特別な日なんていらないけど
本日も雨天なポータウンの交番に一台のトラックがやってくる。
注文していた荷物に受け取りサインを書くと、業者は一礼して次の配送先へと向かって行った。公私混同と言われようが、こっちに配送してもらった方が比較的に受け取りが早いんだからしょうがない。
クール便で届いた箱を簡易キッチンにある冷蔵庫のスペースを確認しつつ仕舞ってから、どうしようかねと息を吐く。
記念日というか、こういうお祭り行事はあまり好かない。単純に興味がないというのと、いざこざに巻き込まれるのが常だった若い頃の反動から、無関心を貫くようになってそこそこ経つ。
何事も大きな問題なく、普段通りそれなりに平穏に過ごせるのであればそれで充分だと思っていた。
「えっ、じゃあクチナシさんはバレンタインデーの予定ないんですか?」
一週間ほど前、マリエのローリングドリーマーでアローラチャンピオンことミヅキに昼食を奢ってやった時、少女は非常に目を丸くして驚いていた。
「そうだよ。こんな独身のおじさんが、今更になって色めき立つイベントでもないしねえ」
でもと口ごもると、周りを見回しちょいちょいと手招きされる。何事かと顔を寄せてやれば、グズマさんとはいいんですかと小声でたずねてきた。
以前、本当にちょっとした不注意で、彼女にあいつとの仲がバレてしまって以降、時折この少女は恋愛話を持ちかけてくることがある。
とはいえ、おじさんからアドバイスできるようなことなんて早々ないので、本格的な相談ごとの大半はグズマにいってるらしい。あいつも適当にあしらえばいいものを、なんだかんだ人がいいので最終的には最後まで面倒見てるようだ。
だから、彼女の質問は大半が答えれば惚気と言われてしまうものになることが多い。お付き合いしてる相手がいるのやっぱり幸せですか、なんていう質問が飛んできてどうしたもんかとは思ったけど。
日付が日付だから、今日は菓子業界の陰謀を持ちかけてきたか。
「別に期待してないってわけじゃないのよ?恋人からのプレゼントはなんでも嬉しいさ」
とはいえ過度な期待もしてないし、ちょっとでも心を砕いてくれるならそれでいいと思っている。
特別なことなんてなくていいし、そもそも当日にあいつが来てくれるってんだったら、それが最高のプレゼントだろう。
「折角の恋人の日なのに、ですか?」
「別に、バレンタイン関係なくあいつのことは愛してるからね。この日だけ特別にっていうのが、あんまり気に食わないのさ」
普段は愛してないみたいだろと言えば、おおと感嘆の声をあげて顔を赤く染める。
「想像以上にアツアツですね」
「そりゃあねえ、この歳でできた恋人だから。手放す気はないよ?」
「えっと……なら、もうちょっと捕まえといた方がいいんじゃないですか?」
意味ありげな言葉にどうしたのか問いかければ、私の勘違いでなければと前置きした上でミヅキは言う。
「あのこんな言い方失礼かもですけど、お相手さん、意外とモテますよね?」
「だな、そりゃ昔からずっとだ」
男避け結構大変なのよと言うと、でも本人はあまり気づいてないですよねと彼女は苦笑いする。
あー、こりゃ俺が知らないとこで何かあったか?結構しらみ潰しに調べてるはずなんだが。
「……ねえちゃんは、甘い物好きかい?」
「大好きですよ」
「バレンタインデー限定の特別メニューが出てるだろ……好きなの頼みな」
そのかわり、と言うとわかってますよと親指を立てる。話が早い奴は助かる。
聞き出した情報を整理するとこうだ。
・リーグでの出待ちファンの増加(グズマだけじゃなく、四天王・特定の挑戦者目当ては多いらしい)
・バトルツリーでのマッチングを狙う者(本人に聞いてはいたが、ミヅキ曰く俺の想定より絡んでくる奴は多いようだ)
・その他、個人的にグズマを付け狙ってる奴(しかも男)
「最後の奴等について、詳しく教えてもらおうか」
俺が掴んでいる分の情報であればいいが、彼女は彼女で違う人脈を持っている。ついでに、人の懐へ入るのが上手いため意外な秘密を知っていることもある。
「大半はリーグやバトルツリーのファンの方々ですけど。特に名前を挙げるなら、あまり信じたくないんですけど……ククイ博士とマーレインさんが」
というか主にそのお二人の話なんですけど、と深い溜息を吐くあたりどうも変な感じに巻き込まれているらしい。思い出したのか疲れが顔に出てる。
