「だからぁ、俺は本気なんだっつってんだろ!」
俺とアイツの一か月戦争 共同戦線?
朝、アイツの腕からなんとか抜け出してキッチンに立つと、ようやく落ち着いてきた。人の体温をあんな側で感じながら寝るのは、大分久しぶりな気がする。
「おはようございます、火神君」
「おう、おはよう黒子」
キッチンに現れた黒子に、よく眠れたか聞くと「はい、おかげさまで」と返ってきた。何がどうおかげさまなのか知らないけど、まあいいか。
「青峰君はまだ寝てるんですか?」
「まだ当分、起きないだろうな。何で?」
「いえ、朝食を食べたら。僕はそろそろお暇しようかと、そう思ってたんで」
イトマって何だ?と聞くと、帰るって事だと教えてくれた。えっ、帰る?
「何で?」
「いえ、あんまりお邪魔するのも悪い気がして」
別に迷惑じゃないぞと言うと、そうではなくて、と歯切れの悪い言葉が返ってきた。じゃあどういうことなんだよ?
「僕はね火神君、君の相棒であり青峰君とは昔馴染みです」
「それが何だよ?」
「青峰君が君との関係を深めたいと思うに当たって、一番邪魔なのは間違いなく僕です。それは分かりますよね?しかも、自分が良く知ってる相手だけに余計に性質が悪い」
そういうことなら、昨日も青峰から聞いている。黒子が一番自分にとっては危険なんだと。
「先週くらいに青峰君からメールが来ました、火神君を一か月で自分のものにしてやるから邪魔するな、っていうような内容でした」
何やってんだアイツは!と心の底から叫ぶ。
しかも黒子が言うには、その連絡が来たのは自分だけではないらしい。黄瀬や緑間にも同様のメールが届いたそうだ。また桃井には協力を要請しており、その関係で青峰に俺が一人暮らしだと教えたのは自分だと、黒子は言った。
「お前、人を助けたいのか邪魔したいのかどっちだよ?」
「どっちもです、僕は二人とも友達ですから。それに、僕だって本気だとは思ってなかったんですよ。最初は僕達をからかってるんだと思いました、ですが、火神君がどうやら困っているようだったので、もしかしたら青峰君は君に無理を強いているのかと心配になりました」
その反応は確かに正しいかもしれない、友達が急に同性愛に目覚めるとは思わないだろう、っていうか巨乳のアイドルが大好きだと公言する男が、どう転んでこんな男を好きになるのか、理解する方が難しい。アイツのことだから悪ふざけしていると考えるのは、まあ間違いではないかもしれない。
俺自身、そう考えてたし。
「彼が君に害になるようなら、全力でそれを止めるつもりでした。しかし、昨日の君達を見てそうではないと思いました。だから僕は友達として二人を応援することにします」
応援、ってなんだ?それはどういう意味で言ってるんだ黒子。
「青峰君は僕達、キセキの世代でもかなり困った人でしたけど。決して悪い人ではないので、これから宜しくしてあげて下さい」
助けを求めようと思っていた相手から、宜しくとか言われてしまった。
というか、それ以上にショックなのは、コイツが最初から理由を知っているという点だ。
アイツは、どうやら俺よりもずっと用意が良いらしい。
「ただし、不健全な行為の被害に合い、困った時には相談して下さいね。僕や桃色さんが、それなりの対応を取ります」
「いや、それ被害に遭ってからだと遅いよな?」
頼むから、防犯の方をどうにかしてくれないか。そう思っていると、黒子が携帯電話を弄りはじめた。おい、困っている友達を助けてはくれないのか?
「僕が居なくなって心配なら、彼を押さえられそうな人を呼びましょうか?」
というか本人がそれを希望していますし、と言う相手にとりあえず了承の返事をする。こういうのなんだっけ。藁を掴むなんとか、って言うんだろ?
