お菓子で機嫌が直るほど子供じゃないんだよ
「ねえねえ、あんまり気に入らないってこと顔に出さないほうがいいよ」
そういう人にはやなことが起きるんだよと言うワサビに、千里眼でなにか見えたのかいと聞くと、ツバキさんはわかりやすいもんみえなくってもわかる、と生意気な言葉を返される。
「セキさんとショウさんのことでしょ?」
そうだ、ご機嫌で帰ってきたアニキが集落の子供や女性を呼び集めたと思ったら、彼らに見たことない菓子を配り始めた。銀杏商会で取り扱ってない品物となれば、出どころなんて想像はつく。
「この間、天冠の山麓にあいつが来ていたんだよう」
周辺を歩き回ってなにやらきのみを集めていた、まあ調査隊の仕事だろうと思ってこちらからは目をつぶっておいてやったのだ。なにせその日はマルマインの経過を見にアニキが来る予定だったからね、あんな小娘の相手をしてやるほど暇じゃない。
祭壇に今日も供物のために好物を用意すれば、心地いいほどの笑顔で中身を平げていきいつも引き連れているビリリダマたちと、また縄張りの見回りへと行ってしまった。癪ではあるがあの雷を浴びて暴れていたときよりも、見るからに元気になっている。
「ようツバキ、キングの調子はどうだ?」
「今日も非常に強く素晴らしいよアニキ!」
よかったですねえと返ってくる少女に、なぜおまえがここにいると叫び返したのは悪くないだろ、ただでさえ癇に障る相手が愛するアニキの隣に居るんだ。調査として周りをうろちょろするのは無視してやるのもやぶさかではない、しかし大事な人に虫が集っているのは許し難い。
「キングの調査もギンガ団の調査の一つだろうよ」
「でもようアニキ」
「いい加減にしろツバキ、おまえもいちいちしつこい奴だな」
正面から来て門前払いを受けないようにオレが間に入ってやっただけよと言われると、ぐうの音も出ない。確かにギンガ団だけならば一度は追い返したかもしれない、とはいえ礼を尽くせば受け入れるのもやぶさかではないというのに。
「そういう周りくどいの、時間がもったいないって思うんだよ」
どうせ受け入れるんなら最初から素直に手を差し出せばいい、それができないツバキさんはやっぱりちょっと面倒臭いよ。
「それで不機嫌の理由は?」
「あの菓子は、小娘からのお礼らしい」
調査に協力してくれてありがとうって、あのぽけっとした顔で言う姿が目に浮かぶようだ。そして自分が貰った物をあんなふうに分け与えてしまうアニキにもまた、苛立ちがふつふつと沸いてくる。
「ツバキも貰ってきたら? コンゴウ団のみんなにってくれたみたいだし」
苛立ちには甘い物がいいらしいよと言うワサビに、そんな問題じゃないのはわかってるんだろうとドスの効いた声で返す。 だからなんだっていうんだ、そんな用向きだけでアニキを呼びつけたんだとしたら余計に腹が立つってもんだ。
「それじゃ、ツバキの分はきみにあげるよ」
「本当に!」
あれ美味しいんだよねえと嬉しそうに立ちあがるワサビに、まだまだ子供だなと思いつつも好きにしなと返す、これで居心地悪い会話から開放されると思った直後、あのねと声をかけられる。
「ちょっと! ビックリしたなあもう」
なんなんだと叫べば、あたしだってワザとじゃないよとむくれた顔でつぶやく。
「ツバキさんに忠告、人に好かれるには周りに優しくしたほうがいいと思うよ」
「そうかい、ありがとうな」
さっさと行ってしまいなと追い立てると、そういうとこがダメなんだよとむくれた面のまんまアニキの周囲に広がる人の輪に走り寄る。その様子を眺めてずいぶんと平和だなと思った、野生のポケモンたちはまだまだこの地で生きていくのに脅威ではあるものの、次元の裂け目とそれに伴う赤く染まった空と比べば呆気ないほどに今は平穏だ。
とはいえあんまり里に留まるわけにもいかない、そろそろキング場のほうに戻ろうと思っていたところ、相変わらずおまえは素直じゃないなと人の輪から離れてアニキが隣にやって来た。
「リーダーって呼べって言ってんだろ」
「いいじゃねえか、周り人いないよう」
そういう問題じゃねえだろと苦笑しつつも、まあ公の場所でもないから今日は目をつぶってやるけどさあと苦笑する。
「おまえはいらないのか?」
「あいつからのお礼なんて、受け取る資格はないからねえ」
人からのお礼なんだから素直に受け取っておけよと腰を下ろして、ほらとカバンから包みを取り出して渡される。
「だから、受け取る資格はないって」
「オレが作ったやつでもか?」
急に発せられた言葉にへっと素っ頓狂な声をあげてしまう、そんなこと気にせずに相手は広げた包みの中から、ツバキさんの好きな物はわからないのでセキさん教えてくれないですか、って言われてよなら手伝ってやるよってコトブキムラまで行って来たんだ。