気にせず好きなだけ注文しなと言うと、ありがとうございますと深々と頭を下げる。
「お二人とも勘違いされているというか、悪気はないんだと思うんですけど、良い方にポジティブっていうか。むしろグズマさんが、思わせぶりすぎるというのか!」
あーもうと叫ぶ少女をなだめて、言いたくないならそれでもいいよと返す。相手がわかれば探りを入れるには充分だ。
まあ、元から探りを入れてたというか、最も警戒していた相手だ。危険レベルの最高峰がダブルで来ると思ってなかったわけじゃない。
「お代をいただいている以上、情報は提供します。ギブ・アンド・テイクです」
めっちゃ美味しいですとチョコレートと三種のフルーツパフェを頬張りながら、彼女は言う。その心意気、なかなか頼もしいねえ。
「あの三人って、そもそも幼馴染なんですよね?」
「そうらしいな。ククイ博士とマーレインはスクールの同級生で、あいつはその後輩だった」
とかく二人のことを昔は兄のように慕っていたとハラさんから伝え聞いたことはある。本人はあまりその頃のことを話したがらないので、そういうことがあったのかと思った程度だ。
「で、マーレインさんはその兄弟のように慕っていた気持ちが変化したというか、とりあえず対グズマさんに関しては全体的に過保護です」
想定内の答えだ、と思ったのもつかの間、マーレインさんのお世話を焼いてるのが問題なんですよと続いた。
「どういうことだ?」
「マーレインさん、研究に没頭し始めると誰にも止められないらしくて。ただ一人止められるってことで、今は倒れる前にホクラニから連絡が来るそうです。で、そのあと自宅まで送り届けて、ご飯を作ったりしてあげてるみたいで」
おいグズマ、そこまでしてるとは聞いてねえぞ。
思わず頭を抱える俺に、だからマーレインさんの勘違いにどんどん拍車がかかっていきまして、と溜息混じりに彼女は言う。
「君と結婚できる人はきっと幸せだろうねって、よく言ってます。あと、最近は引っ越しを考えてるそうです。今住んでるところが手狭になってきたからって言ってましたが、庭付きでむしポケモンも快適に過ごせる家がいいなって呟いてました」
嫁に迎える気満々じゃねえか。
「ねえちゃん、苦労してんな……もっと好きなだけ頼みな」
「ありがとうございます」
ホットのロズレイディーを一口飲んで、次にククイ博士なんですけど……と呟いてから大きく溜息を吐く。
「そもそも、ククイ博士は結婚されてるじゃないですか?だから、博士にも、その、私も色々と聞いてみたことあるんですよ」
今はもう行ってないです、怖くてと顔を青くして言う程度にはなんかあったのか。
「事と次第によっちゃ、法の力か、俺の昔のツテを使うから、安心しな」
「大丈夫です。えっと、愛の形って色々あるんだなーって、思って」
ははっと乾いた声で笑う辺り、完全に子供に聞かせていい範疇を超えてるな。よし、あいつの周辺を徹底して調べ上げてなんらかの制裁を加えよう。アローラチャンピオンの将来のためにも。
「ククイ博士は、どうも相手が自分のことを好きだって思い込んでるみたいで……あっ、最初は私もそうなのかなって思ってたんです。以前からククイ博士とはたまに会ってましたし」
「へえ、なんでねえちゃんはそんなこと知ってるの?」
「博士の研究所で会ったことがありまして、二人で夜通し飲んでたって。ルガルガンの育成で、博士に相談に行ったんですけど、なんか……またにしますって言って出てきました」
ああ成る程。子供でもわかる、なんか来たらいけない場に居合わせた感じだったのか。
昔の恋愛に関してはどうこう言う気はない、だが隠されているというのは色々と勘ぐってしまうわけで。
「別の日にククイ博士の研究所に行く用事ができて、それでこの間はビックリしたでしょ?彼がここに来るなんて思わなかったんだよねって、いつもの笑顔でした」
「そうか、それで博士はなんて?」
「幼馴染だってことと、たまに相談に来るんだって。好きな人がいるんだけど、どうしたらいいんだろうってことで来てたそうですが……それを、多分、博士は自分のことだと思い込んでるという」
しかもその誤解まだ解けてないんですよ、と今までで一番大きな溜息と共に吐き出す。
「最近は恥ずかしがってあんまり来ないんだけど、僕はいつでもウェルカムなんだけどね、寂しいなあってとっても晴れやかに笑ってたのが、なんか怖くて」