「藁にもすがる思い、ですね」
そうだ、それだ!なんかアイツと関わるようになってから、変な日本語を覚えてきてる気がする。
頭をかかえる俺に、黒子は「大丈夫ですよ」と根拠の見えない励ましをくれた。メールを打ち終わったらしく、携帯電話をポケットにしまう。
「まあ、僕は人事を尽くしますので。火神君は天命を待って下さい」
「黒子が帰ったと思ったら、何でお前がここに居るんだよ?」
朝の十時にさしかかるくらいになってようやく起き上がってきた青峰は、リビングに入って最初にそう口にした。
「俺は、今日の人事を尽くしに来ているだけなのだよ」
リビングで俺の淹れたお茶を飲んで、緑間はそう答えた。隣にはこんにちは、と笑顔で答える高尾の姿もある。
黒子が自分の代わりに呼んだ相手、それがコイツ達だった。
緑間曰く「今日のラッキーアイテムはしし座の友人なのだよ。しかし、俺の周りでしし座はお前しかいない。ということで火神大我、今日一日、俺と友達になるのだよ」とのことだ。
一日友達って、それも虚しいよな。というか、お前って帝光の奴等と高尾の他に友達いないだけじゃね?なんて疑問は飲み込んだ。俺にとっても、今のコイツは大事な存在だし。
「帰れというのなら青峰こそ帰るべきなのだよ。今日のおとめ座はしし座との相性が悪い、気を付けないと不幸に見舞わられるぞ」
「もう充分に不幸だ」
親の仇でも見るように青峰は俺を睨みつける、そんなに緑間を呼んだのが不服なんだろうか。昨日の黒子といい、コイツの嫉妬の対象ってかなり多いよな。
「というか緑間は分かるけど、何でお前も付いて来てんだよ」
お茶を飲んでいた高尾に噛み付くような顔で言う青峰に、相手はどうしてそこまで、と思ってしまうくらい満面の笑みで「俺?」と返す。
「何でって、真ちゃんのアッシーにされてるの俺だし。誠凛のエースがどんな所に住んでるのか興味あったから。別にアンタ達の仲を邪魔したいわけじゃないし、ねえ真ちゃん」
「勿論だ。元チームメイトが俺の友人に手を出そうと、俺には関係ない」
「いや友達なら全力で止めてくれ!」
そう叫ぶと、高尾が「そうなの?意外」なんて言いやがった。何が意外だっていうんだよ。
「だってさ、嫌だったら普通は家に上げたりしないでしょ、だからちょっと脈ありなのかな?なぁんて」
「んなわけねえだろ!」
横からぶん殴ってやろうとしたが、さっさと避けられてしまう。クソ、コイツってそういえば面倒な能力持ってるんだよな。
「って、何でお前は俺達のこと知ってるんだ?」
「真ちゃんに教えてもらった、一か月で俺のものにしてやる宣言でしょ。今日で何日目なわけ?」
黙っておいてほしかったものの、青峰が勝手に「一週間だ」と答える。
それを聞いて「へえ」っと、嫌味な感じの笑顔を作る高尾。
「凄いじゃん、一週間でお泊りとか……さては美味しく頂くつもりだった?」
「その計画もお前たちのせいで、全部パーだよ」
「誰がんな事させるかぁ!」
高尾に手を出すのは難しそうなので、元凶である青峰の鳩尾めがけてストレートを叩きこんでやる。そうしたら、簡単に青峰はその腕を止めてニッと俺を見つめて笑った。
「おいおい、これくらいじゃ俺はやられねえぞ」
「ウルセエ黙れ!」
そう叫んだ時、青峰の頭に箒(俺のラッキーアイテムらしくてわざわざ緑間が持って来た)の柄が落ちた。「何しやがる」と噛み付く青峰に、緑間は平然と「鬱陶しいのだよ」と答える。
「お前はどうして恋愛感情が、そうも下半身に直結しているのだ?」
そうだ、もっと言ってやってくれ緑間。
「男だったらこれで普通だろうが」
「んなわけあるか!」
捕まれていた手を振りほどき、二人を無視して俺はキッチンに向かう。リビングでぎゃいぎゃい騒いでいる二人、といっても緑間に対して青峰が反論しているだけのようだが、そんな奴等の事なんてしばらくシカトでいいだろ。
それに朝食は食べ終わっているものの、片付けがまだだったのを思い出したのだ。
