にとられたものの、次の瞬間には青峰は声を上げて笑っていた。
「ハハハ!そうか、そうかよ!だからって人に仇なす鬼を喰おうなんて、また大層な事考えるな!よし決めた、お前は俺の一番の式神にしてやる。お前となら中々に楽しい一生が過ごせそうだ」
そう言って笑う青峰に、下の通りから呼びかける声があった。
「青峰君、今は夜ですよ。迷惑になるので大声は止めてください」
「分かったよテツ。あーあ、そうだお前の名前考えてやんないとなあ、えっと……」
猫又は笑う相手を見上げて、どこか懐かしさを感じていた。
かつて自分を拾って飼ってくれた親子の事を、ふと思い出したのだ。

「青峰っち!聞いてくださいッス」
宮中の廊下で青峰を見つけた黄瀬は、今日もまた騒がしい音を立てて走り寄って来た。それを邪険に扱う青峰の姿も、他の人々はもう見慣れた光景として通り過ぎていく。
「何だよ黄瀬、また女にフラれたのか?」
「フラれてないッス!あと、またも余計ッス!そうじゃなくって、あの虎の化け物。ぷっつり出なくなったらしいんッスけど、何かしたんッスか?」
「ん?虎の化け物なんて知らねえよ」
「嘘ついちゃ駄目ッスよ、この間、黒子っちと何かしたんじゃないッスか?」
疑い深そうに青峰に詰め寄る黄瀬だが、当の本人は全く知らない顔をしている。青峰にしてみれば相手に嘘は吐いていない。
虎の化け物ではなく、猫の化け物ならば知ってると心の中だけで答えて、青峰は笑う。
「どうせ京じゃ美味い飯が食えなくなって、どっか余所に行ったんだろ」
「そんなもんッスかね?」
「そうだろ」
何せアイツは大食らいだからな、と大きな欠伸をしながら青峰は思い、つまらなそうに庭を見つめる。松の枝では一匹の大きな虎猫が昼寝しているが、それに黄瀬は気付いてないらしい。
「そうだ青峰っち、なんか最近さる人の姫様に変な鬼が付いたらしいんッスけど、聞いてるッスか?」
「知らねえな。その姫さんって、美人か?」
「美人らしいッスよ。前に歌を貰ったんッスけど……」
「お前狙いの女は却下」
酷いッス!と叫ぶ黄瀬の腹に、一発蹴りを叩きこんでから青峰は松の枝をまた見つめる。
こっち来い、と呼びかける前に眠りから覚めた猫は青峰の足元にやって来た。
「うお、猫じゃん。どこから来たんッスか?」
抱き上げようとする黄瀬の手からするりと逃げて、虎猫は青峰の足元にすり寄る。
「ちょっと、こっちおいでよ。そんな無愛想な人の方じゃなくてさ」
「おい黄瀬、誰が無愛想だって?」
「だってだって、青峰っちは友達に優しくないじゃないッスか。だから猫ちゃんコッチおいで、この人の傍に居てもイジメられるだけッスよ」
「コイツは俺の飼い猫だ」
低い声でそう言った青峰は、猫を自分の腕の中へと抱き上げると頭を撫でてやる。ゴロゴロと心地良さそうな声を上げて鳴く猫を呆然と見つめる黄瀬は、意外そうに呟いた。
「青峰っち、猫なんて飼ってたんッスか?」
「この間、縁あって俺の所に来たんだよ。お前よりも仕事できるぞ」
冗談も程々にしてくれとカラカラ笑う黄瀬にまた蹴りを入れて、青峰は溜息を吐いた。
「という事で、さっきの姫さん調べてこい」
「女の所行くのは嫌だって」
「いいじゃねえか、何の苦労もなく女の寝床に忍び込めんだろ?」
「それが嫌だって言ってんだろ!つーか行ってその化け物喰って帰って来ちゃ駄目か?俺、腹減ったんだけど」
「駄目だ、その姫さんのお父サンから報酬貰わないと意味ないだろ。腹減ってるんならさっさと調べて来い」
凄く不本意なのだろうが、猫は仕方なくも受け入れたようで、抱かれていた腕からゆっくりと床に下りた。
「その代わり、見に行った帰りに見つけた妖は好きなだけ喰っていいぞ。お前が乱獲しなくなってから、ちょっとアイツ等も調子乗ってるからな」
それを聞いて猫は嬉しそうに自分の尾を振った。
その尾が二つある事に、黄瀬は全く気付いていない。そして、二人の間で交わされた会話も全くその耳に入ってはいないようで、不思議そうに見つめている。
「じゃ、行って来い火神」
そんな声と一緒に猫は内裏の廊下から飛び降りて、地面に着地したと思ったらすぐに消えた。
呆然とその様子を眺めていた黄瀬を置いて、青峰は歩き出す。
「ちょっ、ちょっと待って青峰っち!さっきの猫って、もしかしてただの猫じゃないんッスか?」
「あ?俺の飼い猫だって言っただろ」
「そうだけど、そうじゃなくって!えっ、あれって普通の猫じゃなくて、もしかして」
式神なのかと問おうとした黄瀬の腹に今度は青峰の拳が入った。
「あのなあ、お前も分かってると思うけど。この世にはな、聞いていい事と悪い事があるんだぜ?あれは俺の飼い猫の火神、それでいいだろ?」
凶悪と言われるその顔で迫られると、誰でも黙って頷くしかない。彼もその例に漏れず、怯えた表情のまま何度も首を縦に振った。

