共犯者・終

ガスマスクを付けて手を引く彼の手を強く握り締める。
昼間から抜け出して問題ないのかって聞いても、彼は平気だって譲らなかった。部隊の制服さえ着てしまえば、よく知る人間でない限り遠目から見ればわからないというのは前に抜け出した時にわかったけど、それは夜だからっていうのもあっただろうし。陽の高い内からこんなことをしたら。
「大丈夫やって。堂々と歩いてれば」
「でもさ、俺」
「何かあったらワイが全部、責任取るから大丈夫。それより、ほんまにええの?きみの服選らんでも」
やっぱさ好みあるやんと言われても、今回はあなたに任せるからと小声で答えるだけにした。

見知らぬ土地だし、どんな物があるのかも知らないし、それにゴーストさん楽しそうだし。
慣れた足取りで大通りから一歩中に入った所にある服飾店に入った、ドアベルが鳴るので店員さんは気づいたと思うんだけど、それはもうお構いなしに手を引いて奥へと連れていく。
「とりあえず、これもう取ってええやろ」
ガスマスクを外してもらって、ゆっくりと息を吐き出すと、それじゃあ始めよかと彼は嬉々として口にする。
「しばらく、身動きできんと思ってや」

しばらくっていうのがどれくらいだったのかは、あまり思い出したくないな。お店の人がかなり困惑気味だったし、とかくゴーストさんの注文は厳しかったし。
厳しいというのか、細かいというのか、すごくこだわりがあるんだなっていうのはわかったから、全部任せることにしちゃったけど。
「うーん、やっぱちゃうわ」
袖を通しては全体を眺めてダメ出しを繰り返されて、本当にかなり長い時間拘束された。
黒を基調にしたスーツが多かったんだけど、どれも上等な物だし、俺本当にこれが似合うのかなって思ったりしたんだけど。頑なに譲らないし、もうなるようになれって思った。
「うん、そうやな。これやわ」
前と後ろの姿を確認してうんと大きく頷く。
細身の黒いスーツに上品なシルクのネクタイ、それとは反対に袖口や前をフリルで華美に飾られた白いシャツは自分から絶対に選ばないものだ。彼と同じように頭には黒のベールをかけ、真珠の髪飾りを付けて髪をまとめる。ひざ下のブーツは黒革で光るまで磨かれ、銀の飾りが光っている。
頭からつま先までその場で買い揃えてしまうと、行くでと店を連れ出された。

広場の時計は昼の一時半を指している、太陽が高く午後の陽気を落としている。こんなに明るい中を、歩いているのが不思議で。体にぴったり合わせて購入したはずの服も、着なれないせいかなんだか気恥ずかしくてうつむきがちになる。
「そんな萎縮せんと、顔上げて歩いて?折角のデートやし」
「デートって、そんな」
「前に言うたやん、きみと二人でさ。デートしてみたいなって思ってたんよ」
陽の当る場所を二人で歩いて、買い物したり、食事をしたり、そんな時間を過ごしてみたいって。
「よう似合ってる、自信持って。うつむいてばかりやと、きみの顔がよう見えへんやん」
はぐれないようにって手を取り、導いてくれるままに歩いていく。石畳の舗装された道も、立ち並ぶ店も何もかも、品が良くてキラキラ輝いて見えて、どことなく場違いな気がするんだけど。
「堂々としてれば問題ないで何もかも。仮に、きみに何か危害を加える人がおるとすれば、ワイが全力で打ち払ったる」
「そこまで、しなくていいからね?」
「なら顔上げて。もっと近く寄って」
ぐっと腰を抱いて引き寄せられて、歩きにくいんじゃないかなって思いつつ、彼のぴったり隣を行く。

途中、人の視線を感じることがあって何度か顔を下げたけれども、そのたびに悪意はないからと横から小声でささやかれた。
「悪意はない、けど。そうやな、ぶしつけではあるか」
「あ、やっぱり俺、浮いてる?」
「そういう意味やなくて。あかんちょっと綺麗にしすぎたか、でもな、やるんなら徹底的に綺麗になってほしいし」
折角のオフをガスマスクで過ごすのもあれやしなとぶつぶつ呟く相手に、どうしたんだろうかと首を傾げる。
「似合ってるから人目を引いてるってこと」
「それ、集めてるのはゴーストさんの方じゃないの?」
「いや。基本的にワイは人から気づかれんから」
影うっすいもんはしゃあないしと言う相手に、何度目かわからないけどそんなことないと否定する。十人が十人振り返るくらいの美貌を持ってるんだから、彼こそ自信を持っていればいいのに。 「そんなん言うのはきみくらいやで。まあとにかく、お昼にしよう」