スポンジに洗剤を付けて皿を洗い始めると、「よう」とひょっこり顔を出したのは、言い争いをしていた二人のどちらでもなく、高尾だった。
「大変そうだし、俺も手伝おうか?」
「いや、大丈夫だぞ」
「いいからさ」
そう言うと、洗い終わった皿の水を拭きはじめる。多分、あの二人の言い争いに巻き込まれたくないんだな、と勝手に判断して「悪いな」と声をかえる。家事にはそこそこ慣れているらしく、手つきが危なっかしいという事もない。
「なあ、お前は男同士で恋愛とか……変に思わねえの?」
皿が半分くらい片付いた頃。気になっていた事を、隣に立つ相手に向けて尋ねてみる。
「ん?何でそんな事、俺に聞くのさ?」
不思議そうに首を傾げる高尾に、次の皿を渡しながら「だってよ」と言葉を続ける。
「俺達の関わりだとお前が一番遠いだろ?」
「ああ、一般的な意見を聞いてみたいって事?」
そうだ。それには緑間よりもこの男の方がずっと適任だ、俺と青峰の関係からはちょっと距離があるし、緑間よりも考え方が普通っぽい。
それを聞いた相手は、ちょっと微笑んだ。
「別にさ、いいんじゃないの?好きになった人が男でも女でも、だって好きになっちゃったんだからしょうがないでしょ。こういうのって、周りが口出ししていいもんじゃないと思うんだ。だってさ、あくまでも本人達の問題じゃん」
それはまあそうだ、だけどこの国ではそういう風に割り切ってる人間の方が、ずっと少ないんじゃないのか?そう尋ねると「そうだけどね」と高尾は笑った。
「でも、少数派だから変だっていうのはおかしいでしょ?本当に相手の事好きなら、そんなの関係ないんだって。だからさ、偏見がないんならちゃんと向き合ってあげなよ。青峰だって、覚悟くらいして告白してきたんだろうし」
真剣な顔で言われて思わずたじろぐ。そんな俺を見て、高尾はニッと口角を上げて笑うと「なんてな?」とふざけたように言う。本当に、コイツって底の見えない奴だな。
「おーい、お前等そんな所で何してんだよ?」
入口から向けられた殺意の籠った目に、思わず「ひっ」と高尾が短く悲鳴を上げる。お前のその悪人面、いい加減にしないと癖になるぞ。
「どこかの誰かと違って、食器洗い手伝ってくれてたんだよ」
「ふーん」
余計に機嫌が悪そうな顔を見せる相手に、居心地が悪くなったんだろう高尾は「それじゃあ俺、真ちゃんとゲームしてくる」とか言い残して青峰の隣をすり抜けると、キッチンから出て行った。
「アイツと何を話してたんだよ?」
キッチンの入り口を塞いでいる青峰は、俺を見つめ返してそう問いかける。
「別に何でもいいだろ?っていうか、緑間はいいのか」
「俺じゃなくて緑間の心配かよ」
不満げに言う青峰は、不機嫌さを顔に出したままキッチンに押し入ってくると俺の腕を捕まえた。
「何だよ?」
掴んだ腕には力が込められていて、結構痛かったりする。苛立ちを込めて睨み返せば、青峰は俺を睨み返した。
しばらく見つめていたものの、ふいに目が閉じられて俺に近づいてきた。
ああ、キスする気なんだなと思った俺は、空いていた手でその顔を押し返す。まだ強引に来るかと思ったけど、予想外に青峰はそれだけで引いた。だけど、変わらずに腕は掴まれたままだ。
「嫌か?」
「恋人でもないのにキスするのは変だろ?」
「お前、俺が嫌いか?」
「別に嫌いってわけじゃねえよ」
ただ、お前のように恋愛感情を向けているわけではない、それだけだ。そう言うと青峰は苦痛に耐えるように顔を歪める。
「昨日、俺にキスしただろ?」
「した」
「何のつもりで?」
別に意味なんてない。あるとするならば、ちょっとした親愛からか。
そう言い返すと、奥歯を噛みしめて睨みつけてくる。凶悪なまでの悪人面だな。
分かってる。自分の気持ちを利用してはぐらかされた事を、お前は怒ってるんだろ?それくらい分かってる、自分でも狡い事したって思ってるし。
でもな、そうでもしないとお前は離れなかっただろ?