「ヒナツの様子を見に行くついでだがな」
コンゴウ団が設立して以降、二足の草鞋で仕事するなんて奴なんて初めてだしな、仕事ぶりは時折見に行っておいたほうがいいかと思ったんだが。
「聞いた話じゃ、おまえもヒナツのこと見に行ってるんだって?」
「そりゃあね気にかけるくらいはするよう、コンゴウ団のみんなは家族みたいなもんだしよう」
「オレより見かける頻度が高いって言ってたけど?」
「だってこの髪の手入れはヒナツに任せてたんだよう、向こうが忙しいんなら出向くしなかいだろ」
昔から髪を結ってくれてた人だ、新しい環境で潰れちゃいないか心配くらいはする、まだまだヒスイの外の奴等はよくわかんないとこがあるしな。
「これもヒスイの外からやって来たもんだろう?」
アニキが作ったという菓子を手に取る、ふわふわとした手触りできのみと蜜の甘い匂いがする、味見したがまずくはなかったぞと相手は豪快に笑う。
「なんだっけ、マフィンとかいうやつ?」
コトブキムラで最近流行ってるんだよねとヒナツから貰ったことがある、訝しみつつも食べ物だし美味しくいただいたけど、一口食べてみたかんじ甘くて美味しいのはそうだけど、なんだか前のと柔らかさとか歯触りが違うような気がする。
「蒸しパンっていうらしい、生地を型に入れたら鍋で蒸すとこんなふうに膨らむんだと」
教えてもらったから集落でも作れるぜ、手に入りやすい材料ばっかりだったしな、いつでもってわけにはいかないが、材料さえ揃えば作れるようにはなる。柔らかい菓子は確かに美味い、これがそんな簡単な方法で作れるっていうのもなんだか意外ではある。
「そんな驚くことでもないさ、あいつらの作る物なんて不可思議な物ばかりだろ」
薬程度ならまだしもあのボールまで手作りって言うんだ、オレたちはどうも知らないことが多い。
「料理とかそうだけど、ほのおポケモンの火力で作ったりするのは相変わらず難しいだろ、集落の奴等でも作りやすいのがよくってな」
ここらじゃきのみ以外の甘い物なんてそうそう手に入らないし、少しはなと言う相手に、その内アニキまでコトブキムラに行くなんて言わないよねと弱った声でつぶやく。
「そこまで信用ならねえか?」
「だってよう」
なんか楽しそうなんだよな、新しいこと知らないことに触れているアニキの顔が、いかにも興味津々ってかんじで輝いててさ、いつか遠くに行っちまいそうでツバキは怖いんだよ。
「コンゴウ団のみんなを放っておくほど薄情者じゃねえよ、互いに歩み寄りは必要だろうが、無理に変われとは誰も言わないさ」
長年の諍いの傷はすぐに消えないし、身内以外はやっぱり怪しむ声を止めるのも難しいだろう。
だけど美味いもんくらい共有したってバチは当たらねえだろ、一緒に食べてくれる奴がいるのは嬉しいしな。
「それで作って来てくれたの?」
「ショウが作ったもんをおまえは喜んで食わねえだろ、こないだの調査も怒らせたみたいだしな」
お世話焼いてくれて嬉しいですけど、相手を騙すような真似はよくないですよって諭されちまったよと笑うアニキに、やっぱりあの小娘は生意気だねと返す。
「心配してくれたんだよ、兄弟喧嘩はよくないですよって」
「それが余計なお世話なんだよう、アニキとは生まれたときからのつき合いだし、あんなことでツバキは傷ついたりしない」
「そう言いながら拗ねてるじゃねえか、しっかりと」
「だってよう」
わかった、次からはちゃんと自分からお願いに行くんでと釘刺されたから、おまえたちで任せるよと言う相手に、ツバキだって立派なキャプテンだようと返す。
「頼りにしてるぞ」
「うん、任せてくれよう!」
それでさこれ作り方教えてくれよう、アニキのために作ってみせるようと言うと、おまえ器用出しオレより上手くできそうだなと笑ってくれた。
「これあげるよ」
「ありがとうございます」
なんですかと首を傾げる相手に、こないだアニキがおまえに教わったやつだよと言うと、蒸しパン美味しかったですか? と笑顔で聞き返される。
「不味かったら作らないだろう、ツバキの手にかかればこれくらい容易い物だけどね」
「甘い物好きなんですか?」
「アニキにあげるための試作なんだよ、だから味の感想を求めるよ」
このツバキが作ったんだから、味の保証はするけども、製作者であるきみの意見は知りたいからね。
「じゃあ今度の調査のときには、合いそうなお茶持ってきますね」
ではまたと一礼して立ち去っていく少女を見送り、まあ悪い奴じゃないのはわかってるんだようと誰にでもなく言いわけした。
ツバキさんは、身内には甘い人なんじゃないかなと思ってます、セキさんは見えないとこで甘やかしてて欲しいなと。
そんな二人を千里眼で弄ってくるワサビちゃんがね、見たいなと。
2022年2月6日 pixivより再掲