「賭けようぜ。俺が勝つか、お前が勝つか」
俺とアイツの一か月戦争
「青峰?」
「よう火神」
ニッと笑って背を預けていた壁から離れこちらへと近づいてくる男は、ジャージにスニーカーというラフな格好で、肩からはスポーツバッグを提げている。部活の帰りだろうかと思ったが、コイツが重度のサボり魔だったことを思い出して違うんだろうなと、勝手に思った。
「ロードワーク中?」
「まあな」
そう答えて、上着のポケットに入れていた音楽プレイヤーの電源を切りイヤホンを外す。外に出るのに必要最低限の物だけ持って、適当に体を動かしたくて出てきたに過ぎない。だからもし、彼が時間を持て余していると言うのであれば、ちょっと付き合ってほしいと思った。
「この先の公園にストバスのコートあるんだけど、1on1やらねえ?」
誘いをかければ、すぐに了承の言葉が返ってきた。一人で体を動かすよりは、誰かとバスケする方が楽しいし、上手い奴が相手ならもう最高だ。
そんな俺を見て「嬉しそうだな」と、人のことは言えないようなニヤけた顔で言う。それを指摘したら、「だってお前とのバスケ楽しいし」と更に嬉しくなることを言ってくれた。
「一試合三分の、五回戦でどうだ?」
コートの隅でボールを片手で弄びつつそう言う青峰に、了承の返事を返すとニッと片方だけ口の端を吊り上げて、俺にボールを放ってきた。
「なあ火神、どうせなら何か賭けようぜ」
「賭けるって、例えば何を?」
「何でもいいだろ、一勝につきマジバ十個奢るとか」
それいいな、と答えると「じゃあお前の条件はそれでいいな」と青峰は言った。俺のということは、コイツはまた別の条件を出すつもりなんだろうか。そう思っていると、俺の傍に近寄ってボールを取り笑顔のままで宣言する。
「俺が勝った時は。一勝につき一週間、お前の時間を寄越せ」
「はあ?」
俺の時間って、何だよそれ?そう尋ねると、青峰はこれ以上ないくらいに楽しそうな、それでいてどこか凶悪そうにも見える笑みを浮かべた。
「俺が一勝したら一週間だけ俺のために時間を使ってくれって、そう言ってんの。学校とか部活はいつも通り行けばいい。でもそれ以外の理由で俺の誘いは基本、断るんじゃねえぞ。メール、電話には必ず出ること、簡単だろ?」
「はあ?」
なんだよ、そんなことが条件でいいのか?
そんな簡単なことで、と思っていた。
「四勝一敗かあ、まずまずってとこかな」
汗を拭きながらそう言う相手に、俺は何がまずまずだと思った。完勝だけは阻止しようと躍起になったものの、結局は一勝しかできていない。まだ、コイツを完全に追い抜かすには時間がかかるということは分かった。
負けたくないと、そう感じさせてくれるのは、ありがたいけど。
「じゃあ約束通り。四勝したから、お前の時間を一か月貰うぞ」
相手の勝利宣言を聞き、そういえばと思い出す。
「俺の一か月とか、何でお前欲しいわけ?」
条件を飲んだ時点で変な奴とは思ったけれど、ますますもって分からない。コイツは一体、何を思って俺の時間なんてものを欲したのか。
それを聞いて、青峰は気分が良くて堪らないいった顔で俺を見る。
「お前と付き合う時間が欲しいからだよ」
「はあ?」
付き合うって、どういう意味だよ。そう言うと、「お前は本当に頭悪いな」って言われたくない相手に言われた。
機嫌が悪くなる一方の俺に向け、青峰は笑いかけると正面切って言った。
「俺、お前のこと好きなんだよ」
「好きって、お前……何言ってんだ?」
「お前のこと気に入ったんだよ。俺の物にしてぇの、絶対に。でも普通にオトすのも面倒だし、っていうかすぐに欲しいし。ってことで一か月間、俺に付き合えよ。その間にお前のことオトしてやるから」
そう、やけに自信満々に告げる。
コイツ頭でもぶつけたか。それかバスケのやり過ぎて本気で馬鹿になったんじゃねえ?
誰が誰を好きだって?アイドルの尻追いかけてる不良が、バスケ一本で真面目に頑張ってる善良な男子高校生を好きだって、そう言ってるように俺には聞こえたんだけど。
「あっ、俺のこと好きだって言うんなら先に言えよ、喜んで付き合ってやるから」
「お前のその都合の良いことしか考えない残念な頭、どうにかした方がいいぞ」
もう駄目だ、付き合ってられないと思い。バスケをするために置きっぱなしにしていた荷物を拾い上げ、ジャージの袖に腕を通していると、青峰はそれを見て「怖いか?」と言った。
「何が?」
「俺に堕されるの怖いんだろ。そりゃそうだよな、ノンケが男に惚れるのなんて普通は有り得ねえし?だから怖いだろ、俺にベタ惚れになんの」
「どこまで自己チューなんだよお前。そこまでくると、もうむしろ呆れる通り越して褒めたくなるぞ」
「怖いから、俺の約束守るのも嫌なんだろうが」
いい加減にしろ、流石にもう聞き捨てならねえ。
「一か月経って、俺がお前のこと好きにならなかったらどうするんだよ?」
「有り得ねえけど、そん時はきっちり諦めてやるよ。流石に、そこまで諦め悪い男じゃねし」
「よし分かった、付き合ってやるよアホ峰。お前のアホ芝居に、この優しい火神様が付き合ってやる。できるもんなら、マジで一か月で俺のことオトしてみろってんだ」
「上等じゃねえか、俺のこと好き過ぎてどうしようもなくしてみせるっつうの」
自信満々にそう言うその姿は、まさしく俺に向けた宣戦布告。
やってやろうじゃねえか、絶対に本気で振ってやる。
「じゃあ、一か月の間よろしくな。火神」
こうして俺と、この馬鹿との一か月間の仮想恋愛という試合、いや戦争が始まった。
ちなみに、私はバスケがとても苦手です。
というか球技全般はまず苦手です。ウチはボールとお友達になれない家系なんです、なのでスポーツものなのにスポーツのシーン少な目でお送りすることをご了承下さい。コイツ、本当に運動能力ないから!
2012年7月6日 pixivより再掲