パフェを食べ切って、チョコレートケーキへフォークを向けながら彼女は言う。
「だからクチナシさんとお付き合いしてるって聞いた時、良かったって思ったんです」
「そりゃまた何で?」
色々と難有りとはいえ、前者二人の方があいつに年齢も近いし、付き合いも長いだろうに。
男同士で、しかも自分の父親に歳が近いくらい上の相手がいいなんて言われるとは思ってもみなかったし、周りから見ても異質だろう。
「クチナシさんの傍にいるのが、一番幸せそうだったので」
「そうだといいんだけどねえ」
にやけるのを抑えつつ、ポーカーフェイスを保って答えると信じられないんですかと聞かれる。
「おじさんが幸せなのは認めるけど、あいつも同じように幸せかは別問題でしょ?それが、これから先もずっととは限らないわけだし」
「なら一層、イベントは大事にしましょうよ」
甘い物好きでしょ、あの人と言う少女はケーキを食べながらにっこりと笑った。
そんな一言に炊き付けられるっていうのは、まだまだ青いなと思う反面、まあたまにはイベントごとに乗っかるのも一興だろうと思い直した。
グズマ自身のことはいい。とりあえず、今後の虫対策をどうするべきかを考えていると交番のドアが開けられた。
「あー……」
「どうした?」
「いや、別になんも」
頬を染めて目を逸らすあたり、なんか隠し事あるんだなってのはわかった。
なのでこちらから聞いてみることにする。
「ミヅキのねえちゃんと一緒にバレンタインフェア行って来たんだろ?」
「……おう」
「おじさん期待してもいいの?」
「はあ……でなきゃ先に言ったりしねえよ」
甘い物苦手だって言われりゃ、それなりに気を使うんだぞと若干語気を強めながら乱暴に後ろ手に持ってた紙袋を渡される。
飾り気のないが上品な色合いの包装紙に包まれた箱をみつめて、ありがとうなと返すと、先ほどより更に赤くなった顔で別にと小声で呟く。
「えっと、それじゃ俺は……」
「待てよ、茶くらい飲んで行けって」
折角のバレンタインデーだろと付け加えると、タチ悪いと項垂れていつものソファに腰を下ろした。
何をくれたのかは後でじっくり確認するとして、いつものエネココアを淹れてやりつつ、こちらも用意していたものを冷蔵庫から取り出す。
淹れ終わったココアと自分のコーヒーと一緒に盆に乗せて、相手の待つ机に向かう。
「はっ?え……?」
「おじさんの居たとこではね、バレンタインデーは恋人同士でプレゼント交換する日なのよ。だから」
用意したよ柄にもなく、と言えば呆然とこちらを見返す相手と目が合う。
「なに?そんなに意外だった」
「や、だって甘い物嫌いだって」
「そうよ、だからおまえが来てくれなきゃ困るとこだった。そんなに日持ちしないからさ」
二人用の小さなチョコレートケーキを前に、相手はそっかと呟く。
黒いチョコレートでコーティングしたケーキは、上に赤いバラのブーケを模したクリームで飾り立てられている。ついでに、飴細工の蝶も二つ付けてもらった。急な注文だったというのに、喜んで引き受けてくれたパティシエには感謝しかない。
「なんか、食べるのもったいないつーか……すっげー食べにくくね?」
包丁入れるの難しいだろと頭をひねっている相手に、別に本物じゃないし気にせずいけばいいだろと言う。
「花っていうか、蝶がさ」
「切る間だけ取っておけば?」
そうは言ってもと、花のバランスをとりながらああでもないこうでもないとしてる相手を眺めて、可愛い奴だよなと思う。
「なあグズマ、俺は記念日とかあんまり覚えてる方じゃないし、イベントごとにも疎い方なわけよ」
「今言うことかよ、それ」
そうだな、俺もそう思う。
「まあまあ、忘れやすいからさ、思い出したように祝うこともあるけど、おまえのことは毎日愛してるから」
それは覚えといてよ、と頭を撫でてやると、んな恥ずかしいことよく言えるなとぼそぼそと呟く。
いいじゃない、そういう日でしょ。たまには、世間のお祭りに乗っかってやろうって気がしたんだ。
「ところでグズマ、おまえ俺の知らないところでマーレインやククイと、なにしてる?」
「はい?」
なんのことだと首を傾げる無自覚な相手に、尋問の時間も長くなりそうだなと思った。
チョコレートと音楽と、好きな子達が愛されてる世界があれば、私は幸せです。みんな、幸せになればいいと思うんです。
2018年2月14日 pixivより再掲