青峰の気持ちは多分、本気なんだと思う。正面から受け止めて考えるべきなんだって、高尾の意見は俺だって分かるさ。だけど、はいはいと受け入れられるものでないのも確かだろうが。
お前が本気で俺を落したいって言うんなら、俺は俺で、本気でお前に抗わないといけないんだ。どうしてかって、お前があまりにも強引な方法で、それこそ戦いを挑むような形で俺に仕掛けて来たからだ。
いつかタツヤが言ってた。
「恋愛には必勝法も、正攻法もないんだ。だから、どんな手を使っても相手を降参させた方の勝ちなんだよ」
まだタイガには難しいかな、なんてタツヤは笑ってたけど。今ならば分かる。
そうさ、これは戦争。お前と俺の闘いなんだ。
お前が色んな手を使って来るんなら、俺はそれを迎え撃つだけだ。どちらにも狡いも卑怯もないだろう。だけど、そう簡単に降参してやるのは癪に障る。
俺はお前の物じゃないんだよ。
勝つためならば、お前のその気持ちを利用する事くらいするさ。
「お前だってキスしたじゃねえか」
「そうだけど、火神」
「俺からのキスは挨拶だ、それ以外にねえよ」
そう言うと、青峰は深い溜息を吐いて。俺を掴む手を離した、解放されるかと思ったけれど、今度は腰にその腕が腰に回される。
「覚悟しとけお前」
耳元に落とされる青峰の言葉に、心の中だけで覚悟なんてとっくにした、と返す。
「離せよ。今日一日限定の友達とバスケしに行くって、お前が寝てる間に約束したんだよ」
「へえ、俺も連れてけ。向こうも二人だし」
「緑間に聞いてからな」
腰から手が離れ、ようやく解放されたと安心した時。俺の手に相手の手が重なった。
何だよ?と尋ねると、青峰は黙ってその握った指先にキスを落して来た。
「お前、ちゃんと抵抗しないなら。勝手に触るからな」
「抵抗したって、やる時はやるだろ?」
「まあな」
勝気に笑う男に俺は溜息を吐く、そこは自慢げに胸張って言うところじゃねえっつうの。
「さっさと俺に落ちろってんだよ」
「黙れよ」
落ちねえ、そう言って俺は離してもらった腕を確かめながら、緑間達の居るリビングに戻った。
俺の家から四人連れたってバスケしに行ったわけなんだが。緑間は最後まで青峰の同行には首を縦に振らなかった。
「お前達は、おは朝を何だと思っているのだよ?」
「ただの朝の情報番組だよ!それ以上でも以下でもねえよ」
青峰の言う事が正論に聞こえる日が来るとは思ってもみない事だった。ちなみに、その返事を聞いた緑間は固まっていた、そんな二人を少し後ろから眺めて歩く俺の隣では高尾が笑いを堪えながら歩いている。
「いいか青峰、今日のお前は火神に固執すると必ず不幸になるぞ!」
「ならねえよ!大体、そんな事くらいでどうにかなるわけねえだろ」
それを聞いた高尾はニッコリ笑って「愛されてるな」と言う。やめてくれ、別に嬉しくもなんともないから。
しかも、家を出るまではかなり晴れていた癖に急に降り出した雨にどうする?と相談する暇もなく、再び俺の家までの道を走る。
何せ物凄い量の雨だ、風も強くなってきてるし。つーか干してた洗濯物無事かな?