この世には人と人ならざるモノが棲んでいる。
人は、人ならざる異形のモノを恐れ、崇め、時に祀りあげ、時に祈りをもって鎮める。
けれどそれ等は、思っているよりも近くに潜んでいるものだ。

これは、彼等が共存できた世のお話です。

生かしきれなかった設定

青峰
宮中に仕える陰陽師。
退魔の術とか攻撃的な術が得意なので、化け物退治的な依頼を一手に引き受けてる。
それ以外のお仕事(占いとか)は基本、人に丸投げしてしまうやる気のない奴。

火神
京で百鬼夜行を襲ってた猫又。鬼を喰う珍しい妖で火を扱える。
妖力があるため化ける事は得意。人に化けた時は190センチの青年になる。
実は青峰の家の仕事を一手に引き受けている、料理は特に得意。
青峰が付けた名前が『火神』で、昔飼い猫だった時代の名前が『大我』だったりしたら、いい。
青峰宅で主人のためにお仕事する火神を、本気で可愛がる青峰が見たいです。
青峰をご主人様って呼ぶ火神が見たいです。

黒子
青峰と一緒に宮中に仕える陰陽師。
青峰と違い占い等の仕事もちゃんとする、結界を作ったり姿を見せなくする術が得意。
家で式神を沢山飼っているため、妖の類を喰う火神は式神に加えるのを諦めた。
黒子自身の妖力はそんなに強くないけれど。式神とか他の陰陽師をアシストする力が強いとか、そんなだと私が楽しい。

黄瀬
中流貴族で位は高くないけれど、歌の才能が認められてて重用されてる。
青峰や黒子とは友達だと思ってるけど、二人からの扱いが酷くて毎度涙目。
どういうわけか情報通で、変な噂を仕入れては二人に自慢そうに話してくる、ウザい。
この時代は雅楽(舞とか音楽とか関係の人達)が役人の部署として存在してるので、そこの所属って事で。

緑間
若手だけれども、頭の良さを買われて出世街道まっしぐらの大臣。
占いへの傾倒具合は宮中で一番、運が良くなるという品物を毎日携えて来る。
人当りが厳しいので、敵は結構多い。

高尾
内裏を守っている武士、だけど笛の才能があるので宮廷では有名。
緑間の唯一の友人、出世のために取り入ってると噂されるが本人にその気は一切なし。
緑間とは反対に人当りが良いため、彼のお陰で問題を回避できた事も。
緑間の出勤時には高尾がお迎えに来てくれるよ!
チャリアカーっていうか、馬に台車引かせるとかかな……?
その荷台で、お椀持ってお汁粉とか食べてる緑間……シュール。

紫原
かなりの腕力で知られてる武士。
東を治めるために奔走中だけれども、京のお菓子が恋しくなってよく帰って来る。
帝に気に入られているが、本人は政治とか出世とか面倒だと思ってる。

赤司
帝、天上天下唯我独尊、とにかく国のナンバー1。
呪詛されても鬼に襲われても、自分で対処できる力があるらしいと噂されるチートな方。
何でも思いのままにできないと気がすまない、逆らう者は上皇でも殺す?

他に木吉先輩と日向先輩が武士で、そんな二人をアシストしてる宮廷貴族な伊月先輩とか。
破戒僧で法力使えちゃう今吉さんとか、予言できちゃう姫様な桃井さんとか。
黄瀬が女の子にモテるの解せぬ、とかやってる真面目な雅楽寮役人の笠松先輩とか。
「牛車(木村さんの)で引くぞ!」とか脅しかけてくる宮地先輩とか。
出羽のあたりで幻術師的な事してる氷室さんとか。
なんか色々考えたんですけど、これ以上出すと自分でも収集が付かなくなりそうだったので……。

あとがき
夢枕獏先生の『陰陽師シリーズ』面白いです、小説では今メッチャこれにハマってます。
というだけで、陰陽師パロとか考えた馬鹿です。
いや、陰陽師の登場人物に黒い虎の背中に乗って現れた人がいまして。
その人が「お仕事面倒」的な発言するので、なんか一瞬だけ青峰に見えちゃったんです。
加茂保憲さんと式神の沙門ちゃん、可愛いです。
……本当は沙門ちゃんって、黒い体に目が青だか緑だかなんで青峰の方がそれっぽいけれど、虎なら火神っしょ!ってなりました。
2012年9月6日 pixivより再掲
close
横書き 縦書き