彼がオススメだって言うカフェのテラス席に案内されて、遅めの昼食とデザートにアイスクリームを食べた。
部屋に設備がないからって、あまり冷たい物は食べてこなかったからちょっと新鮮だ。なめらかな口当たりで食は進むし、季節の果物がたっぷり入った紅茶も美味しい。
「そんなに美味しい?」
「え、あ。うん、美味しい」
子供っぽかったかなと少し恥ずかしくなったけれども、あまりにも嬉しそうやからこっちまで嬉しいと呟く。
「こんな楽しそうなら、もっと早くから連れ出せば良かった」
「えっと、それは危ないんじゃないかな?」
「手錠つけてれば問題ないやろ。まあ、ないからこそ自然に笑ってくれてんのはあるやろけど」
ほらと自分の器から一口アイスをすくって差し出される。周りの目は気になりつつも、おずおずと口にする。
「また来たいって言ったら、一緒に来てくれる?」
「俺でいいんなら、いいけど?でも、本当にいいの?」
なんでもあなたにしてもらってばかりだしと呟くと、それでいいんよと彼はなんてことないように返す。
「元より奪い取ったようなもんやし」
「あなたに全部まかせっきりなのも、嫌だよ」
「そうやね、じゃあ……体で払ってくれる?」
耳元で囁かれた言葉にえっと思わず身を固くすると、冗談やってと意地悪く笑う。
「冗談に、聞こえないよ」
「まあ半分は本気やし?恋人同士なら、それなりに期待するやん」
恋人、そっか、そういうことになるんだよね。今更、本当に今更だけど、思い出して色々と恥ずかしくなってきた。
熱い顔を冷ますように手で扇ぐと、照れすぎやろとからかい混じりに言う。
「ああ、そうや。どうせやったら扇子も買えば良かった、きみ似合いそうやん」
後でもう一回見ようやと言う彼に、そういうの他の人の方が似合うからと言い添えるけれど、引いてはくれないんだろうなと思う。それはさっき経験済みだし。

カフェでの休憩を終えて再び町に出ると、服飾店に入ってアクセサリーの棚を一通り見て回ると、真っ黒な骨に綺麗な細工彫りは施された藤の花を描いた扇子をもらった。
着てた服に描かれてた模様を覚えてくれていたらしい。日本っぽい花だけど、こちらでも気品があるからって人気があるとのことだった。
でも使うのは勿体ないなって思う。壊しそうだし、ずっと眺めていたいくらい綺麗だし。
「物は使われてことやろ?よう似合ってるし、それに」
開いて眺めていた扇子を持つ手を掴まれて、そのまま流れるようにキスをされる。一瞬、触れるだけで離れていったから、広げていたので隠されて、何してるかまでは周りに見えなかっただろうけど。
「やめてよ……周りに人が、いる所でこんな」
「だから隠したげたやん。なんならもう一回」
「だめ、だってば」
何かされるより先に、拒むように顔の前で扇子を広げて持てば、むっと口を尖らせていけずやねえと呟く。
「まあ、そういうとこが可愛いんやけど」
「からかわないでよ、本当に、恥ずかしいんだって」
「わかったって。だから、もうちょっと付き合って?」
そう言う彼に手を引かれて、外を歩いているのはなんだか不思議で。もっとずつと、一緒にいたいなって思う。
舞い上がりすぎなのかな?でも、繋いだ手の先から伝わってくる感触が、心地よくて、この先も一緒にいられたらいいのになって思うんだ。
そう思ってくれてたら、嬉しいんだけど。
この熱が冷めなかったらいいのにな。忘れてしまうんじゃないかって、恐怖を置いて今だけでも幸せだって思えるなら。あなたと一緒にいたいんだ。

「ごめん、ちょっと買いたい物があるから、ここで待っててくれる?」
噴水のある広場でそう声をかけられて、いいよと返す。すぐに戻るからと、駆けていく相手にゆっくりでいいからねと声をかけたけど、ちゃんと届いたかな?
夕方も過ぎて、お店も少しずつ閉まるか、または夜の営業へ向けて動き出す人々のどちらかに分かれてきた。
後で生けるからと買って来た白いユリの花束を手に待っていると、少し息を切らし気味に走って戻って来た。
「ごめん、時間かかってしもて」
「別にいいんだけど、用は済んだの?」
特に荷物を持っているように見えなかったけれども、バッチリと満面の笑みで言うから、そっかと返す。
「ほな行こか」
「え、どこに?」
帰るんじゃなかったのかと聞くと、まだ早いと彼は町の外へ向けて歩き出す。