「ほら見ろ、お前が居るお陰でこんな目に遭っているのだよ」
「俺のせいじゃねえよ!あれだあれ、地球温暖化のせいだ!」
そんな事どうだっていいんだよ、とにかく走る俺の隣で高尾は爆笑している。
お前、なんでそんなに笑えるんだよ?とか思っていたら「か嵐の時って走り出したくならない?」と言われて、ちょっとだけ気持ちが分かるような気がするな、とか思った。
「なんかさ、本気でずぶ濡れになったら楽しくなってくるじゃん」
「そうか?」
ハッキリ言うと、張り付いたシャツとか水を吸って重くなったハーフパンツが邪魔で、気持ち悪いんだけど。
「なあここまで濡れたら走っても一緒なんじゃねえの?」
「そうだね、歩いて行く?」
いまだにぎゃいぎゃい喧嘩を続けながらも走っている青峰と緑間を放置して、俺と高尾はゆっくりと雨の中を歩き出す。
「でも何だかんだで、真ちゃんも火神の事を心配してたんだよ。あんなメール来て、凄いビックリしてたみたいだし」
あんなメールっていうのは、青峰がキセキの世代に送りつけたとかいう、手出しは無用とかいうメールの事だろう。そりゃ、昔の仲間からそんあモンが来たら心配だってするだろう。
「それもあるんだけどさ、真ちゃんが心配してたのは青峰の気持ちの方。青峰ってああ見えて女の子にモテるからさ、中学時代も告白とかかなり受けてたんだって。でもね、そのほとんどを断ったんだって。何でか分かる?」
どこか遠くで雷の唸り声が聞こえる、本格的に今日一日もう完全に降りそうだなと覚悟を決める。
「分かんねえよ」
つーか、人の恋愛について人から又聞きとか、あんまりしたくないんだけど。でもそれが青峰の事である以上は俺は知っておくべきだ。それは高尾も思っていたんだろう、真剣な顔で話をする。
「そんな感情、必要ないって言ったらしいんだよね。女の子に」
ドンッという音と一緒に空に真っ直ぐな光が走る、遅れて響いてきた雷鳴に、思わず手で耳を塞ぎそうになった。
「マジかよ」
それはまた随分と酷いな、でもアイツならば言いそうだと半ば思ってしまうあたり、どれだけ悪人的なイメージなんだよと苦笑する。
「女の子好きなはずなんだけど、人間関係は面倒だと思ってたみたいでさ。バスケ一本ってかんじだったから、そういうの邪魔されるの嫌だったみたい」
まだ不機嫌そうに喉を鳴らしている空を見上げ、どこか落ちそうだねと高尾は言った。
俺は今コイツが言った言葉の意味を理解しようと必死だ。
「恋人の好きなもん邪魔する奴とかいるか?」
「そう思うのが普通なんだけど、恋人なら自分の事を一番に考えて欲しいっていうのが女の子の気持ちってやつなんだよね。っていうか、火神ってこういう事に絶対疎いね」
そう言って笑う高尾をうるせえと呟いて黙らせようとするが、逆に笑い声が大きくなった。くそ、自覚がないわけじゃないからあんまり厳しい事言えない。
「まあでも、青峰の事見てたら分かるでしょ?真ちゃんも大概そうだけどさ、なんていうか人と距離を作っちゃうタイプ?周りもさ、アイツなら仕方ないって放置しちゃうから余計に悪化しちゃう。長い事そうだとさ、人との距離感分かんなくなるっぽいね。だから、真ちゃんは心配してたの。ただの興味で人に手を出そうっていうのなら、止めさせるべきだって」
「何で?」
「何でって、それが勘違いだって気付いた時に悲惨でしょ?アンタもそうだけど、青峰の方がもっとショックだろうし」
つまりそこまで考えた上で、緑間は行動してくれた訳か。
さっきは友達がどんな事しようと別に関係ないとか、そんな事言ってたけど。高尾曰く「真ちゃんの照れ隠しね」との事だ。
「へえ、緑間って結構いい奴なんだな」
「本人は否定するけどね」
そう言って笑う相手につられて、俺も笑顔を返す。
「それでいくと、アンタも凄い奴だよな。あの緑間とよく付き合ってられるもんだ」
「俺は真ちゃんが大スキだからね」
なんて平然と言ってのける、お前の事が恐ろしいよ。
「火神だって青峰の事嫌いではないんだろ?嫌いだったら、一緒に遊んだりしないだろうし」
「まあな、でも俺が好きなのは友達としてだぜ」
そうだろうね、なんて高尾は悠長に言う。
少し雨が弱くなってきた、でも空は真っ暗で油断はまだまだできそうにない。
「とろこで青峰って、実際のところアンタに本気で惚れてると思う?」
「本気だと思うぜ、だから俺もあんな事聞いた」
「おっ!それは決定なんだ」
そりゃキスされたからな、なんて言えるわけがなく。まあ勘だけど、と適当にはぐらかしておく。
「で、火神はそういう意味で青峰と付き合う気はあるの?」
「それはアイツの行動次第だろ、だからこんな事にも付き合ってるし」
まあ約束した以上は、しょうがないっていうのもあるけど。
「ふーん、じゃあ俺から一つアドバイスね」
「何だよ?」
「キスして嫌じゃないって、それ相手のこと好きだから」
ニッコリ笑ってそう言う相手に、思わず立ち止まる。
はあ?何でそんなの知ってるんだとか思ったけれど、どう考えてもさっきの会話しか思い当たる節がない。
「あのさあ、あの距離でキッチンで話してる内容が俺達に聞こえないと思った?」
そんなわけないじゃん!と言って爆笑する相手を殴ろうとしたところで雷の唸りに混じって「何をしているのだよ?」という、ちょっと怒りの含まれた声が聞こえた。
見れば呆れた顔の緑間と、怒っているらしい青峰が道の途中で俺達を待っていた。
「お前さ、さっきから本当に何なんだよ?」
俺の姿を確認し近寄って来ると、またがっしりと腕を掴んでやがる。ちなみに、さっきの言葉は俺ではなく隣の高尾に向けられたものだったらしい、多分かなり機嫌が悪い顔で睨みつけてるんだと思うんだけど、それに対して相手は変わらず満面の笑みで対応する。
舌打ちしてから青峰は俺の腕から腰に手を伸ばしてきやがった、いやいや待てよ、さっきは俺の家だったけど流石に人目につくようなこんな所で接触してくんな!という事で、その手を叩いて俺は相手の傍から離脱する。
「あのねえ!俺はアンタ達の事応援してんだから、あんまり目くじら立てないでよ」
「応援すんな!」
「なら空気呼んで来るな!」
俺達があまりにもタイミングよく叫んだので、高尾はまたそれを見て爆笑する。それを見て緑間は盛大に溜息を吐く。
その時、高尾が何かに気付いて道路の反対側に避けた、どうしたと尋ねるよりも先に傍を通ったトラックによって二人揃って頭から派手に水を被った。
呆然とする俺達を前に、高尾の爆笑する声だけが響く。
ああそっか、アイツの目には近づいてたトラック見えてたんだな。だから自分だけ避けたわけだ。
「青峰」
「あんだよ?」
「アイツ押さえろ、一発殴る」
「嫌だよお前が押さえろ、俺が殴る」
「ちょっ!冗談は勘弁しろよ」
そう言って逃げ出した高尾を二人して追いかける。
「お前達は、何だかんだ言ってお似合いなのだよ」
眼鏡を押し上げてそう言う緑間の呟きは、俺達には聞こえてなかった。
ようやく一週間終了しましたが、まだ三週も残ってるんですよね、頑張れ火神君!私、もう疲れたよ。
2012年9月3日 pixivより再掲