市街地を抜けると人通りはぐっと減って、だんだんと民家も少なくなってきた。どこまで行くのかなって思ってると、この辺はなと先に彼が話し出す。
「ワイがまだこの世に呼び出される前。交戦があって廃虚になったまま、誰も寄りつかんくなったんよ」
ライフラインの多くは移設されて、そこで暮らす方がよほど便利だから。どんどん人がいなくなっていき、残っているのはレジスタンスのように反乱を企てた一部の人間だけになって、そんな人達も強くなる取り締まりの中でいなくなってしまったそうだ。
「いわゆるゴーストタウンってやつやな」
銃弾の跡が残る壁や割れた窓ガラス、壊れたままのドアもそのまま打ち捨てられていて、確かにもう人は残っていないんだろうなと思った。
「なんでここに?」
「人目ずっと気にかけてたやろ。ワイもあんまりきみを人目に晒すのは気に食わん、っていうのはようわかった」
だから、二人っきりになれる場所まで行きたかったと言う。
そのためだけに廃屋の立ち並ぶ市街地を選ぶのも、どうかと思うんだけど。でも、目的地があるようでこっちと腕を引かれる。

しばらく歩いて連れてこられたのは、町の中心に建つ古い教会だった。
「ここもそれなりに名前とか歴史がある場所やったんやで?その昔は。ただ、今はもう立ち入る人の方が少ない」
そう言いながら立てつけのズレた扉を開けて、中へ入る。天井が高く、足音が反響している。薄暗い教会の中心には埃をかぶった神様の像、そしてほとんど壊れていない大きなステンドグラスが、夕陽を浴びて中に様々な色の光を落としていた。
南蛮寺、俺の時代にはもう廃止されちゃってたけど、もしもあったならこんな風になってたのかななんて思う。

信心深いわけじゃないから、神様へのお祈りとかちゃんとした形式でしたことないんだけど、すごく大事な場所なんだっていうのは雰囲気で伝わってくる。そもそも勝手に入って良かったのかな。
「遠慮せんでええよ、どうせ誰もおらんし」
「そう言われても」
まあまあと手を引いて祭壇の前まで連れてこられる。
「なあ、人を呪うワイが神様に誓いを立てるのは変やと思う?」
「そんなことないと思うけど、どうしたの?」
そうたずねると向きあって片膝をついて俺の手を取る。お姫様にするようにうやうやしい仕草に、思わず身を引きそうになるのをこらえて、どうしたのと呼びかけた。
「好きになったらあかん相手を愛してしもた」
「ん、うん」
「きみは優しい、それにつけいってワイだけを頼りにするように全力をかけてきた。全て自分で仕組んだこととはいえ、悪いと思わないわけやない。純真すぎるねん、きみは」
「そんなこと、ないよ?」
本当にそんなことはないんだと、彼を見つめて言うけれど黙って首を横に振るだけ。
「罪を犯してきた、ずっとずっと。人なら絶対に裁かれる罪を犯してきた」
それが今更なんやねんって話やけど、それにもう一つ、罪を重ねた。
「好きになってくれるとも、愛してくれるとも思ってなかったけど、都合良い存在であればいい。必要としてくれればそれでいいって言い聞かせて。自分の欲望のためだけに、きみを共犯にした」
許してくれとは言わないただ、こんな狡い奴でも今きみが本当に求めてくれるっていうんなら。
「これからもずっと共犯で居てほしい。きみがワイのことをたとえ忘れても、命運が尽きたとしても、ずっと愛してるって誓う」
こんな狡い奴でも構わんのなら、どうか誓ってはくれないか。同じように、愛してくれるって。

今にも泣きそうな悲痛な顔と声でつむぐ相手に、俺はただ、ただ微笑んで誓いますと答える。
「強制はせえへん。同情も、いらんで」
「うん。俺が、あなたと一緒にいたいんだ」
もし罪悪感があるっていうなら、責任取ってよ?
「喜んで」
微笑んで立ち上がると、上着のポケットから小さな化粧箱を取り出した。
中には銀色に輝く二つの指輪が入っている。
「これはきみへ」
俺の左手を取って、薬指へ通す。ぴったりとハマった指輪を眺めていると、残りの一つを差し出された。
「今度はきみから」
「あ……うん」
気恥ずかしい気持ちを抑えて、彼の左手を取って薬指へシンプルなデザインの指輪を通す。

「いよいよ、逃げられへんからね」
「うん、逃げられないようにしっかり繫ぎ止めててよ?」
「逃げるようなら二度とあの部屋から出したれへん。ワイのものになって」
どうかそう誓ってくれないかと言う相手に、誓いますと再度返す。
「ならキスを」
「うん」
どちらからともなく、触れ合った。唇の甘さにわっと体が熱を帯びて、なんだか離れがたくて。息ができなくなるくらい、交わして。
「柄やないって思うんやけど、ええもんやね。たまには祝われるのも」
今が一番幸せかもなと呟く相手に、そんなこと言わないでよと反論する。
「まだこれから幸せになってよ。俺はずっと傍にいるから」
笑う俺を見て、ゴーストさんは少し目を見開いて、そっかと涙声で返した。
「やっぱ、きみは笑ってる方が綺麗や」
「あなたも、ね?」

あとがき
ネットの広大な海の中で、ゴスキセというものを知った時から、二人の結婚式が見たかったんです。
古銃も現代銃も、もうみんな幸せになれよ……。
2018年6月30日 pixivより再掲
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